Saint Guardians

Scene 2 Act2-2 潜入-Infiltrating- 未知なる物との対峙

written by Moonstone

 坑道へ突入したアレン、フィリア、リーナの三人は、ひたすらドルゴを走らせる。
リーナは狂ったようにレイシャーを召喚し、迎撃に現われた兵士達をなぎ倒し、坑道の壁や天井に大穴を開ける。
兵士達のある者は突進するドルゴに激突して跳ね飛ばされ、岸壁に叩き付けられる。螺旋状に伸びる坑道は、瞬く間に兵士達の死体で埋め尽くされる。
 リーナの勢いは、誰にも止められないかのようにさえ思える。
アレンとフィリアは、リーナの後を追いながら、辛うじて生き残っていた兵士達を振り払ってリーナの後を追うだけだ。

「・・・あいつ、人殺しを楽しんでる・・・。」

 フィリアがアレンの背後で呟くように言う。その声は畏怖か嫌悪か分からないが、微かに震えている。

「どう考えたってまともじゃないわ。あいつ、人を人と思ってない。蝿やゴキブリを駆除するのと同じ感覚よ。」

 アレンの目から見ても、リーナの行動は尋常ではない。
テルサでの戦闘で、ドルフィンも兵士達を殺してはいたが、それは自分に攻撃を仕掛けて来た場合だけで、降参した者や敵意のない者にはそうそう刃先を
向けるようなことはしなかった。
しかし、リーナは攻撃して来る兵士は勿論、降参して武器を捨てた者や恐れをなして道を開けた者にも、無差別にその牙を向ける。まさに、人殺しを
楽しんでいるようだ。
 迎撃の兵士が尽きたのか、暫くして兵士達が全く出てこなくなった。幅、高さ3メール程の坑道を、一行はひたすらドルゴを走らせる。
鉱山は採掘が開始されてから50年以上経過しているため、坑道は地下深く伸びている。

「フン。割と呆気ないわね。」

 リーナは口元に冷たい笑みを浮かべ、人気の絶えた坑道を突き進んでいく。アレンとフィリアは無言でその後を追う。
螺旋状に伸びる坑道を暫く進むと、その左側の壁に大きな穴が見えて来た。それは、まだ奥へ続く本来の坑道とは明らかに外れており、国家特別警察が
調査の目的である遺跡に向けて掘ったトンネルの入り口だろう。

「リーナ!用心するんだ!何が来るか分かんないぞ!」

 アレンが叫んでも、リーナは全く聞き入れることなく穴に向かって突き進む。
穴が近付くにつれ、フィリアは魔力を感じた14)。何かがある、と察したフィリアは叫ぶ。

「止まりなさい!危ないってば!」
「五月蝿い!」

 リーナはフィリアの静止を振り払うように叫んで、穴に突入しようとした。そして穴の正面に差し掛かり、直角に急な方向転換をしようとした時、
真っ暗な穴の奥から数個の光が飛んで来た。
光は槍のように穴から飛び出して来て、リーナは避ける間もなく、光の直撃を受ける。リーナは大きく弾き飛ばされてまず壁に叩き付けられて、次に
その反動で地面に勢い良く落下する。

「ぐうっ!」

 リーナは苦痛で呻き声を上げる。

「だから危ないって言ったのに!」

 アレンとフィリアのドルゴが追い付き、二人はドルゴを降りてリーナの安否を確かめる。主を失ったドルゴも光の直撃を受け、地面に横たわっている。

「リーナ!大丈夫か?!」
「生きてる?!」

 リーナは何とか顔を上げたものの、肌が露出している顔や手足に擦り傷と打ち身が無数にあり、額から赤い筋が滴っている。
光の直撃を受けた部分の服が焼け焦げ、そこから顔を覗かせる肌も火傷で真っ赤に腫れ上がっている。
フィリアが感じたところでは、使用された魔法はエルシーアらしいが、生身の体がコルクにされてないところからして、どうやら、リーナには対魔法防御力が
備わっているらしい。

「くうっ!」

 リーナは痛みで顔を歪める。魔法そのものの威力は軽減できても、岸壁に叩き付けられたことによる物理ダメージを軽減することはさすがに出来ないようだ。
受けたダメージは相当大きいらしい。

「しっかりしなさいよ!さっきまでの威勢の良さはどうしたの?!」

 フィリアが声を掛けても、リーナは呻き声を断続的に上げるだけで、とても戦える状況ではない。アレンはフィリアとリーナの前に立って、次の攻撃に備えて
身構える。フィリアは、また魔力を感じて叫ぶ。

「アレン!穴から下がって!」

 とっさにアレンはリーナを抱き抱えて穴の正面から脇に退避する。その直後、穴から光線が飛び出して来て壁や天井に激突して、一行の頭上に岩の欠片の
にわか雨を降らせる。
フィリアは魔力の強さから、自分の称号より上級の魔術師、ドルフィンから聞いていたWarlockだろうと判断する。そうなると、手持ちの魔法では本来の
ダメージを与えられない。結界を張られていたら、与えるダメージは皆無に近くなる。

「ど、どうしよう・・・。」

 フィリアは急に弱気になっていく。ドルフィンから借りた腕輪で魔力も防御力も上昇していることも、初めて上級称号の魔術師と対峙しているという状況下で
すっかり忘れてしまっていた。
 アレンも手を出しあぐむ。
穴はこれまで進んで来た坑道より一回り小さく、強行突入したところで魔法で迎撃されれば避けられない。魔術師は遠距離から、しかも目標に避けられにくい
地の利を最大限活用しているから、恐らく近付いて来ることはない。

「そうだ、これを使えば・・・。」

 アレンは、ふとドルフィンから貰った魔水晶のことを思い出す。腰にぶら下げておいた小さな革袋の中を探って、魔水晶という小さな宝石を取り出す。
この魔水晶に封じ込まれている魔物がどんなものか、アレンは聞いていない。魔水晶を作ったドルフィンが口にすれば召喚したことになって効力を
無くしてしまう以上、アレンが知る筈もない。しかし、今となっては強力な奴が封じてある、というドルフィンの言葉を信じるより方法がない。
魔術師故に魔法攻撃さえ防禦してしまえば、倒すのは比較的容易である。
 アレンは決意して、緑色の魔水晶を地面に叩き付ける。パリンという透き通った音がして、魔水晶は粉々に砕け散る。
突然、アレンの左腕が光り輝き、光が収まった後には、肘から手までを隠すくらいの濃緑色の円形の盾の様なものが現われた。盾の表面には木の根のような
隆起が幾つもあり、中心には目を閉じた人の顔がある。

「な、何だこれ?!」

 アレンは思わず叫ぶ。
以前ドルフィンが召喚したアベル・デーモンやサラマンダに匹敵するような、見た目にも強そうな魔物かと思いきや、現れたのはどう見ても強そうには
見えないグロテスクな人面盾では叫びたくもなる。アレンは心の中でドルフィンへの恨み言を呟く。

「・・・盾か・・・。ま、無いよりましか。」

 アレンは半ば自暴自棄になって、残りの2つの赤い魔水晶を革袋に仕舞うと穴に突入する。獲物がわざわざ近付いて来たことを察したのか、またもや光弾が
突進して来た。
アレンは反射的に左腕に着いている人面盾を正面に翳す。その瞬間に人面盾の目が開き、大きく口を開けると光線が引き寄せられるように曲がり、口に
吸い込まれる。アレンが驚いていると、人面盾は口から吸い込んだ光線の数倍も眩しく幅も太い光線を吐き出す。光線は闇を疾走し、少しして小さな悲鳴が
幾つか耳に届く。
 アレンは人面盾を見る。盾は何事もなかったように口と目を閉じている。
ドルフィンの言ったことに嘘はなかった。アレンは一時でも効果を疑って恨み言を呟いたことを心の中でドルフィンに詫びる。

「やったの?」
「・・・そうみたい。それより、リーナの方は?」

 トンネルから急いで出たアレンが尋ねると、フィリアは厳しい表情で首を横に振る。

「骨が折れてるみたい。あれだけきつく壁にぶつかれば仕方ないかもしれないけど。火傷もあちこちにあるし。」
「・・・退くか。重傷者を抱えてちゃ、先には進めない。」

 アレンが言うと、リーナが顔を上げて息も絶え絶えに制止する。

「・・・な、・・・何言って・・・んのよ・・・。ここまでき、来て・・・引き返す・・・なんて・・・。」
「その怪我じゃこの先進める筈がないだろう。」
「こ、こんな怪我くらい・・・す、すぐ治すわよ・・・。シ、シルフ15)・・・。」

 リーナが途切れ途切れに言うと、掌に乗りそうなくらい小さな、半透明の体と花弁のような羽を持った妖精が数人リーナの上に現われ、踊るように回り
始める。傷だらけのリーナの体が仄かに輝き、傷が少しずつではあるが確実に塞がっていく。目に見える傷がなくなった頃、回っていた妖精達は、空気に
溶け込むように姿を消した。

「これで良し・・・っと。」

 リーナは多少よろめきながらも、先程までとは比較にならないほど元気に立ち上がる。額から滴っていた赤い筋もその流れを止め、見た目には無傷
そのものだ。

「もう大丈夫。さ、行くわよ。」
「あ、あんたね。さっきまでひいひい言ってたくせに、自分が治ったからって・・・。」
「ここまで楽に来れたのは誰のお陰?少しは感謝して欲しいわね。」

 フィリアとリーナがまたしても睨み合いを始めてしまう。

「二人とも…、兎に角今は進むのが先だろ?」

 アレンが呆れながら窘めると、二人は仕方なく抜いた剣先を鞘に納める。

「それにしても、この変な盾は一体・・・?」

 アレンが左腕に着いている人面盾を見て呟くと、リーナがその疑問に答える。

「それは・・・アーシル16)よ。対魔法専用の生きる盾。」
「アーシル?」
「そう。まさかあんたが持ってるとは思えないから、ドルフィンから貰ったやつね。」

 リーナはずばりと言い当てた。しかし、アーシルのような、一般人が目にすることもないような魔物について詳しいのだろう?
 それだけではない。
ここまで来るのに、リーナはレイシャーを立て続けに召喚していた。アレンは話でしか知らないが、レイシャーは棲息地域が火山深部など極一部に限られ、
たとえ出会えたとしても、動きの速さと突進の威力の前には倒すことはおろか、逃げ延びることも難しいと言う。地の属性でないため、通常の武器は勿論、
半端な魔法ではかすり傷の一つもつけることは出来ない。
武器はおろか魔術の心得もないらしい−フィリアのように魔術師の証明であるロッドや指輪もしていない−リーナが、そんな強力な魔物をどうやって
倒したのか?ご存知のとおり、一度倒した魔物でなければ召喚魔術で使うことは出来ないのだ。

「どうして、そんなに魔物に詳しいんだ?レイシャーも召喚できるし…。」

 アレンの口から、とうとう溜りに溜まった疑問が吹き出す。リーナは全く表情を変えずに黙っていたが、視線が僅かではあるがアレンから逸れているのが
分かる。

「・・・先に進むことが先決じゃなかったの?」

 リーナの口調は、これまでの敵意剥き出しのものではなく、どこか力ないものだった。

「そうだったな。行こう。」

 アレンは疑問を胸の奥に仕舞い込んで、再びドルゴに跨る。リーナはどういうことか、横たわっているドルゴの額に手を翳して姿を消させる。

「あんた、ドルゴ消してどうするの?」

 フィリアが問うと、リーナはアレンに向かって答える。

「あたしのドルゴ、失神しちゃって暫く使えないから、あんたのに乗せてよ。」
「え?!」
「もう一人くらい乗せられるでしょ?」

 フィリアがとんでもないというように、リーナに食い掛かる。

「あんた、あれだけ召喚魔術できるんだから、他にも乗り物になるやつの一匹や二匹いるでしょ?」
「図体でかいのばっかりでここじゃ無理よ。」

 リーナはあっさりとフィリアを躱す。

「勿論良いでしょ?ここまで来れたの、誰のお陰か分かってるんなら。」

 口調は比較的穏やかだったが、明らかに乗せなければどうなっても知らないという暗黙の脅迫が感じられる。

「・・・結界か何か張ってくれる?この先、何が起こるか分かんないし。」
「いいわよ。結界ぐらい張れるから。」
「ちょ、ちょっと。何であんたが・・・。」

 リーナは意外にも、アレンの申し出をすんなり承諾する。フィリアは、何故魔術師でもないのに結界が張れるのかすぐに疑問に思い、それを糾そうとしたが、
リーナに遮られる。

「さ、行きましょ。いつまでもここでぐずぐずしてられないわよ。」
「・・・何て勝手な奴・・・。」

 フィリアは今にも爆発しそうな怒りを押さえながら、アレンの後ろに座る。その後ろにリーナが座ると、ドルゴと地面との距離が今までの半分ほど縮まる。

「・・・ちょっと無理があるような・・・。」
「いいからさっさと行く!」
「あんた、何様のつもり?!定員オーバーなんだから我慢しなさい!」
「うっさいわね!あんたが重いからでしょ!」
「重いのはどっちよ!失礼ね!」

 フィリアとリーナは、またしても言葉の激しい投げ合いを始めてしまった。アレンはいい加減うんざりしながら、ドルゴの手綱を叩く。
ドルゴは少し重そうに、ゆっくりと空中を滑り始める。
 通路は狭く、辛うじて通り抜けられるといった程度の天井の高さだ。アレンは慎重に手綱を操作して、ごつごつした岩場にぶつからないようにゆっくり
通路を下っていく。敵は全く出てこない。
このまますんなり行かせてくれる淡い希望を、アレンは抱きながら手綱を操る。

「フィリア、リーナ。結界張って。」

 アレンが言うと、状況が状況だけにかフィリアとリーナは素直に半透明の球状の結界を張り巡らせる。
その直後、前方から猛スピードで眩しく輝く光が突進してきた。光は結界に衝突すると、眩い閃光を迸らせる。激しい衝撃に一行を乗せたドルゴは大きく
揺さぶられる。

「うわっ!」
「きゃあっ!」

 アレンは手綱を手放しそうになる。結界を二重に張っているせいで無傷で済んだが、それでも伝わって来る衝撃波から、相当強力な魔術師がいるらしい。
光は断続的に一向に突進して来る。結界に衝突する度に激しい閃光と衝撃波が一行を襲い、進むことがままならない。

「やっぱり、すんなりとは行かせてくれないわけか・・・。」

 アレンはドルゴのバランスを保ちながら呟く。

「進めないの?」
「バランスを保つのがやっとなんだ。衝撃波が強すぎるよ。」

 最後尾にいたリーナが、突然ドルゴから降りる。

「これ以上ドルゴに乗ってても埒があかないわ。歩いて進んだ方が手っ取り早いわよ。」

 確かにこれだけの衝撃波を受けながらドルゴのバランスを取って、なお且つ前に進むのは不可能である。文字どおり足を地に付けている方が安定感が
増すというものだ。
アレンとフィリアもドルゴを降りる。絶え間なく襲って来る衝撃波は大きな地震の揺れのように感じられるが、立っていられないほどではない。

「あたしが吹っ飛ばしてやるわ。」

「ちょっと待った。あのレイシャーってやつ、跳ね返されない?」
「黙って見てれば。」

 リーナは険しい表情でアレンの問いに答え、人差し指を前方に向ける。

「レイシャー!」

 リーナの指先から一筋の光線が迸る。間もなく前方から突進して来た光線と正面衝突し、これまでよりもさらに眩い閃光と激しい衝撃音が辺りを包む。
一行は一時的に眼と耳が麻痺してしまい、体制を立て直すまでに2、3ミムを要する。敵も閃光と衝撃音にやられたのか、一時的に一行を襲っていた衝撃波が
途絶える。
 一行の視覚と聴覚が元に戻る頃、再び激しい衝撃波が一行の体を揺さぶる。どうやら、レイシャーと光線は相打ちになったらしい。リーナは歯噛みする。

「厄介な奴等ね・・・。レイシャーが効かないなんて・・・。」
「魔術で遠距離から倒すのは無理みたいだな。」
「じゃあ、どうするっていうの?」
「俺の剣を使うんだよ。」

 アレンが剣を抜く。

「あんたに何ができるの?」
「・・・黙って見てれば。」

 自分が言ったのと同じ返答をされたリーナは、眉間にくっきりと皺を寄せる。
アレンは左腕に張り付いているアーシルを見る。結界を張っていてもこれだけの衝撃波がある魔法に、果たして耐えられるのか?だが、ここはアーシルの
耐久力に賭けるほかない。
 アレンは衝撃波の周期から間合いを計る。何度目かの衝撃波が襲った直後、アレンは結界から飛び出す17)
アーシルの張り付く左腕を正面に翳し、全速力で走る。
魔法を放っていた魔術師は前方から人影が突進して来るのを見て、驚いて思わず呪文の詠唱を止めてしまう。アレンはチャンスと感じ、魔術師に突っ込んで
剣を突き立てる。その動きに、もはやテルサの時のような躊躇はない。

「ぎゃっ!!」

 たちまち1人が胸を貫かれ、血飛沫を上げながら後ろめりに倒れる。
アレンは間髪入れずに剣を縦横に振り回す。突然の白兵戦に魔術師は対応できぬまま、アレンの剣の前に倒れ伏す。

「貴様!」

 魔術師を倒したアレンに怒声が投げつけられる。見ると、奥の方から続々と重装備の兵士達が近付いて来ている。

「ここに踏み込んだ以上、生きて出られるとは思うな!覚悟しろ!」

 アレンが身構えた瞬間、アレンの横を掠めて光弾が兵士達に襲いかかる。
不意を突かれた兵士達は防禦を取る間もなく数名がなぎ倒され、たちまち大混乱に陥る。

「アレン!下がって!」

 背後からドルゴに乗ったフィリアとリーナがやって来た。アレンは体制を何とか立て直そうとしている兵士達から離れ、フィリアとリーナの元に走り寄る。

「レイシャー!」

 リーナがすぐさまレイシャーを召喚する。一直線に光線が伸び、またもや兵士達を直撃した。場所が狭いだけに被害も甚大で、一撃で相当数の兵士が
倒される。

「一気に行くわよ!早く運転代わって!」

 リーナはアレンを急かす。半透明の結界が消滅し、アレンはすぐにリーナとドルゴの運転を代る。
すぐに結界が張り直され、アレンは手綱を叩く。ドルゴがするすると地面の上を滑りだし、フィリアはエルシーアを、リーナはレイシャーを断続的に使用する。
たちまち兵士達は全滅に追い込まれた。

「よーし、このまま行くぞ!」

 アレンはドルゴのスピードを限界まで上げさせる。出口の明かりが見え、どんどん大きくなって来た。

「侵入者だ!迎撃しろ!」

 前方から絶叫が聞こえて来た。どうやら、調査団はすぐ近くにいるらしい。
またしても光弾による迎撃が始まった。激しい衝撃波に一行を乗せたドルゴは大きく揺さ振られたが、アレンは絶妙な手綱さばきでバランスを保ちつつ、
ひたすら出口目指してドルゴを走らせる。
フィリアとリーナも負けじとそれぞれの魔術で応戦する。数の上では圧倒的に一行が不利だったが、巧みな連係プレーによって徐々にではあるが確実に、
一行は出口に近付いて行く。絶叫と衝撃音が絶え間なく響き渡り、それは視察に来ていたジェルド長官の耳にも届く。

「何事だ!」
「ちょ、長官!侵入者がこちらに向かって突進して来ます!」
「『赤い狼』か・・・。しぶとくここを嗅ぎ付けおったな・・・。」

 ジェルドは忌々しそうに顔を歪める。

「まだか!まだ入り口は開かんのか!」
「もう暫く掛かります!」
「早くしろ!侵入者めに貴重な古代の遺産を奪われてなるものか!」

 ジェルドが叫んだ直後、穴の近くにいた兵士達が一気になぎ倒され、ドルゴに跨ったアレン達が姿を現す。すぐさまジェルドを守るように、残りの兵士達が
集結する。アレン達と調査団が睨み合った場所は、それまでの狭い通路が嘘のような広大な空間で、調査団の背後には見上げるほどの巨大な岸壁が聳え
立っている。

「貴様ら・・・『赤い狼』ではないな?」

 ジェルドが一行を一瞥して言う。

「見たところ15、6のガキらしいが、ここは貴様らの来るような場所ではない!」
「それはあんた達にも言えることじゃないの?」

 フィリアがアレンの背後から言った。

「高々遺跡を調査するのに、この国の大事な産業を停止させるくらいだもの。余程大それたものがあるってことよね。」

 フィリアに本心を突かれたのか、調査団の表情が一気に強張る。

「あんた達に、そんなものを掴ませるわけにはいかないわ。どうせ、ろくなことに使いやしないでしょうし。」
「き、貴様ら、何奴だ!」
「そんなこと、あんた達の知ったことじゃないわ。」

 アレン達と調査団との間の緊迫感が頂点に達しようとしていた。
その時、アレン達の背後から、雷のような足音の残響が近付いて来た。調査団の援軍かと感じたアレンは、とっさにドルゴを操って穴から離れる。
足音の残響はどんどん近付いて来た。

「人民の敵め、覚悟!」

 威勢の良い声と共に現れたのは、一様に左腕に赤いリボンを捲きつけた数十人の軍勢だった。

「あ、『赤い狼』か!」

 調査団は悲鳴に近い声を上げる。
『赤い狼』の軍勢は、穴から出るとすぐに腰につけていた握り拳ほどの黒い球を調査団に向けて放り投げる。球は調査団の頭上に来ると、風船のように
弾け飛び、中から透明の液体が飛び散って兵士達に降り注ぐ。
『赤い狼』は間髪入れずに小さな木片に火をつけて、調査団に向けて投げつける。一瞬にして兵士達は火だるまになる。単純な焼夷弾だが、こういう狭い
場所では効果は絶大である。

「こ、小癪な・・・!」

 マントに引火した火を必死に揉み消しながら、ジェルドは歯噛みする。
『赤い狼』は兵士達の混乱に乗じて、脇の方に固まっていた囚人達の救出に向かう。囚人達はこれまで通路の採掘に従事させられ、遺跡の扉を開けるまで
一時的に脇に退けられていたのだ。勿論、目的が達成されて用無しとなれば、口封じのために殺されることになるのは明白である。
『赤い狼』は針金で器用に囚人達の足に繋がれていた頭ほどの大きさの鉄球の鍵を外し、囚人達を解放する。ミルマ支部代表が解放された喜びに沸く
囚人達に呼びかける。

「さあ、我々の同志が先導するので、一刻も早くここから脱出を!」
「お、おのれ・・・そうはいくか・・・!」

 ジェルドは焼夷弾で混乱する兵士達に、囚人の脱出を阻止すべく命令しようとする。その時、脇にいた一人の兵士が剣を抜いて、ジェルドに斬り付ける。

「ぐわっ!!」

 辛うじて急所は外れたジェルドは、血の吹き出す首筋を押さえながら膝を付く。

「き、貴様!血迷ったか!」

 長官の異変に気付いた近くの兵士達が、すぐに剣を抜いて謀反を起こした兵士に斬りかかる。だが、その兵士は全速力で走り出して躱し、『赤い狼』の
元へ走り寄る。兵士はジェルドの傍で調査団の動向を探り、『赤い狼』本体に逐次報告していたスパイだ。

「おのれ!内通者がいたのか!」

 ジェルドは怒りで顔を真っ赤にする。
囚人は続々と数名の『赤い狼』のメンバーに先導されて穴から脱出を始めていた。残りの『赤い狼』は、体制を立て直そうと必死な調査団に向けて焼夷弾を
投げ続ける。調査団は炎に翻弄され、反撃はおろか殆ど身動きが取れないように見える。頼りの魔術師もローブに火がついて消すのに躍起になるか、
進入用の暗号解読に追われて全く手が出せない。

「まだか!」

 血の滴る首筋を押さえながら、ジェルドが金切り声を上げる。

「も、もう少しです!」

 アレン達や『赤い狼』からは人垣に隠れて見えなかったが、学者らしい男と魔術師数人が岸壁に付いている桝目上に並んだボタンを、表紙がぼろぼろの
本と見比べながら懸命に操作していた。
突如として地面が大きく振動し、巨大な太鼓を打ち鳴らしたかのような音が響く。

「やりました!」
「よし!全員集結!ドルゴに搭乗せよ!」

 兵士達はジェルドの命令で一斉にドルゴを召喚し、それに跨る。調査団の異変を悟ったアレンは、ドルゴを調査団に向けて突進させる。

「邪魔だ!」

 アレン達の突進に気付いた魔術師が、両手を広げて幅広の光線を発射する。光線はアレン達を直撃する。光線との距離がかなり近かったせいで、結界を
張っていたものの衝撃波が大きく一行を揺さ振り、ドルゴから大きく弾き飛ばされる。

「奴等には構うな!目的の遂行が最優先だ!」

 ジェルドが叫ぶ。
調査団の眼前の岸壁が、激しい振動と共に中央から真っ二つに割れて、奥の暗闇が徐々に現れる。ある程度岸壁の間隔が広がったところで、ジェルドが剣を
振り上げて叫ぶ。

「全員突撃!」

 魔術師達が結界を張り巡らし、調査団は全員ドルゴに搭乗して、なおも開き続ける岸壁の間隔に突入していく。地面に叩き付けられていたアレン達は、
全身に鈍い痛みを感じながらようやく起き上がる。

「が、岸壁が・・・。」
「やられたか・・・。奴等、開門の方法まで入手していたのか・・・。」

 『赤い狼』のメンバーが苦々しそうに呟く。それを聞いたアレンが『赤い狼』のメンバーの一人に詰め寄る。

「開門?!何のことだよ!」
「君達は?奴等と対峙していたところからすると、奴等の手先ではないようだが。」
「俺達は奴等の遺跡調査を阻止しに来たんだ!」
「一体何処でこの件の情報を仕入れたんだ?これは奴等と我々以外は知らない筈。」
「ドルフィンだよ!ドルフィンが密かに内部を調査して教えてくれたんだ!俺達はドルフィンの代わりにここに来たんだ!」

 ドルフィンの名を聞いて、『赤い狼』のメンバーの表情が一気に変わる。

「ド、ドルフィン殿だと?!君達はドルフィン殿を知っているのか?!」
「知ってるも何も、ドルフィンの代役だって言ってるだろ。」
「・・・ドルフィン殿が見込まれたほどだ。君達に全てを託す価値はありそうだ。」

 ミルマ支部代表がアレンに話し掛けて来た。

「我々は反政府組織『赤い狼』のミルマ支部の者だ。国王の勅命を受けた調査団が鉱山の採掘を停止して遺跡の調査をしているという情報を入手して、
奴等の目的の把握と遂行の阻止のために突入して来たのだ。」
「奴等の目的って何なんだよ?」
「さっき長官に斬り付けたスパイからの報告でも、はっきりと分からないんだ。命令や報告に使う単語が聞いたこともないものばかりでね。ただ、はっきりして
いることは、ここが古代文明の遺跡、それも相当強力な武器らしいものが保存されているらしいということだ。」

 『赤い狼』のミルマ支部代表はアレンの両肩を掴む。その表情は真剣さと共に緊迫感すら漂っている。

「ここでは詳しく話している時間はないが、奴等は古代文明の遺産を悪用しようとしているらしいんだ。権力の更なる強化を目論む奴等にそんなものを
握らせたら、世界の破滅に繋がりかねない。頼む。ドルフィン殿の代役として動いているほどの君達に、何としても奴等の目的遂行を阻止して欲しい!
これは反政府云々ではない。人類全てに関わるかも知れないことなんだ!」
「・・・分かった。」

 アレンは迷わず決断する。面が割れているために動けないドルフィンに代って、調査団の行動を阻止するべくここに乗り込んで来たことだし、目的が
追認されたにすぎないからだ。

「ありがとう。君達にこれをあげよう。強力な爆薬だ。赤いボタンを押して10セム後に爆発する。」

 ミルマ支部代表は、アレンに10セーム四方の箱を手渡す。中央部に透明な枠に覆われた赤いボタンがある。

「確かに受け取ったよ。」
「気をつけて行ってくれ。中では古代文明の叡智が牙を研いでいるだろう。」

 『赤い狼』のミルマ支部代表は、アレンと固く握手を交わす。

「何やってんのよ!!行くわよ!!」

 腰を摩りながら立ち上がったリーナが叫ぶ。

「我々は囚人を先導して脱出する。後は頼む!」

 『赤い狼』のミルマ支部代表は、『赤い狼』のメンバーに先導されてぞろぞろと空間から出て行く囚人達の列へ走り去った。
アレンは横たわっていたドルゴの体勢を立て直す。結界に包まれていたせいか、幸い失神はしていない。フィリアが軽い怪我をしているが、行動に影響は
ないようだ。アレンの後ろにフィリアとリーナが乗る。
 地響きはようやく収まり、暗闇に包まれた古代遺跡が大きくその入口を開けて一行を待ち受けていた。暗闇には微かに白色の建造物が浮かび上がり、
所々で赤や緑の光が心臓の鼓動のように周期的に点滅している。

「何、あれ?」

 フィリアが思わず疑問を口にする。一行は前方に佇む見たこともない光景にしばし呆然とする。
やがて、赤い閃光が花火のように暗闇に現れた。それを合図とするかのように、次々と赤い閃光が暗闇に花開く。

「全システムに中央制御機構より警告、全システムに中央制御機構より警告・・・。」

 暗闇から、一定調子の気味悪いほどに無機質な声が朗々と響いて来た。聞いたことのない言語はアレンとフィリアには何を言っているのか分からず、
リーナにも一部しか分からない。

「関係者識別データ未登録の集団が正面ゲートよりオートロックを解除して敷地内に侵入。これよりガーズガルズ戦略基地はA級警戒態勢に入る。
所外ネットワーク遮断、アンチ・ハッカー・セキュリティ作動、ピーキング・アイ出動、ゲート・キーパー・システム始動。インドルーダ・ガーディアンは
侵入者を抹殺せよ。繰り返す・・・。」

 一行は息を呑む。
これから先で待ち受けるのは兵士でも魔物でも盗賊でもない、得体の知れぬものだ。今までに見たことも聞いたことも、感じたこともない異質の世界なのだ。
どんなに凶悪な魔物や盗賊、そして対峙する兵士や魔術師には何処かに生命の息吹があった。しかし、ここにはそれが全く感じられない。

「行くぞ!」

 アレンが底から沸き上がって来るような恐怖感を振り払うかのように叫び、手綱を強く叩く。一行が大きく後ろめりになり、ドルゴが急発進する…。

用語解説 −Explanation of terms−

14)魔力を感じた:魔法を使用する時には、使用する魔法と使用者の称号によって異なる魔力の局所的な集中が起こる。それは魔術師や聖職者のように
賢者の石を埋め込んである者なら、気配を感じる感覚でその集中を感知することが出来るのである。


15)シルフ:RPGやファンタジー小説でお馴染みの風の妖精。人間に対しては非常に好意的で敵意は全くない。複数のシルフが踊る、通称「ウィンド・ロンド」で
空気に治癒力が宿り、欠損など余程の重傷でなければ完全に治癒する。


16)アーシル:地の属性を持つ魔物で、殆ど動くことなく洞窟など暗いところの壁や地面に張り付いている。主食は何も知らずに近付く動物の肉だが、魔法に
対しては異常な耐性を持ち、口で魔法を吸収してそれを数倍に増幅して発射する、通称「マジック・アンプ」という特技を持つ。そのため、魔法防御のための
結界の張れない剣士などが魔法専用の盾として重宝する。


17)結界から飛び出す:結界は丁度一方通行のドアのようなもので、中から外へ出ることは自由に出来ても、外から中へ入ることは難しいようになっている。

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