Saint Guardians

Scene 2 Act1-4 不信-Distrust- それぞれの決意、交錯する思惑

written by Moonstone

 眩い光が幾重にも重なって、世界を支配する闇を切り裂き、取り込んでいく。時計の針は7ジムを過ぎているが、実習や勉強で夜が遅くなる傾向がある
学生は、当番に当たっている者以外は朝が遅い。ドルフィンは人もまばらな食堂でコーヒーを飲みながら、これからの行動計画を思案していた。
 会議の内容からかなり進んでいる遺跡調査を妨害するには、早め早めの行動が望ましい。しかし、遺跡調査を行う国家特別警察隊の背後にいるミルマ
経済連に面が割れている上に、どういう訳か既に潜入したことが分かっている自分が下手に行動に出るのは、危険があまりにも大きい。
遺跡調査を妨害するために赴いたところで、本部に連絡されようものなら、この店とフィーグの未来は闇である。昨夜のように闇に隠れて行動するのも
一つの方法ではあるが、重要且つ機密の行動であるから昨夜のそれより、より厳重なトラップが仕掛けられていることは容易に想像できるし、昨夜のような
ことになった場合、本部に連絡されてしまえばもう終わりである。

「どうしたもんか・・・。」

 ドルフィンは難しい表情でコーヒーを一口飲む。

「おはよう、ドルフィン。」

 アレンとフィリアが、やや遠慮気味に声を掛ける。ドルフィンの厳しい表情を見て、何となく声を掛け辛く感じたのである。
それを察したのか、ドルフィンはそれまでの厳しい表情を崩して、気さくに声をかける。

「おお、おはよう。もう起きたのか?」
「よく眠れたよ。久しぶりにベッドの上で寝たからね。」
「ドルフィンさん、早起きなんですね。」
「ちと夜遊びしてたから寝てないんだが。・・・まあ、座れや。」

 アレンとフィリアは、並んでドルフィンの右側に座る。

「何か考え事でもしてたの?」
「ああ。例の鉱山閉鎖のことだ。」

 ドルフィンはコーヒーを一気に飲み干す。

「どうも奴等、かなり怪しいことやってるようだ。単なる趣味や道楽じゃねえ。」
「調査したの?」
「もう少し踏み込んだところまで調べるつもりだったんだが、よりによってトラップに引っ掛かっちまった。」
「もしかして、昨日の夜中にやけに外が騒がしくなったのは・・・?」
「そう、俺が原因だ。折角の安眠を妨害してすまなかったな。」
「いや、そんなこといいよ。で、どうするの?」

 アレンが尋ねると、ドルフィンは少し沈黙した後、口を開く。

「できるだけ早めに行動を起こしたいんだが、ここの住人として生きてる俺が下手に動くと、飼い犬に知られた場合、この店が危ない。思うように動けないって
わけだ。」

 ドルフィンは自分達がミルマに潜入したことが国家特別警察に知られていることは敢えて伏せておいた。この様な緊迫した状況に慣れていないアレンと
フィリアには、不安の種を増量するだけになってしまうからである。

「ドルフィン、どうしてこの店のために動こうとしてるの?前に、父さんの救出に関係ないことはしないって言ってたのに。」
「なかなかよく覚えてるな。本当はそうなんだが、ちと事情ができてな。駄目か?」

 ドルフィンが尋ねると、アレンはどんでもないというように首を横に振る。

「そんなこと・・・。ドルフィンには本当に色々助けてもらってるし、このくらいのことは。」
「すまんな。勝手なこと言って。」

 それまでじっとやり取りを聴いていたフィリアが、突然口を開く。

「ドルフィンさん。何なら・・・あたしとアレンがやってみましょうか?」

 フィリアの大胆不敵な申し出に、アレンは勿論、ドルフィンも驚きを隠せない。

「ドルフィンさんには助けてもらってばかりですし、ここで一つ、今度はあたし達が助ける番かなと。」
「・・・折角の申し出だが、受けるわけにはいかんな。」

 ドルフィンは首を横に振って申し出をやんわりと辞退する。

「奴等の規模はテルサとは比べ物にならん。おまけに今度は魔術の心得がある奴が混じってる。はっきり言って、お前達の力ではどうにもならん。
わざわざ死にに行かせるようなもんだ。」
「ドルフィンさん。お言葉ですが、あたしはこの旅に参加したいと言った時、覚悟はできていると断言しました。その気持ちに変わりはありません。」

 フィリアははっきりした口調で言い切る。その言葉から感じる並々ならぬ決意に、ドルフィンは少し考えてから答える。

「・・・自分の言葉には責任を持つ。魔術師である前に、人間として大切な心構えだ。その心構えに賭けてみるのも良いだろう。」
「あ、ありがとうございます。」
「アレンは良いのか?お前は仮にも父親と逢うことを目的にしている。わざわざ危険に飛び込むことはねえぞ。」

 ドルフィンの問いかけに、アレンは首を横に振って答える。

「ドルフィンは前に勇気こそ最大の武器だって言ったよね。ここで…、自分の勇気を試してみたい。」
「下手すりゃ死ぬかも知れんぞ。」
「行く。今度は俺達がドルフィンを助ける番だから。それに・・・男の俺がフィリア一人で行かせるわけにはいかないよ。」

 ドルフィンは小さく溜息を吐く。

「似た者同志だな。じゃあ、似た者同志で行ってこい。」
「ありがとう、ドルフィン。」
「礼は俺が言うべきだ。お前達の勇気に敬意を表して、ささやかなプレゼントをやろう。まずはアレン、お前にはこれだ。」

 ドルフィンは、腰の小さな革袋から小さな水晶を三つ取り出す。水晶は小指の先ほどの大きさで、中心部に赤若しくは緑に濁った部分がある。

「これは魔水晶だ。」
「魔水晶?」
「召喚できる魔物を、水晶の結晶に封じ込めたものだ。床にでも叩き付けて割ってやれば召喚できる。一つにつき一匹しか召喚できんし用が済んだら
それっきりだが、強力な奴を封じ込めてある。大事に使え。」
「中に何が入ってるの?」
「今は言えん。ここで名前を言うと、召喚したことになって効果がなくなっちまう。どれも戦いに役立つことは間違いないから、安心しろ。効果は中心の色で
判別が付く。赤が攻撃、緑が防禦だ。赤が2つに緑が1つある。」

 アレンはドルフィンから三つの魔水晶を革袋ごと貰い、なくさないようにベルトに括り付ける。

「次はフィリアだ。お前にはこれをやろう。」

 ドルフィンはポケットから2つの腕輪を取り出す。腕輪はどれも黄金に輝き、細かい彫刻が前面に施されている。1つにはサファイアが、もう1つには
ルビーが嵌め込まれている。

「これは魔力増強の腕輪と防御力上昇の腕輪だ。サファイアの嵌まっている方が防御力上昇で、ルビーが魔力増強だ。どれも術者の能力を2倍にする。
仮にもPhantasmistだから、それを嵌めれば魔力は相当強力になる。エルシーア9)でも鉄の鎧くらいは楽にぶち抜けるぞ。」
「ありがとうございます。」
「腕輪はどっちの腕に嵌めてもいい。腕輪本体も頑丈だから多少ダメージを受けても壊れたりしない。」

 フィリアは、ドルフィンから腕輪を受け取って、早速腕に嵌める。体が一度大きく脈打ち、芯から力が湧き出して来るような感覚を覚える。

「行動は夜の方がやり易いだろう。何せ兵士共がうろちょろしてるからな。できるだけ人目に付きにくい方が良い。」
「でも、問題の遺跡がある鉱山って何処にあるの?俺達、この町の人間じゃないから分からないんだけど。」
「うーん。この町に入る時に通って来た取水トンネルを通れたところで、そこから鉱山まではかなりあるからな・・・。」

 ドルフィンも二人が潜入すると申し出るとは予想しておらず、潜入方法までは考えていなかった。
一行はうんと考え込む。ゆっくりと重い時間が流れ、ドルフィンが何かを思い付いたような顔で自問自答するかのように呟く。

「・・・こうするか。こうするしかないか・・・。」
「どうしたの?」

 アレンが尋ねると、ドルフィンは難しい顔で首を捻りながら答える。

「俺の他に取水トンネルの構造を把握できて、町から鉱山までの行き方を知っている人間があと一人いる。」
「あと一人って・・・ま、まさか・・・。」
「そのまさかだ。リーナを連れて・・・。」
「あたしは嫌です!!」

 ドルフィンの言葉を遮るように、フィリアが猛然と抗議する。

「絶対嫌です!!あんな奴と組むくらいなら、あたしは行きません!!」
「言うと思った・・・。」

 ドルフィンは苦い顔で頭を掻く。

「だが、地理も分からんお前達二人が、鉱山まで行けるか?」
「無理だよ。山道で下手に迷ったら、警備中の兵士に捕まる可能性が高い。」
「そのとおりだ。リーナはこの町の人間だから取水トンネルの構造も把握できるだろうし、鉱山までの道も知ってる。道案内にはもってこいだ。」

 まさか取水トンネルに潜る機会はそうはないだろうが、何にせよ、行程を熟知している人間が居ると居ないとでは格段の差がある。

「・・・でも、協力なんてしてくれるのかな?あの娘、あんな調子だし・・・。」
「それは俺が言い出した以上、責任を持って説得する。」

 アレンとフィリアがリーナを説得できる筈もない以上、言い出したドルフィンが責任を持たなければならない。勿論、そのことはドルフィンも十分承知している。

「今からリーナの部屋に行って来る。ちょっと待っててくれ。」

 ドルフィンはそう言って席を立ち、食堂から出て行く。バタンとドアが閉まると、フィリアがアレンの耳元で疑問を口にする。

「アレン、あんな奴があたし達に協力なんてしてくれると思う?どう考えても第二の敵になると思う。」
「味方になるなんて期待はしてないよ。ただ・・・。」
「ただ?」

 フィリアが詰め寄ると、アレンは答える。

「あの娘、ドルフィンの言うことは何故か素直に聞くみたいだから、少なくとも敵になることはないと思う。」
「どうかしら・・・。」

 フィリアは厳しい表情で首を傾げる。
ドルフィンはなかなか戻ってこない。リーナが、余所者であり、尚且つドルフィンと過ごす時間を奪っている−と本人は思っている−アレンとフィリアを
激しく嫌悪しているのは明らかで、ドルフィンの説得であってもすんなり共同行動を受け入れるとは到底思えない。

「やっぱり無理なのかしら。」
「うーん・・・。」

 アレンは唸る。しかしドルフィンしかリーナを説得できない以上、ここはドルフィンに委ねるしかない。
 さらに時間が流れて、二人が空腹を感じ始めた頃、ドルフィンが戻って来た。

「待たせてすまん。どうにか説得できた。」

 ドルフィンは軽くため息を吐く。

「よく受け入れたね。時間が掛かっているからてっきり・・・。」
「最初は断固拒否だったんだが、粘り強く説得したら何とか応じてくれた。あいつとて聞く耳がないわけじゃない。」
「でも良かったよ。」
「お前達は朝飯でも食べてろ。どのみち夜までやることはねえし。」
「そうするよ。お腹すいて来たし。」
「朝食はカウンターで注文すればいい。前もって伝えておいてあるから安心しろ。俺は用事があるんで部屋に戻る。」

 アレンとフィリアは、少し遅い朝食を食べに、カウンターへ向かう。一人で部屋を出て行ったドルフィンと入れ違いで、食堂は遅い朝食を食べに来た
学生で徐々に混雑を増してきた。

「混んで来たねえ。」
「なくなるといけないから、早く注文しに行こう。」

 並んで間もなく、二人の順番が回ってきた。

「アレンさんにフィリアさんですね?ドルフィンさんから話は伺っておりますよ。」

 カウンターの奥で食事を並べていた中年の女性が、二人を見て言う。

「何にしますか?メニューは手元にありますよ。」

 カウンターのテーブルには、5種類の朝食のメニューが描かれている。
どれもなかなか豪華で、思わず目移りしてしまう。

「うーんと、どれにしようかなあ・・・。Aも良さそうだけど、Bもいい感じだし。あ、でも、Cでもいいなあ・・・。」

 メニューを見比べながら考え込むアレンに、フィリアは空腹もあって苛立ちが募っていく。

「あーもう!アレンに任せてたらいつまで経っても食べられない!あたしが決める!」

 フィリアはカウンターにいたアレンを押しのけて、フィリアがメニューを見比べて言う。

「これ!C二つお願いします!」
「はい。お席の方でお待ち下さい。」

 フィリアはちょっと未練があるらしいアレンを引き摺るように、空いている席に向かう。席は十分余裕があり、混み始めたとは言え、余裕を持って座れる。
二人は最初に座った位置と同じ場所に並んで座る。

「本当にアレンって、優柔不断よねえ。」

 フィリアは不満そうに口を尖らせる。

「ああいうのって苦手なんだよ。どれでも良さそうだし、一つ選んだら他のが良かったって後悔しそうだし。」
「これだって最初に思ったやつに決めちゃえばいいのよ。そういうときは。」

 直感的に判断して行動するフィリアにしてみれば、アレンの優柔不断なところはどうしても我慢できないところだ。二人が話していると、耳に近くの学生の
話し声が飛び込んできた。

「あの子達かな?ドルフィンさんと一緒にテルサから来たのって。」
「赤い髪の子って、男の子なんだって。凄い美形よね。線が細くてスマートだし可愛らしい顔だし。」
「そうねえ。後で声かけてみよっか。」

 学生は若い女性が多いせいか、男とは思えない繊細な顔立ちのアレンの方に話題が集中しているようだ。

「アレンって、どこでももてもてよね。アレンの話題で持ちきりよ。このこのぉ。」

 フィリアが茶化す。

「やっぱり、もてると嬉しいでしょ?」
「・・・あんまり嬉しくないなあ。」

 アレンは意外なことを言う。

「どうして?」
「だって、それは俺が女の子みたいで可愛いっていう理由からだろ?男らしいって見られてるわけじゃないから・・・。」
「贅沢な悩みよ、それって。良いじゃない。もててるんだから。」

 ドルフィンのような所謂「男らしさ」を理想とするアレンにとって、女の子みたいで可愛いと言われるのは、自分が男と思われていないようで良い気分は
しない。フィリアとしては、アレンの評判が高いのは嬉しい反面、アレンの目が他の女性に向かないか気になるというのが正直なところだ。
 やがて食事が運ばれて来た。描かれていたものと遜色はなく、朝食とは思えないボリュームである。

「さ、食べようよ。」
「そうだね。」

 二人は目の前の豪華な食事を食べ始める。見た目だけでなく、味の方も上々である。

「おいしいね、これ。」
「学生の人達って、こんな良いもの毎日食べてるんだな。」
「薬剤師になるのってお金掛かるらしいから、こういうのって有難いんじゃないかしら。」

 暫くのんびりと朝食を食べていると、二人の前に誰かがやって来た。別の学生だろうと思ってそのまま食べていると、その人物が軽い溜め息の後に口を開く。

「やあね、田舎者は。がつがつと食べてばっかりで。」

 二人が驚いて顔を上げると、それはリーナだった。リーナはどかっと二人の向かい側の椅子に腰掛ける。フィリアとリーナの間に、再び激しい火花が
散り始める。

「何よ。」
「席がないからここに来ただけ。朝御飯食べにね。文句ある?」

 リーナは刃物のような鋭い瞳で二人を睨み付けて言い返す。だが、見たところ席にはまだ余裕がある。どう考えてもわざわざアレンとフィリアに嫌みを
言いに来たとしか思えない。

「あんた達ね。ドルフィンにどれだけ迷惑かけたら気が済むわけ?いい加減にしておきなさいよね。」
「どういう事?」
「呆れた。自分達が鉱山への行き方が分からないもんだから、ドルフィンに頼った挙げ句、あたしまで手を煩わせるくせに。」

 やはりリーナは、ドルフィンの説得を快く受け入れたわけではなかったようだ。

「自分達で言い出したんなら、自分達で最後まで責任持ったらどう?自分達でやるって言っときながら、人様の手を煩わせるなんて、矛盾してるって
思わないの?どうしようもなく頼りない奴等ね。」
「しょうがないでしょ。この町の住人じゃないんだから。」
「この町の住人じゃないなら、この町のことに下手に首突っ込まないで欲しいわね。迷惑なのよ、あたしは。」
「ドルフィンさんが動けないから、今度はあたし達が動くのよ。あんたにあれこれ言われる筋合いなんかない筈よ。」

 次々と浴びせられるリーナの嫌みに、フィリアは負けじと対抗する。

「大体ね、あんた、どうして他人にそんなに露骨に敵意を剥き出しにするの?あたし達があんたに何か悪いことした?」
「したわよ。」
「いつ?何を?」
「今ここに居る事、存在そのものよ。」

 リーナの一言に、フィリアは堪忍袋の緒が今にも切れそうになっているのを実感した。

「・・・どういうこと?それ。」
「言った通りの意味よ。」

 フィリアとリーナが再び激突するのは、もはや避けられないかもしれない。他の学生もその雰囲気を敏感に感じたのか、遠巻きに恐る恐る成り行きを見守る
他ない。アレンはどうして良いか分からず、緊張した面持ちでその場で硬直している。

「それに何?その態度。あんた達、あたしが協力しなかったら、何もできないことお忘れ?」
「何をお望み?」
「ま、土下座して泣きながら『リーナ様、ここは一つ、愚かで無知なあたし達のために一肌脱いで下さい。お願いします。』とでも懇願することね。」

 とうとうフィリアは、堪忍袋の緒が切れた。激しくテーブルを叩いて立ち上がり、フィリアは怒声を張り上げる。

「いい加減にしたら!そのでかい態度!あんた、自分を何様だと思ってるの!」
「それはこっちの台詞よ!それが人にもの頼む時の態度?ちょっとは申し分けなさそうにしたら!」

 リーナも立ち上がって、負けずに怒鳴り返す。

「態度がでかいって、あんたに言われたかないわね!」
「喧嘩売ってるの?また痛い目に遭いたいようね!」
「どっちが!謝るなら今のうちよ!」

 二人が拳に力を込め、今にも激突しようとしたその時、アレンが思い余ったように立ち上がり、二人の間に腕を差し入れて制止させる。

「ちょ、ちょっと待った!」

 フィリアとリーナは、同時にアレンの方を向く。

「何?今度は二人がかりで挑もうって魂胆?」

 リーナが身構えると、アレンは首を横に振る。

「喧嘩は・・・後でもできる。今は互いに手を結ばないといけない。」
「あんた達と手を組む理由なんて、あたしにはないわよ。」
「いや、鉱山の閉鎖はこの町にとっても影響は大きい筈。それに、兵士達がこのまま居座ることは、君にとっても良いことじゃないだろ?」

 アレンは推測を交えながらひたすら言葉を並べる。考えて言葉を選ぶ余裕など、今のアレンにはない。

「それに君が協力してくれないって言うんなら、ドルフィンの頼みを反故にすることになるんだよ。君にそれが出来る?」

 リーナの表情が見る見るうちに歪み、握った右手がぶるぶると震える。偶然ではあったが、アレンはリーナにとって最も痛い所を突いたのである。

「そ、それは…。」
「俺達が嫌ならそれでいい。だけど、一度協力するとドルフィンに約束したなら、それはきちんと果たすべきじゃないかな?」
「あんた・・・恥ずかしくないの?!人の弱みに付け込んで…!」
「嫌な奴だと思ってるだろうけど、そう思われても仕方ない。兎に角この喧嘩は、俺が一時預かるってことで・・・、どう?」

 リーナは一度激しくテーブルを叩いて人差し指をアレンの額に突き立てる。

「いい度胸してるじゃない。あたしがその気になれば、この場であんたの命消し飛ばすことも出来るのよ。」
「・・・消し飛ばすなら、約束を果たしてからにしてくれない?」

 アレンはリーナの殺意の篭った視線に怯みそうになったが、ここが正念場と勇気を奮い立たせる。アレンとリーナはテーブルを挟んで睨み合う。
フィリアも周囲の学生も、固唾を飲んで様子を見守る。フィリアは万が一に備え、リーナから見えないように両手に魔力を集中させる。
重苦しい時間がゆっくりと流れ、リーナが手を引っ込める。

「…良いわ。あんたの言うとおり、この場は押さえてあげる。あんた達に手を貸すわ。だけど・・・。」

 リーナの表情の険しさが最高潮に達する。

「その後で、あんた達二人まとめて消えてもらうわよ。覚悟しておきなさい!」

 リーナは再び座ることなく、怒りの篭った速く激しい足取りで食堂を出て行く。
バタンと激しくドアが閉まると、アレンは大きくため息を吐く。同時にこれまでどうにか抑えていた冷や汗がどっと流れ出したような気分を感じる。

「アレン・・・。格好良かったよ!」
「こ、恐かった・・・。殺されるかと思った。」

 フィリアが驚きと感嘆の入り混じった表情で賞賛する。アレンは今更ながら、自分でも驚くほどの大胆な行動に出ていたことを実感する。
周囲からぱちぱちと拍手が起こる。二人が戸惑いながら周囲を見回すと、学生達が口々にアレンに賛辞を送る。

「いやあ、凄い。お嬢様のあの脅しに耐え切れるなんて。」
「よくあれだけ堂々と渡り合えたもんだ。」
「格好良かったわあ。私達だったら、とても耐えられないわ。」

 学生達は、リーナの猛烈な圧力に屈しなかったアレンの言動に、素直に驚き、賞賛している。

「アレン。男らしかったよ。凄く!」

 フィリアの一言がアレンの胸の奥をじんと震わせる。アレンは周囲の賞賛に戸惑いながらも、少しだけ自分の行動に自信が持てたような気がした。
 再び町に夜の帳が降りる。それまで準備を整えたり昼寝をしていたりしたアレンとフィリアは、予めドルフィンに指定されたように、19ジムにドルフィンの
部屋に向かう。
アレンは愛用の剣とハーフプレート、フィリアは持って来たブルーのローブを着けている。フィリアは魔術師の証でもある、先端に大きなルビーが嵌め込まれた
ロッド10)を持っている。
 部屋にはドルフィンと既に準備を整えたリーナが居た。リーナは長袖のピンクのブラウスにベージュのミニスカートという、普段着そのままの姿である。
短いスカートから覗く白い足が、アレンの視線をぐいと引き寄せる。

「来たか。じゃあ早速要領を説明するぞ。」

 全員は床に腰を下ろし、ドルフィンが手書きの簡単な地図を前に広げる。地図には側面から見た山と、斜面から伸びるトンネルらしい線が描かれ、細かい
注釈が記されている。

「事前にパピヨンをあちこちに送り込んで出来る限り情報を集めておいた。魔術師の隙を突いて送り込むには苦労したぜ。これは鉱山に送り込んだパピヨンが
得た地形の情報から作った略地図だ。で、問題の奴等の調査とやらの進行状況だが・・・。」

 ドルフィンは地図を指差す。

「奴等は200メール程奥に入ったところで本来の坑道から大きく離れて、山の中心部に向かって斜め下に掘り進んでいる。」
「中心部には何があるの?」
「それなんだが・・・パピヨンが記録して来た会話を聞いても、何のことやらさっぱり分からねえんだ。まあ、ちょっと聞いてくれ。」

 ドルフィンはそう言って、机の引き出しから掌に乗る大きさの水晶玉を取り出して来て、床の上に置く。その脇にポケットから取り出した小指ほどの大きさの
水晶を置き、目を閉じて呟くように何やら意味不明の呪文を唱える。2つの大きさの違う水晶が交互に赤く瞬くように輝き、けたたましいつるはしの音と怒声と
鞭の音に混じって会話が聞こえて来た。

「内部構造はどうなっておるのだ?」
「はっ、魔法探査の結果、分厚い岩盤に被われた半球状の閉鎖空間に建造物が点在しており、目標の施設は最も奥にある模様です。小型の移動物体が
多数確認されておりますが、恐らくイントルーダ・ガーディアンだと思われます。」
「ゲート・キーパーは稼動しているのか?」
「建造物周囲にはイントルーダ・ガーディアンが配備されているようですが、ゲート・キーパーは確認できておりません。」
「イントルーダ・ガーディングの種類は分かるか?」
「はっ、断定は出来ませんが形状からしてIG-100SPが最も多く、建造物入口付近にIG-101DGが配備されている模様です。」
「100SPと101DGか。攻撃は防御できるのだろうな?」
「赤外線探査式超小型追尾ミサイルは爆発範囲を最小限に留めた対人兵器ですので、魔術師の結界を重ねれば十分防禦できるものと思われます。」
「問題はゲート・キーパーだな。ものがものだけに相当強力なものが配備されているだろう。」
「施設の重要度と機密性から、MGK-1100DRGが配備されている可能性が極めて高いものと思われます。」

 ドルフィンが再び意味不明の呪文を唱えると、水晶の輝きが止んで会話が途切れる。

「こんな訳の分からん会話が延々と続いてるんだ。ただ、会話の内容から、何かを入手するために古代遺跡を調査しているということは分かった。残響の
度合いから判断して奴等は今、相当広い空間にいるらしい。」
「やっぱり財宝か何かかな?」
「多分な。で、周辺は物凄い警備だ。入り口付近は数百人の兵士が固めていて、中にも警備の兵士がうじゃうじゃいる。」

 ドルフィンは、地図の山の周辺を指差す。

「リーナは知ってるだろうが、川を渡ったところに森があって、それをまっすぐ抜ければ鉱山の麓に辿り着けるが、森の中でも兵士が警備してる。鉱山に
入るどころか、そこまで行くのも相当難しそうだ。」
「どうすれば・・・?」
「そんなの、問答無用に消し飛ばしちゃえば良いのよ。」

 リーナは平然と言ってのける。

「国家のためにって動いてるんだから、国家のとやらのために死ぬ覚悟ぐらいできてるんでしょ?だったら遠慮なく殺っちゃえば良いのよ。」
「無駄な殺し合いはするべきじゃないと思うけど。」
「殺し合いに得や無駄があるの?あんたの言っていることは、単なる奇麗事よ。これだから物を知らない奴は・・・。」

 アレンが異議を唱えるが、リーナは意に介さずに吐き捨てる。

「ま、事情が事情だ。戦闘は避けられんだろう。そうなったら躊躇した方が負けだ。」
「やっぱり、戦わなきゃ駄目みたいだね。」
「当然でしょ。殺さなきゃ自分が殺されるだけよ。」

 必然的に殺し合いに繋がる戦闘に対する心の準備がまだできているとは言えないアレンとは対照的に、リーナは恐ろしいほど冷めた目で現状を
見詰めている。

「アレン。今回の行動はドルゴが重要だ。」
「どうして?」
「いちいち兵士を相手にしてたらきりがねえ。ドルゴで強行突破するんだ。」
「それで大丈夫なの?」
「ドルゴでは森は飛び越せないから、道を通る以外に方法はねえ。それに全速力で突進して来られると、大抵の人間は横に避ける。全速力のドルゴは相当の
スピードだ。十分走る凶器になる。」
「でも、俺のドルゴは二人乗りだよ。」
「何考えてるの、あんた。自分のドルゴぐらい持ってるわよ。」

 リーナは鼻をフンと鳴らして言う。自分が持っていないものを持っているということで、フィリアのリーナに対する敵対意識は更に増す。

「発掘には各地の政治犯が強制労働で駆り出されている。パピヨンの記録から分かったことだが、監視役の兵士の中には、魔術の心得を持つ者がいる。」
魔道剣士11)ってやつ?」
「そうだ。勿論、専門の魔術師もいる。どうやら、Warlock12)クラスの奴もいるようだ。」

 Waolockの称号を聴いて、フィリアは緊張の色を表わす。称号が違えば実力は大きく違うということは、魔術師であるフィリアはドルフィンの例を目の当りに
して十分過ぎるほど知っている。それこそ決死の覚悟で臨まなければ、目前の死は避けられない。

「魔術師のフィリアは結界をしっかり張ることだ。魔法のダメージも直に受けるよりは減らせるからな。」

 ドルフィンは表情を厳しくして3人を見る。

「三人共、今回ばかりはいがみ合わないことだ。内輪もめに気を取られたら・・・死ぬぞ。」

 ドルフィンの忠告に、三人は身を固くする。

「良いか?これ以上無理と思ったらすぐに逃げろ。誰もお前達を非難する資格はない。無理を承知で実行して失敗することが勇気ある行動と思うな。
それは無謀って言うもんだ。無理と明らかなら速やかに退くことが出来るのも勇気の証だ。それを忘れるな。」

 三人は無言で頷く。

「俺が言うことはそれだけだ。気をつけて行って来てくれ。」

 三人は立ち上がり、緊張した面持ちで部屋を出て行く…。
 その頃、問題の鉱山内部では、着々と発掘が進められていた。ぼろぼろの汚れた服−と言うよりは布切れを着ただけの政治犯が兵士の鞭と怒声を
浴びながら、休みなく発掘作業に明け暮れていた。高さが恐らく数十メールはあろうかと思われる広大な空間で、一際目立つ白銀色に輝く5、6メールほどの
高さの壁が殆どその姿を現している。

「間もなく発掘は完了です。進入用の暗号の解読も順調に進んでいます。」

 黒地に金色の刺繍の施されたローブを纏った中年の女の魔術師が報告する。

「そうか。ようやく古代の叡智が我々の手中に入る時が来たか。」

 魔術師の横にいた、黄金に輝く趣味の悪い鎧を着た中年の男が感慨深げに言う。男は遺跡発掘が間近という報告を受けて視察にやって来た、国家特別
警察ミルマ支部長官、ジェルド・マーカスである。

「問題は建造物が今尚稼動しているかどうかということだ。あれを入手するには、建造物が稼動していないと不可能だと聞くが。」
「魔法探査の結果、建造物に目立った損傷が発見できなかったことから推測して、恐らく稼動していると思います。そもそも古代遺跡は、人がいなくとも
機械さえ正常であれば、何千年もの長い時間にわたって稼動し続けるというものということですし。」
「古代文明というものは、驚くべきものを作ったものだ。」

 近くにいた兵士が、ふっとその場を立ち去る。兵士は地面が露出する道を上り、外へ出る。
入口周辺には、火事と見間違うような巨大な炎が揺らめき、大勢の兵士が周囲に目を光らせている。兵士は、入り口の脇で警備していた別の兵士に
呼び止められる。

「どうした?まだ交代の時間じゃなかろう。」
「用足しだよ。こればっかりは我慢できるもんじゃないからな。」

 兵士は股間を抑えて細かく足踏みする。

「しょうがないな。速やかに戻って来いよ。長官が視察に来られていることだし、サボりがばれたら事だぞ。」
「分かってる。すぐに戻る。」

 兵士は軽く手を上げてその場を立ち去り、人気のない物陰までやって来た。そして、おもむろに近くの小石を拾い上げ、まず一つを投げ、少し間を空けて
二つを同時に投げる。がさっという枝葉の擦れ合う音がして間もなく、森の中から革の鎧を着た二人の青年が現れる。兵士と距離を置いて、一人が詩を
読み上げるように言う。

「赤い狼、夜空に向かい・・・。」
「勝利への咆哮を高らかに上げる。」

 兵士が答えると、もう一人の青年が同じ様な口調で言う。

「その咆哮は夜空にこだまし・・・。」
「自由の夜明けを告げる。」

 兵士と青年は互いの顔を見て頷く。青年が小声で尋ねる。

「首尾は?」
「遺跡の発掘はほぼ完了。進入のための暗号解読も進められている。」

 兵士が答える。青年達は「赤い狼」の活動家であり、兵士は国家特別警察に潜入したスパイである。
本部のあるエルスからの情報で一斉摘発を免れた「赤い狼」のミルマ支部は、地下に潜伏してゲリラ戦を展開する一方、兵士として国家特別警察に潜入して、
遺跡調査の情報収集を行っていた。権力の増強と一見無関係な遺跡調査の背後にある事情を掴み、同時にそれを阻止する機会を窺うためである。

「もはや時は来た。行動に打って出るべきだ。」
「ひとまず代表に連絡する。引き続き動向の監視にあたってくれ。」

 スパイと青年達は別れ、青年達は森の闇に消える。スパイは怪しまれないうちに走って戻る。
青年達は闇に隠れるように身を屈めて移動し、警備に当たる兵士達の目を巧みに避けながら森を抜け、川岸に辿り着く。そして、近くの木に停まっていた
ファオマに伝言を言付け、空に放つ。
ファオマは闇の中を羽ばたいて、町の東の方へ飛び去る。ファオマが見えなくなったのを見届けて、青年達は再び森の中に消える。
 青年達が放ったファオマは、闇夜を羽ばたいて町の東側の小さな家々が並ぶ一角にやって来た。この辺りはミルマでも比較的貧しい人々が住む一帯で
ある。全体的に所得が低いテルサでは貧富の差はそれほど大きくはないが、大規模の商工業者が多いミルマでは、貧富の差が住宅という形でくっきりと
現われる。
 ファオマは巡回する兵士達の上空を飛び、窓が少し開し開けられた家に飛び込んで行く。そして誰もいない真っ暗な家の中に降り立ち、飛び跳ねるように
歩いて箪笥の引き出し、床の片隅、壁の一角の順に嘴で5回ずつ突つく。
すると、箪笥の翳から人影が現われる。ファオマは人影を見つけると、すぐにそこまで飛んで行く。ファオマを腕に停まらせた人影は、再び箪笥の翳に消える。
 箪笥の翳には地下へ伸びる階段があり、人影はそれを降りて蓋を閉める。階段を降りていき、ランプが転々と灯るトンネルを抜けると、やがて鉄製のドアが
現れる。人影がドアを4回ノックするとドアの覗き窓が開き、そこから声がする。

「貴方は誰?ここは何処?」

 人影は小声で答える。

「我は自由を求める戦士。ここは自由の戦いの拠点。」
「よし、入れ。」

 ドアが少しだけ開き、人影はすぐに入ると、ドアは直ちに閉められる。中はミルマの平均的な住宅くらいの広さで、そこには30名ほどの幅広い年齢層の
人々が居る。此処が一斉摘発を逃れた「赤い狼」ミルマ支部の地下本部である。
人々は一斉に人影に注目する。

「代表。偵察にあたっている同志からの伝言のようです。」

 ランプに照らされた人影は、まだ少女という年頃の女の子だ。

「来たか。では、ファオマをこちらに遣してくれ。」

 奥の方で数人と何やら話していた若い男が言う。少女は男にファオマを渡す。男が首の辺りを軽く掴むと、ファオマは単調な調子で青年からの伝言を
口にする。

「遺跡発掘は間もなく完了。至急行動を開始されたし。」

 静かにファオマの伝言を聞いていた人々はざわめく。

「代表。」
「・・・もはや猶予はない。囚われの罪なき人々や我々の同志を救い、国家権力の横暴を打破するのは今だ。決起する。」

 男の言葉を聞いて、人々は一斉に立ち上がる。その顔はどれも緊張感と使命感に満ちている。

「全員武器を取ってくれ。爆薬や煙幕、目潰しも全て持っていく。遺跡調査を実力で阻止し、政治犯を救出する。同志よ、行こう!」
「おーっ!」

 人々は気勢を上げる。それぞれ地面が剥き出しの壁に立てかけてあった武器や防具を身につけ、棚から大量に納められた球状の爆薬や煙幕、筒状の
目潰しを数個ずつ腰に着ける。人々は代表を先頭に、きびきびと本部を後にする。
 国王の勅命で遺跡発掘を進める国家特別警察、ドルフィンに代わって町の経済危機を救うために立ち上がったアレン、フィリア、リーナの一行、そして
政治犯の救出と調査阻止のために動き始めた「赤い狼」。古代文明の遺跡を巡る大攻防戦が、着々と開始に向けて動きつつあった・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

9)エルシーア:力魔術の一つで光魔術系に属する。Magicianから使用可能で称号が上がると、当初5発の連射能力が向上する。

10)ロッド:魔術師や聖職者が使用する杖。主に樫でできており、魔力の増幅用に先端に宝石が嵌め込まれているものが多い。打撃にも使用できるが、
威力は殆ど期待できない。


11)魔道剣士:剣士と同様に武器を扱え、さらに魔法も使える得な職業。もっとも腕力と知性という両極を極めるのは並大抵のことではない。
腕力もさる事ながら、Illusionistでもあるドルフィンは超一流の魔道剣士と言える。


12)Warlock:魔術師の12番目の称号。フィリアの称号であるPhantasmistより2つ上だが、これは相当の実力の差となる。都市部の魔術学校の講師レベル。

Scene2 Act1-3へ戻る
-Return Scene2 Act1-3-
Scene2 Act2-1へ進む
-Go to Scene2 Act2-1-
第1SSグループへ戻る
-Return Side Story Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-