Saint Guardians

Scene 1 Act4-2 出発-Setting Out- 挑む者達、迎え撃つ者達

written by Moonstone

 アレン、フィリア、そしてドルフィンの3人は出発の準備を整えた後、工事の真っ最中である東門前にやって来た。一行にはフィリアの両親、町長、
大司教が付き添っている。
留守にする間、住人がいなくなるアレンの家は、フィリアの両親が管理することを約束してくれた。
 アレンとフィリアは町の外に出るのは初めてのことであるため、物をひたすら詰め込んでパンパンに膨らんだ革袋を重そうに担いでいる。ドルフィンは町に
やって来た時と同様、小さい革袋とマント、そして愛用の剣というシンプルなものだ。
工事中の人々は町を救った英雄の姿を確認して、工事の手を休めて3人に向かって手を振り、歓声を上げる。

「随分な歓迎だな。」

 ドルフィンは呟く。威張りくさった兵士達が闊歩するだけだった来訪時とは格段の差であることを実感しているようだ。

「それはそうでしょう。皆さんがそうは思っていなくても、住民にとっては皆さんは英雄なんですから。それと・・・アレン君。君が無事にお父さんと帰ってくる
ことを祈っているよ。」
「ありがとうございます。」

 アレンは人々の歓声を受けながら、決意を新たにする。

「フィリア。迷惑を掛けるんじゃないぞ。遊びじゃないことを忘れるな。」
「勿論よ。アレンのパートナーとして頑張るってくる。」

 アレンは、フィリアがどこまで本気でどこからが冗談かやはりよく分からない。

「ドルフィン殿。二人を宜しくお願いします。」

 町長の言葉にドルフィンは無言で頷いて、胸ポケットからゴーグルを取り出して掛ける。

「ドルゴ!」

 ドルフィンが右手を正面に翳して、愛用のドルゴを召喚する。遅れてアレンも、乗り方を覚えて間もないドルゴを召喚する。
3人はドルゴに跨る。ドルゴを持っていないフィリアは、当然のようにアレンの後ろに横に座って、落ちないようにアレンの腰にしがみつく。

「じゃあ、行って来ます。」

 アレンが言うと、それを合図とするかのように歓声が一層大きくなる。

「頑張って来いよ!」
「兵士共なんざ、捻り潰してやれ!」

 人々は精一杯手を振って、旅立とうとする3人に声援を送る。ある者は手を振り、ある者は手にした道具や旗を振る。アレンとフィリアは手を振り返して
歓声に応える。

「行くぞ。」

 ドルフィンがアレンの方を向いて言う。アレンは無言で頷く。
アレンとドルフィンは、手綱を大きく叩く。ドルゴが猛スピードで走り出す。
人々は見る見るうちに小さな点になっていく3人に見えなくなるまで歓声を送り、手を振り続ける。
 やがて3人が見えなくなると、人々はぼつぼつと工事を再開し始めた。歓声が再び金槌や威勢の良い掛け声に変わっていく。

「大司教殿。彼らの無事を祈って下さい。」
「勿論です。この町を救ってくれた若者達の未来に幸多からんことを祈り続けます。」

 大司教は胸の前で両手を組んで目を閉じて祈る。

「町長。何事もなくアレン君のお父さんを助け出せるでしょうか?」

 フィリアの父親が町長に尋ねる。如何にドルフィンという強力無比な助っ人が居るとはいえ、やはり不安が完全に消えたわけではないようだ。
町長は少し黙っていたが、やがて口を開く。

「少なくとも、国家に反逆したと見なされる以上、すんなりとは道を開けてくれまい。行く先々で討伐軍を送って来たり、妨害工作をしてくるだろう。しかし・・・。」
「しかし・・・?」
「彼・・・ドルフィン殿がいれば、大丈夫だろう。」

 町長は続ける。

「侵略者共を尋問していて、必ず奴等が言ったことは、彼の戦い振りだった。武神そのものだったと。奴等は、彼を敵に回したことを頻りに後悔していた。
特に幹部達は、彼だけは敵に回すなと中央から指令されていたと言っていた。彼は中央にとっても最大の驚異なのだ。」
「私はドルフィンさんの活躍を人伝で聞いただけですが・・・、彼は一体何者なんでしょうか?」
「分からん。・・・しかし、たった一つ言えることがある。それは、彼は心の内に本当の義の心を持った人間だということだ。」
「本当の義の心・・・。」
「そう。見ず知らずの少年の父親を救出するために、何千何万といる国全体の兵士を敵に回すような一銭の得にもならないことに自ら足を踏み入れる。
これが本当の義の心じゃないかね。押し付けでも何でもない、人間の内なる良心に基づく本当の。」

 町長は、3人が消えた地平線を見詰める。

「そして、彼の義の心を動かしたアレン君。自ら協力を申し出たフィリア君。彼らを神が見放すはずがない。様々な困難もきっと乗り越えられる。私はそう
信じておる。信じようじゃないか。」

 フィリアの父親は納得したように頷く。
これからの一行の命運は、彼ら自身の手に委ねられた。残された者にとっては、信じることが彼らへの唯一の支援なのだ・・・。
 一方その頃、帝都ナルビアでは・・・。

 西の空から小さな黒い点が徐々に大きくなって王城に近付いてきた。ゆっくりと羽ばたく巨大なワイバーンの背中には、豪華な甲冑に身を包んだ男と、
その後ろに鎖で縛り付けられた全身傷だらけの男が居る。甲冑姿の男は国家特別警察テルサ支部長官のマリアス・バンデール、鎖で縛られている男は
アレンの父ジルムである。
 二人の男を乗せたワイバーンは、王城の屋上のテラスにゆっくりと着地する。テラスで見張りに当たっていた兵士が、マリアスの鎧を見てさっと敬礼する。

「陛下は居られるか?」
「はい、謁見の間に居られます。」

 マリアスは気を失っているジルムを指差して命令する。

「この男を政治犯収容施設の最重要手配犯取調室に運べ。陛下の勅命により連行したジルム・クリストリアだ。」
「ははっ!」

 兵士達は鎖を解き、気を失ったままのジルムの両腕を抱えて連れて行く。マリアスは兵士がいなくなった後、緊張した面持ちで体のあちこちを忙しなく
動かす。
これから王に二つの報告をしなければならない。
 一つは勅命を成就したという賞賛されるべき報告であり、もう一つは自分が率いる国家特別警察支部の全滅という叱責されるべき報告である。
勅命を成就したは良いものの、出発前に厳重に命令されていたドルフィンへの不干渉の徹底を怠り、結果として支部全滅という高価な代償を伴ったことは
厳しい叱責や責任追及を免れないだろう。上級の命令違反は、軍隊という階級絶対の社会では重罪なのだ。
 マリアスは王の居る謁見の間へと向かう。城内には兵士が至る所に配備され、マリアスを見る度に敬礼する。
一般兵士は黒い鎧を着ており、それ以外の見た目にも豪華な鎧を着けているのは支部長官以上に限られる。
 謁見の間の前には、数十人の兵士が大挙して守りを固めている。

「私は国家特別警察テルサ支部長官マリアス・バンデール。陛下に謁見を願いたい。」

 マリアスを見て兵士達は一斉に敬礼し、その一人が脇の小さな通用口から中に入る。少ししてその兵士が出てきて、マリアスに告げる。

「陛下が許可されました。どうぞお通り下さい。現在、御前会議中ですので粗相のないように・・・。」

 マリアスは自分の間の悪さを呪う。御前会議には国王の側近や国家特別警察の上層部などが勢揃いしている筈だ。そんな場において支部全滅の報告を
すれば、四方八方からの非難と叱責は間違いない。
 兵士達は二手に分かれて大きな両開きのドアを開ける。真紅の絨毯が一直線に伸び、その脇に置物と見間違うほど微動だにしない兵士達と、マリアスよりも
豪華な鎧を身につけ、見た目にも上質の素材と分かるマントも着用している最高クラスの幹部が、国王の方を向いて整列している。
遥か前方に黄金の台座に乗った豪華絢爛な玉座があり、そこに最高権力者であるレクス王国国王ランベール15世が座しているのが見える。
マリアスは緊張した面持ちで謁見の間に足を進める。マリアスが入ると、すぐさま背後のドアが閉められ、バタンという音が部屋中にこだまする。
 マリアスは表情を強張らせ、ゆっくりと前に進む。両脇では王の親衛隊である重装備の兵士と最高クラスの幹部が、訝しげにマリアスを睨んでいる。
支部長官クラスが何故ここに居る、という思いがひしひしと突き刺さる視線から感じられる。
マリアスが視線の矢の中を進んでいくと、玉座に座するランベール15世がその表情がはっきりと分かるほどに近付いてきた。そのままマリアスが進んでいくと、
突如、マリアスの首を挟み込むように両側から槍が突き出される。

「止まれ!これ以上進むことはまかりならん!」

 槍を突き出したのは、王直属の親衛隊である。マリアスは数歩後ろに下がって、その場で跪く。親衛隊は槍を引くと、速やかに元の位置に戻る。

「・・・陛下。国家特別警察テルサ支部長官、マリアス・バンデールにございます。」
「マリアスよ。仮にも我が誉れ高き国家特別警察の一軍を預かるものである貴様が、側近の一人も連れずにこの場に現れたということは、それなりの理由が
あってのことと推測したのだが?」

 王の単刀直入な問いかけに、マリアスはどっと冷や汗が湧き出るのを感じる。

「・・・まあ良い。報告せよ。」
「は、ははっ。私マリアス・バンデールは、陛下から国家特別警察テルサ支部長官の地位を賜り、テルサ駐留開始から秩序回復、忠誠心育成に全力を上げて
取り組んでまいりました。そして、陛下の勅命である、重要人物ジルム・クリストリアの身柄を拘束し、本日連行してまいりました。」
「ほう・・・。しかし、それだけではあるまい。」
「は、ははっ。任務は滞りなく進めておりましたが、テルサにあのドルフィン・アルフレッドが現れました。」

 ドルフィンの名が出ると、部屋中がざわめく。王は右手を挙げてざわめきを制して、マリアスに尋ねる。

「して、どうしたのだ?」

 王の問いかけに、マリアスは短い時間の間でぐらつく決心を無理矢理立て直して真実を報告する。

「私は陛下からの厳重な命令である、ドルフィンへの不干渉を部下に厳命して参りました。しかし、ドルフィンを匿ったアレンの息子を逮捕するために派遣した
一団がその命を犯しまして、その結果・・・。」
「ドルフィンと敵対することになったというわけか?」
 王の先回りしての問いかけに、マリアスは見る見るうちに顔面が蒼白になっていく。

「で、それから?」
「は、はい。ドルフィンはジルムの息子他一名と結託し、我々と戦闘することになりました。その結果・・・わ、我が支部は全滅と相成りました・・・。」

 部屋中が大きくざわめく。

「この馬鹿者が!」

 王が怒声を張り上げる。音量を加速度的に増していた部屋のざわめきが一瞬で静まり返る。
マリアスは、身がぎゅっと縮み上がったような気がする。

「貴様はドルフィンを甘く見たな。奴は味方にはしても、絶対に敵に回してはならぬ存在だ。貴様の軽はずみな行動が、国家、ひいてはこの私にどれほどの
損失をもたらすことになるのか、分かっておるのか!」
「も、申し訳ございません!」

 マリアスは頭を床に擦り付ける。

「本来、貴様の行動は死刑に値するものだ。だが、私の命令通り、重要人物ジルム・クリストリアの身柄拘束をまっとうしたことは高く評価できる。よって、
マリアス・バンデール。」
「は、ははっ!」
「本日をもって貴様の称号を剥奪し、一切の任を解くと共に、1週間の謹慎を命じる。今後はここ帝都ナルビアの国家特別警察の一兵卒として、国家のために
尽くすが良い。下がれ。」
「ははっ。」

 マリアスは兵士や幹部の軽蔑の視線を浴びながら、そそくさと部屋を出て行く。通用口のドアがばたんと閉まると、それを合図とするかのように一人の
中年の男が、列の中から王の前に進み出る。王直属の親衛隊も、今度は槍を突きつけるようなことはしない。

「陛下。恐れながら申し上げます。」
「申してみよ。」
「ドルフィン・アルフレッドが最重要人物であるジルム・クリストリアの息子と結託して、国家に牙を向こうとしている現在、早急に討伐隊を派遣し、始末する
ことが必要と考えます。最強の名を欲しい侭にするドルフィン・アルフレッドと対峙することは国家における一大事。陛下、是非ともご決断を!」

 男が王に迫ると、豊かな髭を蓄え、目が痛くなるほど派手な甲冑を着けた男が前に進み出る。

「それは聊か心配性というものではないですかな?バンディ参謀長」
「何がですかな?」

 バンディが甲冑の男に怪訝そうに尋ねる。甲冑の男こそ、全国の国家特別警察を指揮下に置く国家特別警察中央司令官ランブシャー・マリシェードである。

「如何に最強と言えどもたった一人。連れの小僧は高が知れている。わざわざ事を荒立てなくとも、我が国家特別警察は、ほぼ全ての都市に駐留している。
発見次第即逮捕、連行するように私が指示しておけば、それで済むことではありませんかな?」
「ランブシャー長官、貴方はドルフィンを甘く見ておられる。総勢200名のテルサ駐留の国家特別警察をたった一人で全滅に追い込んだ男だ。それを野放しに
しておけば大変なことになるでしょうが!」
「バンディ参謀長。貴方はこういう諺をご存知ですか?『1頭の獅子より100匹の犬』というやつを。1頭の獅子と言えど総勢2万の我が国家特別警察、ひいては
国家全体という圧倒的多数を相手にしては、ひとたまりもないでしょう。」

 余裕綽々のランブシャーに、バンディは猛然と食い下がる。

「ならば、1頭のライオンどころか犬程度の集団に散々てこずっている現状を、どうお考えですか?貴方は『赤い狼』の最大拠点、エルスとバードを3日で潰すと
公言した。にもかかわらず、1ヶ月経とうとしている現在でも潰せないどころか、逆に責められて苦戦しているというではありませんか!」
「多少犬共の抵抗が激しく、押さえつけるのに時間がかかっているだけのこと。」

 余裕を見せるつもりで言ったが、痛いところを指摘されてランブシャーの表情は明らかに強張っている。

「犬の集団も潰せないような貴方の管理する兵士達は一体何なのですか?そんな醜態を晒しながら、1頭の獅子を倒すことを公言するなど、虚言でしか
ないのではありませんか?」
「醜態とは何ですか?現場にいれば往々にして予想外のことが起こって当然。参謀という立場から机上論で主張されては困るんですよ!」
「机上論はどちらですか?『赤い狼』制圧にてこずっている事を棚上げして獅子を倒すことを公言することこそ、事実に背を向けた机上論でしょうが!」

 バンディとランブシャーは、国王の前で激しい口論を展開する。

「止めんか、二人とも!陛下の御前で見苦しいぞ!」

 玉座の右側に立っていた小柄な老人が、見かねて強い口調で二人を制する。

「は、ははっ・・・。」

 二人は王の前に向き直り、神妙な表情で深々と頭を下げる。王が二人を見据えて口を開く。

「ランブシャー長官。ドルフィン一味がここ帝都を目指すとしても十分時間はある。街道沿いの都市に駐留する部隊に警戒態勢を取るように手配せよ。特に、
調査隊を派遣中のミルマは地理的に必ず通過するはず。調査を気付かれて妨害されることのないように十分警戒するように指示せよ。」
「仰せの通りに。」
「同時に、抵抗を続ける反逆分子『赤い狼』を早急に制圧するよう、引き続き陣頭指揮に当たれ。あまり時間がかかるようでは、貴殿の立場も危うくなるものと
思え。」
「ははっ。陛下のご期待に添えるよう、一刻も早い『赤い狼』鎮圧をお約束いたします。」
「バンディ参謀長は、帝都改造計画の陣頭指揮を続けよ。ドルフィン一味の行動への対策はランブシャー長官に一任する。それでよいな?」
「勿論でございます。」
「よし。本日の会議はこれで終了する。それぞれの任務に戻れ。」
「ははっ!」

 幹部や兵士は、国王に向かって一斉に敬礼する。国王はすっと玉座を立ち、カーテンの向こうに消える。
幹部や兵士は無言のまま、開かれた正面のドアから続々と出て行く。
 王は階段を上って自室に向かう。これだけで一般市民の住居の数倍はあろう自室は、豪華な調度品の数々に埋め尽くされている。
王は部屋の南側に面するベランダに出る。眼下には、ナルビア市街が広がっている。
 城の南側では、城に匹敵する巨大な建造物が骨組みを晒している。同時に、海に面する東側以外の外壁では、大規模な増強工事が進められている。
一方、市街は工事現場の活気とは対照的に殆ど人気がなく、閑散としている。
 ナルビアでの国家特別警察の行動は熾烈を極め、「赤い狼」の支部員は勿論、自警団や学者、魔術師や聖職者まで国家に対する危険性があるとして
身柄を拘束された。さらに一般市民に対してもスパイが投入されて、少しの不満も逃さずに報告し、すかさず反逆の意図があるとして逮捕、連行するという
異常なまでの徹底ぶりを見せた。
そのため、市民の実に三分の一が逮捕され、工事現場で強制労働に従事させられていた。小高い丘の上に聳えるナルビアは、これまでの海辺の静かな
城下町から、凶凶しい悪魔の要塞へと変貌を遂げつつあった。

「素晴らしい。帝都らしく様相を変えつつある。」

 王は街の様子を眺めて、一人満足感に浸っていた。

「我こそこの国の主。我の前にすべてが跪き、我を称える。これこそ国家の有るべき姿。」

 王の呟きは、まさに権力の麻薬に溺れた重症中毒患者のそれである。

「陛下。」

 ふと、背後から低い声がする。王が振り返ると、黄金色に輝く鎧と銀色のマントを身につけ、金色に輝く長髪を靡かせる長身の男が立っていた。
男としたが、それは低音成分の多い声色からの推定である。男は両目の部分だけ細く切り開かれた白一色の仮面を被っているため、顔や年齢は想像する
しかない。

「これはこれは。何用ですかな?」
「私が要望した施設の建築は順調に進んでおります。陛下のご尽力に感謝の意を表しようと思いまして。」
「それはわざわざご丁寧に。」

 男はつかつかと王の脇に歩み寄る。

「ご覧ください。貴方の助言によって、この町の全てが我が足元にひれ伏しました。偉大な指導者を臣民全てが敬い、そのために働く。これこそ国家の
あるべき理想像。全て貴方の助言の賜物というものです。」
「何をおっしゃる。忠告を聞くも聞かぬも聞く人間次第。私は忠告を述べたのみ。陛下は忠告を聞く耳を持っておられた。それがこの結果に繋がったのです。」

 男は仮面の下で低く唸るように笑う。仮面で表情が分からないだけに、なおさら不気味に映る。

「ところで陛下。例の件ですが・・・。」
「つい今し方、我が命によって貴方の指定した重要参考人が連行されてきました。取り調べが始まっていることでしょう。」
「そうですか。さすがに行動が早い。」
「いや、その代償は大きかった。」

 王の表情が苦々しいものになる。

「どうかなされましたかな?」
「うむ・・・。あれほど厳命しておいたにもかかわらず、たまたま立ち寄っていたあのドルフィン・アルフレッドを敵に回してしまったのです。さらに、ことも
あろうにドルフィンは、重要参考人ジルム・クリストリアの息子アレンと結託して、国家特別警察の一支部を全滅に追い込み、ジルム奪還のために帝都に
向かってくることが確実視されています。」
「・・・それはいただけませんな。」

 男は言葉とは裏腹に、さほど驚いた様子はないようだ。口調に変化が無いため、そのように推測するしかないのだが。

「早速ランブシャー長官に、街道沿いの都市に警戒態勢を取らせるよう命令しましたが、地理的に必ず通過するミルマでの調査活動を邪魔されることに
なれば、貴方の計画の遂行も危うくなる。それだけは何としても避けなければなりますまい。」
「まあ、ミルマ駐留の部隊に任せれば大丈夫でしょう。何しろ、陛下に忠誠を誓う優れた集団なのですから。」
「光栄です。これも全て貴方の助言があってのこと。深く感謝いたしますぞ。」
「私に感謝されるより、陛下は目指す国家の理想像を完成させるよう尽力する方が大切です。では、失礼いたします。」

 男は王に一礼して、その場を立ち去る。
無言で外を眺め続ける国王の目には、絶対的な権力を手中にした満足感と、それを永遠に保持しようという際限のない権力欲がとぐろを巻いている。
 権力の麻薬は何よりも強力な常習癖をもたらし、使用量は際限なく膨らんでいく。王は絶えず、全てを手中に収めたという幻覚に酔いしれ、より甘美な
幻覚に浸ろうと権力という麻薬を射ち続けていた。
町は、最悪の麻薬に溺れた人物の手によって押し潰されている。
爽やかな青空も、町の住人にとっては空しいほど広い牢獄の天井にしか思えないだろう・・・。
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