「随分な歓迎だな。」
ドルフィンは呟く。威張りくさった兵士達が闊歩するだけだった来訪時とは格段の差であることを実感しているようだ。「それはそうでしょう。皆さんがそうは思っていなくても、住民にとっては皆さんは英雄なんですから。それと・・・アレン君。君が無事にお父さんと帰ってくる
ことを祈っているよ。」
「ありがとうございます。」
「フィリア。迷惑を掛けるんじゃないぞ。遊びじゃないことを忘れるな。」
「勿論よ。アレンのパートナーとして頑張るってくる。」
「ドルフィン殿。二人を宜しくお願いします。」
町長の言葉にドルフィンは無言で頷いて、胸ポケットからゴーグルを取り出して掛ける。「ドルゴ!」
ドルフィンが右手を正面に翳して、愛用のドルゴを召喚する。遅れてアレンも、乗り方を覚えて間もないドルゴを召喚する。「じゃあ、行って来ます。」
アレンが言うと、それを合図とするかのように歓声が一層大きくなる。「頑張って来いよ!」
「兵士共なんざ、捻り潰してやれ!」
「行くぞ。」
ドルフィンがアレンの方を向いて言う。アレンは無言で頷く。「大司教殿。彼らの無事を祈って下さい。」
「勿論です。この町を救ってくれた若者達の未来に幸多からんことを祈り続けます。」
「町長。何事もなくアレン君のお父さんを助け出せるでしょうか?」
フィリアの父親が町長に尋ねる。如何にドルフィンという強力無比な助っ人が居るとはいえ、やはり不安が完全に消えたわけではないようだ。「少なくとも、国家に反逆したと見なされる以上、すんなりとは道を開けてくれまい。行く先々で討伐軍を送って来たり、妨害工作をしてくるだろう。しかし・・・。」
「しかし・・・?」
「彼・・・ドルフィン殿がいれば、大丈夫だろう。」
「侵略者共を尋問していて、必ず奴等が言ったことは、彼の戦い振りだった。武神そのものだったと。奴等は、彼を敵に回したことを頻りに後悔していた。
特に幹部達は、彼だけは敵に回すなと中央から指令されていたと言っていた。彼は中央にとっても最大の驚異なのだ。」
「私はドルフィンさんの活躍を人伝で聞いただけですが・・・、彼は一体何者なんでしょうか?」
「分からん。・・・しかし、たった一つ言えることがある。それは、彼は心の内に本当の義の心を持った人間だということだ。」
「本当の義の心・・・。」
「そう。見ず知らずの少年の父親を救出するために、何千何万といる国全体の兵士を敵に回すような一銭の得にもならないことに自ら足を踏み入れる。
これが本当の義の心じゃないかね。押し付けでも何でもない、人間の内なる良心に基づく本当の。」
「そして、彼の義の心を動かしたアレン君。自ら協力を申し出たフィリア君。彼らを神が見放すはずがない。様々な困難もきっと乗り越えられる。私はそう
信じておる。信じようじゃないか。」
「陛下は居られるか?」
「はい、謁見の間に居られます。」
「この男を政治犯収容施設の最重要手配犯取調室に運べ。陛下の勅命により連行したジルム・クリストリアだ。」
「ははっ!」
「私は国家特別警察テルサ支部長官マリアス・バンデール。陛下に謁見を願いたい。」
マリアスを見て兵士達は一斉に敬礼し、その一人が脇の小さな通用口から中に入る。少ししてその兵士が出てきて、マリアスに告げる。「陛下が許可されました。どうぞお通り下さい。現在、御前会議中ですので粗相のないように・・・。」
マリアスは自分の間の悪さを呪う。御前会議には国王の側近や国家特別警察の上層部などが勢揃いしている筈だ。そんな場において支部全滅の報告を「止まれ!これ以上進むことはまかりならん!」
槍を突き出したのは、王直属の親衛隊である。マリアスは数歩後ろに下がって、その場で跪く。親衛隊は槍を引くと、速やかに元の位置に戻る。「・・・陛下。国家特別警察テルサ支部長官、マリアス・バンデールにございます。」
「マリアスよ。仮にも我が誉れ高き国家特別警察の一軍を預かるものである貴様が、側近の一人も連れずにこの場に現れたということは、それなりの理由が
あってのことと推測したのだが?」
「・・・まあ良い。報告せよ。」
「は、ははっ。私マリアス・バンデールは、陛下から国家特別警察テルサ支部長官の地位を賜り、テルサ駐留開始から秩序回復、忠誠心育成に全力を上げて
取り組んでまいりました。そして、陛下の勅命である、重要人物ジルム・クリストリアの身柄を拘束し、本日連行してまいりました。」
「ほう・・・。しかし、それだけではあるまい。」
「は、ははっ。任務は滞りなく進めておりましたが、テルサにあのドルフィン・アルフレッドが現れました。」
「して、どうしたのだ?」
王の問いかけに、マリアスは短い時間の間でぐらつく決心を無理矢理立て直して真実を報告する。「私は陛下からの厳重な命令である、ドルフィンへの不干渉を部下に厳命して参りました。しかし、ドルフィンを匿ったアレンの息子を逮捕するために派遣した
一団がその命を犯しまして、その結果・・・。」
「ドルフィンと敵対することになったというわけか?」
王の先回りしての問いかけに、マリアスは見る見るうちに顔面が蒼白になっていく。
「で、それから?」
「は、はい。ドルフィンはジルムの息子他一名と結託し、我々と戦闘することになりました。その結果・・・わ、我が支部は全滅と相成りました・・・。」
「この馬鹿者が!」
王が怒声を張り上げる。音量を加速度的に増していた部屋のざわめきが一瞬で静まり返る。「貴様はドルフィンを甘く見たな。奴は味方にはしても、絶対に敵に回してはならぬ存在だ。貴様の軽はずみな行動が、国家、ひいてはこの私にどれほどの
損失をもたらすことになるのか、分かっておるのか!」
「も、申し訳ございません!」
「本来、貴様の行動は死刑に値するものだ。だが、私の命令通り、重要人物ジルム・クリストリアの身柄拘束をまっとうしたことは高く評価できる。よって、
マリアス・バンデール。」
「は、ははっ!」
「本日をもって貴様の称号を剥奪し、一切の任を解くと共に、1週間の謹慎を命じる。今後はここ帝都ナルビアの国家特別警察の一兵卒として、国家のために
尽くすが良い。下がれ。」
「ははっ。」
「陛下。恐れながら申し上げます。」
「申してみよ。」
「ドルフィン・アルフレッドが最重要人物であるジルム・クリストリアの息子と結託して、国家に牙を向こうとしている現在、早急に討伐隊を派遣し、始末する
ことが必要と考えます。最強の名を欲しい侭にするドルフィン・アルフレッドと対峙することは国家における一大事。陛下、是非ともご決断を!」
「それは聊か心配性というものではないですかな?バンディ参謀長」
「何がですかな?」
「如何に最強と言えどもたった一人。連れの小僧は高が知れている。わざわざ事を荒立てなくとも、我が国家特別警察は、ほぼ全ての都市に駐留している。
発見次第即逮捕、連行するように私が指示しておけば、それで済むことではありませんかな?」
「ランブシャー長官、貴方はドルフィンを甘く見ておられる。総勢200名のテルサ駐留の国家特別警察をたった一人で全滅に追い込んだ男だ。それを野放しに
しておけば大変なことになるでしょうが!」
「バンディ参謀長。貴方はこういう諺をご存知ですか?『1頭の獅子より100匹の犬』というやつを。1頭の獅子と言えど総勢2万の我が国家特別警察、ひいては
国家全体という圧倒的多数を相手にしては、ひとたまりもないでしょう。」
「ならば、1頭のライオンどころか犬程度の集団に散々てこずっている現状を、どうお考えですか?貴方は『赤い狼』の最大拠点、エルスとバードを3日で潰すと
公言した。にもかかわらず、1ヶ月経とうとしている現在でも潰せないどころか、逆に責められて苦戦しているというではありませんか!」
「多少犬共の抵抗が激しく、押さえつけるのに時間がかかっているだけのこと。」
「犬の集団も潰せないような貴方の管理する兵士達は一体何なのですか?そんな醜態を晒しながら、1頭の獅子を倒すことを公言するなど、虚言でしか
ないのではありませんか?」
「醜態とは何ですか?現場にいれば往々にして予想外のことが起こって当然。参謀という立場から机上論で主張されては困るんですよ!」
「机上論はどちらですか?『赤い狼』制圧にてこずっている事を棚上げして獅子を倒すことを公言することこそ、事実に背を向けた机上論でしょうが!」
「止めんか、二人とも!陛下の御前で見苦しいぞ!」
玉座の右側に立っていた小柄な老人が、見かねて強い口調で二人を制する。「は、ははっ・・・。」
二人は王の前に向き直り、神妙な表情で深々と頭を下げる。王が二人を見据えて口を開く。「ランブシャー長官。ドルフィン一味がここ帝都を目指すとしても十分時間はある。街道沿いの都市に駐留する部隊に警戒態勢を取るように手配せよ。特に、
調査隊を派遣中のミルマは地理的に必ず通過するはず。調査を気付かれて妨害されることのないように十分警戒するように指示せよ。」
「仰せの通りに。」
「同時に、抵抗を続ける反逆分子『赤い狼』を早急に制圧するよう、引き続き陣頭指揮に当たれ。あまり時間がかかるようでは、貴殿の立場も危うくなるものと
思え。」
「ははっ。陛下のご期待に添えるよう、一刻も早い『赤い狼』鎮圧をお約束いたします。」
「バンディ参謀長は、帝都改造計画の陣頭指揮を続けよ。ドルフィン一味の行動への対策はランブシャー長官に一任する。それでよいな?」
「勿論でございます。」
「よし。本日の会議はこれで終了する。それぞれの任務に戻れ。」
「ははっ!」
「素晴らしい。帝都らしく様相を変えつつある。」
王は街の様子を眺めて、一人満足感に浸っていた。「我こそこの国の主。我の前にすべてが跪き、我を称える。これこそ国家の有るべき姿。」
王の呟きは、まさに権力の麻薬に溺れた重症中毒患者のそれである。「陛下。」
ふと、背後から低い声がする。王が振り返ると、黄金色に輝く鎧と銀色のマントを身につけ、金色に輝く長髪を靡かせる長身の男が立っていた。「これはこれは。何用ですかな?」
「私が要望した施設の建築は順調に進んでおります。陛下のご尽力に感謝の意を表しようと思いまして。」
「それはわざわざご丁寧に。」
「ご覧ください。貴方の助言によって、この町の全てが我が足元にひれ伏しました。偉大な指導者を臣民全てが敬い、そのために働く。これこそ国家の
あるべき理想像。全て貴方の助言の賜物というものです。」
「何をおっしゃる。忠告を聞くも聞かぬも聞く人間次第。私は忠告を述べたのみ。陛下は忠告を聞く耳を持っておられた。それがこの結果に繋がったのです。」
「ところで陛下。例の件ですが・・・。」
「つい今し方、我が命によって貴方の指定した重要参考人が連行されてきました。取り調べが始まっていることでしょう。」
「そうですか。さすがに行動が早い。」
「いや、その代償は大きかった。」
「どうかなされましたかな?」
「うむ・・・。あれほど厳命しておいたにもかかわらず、たまたま立ち寄っていたあのドルフィン・アルフレッドを敵に回してしまったのです。さらに、ことも
あろうにドルフィンは、重要参考人ジルム・クリストリアの息子アレンと結託して、国家特別警察の一支部を全滅に追い込み、ジルム奪還のために帝都に
向かってくることが確実視されています。」
「・・・それはいただけませんな。」
「早速ランブシャー長官に、街道沿いの都市に警戒態勢を取らせるよう命令しましたが、地理的に必ず通過するミルマでの調査活動を邪魔されることに
なれば、貴方の計画の遂行も危うくなる。それだけは何としても避けなければなりますまい。」
「まあ、ミルマ駐留の部隊に任せれば大丈夫でしょう。何しろ、陛下に忠誠を誓う優れた集団なのですから。」
「光栄です。これも全て貴方の助言があってのこと。深く感謝いたしますぞ。」
「私に感謝されるより、陛下は目指す国家の理想像を完成させるよう尽力する方が大切です。では、失礼いたします。」