Saint Guardians

Scene 1 Act3-2 解放-Liberation- 支配の終焉、旅立ちへの序曲

written by Moonstone

 それまでアレンの家を包囲していた兵士達が、必死の形相で大挙して本部施設に押し寄せる。本部周辺で厳戒態勢に当たっていた兵士達は、
ドルフィンがき始めたと直感する。

「奴が出てきたぞー!!」
「非常事態だ!!」

 兵士達は出入り口前に集結して、恐怖の死刑執行人の来襲を待ち構える。町の見張り塔の鐘が激しく打ち鳴らされ、巡回中の兵士達が続々と本部
施設前に集結する。本部施設前に集結した兵士は、施設内で待機していた者も含めて総勢約150名。残った全ての兵力が、一行、特にドルフィンを
迎え撃つべく本部前に結集した格好である。

「来たぞ!!」

 南の方から恐怖の執行人ドルフィンを先頭に一行が現れた。アレンも剣を抜き、いつでも戦闘を始められる態勢を取っている。兵士達は武器を構える。
立っているだけでも圧倒されそうな威圧感を持つ重装備の兵士達に、一行は何ら臆することなく近付いていく。
 ドルフィンが剣を一振りする。素振りかと怪訝に思った兵士達のうち、前の方に待機していた数名の体に赤い筋が走る。刃が当たってもいないのに
兵士達の体が真っ二つに割れる。

「ひ、ひいーっ!!」

 兵士達は目の前で真っ二つにされた兵士達を見て、一瞬にして辛うじて維持していた戦闘意欲を喪失してしまった。離れていても斬ることができる相手に
挑戦しようとするなど、無謀以外の何物でもない。

「退けーっ!!」

 残った兵士達は慌てて本部施設に駆け込む。

「馬鹿が。わざわざ逃げ道が少ない建物の中に入るたぁ、殆ど素人の集団だな。」

 ドルフィンが半ば呆れたように呟く。アレンとフィリアはただただドルフィンの驚異的な力に感嘆するだけだ。

「二人とも、場所は分かってるな?」
「は、はい。」

 一行の作戦は、ドルフィンが兵士達を相手にしている間に、アレンとフィリアがパピヨンからの情報で確認した、囚人達の収監場所となっている地下倉庫を
改造した牢屋に向かい、ジルムをはじめ囚人を救出する。同時にドルフィンは組織を壊滅させる為、これもパピヨンからの情報で確認した長官マリアスの
部屋を目指すというものだ。
ドルフィンと別行動を取ることになるアレンとフィリアは、自分達の力だけで妨害を突破しなければならない。しかし、囚人達を解放しても、妙な誇りに
固執する国家特別警察の面々が大人しくしている筈はない。危険ではあるが、二手に分かれることで目的を同時に達成しようという手段に打って出ることに
したのである。
 施設に突入しようとする一行を、長官室からマリアスが葉巻を咥えながら見ていた。その表情からは余裕が消え、葉巻を咥える歯にも無意識に力が入る。

「・・・化け物め。」

 マリアスもドルフィンの脅威の技を見ていた。

「白狼流剣術がこれほどのものとは・・・。予想以上だ。」
「長官。どうなさるおつもりですか?」

 傍らの副長官が尋ねる。

「恐らく奴等はジルムの救出に乗り込んできたのでしょう。その後で我隊を潰そうとするかもしれません。あのような警告を発したドルフィンが、ジルム一人の
救出で満足するとは思えません。」
「どうしろと言うのだ?」
「やはり速やかに撤退すべきです。白狼流剣術の継承者は、神でもない限り戦って勝てる相手ではないということは長官もご承知のはず。」

 マリアスは葉巻を口から離し、大きく煙を吐き出す。その様子からは危険が差し迫っているという緊張感はまるで感じられない。

「長官!ご決断を!」

 副長官が迫ると、マリアスは葉巻を灰皿に置いて答える。

「副長官・・・。君は、我隊の崇高なる使命を放棄するというのか?それが国家の忠臣のすることか?」
「長官・・・。」
「我隊は国家の為、国王陛下の為に殉じるべき者。撤退など有り得ん!」

 マリアスはこの期に及んでも、手中にした権力の麻薬を捨てようとはしていない。
副長官は絶望する。勝つ見込みの全くない戦闘など、命を粗末にするという以外他にない。そんなことをするのが当然と思い込んでいるマリアスは、
狂っているとしか思えない。

「長官!既に奴の手で1/4近い兵士が犠牲になっているのです!これ以上国家の為とやらに犠牲を増やそうというのですか?貴方は兵士を何だと思って
おられるのですか?兵士は貴方の捨て駒ではありませんぞ!」

 副長官はマリアスに詰め寄る。

「・・・この者は誇り高き国家の忠臣にあるまじき国家反逆罪だ。処刑せよ。」

 マリアスが窓の外を向いたまま、立っていた兵士に告げる。

「長官!!」

 悲痛に叫ぶ副長官の背後で兵士達の剣が唸る。副長官はがっくりと膝をつき、ゆっくりと床に崩れ落ちる。

「愚か者め。国家の為に殉じる者が撤退など口にするとは笑止。」

 マリアスは再び葉巻を咥える。部屋に集合していた他の幹部連中は声も出せない。

「他に敗北主義者はおらんか?」

 マリアスが幹部連中に向かって言うと、幹部連中は黙って俯く。

「ここが最終防衛線だ。国家の忠臣としての誇りを持て!」

 マリアスの言葉と瞳は、権力の麻薬に溺れた者の末期症状の様相を呈している。
組織の為という大義名分は、組織の上に立つ人間の地位を守る為の虚構に過ぎない。幹部連中が気付いた時は、既に遅かった。ドルフィンの撤退警告を
無視した結果、死刑執行を待つだけの状況に追い込まれてしまったのである。

「治安維持部長。首尾は整っておるな?」
「は、はい。抜かりなく・・・。」

 治安維持部長は慌てて返答する。

「それで良い。兵士部長。内勤の兵士達の処置は?」
「じ、実行してあります。」
「それで良い。これならいかにドルフィンと言えども太刀打ち出来まい。」

 マリアスは椅子に腰掛けて悠々と葉巻を吹かす。しかし、悠然としているのはマリアスのみであった。
 出入り口付近で凄惨な戦いが始まった。
ドルフィンの剣が唸る度に兵士達が肉の積み木となって床に散らばり、拳や蹴りが飛ぶ度に兵士達が頭を砕かれ、胸板に風穴を開けられていく。
兵士達の数は見る見るうちに減っていき、残っている兵士達は武器を構えてはいるが潮が引くように後退していく。目の前で嫌というほど尋常でない
破壊力を見せ付けられては、怖じ気つくのが当然というものだ。

「さあさあ、どんどんかかってこい。ちゃんと並べよ。」

 ドルフィンは剣で兵士達を指しながら威嚇する。兵士達はそれだけで萎縮して、中には武器を捨てて両手を挙げるものもいた。

「よし、このくらいでいいだろう。二人とも行くんだ。」

 ドルフィンの合図で、それまでドルフィンの背後に隠れるようについて来ていたアレンとフィリアが奥へ向って走り始める。アレンの父ジルムをはじめ、
多くの罪なき人々が囚われの身になっている地下の牢屋へ向かうためだ。

「お、追えー!」

 兵士達もアレンとフィリアになら勝てると思ったのか、二人の後を追おうとする。しかし、走り出した兵士達はドルフィンの剣の一振りであっさりと
真っ二つにされる。

「二人の邪魔はさせん。」

 ドルフィンは兵士達を睨む。

「警告を無視した以上、貴様らには死あるのみ。」

 ドルフィンの死刑執行宣言に、兵士達の身体が恐怖で引き攣る。

 アレンとフィリアは、ドルフィンの援護で兵士に追われることなく、地下へ向かう階段の前に辿り着いた。階段は妙に暗く、壁のランプの光でほのかに
照らされている為か余計に薄気味悪く思える。何やら地下墓地にでも足を踏み入れたような気がする。しかし、ここで恐れていては事は進まない。
アレンが先に階段を降り始め、フィリアがそれに続く。カツンカツンという音が石造りの壁や天井に反響して無気味にこだまする。暗くて周囲がはっきりと
確認できない為、二人は注意深く階段を降りて行く。暫く降りていくと、剣を抜く冷たい音が聞こえてきた。やはり、兵士達が待ち構えているようである。
 前の方が明るくなってくる。徐々に地下の牢屋が近付いてきたようだ。アレンの剣を握る手に力が入る。
 階段を一歩一歩降りていくと、地下の広大な空間が目の前に広がる。何時の間にか作られた鉄格子の中には、兵士達によって収監された多くの囚人達が
ひしめき合っている。それまで疲れきっていた囚人の表情に、近付いてきた足音に対応して身構える監視役の兵士達の様子を見て疑問が浮かぶ。
アレンとフィリアが上からゆっくり姿を現すと、耳を劈くような大歓声が湧き起こる。二人が救出に来たことを直感したのである。

「来たな!!反逆者め!!」
「邪魔するなら容赦しないぞ!」

 アレンは警告を発する。出発前にドルフィンに言われた言葉−ジルムの救出のためには、殺し合いも辞さない−という正義という銘柄の酒に対する警告が
引っ掛かっているのだ。人間と姿形の違うオークを斬るのとは違う。立場が違うとは言え、同じ人間なのだ。それが身に染みて分かったアレンは、出来る
ことなら殺し合いはしたくないと切実に思っていた。

「小僧!!それは我々の台詞だ!!」
「逮捕では済まさん!国家の名においてこの場で処刑する!」

 兵士達は話し合いに応じそうな相手ではなさそうだ。アレンは覚悟を決める。父親を救出する為に、もはや殺し合いは避けられないということを。

「行くぞ!」

 アレンが先に斬りかかる。

「ノーム!」

 フィリアが即座にドルフィンから譲り受けたばかりのノームを召喚する。フィリアの左肩に赤い帽子を被った小人が現れる。

「姐さん、お任せ下さい!」

 アレンに向かって振り下ろされる兵士達の武器が、突如盛り上がってきた床や土でできた壁によって完全に遮断される。

「な、何だこれは?!」
「どけ!!」

 アレンの剣が振り下ろされ、立ち塞がる兵士の一人を肩口から切り裂く。兵士は声もなく後ろめりに崩れ落ちる。

「小癪な!!」

 間髪入れずに襲い掛かる兵士達を、アレンは躊躇なく斬り倒していく。兵士達は次々と血の海に沈んでいく。
 総勢20人ほどの監視役の兵士達は、ものの5ミム程で全滅した。アレンの剣の切れ味は冴え渡り、甲冑を全く意に介さなかった。囚人達の歓声は最高潮に
達する。しかし、囚人達の喜びとは裏腹にアレンの心は晴れない。避けられなかったとは言え、人間を斬ったのだ。初めての人殺しという行為に、アレンは
何とも言えない自責の念に襲われていた。

「アレン!何ぼうっとしてるのよ!」

 フィリアの声でアレンは我に帰る。自分は父親を救出に来たのであり、そのために人殺しも避けられないし、そうなっても後悔しないと覚悟したはずだ。
アレンは牢屋の鍵を探す。辺りを見回すと、奥の壁に鍵束が掛けられているのを見つける。
 アレンが鍵束を取りに行こうとした時、囚人達の歓声が突如として悲鳴に変わる。アレンが背後を見ると、目の前で信じられないことが起こっていた。
アレンが斬った兵士達が、血の海からゆっくりと起き上がってきたのだ。その目は一様に虚ろで、口は半開きだ。首を半分以上斬られたり、腕をだらんと
ぶら下げたり、胸から夥しい量の血を流したりしているにもかかわらず、兵士達はアレンに向かってゆっくりと歩み寄り、手を伸ばしてくる。
それはまさしく伝説のゾンビ9)そのものだ。

「な、何で死体が動くんだよ・・・?」

 呆然とするアレンに、兵士達の手が伸びる。しかしそれは、ノームの作り出す壁によって阻まれる。

「く、来るなあーっ!!」

 アレンは力任せに兵士を斬り倒す。確実に手応えはあったが、兵士達は全くものともせずにアレンに手を伸ばして来る。その手は壁によって阻まれては
いるが、このままでは効力が切れるのは時間の問題である。

「火だ!!火で焼いてしまうんだ!!」

 囚人の一人が叫ぶ。

「アレン!こっちに来て!!」

 フィリアがアレンを呼び寄せる。アレンは捕まえようとしつこく手を伸ばしてくる兵士達を振り払う為に斬り倒し、全速でフィリアの元へ走り寄る。
斬られて動きが一瞬止まるものの、兵士達は内臓を引きずっていたり、首が積み木のようにずれていたりと、ますますおぞましい姿になって、ゆっくりと
二人に向かって近付いて来る。

「アムド・レアー・シェルス。地面よ沸き立て。空よ焼けろ。熱と嵐で全てを焼き尽くせ!」

 フィリアは呪文を早口で唱える。兵士達はじりじりと二人に近付いて来る。

レイオル10)!」

 フィリアが一呼吸置いて魔法を発動させる。兵士達の周囲を炎の渦が囲み、一気に包囲の輪を縮めて兵士達を飲み込む。同時に兵士達の足元が灼熱の
溶岩と化し、兵士達を足元から焼き始める。猛烈な熱と炎に包まれた兵士達は、凄まじい悪臭を放ちながら焼かれていく。炎の渦が消えて床が元の固い土と
石材に戻ると、兵士達は跡形もなく燃え尽きていた。

「・・・や、やった・・・!」

 フィリアは大きくため息を吐く。完全に兵士達が全滅したことを知って、囚人達は再び割れんばかりの大歓声を上げる。
アレンは見つけた鍵束を再び取りに行く。歓声の中で鍵穴に合う鍵を探して鍵を開けると、中から囚人達が一斉に飛び出し、アレンとフィリアは
もみくちゃにされる。

「と、父さん、父さんは何処?!」

 アレンは最大の目標である父ジルムの姿を探す。しかし、どれだけ周囲を見回してみても何処にもジルムの姿は見えない。

「アレン君、アレン君!」

 アレンに男が声を掛ける。その男は以前、オークの大集団に街が襲われた時、自警団の一員として戦っていた男である。

「ジルムさんは、昨日の夜、突然ここから連れ出されたよ。」
「え?!何処にですか?!」
「分からない・・・。有無を言わさず連れて行ったんだ…。」

 アレンの心が急に不安に包まれる。

「アレン!!この人達、早く何とかしないと危ないよ!!」

 フィリアが牢屋の向かい側にある拷問部屋の囚人を解放して悲痛な声を上げる。拷問は余程熾烈だったらしく、見るも無残に傷だらけで、虫の息の者も
いる。放置すれば間もなく息絶えることは明らかだ。

「皆さん!怪我をした人を教会に連れていって下さい!!」

 解放された人々は手分けして重傷の人々を担ぐ。教会に連れて行けば、強力な治癒系11)の魔術を使える聖職者がいるはずである。

「戦える人は武器を持って下さい!まだ兵士が残っているかも知れません!」
「あたし達は最上階を目指しますから、よろしくお願いします!」

 二人の呼びかけに人々は歓声で応える。二人は後を人々に任せ、ドルフィンが目指しているはずの最上階へ向かって階段を駆け上って行く。
 組織そのものを壊滅させるべく最上階の長官室を目指すドルフィンもやはり、仕留めたはずなのに起き上がってくる兵士達に襲われていた。
しかし、さすがに動転することもなく、二度と起き上がって来ないようにバラバラに斬り刻んでいく。

「ったく、きりがねえな。」

 斬りかかってきた兵士を真っ二つにしてドルフィンが苦々しく呟く。

「しかし、中の兵士の一部がアンデッドにされているとはな・・・。奴等、一体何を企んでやがる?」

 アンデッド。それは永遠の眠りから覚まされたさ迷える亡者であり、ちょっとした準備と簡単な方法で容易に生み出せる。しかし、死者を蘇らせるという
行為は生命を操ることに他ならず、そのため魔術師や聖職者の戒律で余程の事情がない限り厳禁とされている。だが、不心得者の魔術師や聖職者の
中には、こともあろうに悪魔と契約したり、自らの研究や実験によってアンデッドを創造している者もいると言われている。
 ドルフィンはどうやってこれだけのアンデッドを作り出したのか考えながら、夥しい死体の絨毯を踏みしめ、最上階へと確実に近付いていく。
最後の防衛線となった長官室には、屈強の兵士達が入り口を固め、その後ろに幹部連中が並んで人間の盾を作り、それに守られる形でマリアスが一人悠々と
腰掛けて葉巻を吹かしていた。肉を切り裂く音と悲鳴が徐々に最後の砦に近付いてくる。

「・・・な、何という男だ・・・。処置を施した兵士達も問題にならんというのか・・・?」
「所詮、死神の前では亡者は無力なのか・・・?」

 幹部連中は近付いてくる音を聞きながら囁きあう。マリアスは無言で葉巻を吹かしている。少し前、何を思ったか用足しにと部屋を出て戻ってきてから、
一言も話していない。兵士達は巨大な槍をドアに向かって構えている。

「ドルフィンめ。さすがは白狼流剣術の継承者。だが、この部屋の前に来た時が貴様の最後だ。」

 部屋を出る直前、マリアスは、ドルフィンが部屋の前に辿り着いた瞬間に幹部の合図で兵士達に槍を投げろと命令していた。まさか、ドアの向こうから
槍が飛んでくるとは思うまいと考えてのことである。
 絶叫と何かが床に落ちる音がどんどん近付いてくる。それは死刑囚に刑の執行を告げに来る看守の足音のようだ。兵士達と幹部連中の表情に緊張が走る。

「さあ来い。槍で串刺しになるがいい。」

 幹部連中が無気味に笑う。音がドアの前まで来た。

「やれー!!」

 一人の幹部の合図で、兵士達が一斉に槍をドア目掛けて投げつける。槍がドアを次々と貫通し、ドアの向こうで絶叫が響き渡る。

「やった、やったぞ!!」
「ドルフィンを倒したぞ!!」

 幹部連中が歓声を上げると、ぼろぼろになったドアが豪快に蹴破られる。入ってきたのは体中に槍を突き立てられた兵士と、その兵士を盾のように翳した
ドルフィンだ。

「ひ、ひどい・・・。あんまりだ・・・。人を盾にするな・・・。」

 ドルフィンは哀れにも槍を防ぐ盾にされた兵士を横に投げ捨てる。幹部連中と兵士達の表情が、一瞬にして凍り付く。

「なかなか洒落た歓迎じゃねえか。」

 ドルフィンが不適に笑うと、兵士達と幹部連中は大きく後ずさりする。

「この程度の策を読めんとでも思ったか?甘いんだよ。」

 兵士達は剣を抜き、絶望的な攻撃に出る。だが、ドルフィンは簡単に兵士達をバラバラの肉片に変えてしまう。

「無駄なあがきよ。」

 ドルフィンは獲物を袋小路に追い詰めた猛獣のような鋭く、冷酷な目で幹部連中を睨み付ける。幹部連中はそれだけで縮み上がる。
命令することは立派にするが、いざ自分が行動する立場になると何も出来ないという無能ぶりは、権威に溺れる人間ならではの醜態である。

「警告を無視した以上、貴様らはもう明日の太陽を拝めねえ。分かってるな?」

 幹部連中の額にどっと冷や汗が湧き出る。

「死刑執行だ。祈れ。」

 ドルフィンが剣で指すと、幹部連中は次々と武器を捨てて両手を挙げる。完全に戦闘意欲が喪失している。いや、元々そんなものは用意していない。

「降伏するってか?あれだけ派手にやらかしておいて自分に危機が迫れば降伏とは、ちと虫が好すぎやしねえか?おい。」

 ドルフィンが剣を一振りすると、ドルフィンの正面にいた幹部の一人が縦に真っ二つに割れる。幹部達の悲鳴の中、真っ二つにされた幹部は前のめりに
倒れ込む。とどめの威圧で幹部連中は哀れにも失禁し、その場にへなへなと座り込む。

「邪魔だ。出て行け。」

 ドルフィンが言うと、幹部連中は床を這うように一目散に部屋から逃げ出していく。権力者の最後の牙城には、無残な死体と死臭、そしてドルフィンと
マリアスだけが残された。マリアスはどういう訳か、この後に及んでもなお無言で葉巻を吹かしている。

「雑魚相手も飽きた。頭の貴様の処刑を始める。」
「・・・。」
「・・・恐怖で身動き一つ取れんのか?」

 ドルフィンの剣が一瞬消えると、マリアスの葉巻が口元ぎりぎりのところで切れてぽろりと机の上に落ちる。次の瞬間、マリアスは絶叫を上げながら
ドルフィンの前でひれ伏す。今更命乞いか、と思ったドルフィンは苦々しい表情でマリアスを見下ろす。

「おいおい、国家の忠臣たる誇りはどうした?」
「ま、待って下さい!助けて下さい!」
「昨日の奴といい、命令する奴はいざという時には見苦しいだけだな。」

 ドルフィンが処刑を執行しようとした時、マリアスが必死に早口で叫ぶ。

「私は長官じゃないんです!私は、私は長官が逃げる迄の時間稼ぎをするようにと、突然長官の予備の鎧を着せられて!」
「何だと?」
「ほ、本当なんです!信じて下さい!長官は、ジルムという男を連れて、自分だけ屋上から逃げるつもりなんです!」

 ドルフィンはマリアスの胸座を掴み上げる。

「いまいち信用できんな・・・。今更言い逃れは通用しねえぞ。」
「ほ、本当です!この階の奥の突き当たりに屋上へ出る梯子があります!」

 泣きながら訴える兵士の目に、嘘偽りは感じられない。影武者を使って逃亡したのなら、早く追わなければ逃げられてしまう。
ドルフィンはマリアスに変装していた兵士を放り捨て、廊下に出る。廊下は暫く進むと左に折れるが、直ぐに行き止まりに達する。だが、その壁は明らかに
急場でこしらえたことが分かる、粗雑な造りだ。しかも、周囲の壁と色が違う。造ってまだ間も無いらしい。
 ドルフィンは壁を蹴破る。呆気ないほど簡単に壊れた壁は、単に薄い板を数枚張り合わせて壁と同じ煉瓦模様に色を塗っただけのものだった。その奥には
マリアスに変装していた兵士が言っていたように、上に伸びる梯子がある。ドルフィンは梯子の真下に来ると、膝を曲げて一気に伸ばす。3メールはある
高さをものともせず、ドルフィンは屋上に辿り着く。
 屋上には、恐らくマリアスが準備しておいたらしいワイバーン12)が翼を畳んで待ち構えており、その背中には手綱を持ったマリアスと、両足を鎖で
ワイバーンに括り付けられた男がいた。その男こそ、アレンがの心から救出を望んでいる父ジルムその人である。ジルムは酷い拷問を受けたらしく、
全身傷だらけで目を開ける気配はない。

「ちっ、もう来おったか。もう少し時間稼ぎが出来んのか、奴等。」
「自分一人逃げる気か?部下を見捨てて。」
「フン。部下は上司のためにあるものだ。この男は貰っていく。我が国家が必要としておるんでな。」
「寝言はそのくらいにしておけ。その不細工な爬虫類ごとバラバラにしてやる。」
「おっと、そうはいくか。」

 マリアスはジルムを引き寄せ、ドルフィンに向かって盾のように翳す。厄介なことにジルムを人質に取られてしまった以上、下手に手出しは出来ない。
刃を当てずに斬る技では、ジルムごとバラバラにしてしまう。

「甘かったなドルフィン!!」

 マリアスは高笑いして手綱を叩く。ワイバーンが咆哮を上げて翼を広げて羽ばたき、ゆっくりと宙に浮かび上がる。

「ドルフィンよ!!小僧に伝えろ!!父親を返して欲しければ帝都ナルビアまで来いとな!!」

 マリアスとジルムを乗せたワイバーンは空高く上昇し、マリアスの高笑いが山彦のように聞こえてくる。

「帝都ナルビアは最強の防備だ!!来れるものなら来るがいい!!国王陛下万歳!!ハハハハハ!!」
「・・・俺がこの場にいたことを後悔するなよ。」

 ドルフィンは小さくなっていくワイバーンを見ながら呟く。ワイバーンは悠々と東の空へ飛び去っていく・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

ゾンビ:RPGやホラー映画などでお馴染みの動く死体の魔物。既に死んでいる為、毒系や死系の魔術は全く効果がない。この魔物のモデルとなった、
ハイチに実際に存在する本来のゾンビは極刑を受けた犯罪者で、一度仮死状態にされて復活の際に意識を奪われて永遠に働く奴隷とされる。


レイオル:炎系魔術の一つ。炎の気流と溶岩で対象を焼き尽くす。Magicianから使用可能。

治癒系:聖職者が使用する魔術の一系統。外傷を治癒する。高度なものでは損失した肉体の一部をも完全に再生する。

ワイバーン:竜族の亜種。鋭い爪と牙が武器だがドラゴンほど強くはなく、炎は吐けない。風の属性を持つが全ての魔法が有効。

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