「今回の解放における皆さんの勇気と行動に、住民を代表して感謝したい。国家特別警察の抑圧から解放されたお陰で、住民の顔にも笑顔が戻りました。
この功績には十分な報酬を用意したいのですが。」
「何故?」
「英雄扱いしてもらう必要はない。それだけだ。」
「それよりやることは山積みだ。今後、尻尾巻いて逃げた長官の報告で首都から大規模な鎮圧軍が投入される可能性が高い。それに備えて町の防備を
固めたり、自警団の戦力を根本的に見直したり、考えられる全ての対策を取っておくことだ。そのために報酬の為の資金を使うことだ。二度とこんな目に
遭いたくなけりゃな。」
「・・・もっともなことです。早速実行に移しましょう。皆さんにはできることならこの町に残って頂いて、我々の先頭に立ってもらいたいのですが。」
「生憎だがそれはできん。俺にはアレンとの約束を守る責務がある。父親を救出するために協力するっていう約束をな。」
「ドルフィン・・・。」
「言っただろう?俺はお前に協力するってな。一度約束した以上、最後まで付き合わさせてもらうぜ。」
「そう言えば・・・アレン君。君のお父さんのジルム殿が生き残った長官に首都に連行されたんだったね。」
「はい・・・。」
「兵士達がジルム殿を地下牢で拷問にかけていた時、頻りに尋問していたよ。」
「な、何をですか?!」
「剣は何処だ、と・・・。尋問していたのはその一点だけだった。だが、ジルム殿は非常に口が堅く、兵士はひどく手を焼いていた。昨日の夜だよ。
ジルム殿を兵士達が地下牢から連れ出したのは。」
「剣・・・?」
「あの腐れ野郎が自分が逃げる時にわざわざ鎖に括り付けて連れ出したんだ。余程の重要人物なんだろう。恐らくとんずらしたあの野郎は、俺を相手に
して拠点を守り切れるなんて端から思ってやしなかった筈だ。だから、俺が突きつけた退去期限の前日に、お前の父親を引っ張り出して自分だけ逃げ出す
準備を整えておいたってわけだ。」
「じゃあ、俺達と戦って死んだ兵士達は、何のために死んだんだよ。」
「奴等は命令通りに動かされただけだ。奴等は国王やあの長官の捨て石でしかなかったのさ。」
「そ、そんな・・・。」
「少なくともアレン、お前が捕まって連行されてくるまでは父親は殺されることはない。重要なことを知っている人物を殺してしまっては話にならんからな。
だが、あまりもたもたしていると痺れを切らしかねない。吐かせる為にはどんな激烈な拷問も辞さないだろう。生命の危険も考えると、一刻も早く奪還する
必要がある。」
「ド、ドルフィン殿、もしや・・・、首都に?」
「勿論だ。障害は乗り越えなけりゃなるまい。」
「む、無茶です!この辺境の田舎町にも相当数の重装備の兵士達が送り込まれたのです。首都の軍勢の規模はこことは比べ物になりますまい!」
「あんな雑魚が何千人何万人固まってきても、俺の敵じゃねえ。邪魔するなら老若男女問わず皆殺しにするまでだ。」
「・・・貴方が言うと、単なる妄想とは思えないから不思議だ。」
「勿論妄想じゃない。これは計画だ。」
「この町と我々の生活は、我々住民自身で守り抜きます。もう奴等の手による抑圧の日々は御免ですからな。」
「あともう一つ。見張りの兵士達が話していたことですが、何でも、ミルマ近郊のハーデード13)山脈で、鉄鉱石の採掘が中止され、労働者が強制退去
させられたそうです。」
「ミルマで?」
「ええ。そこに政治犯が連行され、強制労働に駆り出されているそうです。」
「あそこの鉱石の採掘を中止するということは町の、否、国全体の死活問題に繋がりかねません。
なのに採掘を中止するとは、一体国王は何を考えておるのか・・・?」
「どっちにせよミルマを通過しないとナルビアには行けん。やれやれ、折角久しぶりに帰るってのに寛げそうにもねえな。」
「え?帰るって?」
「そうか、言ってなかったか。俺はミルマのと或る家に厄介になってる、早い話が居候だ。」
「事はかなり急を要するようだ。明日早くにはここを出るぞ。」
「う、うん。」
「ドルフィン殿。この私に何用ですか?」
「単刀直入に窺うが、教会は奴等に加担したのか?」
「・・・何故、そのようなことを?」
「俺が本部施設に突入して中にいた兵士達と戦っていた時、アンデッドになっている奴がいた。」
「兵士をアンデッドとする為に我々が加担したのではないか・・・と、そうおっしゃるわけですか?」
「アンデッドは魔術師や聖職者が悪魔と契約して知った方法で作る例が一般的だと言う。ここへ来る前に魔術学校へ行って魔術師達に聞いたが、彼らは
魔術の力を使って反逆する危険があると言って捕らえられていたという話だ。」
「我々は逮捕されることがなかった・・・。それは我々が加担したことへの見返りではないのか、と・・・?」
「そうだ。それが本当だとすれば・・・。」
「我々が逮捕されなかったの理由は、攻撃能力がないからということです。ご存知でしょうが、我々聖職者は直接物理的損害を与える魔術を持って
おりません。それに我々は戒律により他人を傷付けることを厳しく禁じられています。そんな人間が自分達に反旗を翻すことはない。そう思ったのでしょう。」
「では、俺の肝心の質問に対する答えは?」
「一切加担しておりません。そのような要求はありませんでしたし、仮にあったとしても、聖職者の戒律に従い、命を懸けて拒否する覚悟です。」
「そうか・・・。それなら構わない。疑いを掛けて申し訳ない。」
「いいえ。一部の不心得者がアンデッドを作り出すのは事実。そのような疑惑を持たれるのも無理はありますまい。」
「しかし、一体どのような手段で兵士達をアンデッドとしたのでしょうな?」
「それが一番引っ掛かるんだ。アンデッドはヴァンパイア16)やワイト17)のような高等な奴ならいざ知らず、ゾンビやスケルトン18)といった作られるような奴等は
いかにも死人と分かるような格好をしている。腐っていたり白骨だったりとな。だが、俺に斬られて起き上がってくるまで奴等は確かに生きていた。」
「生者と同様のゾンビ・・・ですか?」
「大司教。貴殿も聖職者の一人としてアンデッドのことを知らぬはずはあるまい。奴等はどうやってあのゾンビを作ったのか、思い当たる節はないか?」
「・・・さあ。そのような形態のゾンビのことなど全く分かりません。ただ・・・。」
「ただ?」
「推測でしかありませんが・・・所謂禁呪文19)ではないと思います。禁呪文は使用が禁止されているとはいえども高等な魔術。生半可な人間が使用すれば
只事では済みますまい。だが、彼らの中に禁呪の使用に耐えうるような上級魔術師はいなかったようです。」
「成る程。もし禁呪を扱えるような魔術師がいれば、俺と戦っている時に魔術で攻めて来る奴がいてもおかしくはないな。」
「それにドルフィン殿のお話を聞く限り、斬られる前は普通の人間で、斬られたら一転してゾンビのようになったそうですが、そのような形態の変化は
魔術では起こり得ないものです。魔術はかけられた瞬間から効力を発揮するので、予約は出来ません。ですから、死といういつ起こるか分からない急激な
変化に対応して効力を発揮するような事はありません。」
「もし、禁呪文だったら、最初からゾンビのように襲って来る筈って訳か・・・。」
「ドルフィン殿。これは推測ですが・・・。」
「ある種の薬品や医術で、死んだら即アンデッドとなるようにしたのではないでしょうか?」
「そんな事が出来るのか?」
「・・・そこまでは分かりかねますが、可能性がないとは言えません。」
「もしかすると・・・、ことは王の狂気では済まないかもしれません。」
「どういう事だ?」
「以前から現国王に強権的傾向があったことは事実ですが、どちらかといえば増税とデモの鎮圧に終始していました。それがいきなり国家特別警察なるものを
使った積極的な集権的支配に乗り出し、反乱の恐れがあるものを悉く抑圧するなど、急に周到な計画性が現われています。それまで防衛的行動に終始して
いたものがいきなりこれほどの計画的行動を取るとは考えられません。」
「誰かが後ろで糸を引いているということか?」
「そう考えるのが自然でしょう。強権的支配を望む国王に援助をすると持ち掛ければ、間違いなく受け入れられます。問題のアンデッドを創り出す方法も、
背後の黒幕が入れ知恵をしたとも考えられます。」
「話に聞いたところでは、アレン君の父君を救出するためにナルビアへ向かわれるそうですね。」
深刻な表情のドルフィンに、大司教が言う。「なかなか大司教も情報通だな。」
「臨時の町役場がこの中にありますので。しかし・・・何故アレン君の父君は彼らに連行されたのでしょうな?」
「それが分からないんだ。町長の話では剣の在処を頻りに尋問されていたらしいんだが。」
「剣・・・ですか?」
「アンデッドはまだしも、剣を欲しがるのは理解できん。国王め、何を考えてやがるんだ?」
「私にも分かりかねますな・・・。私には無事を祈ることとこれくらいのことしか出来ません。」
「これをお持ち下さい。これは教会への寄付金です。1000デルグはありますから少しは旅の助けになると思います。」
「寄付金をこんなことに使っていいのか?」
「教会への寄付金は神に対するもの。それが人の役に立つのであれば、それは神の思し召しというものです。」
「では、ありがたく頂戴する。」
「皆さんに神の祝福があらんことを・・・。」