「どうして自分一人で何もかも背負っちゃうのよ・・・。」
フィリアは悲しそうに呟く。「・・・何かしら・・・?」
こんな夜中に大勢で何をやっているのかは知らないが、これだけ大きな足音を立てるとは近所迷惑な、とフィリアは眉を潜める。「・・・こっちへ・・・来る?」
近付いてきた足音はアレンの家の前でぴたりと止んだ。フィリアは玄関の方へ全神経を集中する。「き、来たの?!」
フィリアは反射的にアレンの頭を抱き寄せる。ガチャガチャという乾いた音は、暫くの間、闇に包まれた居間に響き渡る。「な、何してんだよ、フィリア!」
「アレン!来たよ!奴等が!」
「国家特別警察の奴等か!」
アレンはばっと起き上がる。「アレン・クリストリアだな?国家反逆罪で逮捕する。」
「父さんを返せ!」
「そんな口が利ける立場か?侵入者を匿ったことは即ち、国家に反逆したということ。ついでにその娘も逮捕してやる。反逆者隠避の罪だ。」
「寝ぼけたこと言うな!」
「口の利き方を知らん奴だ。我隊は国家の忠臣。貴様ら臣民とは違うのだ。」
「ほう。その娘はお前の大事な存在か?」
「お前達の知ったことか!」
「くっくっく。ではその小娘が泣き叫ぶ様子を見せてやろうか?」
「させるか・・・。」
「美しいな。だが、ここでは悲劇の始まりだ。」
「な、な、何事だ!」
警備隊長が慌てて言うと、背後から声がする。「夜中にぐだぐだと喧しいんだよ、犬供め。」
「何奴だ!!」
「死神だ。貴様らを地獄に連行してやるぜ。」
「ドルフィン・・・。何時の間に・・・。」
アレンもフィリアもドルフィンの突然の登場には驚いた。完全に気配を消して居間に入り、背後に回り込むという尋常ならざることをやってのけたのだ。「は、離せ!!離さんかあ!!」
警備隊長がじたばたしながら叫ぶと、ドルフィンは警備隊長の頭から手をぱっと離す。床に落とされ、立ち上がろうとした警備隊長の頭をドルフィンの「き、貴様!!警備隊長に何をするか!!」
「貴様も逮捕されたいのか!!我隊に刃向かうことは国家に唾することと同じだぞ!!」
「その台詞はいい加減聞き飽きた。夜中に吠える五月蝿い犬は俺が処分してやる。」
兵士達はアレンとフィリアの包囲網を解き、直ちにドルフィンを包囲する。「おら、犬供。時間の無駄だ。処分されたい奴から来い。」
「何だと!!」
「丸腰で何ができる!!」
「・・・貴様には手出しするなと命令されている。大体、貴様はあのガキ供とは無関係だろう?この足を退ければ反逆罪は問わない。こんな奴等の巻き添えを
食って逮捕されたくはあるまい。どうだ?」
「・・・誰に向かって口利いてんだ、貴様。」
「家畜の分際で人間様に指図する気か。身の程を知りやがれ、屑が。」
「ば、馬鹿な奴だ。後悔するなよ!かかれ!!」
「ふん。」
ドルフィンが両手をばっと左右に広げると、まるで見えない壁にでも当たったかのように兵士達が弾き飛ばされる。「後悔するのは貴様らだ。死神に牙向けたらどうなるか、身体に教えてやる。」
起き上がってもう一度攻撃を仕掛けようとした兵士達の体がある者は足から、ある者は指先からぼろぼろと砂の像のように崩れ始める。「お、俺の体が!」
「崩れていく!!」
「貴様らの肉体はゆっくりと塵になり、やがて完全に崩壊して死に至る。自分の目で自分の肉体が崩壊する様を眺めながら死ね。」
兵士達の体がどんどん崩れていき、半分ほど崩壊したところでボシュッと音を立てて完全に塵になって床に散らばる。ドルフィンの足の下でその様子を「い、い、一体何者なんだ、お、お前は・・・。」
「死神だと言った筈だ。」
「も、もしかして、手出しするなと命令されたのは、戦っても絶対勝てない相手だからなのか?!」
「それだけ理解が早いんなら、この家に来るんじゃなかったな。」
警備隊長の顔面が蝋人形のように蒼白になる。「ひいーっ!!そ、そんな話、一言も聞いてないぃ!」
「知らん。」
「い、命ばかりは、命ばかりはお助けを!!」
「おい、俺がさっき言ったことをもう忘れちまったのか?便利な頭じゃねえか。」
「い、嫌だ、嫌だ、殺さないで下さいぃ・・・。」
「もう一度言ってやる。夜中に吠える五月蝿い犬は俺が屠殺してやる。」
「ひっ、ひっ、ひっ・・・。」
「そうか、そんなに嬉しいか。心配しなくても貴様もきっちり屠殺してやるぜ。」
「おいおい。地獄行き片道旅行のキャンセルは一切受け付けんぞ。」
「た、た、助けて!!助けて下さいー!!」
「ぎゃあぎゃあ喚くな、見苦しい。国家の忠臣を自称するなら、いざぎよく国家とやらのために死にやがれ。」
ドルフィンが半狂乱で泣き喚く警備隊長の首根っこを掴んで引っ張り上げる。「おおりゃー!!」
雄叫びと共に、ドルフィンの拳の嵐が警備隊長の全身に炸裂する。拳が激突する度に響く肉が潰れ、骨が砕ける音は、地獄の責苦に苦しむ亡者の「家畜にふさわしい、無様な死に様だ。・・・二人とも、怪我はねえか?」
ドルフィンがそれまでの鬼神のような表情から一転して穏やかな表情で尋ねると、アレンが何とか頷く。アレンとフィリアは、ドルフィンの想像を絶する「あ、ありがとう・・・。」
「なあに。それより、家畜の汚らしい死骸を床にぶちまけてしまったな。」
「そ、そんなことは良いよ・・・。い、一体ドルフィンって・・・?」
「少々人より腕っ節が強いだけだ。・・・びっくりして腰でも抜けたか?」
「そ、そ、その指輪は?!」
「ん?これか?見ての通り、魔術師の端くれとしての証明だ。それより、俺を少しでも信用してもらえたか?」
「イ、Illusionist17)の御方だとはつゆ知らず数々の御無礼、何とぞお許し下さい!!」
「そう改まらなくても良い。俺は階級や身分に頭下げさせたり下げたりするのは嫌いなんでな。ま、頭上げてくれ。」
「ゆ、許して頂けるのでしょうか?」
「許すも何も、俺は無礼だとはちっとも思ってねえ。第一、薄汚い格好の男がいきなり泊めてくれと言ってくれば、疑うのも無理はない。誰もそれを
責められねえはずだ。」
「ありがとうございます。ドルフィン様。」
「様付けで呼ばないでくれ。体が痒くなる。ドルフィンで結構だ。」
「・・・ドルフィン・・・ドルフィン、お願いだ!父さんを助けるのを手伝って欲しいんだ!」
「ん?」
「俺は臆病なんだ・・・。父さんが連行されて行ってからも助けに行かなかった、いや、行けなかった。心の何処かで奴等を恐れていたんだ。一人じゃどうにも
ならないって諦めてたんだ。でも、ドルフィンが手を貸してくれれば、奴等から父さんを取り戻せる。父さんだけじゃない。奴等に捕まった多くの人々も!
俺のこと、他人の手を借りなきゃ何もできない弱虫って罵っても良い!腰抜けって馬鹿にしても良い!でも、手を貸して欲しいんだ!!」
「よく言った。その言葉、待ってたぜ。」
「え?」
「俺は何時、お前が父親を助けに行くと言い出すか待っていた。だが、俺が出て行くまでいじけているだけかと半ば失望しかけていたところだ。俺は手を
借りることは何ら臆病でもないし、腰抜けでもないと思ってる。本当に臆病で腰抜けなのは、自分じゃ何もできないとか現実だから仕方ないと言って
体よく逃げ出すことだ。」
「アレン、お前が行くというのなら、俺は喜んで協力する。」
「あ、ありがとう・・・。」
「でも・・・そんなことをすればドルフィン・・・さんも、奴等に狙われるんじゃ・・・。」
フィリアが不安そうに尋ねると、ドルフィンは首を横に振る。「俺はお前達が提供してくれた一宿一飯の礼をする責務がある。俺はその責務を果たさなきゃならん。それに奴等は俺に牙を向けた。家畜の分際で
俺に楯突いた以上只では済まさん。くせになるからな。」
「じゃあ、今からでも早速。」
「まあ待て。主役のアレンがこの調子じゃ駄目だ。暫くじっくり静養して元に戻してからだ。それまで奴等を足止めしておく。」
「でも、足止めってどうやって・・・?」
「俺に任せておけ。心配は要らん。書くものと適当な紙をくれ。」
「ちょっと出かけてくる。すぐ戻るから何処かに隠れてじっとしてるんだぞ。」
ドルフィンは兵士長の死体を持って居間から出て行った。