Saint Guardians

Scene 1 Act2-3 突破-Overcoming- 一時の団欒、闇に蠢く獣達

written by Moonstone

 太陽が西の山の向こうに沈み、空の色が東の方からゆっくりと変わり始める。重く張り詰めた空気が漂う町にも夜が訪れ、家々に一つ、また一つとランプの
灯が灯っていく。
 フィリアが台所で夕食の準備をしていると、居間の方から賑やかな談笑が聞こえて来る。アレンとドルフィンである。話を続けるにつれ、若干あった
ぎこちなさもなくなり、すっかり打ち解けた様子である。

「・・・アレンは人がいいから・・・。とんでもないことにならなきゃいいけど・・・。」

 時々聞こえてくる笑い声を聞きながら、フィリアは不安に思う。
初対面の得体の知れない相手とも全く人見知りせずに話せるアレンは、フィリアから見れば無警戒そのものだ。巡回の兵士が昼夜問わずうろつく中で
どうやってここまで来れたのか、全く分からない相手を信用することはフィリアには不可能だ。
腕に刻まれた無数の傷痕、そして筋肉の固まりのような体格から考えるに、ドルフィンは殺し屋ではないか、そして戦いを起こしやすそうなこの町を訪れて
一騒動起こし、殺しを楽しもうという魂胆があるのではと、フィリアは想像を膨らませていく。しかし、ドルフィンが単なる殺し屋と結論づけることは
できないでいた。
 普通、殺し屋や傭兵など戦争の中で生きる商売の人間は、目的を果たしたり手柄を立てたりして報酬を貰えば後は知らん振りであり、無愛想な人間が
多いのだが、ドルフィンは自分があれほど嫌みや悪態を突いたにもかかわらず腹を立てる気配すら見せない。そのいかつい外見とは裏腹に実に気さくで、
あれほど塞ぎ込んでいたアレンがかなり元気を取り戻したようである。
どうも、自分が思っているような野蛮で残酷な偽善者ではなさそうだ。フィリアの頭の中では、そのような考えが徐々に大きくなり始めていた。
 フィリアはできた料理の数々を、居間のテーブルに運んだ。アレンの面倒を見ると言って両親から貰った材料を惜しみなく使って、随分豪華な料理を
作った。このところ僅かな水くらいしか口にしていないアレンに、少しでも食べて元気になってもらいたいのと同時に一応客であるドルフィンに対する見栄が
多分に含まれている。

「どうもお待たせしました。何もありませんけど、どうぞお食べ下さいな。」
「では、お言葉に甘えて。」

 フィリアはわざとドルフィンに毒づいたが、期待に反して至って丁寧に応答して食べ始める。
ここで、もし挑発に乗って何かしようとしたら、やっぱり野蛮な偽善者だとでも言い掛かりを付けて体よく追い出そうと考えていたのであるが、どうも
ドルフィンはフィリアの策略に乗るような人間ではないようだ。

「アレン。折角作ったんだから少しくらいは食べてね。元気になれないよ。」
「う、うん・・・。」

 フィリアがアレンの横に腰掛けて優しく言う。
アレンは目の前の豪華な料理を見ても、どうしても食欲が沸いて来ない。食べたいと思う以前に、心が食事をかたくなに拒否しているのである。

「じゃあ、あたしが食べさせて上げる。」

 フィリアは野菜スープを一匙掬って、アレンの口元に近付ける。

「はい、アーンして。」
「や、やめろよ。人が見てるだろ。」

 アレンは恥ずかしくなって頬を赤く染める。

「俺には構わなくていいぞ。夫婦仲は良いにこした事はない。」
「フフン。いいこと言うじゃないの。」
「違うってば。フィリアは幼馴染なんだって。」

 ドルフィンに夫婦と言われて気を良くしたフィリアと戸惑うアレンは、小猫のようにじゃれ合う。
 外から人が走る音や叫び声が不規則なリズムを形作って聞こえて来た。

「・・・何かあったのかな?」

 アレンが不思議に思って様子を窺うために立ち上がろうとすると、フィリアがその腕を掴んで制する。

「駄目よ。下手に窓から顔出したらどんな因縁つけてくるか分からないから。」
「結構夜でも賑やかなのか?この町は。」
「元々は静かな街だよ。最近は兵士達のせいでそうでもないけどね。」

 ドルフィンの問いにアレンが答える。
国家特別警察が町に居座って以来、夜の巡回の兵士達が酒を飲んで騒ぐ為、多くの住民が悩まされていた。中には酔った勢いで近くの家に押し入り、
飲むわ暴れるわと暴虐の限りを尽くし、少しでも文句を言うと逮捕されるという目茶苦茶な話もある。
 しかし、今日の騒ぎは違った。町のいたるところで頭を潰されたり、胸板をぶち抜かれたり、不揃いな肉の積み木となったりした兵士達の死体が発見され、
兵士達が遺体の回収と現場検証、そして周辺住民の尋問に追われていたのである。あまりにも惨たらしい死体の数々に、兵士達は目を背けて胃から
駆け上がっ来るものを吐き出さないように口を押さえる。

「・・・何ということだ。国家の為に働く我々の同胞が・・・。」

 最も大量に死体が転がる南門付近で現場検証を行っていた兵士の一人が、一面にばら撒かれた上半身と下半身に別れた兵士達の死体を見て
うめくように言う。

「しかし、どうしても信じられん。剣の一降りでバラバラになったというが、そんな事ができるはずがない!」
「さらに魔物や悪魔を召喚したともいう。剣も使えて悪魔も召喚できるような人間がこの町に来たというのか?」

 兵士達が信じられないのも無理はない。
剣の他に槍や斧など、様々な武器を使える職能−収入を得るための場合は職業として区別する−を剣士と呼ぶが、剣士は武器を扱う技量と体力を
高めることが最優先される為に魔術との両立は難しいとされる。召喚魔術なら魔術師でなくても使用できる12)ものの、ドルゴやオークくらいならいざ知らず、
アベル・デーモンのような悪魔を召喚魔術で召喚できる13)人間はごく少数でしかない。
何故なら、友好的な一部の精霊などを除いて大抵の魔物や悪魔は自分より強い者の命令しか聞かない為、召喚魔術で召喚するには前もって戦って勝利し、
所定の方法で自分を主と認めさせなければならない。つまり、悪魔を召喚魔術で召喚できるということは、その悪魔を倒しただけの力を持っているという
証明なのである。
 もし、そんな人間がこの町に入り込んでしまえば、兵士達にとっては只ならぬ脅威である。
国家特別警察の兵士達は、実は殆どが戦闘経験の乏しい者ばかりで、背後の権力が大きいだけの狐にすぎない。町の住人が固まって決起されれば、
総勢200人程度では到底抑えられない。だからこそ、不穏だと思った者を即座に連行するのである。
権力の麻薬は使用者を簡単に泥沼に引きずり込む。兵士達は手中にした権力を失いたくない為、些細なことにも過敏に反応を示すものだ。
 不安に脅えていたのは兵士達だけではない。兵士達よりも強大な権力を有し、椅子にふんぞり返っている幹部連中は、表面には出さないものの兵士達
よりもさらに脅えていた。町役場だった本部施設2階の会議室で行われていた、兵士達の大量斬殺事件を受けての緊急幹部会の席上、幹部達の表情は
一様に強張っている。

「−と言うことです。目撃証言を総合して推定される犯人像は、20歳前後の男、長身で筋肉質で革のマントとゴーグルを装着、そして左手に細身の剣を
持っているということです。恐らく熟練の傭兵でしょう。」

 巡回の兵士を統括する警備総隊長が報告書を読み上げた。

「・・・信じられん。剣の一降りで重装備の兵士をまとめて倒せることなどできるはずがない!」

 幹部の一人が悲痛に叫ぶ。
警備隊長が報告した目撃証言は、幹部連中には到底信じられないものばかりであった。『赤い狼』など比較にならないほどの脅威がいつ何時牙を
向けてくるとも知れない。折角手中にした強大な権力が瞬く間に泡となって弾け飛ぶことには、幹部連中には耐えられないことだ。

「全くだ。この町の『赤い狼』も根絶したわけではない。奴等の残党か援軍の仕業だろう。」
「いや、奴等は集団ゲリラ戦を得意とする集団だ。単独で行動することは有り得ない。」
「そもそもそんな巨人のような力を持つ人間など、存在するはずがないではないか!」

 幹部連中があれこれ言っていると、それまで黙って葉巻を吹かしていた長官マリアスが、葉巻を灰皿に置いて言う。

「・・・存在する。貴様らもこの席にいる立場であるなら、帝都で話を耳にしたことはあるはずだ。」

 幹部連中は一様にまさかというような顔をする。

「・・・もしや・・・。」
「そう、そのもしやだ。白狼流剣術の継承者だ。」

 幹部連中は、一斉にマリアスの方を向く。
白狼流剣術。それは人間の潜在能力を全て引き出し、あらゆる物質や時空間に存在するエネルギーの流れである「気」を操る武術であり、この武術を
体得した者には神ですら対抗し難いと言われている。
剣で敵を斬る動きは天駆ける狼のごとく、闘技の破壊力は天の雷のごとくと言われ、一子相伝で他の数ある武術とは比較にならない強さを誇ることから、
天で最も明るく輝く白狼の星バーグル14)に準えて白狼流剣術と命名されたという伝説がある。

「では、白狼流剣術の継承者がこの町に入り込んでいると?」
「兵士の遺体は町の至る所にあった。ということは少なくとも、通りがかりで済んだとは考えられまい。」

 マリアスの言葉で、幹部連中の表情に緊張の色が走る。

「だが心配は要らん。もし本当に白狼流剣術の継承者なら、我々が刺激しない限り何もしてはこない筈だ。」
「では、たとえ見つけても剣を抜くようなことはするなというわけですな?」
「そういうことだ。恐らく殺された兵士達は不審者と思って攻撃を仕掛けて返り討ちに遭ったのだろう。戦いを挑む時は相手をよく見なければならん。
自分より強いものは相手にしない。これが生きるための鉄則だ。」
「全くです。それに奴がいかに強力と言えたった一人。国王陛下の忠臣である我隊が総がかりで挑めば奴とてひとたまりもありますまい。そう神経質に
ならなくとも良いでしょう。」
「好条件を提示して我隊に入隊させるのも一つ。武術はいかに強くとも使う人間は所詮は人の子。戦いよりも安息を望むのは人間の定め。我が国家特別
警察に加入させれば我々の地位もますます安泰が保証されるというものです。」

 幹部連中は随分楽観的な見方をする。
自分自身の目や耳で確かめていない為、安易な推測で片づけようとする権力階級によく見られる傾向の一つである。

「しかし・・・、我々から奴に関わらなくとも、奴に関わった人間は逮捕する必要がある。」

 マリアスは言う。

「我隊に忠誠を誓った臣民からの通報で、奴らしい難民風の身形の男が匿われている家が判明した。その家は国王陛下から直々に逮捕、連行の勅命が
下っていたジルム・クリストリアの家だ。今夜早速警備隊長の指揮で家の住人を逮捕させる。良いな?」
「ははっ!」

 幹部連中は一斉に起立してマリアスに向かって敬礼する。

「これで会議を終了する。それぞれの任務を続行せよ。」

 マリアスの命令で幹部連中が引き上げ、マリアスは半分ほど燃え尽きた葉巻を揉み消し、補佐役の副長官と共に最上階である3階の自室に戻る。
マリアスは椅子に腰掛けて机の引き出しから新しい葉巻を取り出し、副長官がそれに火を点ける。長官の自室には屈強の兵士が十人ほど直立不動で
立っており、椅子の背後の壁には赤地に白い双頭の鷲をあしらったレクス王国の国旗と紋章が飾られており、権力者の牙城という雰囲気が否が応にも
漂っている。マリアスは葉巻を咥えながら傍らに立つ副長官に尋ねる。

「副長官。ジルムはどうだ?」
「はっ。非常に口が堅く、担当の兵士も相当苦心しておるとのこと。」

 マリアスは葉巻を灰皿に置く。

「兵士達を殺した奴を匿っているのはジルムの息子だったな・・・。」
「はっ。それが何か・・・?」

 副長官が尋ねると、マリアスはニヤリと笑う。

「自分が受けるどんな拷問や苦痛より、自分の愛する者が苦しむ様を見せられることほど辛いことはあるまい。」
「では、息子も・・・?」
「そうだ。これならばいかに口が堅くとも吐かざるを得まい。」

 そういったマリアスの口元に、残酷な笑みが浮かんだ。
 国家特別警察の恐るべき行動が実行に移されていようとは知るはずもないアレンの家では夕食が済み、フィリアが後片付けをしていた。
アレンはフィリアの強引な勧めに逆らえず、胃が拒絶するのを無理矢理押え込んで少しではあるが料理を口に入れた。
食後の一杯にとアレンが出して来たボルデー酒15)を、ドルフィンがグラスに注いで飲んでいる。
 アレンは体調が優れない以前に元々酒を体質的に受け付けない為(まだ未成年であるのも勿論だが)、ドルフィンが呑むのを眺めている格好になった。
ドルフィンは相当酒には強いらしく、ボルデー酒を一気に飲み干しても全く平気な顔をしている。

「ドルフィン。その剣・・・変わった形だね。」

 アレンはドルフィンの傍らに立てかけてある剣が気になっていたようだ。

「これか?」
「うん。普通のより随分細いけど折れたりしないの?」
「そんな柔な剣じゃねえ。・・・折角だ。実際に見てみるか?」

 ドルフィンはグラスを置き、剣を鞘から抜く。その剣はアレンの愛用のそれとは勿論、一般の剣とは明らかに異なる形態だ。
普通、剣は打撃で折れたりしないように刃身がある程度太く作られるが、ドルフィンの剣は普通の剣の半分ほどしかない。しかし、ランプの光を受けて
輝く刃は妖艶に美しく、冷たい水に浸したように凛としている。

「奇麗な剣だなあ。何だか引き込まれそう。」
「持ってみるか?」

 ドルフィンが剣を横にしてアレンに差し出す。アレンは頷いて恐る恐る剣を手に持つ。
ドルフィンが手を離すと、急激に剣の重量が増し、下に向かって引っ張られるような感じがする。アレンは慌てて力を入れて剣を持ったものの、
異常な程の重さだ。アレンの剣は両手で持てば十分振り回せる程度の重さだが、ドルフィンの剣はその何十倍もの重量があるようで、アレンでは両手でも
扱えそうにない。

「な、何て重い剣なんだよ、これ!」
「その剣はそういうもんだ。そいつはムラサメ・ブレード。剣が認めた持ち主以外には持ち上げるのが精一杯だろう。」
「剣が・・・認める?」

 ドルフィンの言葉の中に妙な部分があった。

「そう、その剣は意志を持っている。自分が認める持ち主以外には使われることを拒むのさ。」
「・・・よく分かんないけど、ドルフィンはどうやって持ち主って認められたの?」
「俺の師匠から受け継いだ。継承者の証としてな。」
「継承者?」
「俺はある武術の継承者だ。この剣は継承者の証として遠い昔から代々伝わっているものだ。」

 アレンはドルフィンに剣を返す。ドルフィンは鉛の固まりでもくっつけたかのような剣を片手で軽々と持って、元通り鞘に納める。
さりげないことではあるが、武器を常に手の届く範囲に置いているところからして、相当戦いの場数を踏んでいるということは、容易に分かる。

「・・・いいなあ。ドルフィンは。体格も立派だし、力も強いしさ。それに比べて俺は女の子と間違われるほど体格は貧弱だし、力もそんなにないし・・・。
神様って不公平だよ・・・。」

 アレンがぼやいて小さく溜め息を吐く。
ドルフィンの精悍な外見、強大な腕力。それらはアレンが理想として追い求め続けて来た「男らしさ」そのものだ。それだけに余計に自分が惨めに
思えたのである。すると、ドルフィンは笑みを浮かべて言う。

「人間が皆同じ背格好じゃつまらん。百人いれば百の特徴があるのは当然だ。だから良いんだ。自分の特徴を卑下しないでもっと自信を持つことだ。」
「そうは言っても・・・。」
「人間の本当の強さは腕力や見た目じゃねえ。物事に正面から挑む勇気を持っている人間が本当に強いんだ。」
「・・・勇気・・・?」

 アレンがドルフィンを見詰める。

「そうだ。勇気がなければどんな強力な武器を持っていても、どんな強大な力を持っていても意味がない。勇気を伴って始めてそれらの真価が発揮
されるんだ。それに、勇気は困難や苦労を撥ね返す力になる。勇気こそ最大の武器であり、防具でもある。」

 ドルフィンの言葉は深く、そして重みがある。「男らしさ」に拘り続けてきたアレンの心に、大きな波紋が広がる。

「アレン。また具合が悪くなるといけないから、もう寝た方がいいわよ。」

 後片付けが終わって居間に来たフィリアが、母親のような口調で言う。

「うん・・・。そうだ、フィリア。風呂沸かしてくれないか?」
「え?アレンは具合が悪いから入らないんでしょ?」
「俺じゃない。ドルフィンにだよ。」

 フィリアはいかにも不満そうな顔をする。

「えーっ。お風呂湧かすの結構面倒だから、アレンが入んないからあたしも止めとこうって思ってたのに・・・。」
「頼むよ。ドルフィンは客なんだし。」
「・・・ん・・・。アレンが言うなら・・・。」

 フィリアは依然信用ならないドルフィンに風呂まで勧めるアレンの人の良さが信じられなかったが、アレンに頼まれては無下に断ることもできず、
仕方無しに風呂を沸かしに行く。

「良いのか?」
「良いって。ドルフィンは客なんだから遠慮しなくていいよ。」

 アレンはドルフィンに精一杯のもてなしをすることで、少しでも気を紛らわせようとしていた。
1ジム後に風呂が沸き、湧かした者の権利と称してフィリアが先に入った。暫くして、薄いピンクのパジャマを着たフィリアがタオルで頭を拭きながら
居間に戻ってきた。

「どうぞ。」

 フィリアがそれだけ言うと、ドルフィンはリュックから着替えらしいものを出し、アレンから受け取ったタオルを持ってアレンに教えて貰った風呂場へ向かう。
ドルフィンが居なくなると、フィリアは早速ドルフィンの剣に手をかける。

「何する気だよ。」
「決まってるじゃない。今の内にあいつから武器を離しておくのよ。何時本性を剥き出しにするか分からないし。」
「まだ疑ってるの?」
「アレンはお人好しすぎるの。安易に他人を信用してるといつか痛い目に遭うわよ。」

 呆れるアレンを尻目に、フィリアは剣を別の部屋に運ぼうとしたが、剣は床に根でも生やしたかのようにびくともしない。

「な、何これ?!」

 もう一度フィリアは力を振り絞って持ち上げようとしたが、剣は少しも持ち上がらない。

「こ、こんな重い剣持ってうろついてたって言うの?!」
「フィリア。心配しなくてもドルフィンは俺達に手を出したりしないよ。そう神経質になるなって。」
「どうして分かるの?」

 フィリアが食い下がると、アレンはその疑問に答える。

「もし、フィリアの言うとおり、ドルフィンが悪党だったらとっくに俺達の首でも刎ねてるさ。そんな重い剣を片手で軽々持てるほどの力があるんだから、
勿体ぶらずに振り回してるはずだよ。」

 アレンの言うとおり、仮にドルフィンが悪党なら剣を目の前で抜いた時点で剣先を突き付けない方がおかしい。

「それはそうだけど・・・。」

 フィリアはそれでも納得できない。
アレンの言うことは筋が通っているし、理解できないことではないものの、強烈な威圧感を漂わせる外見を持つ上に、こんな異常な状況下にある町に
すんなり入れて宿屋を探してうろついていたというドルフィンに、どうしても警戒せずにいられないのだ。

「そんなに首取られるのが心配だったら、家に帰っても良いよ。」

 アレンが言うと、フィリアは慌てて首を横に振る。
心労で体を壊したアレンの世話をすると言って合法的にアレンの家に泊り込んでいるのであるから、ここで帰ることは折角の豊富なアプローチの機会を
むざむざ放棄するようなものだ。

「駄目。アレンの具合が良くなるまであたしが傍にいるって決めたんだもん。」

 フィリアは断言する。一度言い出したら頑として聞かないフィリアの性格をよく理解しているアレンは、そう言うと予想していた。
 間もなく、ドルフィンが風呂から上がって居間に戻ってきた。袖なしの服に包まれた分厚い胸板と太い腕が鍛え上げられた肉体を象徴している。
埃を完全に落としたその姿は、それまでの浮浪者の雰囲気など微塵もない、一人の逞しい旅の剣士そのものだ。

「ありがとう。いい湯加減だった。」
「それは良かった。疲れてるだろうからゆっくり休んでよ。ベッドはそこのドアを出て廊下を歩いて行った所の突き当たりの部屋にあるから。」

 アレンはドルフィンが入ってきた、台所や風呂場に通じるドアと向かいにあるドアを指差す。

「アレン。あそこって小父様の・・・。」
「・・・父さんは今居ないから・・・。」

 アレンは声の調子を落とす。

「じゃあ・・・あたしはアレンの部屋で一緒に寝るってわけね?」

 フィリアは何か妙な期待を込めて目を輝かせると、アレンは首を横に振った。

「フィリアは俺の部屋で一人で寝るの。俺はここで毛布でも被って寝る。」
「ちょっと!何でこの家の人間のアレンがソファで寝なきゃなんないのよ!おかしいじゃないの!」

 フィリアが猛然と反論するが、アレンは冷静に説明する。

「・・・何処の世界に客をソファで寝させる人間が居るんだよ。かといって俺の世話に来てくれてるフィリアをソファで寝させる理由はない。となれば、
俺がソファで寝るのは必然的だろ?」
「で、でも・・・!。」

 フィリアがなおも食い下がろうとしたが、アレンの言葉に反論の余地は見当たらない。

「・・・ちょっと見苦しいとこ見せちゃったけど、ドルフィンは気にしないで休んでよ。」
「では、そうさせてもらう。剣はそこに置いておく。疑いの埃は少しでも払っておいた方が良いだろう。」

 ドルフィンは信じられないようなことを言う。
剣士にとって、剣は命の次に大切なものだ。その剣を手放すということは戦闘の意志がないという究極の意思表示であり、それはともすれば自殺行為とも
なる。ドルフィンがそんな危険を冒してまで剣を手元から離して、身の潔白を証明しようとしたことに、フィリアはそれまで露骨に疑いの目を向けてきたことを
少し恥ずかしく思う。

「分かった。それじゃあ、お休みなさい。」
「お休み。」

 ドルフィンは居間から出て行った。
バタンとドアが閉まると、フィリアは心配そうな表情でアレンに語りかける。

「・・・アレン、辛いんでしょ?小父様がいなくて辛いからそうやって無理に気丈に振る舞ってるんでしょ?あたし、分かってるんだから。」

 アレンは何度も首を横に振る。

「そんなことない・・・。それより、フィリアももう寝てよ。」
「でも、あたし、アレンが見てられない・・・。どんどんやつれてくアレンを見てるの、あたしだって辛いんだから。」
「いいからもう寝ろ!」

 アレンはフィリアを遮るように、同時に今にも泣き出してしまいそうな自分に鞭打つかのように強く言う。

「・・・お休みなさい。」

 フィリアは少し涙ぐんで小走りに居間から出て行く。アレンはドアが閉まる音を聞いて、物置から毛布を持って来て居間のランプを消し、ソファに横になって
毛布を被る。
 アレンは自分が情けなくて、惨めで仕方なかった。無抵抗のまま父親を連れ去られてしまった。体調を崩した自分を心配して、ずっと傍にいてくれる
フィリアに当たり散らした。そんな自分が、どうしようもなく情けなく、厭な人間に思える。

「・・・畜生・・・。」

 アレンはうめくように呟いて、毛布を頭まで被った。

用語解説 −Explanation of terms−

12)召喚魔術なら・・・:力魔術は魔術師、衛魔術は聖職者が魔術学校や教会、寺院で修業を積み、認可を得て初めて使えるが、召喚魔術は賢者の石
(後に登場)を埋め込んであり、所定の方法を知っていれば誰でも使える。


13)悪魔を召喚魔術で・・・:悪魔を召喚するには、方法さえ知っていれば誰でも出きる悪魔召喚でも可能だが、代償を必要とするのは勿論(大抵は魂)、
魔法陣の中から出る事はできないなど、多くの制限がある。


14)バーグル:この世界でのシリウスの呼称。フリシェ語で「狼の眼」という意味がある。

15)ボルデー酒:この世界における一般的な果実酒。アルコール分が10%以上とやや強め。

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