Saint Guardians

Scene 1 Act2-2 突破-Overcoming- 運命の出会い

written by Moonstone

 翌日、早朝から町の外は騒然とした雰囲気に包まれていた。
警備の交代を告げに町の外に出た兵士達が、町の周囲に横たわる兵士達の死体を発見したのだ。
死体に目立った外傷はなく、ただ、首筋やこめかみ、或いは脳天に小さな刺傷らしいものが一つあるだけだった。
現場検証に訪れた兵士達は首を傾げるばかりだった。

「一体どういうことだ?誰がこんなことを・・・。」
「どれも急所を確実に一撃されている。」

 そこに、数人の護衛の兵士を連れた男が現れた。
兵士達は即座に男に向き直って、胸の前で左腕を水平にして敬礼する。
男はテルサの警備を担当する警備隊長の一人である。

「何が起こったのだ?」
「はっ、昨夜町の外周の警備に当たっていた我隊の同胞が、皆殺しにされたのであります。」
「同胞はいずれも、たった一個所の刺傷で致命傷を与えられています。」

 警備隊長の問いに、兵士達は敬礼したまま直立不動で答える。

「『赤い狼』の残党か?」
「いえ、その手口からするに、単なるゲリラ集団ではないと思われます。」

 警備隊長は、一人の兵士の死体の脇にしゃがみ込んで、首筋の小さな刺傷を見た。
赤い一本の筋が蝋のように固まり、長時間の乾燥を暗示するように僅かにひびが入っている。

『暗殺者の仕業か?このようなことができるのはセクトス忍軍7)くらいだろうが、我が国にいる理由はない・・・。通りすがりの盗賊や『赤い狼』にしては
器用すぎる・・・。』

 警備隊長は色々思案したが、結局納得のいく回答は見つからず、立ち上がって兵士達に命令する。

「同胞の遺体を速やかに回収し、丁重に葬れい。」
「ははっ。」

 兵士達は敬礼し、遺体を手分けして回収し始めた。
警備隊長は護衛の兵士を連れてさっさと戻って行った。
 町の人々は担架に乗せて運ばれていく兵士達の遺体を遠巻きに見ながら、ひそひそと囁きあう。

「一体誰がやったか知らんが、いい気味だ。」
「全くだ。よくやったと言いたいね。」

 住人は、自分達を散々苦しめる兵士達が無残に殺されたことに喜びすら感じた。
人々の中に、辛うじて一斉摘発を逃れた『赤い狼』の活動家二人がいた。
彼らは万が一の時の為に作っておいた隠し部屋に隠れたことで難を逃れたのである。

「見事なまでの暗殺術だ。あんな芸当は我々では不可能だ。」
「うむ。何者かは分からんが、相当な腕の持ち主であることは確かだ。」

 彼らは散発的に爆薬を仕掛けるなどのゲリラ活動を展開していたが、多勢に無勢で国家特別警察に重大な損害を与えることはできないでいた。
姿の見えない暗殺者は、住人にとっても『赤い狼』にとっても、町を救う微かな希望であった。

「貴様ら!とっとと失せろ!邪魔だ!」

 遠巻きに見ていた住人達に兵士達が怒鳴り散らし、武器を振り回して追い払う。
蜘蛛の子を散らすように逃げていく住人達を、兵士達は侮蔑と嘲笑の目で見る。
 その時、兵士達の目前に突如として人間の頭にライオンの胴体、そして蠍のような尾と蝙蝠のような翼を持った魔物が現れた。

「な、何だ?!」

 突然のことにパニックになった兵士達に、魔物は耳を引き裂くような雄叫びを上げる。
聞いたこともない凄まじい雄叫びに、兵士達は身構えることもできずに竦み上がる。

マ、マンティコア8)が・・・どうして・・・。」

 気配もなく突然現れたマンティコアを前に、兵士達はどうすることもできずに突っ立っていた。
しかし、マンティコアは兵士達に襲い掛かることもなく、現れた時と同じように突如として姿を消す。
呆然とする兵士達の前に、今度は犬の頭に山羊のような角を生やし、真紅の法衣を纏った魔物が現れた。
魔物の周囲には黒いオーラが立ち上り、それを通して見える魔物の背後の景色が不気味に歪み、生き物のように畝っている。
明らかに悪魔の類と分かる魔物を見ているだけで、兵士達は体中の生気を吸い取られていくような脱力感を感じる。

「我はアベル・デーモン9)・・・。」

 しわがれた声で名乗った魔物の名を聞いて、兵士達は全身の血が凍り付いたような気がした。
初めて目にする、本物の悪魔。それも普通の人間を殺すなど、卵を割るよりた易く、それを喜びとさえするという悪魔。
恐怖のあまり、声も出ない兵士達。
 しかし、アベル・デーモンもやはり何もせずに忽然と姿を消す。
兵士達はへなへなとしゃがみ込み、ある者は恐怖に堪えられず哀れにも失禁し、ある者はそのまま白目を向いて後ろめりに倒れる。

「しょ、召喚魔術10)だ・・・。召喚魔術を使う人間が近くにいる・・・。」

 兵士の一人がうわ言のように呟く。

「まさか・・・同胞を殺ったのも、そやつの仕業か・・・?」
「だとすればことは重大だ・・・。早く報告せねば・・・。」

 口では言うものの、兵士達は恐怖で腰が抜けてしまって立つこともできない。

「だったら、早く行けばどうだ?腰抜け共。」

 兵士達の背後から嘲笑うような声がした。

「だ、誰だ!我々を侮辱する不届き者が!」

 兵士達は侮辱されたことで本来の尊大さを取り戻し、即座に立ち上がって剣を抜いて背後を見る。
そこには埃塗れのマントを羽織り、ゴーグルを掛けた長身の男が仁王立ちしていた。

「何者だ、貴様!」
「おやおや、随分立ち直りの早いことで。」

 男は口元を少し歪める。
その嘲りに満ちた笑みに、兵士達はいきり立つ。

「おのれ!我々が国家特別警察と知っての行動か!」
「我々を侮辱したことは、国家反逆罪、即ち死刑に値するぞ!」

 男は兵士達の怒声にも全く動じない。

「だったらどうすんだ?弱い犬程よく吠えるって言うが、ありゃ本当だな。」
「何を!」
「悔しかったらかかってこい。まあ、さっきの魔物で腰抜かして漏らした奴等に何ができるのか疑問だがな。」

 男のとどめの侮辱に、兵士達の怒りは頂点に達する。

「愚か者が!死ねー!!」

 大挙して斬りかかって来た兵士達にも、男は冷たい笑みを浮かべる。

「雑魚共が、しゃらくせえ。」

男が左手に持っていた剣を抜いて大きく斜めに振り払うと、刃が触れてもいないのに兵士達の体が横に寸断される。
兵士達は上下二つに分離して男に剣が届く前に地上に落下していく。
それからようやく、切り口から壊れた蛇口のように赤い液体が迸り始めた。
 男は剣を鞘に納めて、何事もなかったように門の脇に立てられていたプラカード・インフォメーションを見て、手頃な料金の宿屋を探して、位置を示した
略地図を頭に入れる。
 家の中や物陰から一部始終を見ていた住人達は唖然としていた。
剣を一度振り払っただけで、全ての兵士が一瞬にして二つの肉の積み木になったのだ。
見たこともない強力無比な男に、人々は神と悪魔の二つのイメージを重ね合わせる。
 男は宿を取るべく、略地図に示されていた宿屋へ向かおうと向きを変える。
その時、男の左側から卑らしい笑い声が聞こえて来た。
男が笑い声の方を向くと、建物と建物の間に、男の半分ほどもない背丈の男が立って笑っていた。
その小柄な男は、男の前に鼠のように出て来て、見上げながらにやにやと笑っている。

「ヒヒヒ。あんた、兵士様を殺したね。あたしはこの目で見たよ。ちゃあんと兵士様の本部にお知らせしておくからね。」

 小柄な男は、国家特別警察がテルサを支配下に置いた直後に長いものには巻かれろとばかりに即座に忠誠を誓い、人々の不満を密告して報酬を
得ている、人々からスパイ犬と陰口を叩かれている男である。
 しかし、男は動じることもなく、小柄な男を見下ろす。

「したけりゃしろ。遠慮は要らん。」

 自信たっぷりに言う男を指差して、小柄な男は体を揺さ振って卑らしく笑う。

「知らないよ。兵士様は何百人と居られる。あんた一人殺すのも造作もないことさ。今なら間に合うよ。このあたしに見逃して下さいとお願いしな。
10000デルグで手を打ってやるよ。ヒヒヒヒヒ。」

 男のこめかみの辺りがぴくっと動いた。

「おい。」
「何かね?」
「俺の右足をよーく見てろよ。」

 男は右足をゆっくりと上げる。
小柄な男の視線もつられて上へと動く。
男の右足の動きが、小柄な男の頭ほどの高さに達したところで止まる。

「これがどうかしたのかね?」
「黙って見てろ。」

 小柄な男は怪訝そうに男の右足を眺め続ける。
不意に男の右足が落下を始める。
小柄な男の視線は慌ててその動きを追う。
男の右足は、小柄な男の左足を踏みつけた。
ぐしゃっという音がして小柄な男の左足が潰れ、瞬時に地面に赤い花びらを作り上げる。

「うぎゃあーっ!!」
「このチビ野郎。人様指差して何寝言ほざいてやがる。」

 小柄な男は絶叫を上げた。
男は踏みつけた小柄な男の左足をぐりぐりと踏みにじる。
 小柄な男は激痛で涙や鼻水を流しながら、首を激しく振って見苦しいほどに喚き散らす。

「痛い、痛い、痛い!!は、離してくれー!!」
「薄汚え密告者め。知らせるなら勝手にやれ。ついでに言っとけ。俺は貴様らの思い通りにはならんとな。」

 男は喚き散らす小柄な男を無表情に見下ろしながら言う。
その眼光に鋭さが増す。

「こうも言っとけ。俺に牙向けた奴は即バラバラにしてやるってな。」
「わ、分かりましたー!!は、離して、離して下さいー!!」
「離してだあ?違うだろ?お願いします、許して下さいだろー?んー?」

 男は嘲笑い、さらに力を込めて小柄な男の足を踏みにじる。
もはや、小柄な男の左足は原形を留めてはいない。

「お、お願いしますー!!許して下さいー!!離して下さいー!!」

 小柄な男が必死の形相で叫ぶと、男は右足をどけてその足で男を横に蹴り飛ばす。
小柄な男はボールのように空中を疾走し、建物の壁に激突する。
全身を強打した小柄な男は、赤いペンキに浸した刷毛のように壁に赤い筋を描きながらずるずると下にずり落ちていく。

「わざわざ下らん寝言を聞かせに来るんじゃねえ。」

 男は壁に頭を向けて倒れ伏している小柄な男に向かって不機嫌そうに言い残して歩き去った。
初めて来る町である為、なかなか目的の宿屋が見えてこない。
男は辺りを見回しながら宿屋の看板を探した。

「そこの男!止まれ!」

男の背後から巡回中だった兵士3人が叫んだ。
男は構わず宿屋を探し続ける。
その態度に腹を立てた兵士は、男の前に回り込んで剣を抜く。

「貴様!我々の命令を無視すれば国家反逆罪だぞ!」
「神妙にしろ!本部に連行し、取り調べる!」

 男が苦虫を噛み潰したような顔をする。

「鬱陶しい蝿だな。」

 言うと同時に男の剣が唸り、真ん前にいた兵士を縦に真っ二つに切り裂く。
間髪入れずに男の鋭い蹴りが残りの兵士の顔面を砕く。
男は剣を鞘に納めて死体には目もくれずに再び歩き始める。
 それから1ジムの間、男は途中で逮捕するだの反逆罪だのと叫びながら出て来た兵士達を血の海に沈めながら、宿屋を探して町中を歩き回った。
しかし、何処かで道を間違えたのか、結局目的の宿屋を探すことはできず、少し疲れた様子で西側の住宅街に迷い込んだ。
 通りは閑散としており、子ども達が歓声を上げながら駆け回ったり、人々が世間話に花を咲かせる光景は全く見られない。
まだ昼間だというのに、ゴーストタウンのように不気味に静まり返った光景があるばかりだ。

「・・・こんなことなら町に寄ろうなんて考えるんじゃなかったな・・・。」

 男は小さくため息を吐いてアレンの家の壁に凭れ掛かって腰を下ろす。

「しょうがねえ。一休みしてここを出るか。」

 男がぼやいていると、奥から人の足音が近付いて来た。
玄関のドアが少しだけ開き、中からフィリアが顔を出した。
フィリアは薄汚れた身形の男を見て、すぐにこの町の人間ではないと分かった。
元々小さな町の上に住民の転居が殆どないので、この町で生まれ育った人間なら町の人間か余所者かの区別は簡単にできる。
それに、今テルサを訪れる旅の人間が兵士に捕まらずに居られるはずがない。

「・・・あんた誰?」

 フィリアが訝しげに聞くと、男はフィリアを見て答える。

「この家の人か?すまないが一晩泊めて欲しいんだが。」
「な、何ですって?!冗談言わないでよ!あたしは今それどころじゃないの。とっとと何処か行って!」

 フィリアは仰天して男に激しい言葉を浴びせる。
ただでさえ町に厄介な集団が居座って迷惑を被り、アレンが塞ぎ込んでしまっているところに、さらに兵士にとって格好の言いがかりの種になりかねない
爆弾を背負う訳にはいかない。

「何大声出してるんだよ。」

 奥から弱々しい声がした。
フィリアは奥に向き直り、慌てた様子を見せる。

「あ、アレン!起きてちゃ駄目じゃないの!」

 中からパジャマ姿に上着を羽織ったアレンが顔を出した。
アレンは体調が日増しに悪化して来た為、殆どベッドの上にいる状態になっていた。

「どちら様ですか?」

 アレンが尋ねると、フィリアがアレンの前に男から庇うように立ち塞がる。

「駄目、関わっちゃ。どんな因縁付けられるか分かんないよ。」
「・・・上がってもらって。」

 フィリアは耳を疑った。

「ちょ、ちょっとアレン!冗談でしょ?!こんな怪しい奴泊めたら、それこそあいつらの思う壷よ!」
「このまま放っておけっていうの?ここは夜になるとまだまだ冷えるんだぞ。俺は・・・もうたくさんなんだ。」

 アレンの言葉の奥の心情を知るフィリアは、それ以上反論できない。

「これ以上、惨めな思いはしたくないんだ・・・。」

 アレンの足元がふらつき、フィリアは慌ててアレンを抱きかかえるように支える。

「ほらぁ!無理するから!」
「だ、大丈夫・・・。それより、早くあの人を・・・。」

 フィリアは仕方なく、ドアの奥から小さな声で男に言う。

「上がって。手早くしてよね。」

 男はゆっくりと立ち上がる。
以前、薬草の穴場で遭遇したミノタウロスを彷彿とさせる屈強な巨体は、フィリアを警戒させるのに十分だ。
フィリアがドアをもう少し開けると、男はさっと家の中に入る。
兵士や密告者に見られないうちにと、フィリアは男が中に入るとすぐにドアを閉める。

「ようこそ。こんな格好でちょっと失礼ですが、体の調子が悪いもんで・・・。」
「いや、宿が分からなくてさらに道に迷って困ってたところだ。感謝する。」

 男は意外にも丁寧に頭を下げた。
男がマントを取ると、褐色の岩石の固まりのような筋肉が現れ、埃と汗で随分汚れた長袖の服は袖のところで折り曲げられている。
まるで丸太のような太い腕には無数の傷痕があり、ただの難民や浮浪者ではないことが容易に分かる。

「ちょっと。家の中なんだからゴーグルぐらい取ったらどう?」

 フィリアが吐き捨てるように言う。
仕方なく家に入れたものの、どうしても信用できないようだ。

「これは失礼した。」

 男はゴーグルを取る。
獲物を狙う猛獣のような鋭い瞳ではあったが、ただ荒々しいだけでなく何処か紳士的な雰囲気を漂わせている。

「フィリア、もういいよ。ありがとう。」

 アレンはフィリアの腕から離れる。

「俺は台所へ行ってくるから、この人を居間まで案内して。」
「え?!あ、あたしが?!」
「頼むよ。」

 フィリアはアレンとの間に波風を立てたくない為か、渋々応じる。

「分かった。・・・じゃ、こっちに来て。」

 アレンは台所へ行き、フィリアは男を居間へと案内する。
廊下を歩いていく途中でも、フィリアは警戒心を表すかのように頻繁に振り返る。
フィリアの露骨な態度にも、男は何も言わない。
それがかえってフィリアの警戒心を強めてしまった。
 フィリアは居間のドアを開け、男を先に中に入れてソファに案内する。

「いい?そこに大人しく座ってるのよ。下手な真似すれば即、殺すわよ。」
「分かった。」

 男は素直に了承した。
もしこの時点で、この男が何人もの重武装の兵士を一蹴できるような人間だとフィリアが知っていたら、とてもこの紳士的な応対は信じられなかっただろう。
 男は静かにソファに腰を下ろす。
フィリアが警戒しながらドアの傍でアレンを待っていると、間もなくアレンが水を入れたコップと水に浸したタオルを持って来た。

「お待たせしました。」

 アレンは男の前にコップとタオルを置く。

「これで顔でも拭いて下さい。喉も渇いたでしょうし遠慮なく。」
「ご丁寧にありがとう。」

 男は礼を言ってタオルを手に取って顔を拭いた。
砂埃の取れたその顔は意外にもなかなかの美形で、女性的で優美なアレンとは対照的な所謂「男らしさ」の雰囲気を漂わせている。
ややオールバック気味の濃いグリーンの髪、太い眉、引き締まった意志の強そうな唇は、精悍な体格と共に強く、誇り溢れる剣士の象徴のように思われた。
警戒を怠らなかったフィリアは、不覚にも思わず見とれてしまう。
 男は水を一気に飲み干し、空になったコップをテーブルに置く。

「ありがとう。生き返ったような気分だ。」
「喜んでもらって良かった。」

 アレンは男の向かい側に腰を下ろし、フィリアはその左側に並んで腰を下ろす。

「そう言えば自己紹介がまだだった。俺はアレン。こっちはフィリア。」
「俺はドルフィン・アルフレッド。ドルフィンと呼んでくれ。」

 男は名乗った。

「ドルフィン・・・でいいですか?よくここまで無事に来れましたね。兵士とぶつかりませんでした?」
「いや、特に何もなかったが。」

 町の内外で絡んできた兵士達を散々血の海に沈めたくせに、ドルフィンと名乗ったその男はさらりと言ってのける。
フィリアは当然のように怪しいと直感する。
普通に街を歩いていてもあれこれ尋問されたという話もあるのに、いかにも他所から来た風貌でうろついていれば、言いがかりでは済まないはずであるし、
牢獄送りになっていても何等不思議はない。
しかし、アレンは突っ込んで尋ねようとはしない。

「失礼だが・・・、君達は夫婦なのか?」

 ドルフィンは、突拍子もないことを尋ねて来た。

「え?え?」
「へえ・・・。なかなかものが分かってるじゃないの。」

 戸惑うアレンとは対照的に、フィリアは随分嬉しそうだ。
アレンの彼女を自認するフィリアにとって、他人からアレンと夫婦とまで言われれば嬉しくなるのは当然である。

「ち、違う違う。フィリアは俺の身の回りの世話をしてくれてるんです。」
「あら、アレンたら照れちゃって。」

 生気がなく青白かったアレンの頬に、久しぶりにほんのりと赤味が射す。

「・・・顔色が冴えないようだが、どうかしたのか?」
「あ、いや、たいしたことじゃないです。ちょっと体調を崩しちゃいましてね。」

 ドルフィンの問いに、アレンは曖昧に答える。
すると、ドルフィンはアレンの頬に手を伸ばして来た。

「ア、アレンに何しようっての?!」

 ドルフィンの行動に触発されて、フィリアが即座に臨戦態勢に入る。
さすがにアレンも、自分に向かって伸びてくるドルフィンの手から逃れようと体を少し後ろに反らす。

「動かないでくれ。悪さはしない。」

 ドルフィンはアレンの頬を軽く両手で包み込み、少しの間、アレンをじっと見詰める。
その手はほんのりと暖かく、アレンには不思議と心地良い。
フィリアはいつでもドルフィンを攻撃できるように、精神力11)を両手に集中する。

「・・・神経性のものだな。何らかの大きなストレスで体中の器官が悲鳴を上げている。特に胃腸にダメージが大きい。
このところろくに食事を取っていないだろう。」

 ドルフィンはアレンの生気のない原因と病状を見抜いた。
これにはアレンは勿論、フィリアも驚いた。
ドルフィンはアレンの頬から手を離す。

「心の病気は溜め込むほど体に悪い。俺で良かったら話してはくれないか?少しは楽になるかも知れん。」

 ドルフィンが言うと、アレンは原因を口に出しあぐんで横を向く。

「あんたに何ができるって言うのよ!!アレンは、お父さんが大変なことになってるのよ!!」

 フィリアがいきなり在らんばかりの声を張り上げてドルフィンに叫ぶ。

「・・・父親が・・・?」
「そうよ。この町に乗り込んで来た国家特別警察って奴等に、アレンのお父さんが何の罪もないのに連れて行かれたのよ!!アレンはお父さんが心配で
ろくに食事も喉を通らないのよ。そんなアレンにあんたが一体どんな手助けができるって言うのよ!!」

 フィリアはアレンに対する心配と、ドルフィンに対する警戒と疑惑が重なって、顔を真っ赤に染めて激しく怒鳴る。

「大体ね、あんたみたいな奴に限って、人を助ける振りして追打ちをかけたりするのよ!!この偽善者!!」
「止めろフィリア!失礼なことを言うな!」

 なおも激しくまくしたてるフィリアを、アレンが強い調子で嗜める。

「ドルフィンはお客さんだぞ。お客さんに当たり散らしてどうするんだよ。」

 フィリアはまだ言い足りないようではあったが、アレンの制止を振り切ってまでドルフィンを攻め続けることはできない。
アレンを庇うつもりが、逆にアレンの感情を害してはフィリアにとっては本末転倒である。

「・・・ごめんドルフィン。フィリアも悪気があって言ったわけじゃないから・・・。」
「いや、彼女の言うことはもっともかもしれない。正義や世の為人の為と言いながら、火事場泥棒まがいの悪さをする輩は多い。何処の馬の骨とも知れん俺が、
話を聞かせろと言ったところで疑われるのは無理もない。」

 ドルフィンが静かに語る。

「だが、少なくとも俺は宿を提供してくれた人間に牙を向けるようなことはしない。その程度の常識は弁えているつもりだ。」
「どうかしら。そう言って寝首掻き切るつもりなんじゃないの?」

 フィリアは嫌みたっぷりに言う。やはり、警戒心は全く和らいでいない。
アレンを護りたいという強い思いが、そうさせているのだろう。

「フィリア!いい加減にしろって!」

 アレンがフィリアの方を向いて強い調子で言う。

「・・・ごめん。」

 フィリアはしゅんとなってアレンに謝る。
アレンがドルフィンに向き直る。

「ドルフィンが悪い人間じゃないってことは分かってる。分かってるから家に入れたんだから。」
「・・・そうか。」

 ドルフィンはアレンの瞳を見た。
体は弱っているとは言え、その大きな瞳は一点の曇りもなく澄み切っている。

『いい眼をしている・・・。こんないい眼を持った人間は久しぶりだ。』

 ドルフィンは思った。

用語解説 −Explanation of terms−

7)セクトス忍軍:神秘の島国と呼ばれるセクトス王国の軍隊。通常の軍隊とは異色の、卓越した運動能力と優れた任務遂行力を持ち、諜報活動や暗殺などを
得意とする。


8)マンティコア:砂漠や密林に棲息し、人肉を好物とする獰猛な魔物。口から吐く火炎と尾の毒針が強力な武器。

9)アベル・デーモン:地獄に棲息する中級の悪魔。普通の生物は触れられただけで生気を奪われ、即死してしまう。地獄で罪人に責苦を与え、その血で
法衣を何度も染め直している。


10)召喚魔術:戦って勝利した魔物や精霊を従え、意のままに出現させる魔術。従う魔物や精霊は術者に絶対服従で、その能力を生かした行動を取る。
よく見られる悪魔召喚と異なり、精神力以外の代償は必要としない。


11)精神力:魔法を生み出す源であり、使用する魔法の効力を決定する重要な要素。魔法の威力は術者の精神力と集中力、魔術の使用経験で変化し、
強力な魔術ほど多くの精神力を必要とする。精神力を集中することで簡単な攻撃魔法を使用したり、結界(後に登場)を張って防御することも可能である。


Scene1 Act2-1へ戻る
-Return Scene1 Act2-1-
Scene1 Act2-3へ進む
-Go to Scene1 Act2-3-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-