謎町紀行 第134章

泥沼の内戦に見える不穏な影

written by Moonstone

「作戦を開始します。」

 2日後の夜、晩御飯を済ませた僕とシャルは、ホテルの部屋のソファに座り、シャンパンを傾けながら、4分割された大画面TVの映像を見る。勿論、TV番組やSODを見るためじゃない。シャルの航空部隊による中継で、調査結果に基づく作戦行動の推移を見守るため。戦火から隔離された堅牢な要塞で寛ぐ政府や軍の幹部みたいで、少々気が引けるけど。
 シャルの号令で作戦が開始される。陸からは工作部隊が、空からは航空部隊が、4方向に分かれて作戦行動をとる。作戦とは、まず病院と武器工場のライフラインを寸断すること。病院は自家発電設備があること、手術中やICU収容中の患者が居れば、工作部隊が必要な治療を行うことを条件に標的にしている。武器工場は問答無用。
 破壊対象のライフラインは、電気ガス水道のすべて。更に、武器工場は工作機械や材料倉庫も爆破する。すべて復旧不能なレベルまで。事実上の内戦に陥っている根幹の1つは、日本では厳しく規制されている筈の銃器が普通に製造され、使われる状況だということ。それを完璧に破壊しないと、戦争の手は緩まない。武器なしの戦争、すなわち外交や交渉が可能なら、内戦に陥ることはない。
 シャルに調査してもらった結果、オダワカ市を陣取る4つの勢力は、トリキ市と通じる自警団以外は、すべてリーダー格が経営する解体工場の内部に武器工場を有していた。これ自体とんでもない結果だけど、更に工作機械や材料倉庫まで有していて、密造というレベルを超えていた。電気ガス水道も、本来引かれていないところまで、自分達で工事してまで、本来の配線配管から引っ張りこんでいた。勿論違法だけど、それらが摘発された記録はなかった。
 工作部隊や航空部隊の攻撃や寸断は、こういった違法なライフラインの接続部分にも及ぶ。つまり道路や電柱も対象になる。一般家庭も少なからず巻き添えを食らうけど、こちらも生命にかかわる状況の人は別途対処することにしている。一般家庭を巻き込むのは本意じゃないけど、武器工場に繋がる電線や配管の分岐を破壊して、本来の配管を直すなんて怪しい材料にしかならない。

「作戦は順調に進行中です。工作部隊によるライフライン破壊に加えて航空部隊からのミサイル攻撃を受ける武器工場は、大混乱に陥っています。」
「もう1つの作戦は?」
「こちらも順調です。対立グループに対する怒りの声が上がっています。早速報復に乗り出す血の気が多い輩もいます。」

 もう1つの作戦は、ホログラフィで破壊行動が対立グループのいずれかによるものだと見せかけること。シャルのホログラフィは、複雑な光の当たり方によって生じる影まで正確に表現される。近づいて触れるまでホログラフィかどうか分からないから、これまでヒヒイロカネの怪物であるクロヌシに始まり、つい最近は警察や自衛隊もまんまと騙されて大量の弾薬を消耗した。
 破壊活動がどの対立グループの仕業かまでは明示しないまでも、グループ所属の誰かをそっくりコピーすれば、特徴的な外見-男性は必ず髭を生やしているとか-で、自警団以外の対立グループの誰かと判断する。当然ながら対立グループに怒りと報復の矛先が向く。その結果は戦争だ。

「自警団以外のクルド人グループが、市内38ヶ所で交戦を開始しました。」

 TV画面の中央にオダワカ市のマップが表示され、そこに赤いマーカーがいくつも浮かぶ。銃器がほとんど破壊されたから、武器は鉄パイプや角材といったもの。それでもそれらで殴り合えば負傷者は出る。だけど、グループが支配する病院は自家発電で最小限の維持しかできない状況。闇夜に紛れてホログラフィを伴う工作部隊が追い打ちをかける。手薄になった武器工場は勿論、「本家」の解体工場や事務所ももれなく破壊される。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。

「オダワカ警察署がS県県警本部に応援を要請しました。銃器がなくなった今が摘発のチャンスと踏んだようです。」
「その情報もシャルが伝えたんだよね?」
「勿論です。これまで武器工場は元より、違法なライフライン接続や使用も事実上黙認していたほど、クルド人グループの摘発には及び腰でしたから、現状など知る筈がありません。何のための公安なんでしょうね。」

 警察が本格的に介入すれば、クルド人グループを一定期間拘束できるだろう。その時を見計らって自警団のエリアに入って調査するまでが作戦。すべてうまくいくかどうかは分からないけど、手をこまねいているだけじゃ何も始まらない。

「県警本部からの応援が市内に入るのは1時間ほどかかります。クルド人グループは、撤退を始めています。戦争の要である武器工場と、アジトでもある解体工場や事務所が軒並み壊滅したことで、その復旧を優先させるようです。」
「武器工場の残骸があるところに応援を伴った警察が入って、クルド人グループを一斉摘発する流れだね。」
「そのとおりです。既に県警本部がクルド人グループを対象に銃刀法違反などの容疑で逮捕状と捜査令状を裁判所に請求しています。暫くは大人しくなるでしょう。」

 自警団の勢力範囲にある須佐皇神社に入るには、治安の回復が必要不可欠。戦争の根幹であるライフラインを寸断されて武器工場を破壊されたことで、クルド人グループの弱体化は避けられない。一気呵成に警察が攻め込めば、一定程度治安は回復するだろう。ここまではうまくいった。ここからどうなるか…。

 作戦実行の翌日、クルド人グループの拠点である解体工場に警察が強制捜査を行い、リーダー格の社長などが逮捕連行された。ここまでは理想どおり。ところが、ここからが違った。残されたクルド人グループの構成員が一斉に警察署前に詰めかけ、即時釈放と警察の謝罪を求めて抗議行動を展開し始めた。銃刀法違反に傷害に殺人未遂、窃盗などなど、内戦状態に関連するだけでも容疑の塊を釈放して謝罪までしろなんて、治安の悪い海外の国と大差ない。
 更にその翌日、警察が逮捕者全員を処分保留で釈放した。謝罪こそなかったものの-「捜査は適正に行われた」と強弁するのは警察あるある-容疑が濃厚どころか確実なのに送検前に釈放はまずありえない。SNSは「犯罪クルド人に屈した無能警察」「住民と治安を守れないなら警察は民営化しろ」など大荒れだ。警察は会見も何もせずに沈黙を通している。
 確かに武器工場は壊滅した。だけど、残された鉄くずを使って鈍器を作り、破壊された工作機械の部品を集めて、手動だけど一応動く工作機械を作り、寸断されたライフラインを自分達で再度接続して、クルド人グループの戦闘態勢は復旧し始めている。作戦実行前より戦闘遂行能力は確かに低下したけど、クルド人グループの力は落ちていない。それどころか、破壊活動に対する報復という方向性で団結を強めてさえいる。

『警察が翌日に全員釈放するなんて…。』
『警察の無力さと弱さが露呈しましたね。ついでに、クルド人グループの浅ましさも。』

 シャルがテーブルに出したスマートフォンに映像が出る。耳に一瞬違和感を覚えた後、音声が流れ込んでくる。

「日本人は外国人に対する差別と偏見を止めなければならない!我々は難民申請を繰り返しているが、日本政府と日本人の排外主義により、殆ど難民と認められない!そのため、我々は様々な不利益を被っている!」
「日本政府は外国人を受け入れることを学び、日本人に学ばせることを考えなければならない!我々は難民であり、日本政府と日本人は難民を受け入れ、共生する義務がある!」
『な、何これ?!』
『今現在、オダワカ警察署前で行なわれているクルド人グループの抗議行動の生中継です。日本語でこう叫んでいます。』

 厚かましいの一言だ。エコノミークラスでも少なくとも万の単位はかかる空路で入国した資金の出所もさることながら、観光や就労のビザが切れて滞在を続けたらどの国でも不法滞在になる。なのに地域に住み着き、本来その国が税金という共通の出資金を元に運営して、国民が税金や料金の対価として受けるインフラや教育福祉にただ乗りして、更に違法脱法行為にまで手を染める。どの国でも犯罪をすれば逮捕連行に始まり、起訴されて有罪になれば罰金や懲役などの制裁を受けるし、外国人は国から追い出される。それを差別や人権を盾に退け、自分達に合わせろとまで言う。まさに「どの口が言うか」だ。

『SNSではこれが中継あるいは録音されたものが配信され、強い怒りを買っています。ですが、肝心要のクルド人グループにはまったく届いていないか、度外視されています。聞く気もないでしょうけど。』
『マスコミの報道は?』
『オンラインニュースで一部の新聞社が報道していますが、扱いはその他大勢の1つといったところです。差別や人権を持ち出されて攻撃されたくないというマスコミの日和見主義、あるいは普段差別や人権を無秩序に持ち出して攻撃対象を攻撃するような姿勢を取らないダブルスタンダードが露呈しています。』

 オダワカ市がクルド人グループに牛耳られて、警察もまともに機能していないことを改めて示している。一方で、ライフラインを寸断したり、拠点の解体工場や武器工場を破壊しても、何らかの形で復旧させて戦争を継続しようとするクルド人グループのしつこさ、執念深さは想像以上だと分かった。この分だと何度破壊しても復旧するだろうし、警察はまったくあてにならない。これまでにないレベルの介入、すなわち殺害を当然視する武力行使が必要なんだろうか?

『殺害も必要とヒロキさんが判断するなら、実行します。』

 シャルはダイレクト通話で言う。その言い方には躊躇や消極さといったものはまったく感じられない。シャルにとって、僕とマスター以外はその他大勢であり、敵対するのはすべて敵だし、敵を排除する手段は問わない。排除するにあたって敵の生命や家族の有無や人権は一切考慮しないし、躊躇する理由はない。シャルは一貫してそう考えている。
 確かに、クルド人グループを殲滅すれば道は開ける。だけど、殺人は本来超える筈がない人間的な衝撃を超えるものだと思う。僕が判断してシャルが実行するのは、間接的どうこう以前に、シャルが殺人に手を染めることになる。シャルには殺人という重大な一線に踏み込んでほしくない。今まで遭遇した、ヒヒイロカネで増幅した欲望に狂った輩が他人の生命や人権を一切考慮しなかったように、目的のためなら手段を択ばないXなどの方向性を肯定することになる。

『クルド人グループの戦力低下を知った自警団が、大規模な反転攻勢を仕掛けるようです。』

 シャルが別角度の情報を提示する。自警団は、警察の対応の遅さや外国人優先と取られても仕方がない消極的な対応に業を煮やして結成された経緯がある。そのため、クルド人グループが銃器も持って市の各所を制圧していく中、対策や反撃で後れを取ってしまい、須佐皇神社がある市の東側に封じ込まれる格好になった。
 トリキ市側から武器の供与が始まったことで、何とか一定程度押し返したけど、東京都心に通じる西オダワカ駅など要所を抑えられていることには変わりない。加えてクルド人グループが狙う須佐皇神社のご神体が勢力範囲内にあることで、絶えずクルド人グループに襲撃され、その防戦で疲弊していた。
 そこに、クルド人グループの武器工場とアジトを兼ねた解体工場がインフラも含めて軒並み破壊されたこと、クルド人グループが一斉捜査で摘発され、逮捕連行されたことが報じられた。結局クルド人グループは全員釈放されたし、インフラもかなり復旧したけど、徹底的に破壊された工作機械は大半が機能を失い、銃器を作るには到底精度や能力が足りないから、戦力の大幅低下は否めない。それを知った自警団が、大規模な反転攻勢を仕掛ける準備を進めている。
 鈍器と銃火器なら、基本的に銃火器の方が強力だし遠距離攻撃力は桁違い。だけど、単純に相手を殴打すれば良い鈍器と違って、銃火器は照準を合わせ、かつ発砲時の轟音や反動に耐える必要がある。どれも直ぐにできるものじゃない。だから警察や軍隊では射撃訓練があるし、発砲に耐える肉体を作るトレーニングが必須とされる。
 つまり、自警団が銃火器を持っているからといって、ただちに戦況が覆る可能性は低い。むしろ、使い慣れない銃火器を奪われて返討ちに遭ったり、クルド人グループが再度攻勢に出ることも十分あり得る。生活と安寧と財産、そして場合によっては家族や友人の生命を奪われた自警団が反撃に乗り出したい気持ちは痛いほどわかるが、銃火器を十分扱えない状況だとかえって自分達を追い込むことになりかねない。

『…今の状況だと、自警団がかえって不利になる恐れがある。それに、自警団が銃器を持っていると分かれば、クルド人グループが矛先を自警団に向ける危険が高い。』
『私も同じ見解です。混乱に拍車がかかることはあっても、収束することはないでしょう。』
『シャル。頼みたいことがある。』
『何なりと。』

 今はこれからどうするかを考える時間を稼ぐ必要がある。そのためには、自警団が反撃に乗り出すことに加えて、クルド人グループが矛先を自警団に向けないことが必要だ。理性や品格と言ったものが欠けている-そうでなかったら不法滞在を続けながら犯罪を堂々と犯すようなことはしない-クルド人グループと、銃器を持ったとは言え戦争慣れしていない日本人とでは、基本的な戦闘遂行力が違い過ぎる。クルド人グループを同士討ちさせて混乱させることが必要だ。そう仕向けるには、偽の情報と精巧なホログラフィ。すなわちシャルの能力が必要になる。
 攪乱も同時展開となると人手が必要だけど、シャルなら1人ですべて同時に実行できる。これはアリバイ作りでもある。警察と少なくとも友好関係ではない、警察がXの支配下にあることが濃厚なことで敵対していると見た方が良い状況で、不法移民が跋扈して銃弾まで飛び交う内戦地域に介入していることが分かると、確実に警察の標的になる。ただでさえ厄介な状況に対峙しないといけないところに、逮捕した不法・犯罪移民を翌日釈放する無能警察まで相手する暇はない。

『何時から実行しますか?』
『ホログラフィの生成に影響が出なければ、時間帯を問わない。不規則かつ断続的な方が良い。』
『ホログラフィの生成は、オダワカ市の人口水準でも全く問題ありません。今からランダムで実行します。』
『攻撃や妨害は、無差別で良いよ。死者が出ない程度に抑えてくれれば。』
『!分かりました。』

 ヒヒイロカネを回収する時以外、他人を極力負傷させないようにしてきた。ヒヒイロカネを身体に埋め込んでいる場合はどうしようもないにしても、痛めつけることが目的じゃないからだ。でも、性懲りもなく武器を作って抗争を続け、違法脱法を差別と難民を盾に正当化さえするクルド人グループに配慮する必要はない。そう判断するしかない。
 勢力圏を争い、銃器を使って死傷者が出る抗争を続けるなんて、暴対法施行前の暴力団や現在の半グレそのものだ。暴力団や半グレは、アウトローを自称自認する。入れ墨やタトゥーはその証明書のようなもの。一方でクルド人グループは、不法入国やビザの有効期限切れ、果ては不法就労や犯罪を、難民や差別を盾に正当化さえする。自分達こそ被害者と言わんばかりに。飛行機で遠く離れた島国に渡り、家族を招きさえする財力や伝手があるんだ。生きるためなんて言い訳は通用しない。
 不法滞在しておいて、住民サービスにただ乗りして、住民に危害を加える人や集団を排除するのは差別でも何でもない。暴力団や半グレという自称アウトローも、法を犯したとなれば法の制裁が下る。不法滞在に違法脱法を続ける外国人グループが、法の制裁を受けない理由はどこにもない。それがまかりとおるなら、上級国民とやらには不法滞在の外国人も含まれると言うほかない。
 違法脱法を繰り返す輩の更生は困難だ。違法脱法をしているという認識がないし、自分の目的を達成できれば、自分の欲を満たせれば良いと思ってさえいて、善悪の概念や犯罪への躊躇が欠落している。ましてや、日本では厳しく制限される銃器を製造してまで抗争に明け暮れ、勢力範囲内の住民や施設を事実上奴隷にしている。そんな外国人グループに倫理の取得や更生を期待する方が馬鹿げている。
 状況に改善の見込みがない以上、何時までも手をこまねいているわけにはいかない。須佐皇神社のご神体を狙うクルド人グループを排除する。少なくとも当面再起不能なレベルまで。そしてそれは、クルド人グループの同士討ちの形にする。不法入国・不法滞在で他国で勢力を拡大するのは、侵略でしかない。侵略者は排除するのみだ。

『市街地の52ヶ所でホログラフィとの交戦が発生。昼間の襲撃は予想外だったのか、大混乱です。』
『混乱すればするほど良い。そちらはそのまま続けてもらうとして、自警団の方で頼みたいことがあるんだ。』
『何でも任せてください。』

 銃でもミサイルでも倒せない、リアリティを高めた幻影との戦いは、体力も神経も弾薬も消耗する。これはイザワ村と周辺で交戦していた警察と自衛隊の攪乱で実証された。グループの結束は固いというけど、それは外部に対する排他性ともなる。同胞だからこそ攻撃されたらその排他性はより強まり、血で血を洗う泥沼の抗争に発展するのは、内外の歴史が幾つも証明している。
 ホログラフィの襲撃をきっかけにクルド人グループが本格的な同士討ちに走ればこちらの思う壺。それとは別に、反転攻勢を狙っている自警団の足止めを続けるのと、武器の出所を掴んでおきたい。自給自足しているクルド人グループは兎も角、銃器の製造や所持が厳しく制限される日本で、銃器が流入している現状は看過できない。自警団の行動自体は正当防衛の範疇だから止める理由はないけど、銃器が流入していることはどうしても引っかかる。
 オダワカ市の問題は、難民申請と差別を盾に不法滞在を続けるクルド人と地元住民の軋轢が武力行使を伴うものになったのは間違いないけど、地元住民の支援を目的にしているとしても、銃器が流入するとなると、組織的な関与を疑わざるを得ない。単に流通だけじゃなく、それを製造する企業がある筈。銃器を作るには旋盤やフライスといった工作機械が必要だし、それらは何の知識も訓練もない人が扱えるものじゃない。指を切るどころか、腕をもがれることすらある。
 しかも、火縄銃の時代ならいざ知らず、工作機械による製造が普通な時代。自警団の人数は知らないけど、1丁2丁なんてレベルじゃなくて、トラックで箱単位で運び込まれていると見て間違いないだろう。それを1回きりじゃなく、都度行なうには、銃器の製造から輸送、搬入まで担う組織的な関与がある確率が高い。もしそうだとすると、「不法移民V.S.地元住民」というシンプルな対立構図じゃなくなってくる。

『自警団に供給される物資、特に銃器類の出所を調査して。可能なら部品段階から、出来るだけ詳しく。』
『分かりました。調査を開始します。』

 不法移民が違法脱法を繰り返し、批判や是正を「差別」で退け、事実上占領しているのは事実。そして同様のグループが勢力争いをしていて、警察も弱腰で話しにならないのも事実。だけど、それだけじゃない。警察があまりにも弱腰なのは「差別」と糾弾されるのを恐れているのもあるだろうけど、それだけじゃない。何かある。
 当面の間、動こうにも動けない状況が続きそうだ。都心、つまりXが陣取ると思われる場所に近いところで、膠着状態が長期化するのは正直好ましいことじゃない。だけど、こういう時に無理に動くと重大な副作用を生じる結果を招きやすい。折角シャルが攪乱と情報収集を並行して進めてくれるんだから、その結果を待つのが賢明だ。

「遊びに行く計画を立てました。」

 急な話題の転換に思わず聞き返しそうになる。シャルは頭に音符を浮かべるような表情でスマートフォンの画面を僕に見せる。観光スポットのリストだ。

「S県は東京のベッドタウンの色彩が強いので、対象のスポットがあるのは殆ど郊外です。」
「えっと…良いの?」
「全国的な知名度は低いですが、その分快適に過ごせますよ。」
『攪乱行動は完了時期未定で遂行します。それこそ事態が何らかの形で収束するまでになるかもしれません。攪乱行動の際にまったく異なる場所に出かけるのは、アリバイ作りの面からも良い方法です。』

 それは確かにそのとおりではある。クルド人グループを襲撃したり、自警団を足止めしたりしているのがホログラフィだと気づかれる確率は非常に低いけど、人知を超える何かが妨害しているとなれば、警察が動くかもしれない。明後日の方向に移動して攪乱行動とは全く違う行動をとることは、理に適ってはいる。
 シャルの説明だと、距離的な問題もあって、1つのスポットに1日もしくは2日かけるくらいが必要だという。2日かける場合は近くのホテルを押さえるから、まったく問題ないそうだ。あと、これまでと違って鉄道網がかなり充実しているから、本体を駐車場に置いておけるのも利点とのこと。ホログラフィの大量表示・稼働はやはりそれなりにエネルギーを消費する。遠距離だとどうしてもロスが生じるから、駐車場に居られるとより長期間連続稼働できる。

『現状からの推定だと、1週間後に一度水素を補給したいところですが、首都圏だけあって水素スタンドは近隣に複数あります。』
『その時はシャル本体で出かけて、途中で補給すれば良いね。』

 シャルの提案に異論はない。何時収束するか見通しが立たないし、町が焼け野原と死体で埋め尽くされてようやく、という事態もあり得る。今はアリバイ作りも兼ねて、混乱と喧騒から距離を置くべきだろう。シャルに、どこから行くかやコースを考えてほしいと依頼する。シャルは即答で快諾してコースを考える。1日で多く巡る必要はない。この状況だと何時オダワカ市に踏み込めるか分からないから…。