謎町紀行 第110章

情報源が残した異変の痕跡

written by Moonstone

 一頻り写真を撮って、僕とシャルは来た道を引き返す。このオオジン村、面積はかなり広いけど、集落はほぼ国道沿いの一部にしかない。その割に寺社仏閣は多い。この雪を考えると、どうやって維持管理されているか不思議なくらいだ。かつてはもっと集落が点在していたかもしれないけど、見た感じその痕跡も殆どない。
 そして何より、村全体を覆う陰鬱とした雰囲気。これまでも田舎と言える場所を訪れたし、大抵過疎とセットだったけど、その土地で今を精一杯、楽しく生きようという雰囲気があった。旅行者の僕とシャルには見えない日々の苦労はあるだろうけど、出会う人々の目の多くは輝いていた。
 この村には、それがない。雪が多いのはサカホコ町もそうだったけど、もっと町自体が明るい雰囲気だった。雪は確かに多いし寒いけど、この冬も日常の1つで、冬の先には暖かい春が訪れるから、それまで待とうというポジティブさを感じた。この村には、そんなポジティブさが殆どない。雪と寒さに押し潰されて、この土地に張り付けられて生きている。そんな感じだ。
 だから、僕とシャルのように外から来て、昼はのんびり出歩いて夜は暖かい施設で寛ぐ余所者が許せないんだろう。後をつけて難癖をつけて、若い女性という珍しいものを無理矢理にでも自分達のものにしようとする。件のWeb管理者もその歪んだ価値観と嫉妬心で標的にされたと考えるのが自然だ。

『Web管理者が滞在していたという部屋に、何らかの情報や痕跡が残されている可能性があります。』

 施設に戻った直後、シャルが言う。勿論、盗聴対策としてダイレクト通話だ。

『シャルのことだから、とっくに調査してたと思ってたよ。嫌味とかじゃなくて。』
『Webに掲載されたご神体の写真と、足取りを追うのを優先しました。あと、行方不明とは言え、他人の荷物を無断で開封するのを躊躇して。』
『ごく自然な考えだよ。Web管理者の部屋は施錠されたままだよね?』
『はい。流石に無遠慮な連中が多い施設管理者や村の人間も、警察が封鎖している部屋に立ち入るのは遠慮するようです。』

 警察が封鎖している部屋に無断で入ったことが発覚したら、捜査の妨害や証拠隠滅と見なされて逮捕連行される恐れが強い。田舎で警察沙汰は確実に全域に広がり、尾鰭がつく。田舎で何より重視されるのは世間体。四六時中噂話に晒され、警察沙汰になったら村で生きていけないとなる。良い悪いは別として、それが田舎の価値観だ。
 一方で、封鎖されていようが警備が厳重だろうが、外から簡単に侵入できるのがシャル。無論、シャル本人が出向く必要もなく、僕も見せてもらわないと見えない、光学迷彩が施されたヒヒイロカネが床や天井、柱を通り抜け-あるいは同化してー目的の部屋に入って自由自在に出来る。

「少し早いですけど、お昼にしましょう。除雪で疲れたでしょうから、TVでも見てゆっくりしていてください。」
「ありがとう。」
『同時に、Web管理者が滞在していた部屋を捜索します。映像をTVに映します。』
『分かった。何か不信なものがないか、しっかり観察するよ。』

 僕とシャルにも早速尾行がついてきたし、外では僕でも分かるくらい分かりやすいものだった。Web管理者も尾行の存在を知って、Webには掲載されていない、あるいは掲載のしようがない何らかの記録や情報、痕跡を残しているかもしれない。それは後々この村の人に気づかれないよう、分かり難く隠されていても不思議じゃない。
 昼ご飯作りはシャルに任せて、TV画面を注視する。TV画面に床すれすれから見た部屋が映る。もう侵入したのか。隣で盗聴している村の人は、真下や真横をシャルのヒヒイロカネが通過したのに全く気付いていないだろう。僕自身、光学迷彩が施されると全く視認できない。
 TV画面は視線がゆっくり上昇して、ほぼ僕と同じくらいの視線の高さになる。部屋は、ベッドの掛布団などに使っていた痕跡が見受けられるけど、綺麗に使われている。荷物は…、ベッドの傍に置かれている。ボストンバッグと大きめのリュック。僕とシャルは荷物が少ないから、余計に多く見える。

『シャル。荷物は後で調べるとして、先にキッチンとかを見ることは出来る?』
『勿論です。移動します。』

 視線が自然にキッチンの方に移動する。部屋の間取りは、僕とシャルがいる部屋と同じ。ホテルであるような、2つの部屋が壁で線対称になっていて、それが幾つか並ぶ格好なんだろう。キッチン、トイレ、バスルームは、何れも使用したような雰囲気があるけど、綺麗にされている。

『シャル。度々質問して悪いけど、Web管理者はこの部屋に何日滞在していたか分かる?』
『このくらいの負荷の増大は誤差にもなりませんから大丈夫ですよ。質問の回答ですが、Webの記事から4日間と推定されます。』
『ありがとう。かなり短いね…。』
『山道で迷ったなど危険な行動は避けているので、やはり人為的な原因で消息を絶った確率が高いと見ています。』

 シャルの言うとおり、人為的な原因、つまり拉致された確率が高いと僕も思う。尾行していた連中の強引な連行は、シャルなら何らの障害にもならないけど、普通の女性には威圧と恐怖を伴うものだろうし、あの雪では逃げることもままならない。七輪神社に参拝したことでこのまま村から出すわけにはいかないとなって拉致された、と見るのが、今のところ最有力だ。
 そう考えざるを得ない状況証拠は他にもある。僕とシャルを尾行したり盗聴したりと言った動きは初日からあった。だけど、七輪神社の参拝でいきなり表に出てきた。普通、尾行や盗聴は数日かけて行うもの。なのにこの村に来て2日目の僕とシャルが、経路を知らないととても行けない場所にある小さな神社を参拝したら、尾行がいきなり表に出てきた。七輪神社には何か村にとって都合が悪い、もしくは知られては困る重大な事実が隠されていて、余所者が参拝するとその秘密を探りに来たと見なすんだろう。
 その秘密はヒヒイロカネである確率は、微妙なところ。確かに七輪神社のご神体は三付貴神社や銀狼神社のそれと酷似した模様が刻まれているのは確定したけど、それがヒヒイロカネや手配犯に繋がる情報と知る人物はごく限られている。殆どは「何か不可思議なもの」という認識だ。この村も七輪神社のご神体はそんな認識だと思う。
 Web管理者が何を目撃したのかは今のところ分からない。だけど、不鮮明ながらも写っていたご神体が、村の掟に触れると見なされて、僕とシャルに対するのと同じように青年団あたりから尾行要員が送り出され、結局拉致された。そう考えると辻褄が合う状況だ。

『キッチン、トイレ、バスルームに、不審な点や手掛かりになりそうなものはないね。そうなると、やっぱり荷物か。』
『リビングに移動します。』

 視点が一気にリビングに移動する。切り替わったと言っても良いレベルだ。シャルにとってはこの程度の移動なんて造作もない。さて、問題の荷物。手掛かりとして有力なのは日記やメモ帳だけど、Webに記事を掲載しているから、PCやタブレットあたりがあると凄く有力な手掛かりになり得る。

『先に外側から全体をスキャンします。』
『荷物が多いから?』
『それもありますが、若い女性の荷物ですから。』

 荷物の見た目がかなり厳ついから失念していたけど、若い女性の荷物だ。当然下着やその他見られたくないものがあるだろう。事前にシャルに識別してもらうのが良い。それに、迂闊に開封すると、警察が現場検証に来た際に保存状況が違うと感じたら、そこから僕とシャルに嫌疑がかけられる恐れもある。

『タブレットとカメラ、メモ帳があります。これらを詳細に調査して、手掛かりになりそうな記録や内容をTVに表示します。』
『分かった。』

 TV画面が4つに分割されて、そのうち右下を除く3つのエリアにタブレット、カメラ、メモ帳が表示される。左上がタブレット、右上がカメラ、左下がメモ帳だ。タブレットにはWeb記事そのものが保存されている。タブレットの可搬性はノートPCに勝る。カメラも内蔵しているから、その場で撮影してWebに掲載することも出来る。Web管理者は、このタブレットから施設の無線LANに繋いでWebを更新していたと見て間違いないだろう。
 タブレットに保管されているものは、消息不明になる直前の最新記事までで、未掲載のものはない。何処かに下書きや推敲前のものがありそうだけど。あるとしたら、メモ帳か?わざわざメモ帳に記録したものをタブレットに書き写すより、タブレット直接の方が効率が良いと思うけど、カメラと同じく調べてみる。
 カメラのカードに保存されているのは、Web掲載のものと角度や距離を変えたものが複数。カメラで何枚か撮影して、良いものを選んでタブレットに移していたようだ。餅は餅屋と言うか、カメラはやはりカメラの方が良いと考えてのことだろう。かなりマメな、凝り性の性格のようだ。
 保存されている写真に不審なものは見当たらない。七輪神社のご神体が写っているのは、Webに掲載された1枚だけ。それも偶然写り込んだものらしい。これがオオジン村の連中の目に留まり、Web管理者が拉致とかされたなら、不幸としか言いようがない。

『メモ帳に、不審な記述があります。拡大します。』

 メモ帳がTV画面全体に拡大される。走り書きされたらしく、かなり崩れた文字もあるけど、どうにか読める範囲にある。
〇月×1日
オオジン村3日目。やっぱり部屋に置いておいた荷物の置き場が微妙に変わっている。それに、結び目を変えておいた紐が明らかに前の結び目に戻っている。特殊な結び方にしたから戻せなかったんだろう。貴重品に加えて、このメモ帳を持ち出したのは正解だった。
2日目から何か嫌な雰囲気を感じていた。すれ違う人、遠くの人が私を監視しているように感じた。自意識過剰かと思ったけど、ふとスマホでカメラの方向を切り替えて撮影したら、彼方此方から私を監視している様子が写っていた。今までも田舎でこういうことがあったけど、この村は飛びぬけて酷い。
〇月×2日
オオジン村4日目。尾行がついているのが分かった。この施設を出るところからずっとついているらしい。気味が悪くて仕方がない。七輪神社と曽利沢の滝しか行ってないけど、この村にこれ以上いるのは危険だ。明日
 それまでのメモ帳は、見たものや撮影したものの感想や料理の出来栄えを書き連ねるものだけど、直近2日分の日記は明らかに異変を感じさせる。特に、4日目の日記はかなり文字が崩れている。Webではそんな雰囲気を出してなかったけど、内心恐怖に翻弄され、最大限警戒していたらしい。やっぱりWeb管理者に何か重大なことが降りかかった。そしてその犯人は村の人間と見て間違いなさそうだ。

『!そういえばシャル、荷物の中にスマートフォンはない?』
『スマートフォンはどこにもありません。部屋も全域を捜索しましたが、見当たりません。』
『これだけ記録が残っているのに、スマートフォンだけないなんてあり得ない。Web管理者は、この部屋に居たところで呼び出されたか、いきなり踏み込まれたかで拉致された確率が高い。』
『!』

 若い女性はスマートフォンと一体化している感さえある。暇さえあればスマートフォンを見ているを超えて、常時スマートフォンを見ていると言っても過言じゃない。このWeb管理者はそこまで極端じゃないようだけど、個人情報の塊に等しいスマートフォンを手放すことはまずありえない。実際、日記にはスマートフォンで監視の様子を撮影したとある。
 一方で、七輪神社を撮影した、しかもご神体が不鮮明ながらも写っている写真が入っているカメラや、Web記事そのものが入っているタブレット、そしてこの日記を兼ねたメモ帳は荷物の中にあるのに、スマートフォンだけがない。あまりにも不自然だ。ここから考えられる状況は、Web管理者がこの部屋に戻ってきて、メモ帳に走り書きしていたところに呼び出されたか、鍵を開けて人が入ってきたかで拉致されたということ。突然のことだったらメモ帳を荷物にしまう余裕もないだろうから、恐らく前者がより真相に近いと思う。
 その推測が的外れじゃない状況証拠は揃っている。未使用の筈の隣の部屋に、村の人間が入って盗聴していること。今朝から早速尾行が始まっていたこと。この村は何かある。それも相当危険な何かが。この旅の最初に訪れたオクシラブ町では人狩りが行われていたけど、それに近い、否、上回る何かがあると思わずにはいられない。

『シャル。僕とシャルを尾行していた2人から何か情報は得られた?』
『ひととおり情報を絞り出しました。残念ながらWeb管理者の尾行担当ではなかったようで、直接は知らないとのことです。』
『直接は知らないってことは、誰かから聞いてはいる?』
『はい。若い女性を別の担当が捕らえたと聞いたそうです。身なりや特徴は聞いていないようですが、その話を聞いたのが1週間ほど前ということから、件のWeb管理者である確率は濃厚です。』
『まずいな…。警察に通報しても、今の状況じゃ相手にされないだろうし、逆に僕とシャルに疑いがかけられる恐れがある。どうしてそんなことを知っているのか、って。』
『国営ヤクザが絡んできても、その場で二階級特進の条件を付与するだけです。』
『その後が大変になるから、出来るだけ警察との直接対決は避けよう。この方法はあまり気が進まないけど…。』

 僕は事態を打開するため、ある方法を提案する。シャルはそのつもりだったようで、即答でそう答えてOKする。人口の割に物凄く広い村の何処かに監禁されている確率が高いWeb管理者の居場所を知るには、この村の人間を使うのが一番だ。少なからず警戒心を解くことも出来るだろうし、何かあっても切り捨てれば良い。

「お昼ご飯が出来ましたよ。」

 唐突に話題とシャルの声が聞こえる方法が変わる。エプロン姿のシャルはトレイに乗せた昼ご飯を運んでくる。パスタと小ぶりながら肉厚のステーキ、キノコのスープに紅茶と豪華メニューだ。慣れない除雪で腹が減っていたから、ボリュームがある昼御飯はありがたい。
 量からして結構な重さだろうに、シャルは平気な顔でトレイを片手で持って2人分運んできた。シャルは見た目華奢な若い女性そのものだけど、その気になれば熊も片手でねじ伏せられる腕力なんだよな。七輪神社で僕とシャルに絡んできた男2人もシャルに片手で投げ飛ばされたし。

「これだけの料理、よく1人で作れるね。」
「レシピはたくさん公開されていますし、その中から最も理に適って効率的にできるものを抽出すれば、あとは段取りとキッチンスペースのやりくりです。」
「どれが最適なレシピかなんて、普通はある程度経験がないと分からないよ。…うん、凄く美味しい。」
「美味しいかどうかがレシピ選択における最重要項目です。効率だけで選んでいるわけではありませんよ。」

 ステーキは昨日運び込んだジビエの1つ、鹿肉だという。まったく臭みがなくて、食べやすい柔らかさだ。パスタ料理は、僕はよく分からなかったけどペペロンチーノというもの。凄くシンプルだけど、その分料理する人の腕が一目瞭然で出る料理の1つ。こちらもパスタの硬さから味まで見事に調和したものになっている。

「午後はどうする?」
「雪がまた降ってきましたから、此処に居ましょう。」

 窓を見ると、レースのカーテンの向こうがどんよりと暗くて、雪雲が覆っていることが分かる。七輪神社へ行く際にあれだけ除雪したのにまた降って来るのかと思うと、もう1回参拝に行くわけでもない僕でもげんなりする。この鬱陶しいほどの雪の多さだけは、この村に同意せざるを得ない。
 Web管理者が幽閉されているところを特定するのは、もう少し時間がかかるだろうし、この村はやけに神社が多いことを除くと、めぼしい観光スポットがない。シャルはそういうものを無暗に求めるタイプじゃないし、何しろこの雪の中を彷徨うのは制約が多い。自己完結型の宿だから清掃が入ることもないし、待機期間中は空調が24時間体制で効いているこの部屋に籠っているのが賢明だろう。

「退屈しない?」
「全然。」

 シャルが良いと言うならこの部屋で時を待とう。うまくWeb管理者に関する情報が入ると良いけど…。
 暖かさを保つ空調の音が微かに流れるだけの部屋。そこで僕とシャルの吐息と、シャルの小さな嬌声が不規則に出ては消える。昼ご飯と後片付け-勿論僕が担当-した後、部屋で昼寝でもするかなと思っていたら、シャルにベッドに押し倒されて、その流れでいちゃついている。
 まだ昼間だから行くところまでは行っていないけど、双方上の服ははだけている。ニットを自分で脱いだシャルは、ブラウスは完全にはだけてブラは上にたくし上がって、2つの立派な双丘が露出している。明るいところで見るシャルの胸は何故か凄く扇情的に映る。

「もっとして…。」

 頬をほんのり赤く染めて懇願するような表情で、しかも甘く澄んだ声で言うのは反則だ。こちらとしては願ったり叶ったりだけど。シャルが言うには、昼間はヒヒイロカネの捜索や情報・戦略の検討などでスキンシップの時間が滅多にないから、こういう時間を持ちたかったそうだ。夜が不満なのかと思ったけど、それは全くないとシャルが断言していた。
 シャルの豊かな胸の片方の先端を口に含む。シャルが嬌声を上げて反射的に少し背中を反らして僕の頭を抱く。先端を入念に唇と舌で堪能して、口を離してもう片方の先端へ。荒い呼吸をしていたシャルが再び嬌声を上げて、少し緩めていた僕の頭の拘束を強める。今日のいちゃつきでも何度かしているけど、この反応が特別可愛い。

「これって、何時までして良いの?」
「今日いっぱい…。」

 先端から口を離して、シャルの耳元に口が届くように、シャルに覆い被さるように身体を低くして囁き声で聞くと、囁き声で答えが返ってきた。例の2人組を動かして情報を得るまでの2、3時間かと思ったら、結構長い。大丈夫だろうか。

「あいつらを徹底的に使役して、情報を収集します。だから、今は私に集中して…。」
「そうする。」

 シャルに自由意思を剥奪された2人組は、豪雪の中、情報収集に勤しんでいる。シャルの諜報部隊ならもっと早く済むであろうところを、敢えて人間にさせているのは、懲罰もあるし、この時間を確保するためだろう。今日いっぱいだと、晩御飯や入浴を挟んでシャルとひたすらいちゃつくことになるな。それはそれで良いんだけど。