謎町紀行

第30章 町や人を狂わせる車優先と企業序列

written by Moonstone

 事故が間近であったのに、どの車も躊躇なくスピードを出している。今時のカーナビは道路情報が頻繁に入るから、さっきの事故も分かるだろう。なのにこんなスピードを出して、事故現場を避けられるんだろうか?車間距離を詰めるのが善、スピードを出すのが常識という状況下で、車線変更は難しい筈なのに。
 クラクションの嵐が吹き荒れる中、シャルは巧みに車線変更してココヨ高速道路に入る。料金所は全部ETCだけど、減速しているのか疑問なくらいスピードが出ている。シャルはきちんと減速するけど、当然のようにクラクションが鳴らされる。料金所でも衝突・追突は日常茶飯事なんだろう。
 ココヨ高速はカーレースかと思うような状況だ。幸いシャル本体は加速減速が物凄くスムーズだからまだしも、都市高速ならではの蛇行が多い道路を、100km以上のスピードで突っ走っている。しかも車間距離はやたらと狭い。車間距離を開けることは有害という認識なんだろうか。
 ココヨ高速はやや複雑な構成だ。複数のジャンクションがあって、それが東西南北に走る高速道路との出入り口になっている。また、環状の部分と十字を描く部分に大別されて、それらがジャンクションで繋がっている。一見便利そうだけど、インターチェンジは入り口専用のところと出口専用のところがあって、入り口専用は右側車線から、出口専用は左側車線からそれぞれ出入りする構成になっている。
 右側からの侵入は高速道路では馴染みがない。しかも2車線あったら右側車線は追い越し車線だから、車のスピードは高めだ。しかも此処はココヨ高速。合流はタイミングを見極めないと難しい。シャルは一瞬の隙を突くように合流したけど、後続の車は上手く合流できなかったようだ。激しいクラクションが物語っている。
 シャルが制御しているからカーブ走行時に身体が左右に揺れることもないけど、僕じゃ難しい。インターチェンジから車が流れ込んで来ることで、右側車線の車がいきなり割り込んで来たり、それ以外でも車線を頻繁に変える車が多かったりと、運転席に居るだけでも神経が擦り減って行く。交通戦争という表現がこれほどピッタリ当てはまる道路は初めてだ。

「シャル。制御で負担が増えてない?」
「全く問題ありません。」
「この状況に囲まれてみて、シャルが運転を担当するのは正解だとしか言いようがないよ。」
「土地勘も勿論ですが、このスピードと車間距離を確保しながら安定した精神状態で運転するのをヒロキさんに求めるのは厳しいと判断しました。万一事故になっても私の本体には何ら影響はありませんが、ヒロキさんが私に罪悪感を抱くことが考えられます。ヒロキさんの思考はヒヒイロカネ捜索に向けられるものであって、移動の運転に必要以上に消費される者ではありません。」
「シャルがアシストしてくれても、この状況下で事故を起こさないとは言い切れないからね…。」
「こちらが幾ら安全運転をしていても、他の車はそうとは限りません。ヒロキさんがわざわざ不慣れな状況下で無用なリスクを背負う必要はありません。」

 HUDの表示では、スピードは120kmを保っている。これでもこの道路では制限速度だというのが驚きだけど、後ろからは続々と車が迫って来て、クラクションを鳴らしながら右車線に移動する。一方でその右車線のスピードに対応しきれなくて後方からこれまた激しくクラクションを鳴らされて、急いで左車線に戻る車も結構いる。
 車の数が多い上に、スピードを出して車間距離を詰める。その上クラクションが絶え間なく鳴っている。これじゃ事故の確率は跳ね上がる。都市高速だからそう簡単に車線の拡張は出来ないだろうし、常に事故のリスクを抱えながら走らないといけないだろう。車線を拡張するのは困難でも、車間距離を開けるのとスピードを落とすのは今でも十分出来ることなのに。

「ココヨ市では、スピードを出して車間距離を詰めることが運転が上手い証拠と認識されています。より多くの車が高速で移動できる、ということで。」
「自動車学校の講習と正反対だよ。運転してるうちにそういう感覚に染まってくのかな…。」
「そうだと思います。ココヨ市と近隣自治体の自動車学校の講習内容を比較しましたが、ココヨ市だけ異なる点は見られませんでしたから。」

 まさに「朱に交われば赤くなる」だ。ココヨ市を含むA県が戴冠する、30年連続で交通事故件数と死者数がワースト1の不名誉は、到底辞退できそうにない。

「ちなみに、ヒロキさんは車に詳しい方ですか?エンブレムと車体でメーカーと車種が即座に分かるくらいとか。」
「エンブレムでどのメーカーかくらいは分かるけど、車種はメジャーなものしか分からないよ。」
「エンブレムでメーカーが識別できるなら、後ろから追い越していく車が何故クラクションを激しく鳴らすのか分かると思います。」

 HUDに後方の様子が表示される。一応僕が運転している体だから、後ろを向くのはまずいという判断だろう。続々と迫って来る車のエンブレムは…、「H」と「D」を合わせたようなロゴ。ホーデンか。ココヨ高速に乗る前にシャルが派手な横転に追い込んだ車もホーデンだったな。
 暫く観察していると、ホーデンの車は兎に角後方に迫って来て距離を詰めてクラクションを鳴らし、それでもスピードを出さない−120km出てれば十分だろうに−と見て痺れを切らして、捨て台詞代わりにクラクションを乱雑に鳴らして右車線に移って行く。これが繰り返される中、車がホーデンのものばかりだと気づく。

「全部、ホーデンの車?」
「そうです。昨日でしたか、『車の町と言われるのは、自動車の生産数や関連企業の多さが理由ではない』と言ったと思いますが、それが今、私本体への態度となって表れています。端的に言えば、ココヨ市を含むA県では、ホーデンを頂点とする自動車メーカーと車種に序列があるんです。」

 シャルの説明を踏まえると、これまでの、そして今の状況が理解できる。ホーデンの車じゃない上に安価な部類のコンパクトカーは、ホーデンを頂点とする序列だとかなりの下位なんだろう。だから「ホーデンの車じゃない癖にホーデンの城下町を呑気に走るな」とばかりに煽ってクラクションを鳴らすんだ。
 シャルの説明では、ココヨ市を含むA県では、自動車メーカーではホーデンを頂点としてそれ以外のメーカーが販売台数×経常利益で、車種では価格帯で序列がある。ホーデンの高級セダンは序列1位で、他社の軽自動車は最下層。だからシャル本体はかなり下層の車と見なされている。
 高速料金とかで差はないけど−出たら大問題だ−、走行中に煽られることは常態化している。煽られたことでトラブルや事故になっても、警察はまともに捜査しない。保険会社も場所がA県で相手がホーデンだと及び腰になる。ホーデンの車じゃないと万一の時に不利になる。だから余計にホーデンの車に乗る人が調子に乗る。
 特に、ホーデンの高級セダンと高級ワゴンは滅茶苦茶な運転をするという悪評が定着している。僕が住んでいたところでもホーデンのワゴンはあまり評判が良くなかったけど、A県では「ホーデンの高級セダンと高級ワゴンは殺人許可証を持っていると思え」とさえ言われるくらいだという。
 なのにホーデンの車がシェアNo.1というのが解せないけど、それはホーデンを頂点とする企業の序列がある。周辺機構−駆動機構や制御ソフトなどを作る関連企業が第2位で、その1次下請けが3位、といった具合で、それらの企業ではホーデンの車以外は駐車場にも入れない。業者や訪問客も例外じゃない。
 ホーデンは日本トップの自動車メーカーであり、日本の株価を代表するとされる日経平均株価の1銘柄でもある。だから、悪評が定着しても関連企業や下請け、果ては出入りの業者までA県ではホーデンの車に乗らざるを得ない状況がある。だったらせめて運転をどうにかすれば良いのに、「朱に交われば赤くなる」か。

「企業城下町のなれの果てというか…。警察や保険会社の体たらくも酷いね。」
「保険会社の大手はホーデンが大株主のところがあって、ホーデンと関連企業はそこと契約することが事実上義務付けられています。間接的な癒着ですね。警察は警察でA県の潤沢な財政を支えるホーデン系列を刺激したくないんでしょう。一般だと警備員、幹部だと非常勤役員という退職後の保障もありますから、こちらも間接的な癒着ですね。」
「何だか結果が見えてるけど、ココヨ市の市議会やA県の県議会はどうなってるの?」
「勿論ホーデンの癒着を批判する政党や議員もいますが、多くは企業労組出身あるいは経済団体発の議員です。批判は経済活動に水を指すとされ、まともに相手にされません。」

 此処でも議員や議会の駄目っぷりが悪行や悪法を容認する背景がある。企業労組の議員は労働者目線というより、将来の幹部への登竜門と位置付けられている労組から出て来るから、企業の利益を優先する傾向が強い。経済団体発の議員は言うまでもない。それらが企業・団体選挙で票を固めて議員になって、議会で多数派を占める。日本の悪しき風習の1つだ。
 シャルは一定のスピードを保ってココヨ高速を疾走する。絶え間なく続く後方からの接近とクラクションの嵐をものともしない。もし追突されたりしても全身ヒヒイロカネのシャルはびくともしないだろうし、それ以前にミサイルとかで撃破するか、操作系に干渉して防音壁に突っ込ませるかするだろう。…他の車の方を心配すべきか?
 シャルはココヨ埠頭インターで降りる。続いて降りた車は幸いにして居ない。料金所を通過して大通りに入り、最寄りのタワーパーキングに入る。インターからタワーパーキングまでに見えた風景は、埠頭だけにタンカーやコンテナ船が停泊していて、コンビナートが林立する無機質なものだった。なのにこんな大きなタワーパーキングがあるなんて。
 タワーパーキングは意外に先客が多い。シャルは躊躇なく上階へ移動していく。恐らく戦闘ヘリか何かを飛ばしてタワーパーキングの空き状況を把握して、止めやすくて出やすい場所を決めてるんだろう。駐車場の出入りは意外に時間がかかるし、シャルの手際の良さには改めて感心させられる。

「コンビナートが集まる工業港なのに、こんな大きなタワーパーキングがあるなんて。」
「最近−3年ほど前までは確かにコンビナートや関連船舶のための埠頭でした。近年、様変わりして車を受け入れる体勢が必要になったんです。」

 エレベーターから外に出ると、場違いな光景が広がる。…遊園地?色とりどりの壁とその1点を穿つ巨大なゲート。これまた色とりどりの風船が海風に揺られている。その傍らに窓口があって、数名の人が居る。

「遊園地が出来たんだ。」
「はい。観光客誘致のためだとされています。」
「観光客はどっちかというと電車で来るんじゃ?遠いところから来る人ほど。」
「そのとおりです。新幹線やリニア高速が停車する総合駅から直通の路線があります。」

 窓口に向かい、チケットを買って中に入る。彩色が派手な乗り物が幾つもある。乗り物の種類はコーヒーカップやメリーゴーランドとかよくあるタイプ。シャルは観覧車に乗りたいと言う。観覧車は遊園地の目玉の1つ。奥の方にあるのは、それまでに他の乗り物に乗らせようということだろうか。
 それほど混雑してないから、観覧車もさほど待たずに乗れる。シャルと向かい合わせに座って、ゆっくり上昇していく観覧車からの景色を見る。シャルが徐に立ち上がって僕の隣に座る。詰めれば何とか大人2人が座れるほどの幅だから、シャルと必然的に密着する。

「えっと…。どうして僕の隣に?」
「こうした方がスマートフォンの画面を共有しやすいですし、観覧車は密着するための場所だと。」
「どこでそういう情報を…。」
「それより、これを見てください。」

 シャルはスマートフォンを取り出して画面を見せる。スマートフォンを2人の中央あたりに出すだけでも、シャルが身体を寄せるから、その分密着の度合いが強まる。凄く柔らかい。
 スマートフォンの画面に意識的に視線を向ける。これは…ココヨ市の地図か?地図には違いないけど違和感があるのは、道路地図だからか。太いものから細いものまで毛細血管のように張り巡らされた道路網が、青から赤までカラフルに彩られている。その色は刻一刻と変化している。リアルタイム情報か?

「はい。早期警戒機を飛ばして、そこからの情報でリアルタイム更新するようにプログラミングしました。」
「プログラミングしたってことは、これはシャルオリジナルのアプリ?」
「はい。スマートフォンのメモリマップ(註:マイコンやPCにおける記憶領域のデータなどの配置情報)や命令コードを解析して、ひととおり使える状態にしました。」

 高度な人格OSならではの、創造的で卓越した機能、否、能力だ。スマートフォンのアプリと簡単に言うけど、そう簡単に出来るもんじゃない。そもそも今のこの世界の車に搭載されているAIなんて、AIという看板だけ。実際は音声認識で所定の機能を選択して実行・終了や操作をするだけだ。自ら考えて創造するなんて全く出来てない。
 色は交通量に対応していて、青が最も少なく、赤が最も多い、すなわち渋滞していることを示しているそうだ。その上で道路情報を見ると、赤の部分が随所にある。道路のところどころに黒くなって変化しない部分がある。この部分は通行止めを意味する。理由は表示を拡大してその部分をタップするとポップアップで表示される。
 通行止めの理由は全て事故。特にココヨ高速と幹線国道の彼方此方で発生している。事故情報を早期に把握して迂回しないと、逃げ口がインターチェンジに限られる高速道路は一度渋滞にはまると脱出が難しい。シャルはこのアプリを作って道路情報を早期に入手して、渋滞を避けてスムーズに移動できるルートを算定していたんだ。

「凄いね。このアプリは売ったらベストセラーになるよ。」
「早期警戒機からの情報はこのスマートフォンでしか受信できないように、スマートフォン自体を改造してあるんです。」
「そんなことも出来るんだ。何時の間に…。」
「車は私本体ですから、何でも出来ますよ。道路情報はココヨ市での滞在と移動に必須なので、私本体にも同様に転送するようにしました。」

 シャル本体はマスターと呼ばれるあの老人によって、全面ヒヒイロカネで刷新されている。見た目にはよく見かけるコンパクトカーだけど、その機能をシャル自身が適時更新したり追加したりも出来る。リアルタイムで、しかも細部の道路まで詳細に分かりやすく表示できる道路情報の転送と表示は、シャル本体のオリジナル機能だ。
 シャル本体はこれまでの旅で何度も戦闘機や輸送機を飛ばしている。先のナチウラ市では早期警戒機にイージス艦や潜水艦も加わった。多分、戦車とかも簡単に創造できるだろう。サイズがミニチュアであることを除けば、破壊力や殺傷力は通常の軍隊となんら変わらない。その気になれば1つの都道府県、否、国を制圧できるだろう。

「この新作アプリを見せるってことは、こういう機能が必要ってこと?」
「聡いですね。ココヨ市の道路事情は予想以上に劣悪です。徒歩や交通機関での移動でもこのアプリで道路状況を把握しないと、渋滞や事故に巻き込まれる恐れがあると判断しました。」
「確かに、事故渋滞が彼方此方で起こってるね。幹線道路でもお構いなしに。」
「移動中にも触れましたが、ココヨ市ではホーデン社を頂点とする自動車メーカーと車種の序列が存在します。警察は大してあてになりません。勿論事故になる前に相手車両にミサイルを撃ち込んで粉砕することは出来ますが、あくまで最終手段です。極力事故を避ける自衛策が必要です。」

 シャルが絞り込んだ候補地を巡ってのヒヒイロカネの捜索は勿論大変だけど、それ以上に候補地の事情が理解し難い。ヒヒイロカネが入り込んだことで狂ったのか、元々狂っているからヒヒイロカネが潜りこむ余地があったのか分からないけど、ココヨ市も大概狂ってる。警察も事実上抱き込まれているから、「外様」の僕とシャルには不利だ。
 シャルが言うとおり、相手の車を制御不能にしたり、ミサイルを撃ち込んで木っ端微塵にすることは造作もない。だけど、交通量が多いココヨ市の道路でそれをしたら、後続車が巻き込まれる恐れがある。最終手段と位置付けておいて、「事故に遭わない」「事故に巻き込まれない」を念頭に行動するのが賢明だ。
 このアプリを応用してヒヒイロカネの探索が出来れば効率は凄くアップするけど、シャルが言うには早期警戒機のレーダーでは距離が遠過ぎて検出できないそうだ。あの巨体を誇ったクロヌシでさえ、海岸に姿を現したことでようやく検出できたくらいだ。上空高くを飛ぶ早期警戒機にそこまで求めるのは無理な話だ。
 交通戦争そのもののココヨ市の道路情報をリアルタイムで把握できるのは、ココヨ市での滞在や移動では重要だ。鉄道はまだしも、バスやタクシーといった車の類は道路状況の影響が直撃する。シャル本体も勿論。万一の事故でも警察があてにならないというし、このアプリでトラブルの要因を回避するのが賢明だ。

「この埠頭にはヒヒイロカネはありそう?」
「アプリの情報源である早期警戒機とは別に戦闘ヘリを何機か飛ばしましたけど、今のところ反応はありません。」
「負荷の増大はどう?」
「誤差にもならない範囲です。」
「折角の機能だから、シャルの負担が大きくならないなら、このアプリにヒヒイロカネの表示機能を加えてみて。」
「ノイズ対策で探索・表示範囲が絞られますけど、それは十分可能です。」

 シャルがスマートフォンを少しの間固定すると、画面の左上にメニューボタンが追加される。シャルに促されて試しに押してみる。それまで性質上常に複数の色が蠢いているようで若干気色悪かった道路地図が、一転して何ら動きのない普通の地図になる。このボタンで直ぐ切り替わるんだな。凄く分かりやすい。

「直ぐ機能の追加が出来るんだね。」
「このくらいは大した処理じゃないので。」
「これが出来るから、シャルは凄いんだよ。」
「そ、そうですか…。」

 !シャルが頬を赤くした。こんなシャルを見るのは初めてだ。何だか凄く新鮮だし、凄く可愛い。元々アイドルを凌駕する容貌だけど、どちらかというと冷静沈着というイメージがある。意図したわけじゃないけど、こういう反応を見せるならもっと積極的に褒めた方が良いな…。
 残念ながらココヨ港ではヒヒイロカネの反応は検出できなかった。次の目的地はココヨ国際空港。ココヨ港からはココヨ高速からタチ半島自動車道経由で行ける。ココヨ国際空港は、今時というか、埋立地に造られている。ココヨ高速とタチ半島自動車道を繋ぐココヨ南ジャンクションからは一直線だ。
 此処も車が競い合うようにスピードを出している。各地からの高速バスも、知る限りA県のものは他の車と張り合っている。後方から煽られてクラクションを鳴らされて追い抜かれるのは、他県からの高速バスと、僕とシャルのようにスピード競争に乗らずに走る車。決して鈍足じゃなくて制限速度の100kmは十分出ているんだけど。
 タチ半島自動車道はココヨ国際空港に近づくにつれて海沿いを走る。そのせいか横風がきつい。シャルは重心を自動制御できるそうで全く影響ないけど、バスやワゴンといった車高が高い車は左右に揺れているのが時々見られる。そんな中でもスピードを出すのが理解できない。

「ココヨ国際空港に通じる道路が他にあれば良いけど、事故が起こったら一大事だね。」
「残念ながら、この道路以外はターミナルに乗り入れる私鉄のみです。事故が起これば渋滞発生ですし、それは月1回ペースで発生しています。」
「1つの経路で月1回の事故って…。」

 カーレースと勘違いしそうな窓の外の様子を見れば、月1回で済んでいる方が奇跡かもしれない。こうしている間にも、次々と後ろから車が接近してきて、けたたましくクラクションを鳴らした後、追い越し車線に入って走り去っていく。スピードを出して車間距離を詰めるのが運転が上手いって、どういう理屈か未だに理解できない。
 幸い、事故に巻き込まれることなく、海を渡って巨大な駐車場に流れ込む。地上8階地下2階という、ココヨ市の都心でも見ないような巨大立体駐車場だ。駐車券システムだから必然的に車は一時停止する…んだけど、此処でも後方からひっきりなしにクラクションが鳴らされる。どれだけせっかちなんだ?
 駐車場はクラクションがこだまして五月蠅いことこの上ない。シャルが遮音機能を強化しているから「鳴っている」ことは分かるレベルまで減衰しているけど−外の音が完全に聞こえないと運転は危険−、四方八方でクラクションが鳴らされているのが分かる。駐車場で80kmとか100kmとか出せってことか?

「駐車場の空きスペースとルートは捜索済みですから、安心してください。」
「駐車場でスピードを出せるわけないのに、事故になったらどうするんだろう?」
「そんなことを考えられるほど知能があったら、こうはなりませんよ。」
「ごもっとも。」

 シャルは広大な駐車場を脇目も振らずに移動して、地上6階の一角に入る。このあたりはかなり閑散としている。空港ターミナルとの移動には多少時間がかかるだろうけど、車が少ない分移動は安全だ。それに、時間がかかると言っても何十分も何時間も増えるものでもない。
 シャル本体から出て、エレベーターへ向かう。シャルが此処まで来たのは、エレベーターが凄く近いからだろうか。横断歩道を渡ったら直ぐのところにある。そういえば…、此処に限らず、横断歩道があるところに信号がある。周囲が騒々しくてよく見てなかったけど、信号がある駐車場なんて初めて見る。

「信号機があるってことは、それだけ歩行者無視で暴走する車が居るってことかな。」
「そのとおりです。ココヨ市では道路以外に駐車場での人身事故も頻発しています。此処ではそれを見越して信号機が設置されました。」

 シャルがスマートフォンで空港のWebを開く。「セキュリティ」の項目に「当空港では、歩行者の安全のため、駐車場の随所に信号機を設置しています。」とある。根本的なところでずれているとしか思えない。駐車場は人が多く歩くし、車の陰から飛び出して来る危険があるから徐行が大原則の筈。何処までも車優先なんだな。

「常識って言葉で片付けるのは好きじゃないけど、ココヨ市は車関係については常識が狂ってるね…。」
「ホーデン社を頂点とする歪な企業ピラミッド社会のなせる業です。」
「事故に巻き込まれないように注意しないといけないね。」
「突っ込んできたところで、強制停止の上でバラバラになるだけですよ。」

 駐車場で車が爆発したら物凄い騒ぎになるから避けたいところだけど、実際に車が突っ込んできたらそうも言ってられないだろう。車がスピードを控えることを期待するしかない。エレベーターに乗り込んで、2階で降りる。シャルが言うには、私鉄が乗り入れる駅や高速バスターミナルは1階にあって、空港ターミナルは2階にあるそうだ。
 ロビーは流石に国際空港というだけあって、凄く広い。1階とを結ぶエスカレーターが片側5本。中央にインフォメーションセンターがあって、僕とシャルが出て来た通用口の他、レンタカー会社やWiFiルータレンタル会社、免税店がロビーを取り巻くように軒を連ねている。

「あのエスカレーターに乗りましょう。」

 シャルは僕の手を取って、前方のエスカレーターを指差す。緩やかに傾斜したエスカレーターは、多くの人を乗せている。見たところ手ぶらの人が多いのは、手荷物を預けた人なんだろうか。

『あの方向にヒヒイロカネの反応があった?』
『いえ。単に行ってみたいだけです。』
『そういえば、こっちの世界の空港は初めてだったね。』

 どうやらシャルは、ヒヒイロカネ捜索よりまず空港散策をしたいようだ。ヒヒイロカネはシャルが改造したスマートフォンで検出できるし、シャルにこの世界を見せて案内するのも僕の役目だ。この世界に何があるか知らないことには、シャルも戸惑うことがあるだろうし、何よりシャルはヒヒイロカネ探索だけのために今此処に居るわけじゃない。
 エスカレーターに乗り込む。このエスカレーターは歩いて登るのを避けるためか、人1人分+αくらいの幅しかない。別途フラットなタイプ、シャルを先に乗せる。レディファーストというより、シャルの後ろ姿を見せたくないから。シャルは好みらしいカジュアルな服でパンツルックだけど、その分下半身のラインが…。
 3階は僕が予想していたものじゃなかった。飲食店街+物産展だった。レンガ造りの回廊に様々な飲食店が詰まっている。物産展も、北から南まで様々。空港に来たという感覚がなくなってくる。近くにフロアマップと解説がある。
 レンガ造りなのは、空港がある地域がかつてレンガ造りで有名だったことと、レンガ造りの街並みが今も残っていることに由来する。地元へのアピールといったところか。飲食店街は国際色豊かで、選ぶのに不自由しない。まだ昼食には早いけど、休憩がてら覗いてみたい。

「シャルは、何か試してみたい食べ物とかある?」
「ピザというものを食べてみたいです。」

 シャルは、フロアマップの一角を指差す。イタリア料理店だ。そういえば、実質ホテル暮らしだから朝食は様々でも、ピザはお目にかかったことがない。僕もシャルが人型を取り始めてからピザを食べた記憶はない。丁度良い機会だ。

「早速行ってみよう。」
「はい。」

 シャルと手を繋いでイタリア料理店に向かう。そこそこ人はいるが、待つには至らない。2人席に案内されて向かい合って座る。店に入ってから席に着くまで、否、席に着いてからもシャルに視線が向けられているのが分かる。金髪はまだしも、アイドル真っ青の容貌にグラドル顔負けのスタイルだからな。
 当のシャルは相変わらず全く意に介さずにメニューを選んでいる。イタリア料理店だからメニューはピザに限らない。売りの1つがピザらしいけど、僕には正直ピザの違いが良く分からない。シャルが一番食べたいものを選んでもらえば良いかな。昼ご飯を兼ねるとしてもピザは腹が膨れるし。
 少しして、シャルは「トマトとオニオンたっぷりのピザ」を選ぶ。メニューはイタリア語らしい文言と共に英語と日本語で分かりやすく記載されている。英語も併記されているのは、国際空港という場所柄だろうか。飲み物には揃ってアイスティーを選んで注文する。

「紅茶があるのは良いですね。」
「ホテルの朝食は何故かコーヒーかジュースだからね。ピザのサイズはSで良かった?」
「ピザを食べるのが目的なので、量は最小で十分です。」

 シャルは他にも食べてみたいのか、メニューを見ている。幸い資金面は問題ないし、人型を取るシャルが食べてみたいものを食べるのが一番良い。そもそも車の状態で此処まで来たら、テロみたいなもんだ。シャルは待ち遠しくてならない様子。こういう表情もまた良い。

「他に食べてみたいものってある?」
「最も興味を持ったピザを選んだんですが、他にも色々あるので目移りしてしまいます。」
「昼ご飯にはちょっと早い時間だけど、それを気にしないなら他のピザも食べてみる?」
「うーん…。注文したものの量を勘案して決めます。」

 シャルとしては珍しい類の反応だ。かなり試したいメニューがあるらしい。ホテルの朝食は割と似たり寄ったりなところがあるし、夕食は夕食で気軽に食べるという感じじゃなくなる。シャルも折角人型を取ってるんだし、色々食べてみたい食べ物があるだろう。それを咎めたりする理由はない。
 むしろ、シャルが人型を取っていることで、僕はこうした洒落たイタリア料理店に入ることが出来る。何故かイタリア料理店はカップル若しくは女性同士で入るものという雰囲気がある。実際、この店の客をざっと見た限りでも、カップルが7割、女性だけの客が3割といったところ。男性だけの客は1人も居ない。
 イタリア料理自体は特別女性向けを意識しているとは思えないけど−そんなことをしてたらイタリアの男性は居心地が悪くて仕方ない−、こと日本ではどうもイタリア料理=カップルか女性向けという印象。それはどうでも良いけど、男性1人で入り辛い雰囲気はどうにかならないものか。

『そういえば、ヒヒイロカネの反応は検出できる?』
『勿論システムは稼働していますが、今のところ反応はありません。』
『そんなに都合良く検出できるって考えない方が良いか。』
『意外なところで検出できるかもしれませんから、システムは稼働を継続します。』
『うん。頼むよ。』

 流石に空港内の飲食店街にヒヒイロカネを忍ばせた人とかが都合良くうろついているわけはないか。だけど、この前のナチウラ市のように唐突に発見に至る場合もある。どういう形で潜んでいたり隠されていたりするか分からないから、シャルが開発した検出システムで捜索を続けるのが最善の手だろう。
 検出システムが建物の中だとどうなるのか、ふと気になってシャルに見せてもらう。スマートフォンの画面には、今居る店を中心とした飲食店街のマップが映し出されている。これだけでも結構驚きだけど、青い点が幾つもあって、あるものは止まっていて、あるものは移動している。屋内の人の動きも鮮明に捉えてリアルタイム更新しているのが分かる。

「屋内のマップも出せるんだ。」
「複雑な建物や構内を移動するためにも使えるようにしました。」
「拡大とかも…出来るね。」
「基本的な操作は他のアプリに準拠しましたから、操作を迷うこともありません。」
「地味なことだけど、操作性って凄く大事だからね。」

 操作性が斬新なのは絶賛されるか酷評されるかの二択になる危険性がある。反応が遅いとか直感で操作できないとかは「最悪」の烙印を押される。スマートフォンのアプリの操作は、キーがない分かなり絞られて来るから、慣れた操作できびきび動くのが重要だ。シャル製のアプリは操作性と画面描画速度の点で満点だ。
 建物の中でも機能するのは他にはなかなかない機能だ。屋外はGPSがあるから高精度で表示できるのが当たり前の感があるけど、屋内はそうはいかない。一部の公共施設だとLAN経由で表示できる場合はあるけど、頻繁な工事で中身が変わるのは珍しくないし、それがマップに反映されることがない場合もある。
 シャル製アプリは、拡大して分かったことだけど、座席や調度品まで表示できる。一体どんな仕組みなのか分からないけど、視野角を変えるとその角度に応じて見え方が変わる。少し操作して軽く見まわすと、見えるものとまったく同じ風景が表示されていることが分かる。これって凄い。

「こんなことまで出来るんだ。」
「私ならではの特殊機能です。」
『上空からだけではなく、複数の戦闘ヘリが遊園地から継続して飛んでいます。そこからのカメラ画像からリアルタイム演算しています。』
『戦闘ヘリが居るなんて全然気づかなかったよ。』
『車が居ないところまで徒歩で移動するのが危険な状況なので、戦闘ヘリを飛ばすことにしたんです。屋内でもよりヒヒイロカネの検出精度を上げるためでもあります。』

 確かにこの機能はシャルならではだ。戦闘ヘリは複数いるというけど、全く音がしないし姿も見えないから、何処に居るか分からない。シャル製の戦闘ヘリは攻撃力の高さも特筆すべきところ。オクラシブ町からその機動力や攻撃力を何度も見せつけているから、万が一の事態でも安心だ。
 ピザとアイスティーが運ばれて来た。ピザはまずシャルに食べてもらう。シャルは食べ方自体は知っているようで−情報検索と分析はシャルの得意分野−、1切れを手に取って、尖った部分を口に運ぶ。一口分噛み切って咀嚼して飲み込む。その間、表情が微妙に、しかもめまぐるしく変化する。

「…チーズとトマトの味が融合してますね。オニオンは食感を高めるためのものという感じです。」
「シャルが好きなタイプの味?」
「はい。これは温かいうちに食べた方が良いもののようですね。」
「そのとおりだよ。じゃあ僕も。」

 チーズは好き嫌いがはっきり出るタイプの食べ物だし、どうかなと思ったけど、シャルがピザを気に入ったようで何より。シャルは最初に食べたピザを順調に食べていく。トッピングが多いから、口に入れる時に落とさないように注意しながら食べていく。冷えたアイスティーが良い口休めになる。
 シャルが選んだSサイズは、2人で食べるとあっという間になくなる。元々少量多品種を想定しているのかもしれない。シャルは最後の1切れを食べ終えると、メニューを開く。他にも気になるものがあったらしいから、何を食べるかはシャルに任せよう。僕は取り立ててこれじゃないと食べたくないとか、逆にこれは食べられないというものはないし。
 シャルはメニューを開いてうんと考えている。思い立ったら即行動というタイプのシャルにしてはかなり珍しい。1枚目は割とオーソドックスなタイプだったから、2枚目はちょっと変わったものを食べたいんだろうか?メニュー選びはシャルに任せて、その間僕はシャル製ヒヒイロカネ検出アプリを弄る。
 このアプリ、使えば使うほど高性能と軽快な操作性の両立が高いレベルで融合していることが分かる。マップの拡大回転縮小は右下のパッドを模したアイコンの方角を押したりピンチイン/アウトしたりで直ぐ出来る。回転もそのアイコンを回すジェスチャーをするだけで思いどおりに出来る。しかもまったくもたついたりしない。
 人の動きは、マップの範囲が広い時は点だけど、ズームインしていくと次第に人の形になる。これもかなり精密に描写されていて、しかも表示は至ってスムーズ。この旅に出る際に買ったから最新型と言えるスマートフォンだけど、こんなリアルタイム処理が出来るのはシャルのプログラミングならではだろう。
 ふと駐車場が気になって、その方向に移動してみる。階段やエスカレーターといった昇降可能な部分では矢印が出て、そこをタップすると階段なら上るか下るかどちらかが自動選択されて、エスカレーターやエレベーターだと、矢印のタップから上昇か下降の矢印を更にタップすることで方向を選べる。立体構造の移動でもストレスがない。
 ん?何だ?やけに人や車が集中している。パトカーと救急車が居るところからして事故か?画面に「!」マークが出る。タップしてみると、ポップアップウィンドウが表示される。えっと…「横断歩道を横断中の親子連れにホーデン社製ミニバンが衝突。歩行者は1名重傷1名軽傷。」…本当に駐車場で事故が起こったんだ。

『歩行者信号が青なのにミニバンが突っ込んだようです。早期警戒機からの情報です。』
『駐車場に歩行者信号があるのも変だけど、せめて信号くらい守れないのか?』
『車社会という表現は、ココヨ市では読んで字のごとくなんです。交通事故件数・死者数が30年連続ワーストワンの理由は単純明快ですね。』

 ハンドルを握ると性格が変わる、正確には本性が出ると言われるけど、そうだとしたらココヨ市は最悪レベルの性格の輩が犇めいているようなもんだ。車を降りれば自分も歩行者って認識がないんだろうか?一歩外に出れば危険どころか戦争真っただ中だ。道路、否、車が居る所を歩くには相当用心しないといけない。

『タワーパーキングの外でも、事故が発生しました。こちらも歩行者信号が青の時に車が突っ込んで、残念ながらこちらは歩行者が亡くなりました。』

 シャル製アプリを操作して表示範囲を拡大すると、タワーパーキング南東の交差点で事故発生の「!」アイコンが出ている。タップするとシャルが言ったとおりの事故情報が出る。歩行者信号を無視して突っ込む車は他の町でもないことはないけど、ココヨ市は明らかに多過ぎる。

『あ、そうそう。ホテルを出て直ぐ煽ってきた脳のないミニバンの運転手、ホーデン本社の中堅管理職だそうです。事故処理のため、国道は今も両方向1車線規制で渋滞です。』
『事故情報は出てる?』
『勿論です。ご自慢の車は全損。本人は左足や左肩など骨折で全治2カ月。結構な損害ですね。』

 ホテルが見えるまでマップの表示範囲を拡大して、そこから道に沿って辿ると、「!」マーク。タップすると表示されるポップアップの説明はシャルと同一。派手に横転したから破片とかを周辺に撒き散らしたようだ。リアルタイム表示されるマップには、パトカーが中央分離帯周辺に複数陣取って現場検証をしているところが表示される。
 横断歩道を歩行者信号青で渡っていて車に轢かれることが日常的に起こる町。今まで訪れた町はそれぞれ妙な状況や危険な環境があったけど、ココヨ市は「死と隣り合わせ」があながち誇張じゃない切迫した危険がある。しかも車の側が事故を起こすことを躊躇わない感すらあるのが、非常に危険だ。

「これにします。」

 唐突に話の方向性が変わる。シャルは完全にマルチタスクだから、片方でココヨ市のリアルタイム情報を演算・分析して、もう片方でメニューを選ぶなんてお手のもの。シャルが選んだのはシーフードタイプ。海産物はホテルの朝食ではややマイナーだし、ピザとの組み合わせが気になったようだ。
 店員を呼んで僕がついでにアイスティーを併せて注文する。タワーパーキングでの事故発生を受けてか、外が少し騒がしくなる。空港としては、管理地域での人身事故発生は深刻だ。安全対策として歩行者信号を用意してはいるけど、防犯カメラの映像開示や事情聴取とかで人手を時間を割かれる。それに、駐車場を出入りする車の誘導も臨時に必要になる。
 警察も内心うんざりしてるだろう。毎日彼方此方で事故が起こって、その度に現場へ行って現場検証や事情聴取。車同士だとホーデン社の車が居るとまともに捜査しないそうだけど、歩行者相手だと流石にそうはいかないだろう。まともに捜査しないことでホーデン社や傘下企業を調子に乗らせているから自業自得ではあるけど。

「具材を色々変えて楽しむタイプの食べ物ですね。」
「うん。冷凍のビザもあって、そこに色々な具材を乗せて−トッピングって言うんだけど、そうして楽しむやり方もあるよ。」
「ベースがシンプルな分、アイデア次第で楽しめそうです。」

 シャルはピザが相当気に入ったようだ。少しして運ばれて来たピザも、一口味わいを確認してから軽快に食べる。シャルは食べ方が軽快で上品だから、見ていて気持ちが良い。見た目は良くても食べ方が下品な女って結構多い。化粧で立ち居振る舞いは隠せない。もっとも、見た目が良いと言っても量産型シメジ。シャルには到底及ばない。
 食べつつ、シャル製アプリをシャルと操作しながらココヨ市や周辺の状況を見る。兎に角事故が多い。ざっとマップを見ただけでも、10件、否、20件は事故が起こっている。見ている途中で事故を示す「!」マークが新たに出現することもある。無暗にスピードを出して車間距離を詰めて、結局事故で渋滞になったら全く意味がないと思うんだけど。

『そういうことが分からないから、脳がないと評されるんです。本能だけで行動するなら下等生物以下です。』
『まったくだね。自分だけ死んだり怪我したりするならまだしも、人を平気で巻き込んでるのが質が悪い。』
『人を轢いても死なせても、「運が悪かった」という感覚ですからね。車優先社会のなれの果てです。』
『ひいては企業優先社会の典型例と言えるかもね。』

 企業城下町で往々にして起こる企業優先社会は、税収面では有利でも歪な社会構造を生む要因になる。企業活動への批判=経済活動の阻害という短絡的な公式を絶対視する企業労組出身、或いは経済団体出身議員が、企業の言いなりになって箱モノばかり作って維持費を自治体に押し付け、その分自治体の住民サービスが低下するスルーパス議会を生む。
 経済団体は言うに及ばず、企業労組も労働者の利益を護るというより、企業幹部への登竜門という位置づけの組合だから、如何に所属企業の利益を上げるかに執心する。企業の利益が増せば労働者の利益が増えるという、所謂トリクルダウンは企業の内部留保を肥やすだけで労働者に還元されないと否定されて久しいというのに。
 今までヒヒイロカネがあった町は、議会がチェック機能を果たしていない状況があった。ナチウラ市は議会が変化して、バラ色の未来を標榜して様々な負債を齎したヒョウシ理工科大学を事実上隔離したけど、元財務相を頂点とするグループ企業言いなりの議会が招いた人災だった。ココヨ市も状況は似ている。ヒヒイロカネがあると単純に結論付けは出来ないけど、ある確率は十分あると見て良い。
 ヒヒイロカネの捜索そのものは、シャル製アプリが登場したことでかなり楽になると思う。問題は、ココヨ市がかなり広いことと、外を歩くことが死と隣り合わせという現状。広さは時間をかければ解決できるけど、外の危険性はどうにも改善しようがない。「車は赤信号でも突っ込んで来る」と思って移動するしかない。

『私と一緒なら、車が突っ込んで来てもヒロキさんには傷1つ付けさせませんよ。』
『相手は鉄の塊だよ?幾らシャルでも…。』
『鉄は所詮鉄です。捻るも潰すも私の意思次第です。』

 シャルは戦闘機もイージス艦も創れるけど、車は1トンはある鉄の塊。それが時速数十kmで突っ込んで来る時の運動エネルギーは非常に高い。だからこそ交通事故は車が原形を留めないことも珍しくない。今は見た目金髪美女のシャルが突っ込まれて大丈夫なんだろうか?
 出来るだけ自衛するに越したことはない。歩行者信号が青で横断歩道を渡っていても車が突っ込んで来る事故が、普通の顔をして彼方此方で起こっているココヨ市に居る間、車に近づくことは極力避ける、横断歩道を渡る時は周辺の状況に注意する、…このあたりか。ヒヒイロカネに集まるものとは違う危険が、ココヨ市には無数に漂っている…。
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