謎町紀行

第8章 消える汚れた霧と御神体、町に戻る平穏

written by Moonstone

 満月の日の0時。ホテルの駐車場で待機するシャルの本体である車から、次々と戦闘機と輸送機が飛び立つ。勿論、僕は人間の形を取っているシャルが、部屋のTVをモニタにしたものを介して見る。音もなく次々と飛び立つ戦闘機と輸送機は、霧が急速に消えて行く闇に消えて行く。

「この飛行機と輸送機って、他の人には見える?」
「いえ。最初から光学迷彩を使用しています。モニタ用に画像処理しています。私自身もヒヒイロカネですから、ヒロキさん以外に存在を知られるわけにはいかないことは理解して居るつもりです。」
「念のため確認しただけだよ。この映像だと画像処理されてるってとても分からないから。こういうことも出来るんだね。」
「HUDに対して処理を行うか、このTVに対して処理を行うかの違いですから、この程度なら大きな負荷にはなりません。」

 今回輸送機も飛び立っていったのは、集落全体を制圧することも作戦に含めているため。戦闘機が動き始めた人狩り集団を捕捉して攻撃、無力化し、輸送機から空挺部隊が降下して集落全体を制圧し、人狩り集団からヒヒイロカネを回収し、幽閉されているかもしれない本来の住人を捜索し、存在すれば救出する。こういう流れだ。
 集落制圧の部隊は、青宮方面にも派遣される。前回の満月で激昂したシャルが青宮の駐車場と境内に居た人狩り集団を全滅させたが、彼らが全員だという保証はない。あの時、シャルは銃撃を受けて負傷した僕の救出と脱出があったし、残党が居たら次の満月まで息を潜めていると考えるのが妥当。だから、今回の作戦で一気に制圧するわけだ。
 表示エリアが4分割される。それぞれの左上に「青宮」など部隊の派遣先が表示される。赤宮周辺の集落も映されている。角度は空からのものだから、偵察機だろうか。赤宮以外の集落では、人の動きがある。やっぱり境内に向かっている。青宮も数は少ないが境内に向かう人の動きがある。やっぱり人狩り集団は全滅してなかったんだろうか。

「作戦を開始します。」

 シャルの宣言で戦闘機が一斉に動きを速める。ミサイルが人狩り集団に向けて発射され、命中する。激しい爆発音がするが、光学迷彩を使っているそうだから突然爆発が起こって飲み込まれたように感じるだろう。爆発が断続的に起こり、人狩り集団はなす術もなく倒れて行く。
 輸送機から空挺部隊が降下する。凄い数だ。部隊は着陸後直ちに散開して、ある者は人狩り集団を捕え、ある者は集落に突入し、ある者は社務所に突入する。四色宮間が連携できないようにしつつ、御神体として鎮座しているヒヒイロカネ回収の地均しもするようだ。本格的な進攻の様子がリアルタイムで表示されるのを、僕はただ見守るしかない。

「青宮方面は、制圧が完了しました。前に大半を殲滅したので殆ど抵抗がありませんでした。」
「作戦開始からまだ10分も経ってないのに…。」
「ヒロキさんはそろそろ休んでください。生存者の捜索は本当に単調でしょうし、明日は御神体に化けているヒヒイロカネの前まで私を案内してもらう重要な役割がありますから。」
「シャルは作戦終了まで休めないんだよね?何だか悪い気がして…。」
「処理は分散していますし、分離創製の部隊は自律行動が可能ですから、逐次命令する必要はないんです。作戦の遂行は安心して私に任せてください。」

 モニタ越しに見ることしか出来ない僕は、今の作戦で出来ることはない。むしろ、僕が早々に寝ることで、モニタ関係の処理が不要になるから、シャルの負荷が軽くなるだろう。シャルに任せて明日の準備、つまり十分な睡眠と休養を取っておくことが、僕に出来る最善のことだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて先に休ませてもらうよ。」
「ゆっくり休んでくださいね。お休みなさい。」
「うん。お休み。」

 僕は自分のベッドに入って目を閉じる。瞼の明るさが低くなる。シャルが照明を落としたんだろう。
 明日、否、今日は恐らくこのオクシラブ町における事件の山場だろう。人間のシャルを御神体の前まで連れて行くこと。僕も事件にかかわった当事者として、そしてその中核にあるヒヒイロカネを回収する旅をする者として、結末を見届ける義務がある。

…。

「ヒロキさん。そろそろ起きてください。」

 顔の近くから届く甘くて澄んだシャルの声。僕は目を開ける。シャルの顔が視界いっぱいに広がる。驚きで一気に眠気が蒸散する。

「少し早いですけど、準備が整ったので一気に解決したいので。」
「目は覚めたよ…?!な、何でその服?!」

 シャルは何故かナース服。起こし方でもびっくりしたが、唐突なナース服姿は起き抜けの心臓には厳しい。

「ヒロキさんのお気に入りの服で起こせば、早い時間でも直ぐ目が覚めると思って。」
「呼びかけて起こした段階で十分目は覚めたよ…。着替えて来るから服は別のものにしておいてね。」
「分かりました。」

 ユニットバスに着替えを持ちこんでドアを閉めて着替えをする。シャルのナース服、良く似合ってるんだよなぁ…。リハビリ完了までシャルはずっとナース服だったから、正直言えばもっと見たいとは思う。その辺のところ、シャルは分かってるのか分かってないのか良く分からない。
 洗顔とうがいを済ませば身繕いは完了。寝間着を手早く畳んでユニットバスから出る。シャルはノーマルなパンツスタイルの服に替えていた。安心したのが9割、残念なのが1割。着替えが一瞬で済むのが羨ましいのは間違いない。

「朝食を食べる時間はある?」
「はい。昨日までのようにのんびり寛ぐというのは厳しいですけど。」
「そこまで求めるつもりはないから大丈夫。食べたら即出発しよう。」

 今日1日で全て解決するなら、ゆっくりして居る時間はない。朝食は、解決するまで食事を摂る時間がないから出来るだけ腹に詰め込んでおくためのものと思った方が良い。財布を持って腕時計を填めて、シャルと一緒に1階のレストランに行く。此処でようやく時間を見る。6時過ぎ。確かに少し早くはある。
 レストランは貸切状態。元々宿泊客がそれほど多くないのは、駐車場の収容数と駐車して居る車の数を比べればすぐ分かる。満月の日を除いて深い霧に覆われるから、観光に来ても容易に身動きが取れないし、行方不明者−ほぼ生贄にされたと見て良い−も出ているから、行きたい人はあまりいないだろう。
 人が少なくて逆にちょっと落ち着かないけど、そうは言ってられない。朝食券を渡して早速適当に選んで皿に置く。シャルも人体創製の今は普通に食べるから、こういう場でも訝られることはない。それに、僕とシャルはひと月くらい連泊しているから、顔を覚え覚えられた従業員も結構いる。朝食券を渡した従業員もその1人だ。

「早速だけど、昨夜の作戦はどうなった?」
「全て成功に終わりました。残存戦力も全て掃討して、御神体と入れ替わったヒヒイロカネを回収するだけです。」

 シャルの説明を聞く。集落に駐留していた人狩り集団は全て行動不能にして、埋め込まれていたヒヒイロカネをすべて回収した。やはり埋め込まれていた場所は目と性器。ヒヒイロカネを中核とする人狩り集団を組織する意図を以って行われたのは明らかだ。
 集落は、やはり人狩り集団に乗っ取られていた。空挺部隊が集落全体を捜索したが、本来の住人は少数しか発見されなかった。拘束した人狩り集団を尋問したところ、人狩り集団に与しない住人は拷問か輪姦の後、全て御神体に献上したとの証言が得られた。
 人狩り集団に協力することで生き残った集落本来の住人も、全て拘束した。社務所に突入した空挺部隊は、やはり宮司や巫女を尋問したところ、御神体の拝観を装って本来の御神体を奪い、代わりに今の御神体を置いたこと。それと同時に本殿に乱入した集団に脅され、止むなく従ったことが証言された。
 住人の生き残りと宮司や巫女の違いは、宮司と巫女は御神体として置かれたヒヒイロカネを管理をしなければ殺害すると脅され、止むなく黙認していたのに対して、住人の生き残りは人狩り集団に来訪者の情報を伝え、見返りに金銭を受け取っていたこと。つまり、人狩り集団の共犯だったわけだ。
 僕が御神体拝観の口添えを依頼した集落の総代もその1人。尋問の結果、弟を探しに訪れて不幸にも命を落としたあの男性も、来訪の情報が人狩り集団に伝えられていた。満月の時以外霧が晴れないことと、それで人相などが十分把握できないことで詳細な情報ではなかったが、人狩り集団に生贄候補として来訪者の存在を知らせて、金銭を受け取っていたなら共犯そのものだ。
 本来の住人も全員拘束して、行動不能にした人狩り集団と共に集会所に収容した。宮司と巫女は1日分の記憶を奪い、気絶させることで処分完了とした。これは以前同様の処置をした青宮も含まれる。これで御神体と入れ替わったヒヒイロカネは完全に丸裸。やはり恫喝と焦燥が混じった「電波」が出ている。
 空挺部隊は、人狩り集団とそれに与した本来の住人を収容した集会所、周辺道路、そして社務所と本殿で警備を続けている。他からの応援が来ることを想定して、戦闘機部隊が上空で待機している。制圧作戦の完了以降、異常はない。御神体として鎮座しているヒヒイロカネを回収するのを待つばかりだ。

「予想どおりだったわけだね…。」
「はい。集落が人狩り集団に占拠されて、それに与した住人が諜報活動を行っていた…。事実は残酷なものです。」
「今日でこの事件を終わらせよう。それが僕達に出来る唯一の行動だから。」
「はい。勿論そのつもりです。」

 ヒヒイロカネが関与して発生した一連の事件と事態は、あまりにも陰惨で残酷な事実が詰まっている。集落の人口に対する犠牲者の比率は、概算で8割を超える。過疎の町の集落とはいえ、3つの集落が事実上全滅だから深刻どころの話じゃない。この事態を絶対に終わらせないといけない。ヒヒイロカネだけ回収すれば終わりとはとても出来ない。
 そして、人狩り集団に3つの集落が乗っ取れていたことから明らかになった、もう1つの重大な事実。ありがちなことではあるが、これも知った以上看過できない。この世界ではヒヒイロカネを悪用しようとする動きしか見えない。ならば、その流れに乗った者はこの世界の法で制裁を受けないといけない。
 食事を終えた僕とシャルは、その足でホテルから出てシャルの本体である車に向かう。車に乗り込むと直ぐコックピットとHUDがONになり、HUDが4分割されてそれぞれ違う状況が表示される。左上から右下に向かって青宮、白宮、黒宮、赤宮とある。鳥居が見えるところからして境内の出入り口に近い駐車場とかのようだ。

「これが各神社周辺の状況です。」
「小さいものが彼方此方に居るみたいだけど、あれが空挺部隊?」
「そうです。勿論屋外に展開している部隊は全員光学迷彩を使用しているので、画像処理をしています。」
「まず行くのは、拘束している人数が少ない青宮かな。」
「それが良いと思います。」

 青宮駐留の人狩り集団は、前回の満月の日の事件で殆どがシャルに殲滅され、その後駆けつけた警察と救急に搬送された。人狩り集団が殲滅された情報は奴等の諜報員に成り下がっていた本来の住人から赤宮を除く他の集落に伝わっただろうけど、白宮と黒宮は殲滅を恐れたか警戒したかで救援などの動きはなかった。そして今日は0時丁度からシャルが殲滅のため部隊を派遣し、見事に制圧した。
 集落周辺はシャルの部隊が警備を続けているが、援軍などの動きは今までない。一方、同時に多くの部隊を分離創製して動かしているから、シャルの負荷はかなり重いと考えるべき。前回からの流れである意味捨てられたと見られる青宮から、御神体として鎮座するヒヒイロカネを回収するのが、シャルの負荷を減らすことにもなる。

「青宮までの運転は僕がするよ。ナビがあれば行けるし、シャルは部隊への指示とかに専念できるだろうから。」
「は…、はい。」

 シャルは一瞬驚いたような顔をするが、直ぐに嬉しそうな笑顔に変わる。気遣ったつもりなのが分かったようだ。HUDの表示が通常どおり−と言っても今日は霧が晴れているから基本的に外の風景そのものに戻ったのを受けて、僕は車を動かし始める。この車もシャルだから、隣にシャルがいるとどちらが本体か分からなくなる。
 久しぶりに霧が晴れる日だから、前回と同様ダンプカーやトラックの数が凄い。シャルがナビに割り込みをかけているらしく、少々複雑ではあるがダンプカーやトラックの列に極力紛れ込まないルートが表示されている。周囲に気を付けながら車を操縦する。ちょっと間が開いたけど、運転自体に不自由はしない。
 青宮周辺の集落が見えて来た。近くに遠くに見えたダンプカーやトラックをはじめ、車も人も全く気配がない。シャルが展開させている空挺部隊が彼方此方に居る筈だけど、光学迷彩を使っているから全く見えない。その辺はシャルに任せて、今は青宮のヒヒイロカネを目指す。
 駐車場に到着。主を失って放置されていた車も全てなくなっている。前の事件で駆けつけた警察が引き取って行ったんだろう。結構な広さの駐車場の境内に近い位置に停車する。僕は車を出て、同じく車を降りたシャルの手を取って境内に向かう。
 青宮の境内は階段を上らないといけない。しかも、どういうわけか神社の階段の傾斜はきつい傾向にある。銃撃された後遺症はないものの基本的に運動不足な僕には厳しいけど、シャルをヒヒイロカネの前まで連れて行くのは僕の役割であり、責任でもある。階段を上り、境内に入ってそのまま拝殿に向かう。
 拝殿から本殿への行き方は、前回拝観した時の記憶が頼り。幸い分かりやすい構造だし、ほぼ一本道だから迷うことはない。本殿に入る。御神体、否、ヒヒイロカネがある。前回は御神体ってこういうものかと思ったけど、今は禍々しささえ感じる。

「此処からは私に任せてください。その前に…手を…。」
「…あ。」

 車から出る時、勢いでシャルの手を取ったままだった。気づいてようやくシャルの手の感触を実感する。凄く柔らかい。ほんのりとした温もりも相俟って、とても金属とは思えない。シャルの邪魔になるから手を離したけど、正直惜しくてならない。

「…回収ってどうするの?」
「表現どおりです。危険が予想されるので、私が完了を宣言するまで近づかないでください。」

 シャルはさっきまでと一転して真剣な、緊張感満載の表情で御神体に近づく。特別な装備とかを出すのではなく、手の届く距離になって直接ヒヒイロカネに手を伸ばす。御神体に直接触れることなんて神社の関係者でもまずないだろうし、部外者ならあり得ないことだ。その点ではかなり珍しい状況だろう。
 シャルがヒヒイロカネを手にした瞬間、閃光が本殿を包む。思わず目を瞑った僕の耳に、花火が複数炸裂するかのような爆発音が駆け込んで来る。目を開けると、閃光と爆発音を発するヒヒイロカネをシャルが険しい表情で自分の方に近づけて行くところだった。まさか…取り込むつもり?!
 よくよく見ると、ヒヒイロカネを抱えるように持っているシャルの両手に、血管にしてはあまりにもゴツゴツした、大樹の根のようなものが浮き出ている。ヒヒイロカネがシャルに抵抗して逆に取り込もうとしているのか?!生贄にされた人を取り込んだというし、同じヒヒイロカネのシャルは生贄より取り込みやすいってことか?!

「シャル!!」
「だ、大丈夫です!危ないですから近づかないでください!」

 駆け寄ろうとした僕をシャルが制する。シャルは自分の胸にヒヒイロカネを押しつけ、更に押し込む。猛烈な閃光が走り、シャルの全身が火花が迸る。シャルは苦痛で顔を歪める。シャルが胸を抑えながら佇んでいると、閃光と火花が次第に弱まっていき、やがて収まる。シャルはその場に膝を落とす。

「か、完了しました。」
「シャル!!」

 僕はシャルに駆け寄って身体を支える。ヒヒイロカネを押しつけた部分に、御神体と同じ大きさの球が半分ほど浮き出ている。火傷や損傷の様子はないけど、シャルの表情から相当な苦痛があったことは容易に分かる。知能レベルは低いとはいえ人格を持つよう設定されたヒヒイロカネを無力化するのは、物凄い負荷だと思い知らされる。

「相当抵抗したみたいだね…。」
「はい。相手も知能はありますし、私の意図を感じて非常に強く抵抗しました。予想の範疇でしたが、無力化処理の負荷はかなり重かったです。」
「その、浮き出ている球みたいなものが無力化されたヒヒイロカネ?」
「はい。このまま持ち出して、車にある回収ボックスに入れれば完了です。」
「シャルの身体に損傷とかはない?歩ける?」
「無力化処理の接続の際に5%ほど損傷しましたが、既に修復しました。本体からエネルギーの臨時送出を行いますから、問題なく行動できます。」

 人体創製のシャルは、本体である車から完全に切り離されている。それでも普通に行動できるのは、適時本体からエネルギーを受け取っているからだ。マイクロ波による無線給電と同様の理屈らしい。ヒヒイロカネの無力化で負荷が大きかった=エネルギー消耗が激しかったことくらいは、僕でも分かる。

「あと2か所か…。シャルの負荷やエネルギー消耗が気がかりだけど、僕は運転くらいしか出来ない…。」
「ヒヒイロカネの規模と積載できるエネルギー量は、御神体では遠く及びません。本体からエネルギーを受け取りましたし、もう大丈夫です。」

 シャルの顔には疲労の色はないけど、あと2回苦痛を伴う重い負荷の作業をしないといけない。神社の聖域、しかも奥まった建物にある小規模のヒヒイロカネってことで、人体創製で分離したシャルが処理と回収に最適なのは分かるけど、見た目どう見ても細身の女性でしかないシャルが苦悶するのは辛い。
 かと言って、ヒヒイロカネの無力化なんて僕がしようものなら生贄にされた人達と同じ運命を辿るだけ。僕に出来るのは、シャルを御神体のある場所まで連れて行って、少しでも負荷とエネルギー消耗を減らすこと。歯痒いが、出来ることくらいまっとうしないとこの惨劇を止めることは出来ない。

「立てる?」
「大丈夫ですよ。」

 僕はシャルの身体を支えて立つのを補助する。大丈夫と言うけど、重い負荷がかかっていると見た目に分かる時間を経て、終わったら崩れるように膝を突いたシャルを、立つよう促すとかはとても出来ない。立ちあがったシャルの足元はしっかりしている。これを見てようやく安堵できる。

「幸い妨害とかはなかったようだし、白宮へ行こう。」
「はい。」

 僕はシャルの手を取ろうとして慌てて手を引っ込める。どうもどさくさ紛れに接触を図るような気がしたからだ。先導するつもりで行こうとすると、手を掴まれる。驚いて振り向くと、シャルが笑みを浮かべて言う。

「手を引いて連れて行ってくれないんですか?」
「…えっと…良いの?」
「早く行きましょう。」

 勢いとは言え女性の手を取ったのは初めてだったけど、女性から手を掴まれたのも初めて。僕を見るシャルからは、やっぱり警戒や嫌悪など負の感情は一切感じない。柔らかい感触とほのかな温もりに包まれた僕の手。これだけ近づいても僕を拒否しないシャル。このままだと僕は…。
 シャルが回収ボックスに無力化した3つ目のヒヒイロカネを入れる。野球のボールくらいのヒヒイロカネが、回収ボックスにあったヒヒイロカネと一体化していく。少しして1枚の板状になる。少しばかり金を帯びた銀の光沢を湛える板は、とても回収前まで散々暴れたものと同一とは思えない。

「改めて見ると、勝手に一体化していくだけでも凄い金属だね…。」
「人格がない、或いは剥奪されたヒヒイロカネが単体で出来ることはそれほど多くありません。こうした一体化・同一化−自己修復機能にもなりますが、この機能の他、未処理で分裂するくらいです。」
「最初から何もかも出来るわけじゃないってことか。人間と同じだね。」
「そうだと思います。ヒヒイロカネは生体、つまり人間や他の動物との親和性が高いんです。それで今回のような悪用事例が出来たんですが…。」

 あの老人がいた世界にヒヒイロカネがある意味隔離されたのは、正解だったと思う。正直、あまりにも利己的な人間が多くて、声が大きい人間の言うことが通りやすいこの世界には、ヒヒイロカネをまともに使いこなすことは出来ない。今回もこれ以上の大惨事になっていたのは間違いない。
 兎も角、これで禍の根幹の1つは断つことが出来た。もう1つある禍の根幹を断つ。シャルに回収ボックスをロックしてもらって、車に乗り込む。早速ナビにルートが表示される。

「最後の準備は済ませました。」
「ありがとう。行こう。」

 僕はアクセルを踏み込む。逸る気持ちを反映するかのように、Gを感じる加速で車は走り出す。この山奥の町で起こった陰惨な事件を完全に終わらせるために、そしてヒヒイロカネをこの地に置いて行ったあの世界の許されざる者の足取りを掴むために。
 シャルが算定したルートをひた走り、町の東側にある広大な住宅の前に車を止める。シャルと共に車を降りて、鍵が外された玄関から突入する。向かう先は玄関から程近い場所にある応接間。此処にこの町をこうした元凶が居る。僕は襖を開け放つ。

「な、何だ?!何者だ?!」
「あんたが町長だな?!赤宮を除く3つの神社の御神体を返してもらう!」
「人聞きの悪いことを言うな!余所者らしいが、無礼を働くとただでは済まんぞ!!」
「証拠は押さえてあるんだ!言い逃れするな!」

 僕は、上着のポケットに入れておいたICレコーダーを出してスイッチを入れる。そこから出るのは、赤宮以外の総代をシャルの空挺部隊が尋問した結果。何れも総代の氏名に続いて、ヒヒイロカネと御神体を入れ換えた人物から町長が御神体を受け取ったこと、そしてその御神体を町長がコレクションに加えたことが赤裸々に語られる。
 そう、問題の人物と町長は繋がっていた。町長に違和感を覚えたのは、青宮の一件が終わってからだ。警察や救急が霧の中大挙して押し寄せる事態になったにもかかわらず、町長はマスコミなどへの対応を副町長に任せて表に出なかった。シャルからこのことを聞いて、まったくないことではないとは思ったけど違和感を禁じ得なかった。
 町の観光の財産と言える四色宮の1つで、あれだけ多くの人間が絡む殺人容疑の事件が発生したんだから、町長は自ら町のイメージ回復に乗り出そうとするところだ。でも、副町長に任せっきり。もう1つ。青宮周辺の集落があの1件で壊滅に近い打撃を受けたのに、何ら調査や救援などをしなかった。
 更にもう1つ。これは町立図書館での調査から疑問だったことだけど、町史や風土関係の資料が古代から中世までは事細かに書かれているのに、近現代は素っ気ないほど簡素だったこと。これらを総合して僕は1つの推論に至った。それは、町長と問題の人物は接触していて、集落の事実上の支配と住人の見殺しの対価として、何らかの見返りと得ているということ。
 僕はシャルに依頼して調査してもらった。3つの集落を空挺部隊で制圧した後、人狩り集団の協力者でもある生存者に尋問した結果も含めて、浮かび上がった事実は予想以上にどす黒いもの。町長は問題の人物から多額の金銭と四色宮の御神体を受け取り、自らの古美術や骨董品コレクションに加えていた。その見返りとして町で起こることに一切干渉しないと契約していた。
 これだけでも驚愕したけど、これだけじゃ終わらなかった。町長は四色宮の総代を秘密裏に呼び寄せ、問題の人物から説明されたとおり、若者の定住策として大胆な策を実施するからそのとおりにするよう指示した。赤宮の総代だけは定住策が具体的に示されなかったことを疑問に思って回答を保留したが、他の総代は町長から金銭を受け取って受け入れた。
 総代は町長から賄賂を受け取り、集落で起こっていた事件を闇に葬っていた。それに加えて定住した若者=人狩り集団に訪問者の情報を流して金銭を受け取っていた。町長と町内会の総代が金に溺れた結果、良心的な住人や何の罪もない訪問者が犠牲になった。町ぐるみの大量殺戮との誹りは免れない。
 更に町長は、近現代史の書き換えを指示していた。元々このオクシラブ町は四色宮を中心に栄えて来て、意外なことに今の中心部は別の町だった。過疎化の流れに抗えずに四色宮を中心とする旧オクシラブ町と今の中心部の町が合併して現在のオクシラブ町が出来たわけだが、それが今の中心部の旧町出身の町長には面白くなかった。
 そこで、赤宮を除く3つの集落が悪用されたヒヒイロカネの手に落ちたのを契機に、旧町が主体的に旧オクシラブ町を取り込んで活性化を目指し、その一環として若者の定住策を実施して効果が出た、と合併前後からのオクシラブ町の歴史を改竄することまで考えた。結果、町史と関連する風土関係の資料のうち、近現代は書き換えられることになってあのように簡素なものが代役として置かれていたわけだ。
 町長の意向で町史の書き換えなんてあるまじきことなのに、議会は何をしていたのかと思ったけど、都市部どころか国会ですらまともに機能していないのに、因習が色濃く残る町村で議会がまともにチェック機能を果たせる筈がなかった。そもそも、3つの集落が落ちた時点で総代からの情報で人狩り集団に従った議員も居たくらいだ。
 シャルに依頼して尋問の結果を録音・転送してもらったら、ダイジェストだけでも寒気と目眩がした。同時に激しい怒りが沸き起こった。自分の利益のために多くの町民を犠牲にして、地元である筈の中心部にも多大な不自由を強いているこの町長を、絶対に見過ごすわけにはいかない。

「あ、あいつらが何故…!お、お前、あいつらに何をした?!」
「言う必要はない。あんたは大量殺人の共犯者として、裁きを受けてもらうよ。間もなく警察が大挙して押し寄せる。ひと月前の青宮の集落では副町長に任せて頬かむりしてやり過ごせたけど、今度はそうはいかない。」
「こ、この若造が!!」

 町長はやおら立ち上がって、懐から黒光りするものを取り出す。拳銃?!どうして町長がそんなものを?!そう思っていたら、町長の拳銃が爆発する。町長は悲鳴を上げて倒れる。

「い、痛ーぇ!!な、何だー?!」
「そうはいきませんよ。」

 僕の後ろに居たシャルが冷たい声を放って前に進み出る。光学迷彩で見えないだけで、この部屋、否、この屋敷全体に移動したシャルの空挺部隊が多数存在する。町長の拳銃が爆発したのは、空挺部隊の攻撃によるものだ。

「3つの集落は既に制圧しました。総代を含む関係者は全て拘束しました。貴方が契約した人物が置いて行った偽の御神体もすべて回収しました。この家全体は私の監視下にあります。この家に居た全員も拘束済みです。貴方に逃げる術はありません。」
「こ、小娘風情が!!」

 右手から血を垂れ流す町長が、狂気に満ちた目でシャルに飛びかかる。その時、シャルの身体から複数のケーブルが飛び出し、町長をがんじがらめにして床にうつ伏せにして叩きつける。

「な、何だこれは?!き、貴様、人間か?!」
「人でなしそのものの貴方に言われる筋合いはありません。貴方のせいで、多くの人が命を落としました。許せない…!」

 シャルが俄かに怒りを露わにする。町長が拳銃を出したことで、僕が青宮での事件で拳銃で撃たれたことを思い出したのか?

「貴方がカネで狂わなければ、多くの人が死ななくて済んだ!何より、ヒロキさんがあんな目に遭うことはなかった!!よくも、よくも私のヒロキさんをー!!」
「!止めるんだ!!シャル!!」

 町長を抑えていたシャルのケーブルの何本かが鋭利な刃物に変わった。シャルは町長を殺すつもりだ。そう察した僕は、慌ててシャルに抱きついて制止する。

「ひ、ヒロキさん?!」
「シャルの身体を、こんな汚らしい奴の血で汚すわけにはいかない。それにこいつには、これから先、考えたこともない生活と破滅が待ってる。」

 尋問の録音は既にシャルを通じて警察に送ってある。近くの警察署だけでなく、県警本部からも警察がこの町に向かっていて、あと30分ほどで到着することは、此処へ来る途中にシャルがHUDで説明してくれた。町長は贈収賄に加えて一連の逮捕監禁や暴行強姦、そして殺人の共犯として裁かれる。ついでに銃刀法違反もプラスされる。
 町長という看板は、平時は強力な権威になるだろうけど、逮捕や起訴となると厳しい非難の標的になる。これから町長は事情聴取や裁判といった場に引きずり出され、牢獄に収監されて窮屈な生活を強いられるなど、過酷な現実に晒されるだろう。そして、犠牲になった人達の遺族から莫大な賠償金を請求されるだろう。コレクションした古美術や骨董品どころから、屋敷も土地も売り飛ばされるだろう。

「後始末は警察に任せよう。それまで、こいつとこいつの家族をしっかり押さえこんでおけば良いよ。」
「…分かりました。」

 シャルの声色が元に戻る。どうにか冷静さを取り戻したようだ。
 改めて見ると、刃物に変貌したケーブルは、町長の頭や延髄、心臓など急所にあと数センチのところまで迫っていた。確実に息の根を止めるつもりだったのは明らかだ。シャルに殺人をさせるわけにはいかない。間に合って良かった…。
 あれから1週間が過ぎた。この町を覆っていた深い霧も、その陰で行われていた陰惨な儀式も、その中心になっていたヒヒイロカネもなくなった。僕とシャルが詰め寄った部分の町長の記憶を抹消した後撤収して間もなく、警察が大挙してこの町に押し寄せた。前回の倍以上のパトカーと護送車が、物資の搬入搬出に追われるダンプカーやトラックと鉢合わせになって、大渋滞になった。
 集会所に纏めて拘束されていた人狩り集団と協力者になり果てた生存者、そして元凶の1人と言える町長は全員警察に逮捕され、連行された。その一部始終は、大軍となった警察の後を追って来たらしいマスコミに報道され、この町の大量行方不明と殺人の事実が完全に白日の下に晒された。
 四色宮の中で唯一ヒヒイロカネの侵略と町長の企てを免れた赤宮は、総代と宮司が先頭になってマスコミに数々の事実を暴露した。それはヒヒイロカネの存在を除いて僕とシャルが暴いた事実を裏付けるもので、「伝統を汚した黒いカネ」「集落と住民をも犠牲にした現代のスターリン」などと大々的に報道された。
 遺体がないことで殺人の立証は難しいと思ったけど、意外なことに各神社の境内などから犠牲者の遺骨が発見されたことで、殺人の立証は一転して確実になった。シャルの説明によると、御神体に置き換わったヒヒイロカネは低いながらも知能を持ったことで、食べやすい肉と食べにくい骨を識別して骨を捨てたと考えられるらしい。

 報道は今も過熱しているが、その隙間を縫って僕は赤宮に赴き、ヒヒイロカネや町長に与すると思われるような行動を取ったことを詫びた。事情を知らなかったとは言えヒヒイロカネや町長に抵抗していたところに、部外者の僕が御神体を拝観させろと乗り込んだら怪しまれるのは当然のことだから。
 総代と宮司はすんなり詫びを受け入れてくれた。他の3つの集落が集団の手に落ち、町長に御神体が渡ったことで、何としても最後の御神体を守るために、そして集落を守るために必死だった。この町の謎を解き明かそうと必死だった僕と衝突したのは不幸なことだが、それは町長らの責任だ。そう言ってくれた。
 犠牲者の慰霊、そしてほぼ壊滅した3つの集落の再興を願って祈祷を受け、ホテルの宿泊料金−10万単位のホテルの請求書なんて初めて見た−を払って残る現金を寄付として総代と宮司に渡し、代わりに御神体の拝観を許された。唯一無事に残った御神体は、ほんのり赤い綺麗な球体だった。

 満月の日以外この町を覆っていた霧が消えたことで、町の人々は農作業や林業など本来の仕事に戻り始めた。町長と一部議員が逮捕されたのを受けて、副町長が町長選挙と町議会選挙を同時に行うことを宣言した。この町に刻まれた傷は深いけど、この町をこれからどうするかは、残された人々が考えることだ。
 何だかマンスリーマンションみたいな感もあったホテルをチェックアウトした僕とシャルは、この町を後にする前にあのカフェに足を向けた。このカフェで何度も食べたオクラシブ牛筋煮込みカレーセットを食べられるのは今日が最後。名残惜しくてこの町の締めくくりの場所に選んだ。そう言った時に見た、シャルのむっとした表情が怖かった。

「お待たせしました。」

 シャルの本体である車を止めている道が見える窓際の席に、2人分の食事が運ばれて来る。向かいには勿論シャルが居る。無表情でもありむっとしているようでもある。この席は、僕の治療が終わってからこの店に昼食を摂りに来た際、必ず座った席でもある。その時からシャルは居たけど、表情は全然変わらない。今日も後が怖そうだ。

「あの事件の後、霧が晴れてようやく町の外からのお客さんが戻ってきつつあります。」
「良かったですね。これからが大変だと思いますけど、きっとやり直せますよ。」
「そうしたいです。町が本当に豊かになる施策。若い人が定着する施策。人任せにしないで町の人皆で考えていかないといけません。」

 過疎化で表面化するのは若年層の流出。だから若年層を呼び込むべく色々な施策が出されるけど、仕事がなければ収入がないし、収入がなければ生活できないという、少なくとも日本では避けては通れない事実を度外視しているか、若年層が自分で何とかすべきと考えているかどちらかでしかない感が拭えない場合が散見される。
 若年層と一口に言っても、町を侵略して抵抗する人を殺して、何の関係もない訪問者まで犠牲にするような輩は、侵略の軍隊と変わりはしない。その町を拠点に生活を営み、共有し金としての税金を払って町を維持していける人を、年齢に関係なく呼び込めることが肝要だ。そしてそのための施策は、その町に合ったものにするのが当然だ。

「この町を出て行くんですか?」
「はい。どうして分かったんですか?」
「長く通っていただいたからでしょうか、雰囲気と言いますか、そのようなものを感じたんです。」

 僕が青宮で銃撃されてリハビリを終えて、1週間前の満月まで、昼と夜は此処に通った。金髪の若い美人そのもののシャルと一緒に行けて、何かしらが食べられる飲食店が、実質此処しかなかったのもある。ホテルから近い中心部の飲食店は殆ど飲み屋だし、シャルを連れていけば絶対に悪目立ちするし、絡まれるのは目に見える。
 この店は、メニューの種類は決して多くはないし、あの霧の影響で出せるメニューは半分程度だった。それでもきちんと作っていることは分かったし、味も申し分ないものだった。霧が晴れて物資も普通に入って来るようになったようだし、雰囲気と味で勝負できるこの店が再び賑わうことを願ってやまない。

「また…、このお店に来てくれますか?」
「はい。それまでこの店を続けていてください。」
「勿論です。何時来てくれても良いようにしておきます。」

 次に来られる時は何時になるか分からない。もしかすると二度と来ることがないまま一生を終えることになるかもしれない。だけど、それまでの関係も環境も全て捨てて始めたこの旅で出来た人間関係で、良いものは細くても繋いでおきたい。こんなこともあったと笑って思い出話が出来る人と場所はあって良い…。

「痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しい!」

 店での最後の食事を済ませて車に戻った途端、シャルの制裁が始まった。シートベルトで締め上げられるのはこれまでどおりだけど−それはそれでどうかと思うけど−、今日は一段と締め上げが厳しい。
 本当に窒息しそうと思ったところでようやく収まる。隣を見ると、シャルがむくれて僕を睨んでいる。

「あの女性(ひと)、ヒロキさんのこと好きですよ。ヒロキさんには出来ればこの町に留まってもらって、一緒にお店をしたい。そう思ってますよ。」
「それは憶測ってものだよ…。」
「違います。女性の瞳孔の拡大具合、心拍数と体温の上昇、何よりヒロキさんの向かいに座っている私そっちのけでヒロキさんに向ける視線の度合いを総合すれば、ヒロキさんに強い好意を抱いているのは明らかです。」

 そういうものなのかな…。この旅に出るまで女性とまともに話が出来たことは殆どない。それも極最初の頃だけで、後は距離を詰めようと思った途端に拒絶されて終わりってのがお決まりだったから、珍しいとは思うけど。

「ヒロキさんも、あの女性と一緒にお店を経営したいと思ってるんじゃないですか?」
「僕が独りで、何の目的もなく旅をしてたら、そうしてかたもしれない。だけど、今はヒヒイロカネ回収っていう大事な目的がある旅の途中、それどころか始まったばかりだし、その…。」
「その、何ですか?」
「…シャルが居るから。」

 言った瞬間、全身が熱くなる。それを誤魔化すために車のシステムをスタートさせて、アクセルを踏む。
 確かのあの女性も十分「美人」と言える部類だ。だけど、好意を持つかどうかは別の話。最初の候補地にして最初の回収地点になったこの町での顛末で、シャルは僕の中で別格の存在になった。
 銃撃された僕を護衛しつつ治療するために、人体創製の際に僕が気に入りそうな容貌を選んだそうだし、確かに僕の好みストライクど真ん中。だけど、以降のシャルがぞんざいな扱いだったり、ヒヒイロカネ回収の最前線で酷使するようだったら、印象は一気に最悪になった。今まで僕は色々な女性にそういう扱いを受けて来たし。
 銃撃された僕を自ら突入して助けてくれた。人体創製っていう負荷が大きい機能を使ってまで、僕に付きっきりで治療と看護をしてくれた。リハビリで身体が触れたり距離が近くなっても一瞬たりとも嫌な顔をせずに親身になってくれた。だから、シャルと一緒に旅を続けたい。そう決意したんだ。

「…シャルは、もう人体創製を止めて本体のこの車と一体化しても良いんじゃないの?負荷も大きいだろうし。」

 町の外れ、他の町に繋がる国道が見えて来たところで、まだ落ち着きが戻らない心臓の鼓動を感じながらシャルに聞く。人体創製は銃撃を受けた僕の治療と、青宮で殲滅した人狩り集団の残党から僕を護衛するため。僕が元どおり歩いたり食事を出来るようになったから、シャルが負荷の大きい人体創製を続ける必要はない筈。

「私が助手席に座って目を光らせてないと、ヒロキさんが若くて綺麗な女性に目移りするかもしれませんから。」

 そうのたまうシャルは、悪戯っぽい笑みを浮かべている。あの店の女性の変化を観察した結果を列挙したくらいだから、隣で顔を赤くして車を走らせる僕の心境くらいお見通しだろう。だったらシートベルトで締め上げたりしなくて良さそうなものだけど、そうならないのはやきもち妬きの性格だからか?
 隣に女性を乗せての運転は、実質無料タクシー以外では初めて。シャルの声を聞いていて、こうして話す相手が隣に居たら良いなと想像を膨らませていたりした。それが、僕の好みストライクど真ん中の容貌と、これまた僕の好みストライクど真ん中の朗らかで甲斐甲斐しい性格を伴って実現した。今までの人生って何だったのかとさえ思う。

「次の候補地は国道1号に出てからHUDに出しますね。かなり距離がありますから。」
「久しぶりの長距離運転になりそうだね。」

 ひと月半ほど滞在したオクラシブ町を出て、蛇行する下り坂にさしかかる。忌まわしい事態は霧と共に消えて、町は再スタートを切った。次に訪れる場所にも、ヒヒイロカネに纏わる陰惨な事態が待っているんだろうか?長く厳しい旅になりそうだけど、シャルと一緒だから頑張れる…。

第1部 霧の町 オクラシブ町 完

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