謎町紀行

第9章 来訪者に付き纏う監視と尾行

written by Moonstone

 国道1号から中央横断自動車道に入って東へ移動中。事故渋滞に嵌ったせいでHUDに出された次の目的地到着時刻が遅くにずれ込むのは確実になった。最寄りのSAで車への水素充填−やっぱり結構減っていた−のついでに、僕も一息。人体創製を続けているシャルも勿論一緒。

「人体創製の負荷は高くない?」
「負荷の高さは、形状より同時並行処理の方が圧倒的です。ある意味形成した単一の人型をリモート制御しているだけですから、負荷が増えたというレベルには至りません。」
「戦闘機を多数同時に動かす方が負荷としては大きいわけか。」
「そうです。それに、ヒロキさんが若くて綺麗な女性に目移りしないように見張るのは、この方が何かと便利ですし。」
「そんなつもりはないってば…。」

 やきもち妬きなのか過小評価なのか、シャルは僕が女性と接するのを凄く警戒する。それよりも、シャルは自分が猛烈に目立っているのをもう少し自覚して欲しいんだけどな。
 身長は標準くらいだと思うけど−女性の平均身長なんてよく知らない−、後ろで束ねた長い金髪、整った顔立ち、カジュアルな服装で浮かぶメリハリのあるスタイルとスラックスで強調される長い脚、と容貌に限定してもシャルと同等以上の女性は見当たらないんだから。実際、彼方此方で男性がシャルをチラ見してるし。
 SAで食事できる場所はフードコートや屋外に面した出店もあるけど、混雑しているし正直フードコートの客層はよろしくないものが目立つから、レストランにする。席がゆったりしてるし、値段が若干高めなせいかフードコートの混雑に対して待たずに座れる。渋滞もあって長時間運転したから、休憩は休憩らしくしたい。
 奥の窓側の席に案内されて、メニューを出される。シャルも人体創製だと普通に飲食できると分かったから−さらっと言うけどこれも驚きの機能−、先にメニューを選んでもらう。シャルは何だか楽しそうだ。そんなシャルを向かいで見ているだけで楽しい。こういうシチュエーションになる前に拒絶されることばっかりだったし。

「この、タカオ牛っていうのは他の牛肉とどう違うんですか?」

 シャルはメニューの中で「タカオ牛のサーロインステーキ」を指して尋ねて来る。

「その地域の特産品っていう意味と思えば良いよ。食材と特産品はほぼイコールだから。」
「そうなんですね。特別美味しいものかと思ったんですけど。」
「ブランド品として成立するわけだから、普通にスーパーとかで売られている肉よりは美味しいと思って良いよ。」
「なかなか難しい判断材料ですね。こういうのを注文しても良いですか?」
「勿論良いよ。好きなのを選んで。」

 シャルはひととおりメニューを眺めた後、結局タカオ牛のサーロインステーキのセットメニューにする。僕も興味が湧いたから同じにして、飲み物だけ変える。僕はコーヒーでシャルは紅茶。そう言えばオクシラブ町に滞在していた時も、シャルはホテルの朝食で飲んでいたのは専ら紅茶か野菜ジュースだったな。
 シャルに聞いてみると、シャルはコーヒーの苦みがどうも苦手だと言う。コーヒーと紅茶はよく嗜好品論争の比較対象になるけど、こういうところで出るとは思わなかった。自分以外の人が飲む分には何とも思わないそうだから、ちょっと安心。僕がホテルの朝食で飲んでいても何ともなかったのは我慢していたわけじゃなかったから。
 少しして、2人分の料理が運ばれて来る。日が落ちてすっかり暗くなった外には、LED照明で照らされた多くの車が犇めいている。

「タカオ牛のタカオって、次の目的地だよね?」
「はい。一口にタカオといってもかなり広いですね。」

 僕はスマートフォンを取り出して地図アプリを起動する。タカオは…此処か。確かに周辺の町よりかなり広い。航空写真に切り替えると、半分以上が山林や牧場だ。恐らく今僕とシャルが食べているタカオを冠した牛肉はこの地域から出荷されているものだろう。

「シャル。今度の候補地は、この地図で言うとどのあたり?」
「えっと…、このあたりです。」

 僕がスマートフォンを差し出すと、シャルは素早く操作してマーカーを付ける。そこは山林地域から離れた、町の南西寄りの地点。

「都市部か。こういうところが候補地なんてちょっと意外。」
「都市部の方が隠す場所は多いと見ることは出来ます。部外者が立ち入れない会社のビルやオートロックのマンションが多いですから。」
「それもそうか。その町の基礎データは、と。」

 スマートフォンを操作してタカオ市の基礎データを見る。人口は275,329人。精密機器産業と牧畜が主産業。元々は旧タカオ市と旧シシド町で、市町村合併で現在のタカオ市が出来た。現在のタカオ市の都市部が旧タカオ市、山林と牧場が旧シシド町と見れば良い。

「今度はカードが使えるかな?」
「渋滞中に手配しておいたホテルがある都市部は、ほぼカードが使えます。一応山林地域に出向くことも考えて、ある程度現金を持って行く方が良いとは思います。」
「最寄りのインターはタカオインターか。そこで降りたら途中でATMに寄って現金を引き出しておこうか。」
「最短ルートを検索してナビに出しておきますね。」
「頼むよ。」

 山奥の過疎の町だったオクシラブ町とは打って変わって、今度は地方都市の都市部が対象となりそうだ。それよりも…、タカオ市の通称が「犯罪者の町」っていうのが気になる…。
 食事を済ませて再び車で移動開始。ナビにはタカオインターからATM、そしてホテルへのルートが薄く表示されている。第1チェックポイントであるATMまではあと1時間ほど。そこからホテルまでは10分程度。都市部はATMから飲食店、果ては量販店まで大抵揃ってるから、滞在には不自由しない。
 やっぱり気になるのは、タカオ市の通称。「犯罪者の町」なんてどう考えても碌な印象がない。警察が機能してないか、警察も手出しできないマフィアとかが跋扈してるか、何れにしてもとても生活できる環境じゃない。それでも約27万もの人口を有してるんだから、出ようにも出られないのか?

「タカオ市関連のデータで、犯罪発生件数など犯罪に関するデータを集約してみました。HUDに概要を表示します。」

 HUDにタカオ市の犯罪関係のデータが表示される。確かに犯罪発生件数は周辺の市町村より飛び抜けて多い。軽く数倍、多いと10倍を超える。タカオ市だけ世紀末状態なんだろうか?こういう町だとオクシラブ町のようにヒヒイロカネを悪用した事態が蔓延していても不思議とは思えない。

「正直、この町でヒヒイロカネを探すより、犯罪に遭わない方が難しいんじゃないかって思うけど。」
「件数全体で言えば確かに群を抜いています。ですが、詳細を見ると様相が違います。これを見てください。」

 表示が切り替わって、タカオ市の犯罪発生件数を種類別に分類したものになる。それによると、不審行動や付き纏いの類が殆どを占めていて、空き巣や車上狙いといった町内会の広報に添付される交番の資料に出そうな犯罪はむしろ少ない。強盗や殺人といった重大犯罪はゼロだ。

「何と言うか…、治安が良いのか悪いのかよく分からないね。不審行動や付き纏いが多いから、これがどういうものか分からないと何とも言えないかな。」
「そうですね。不審行動や付き纏い以外の犯罪はむしろ少ないので、身辺の直接的な危険は少ないと言えるかもしれません。」

 オクシラブ町に横たわっていた不可解な謎−満月の時しか晴れない深い霧は、何者かが御神体と入れ換えたヒヒイロカネの共鳴現象によるものだとシャルが結論付けた。元々深い霧が出やすい気象環境に、知能レベルが低いヒヒイロカネが複数置かれたことで、ヒヒイロカネ同志が互いの存在を誇示する電波−これは僕に理解しやすい概念としてシャルが例示したもの−を出し続け、電波の波長が合って強め合ったことで気象環境に作用したということだ。
 今度の候補地であるタカオ市の不可解な犯罪発生件数と種類によって極端に異なる発生件数の違いは、ヒヒイロカネの存在に単純には直結させられない。だけど、何かあるんじゃないかとは思わずに居られない。分かりやすいところにヒヒイロカネがあって、手順を踏めば得られるというのを期待したいんだけど、無理だよな。
 渋滞がなくなった中央横断自動車道は、勾配が急なところが多いのを除けば車もそれほど多くなくて走りやすい。旅に出る前、何度かシャルと一緒に走った道でもある。そういえば、その時はタカオには行かなかったな。シャルが見て喜んだのはダム湖や城の天守閣とかだったから、そういうのがないタカオ市に行く理由がなかったのもある。
 タカオインターから出て一般道に入る。此処からは全く土地勘がないからナビとHUDに頼るしかない。どちらもシャルの完全制御下にあるから間違いはないけど、そのシャルが人の形を取って助手席に座っているというのが、今でもやや理解しきれていない。まだ手や脚が車に繋がっていれば何とか理解できただろうけど。
 タカオインターからATMまでは、国道20号線を少し走ってタカオ駅の方へ向かえば良い。シャルの配慮で分かりやすくて曲がりやすい道が優先されている。土地勘のないところで細い道に入ると対向車が来た時対処に一瞬困るし、交通量の多い道路の真ん中で右折しようと頑張って渋滞を起こす事例は旅に出る前によく目にした。
 案内ルートに従って運転していくと、ノナガ銀行という銀行が見えて来る。そこの駐車場に入って車を止めてATMへ向かう。21時を回っているせいかATMは先客もおらず、静まり返っている。カードを入れてATMを操作して現金を引き出す。カード決済が出来るとは言えオクシラブ町での経緯もあるから、当座で30万を用意しておこう。
 現金を引き出せばあとはホテルへチェックインするのみ。実際の調査は明日からとして、今日は移動の疲れを取るのが重要だ。カードと現金を仕舞ってATMを出る。…ん?何だか人影が動いたような…。兎も角、車へ戻ろう。

「この銀行の周辺に隠れている人が居ます。2人、否、3人。」

 車に戻って直ぐ、シャルが言う。助手席に座るシャルは若い女性そのものだけど、本体は超高性能な機能を満載した車を制御する人格のあるOS。張り巡らされたセンサーの前には、暗闇に紛れて潜む人の存在を察知することなんて、センサーの感度確認のレベルだろう。

「こちらを見ています。何からの意図を持っているのは明らかです。」
「…タカオインターから此処に来るまでに、僕って何かした?」
「いえ、決してヒロキさんの行動には問題はありません。潜伏者の行動はヒロキさんとは完全に分離して考えるべき性質のものです。」
「気味悪いけど、此処で出て行ったら余計にややこしいことになりそうだから、ホテルへ行こう。」
「そうですね。周辺の監視は継続します。」

 嫌な気分を感じながら車を動かし始める。当たり屋みたいにいきなり前に出られると轢いてしまいかねないから慎重に。駐車場を出てナビ表示のルートに戻る。HUDの表示に従って右折→左折と進めるとホテルの前に着く。駐車場は駅に近い割に結構広めの平面駐車場がある。空きも十分あるからうろうろする必要はない。

「荷物を降ろしますね。」
「僕のだけだから急がなくて良いよ。」

 最小限の衣類と洗面用具、それとノートPCくらいしか持ち出さなかったから、僕の荷物はキャリーケース1個と大きめのボストンバッグだけ。僕1人で十分持ち運びできるけど、シャルは人体創製の部分だけとはいえ自由に動けるのが嬉しいんだろうか。何にせよ、今までされたことがない気遣いは嬉しいことこの上ない。
 テールゲートを開けようとしたら、先にテールゲートのロックが外れてシャルが開ける。そういえば、この車はシャルの本体だから自在に操作できるのか。どうもシャルっていう固有名詞がこの車の人格を持つOSか、ラゲッジルームから僕の荷物を出す女性のどちらを指すのか、僕自身曖昧になっている。
 車を降りてシャルに手を貸して荷物を降ろし、キャリーケースを立ててハンドルを引き出す。これで持ち上げなくても移動できるのはキャリーケースの便利な点。持ち上げるとちょっと重いボストンバッグは僕が持って、キャリーケースはシャルに押してもらう。
 ホテルに入ってチェックイン。僕が宿泊カードに2人分の名前を書く。…シャルの名前はどうしよう?「シャル」だけじゃちょっと変だよな…。

『富原シャルで良いじゃないですか。』
『!シャル。それの意味って分かってる?』
『知ってはいますよ。あれこれ理由を考えるより自然じゃないですか?』
『それはそうだけど…、良いか。』

 唐突に決まったシャルの姓を書く。まさかこう書くことになるとは…。住所もシャルの欄は「同上」にしておく。切り捨てた身内以外で僕と同じ姓の人なんていなかったし、身内以外の女性と同じ姓で並べるなんて…。シャルはあんまり深く考えてないようだけど、こっちはドキドキしっ放しだ。
 ひととおりの説明と朝食券とカードキーを受け取り、エレベーターで部屋へ向かう。5階の504号室はツインベッドの部屋。窓からは最寄り駅のタカオ駅と周辺エリアが一望できる。灯りの多さや色合いからしてかなり賑わいがあるようだ。オクシラブ町は夜になると真っ暗に近かったから、かなり対照的に感じる。

「ヒロキさん。ホテル周辺に数名、隠れている人が居ます。」
「!ATM近くに隠れてたらしい人とは別?」
「車にはついてこられないでしょうから、別と見て良いですね。今はスマートフォンで何か操作をしている人と、物陰で待機している人に分かれています。」
「一体何だろう…?」
「私の本体である車には近づいてきませんが、カメラらしいものを向けている人は居ます。ACSは最強レベルを保持して警戒を続けます。」
「シャルが休む暇がないね…。」
「システムの一部を強めるだけですし、ACSは割り込み処理ですから負荷というほどじゃないですよ。それより、お風呂に行きましょう。此処は人工温泉の大浴場があるそうですから。」

 やっぱりシャルは人体創製で色々出来るのを楽しんでるな。ATMへの出入りから続く妙な監視は気になるけど、ホテルの中までは入ってこられないだろうし、まずは長距離移動の疲れをしっかり癒そう。嬉々として風呂へ行く準備をしているシャルの湯上りを見るのが楽しみでもあるし…。
 翌朝。ナース服姿のシャルに起こされて、1階のレストランへ朝食を摂りに行く。シャルの服装はカジュアルなものに戻っている。「これなら視界に映ったら確実に目が覚めると思った」というのが、ナース服で起こしたシャルの弁。確かに目は覚めたけどびっくりしたからなんだよな。…朝から良い目の保養になったという自覚はあるから、シャルを責められない。
 レストランの食事はごく普通のバイキング形式。オクシラブ町の時より地元の特産品をふんだんに使っている。霧で農業が殆ど出来なかったオクシラブ町を比較対象にするのはフェアじゃないかな。適当に見繕って皿に乗せて、2人用のテーブルにシャルと向い合せで腰を下ろす。

「何処から調べるかな。」
「まずは目立つ建物や場所から調べて行くのはどうでしょう?」
「この町だと…タカオ城とか?天守閣はないけど庭園が有名らしいから人が多いだろうし。でも、そんな目立つ場所に隠すかな?」
「人が多い場所はかえって隠密行動には適している面もあります。大勢人が居るので多少不審な行動をしていても見過ごされやすいからです。」
「人の多さを逆手に取る考えか。調べて損はなさそうだね。」

 シャルが持つデータでは、候補地までしか絞れない。それだけでも十分だとすら思う。日本だけでも全部調べて居たら何年かかるか分からない。何かありそうな場所を調べて回って、そこで接する人が持つ情報を集めて分析する。そしてそれらしい物体をシャルが解析して特定する。地道な作業の繰り返しが王道だ。
 不審な行動と言えば、昨日タカオ市に入ってから纏わりついている不審な人物が気になる。何の意図を以っているのか分からないし、複数人が遠巻きに監視しているだけでも不気味だ。これもヒヒイロカネが絡んでいると考えられるけど、監視をしていて快感を得られるとは思えない。実際のところどうなんだろう?

『その監視ですけど、今も続いています。』
『今もって、夜通ししてたの?!』
『昨夜は部屋の照明が消えても暫くは居ましたし、夜が明けて全体が視認できる明るさになったあたりでボツボツ現れました。』

 昨夜チェックインしてから寝るまでの時間はそれほど長くなかったし、朝は少し遅め。なのに深夜まで、そして早朝から監視に現れるなんて尋常じゃない。このタカオ市は「犯罪者の町」と言われているくらいだし実際犯罪件数も多いから、余所者が犯罪を起こさないかを見張ってるんだろうか?

『本体っていうか、車の方は何ともない?』
『就寝時間中のACSのログにも、半径10m以内の接近はありませんでした。今も距離を保っています。』
『距離を保っているのが余計に不気味だね…。どのみち外に出たら目につくのは間違いないわけだし。』
『赤外線解析の結果、銃器や刃物などの凶器は所有していないようです。攻撃の危険は低いと思いますが、念のため私と歩調を合わせてください。危険を感じたら直ちに防衛します。』
『分かった。』

 まだ僕とシャルが外に出ていない段階から監視してるのか…。一体何が目的なのか分からないから不気味で仕方ない。だけど、ホテルに籠りっきりという訳にはいかない。逆に危害を加えて来るようなら警察に突き出してやるくらい強気で居た方が良いかな。この世の中、自分に非があっても強気で押せばやり過ごせる面もあるし。
 シャルが用意してくれた腕時計をしていると、こういう他に聞かれたくない、聞かれるとまずいシャルとの会話も問題なく出来る。ただ、この腕時計は僕の脳神経系に直結しているから、僕が見たことや聞いたことも全て分かる。考えていることも勿論分かるから、邪な考えはシャルの制裁の対象になり得る。
 気を取り直して、最初の行き先を考える。スマートフォンに出した地図には、このホテルから近い名所としてタカオ城を中心とするタカオ城公園、県庁舎と市庁舎、善明(ぜんみょう)寺がある。まずはタカオ城公園かな。
 こうしてると泊まりがけの旅行気分もする。会社勤めの頃は長期休みには帰省の圧力が強くて、こんなことなかなか出来なかった。それに、女性と2人きりで遠出するまでに至らなかった。ところが会社を辞めて身内も全部切り捨てたら、僕の好みストライクど真ん中の女性と2人きりで、目的を持った旅が出来る。本当に今までの人生は何だったんだろう。
 身に覚えのない妙な監視は気になるけど、それに振り回されていたらヒヒイロカネの捜索は出来ない。それに、監視はヒヒイロカネと何らかの関連があるとも考えられるから、尚更ホテルに引き籠っているわけにはいかない。攻めるところは攻めて行かないと、全て捨てた筈のものの亡霊に取りつかれたようなものだ。
 朝食を終えて出発。持ち物は多くない。一応旅行者という体でカメラやSAで手に入れた観光パンフレットを持ってはいる。車に乗り込むところで軽く周囲を見回すと、僕が見た瞬間にさっと身を隠す人が居た。まだ監視が続いているらしい。気味悪いし腹立たしくもある。

「タカオ城公園へのルートを表示します。あと、周辺の監視状況も引き続き監視して、危険と判断すれば妨害や迎撃を行います。」
「変なところで負荷が増えるね。」
「必要なことですから気になりませんよ。」

 監視は、シャルに不要な負荷を増やしていることでもあるんだよな。だから余計に腹立たしいけど、こちらから手出しは出来ないのが何とももどかしい。アクセルを踏んで緩やかに駐車場を移動して、隣接する通りに出る。そこからナビに表示されたルートに沿って走らせる。ホテル周辺の監視からはこれで離れられるだろう。
 綺麗に晴れ上がった青空の下、車を走らせる。通勤ラッシュを過ぎているからか、車は少なめ。タカオ城公園は最寄駅であるタカオ駅から程近いところにある。高架下を抜けて駅東側に出て、高層ビルが立ち並ぶ通りを少しスピードを落として移動し、市営駐車場に入る。観光客を意識しての施設だろう。
 駐車場で留める場所には不自由しない。3階の出入り口に近いところに止めて、シャルと降りる。ロックを確認してエレベーターで1階に降りて外に出る。此処からタカオ城公園まで徒歩5分程度。高層ビルと広い大通りは、オクシラブ町とは対照的だ。
 人通りはそこそこあるけど、どうも賑わいという感じからは遠い。何と言うか…無機質というかぎこちないというか、そんな空気が漂っている。見たところ、商店より企業の支社や営業所を集約した場所みたいだから−ビルの看板が情報源−、観光地らしい賑わいとは違うんだろうか?でも、観光パンフレットにもあるタカオ城公園は此処からもう見えているくらいなんだけど。

『妙な雰囲気と感じるのは気のせいじゃありません。監視されています。』
『此処でも?!』
『無関心を装っていますが、明らかに数人が監視しています。尾行している輩も居ます。』
『何なんだろう?一体。』
『危害を加えるなら容赦しませんが、遠巻きに見ているだけなら無視しましょう。いっそのこと、見せつけて差し上げましょうか。』
『見せつけるって?…!』

 何をするかと思いきや、シャルが僕の左手を取って握る。手を繋いだ格好だ。凄く柔らかい感触とほんのりとした温もりが同時に伝わって来て、僕の心拍数が一気に上昇する。確かにシャルの容貌を考えれば十分見せつけることになるけど、唐突で大胆な行動に頭が順応しきれない。
 公園は、城址をそのまま使ったような形だ。周囲には堀があって、公園は石垣の上にある。天守閣はないけど、櫓や門はきちんとある。かつて二の丸とか建物があったところは芝生や花壇やグラウンドになって、それを囲むように店舗が点在している。
 四六時中霧に覆われていたオクシラブ町での時間が長かったせいか、見上げる晴天が物凄く明るく感じる。今日は日曜なのもあってか、親子連れやカップルも多い。芝生も珍しく立ち入り自由だから、ビニールシートを広げて寛いでいる人も多い。実に長閑だ。

「ヒロキさん。あの『ソフトクリーム』というのを食べてみたいです。」
「ああ、そうか。初めて食べるんだよね。」

 この旅に出る前に何度も遠出したけど、休憩時に僕が飲み食いしたのは普通の食事かペットボトル飲料。シャルは屋台とかのたこ焼きやソフトクリームが気になって尋ねて来た。シャルが創られた世界にも同様のものがあるらしい。
 その時は車そのものだったから食べようにも食べられなかったけど−車のまま食べたらホラーかSFのどちらか−、今は人体創製で人型で行動できるし普通に飲食も出来る。これまで屋台とかで名前を見るしかなかったソフトクリームなどを体験する絶好のチャンスでもある。
 僕はシャルを連れてソフトクリームを売っている店舗へ行く。店先にはソフトクリームの味と色に合わせた幟が並んでいる。王道のバニラをはじめ、ストロベリーやブルーベリー、チョコレート、変わり種では抹茶や林檎もある。抹茶と林檎はタカオ市の特産物の1つらしい。

「どれにする?」
「最初はオーソドックスなものにしたいです。印象が悪くなるといけないので。」
「だとしたら、やっぱりバニラだね。」

 僕はバニラと林檎を1個ずつ頼む。バニラはシャルに渡して林檎は僕。林檎を選んだのは初めて見るという単純な好奇心と、シャルと食べ比べしてみたいという気持ちもある。もっともまずはソフトクリーム初体験のシャルの邪魔をしないようにしないといけない。
 シャルは手にしたバニラのソフトクリームの先端を口に入れる。少しして満足そうな笑みを浮かべる。どうやら初めて味わうソフトクリームは、シャルの口に合ったみたいだ。

「美味しいですね。冷たくて口の中で溶けていく感覚がクリームそのものです。」
「気に入ったみたいだね。」

 林檎の方は甘酸っぱさが爽やかな気分にさせてくれる。ソフトクリームは「甘いもの」という印象があるから、新鮮に感じる。

「ヒロキさん。そっちはどんな味ですか?」
「林檎だから甘酸っぱい。シャルが持ってるバニラとは違う甘さだよ。…食べてみる?」
「はい。味の体験や比較が出来るのは人体創製ならではですから。代わりに私のも食べてみてください。」

 こちらから言うより先に食べ比べが実現する。内心ドキドキしながらシャルに僕のソフトクリームを差し出す。シャルは先端が丸くなったほんのり赤いソフトクリームを一口分咥える。シャルが自分のソフトクリームを差し出すのを待って、僕も同じことをする。
 ソフトクリームの定番であるバニラは、勿論馴染みある甘さが良い。だけど今回はそれ以上に女性と食べ合いっこが出来たことの感慨というか、そういうものが頭を占める割合が圧倒的だ。今までこういうことをしてみたいと思っても、そんな関係になる以前の問題だったからな。
 僕の隣に居るシャルは、どう見たって若い女性そのもの。しかも容貌は客観的にも群を抜くし、僕自身に限定すればストライクど真ん中。更に今はソフトクリームの購入で一旦離した手を再び繋いでいる。僕が何度も望んだけどそれが近づく前に相手への気持ちごと破壊されたシチュエーションに、こんなにすんなり到達できるとは思わなかった。
 そうだ。まさに今、僕はシャルとデートしてると言える。ただ、シャルの気持ちはどうなんだろう?ひとまず拒否感はなさそうだけど、単に人体創製で出来ることを楽しんでいる延長戦何だろうか?…それでも良いか。今こうして隣に居て手を繋いでもくれるだけでも、今まで望んでも無理だったことだから。

「こういうのを、デートって言うんですよね?」
「…頭の中を読んだ?」
「それだけではなくて、データベースにある情報と照合して条件が概ね適合するので、そう判断しました。」
「ちなみに、そのデータベースの情報には何て登録されてるの?」
「現状に適合すると判断した条件は、『交際中或いはそれに近い心理状態にある男女の交遊』です。間違っていますか?」
「…正解です。」

 シャルは僕と交際中かそれに近い関係だと認識している。それはつまり僕の気持ちが一方通行じゃないってこと。それだけで十分嬉しい。大体、今こうしてソフトクリームを食べ合いっこしたり、手を繋いだりしてることが、嬉しくて楽しくて仕方ない。いきなり何もかも望むのは無理があるし、僕もそれは望んでない。
 それにしても凄く平和な光景だな。昨夜のATMから人を換えて付き纏っている監視が余計に浮いて見える。この光景からはこの町が「犯罪者の町」とは到底思えないし、余程暇なのか。どうして監視をする必要があるのか問い詰められるものならそうしたい。
 さて、ヒヒイロカネが隠されていそうな場所というと…。この公園は物凄く不向きだ。開け過ぎている。隠すならオクシラブ町のように一般人はまずは入れない神社の本殿とか、そういう場所が適している。だけどこの公園には建物自体が凄く少ない。店舗はどうやら営業専門らしくて住居は伴っていないから狭い。他にはトイレと休憩所しかない。
 地中に埋めるという手も考えられるけど、そうするメリットがない。オクシラブ町の一件から考えて、何らかの影響が出るように配置すると考えられる。地中に埋めるとそれが難しい。だとすると、この公園にヒヒイロカネが存在する可能性は低いと見た方が良さそうだ。

『シャル。この公園にヒヒイロカネの反応はある?』
『残念ながらそれに近いものも含めて一切ありません。あまりにも開け過ぎていて、隠すにしても目立ち過ぎると考えたかもしれません。』
『此処になければ他の場所を探せば良いことだよ。…もう少し此処に居たいんだけど、どう?』
『デートには最適な環境ですから、公園を一回りするくらいは続けましょう。』

 この公園、建物が少ない分歩きまわれる場所が凄く広い。端から端まで歩くと昼過ぎになるだろう。こんな穏やかな天候の下、シャルと一緒に居られるなんて願ってもない機会だ。ヒヒイロカネやこの町に来てからの監視は気になるけど、今はシャルとのデートを楽しもう。それこそ見せつけることになりそうだけど…。
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