雨上がりの午後 アナザーストーリー Vol.3

Chapter 9 on a Sunday, X years later

written by Moonstone

X年後…。

 朝、か。手を伸ばして枕元の時計を見ると、朝6時。もう身体にプログラムされてるかのように、お休みの日でも余程のことがない限り、アラームが鳴る前に決まった時間に目が覚める。今日は2人のお休みが土日祝日の何れかで重なる日。もう暫く布団の中に居よう。
 この時期、エアコンの暖房をリビングと寝室全体に行き渡るようにしてるけど、布団の温もりには敵わない。人肌の温もりを吸収して保つ効果は、コートやマフラーを凌駕するように思う。独りでもこの時期布団から離れたくない誘惑にかられるけど、こうして…祐司さんの胸の中に居ると余計にその誘惑が強い。
 結婚して新居に移って初めての冬。祐司さんと私は就職先が違ったけど、私と祐司さんが出逢った日、10月10日に婚姻届を提出して晴れて夫婦になった。それと旧自宅の退去と新居への引っ越しがほぼ同時期になった。色々手続きがあったけど、それを苦に思ったことは、少なくとも私はない。
 祐司さんのお休みはカレンダーどおり。私は月曜固定で後は基本シフト次第。だから祐司さんと私のお休みが合う時は多くない。お休みが合う時は、兎に角一緒に居ることを大切にする。…前夜から。祐司さんも私も、翌日のことを考えずに幸福と快楽を貪れる。
 昨夜も濃密で激しかった。明日が揃ってお休みだからという意識は祐司さんにもある。最後の方は体力を絞り出すように動いてた。そうやって力の限り-普段が手を抜いているってことはまったくない-愛してくれる祐司さんに、私は全てを委ねる。私が上になる時や祐司さんに奉仕する時は、祐司さんが絶頂に達するのを促すように徹底する。
 以前、私が上になる時は回を重ねるごとにエロティックになってる、動きや仕草が堪らない、って祐司さんが褒めてくれた。私が上になる時、どうすれば祐司さんがより興奮するか、より絶頂へ促せるかを考えている。試行錯誤を重ねて今に至ってる。
 祐司さんに奉仕する時も、考え方は同じ。どうしたら祐司さんをより気持ち良く出来るか。より絶頂へ促せるか。それを口や手や胸を使ってどう実現するか。その場その時に出来ることに真摯に取り組む。それで祐司さんは絶頂に達して満足してくれる。
 それ以外は、ただ祐司さんに全てを委ねる。絶え間なく押し寄せる幸福と快楽に浸りきって、シーツや祐司さんの腕を掴んで、声が出るままに喘ぐ。演技は何もない。ただそうしてるだけで、祐司さんは力強く動いて絶頂に達する。その瞬間、男性の絶頂の証である温かいものが私に向けて迸る。
 温かいものはお腹の中の他、顔や胸、お腹の上、私が奉仕する時は口の中に放たれる。どの時も凄く勢い良く迸る。昨夜はお腹から胸にかけて浴びた。温かくて、触るとどろっとしている。これが祐司さんが私で興奮して気持ち良くなった証、ってぼやける意識の中で味わった。
 寝る前に祐司さんがティッシュで拭ったけど、その祐司さんが体力を使い果たして寝る寸前だったから適当。でも、それがかえって目覚めても続くほどの深く味わい深い余韻になる。拭いきれなかった祐司さんの温かいものが、私の身体の表面でこびりついているのが分かるから。此処にあそこに祐司さんの温かいものを浴びたと思い返せるから。
 上半身を起こして祐司さんを見る。よく寝てる…。昨夜もこの男性の上や下で、我を忘れて喘いで動いて奉仕したのよね…。そう、我を忘れる。ただただ幸福を快楽を求めて浸る女になる。祐司さんの前でだけ、理性や羞恥心といったものを全て捨てて全て晒す。それが私なりの夜の極意。

「ん…。」

 不意に祐司さんが目を開ける。ぼんやりした瞳の焦点が徐々に定まる。貴方の妻である私は直ぐ傍に居ますよ?

「晶子…。起きてたのか。」
「少し前に。祐司さん、ぐっすり寝てるなぁって思いながら見てました。」
「何時頃?」
「えっと…、7時過ぎですね。」
「何時も起きる時間と大差ないな…。」
「私も同じですよ。ですから、今日は時間を気にせずこうして居たい…。」

 私は身体をスライドさせるように動かして、祐司さんの上に乗りかかる。まずは上半身、続いて下半身。祐司さんは最初こそ少し驚いた顔をしたけど、まだ眠気が残っている目で私を見る。首から下がすべて祐司さんに触れる。繋がっていないことを除けば、私が上になって絶頂に達した後の体勢そのもの。

「私…、凄く幸せです…。」
「そうか…。俺もだよ…。」

 祐司さんが初めて私の傍から居なくなる時間があった頃から、色々なことがあった。トラブルの類はどれもこれも私の先走りや思い込み、そして親族絡みのものだった。学業や仕事で大変な時に巻き込まれた祐司さんはたまったものじゃなかったと思う。でも、祐司さんは優しく私を包んで、時に厳しく私を諭してくれた。
 もう幸せを逃しなくないって一心で、指輪を填めてもらって妻を名乗るようになった。そして去年の秋、10月10日に婚姻届を提出して名実共に祐司さんの妻になれた。それに安住することなく、あの時間以来の決心-祐司さんが私を妻にして良かったと思えるように努力を惜しまないようにしている。
 それは決して気負いじゃない。祐司さんに喜んでもらいたい。褒めてもらいたい。私が出来ることをすれば、祐司さんは必ずそうしてくれる。私が祐司さんに愛情を注ぐことで、私が欲しかったものは全部祐司さんがくれる。愛する人と一緒に暮らせること、私自身が認められること、それらを祐司さんは惜しまずにくれる。
 この状況を、幸せという単語でしか言い表せないのがもどかしい。私の選択は正しかったとか、私の男性を見る目が優れていたとか誇ることはしない。恋愛も結婚も相手あってこそのもの。祐司さんが私を受け入れてくれて、私が祐司さんを早々に見定めたことが合わさって、この「幸せ」と表される今の状況がある。それで十分。
 私は祐司さんの頬に左手を当てる。私の左手と交錯するように、祐司さんの左手が伸びて来て私の頬に触れる。手の柔らかさと温もりに混じって、一箇所だけ少しひんやりした感触がある。祐司さんがくれた指輪。祐司さんに填めてもらって以来、片時も離れることなく左手薬指で輝いている。
 祐司さんから貰ったプレゼントのうち、イヤリングは特別な時に填める。指輪は常時、ペンダントは入浴時と寝る時以外身につけている。祐司さんと私の歴史がこれらに刻まれている。これまでも、これからも、何時までも一緒。
 どちらからともなく目を閉じて、私は祐司さんに顔を近づける。唇と唇が触れ合い、その面積を広げる。祐司さんの手が私の背中に、私の手が祐司さんの首に回る。どちらからともなく舌を絡め合う。体勢が入れ替わってもキスと抱擁が続く。
 身体の前面で感じる祐司さんの心地良い温もりと重み。太ももに感じる祐司さんの硬くて熱いもの。昨夜の濃厚な営みが脳裏に蘇る。私の上で力強く動く祐司さん。私の下で絶頂に達するのを堪える祐司さん。快楽と幸福に任せて喘ぐ私。祐司さんの上で快楽と幸福を求めて動く私。
 祐司さんと私が逆向きに重なり、祐司さんに口と手と胸で奉仕する私。私の大切な部分に舌を這わせる祐司さん。口と手と胸に感じる祐司さんの硬くて熱いもの。私のお腹の中に温かいものが迸り、満たしていく感覚。私のお腹から胸にかけて温かいものが降り注ぐ感覚。
 ありとあらゆる瞬間が、全て快楽と幸福をベースに鮮明に思い出される。思い出される記憶の中から、もう一度あの瞬間を味わいたい、もう一度快楽と幸福の海に浸りたいって欲求が湧きあがって来る。どうしよう…。私から言うべき…?
 祐司さんの口と舌が徐に離れていく。私の両脇に手を突いて私を見つめる体勢になる。私を…求めてる。言うタイミングを探してる…。祐司さんと私は夫婦。しかも2人の家で2人きり。だったら…私は何を躊躇ってるの?あの日決意したんじゃないの?

「…祐司さん。欲しい…。…来て。」

 気持ちをそのまま口に出す。祐司さんの前でだけは、本能の赴くままにする。我を忘れる。妻である今、見つけた筈の私なりの夜の極意を出し惜しみするのはおかしい。

「…んっ。」
「!はぁっ!」

 硬くて熱いものが私を深々と貫く。反射的に口から嬌声が飛び出す。私は祐司さんの首から腕を離して、祐司さんが動きやすいようにする。同時にそれは、私が快楽と幸福に没頭するため。
 祐司さんが上体を起こして力強く動く。幸福と快楽が絶え間なく押し寄せる。シーツを掴んで意識が霧散するのを堪える。息と声が喉から押し出される。祐司さんの手が私の胸や腕を掴む。祐司さんが私のウエストを抱えるように掴む。祐司さんの動きが速くなる。来る…!
 祐司さんが短く呻く。その瞬間、私を貫いていた硬くて熱いものが弾けて温かいものが勢いよく迸る。強烈な幸福と快楽が大波になって全身を突き抜ける。喉から声になって押し出される。意識が消えかかるのをシーツを強く掴んでどうにか堪える。
 お腹の中に温かいものがじんわり広がって満たしていく。幸福と快楽が別の形になってまだ続く。祐司さんが覆い被さって来る。繋がったまま私を抱き締めてキスをする。様々な幸福と快楽が次々と祐司さんから齎される。私…、何て幸せなの…。この幸せは…私だけが味わえる…。その事実も…幸せ…。

「そろそろ、朝ご飯の準備をしますね。」

 余韻に心行くまで浸った後、私は祐司さんに軽くキスをしてベッドから出る。着替えは寝る前に用意してあるから、パジャマの代わりにそれを着る。普段は、祐司さんが寝ている横でこうしてるから、祐司さんには新鮮に見えるかも。
 結構汗をかいたから、まずはお風呂場へ向かう。着て間もない服を脱いでシャワーを浴びる。こうしていると、祐司さんと付き合い始めて初めて独りになった時のことを思い出す。帰って来た祐司さんを祐司さんの家で出迎えて夜を過ごして、朝目覚めてからこうしてシャワーを浴びた。
 あの時とは色々なことが変わっている。単身者向けの1LDKは世帯向けの2LDKへ。大学生から社会人へ。私の妻公言から法律で裏打ちされた夫婦へ。祐司さんの私への気持ちも変わっている。付き合ってはいるけど扱いが難しいって感じから、妻として愛し労ることへ。
 夜に祐司さんが私にすることは増えた。この身体に…温かいものをかけることもその1つ。その痕跡はシャワーで洗い流されてしまうけど、行為の記憶とその時の幸福と快楽は残っている。熱くて濃密な夜の記憶を得て、また新しい1日が始まる。
 汗を洗い流したら終わり。お風呂場から出て身体を拭って、そのバスタオルを身体に巻いて髪を乾かす。寝る前と違ってお湯をかけた程度だからそれほど乾かすのに時間はかからない。この髪…、祐司さんが凄く気に入ってくれている。だから洗うのに手間がかかるのを承知でこの長さと艶を維持している。
 私は祐司さんの妻でありたい。そのために努力を惜しまない。それで祐司さんは私を認めて褒めて愛してくれる。髪を維持するのもその1つ。お風呂の後で乾かすことと、作業をする時に束ねる必要があることと、夏場に束ねないと暑いことをどうにかすれば、維持するだけで祐司さんは喜んでくれる。
 この生活を続けていければ、やがて子どもが出来るだろう。その時、私は妻に加えて母になれる。祐司さんとの子どもを産むことは私にしか出来ないことの真骨頂。その時が待ち遠しい。それは自然の流れに任せている。その時まで…、私は自分を磨く。
 髪を乾かしたらキッチンへ。勿論朝ご飯を作るため。ご飯は前日にお米を研いで炊飯ジャーにセットしてある。何時もの時間と同じだからとっくに保温になってる。味噌汁とハムエッグを準備する。ハムエッグと言えば、祐司さんを出迎えたあの日の翌朝、祐司さんに振る舞ったメニューよね。
 これくらいの朝ご飯を作るのは簡単だけど、祐司さんは喜んでくれる。「俺1人じゃこんな朝飯は食べられない」って。料理が出来ないなら私がすれば良い。その分、祐司さんは別のこと-掃除とか収納とか荷物運びとかをしてくれる。2人で生活してるんだから、それぞれが出来ることをすれば良い。
 将来子どもが出来た時も、祐司さんなら無茶苦茶になった家で暮らすことはないって確信している。料理は出来なくても買ってくるとか外食するとか対応策はある。それこそ、私が今も勤めているお店に行けば、安全安心な食事が出来る。家計を支える大切なお仕事があるんだから、無理に負担を増やさなくて良い。
 祐司さんは自分のことをずぼらとか言うけど、掃除や収納を見ていても言うほど酷くはない。ちょっと雑な程度で、それも目立つようならちょっとの手間で直ぐ解消できる。週1回とかでも掃除機をかけて、目立つゴミを拾ったりしていれば、綺麗な状態は結構長く維持できる。
 料理だって、レシピに従って作っていけば出来る。最初から複数同時進行とか考えなければ、祐司さんの頭脳のレベルなら全く問題なく出来る。少なくとも、答えを自分で見つける必要があるお仕事より、この手順を踏めば必ず出来ると分かっている料理の方が、祐司さんにはずっと簡単な筈。
 それに、祐司さんが料理までこなしてしまうと、私の居場所がなくなってしまう気がする。経験さえ積めば、祐司さんが他人に振る舞える料理を作れるようになるのは間違いない。それが私には怖い。祐司さんは、私が出産とか不意の入院でどうにも料理できない時、ひとまず家でどうにか食事できるレベルで十分。
 かなりずるい考え方かもしれない。だけど、私が祐司さんに出来ることをみすみす失いたくない。朝ご飯と晩御飯の他、お弁当も毎回綺麗に食べてくれて、「美味かった」と言ってくれる。私はそれが嬉しくてならない。…出身地では美味く出来て当たり前だったから。
 さて…、ハムエッグが出来た。味噌汁もひと煮立ちした。リビングに持っていこう。祐司さんは起きてるかしら…?まだ居ない。二度寝してるのね。次は今夜に取っておいてもらって、朝ご飯を食べてもらわないとね。

「祐司さーん。起きてくださーい。」
「ん…。!んん!」

 よし、目が覚めたわね。祐司さんの口を塞いでいた口と舌を離す。祐司さんは完全に目が覚めた様子で、混乱と茫然が入り混じった顔で私を見てる。

「朝ご飯出来ましたよ。」
「何て起こし方するんだよ…。」
「これなら確実に起こせると思って。さ、着替えたらリビングに来てくださいね。」

 こういうことが出来るのも、祐司さんの朝の弱さを知っているからこそ。でも、お仕事のある日は眠そうだけど一度起こせば直ぐ起きるから、今日はスイッチオフね。しっかり休んで寛いで欲しい。料理とかは私がするから。
 カーテンを開ける。良い天気ね。この家に引っ越してベランダがぐっと広くなった。物干し台はベランダの壁で隠れるから、下着も天日干し出来る。天日干しすると乾くスピードが速いから、家事の回転を速められる。これも祐司さんと暮らせることの特権だと思ってる。
 祐司さんがリビングから出て来て、一旦洗面所へ向かう。まだちょっと眠そう。普段通勤ラッシュの中で乗り換えもある通勤をして、お仕事も学生時代の知識が必要な難しいこと。お休みの日くらいだらしなくして欲しい。そうすれば私が祐司さんの世話を出来るし、祐司さんは寛げる。
 洗面所から出て来た祐司さんは、やっぱりまだちょっと眠そう。それでも服はきちんと着替えてるし、身繕いもしている。これでずぼらとは言えない。私が淹れたお茶を飲んで、何度か瞬きする。ちょっと目が覚めたかしら?さて、私も向かい側に座ったし。

「「いただきます。」」

 2人で揃って食べ始める。私はシフト勤務で早番と遅番があって、遅番の日はお店で晩御飯を食べる。祐司さんは作り置きだと申し訳ないから-祐司さんはそれでも良いって言ってくれるけど-お店で食べてもらってる。祐司さんは大学卒業と就職でお店を卒業したから、お客さんに混じってだけど。
 だから、朝ご飯は必ず一緒に食べるようにしてる。これは祐司さんと話し合って合意したこと。お休みが合うのは基本的に私のシフト次第だから、同じ時間帯に顔を合わせる機会が少なくなる。きちんと相手の顔を見て存在を確かめあって、お話をして、必要なら意見の擦り合わせをするために、朝ご飯の時間を合わせることにした。

「今日は買い物に行くのか?」
「はい。食材の他、日用品を少し。」
「買う量はどの程度?」
「えっと…。食材は何時もと同じくらいですね。日用品はシャンプーとかボディソープとか、お風呂関係です。」
「となると、袋が何時ものと小さめのものを持っていけば良いか。」
「そうですね。念のため後で買うものを確認しておきます。」

 土曜日にお休みが合うと確実に出来るのが、買い物。早番だとお店の開店時刻と私の出勤時間が近くて難しいけど、遅番の時は必ず行く。行くお店も通る道も決まってるけど、日によって少しずつ変わっていく見慣れた風景を見ながら、のんびり歩いて買い物に行くのは凄く楽しい。
 この家に引っ越してから、ボストンバッグを買って、私が持っていた古い方を買い物の食材を入れるためのものにした。2人の生活が本格化したことで買うものも幾分増えたし、レジ袋は有料以前にものを入れてぶら下げると指に食い込んで痛いから、ボストンバッグで肩から下げた方が運びやすい。
 独りの時は、お米を買うと正直きつかった。今は祐司さんが運んでくれる。運んでもらう代わりに、私は美味しい料理を作る。独りだと出来ない、難しい、厳しいことでも2人でなら分担や協力が出来る。夫婦になるってことはそれを自然に、或いは話し合って出来ることだと分かった。
 単純なことかもしれないけど、この意識すら私は十分じゃなかった。ただ「祐司さんの妻」という意識ばかりが先に立って、妻らしいことを碌に出来なかったし、妻らしい意識もなかった。祐司さんでなかったらとっくに愛想を尽かされるか、体よく愛人代わりにされていたかのどちらかだっただろう。
 新婚旅行と銘打った旅行に行って、婚姻届を提出して引っ越しを経験して、本格的に一緒に暮らすようになって、ようやく妻としての認識や行動が出来て来た…かな。思い返すと、今でも祐司さんには申し訳なかったとしか言えない。祐司さんが以前の私を少しも責めないから余計に。
 単なるルームシェアじゃない、力を合わせて1つの家庭を営むこと。それが夫婦というものだと分かって来た。一方、祐司さんは結婚や夫婦の意味をずっと前からきちんと理解していた。だから、先走る私に対してしっかり地均しをして、私を妻として受け入れてくれたんだと思う。
 何時ものように穏やかに朝ご飯が終わる。祐司さんが片づけをする間に、私は買うものの確認。食材はやっぱり野菜中心と肉や魚少々。あと、シャンプーとボディソープ、それと剃刀の刃。大小の買い物袋は用意しておく。

「晶子。洗い物が終わった。買い物に行くか?」
「はい。」

 私は寝室にあるクローゼットから2人分のコートとマフラーを持って行く。キッチンから出て来た祐司さんに、祐司さんの分を渡す。こういうちょっとした気遣いで祐司さんは喜んでくれる。…ほら、ちょっと驚いた顔から笑顔に。

「ありがとう。」
「どういたしまして。鞄と袋は用意してあります。」

 揃ってコートを着てマフラーを巻いて玄関へ。大小の買い物袋はシューズボックスに置いてある。買い物袋を私が持って、祐司さんが玄関の鍵をかけて出発。よく冷えてるけど空は綺麗な青空。あの日の朝の空を思い出す。帰省した祐司さんを前の祐司さんの家で出迎えて、久しぶりの夜を過ごして迎えた朝。
 あれから時は流れて、私は名実ともに祐司さんの妻になった。妻としての意識と行動は、祐司さんから見てようやく同期して来たなって思えるところかもしれない。あの時の決意を忘れずに、絶えず思い返して祐司さんの隣を歩いていこう。もう片方や祐司さんの隣に、子どもが加わることになっても。

「何だかご機嫌だな。」
「祐司さんと一緒に居る時は、何時だってご機嫌ですよ。」

 少しずつ変わっていくであろう日常の風景。その変遷を祐司さんと一緒に見ていきたい。何気ない時間を共に過ごして、その時間と経験を重ねていくことで、私と祐司さんの歴史が出来ていく。今、この瞬間も、私は祐司さんと一緒に祐司さんとの歴史を作っている。
 刺激は要らない。安心して暮らせる関係と穏やかに暮らせる時間。祐司さんはそのどちらもくれる。私も祐司さんに安心と平穏をプレゼントしたい。妻として。やがては母としても。それが…、先走ってばかりだった私を受け入れてくれた祐司さんへの最大の感謝だと思うから…。