雨上がりの午後

Chapter 341 「娘」との時間4−夢が詰まった場所へ2−

written by Moonstone

「頑張った!」
「良かったねー。」

 ゲームを終えて景品のぬいぐるみを貰って来ためぐみちゃんが、景品のぬいぐるみを誇らしげに見せる。ピンクの身体とハート形の鼻が印象的な可愛いぬいぐるみがめぐみちゃんの得た景品。俺と晶子の応援を受けて頑張った結果、なかなかの高得点。めぐみちゃんも満足そうだ。

「大切なぬいぐるみを落としたりしないように、袋の中に入れておこうね。」
「うん!」

 晶子が持っていた大きめの鞄から、布の袋を取り出す。袋と言っても手提げ部分があるし、布だから多少重いものを入れても大丈夫。晶子はめぐみちゃんに袋の中にぬいぐるみを入れてもらい、それを自分の鞄に仕舞ってファスナーを締める。晶子に預けてきちんと保管される一部始終を見せたわけだ。こういう細かい配慮は晶子ならではだ。
 では改めてジュラシック・パークへ。人はそれほど多くない。これより前にユニバーサル・ワンダーランドとか、有名どころが多数あるからそこで人が吸い込まれているのもあるだろう。アトラクションでは並ぶのが常みたいなもんだが、その時間が少ないに越したことはない。
 これまでより緑の割合が格段に多くなる。目的地ジュラシック・パークに到着だ。尖った2つの岩に掲げられた看板が、人間の手が及ばない地への冒険を予感させる。

「めぐみちゃんは、遠足で来た時に此処で遊んだの?」
「うん。凄く面白かった。だからお父さんとお母さんと一緒に来たかった。」
「ジュラシック・パークって確か、現代に蘇った恐竜が出て来る映画だったよな。」
「そうですね。実際に映画で見た覚えはないですけど、有名ですよね。」
「恐竜って凄い昔に居なくなったんだよね?どうやって復活させたの?」

 このエリア唯一のアトラクション、ジュラシック・パーク・ザ・ライドに向かいながら、フィクション−空想の産物も混じっていることを前置きしてから覚えている範囲で説明する。化石から恐竜のDNAを抽出して復活させたクローン、言い換えればコピーだ。DNAは全ての生物に存在する身体の構成情報だから、それを抽出・複製・改変することは遺伝子工学などとして実際に存在する。
 DNAは生物の体を構成する細胞の中にあって、細胞の入れ替わりに応じて絶えず複製と消滅が繰り返されている。細胞が生きていることによって複製されると同時に維持されているから、化石になるとそれが止まることで、DNAがどんどん失われてしまう。骨の細胞自体が死んでしまうからだ。だから、化石から抽出したDNAで恐竜を復活させることは実際には不可能だ。

「−でも、恐竜を現代に復活させたらどうだろう、って想像することから、この映画が出来ただろうから、常に事実じゃないから駄目っていうのはおかしいな。それを言い出したら、浦島太郎もシンデレラも出鱈目の一言で片づけられてしまう。」
「色々な本がなくなったらつまらないね。」
「そうだな。恐竜はずっと昔に居なくなったけど、もし現代に蘇らせることが出来たらって想像するのは自由だし、そこからこのアトラクションも出来たんだからな。」
「恐竜が居た時に行けたらって考えても良いんだよね?」
「勿論。」

 めぐみちゃんの中で、自分が物語を作ってみようという意思が湧き上がってきたようだ。こういうところ、晶子と似ている。読書を好む、ジャンルは不問、とめぐみちゃんに晶子が与えた影響はかなり大きい。こんな感じで考えることも似通って来ると、本当の母子みたいだ。
 まだ小学2年生だからと侮れない。想像やストーリー展開を文章に変換する過程がまだ上手くいかないから稚拙な文章になるのであって、文章がきちんと書けるようになれば驚異的なレベルの物語が出来る可能性だってある。大体、大人も言うほどきちんと文章を書けるもんじゃない。

「恐竜って、凄く大きな身体だったんだよね?」

 列に並んで直ぐ、めぐみちゃんが新たな疑問を口にする。

「かなり大きいな。象より大きい恐竜もかなり居たらしいし。」
「身体があんなに大きいと、動くのも凄く大変そうだけど、大丈夫だったのかな?」
「最近言われるようになってきた、恐竜に関する謎だな。コンピュータで計算すると、あの大きさや体重では今の地球では生きられないらしい。」

 体重が極端に増えるとどうしても動きが緩慢になり、最悪自力で動けなくなる。身体を支える足腰が大幅に増えた体重を支えられなくなるわけだ。欧米で極端な肥満で身動きが取れなくなった人の話題が出るのは、その証左だ。人間は救急車を読んだり他人の助けを得られるが、恐竜は他の恐竜の餌になるのを待つだけになる。
 身体が大きいとその分心臓に負担がかかる。心臓が絶え間なく全身に血液を送り出しているのは、肺から吸い込んだ酸素を血液を介して供給するのと同時に、細胞に溜まった老廃物を回収するためでもある、その先に肝臓や腎臓が待っているわけだが、酸素が供給されないと細胞は死ぬしかない。
 恐竜の心臓は、その巨体に隈なく血液を送り出すほど大きくないことが、細菌の研究で分かって来た。だが、ブラキオサウルスなどのように体長が十メートルを優に超える巨大な恐竜が現存したことは化石から明らか。ではどうして恐竜は生きられたのか?
 考えられることは、恐竜が生きていた時代の地球の重力が今より低かったことだ。体重が例えば50kgなのは、今の地球の重力が50kgになるだけの力があるため。それが80%だと40kgになる。人間でも10kg体重が増減するとかなり変わる。それが数百kgとか数トンという体重だったと計算される恐竜なら大きく変わる。
 これは恐竜の突然の絶滅にも関係があるのではと考えられている。巨大隕石が地球に衝突して大災害を引き起こし、巻き上げた土砂が太陽を遮って寒冷化したのが原因というのが今の主流だが、それだと恐竜だけ絶滅した理由が説明出来ない。何らかの原因で地球の重力が大幅に増えて今くらいになり、巨大化した恐竜は身動きが取れなくなって絶滅に追いやられたと考えられる。

「どうして地球のじゅーりょくが増えたの?」
「そこまではまだ分かってない。恐竜の大きさが今の地球の重力だと生きられないものだと分かって来たのもごく最近だし、もっと研究が進むと分かるかもしれない。」
「そうかー。もし分かったら凄いね。」
「ああ、凄いぞ。恐竜の本当の姿や色が証明出来るのも凄いし。」
「?恐竜って、これから見るのが本物じゃないの?」

 恐竜の姿や色は化石から推測されるものと、爬虫類、つまり鰐や亀と同じ仲間という位置づけから出来たものが混じっている。鰐や亀の色が恐竜の肌の色に反映されているわけだ。ところが最近の研究で必ずしも地味な色ばかりじゃなかったらしいと分かって来た。
 皮膚の化石も出て来ては居るが、何しろ「化石」というくらいだから色が残っていると思わない方が良い。今居る爬虫類と同じだろうと思っていたが、どうももっとカラフルだったり、羽毛や体毛もあったらしいと分かって来た。そうなると「鰐や亀の巨大版」という姿や色のイメージは大きく変わって来る。
 そもそも、爬虫類と分類されていることも疑問が多くなっている。集団で狩りをしたり子育てをしたりといった、人間や哺乳類のような社会性を持っていたことも分かって来た。この先研究が進むと、恐竜のイメージが大きく覆されるかもしれない。

「恐竜の分からないことって多いんだね。」
「何せ今生きてなくて、化石やそれが含まれる場所を調べるしかないからな。調べ方が変わって良くなって、ようやく分かって来たことが多い。」
「化石って石みたいなんだよね?そこからどうして色とかが分かるの?」
「分析する機械が出来て、それを恐竜の研究にも使うようになったからだな。」

 これまで恐竜の研究は、化石と「爬虫類」という分類から生じるイメージから進んでいた。一方、色々な分析機械が出来ていて、僅かな量のサンプルから詳細な構造などが分かるようになった。DNAの抽出や解読も可能になったのはごく最近のことだ。化石もそういった分析機械に仕掛けることによって、これまで分からなかったことが分かるようになった。
 恐竜を研究する分野もそうだが、考古学は発掘される遺跡や遺留物、文献といった「自分達が発掘したものや現存している資料」しか対象にしなかった時代が長く続いた。元々分析機械を駆使して研究するのは物理や化学といった理系分野、考古学は文系分野という区切りというか住み分けというか、それを頑なに守っていた。
 分析機械を駆使して遺跡や遺留物を詳細に分析することは、まだまだ始まったばかり。当然抵抗も大きい。遺跡や遺留物を自分の経験や勘で判断するのではなく、機械に仕掛けて分析するのは邪道とする認識も未だにあるそうだ。下らない住み分け意識を排して研究の本筋を進むことが重要だというのが共通の認識になるのはまだ先の話だろう。

「色んな方法で研究されて、恐竜のことがもっと分かるようになると良いね。」
「それを切り開くのはめぐみちゃんかもしれないな。」
「今の知りたい、勉強したいっていう気持ちを忘れなければ、色々な可能性がありますよね。」
「ああ。めぐみちゃんが画期的な発見をしたって有名になる日も来るかもな。」

 めぐみちゃんが将来の進路を具体的に考えるのは数年後。これもあっという間に来る。その時めぐみちゃんがどういう選択をするかはめぐみちゃんの自由意思だが、色々な可能性を探求するのは勿論、幅広い分野にまたがる道を進んで欲しいとも思う。
 順番の列は次第に進んでいく。いよいよ次が俺と晶子とめぐみちゃんの順番だ。事前にチェックがある。身長のチェックがあるのか。ということは、このアトラクションはジェットコースターとかの部類か。めぐみちゃんの身長は…、チェック用の測定台と目視で比較しても大丈夫そうだ。もっとも大丈夫じゃなかったら遠足の時も乗れなかっただろう。

「はい、OKです。」

 めぐみちゃんが無事チェックを通過。めぐみちゃんはややそわそわしてくる。待ちに待ったアトラクションに今度は俺と晶子と一緒に乗れるとあって、わくわく感が抑えられないんだろう。アトラクション1つでこれだけ高揚するめぐみちゃんの願望を破壊しようとしたんだから、その憤激たるや想像に難くない。
 前のグループが出て来る。それと入れ替わりに順番に案内される。ジェットコースターの横幅をぐっと広げたような車体に乗り込む。俺と晶子とめぐみちゃんは、ほぼ中央の列の真ん中あたり。めぐみちゃんを俺と晶子で挟むように座る。上から座席固定のロックが降りて来るのは、ジェットコースターと同じだ。

「いよいよだー!」
「楽しみね。」

 めぐみちゃんのテンションが最高潮に達したようだ。ロックに両手を乗せて、目を輝かせている。両隣には俺と晶子が居るし、アトラクションを満喫するには最高の条件だろう。
 ボートが動き始める。トンネルを抜けると、ジャングルが出迎える。彼方此方に色々な恐竜が居る。ただ突っ立っているだけじゃなく、草を食べたり水を飲んだりしている。ちゃんと動いている。実物大の模型を置いてあるだけかと思っていたが、予想を良い意味で裏切られた。

「お水飲んでるー!」
「本当に生きてるみたいですねー。」
「これは凄いな。」

 テーマパークのアトラクションだから着ぐるみかも、と一瞬思ったが、実物大でブラキオサウルスのように首が長いとか、着ぐるみでは再現が無理な恐竜がきちんと動いている。動かすのは単純に見えるが、大きくなるほど難しくなる。ましてやスムーズに動くようにするには、綿密な機械設計と制御が必要だ。
 俺が小さい頃に図鑑か何かで見た恐竜より、恐竜の色はかなりカラフルだ。このあたり、最近の研究結果を反映しているようだ。ジュラシック・パークにアトラクションがこれ1つしかないのは、広大なジャングルに大型の恐竜をふんだんに設置して臨場感を増すためだろうか。

「こんな大きな恐竜が家の近くを歩いてたら、びっくりするね。」
「大変な騒ぎになりそうだな。」
「犬とか猫みたいにペットに出来れば面白そう。でも、ある程度頭が良くないと無理だよね。」
「恐竜の知能はどのくらいだったんでしょうね。」
「最近の研究結果だと、かなり頭が良かったらしい。性格−荒っぽいとかそういうのは別として。」

 爬虫類には「餌には貪欲だが人の言うことは理解できない」という概念があって、恐竜にも長くそのイメージが植え付けられていた。図体がでかいだけで、脳みそは小さい鈍重な生物、というイメージすらあった。ところが、これも最近の研究で悉く覆されている。
 恐竜が栄えた時代の末期、白亜紀あたりの恐竜は、集団で狩りをしたり子育てをしたりと、かなりの社会性を持っていたと考えられるようになった。また、肉食恐竜の中には発達した前足−手と言うべきか−を持っているものも出現した。骨格から計算して、相当俊敏な動きをしていて、それは爬虫類の鈍重なイメージを覆すきっかけになったものもいる。
 恐竜が絶滅しなかったら、恐竜が進化して道具を使い、言葉を喋るようになったかもしれない。そこまでいかなくても、仮に人間と共存出来たらペットや留守番代りに出来たかもしれない。やはりネックになるのは身体の大きさだが、飼い慣らせるくらいの知能はあった可能性が高い。

「ペットに出来たら、背中に乗って学校に行けるかも。」
「学校に居る間、何処で待たせておくかが問題になりそうだな。車や自転車でも結構問題になるし。」
「めぐみが通う学校だと、恐竜を待たせておく場所がないなぁ…。」
「大抵の学校はそうでしょうね。」

 移動手段はそれなりに場所を取る。恐竜だと本来必要な敷地の何倍何十倍もの待機所が必要になるだろう。餌も恐らく尋常じゃないだろうし、恐竜をペットにするのは余程の富裕層に限られるだろう。動物園で見られるか、アフリカやアマゾン川流域みたいな場所に限られるだろう。
 身体の大きさが大きく異なる恐竜と人類が邂逅しなかったのは、幸いだと思う。犬や猫程度の知能を持っていた可能性が指摘されるほどの巨大生物と、成長しても2m行けば高身長の部類である人類が同じ時代に生きたら、恐竜が人間を追い回したり大量に捕えて一気に食べる対象と見なされた恐れもある。

「恐竜が居た時代って、花はなかったのかな?」
「花…、そう言えば花が見えないね。」
「恐竜の時代はシダ植物っていう花が咲かない植物の時代でもあって、花が咲く植物が出るのは恐竜が居なくなってからだ。」

 めぐみちゃんの観察眼はかなり鋭いと思う。生きているように動く恐竜に目を惹かれてしまうが、生い茂る植物は緑一色で色とりどりの花は見当たらない。恐竜の時代の植物はシダ植物だったというのは、化石から明らかになっている。植物を進化という視点で見ると、シダ植物→裸子植物→被子植物となる。
 花が咲いて実がなる被子植物は植物の進化した姿だが、植物を食べて生きる動物、特に身体のサイズからして相当量食べたであろう草食恐竜には、被子植物は食べ難い。実や種が邪魔な殻に覆われているから、手が自由に使えないと思うように食べられないし、草食動物が食べるのは大抵草だから、そもそも実や種が邪魔でしかない。
 植物が簡単に食べられないように、或いは遠くに移動する生物に選んで食べられて、種を遠くに運んでもらうように進化した結果、と言えるかもしれない。植物は自分ではその場から動けない。胞子では遠くに子孫を残すのに限界がある。恐竜にとっては望まない進化だったかもしれないが、食べ尽くされるより前に進化した植物は恐竜の都合など構っていられない。
 ボートは緩やかに川の上を移動していく。やや崖が多い場所に入る。岩のトンネルのような場所に来たところで、赤いパトランプが回転し、けたたましい警報が鳴り響く。これまで恐竜の時代ツアーという感じだったボートの雰囲気が一変して緊迫する。

「え?何何?」
「危険な場所に入っちゃったみたいね。」

 1度来た経験がある筈だが、めぐみちゃんはかなり動揺している。それは兎も角、パトランプは回転を続けて、警報も鳴りっ放し。アナウンスが流れる。どうやら肉食恐竜が跋扈する危険地帯に入ってしまったらしい。肉食恐竜が崖の彼方此方から顔を出し、咆哮を上げて威嚇する。
 すっかり怯えてしまっためぐみちゃんが、俺と晶子の手を掴んで頻繁に左右を見回す。俺と晶子はめぐみちゃんの手をしっかり握る。肉食恐竜の威嚇は執拗なくらい続く。崖からだから乗り出して落ちないようにしているが、ギリギリまで身体を突きだして来る。単に顔を出すだけじゃなく、目を動かし口を開け、ボートの移動に合わせて首を動かすなど芸が細かい。
 突如、これまでのものより大きな咆哮が轟く。前方に巨大な物体がせり上がって来る。…ティラノサウルスじゃないか。おいおい、ボートは前進するしかないんだぞ。このまま直進すればティラノサウルスの脚の間を潜るしかないが、どう考えても無事に通れる筈がない。
 強行突破を告げるアナウンスがある。ボートはどんどんティラノサウルスに迫っていく。ティラノサウルスは前のめりになりボートごと丸のみせんとばかりに迫って来る。作りものとは頭では分かっていても、とてもそうとは思えない迫力がある。
 不意にガクンと身体全体が下に引っ張られる。ティラノサウルスの目前でボートが急降下し始める。ボートは見る見るうちに加速していく。一気に視界が明るくなると同時に激しい水飛沫が飛び散り、一部が降り注いで来る。湖のような場所に出たボートは、一転して緩やかな速度で移動を続ける。
 安堵と言うより茫然とした空気が漂うボート。晶子とめぐみちゃんは胸を撫で下ろしている。かなりの距離までティラノサウルスが接近していて、俺も結構焦った。その反動で今は安堵している。かなり怖いホラー映画を見た後みたいだ。

「怖かったぁ…。」
「本当ね…。どうなることかと…。」
「斜面を落下していく印象が薄くなるくらいだったな。」

 明るい空の下をボートで移動しているうちに、ボートの雰囲気が緩んでいく。此処でティラノサウルスが後ろから追ってきたら阿鼻叫喚の騒ぎだろうが、流石にそうはならないか。ボートはゆっくりと移動を続けて、乗り込んだ時とは別の降り口に横付けする。
 ロックが一斉に外れて、晶子を先頭にして降りる。めぐみちゃんの足取りはしっかりしている。こういうところ、結構度胸があると思う。出口から外に出ると、さっきまでの恐竜の世界やそこで突如襲った危険は夢だったんじゃないかと錯覚してしまう。

「終わってみると、あっという間だな。」
「それにしても、恐竜が凄く良く出来てましたね。あんなに動くなんて思わなかったです。」
「草食べたりお水飲んだりしてた。大きくてカッコ良かった。」

 アトラクションだからって正直軽く見ていて、単に大きな置物が並べられているくらいだろうと踏んでいたが、予想をはるかに上回るものだった。そのうち改良がなされて、恐竜が歩くこともするんだろうか。そこまで行くと博物館あたりと一体化しそうだ。
 さて、これからどうしようか。時間は…10時前。朝が結構早かったとは言え、まだ昼飯には早過ぎる。折角だから店でも回って見るのが良いか。

「めぐみちゃん。何処に行きたい?」
「お店見てみたい。遠足では行けなかったから。」
「ん?アトラクションは幾つか遊んだんだよね?そのついでに店には行かなかったのか?」
「お店に行くのは禁止されてた。指定された場所で遊んだら、みんな集合して次の場所に行く、ってことになってたから。」

 遠足だし小学2年生だから、それほど小遣いは持たされないだろう。店に行っても買おうにも買えないだろうし、限られた時間でアトラクションを巡るなら、それ以上に時間を取る場合も多々ある店に寄るのは最初から禁止しておくのが無難か。でも、ちょっと寂しいよな。

「このエリアの店は、っと。」

 土地勘がないから速やかにマップを広げる。…直ぐ傍にある。民族用品の店のような作りの建物が、このエリア唯一の店のようだ。何があるかは見てのお楽しみ、だな。

「直ぐそこだ。行こう。」

 俺が先導、晶子がめぐみちゃんの手を引く形で店に向かう。店はそこそこ人が居るが、入れないとか順番待ちとかのレベルじゃない。流石にジュラシック・パークを題材にしたエリアだけあって、店の中はそれ関係一色だ。品揃えは豊富だから、ゆっくり見ていこう。

「化石もあるんですね。」

 アンモナイトや貝など、手頃な大きさの生物の化石が売られている。どれも本物らしい。割と買いやすい値段で、化石と言って飾ったり見せたりするには手頃そうだ。恐竜の化石とかは好きな人には楽しいだろうが、生物の白骨と言えばそうだからやや生々しい。

「化石ってどうやって出来るの?」
「化石は大昔に生きた恐竜とか、此処にあるアンモナイトとかが死んだ後、土砂が積もって出来る。何万年何億年っていう長い時間をかけて、殆どの場合、硬い骨や殻だけが石みたいになる。」

 肉や皮といった柔らかい部分は化石になる過程で腐って残らないのが普通だ。足跡もかなりの低確率で残ったと言える。だが、ごく低いであろう確率で皮膚や羽毛が化石になる。その模様や形が岩盤に刻みつけられたような形だが、化石になった生物などの情報をより詳細に知る貴重な情報になる。
 ちなみに化石には変わったエピソードがある。化石が大昔の動植物などの骨や殻だと分からなかった時代、特に欧州−アメリカはまだない時代では、化石は旧約聖書にある「ノアの箱舟」の話に出て来る、箱舟に入れられずに洪水に流されて死んだ動物の骨とされたこともあったそうだ。

「−化石は結構固まって出ることが多いから、聖書がすべて正しいとされた時代だと、洪水に流されて死んだ動物の骨って考えが一番納得しやすかったんだろうな。」
「大昔の生物の骨ってどうやって分かったの?」
「ちょっと難しくなるけど、化石が含まれる土の成分を調べると、何年前なのか分かる。」

 まだ炭素分析を説明するのは早過ぎるから、土の成分としておく。土などに含まれる炭素の同位体の半減期を基に、化石や地層の炭素同位体の年代を測定することで、それが出来た年代が分かる。炭素分析法が出来る時代になると、ノアの箱舟の残滓とかいう話は「違う」で片づけられるだろうが、何億年と計算できても俄かには信じられなかったかもしれない。

「化石って不思議だねー。」
「もっと年月が経てば、化石からもっと詳しいことや新しいことが分かるかもしれない。めぐみちゃんがそれを見つけるかもしれないから、色々な本を読んだりしておくと良い。」
「うん。いっぱい本を読んで、お父さんとお母さんみたいになる。」

 めぐみちゃんは目を輝かせる。純粋で希望に溢れた目を見ていると、こっちまで楽しくなって来るし、心が洗われるような気がする。知ることそのものが楽しくて、もっと知りたいと思うことに希望が持てるめぐみちゃんの感性が、このまま成長していくことを願う。
 化石以外にも色々あるから、もっと見て回ることにする。子どもの客を想定してか、ぬいぐるみが結構多い。アトラクションに居たようなリアルな姿かたちを追求したものじゃなく、ぬいぐるみらしくデフォルメされた可愛らしいものだ。ティラノサウルスもぬいぐるみだと可愛い。
 他には、恐竜を象ったフード付きタオル、ボールペン、ストラップなど、土産らしいものが所狭しと並んでいる。ジュラシック・パーク内の店らしく、恐竜で統一されているのが良い。此処でいきなり大阪や神戸の普通の土産物が出てきたら興ざめだろう。
 めぐみちゃんは豊富な恐竜グッズに目移りしているようで、彼方此方見回して時折手に取って見る。どれか1個に絞り込んでいるんだろう。俺と晶子は敢えて口を出さずに見守りつつ、商品を見る。ボールペンが一番使えそう、と考えてしまうあたり、どうしても実生活に直結して考える癖が付いているようだ。

「お父さん、お母さん。…これ。」

 店内をほぼ1周した頃、めぐみちゃんが商品の1つを差しだす。明るい緑色が主体のトリケラトプスのぬいぐるみだ。めぐみちゃんが片手で持って溢れる程度の大きさで、俺と晶子くらいだと掌サイズくらいだ。

「これ買って。」
「これで良いの?」
「うん。」
「分かった。お金払いに行こうね。」

 希望が叶って表情が一気に晴れためぐみちゃんの手を晶子が引いて、俺と一緒にレジへ。代金を払って受け取る。それを晶子からめぐみちゃんに渡してもらう。

「ありがとー!」
「良かったね。落とすといけないから、帰るまでお母さんの鞄に入れておこうね。」
「うん。預かって。」

 晶子はめぐみちゃんからぬいぐるみを預かり、鞄に仕舞う一部始終を見せる。アミティ・ボードウォーク・ゲームでめぐみちゃんが獲得したぬいぐるみを預かった時と同じ手順だ。晶子の鞄のファスナーは晶子の正面側にあるから、後ろから忍び寄って盗み取るということも出来ない。

「買い物は済んだし、次は何処に行こう?」
「んと、可愛いのがいっぱい居るところに行きたい。」
「あそこだな。此処に来る時通り過ぎた。」
「うん。遠足の時は行けなかったし、お父さんとお母さんと一緒に行きたい。」

 やっぱり関心はあったんだな。まず恐竜、次にキャラものという選択は、めぐみちゃんが行きたい場所を順不同に挙げている結果だろう。あの頃より自分の意志を明確に出したり、理由を説明したり出来るようになっている成長も感じさせる。

「遠足では行けなかった、っていうのはどうして?」
「遠足とは関係ないから行っちゃダメ、って先生が言ってた。幾つかの班に分かれて先生が連れて行ってくれたから、隠れて行ったり出来なかった。」
「そういう決まりだったのね。今日は時間以外の制限はないから、行きたいところに行こうね。」
「うん!凄く楽しみ。」

 遠足の限られた時間と規則では、めぐみちゃんの好奇心を満足させるには程遠かったようだ。目の前に玩具を大量に置かれて、どれでも使って良いように思わせておきながら指定した者しか使わせないようなもんだろうか。何れにせよ、めぐみちゃんが心底楽しんでいるようで何よりだ。
 キャラもののエリア−ユニバーサル・ワンダーランドは、ジュラシック・パークから程近い。近づくにつれて女児の比率が高まって来る。このエリアを彩るスヌーピー、ハローキティ、セサミストリートのキャラが両脇に出迎える、ジュラシック・パークとは全く違う門構えから、同じテーマパークでも全く違う場所だと感じさせる。

「スヌーピーがいっぱい飛んでるー!」

 最初に目にした光景はめぐみちゃんの第一声どおり。巨大なスヌーピーが不規則に上下に動きながら回っている。此処は割と男児も多いな。子どもだけで乗っているのも結構多い。周囲ではその親らしい人が手を振ったり写真を撮ったりしている。
 利用条件を見ると、此処は定員が1台2名。ジュラシック・パークのように3人同時は無理。となれば、俺は待機して写真を撮ったりする側に回るのが良いな。

「定員2名だから、晶子。めぐみちゃんと一緒に乗って来て。」
「はい。めぐみちゃん、一緒に乗ろうね。」
「うん。」

 めぐみちゃんは若干残念そうだが、晶子と乗れるとあって、直ぐ表情は元の明るさ100%に戻る。カメラを持ってきて良かった。ぬいぐるみが入った鞄は晶子が持っているから、荷物の心配をせずに写真撮影に専念できる。上手く撮れるかどうかは不安だが、何度でも撮れば良い。
 回転は意外と早いようで、晶子とめぐみちゃんが乗り込む順番が来る。俺はその段階から写真を撮る。アングルとかはよく分からないから、これと思った確度や構図で兎に角撮る。フィルム時代だったらまず出来なかっただろう。晶子とめぐみちゃんが揃って笑顔でこっちに向かって手を振る。
 晶子とめぐみちゃんは1台(1匹?)に乗り込む。少しして全部の客が入れ替わったらしく、巨大なスヌーピーが動き始める。俺は少し離れたところから様子を見る。晶子とめぐみちゃんが乗ったスヌーピーは、最初低い位置で並行飛行を続けて、やがて緩やかに上下運動を始める。

「お父さーん!」

 操縦の感覚が分かったのか、結構自由に上下運動をさせながらめぐみちゃんが手を振る。晶子は演習の内側に座っていて、同じくこちらに手を振っている。俺は手を振って応えつつ写真を撮る。タイミングがちょっと難しいが、今時のカメラのおかげでそれなりにキチンと映ったものが撮れる。
 綺麗に晴れた冬の空に、白い巨体が雲のようだ。それを楽しそうに操縦してこっちに笑顔でアピールして来るめぐみちゃん。シャッターボタンを押すタイミングも掴めて来て、より良い写真になるようにズームしたり、敢えて少しシャッターボタンを押すタイミングをずらしたり角度を変えたりして、その楽しそうな瞬間を可能な限り捉える。
 巨大スヌーピーの動きが次第に緩やかになり、ゆっくりと地面に降りて行く。どうやら交代の時間らしい。巨大スヌーピーに乗っていた人達が続々と降りて出て来る。その中には勿論晶子とめぐみちゃんも居る。

「凄っごく楽しかった!」
「此処から見てても、楽しそうだったぞ。たとえば…ほら。」

 俺は撮った写真の中から、なかなかの出来栄えだと思うものを選んで見せる。やや俺が見上げるアングルから、こっちに向かって満面の笑みで手を振っているめぐみちゃんと、その奥で笑顔で手を振っている晶子が写っているもの。ズームの度合いも丁度良いし、ぶれもなく綺麗に撮れたと自画自賛している。

「綺麗に撮れてますね。」
「こんな写真撮ってたんだ。お父さん、写真撮るの上手いね!」
「失敗を気にせずにバシバシ撮ったからな。今日はこういう写真がたくさん撮れそうだ。」

 ビデオは持ってないから映像は無理だが−カメラでも撮れるが写真より上手く撮れる自信は全くないしメモリも心配−、写真はたっぷり撮れる。今日の主役はやっぱりめぐみちゃんだし、前から楽しみにしていた今日の思い出を出来る限り写真に変えて形にしておきたい。

「あっち行きたい!」

 マップを見て概要を見ていたら、めぐみちゃんが目を輝かせて奥の方を指さす。このあたりのカラーは青っぽく統一されているが、めぐみちゃんが指さす方向はピンクっぽい。ハローキティのエリアだ。これまでより更にテンションが高い。

「よし、行こうか。」
「うん!」
「めぐみちゃん。慌てて走ったりすると怪我するから、お母さんと手を繋いでいようね。」
「はーい!」

 一応俺と晶子が連れて行くというスタイルを取るが、実際はめぐみちゃんに晶子が引っ張られ、俺がそれについて行く感じだ。めぐみちゃんが去年の夏に泊まりに来た時に持って来たリュックも、ピンクベースでハローキティがついていた。相当好きらしいキャラものが180度広がる世界が間近にあると分かれば、興奮しない筈がない。
 エリアの色が変わって直ぐ目に入ったものは、回転しながら動き回る色とりどりのケーキだ。

「ケーキがいっぱいだー!」
「遊園地にあるティーカップとか、そんな感じの乗り物みたいだな。」
「一度にかなり人が乗れるみたいですよ。」

 ちょっと見ただけではランダムに動いているように見えるケーキに乗っている人数は、2人だったり4人だったりと幅がある。案内を見ると、定員は5人とある。3人なら十分だが、俺が乗るのはどうも合わないような気がする。

「お父さんも行こう!」
「え?さっきみたいに外から…。」
「一緒に乗る!」

 めぐみちゃんに引っ張られて列に並ぶ。場違いさが否めないが、カップルや家族連れらしい男性はちらほら居る。こういう時、彼女連れ−俺の場合は妻連れか−や子ども連れの行動の自由度が高いと思う。此処で男性1人で並んでいたら、周囲から相当な違和感のある目で見られるだろう。場所の雰囲気からして致し方ない。
 かなり列は長いが、回転は意外と早い。1回の交代でかなりの列が吸い込まれていくから、待つ時間は苦痛にならない。それより、めぐみちゃんのテンションが高止まりで、晶子が手を繋いでなかったら今すぐにでもケーキが踊るエリアに飛び込みそうだ。
 ついに順番が回って来る。身長のチェックがあるが、さっきの巨大スヌーピーでも問題なかったし、今回も問題ない。スタッフに案内されてピンクを基調にした苺のような模様があるケーキに乗り込む。中央にあるハンドルを回すと回転するスピードを変えられる、とスタッフから説明がある。

「このハンドルはめぐみちゃんが操作してね。」
「うん!」

 「写真は上手く撮れるか分からないが、めぐみちゃんが楽しければそれで良い。巨大スヌーピーで操縦することの感覚を掴んだのか、めぐみちゃんは早速ハンドルに手をかけて回す気満々だ。
 ケーキが動き始める。巨大スヌーピーより最初からランダムに動く。巨大スヌーピーとの違いに戸惑ったのか、めぐみちゃんは最初キョロキョロ辺りを見回すが、ハンドルを操作する。ケーキが回転を始める。動きながら回っているから、目に見える景色が目まぐるしく変わる。

「回った、回った!」
「逆の方向にも回してみて。」

 晶子の指示で、めぐみちゃんがハンドルを逆方向に動かす。ケーキの回転方向が逆になる。ハンドルを回す量が多かったのか、回転するスピードがさっきより早い。おかげで目の前の景色が掴めない。めぐみちゃんにフォーカスを合わせて写真を撮るのも大変だ。
 めぐみちゃんは操縦が好きなのか、頃合いを見てハンドルの回転量や方向を巧みに変える。喜びはしゃぐめぐみちゃんを、晶子を含むように写真に撮るのが精一杯。ティーカップの派手なデコレーション版程度だろうと高を括っていたが、操縦次第でこうもハードなアトラクションになるのか。
 次第にケーキの水平方向の動きが緩くなっていき、やがて止まる。思わず安堵の溜息が出る。ちょっと平衡感覚がおかしくなったが、少し歩くと元に戻っていく。絶えず回転しながら動き回るんだから、スイカ割りの前準備よりハードだったかもしれない。

「面白かったー!」
「めぐみちゃん、やっぱり運転とか操縦とかが向いてるみたいね。」
「他のケーキが近づいたら回る方向を変えたり、同じような色だったら回るスピードを速くしたり遅くしたりしてた!」
「考えて操縦してたんだね。お母さんも楽しかったよ。」
「写真は…何とか撮れた。外からより撮るのがずっと難しかった。」

 最初の写真はやっぱりブレが大きい。背景を含めて撮ろうとしていたからだ。めぐみちゃんにフォーカスを絞って撮るようにしたら、めぐみちゃんや撮影範囲に含めた晶子ははっきり写るようになった。動く被写体と相対的に静止している被写体を同時に綺麗に撮るのは難しいもんだ。

「綺麗に撮れてますね。めぐみちゃんが凄く楽しそうで生き生きしてます。」
「お母さんも一緒に写ってるのがある。お父さんは写ってないね。」
「撮る専門だからな。撮ることも思い出作りだから、これで良い。」

 そう、俺と晶子は脇役。めぐみちゃんの思い出作りのサポート役だ。勿論、他人に危害を加えたり店の品物に損害を与えるようなことは咎めなければならない。今はそう明言しておかないと、残飯も残っていない重箱の隅を突くしか能がない悪い知恵だけ付けた輩が湧いて出て来るが、それ以外は、めぐみちゃんを保護しつつ楽しんでもらうに徹する。

「あっちに行きたい!」

 このエリアに来てからのめぐみちゃんの決断は早い。めぐみちゃんが指さしたのは、白とピンクを基調にしてキティの顔が壁に幾つもプリントされた建物。何があるか調べる必要はないだろう。行けば分かるし、あれこれするより先にめぐみちゃんが晶子の手を引っ張って向かっていくし。

「凄ーい!」

 中はやはりピンク基調だが、ヒールやらリボンやらが壁の球体に埋め込まれている。ひときわ目を引くのは、ステージに立つピンクのドレスを纏った等身大(?)のキティと、ハイヒールをベースにしたらしい巨大な滑り台。滑り台では何人かの女児が滑っていて、キティは時々親子連れやカップルと記念撮影をしている。

「滑り台に行って来る!」
「気を付けてね。満足したら此処に戻ってきてね。」
「はーい!」

 めぐみちゃんは、ユニバーサルスタジオで初めての単独行動に出る。滑り台は多少混雑しているが、他の女児に混じってめぐみちゃんも滑る。俺はカメラでめぐみちゃんが滑っているところを捉える。やっぱり動く被写体は難しいが、カメラの性能のおかげでそれなりに撮れる。

「楽しそうですね。」
「ああいう顔が見られるのは、親代わり冥利に尽きるな。」
「本当にそうですね。それに、ユニバーサルスタジオに行ったってことより、何処其処に行って目いっぱい遊んだって思い出が、めぐみちゃんの記憶に残るんですよね。」
「大きくなった時に、一緒に行って楽しい時間を過ごしたな、って思い返せるものがあるのは大事だ。」

 何でも自分で出来る子どもはまず居ない。誰かが教えたり一緒に過ごしたりすることで少しずつ、後戻りもしながら覚えていく。その過程で誰かと何処かに行った、一緒に楽しいひと時を過ごしたという思い出が出来ることは、自分の成長の過程を肯定すること、ひいては自分の今の存在を肯定することになると思う。
 児童虐待が連鎖すると言われるのは、親が何らかの事情でそういう思い出を作れなかった−大抵はやはり親の虐待など劣悪な家庭環境−ことで、自分を肯定するより否定することに躍起になって、子どもが出来ると、自分が子どもの頃と重ね合わせて「自分は幸せじゃなかったのに」とある種の嫉妬を抱いてしまうのが原因の1つだという。
 めぐみちゃんも、両親との思い出が十分出来なかった。両親に置き去りにされて、ようやく見つかったと思ったら叱責されてぶたれもした。だから、めぐみちゃんの中では、今日ユニバーサルスタジオに来て楽しい時間を過ごす相手は、俺と晶子以外思いつかなかったのかもしれない。
 今後のめぐみちゃんの成長に、2年前までの境遇がどう影響するかは分からない。だが、少なからず味わったであろう悲しい思いも寂しい思いも、俺と晶子と一緒に過ごしてめいっぱい楽しむことで、成長することの喜びや自分自身の肯定感で和らげて欲しい。

「いっぱい滑ったー!一緒に写真撮ってもらう!」
「お父さんもか?」
「お父さん、写真撮ってばかりだから、今度は撮ってもらう!」
「めぐみちゃんも言ってることですし。」

 そう言うが早いか、俺は晶子とめぐみちゃんに引っ張られていく。キティは近くで見ると結構大きい。俺とさほど身長は変わらない。晶子と同じくらいか。写真を撮る順番は結構早く回って来る。

「めぐみちゃんは、キティちゃんの前に立ってね。」
「はーい!」
「祐司さんと私は、キティちゃんの両隣に立ちましょう。」
「俺だけ物凄く場違いな気がしてならない…。」
「皆一緒でないと意味ないですから。さ、スマイルスマイル。」
「はい、撮りまーす。」

 フラッシュが一定の間隔で3回光り、撮影はあっという間に完了。別の場所で少し待っていると写真が出て来る。キティに両肩に手を置かれて満面の笑顔のめぐみちゃん、キティに向かって左側に佇む自然な笑顔の晶子、同じく右側に立つ、やや強張った笑顔の俺。記念写真としては上出来だろう。

「皆写ってるー!」
「良かったね。これも大切に取っておこうね。」

 晶子はめぐみちゃんの目の前で、写真を同梱の封筒に入れて鞄に仕舞う。めぐみちゃんにとっては、今日のユニバーサルスタジオ巡りで得られた宝物が増えると同時に、それが確実に信頼できる晶子に預けられていることを確認する機会になっている。こういった気配りは俺じゃ出来ないだろう。

「お母さんは、キティ好き?」

 晶子が鞄のファスナーを閉めた後、めぐみちゃんが尋ねる。

「好きよ。身の回りにないと嫌ってほどのめり込んでないだけ。どうして?」
「お母さん、おばあちゃんや森崎小母さんみたいな、お仕事する時みたいなぴったりした服着てるから。」
「普段動き回ったりお料理したりする仕事してるから、動きやすい服を着てるの。アクセサリーとかも落としたりするから出来るだけ付けない。」

 仕事として、家では趣味も兼ねて料理をする晶子にとって、身体の動きを阻害するひらひらやふわふわは大敵だ。料理が思いの外身体を動かすもので、それを阻害されると作る気力を削がれたり、本来出来ることが出来なくなったりする。それらは自分で料理をして見れば分かる。
 だから、普段の晶子はブラウスとズボンを基調に、季節に応じた重ね着をするスタイルに徹している。就職活動の際にスーツを着ていたのを見て、普段の服装を正式なものに変えたという印象が強かったのもそのためだ。そして今もそのスタイルに徹している。
 アクセサリーの類も動きを阻害する要因になるらしい。指の一部と化したと晶子が言う指輪は一度たりとも外したことがないが、イヤリングを着ける機会はかなり限定される。耳に穴を開けるピアスでも落とすことがあるそうだから、耳を挟んで留めるイヤリングは更に落とす確率が上がる。
 そういう晶子の服装は、めぐみちゃんが言うように高島さんや森崎さんと共通項が多い。弁護士は思ったよりクライアントとの打ち合わせなどで出向いたりすることが多いから、ふわふわひらひらした服装や、落とすことが気になるアクセサリーは邪魔になるんだろう。

「めぐみちゃんがキティが好きっていう気持ちは、部屋が全部キティでないと我慢できないっていうタイプじゃないよね?」
「うん。持ち物とかについてたり、部屋の何処かにあるのを見て、キティが一緒に居るって嬉しくなる。」
「それと同じように、好きっていう気持ちは色々あるの。お母さんがキティに関するものを身につけたりしてないから好きじゃないってことはないのよ。」
「よく分かった。お母さんも好きで嬉しい。」

 キティ好きが自分だけで、自分だけが楽しんで盛り上がっていると一抹の不安を覚えたんだろうか。俺のようにどう見て考えてもキティが合わないと分かるのは別として、晶子はめぐみちゃんに合わせることは出来るし、キティ好きで同調しても何ら違和感はない。

「丁度お昼ご飯の時間じゃないですか?」
「そうだな。ちょっと待って。」

 俺はマップを広げる。うーん…。どうやらこのユニバーサル・ワンダーランドにある飲食店はカフェのみのようだ。休憩しつつゆったり食事にはあまり向かない。

「この辺りはカフェしかないから、一旦出た方が良いな。それに、今の時間帯だと混み合ってるだろうから、あと30分か1時間くらいずらした方が良い。」
「それはそうですね。」
「先に、此処で買い物をしたり、もう1つ向こうのセサミストリートのエリアに行こう。それくらいで十分時間はずれる。」
「その方が良いですね。めぐみちゃん。キティの買い物しよっか。」
「うん!」

 好きなキティ関連の買い物が出来るとあって、めぐみちゃんのテンションは高止まりを維持する。キティ関係のショップは、建物を出て向かって左側にある。これピンクを基調にした色彩だ。喜び勇むめぐみちゃんを抑えるのは、しっかり手を繋いでいる晶子以外にない。
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