ふう…。今週の仕事はすべて終了。社会人初の長期休暇が明日から始まる。早いもので社会人になってひと月。連日実践的で密度の濃い研修が続き、今週1週間は合宿形式の研修だった。とは言え、軍隊かサバイバルまがいのものじゃなくて、電話の応対や名刺交換といったビジネスマナーや、効果的なプレゼンの手法など一風変わった座学もあった、面白い研修だった。
隣県の郊外にある研修センターに今年4月採用の社員が一堂に会して、研修センターは大賑わい。その中で左手薬指に指輪を填めているのはかなり目立つらしく、初日にあった自己紹介を受けての懇談会という名の飲み会では、頻りにそのことを聞かれた。
既に総務には色々な届を出してあるし、住居手当や家族手当の根拠となる世帯全員の名前が記載された住民票も提出してあるから、包み隠さず答えた。学生時代に結婚したというのはやはり相当特異な話だから、質問の嵐に拍車をかけるのは必然だった。
何だか高校の修学旅行を彷彿とさせる合宿形式の研修も今日で終わり、明日から10日間の連休に入る。てっきり連休の谷間も研修があるのかと思いきや、会社全体で5月の連休と盆、年末年始に長期休暇が敷かれている。これが有給とは関係ないから、一応試用期間中の新採用者にも適用される。
在来線からこだまに乗って小宮栄へ。そこで同乗していた同期の面々と別れて、俺は小宮栄発新京市方面の電車に乗り換える。1週間ぶり、正確には5日ぶりに晶子と会う。正直今日は朝からその瞬間が待ち遠しくてならない。
晶子とはメールで連絡を取っていた。寝る前のひと時に何度かメールを交わすと、あと○日で研修が終わる、と思えた。昨日の夜は特にテンションが上がった。「明日帰る」が「今日帰る」になって、電車に乗っている今も途中の停車駅を飛ばせば良いのにとか無茶なことを思ったりする。
胡桃町駅に到着。此処から自転車で店に行って…。
「祐司さん!」
!晶子?!…間違いない。改札の向こうに居るのはまぎれもなく晶子。どうして此処に?今日は遅番勤務の筈。
「おかえりなさい。…どうしたんですか?びっくりした顔で。」
「…今日って、店の遅番勤務じゃなかったか?」
「そうですよ。『夫を迎えに行ってきます』の一言で出て来たんです。」
「そういう融通が利くんだったな…。」
取り越し苦労というのか、店のスタッフが増えたことで余程の繁忙期じゃなければ少し抜けて用事を済ませる−役所に行ったりちょっとした買い物をしてきたりといったことが出来る体制になった。キッチンも小野君と青木さんが加わったことで、手間と時間がかかる下ごしらえの分を中心に分担出来るようになったから、晶子が俺を迎えに行くことくらいは簡単だ。
元々晶子には、今日このくらいの時間に研修センターを出て、このくらいの時間に胡桃町駅に着く予定とは知らせてある。日本の電車は分単位で正確に発着するから、事故でもない限り電車を行動の中心にするとスケジュールがかなり明確になる。それを見越して行動すれば、それほど待たずに済む。
「さ、行きましょうよ。ご飯の準備は出来てますから。」
「ああ。5日ぶりの晶子の料理が楽しみだ。」
晶子は歩いて来ているから、自転車は押していく。夜の帳が下りて間もない駅前は、金曜ということもあって賑わっている。そんな中、自転車を押して晶子と並んで歩く。学生に戻ったみたいな気分だ。まだ卒業してひと月程度なんだが、学生生活が妙に遠い時代のことのように思う。
カラン、カラン。
「いらっしゃい…、おっ、祐司君。おかえり。」
「ただいま。」
変わらないカウベルの音とマスターに迎えられる。店は早くも多くの席が埋まっている。塾通いの高校生には曜日はあまり関係ない。授業の取り方によって、先に夕食を済ませる組がこの時間に店に来て腹ごしらえをしていく。
「おかえり、祐司君。」
「ただいま。晶子が迎えに来てくれて驚きました。」
「祐司君が帰って来るのを今か今かと待ってたからねー。夕御飯の力の入れようも凄いわよ。」
「今出しますから、少しだけ待ってくださいね。」
晶子は少し照れくさいような、凄く楽しそうな顔でキッチンに入り、エプロンを着けてキッチンの一角に陣取る。早送り映像を見るような素早い動きが続いた後、トレイに乗った夕飯が晶子から差し出される。これは…ステーキか?鉄板の上でソースが賑やかな音を立てている。
「今日はステーキか。」
「これ、カツオですよ。」
「カツオって、魚の?」
「そうですよ。さ、どうぞ。」
カツオって刺身かたたきのイメージだし、俺は平気だが匂いが独特で好き嫌いが明確に分かれるタイプの魚だ。それをステーキに出来るのか?…晶子が作ったんだし、まさか失敗作を出してくるとは思えない。それに、今感じる匂い自体はステーキのそれだ。食べてみるに限る。
「…あ、ステーキだ。」
食感は流石に肉とは違うが、味と匂いはステーキそのもの。断面を見ると、赤褐色の焼き色の周囲にソースの黒色が浸食している。仕込みと料理の仕方で色々な料理が出来るってことか。
「美味いな。材料がカツオでしかない普通のステーキだな。」
「良かったです。喜んでもらえて。」
「それね。晶子ちゃんが丸ごと1匹買って捌いたものの一部よ。」
切り身じゃなくてカツオ1匹丸ごと買ったのか。買うのはまだしもどうやって持って来たんだ?…ああ、魚屋は割と早い時間から始まるから、マスターと潤子さんに理由を話して車を出してもらえば良いことか。
「一部は今日のお昼御飯の刺身になって、それ以外は醤油漬けになって、その中で一番良い部分が祐司君に出されたってわけ。他の部分は今日限定のメニューになってるわよ。勿論、その分の代金は出したから。」
「今は上りガツオの時期ですから、研修が終わって帰って来る祐司さんに何としても食べてもらいたくて…。」
「晶子の料理を食べると、帰って来た実感がわいてくる。今日のは食べるのが勿体ないって気分も出て来るのが複雑だな。」
カツオは毎年春と秋に食卓でも出て来た。その時はまず刺身で、その後揚げ物になっていた。ステーキは覚えている限り初めて。肉より口当たりがあっさりしていて、食感も脂身で引っ張られることがないからスムーズ。魚のステーキというと「大丈夫か?」という先入観があるが、食べてみればむしろ肉より食べやすい部分もある。
俺から見れば創作料理の範疇だが、晶子が手掛ければ食べられるかどうかの心配はいらない。研修中は全てメニューが決まっていたし、味は淡白な方だった。大勢が一堂に会して食べるのは修学旅行みたいで楽しかったが、やっぱり晶子の手料理を食べられる方が良い…。
「…はあっ。」
長く深いキスがようやく終わり、思わず呼吸が荒くなる。一旦家に帰って、営業終了前に迎えに行って帰ってきたら、玄関のドアを閉めた瞬間に晶子からの熱烈なキスが始まった。この瞬間を待っていたと言わんばかりで、俺は唐突に始まったキスに驚いて、後ろめりに倒れないように何とか堪えた。
「いきなりだな…。」
「5日分ですから。」
メールには「寂しい」というワードが散見された。帰って来ても誰も居ない、食卓の向かい側に俺が居ない、そんな光景は心に穴が開いたようだ、という流れに乗って出て来た。だが、「研修が終わるのを待ってます」という趣旨のワードはあっても、「会いたい」ワードはなかった。
余程のことがない限り、研修を途中で抜け出すことは不可能。それは晶子も十分分かっている。だからどうにもならない「会いたい」ワードとその気持ちは封印しておいて、帰宅して2人きりになった瞬間に解放した、ってところか。
「続きは風呂に入ってからにしよう。」
「お風呂でも構いませんよ。」
キスは終わったが、晶子は俺の首に抱きついたまま。極端な話、此処で続きをしたいと言えば晶子は即OKするだろう。時間が時間だしまず人が来ることはないだろうが、流石に此処はまずい。晶子は離れる気配がないし、離れる気もなさそうだから、このまま抱きかかえて風呂場に連れていく。
洗面台と洗濯機が同居する、ちょっと手狭な空間。研修センターは銭湯のように大型の風呂場と脱衣場だった。久しぶりに入るこの場所で、俺は晶子を下す。ようやく晶子は離れるが、もの欲しげな顔で突っ立つだけ。考えが分かった−俺の願望と一致したと言うべきか−俺は、晶子の服を脱がしていく。
されるがままに腕と脚を動かし、晶子は程なく全裸になる。俺も続いて脱いで、一緒に風呂に入る。風呂は迎えに行く前に準備しておいたから、少し寒い風呂場で突っ立つ必要はない。準備と言っても、軽く水で流してから湯船の栓をして給湯器のボタンを押すだけ。楽なもんだ。
「私が洗いますね。」
髪を素早く束ねながら言った晶子は、さっさとボディスポンジを手に持つ。断る理由も意思もない俺は、素直に椅子に座る。身体を洗ってもらうのは割と久しぶりかな…?!
「ま、晶子…?」
晶子は俺の背中に密着して、ゆっくり上下に動いている。感触からして泡が出ている。ボディスポンジはカモフラージュで自分をボディスポンジにするためだったか…。正直気持ち良いが…、場所とシチュエーションがものだけに高ぶりが止められない。
「こうすると、私も身体を洗えて一石二鳥ですよね。」
「それは副次的な理由だろ?」
「何のことですか?」
晶子は俺の両肩に手をかけて、ゆっくり上下する。途中適度に左右に振れるから洗うということは実行されているが…、洗うことは第一の目的が達成されることで、連動して実行されているに過ぎない。今は前を見てじっとすることで、意識を後ろに持って行かれないようにするしかない。
「はい。背中は終わりです。こっち向いてください。」
「こっち向いてって…。」
「気後れする必要なんてないですよ。さ、どうぞ。」
誘惑に抗えない。俺は座ったまま180度向きを変える。泡に塗れた晶子は猛烈な色気を放っている。思わず生唾を飲み込む俺を知ってか知らずか、晶子は俺に身体を密着させてゆっくり体を上下させる。俺は半ば本能で晶子を抱く。頭が少々ぼうっとする中、晶子は身体を上下にゆっくり動かし続ける。
暫くして動きを止めて身体を離す。終わったのか…じゃなかった。ボディソープを手にとって少し泡立ててから自分の身体に塗りつける。間近で行われるその光景はあまりにエロティックだ。泡を増量した晶子は改めて人間スポンジを再開する。抱き寄せてしまうのは本能か。
正面だけじゃなく、腕や足も、男性の部分も晶子自身が洗う。頭がぼうっとする俺は晶子にされるがままだ。今からこの調子じゃ、これからどうなるか分からないな…。5日間離れていた晶子の感触をこれでもかもばかりに体感させられて、平静を保つのは困難極まりない。
「頭も私が洗いますね。」
全身に泡を纏う晶子は、シャンプーを手にとって泡立てる。そして俺の頭を洗う。美容院のシャンプーを彷彿とさせる洗い方だ。それもさることながら…、目の前にある泡を纏っただけの晶子の身体が放つエロさと誘惑が強烈すぎる。晶子は分かっててやってる…な。絶対。
「お湯を流しますから、少しそのままで居てくださいね。」
晶子がシャワーで頭から順に泡を洗い落とす。おかげで俺の身体はスッキリしたが…、欲求は限界寸前だ。多少解消するには…どうしたもんか。
「私は洗うのに時間がかかりますから、先に湯船に入っていてください。」
「…否、髪は流石に無理だが、それ以外は俺が洗う。」
「え?良いんですか?」
「そうして欲しいんだろ?」
「勿論。」
晶子と位置を交代。俺はボディシャンプーを手にとって泡立て、晶子の背中にそっとこすりつけて洗う。丁寧に洗わないとひび割れてしまいそうな陶器のような肌に触れていると、大切にしようと思うことで欲求を解消出来る…という考えは甘かった。今の状況でそんな理想的な変換がなされる筈がない。
背中を洗い終えたことで向きを変えてもらう。もうこの時点で欲求は炸裂寸前なんだが…。俺は再びボディソープを泡立てて晶子の身体を洗う。晶子の方から抱きついて来る。熱く甘い吐息が間近に聞こえる。普通のことなんだろうが、もう誘っているとしか思えない。
ど、どうにか完了。と言うより、これ以上続けていると欲求が炸裂すると感じたところで打ち切った。晶子には髪を洗うように促す。俺にはない長い髪は俺では洗えないから、身体を洗うのを止める口実には丁度良い。俺は湯船に入り、あえて晶子を見ないで寛ぐことに専念する。
少し落ち着いてきたかな…。シャワーの音が止まった。晶子が髪を洗い終えたようだ。晶子は洗いたての髪を素早く束ねて、湯船の縁を後ろ向きで跨ぐ。当然、見えるものは見える。しかも普段より間近で。驚きで固まっている俺の懐に、晶子は後ろ向きのまま飛び込んでくる。湯船の波が俄かに大きくなって、一部が縁から溢れだす。
「この5日間、お風呂でも違うことばかりでした。」
晶子は身体の向きはそのままに俺の方を向いて話す。
「後ろを向いても、湯船を見ても誰も居ない。住んで半年以上経ったこの家のお風呂って、こんなに広かったのか、と思ったり…。お風呂から出ると不気味なくらい家の中が静かで、もうただ寝るだけにしたり…。独りで居るこの家がこんなに広くて、独りで居ることがこんなに寂しいってことが身に染みました…。」
「マスターと潤子さんのところには行かなかったのか?」
「行きませんでした。学生の頃や未婚の頃ならまだしも、結婚して祐司さんの不在を預かる身として、寂しいからとかいう理由でおいそれと余所の家庭を頼るのは良くない、と思って…。」
「そうか…。で、5日間溜め込んできたものを今発散してるわけだな?」
「そうです。祐司さんが今日帰って来る。それを目標に1日1日過ごしてきました。大袈裟に聞こえるかもしれませんけど、祐司さんが居る時と居ない時の落差があまりにも大きくて…。」
結婚してから1日の終わりに2人が揃わないことはなかった。もっと遡れば去年の3月末、晶子が渡辺夫妻の家に逃げ込んだ時以来、2人で居ない時間はなかった。結婚することで更に緊密にしたばかりでなく、帰る場所であり一緒に暮らす場所を手に入れたことで、1日の終わりには必ず顔を合わせることが堂々と出来るようになった。
付き合いはそれなりに長いが、結婚してからの期間はまだ半年少々。新婚ほやほやと言われる期間に1週間、正確には5日間俺の不在期間が出来た。「普通」や「当たり前」がそうでなくなると、その大切さや存在の大きさを痛感するというが、晶子はまさにそうだったわけだ。
俺も晶子に会いたい、終わったら直ぐに帰りたい、とは思っていた。だが、俺の場合は修学旅行のような生活だったことで寂しさは感じなかった。食事も寝るのも常に誰かと一緒だったし、会話もあった。晶子にはそれがなかった。家に帰れば誰も居ない真っ暗の空間があって、リビングにも風呂にも寝室にも自分しか居ない時間だった。
俺が朝のメールのとおり帰還して、俺が迎えに行って自分も帰宅したことで、今まで溜め込んでいたものを一気に解放した。俺が不在の間、帰ってきたらこういうことをしよう、こういうことをしたい、と悶々としていたのかもしれない。そういったものならぶつけられても歓迎だ。…正直気持ち良いなんてもんじゃなかったし。
「俺は明日から10日間連休だから、埋め合わせは出来るぞ。」
「まずは今日…。存分に…。」
晶子は身体を向きを180度変えて俺に抱きつく。落ち着いていた欲求が再び限界に向けて上昇を始める。晶子も十分その気だし、存分にこの欲求を晶子に向けて解放するか。夫婦になった以上、もうこうしたことを躊躇う理由はない。流石に公言することはしないが。
5日ぶりの夜が終わった。もう激しいなんてもんじゃない。一応俺が主導権を持っていたとはいえ、乱れに乱れる晶子を前にしては身体が疲れを感じても欲求がなかなか収まらない。5日分の精力と1日分の体力を使い果たした時には、晶子は自分と俺の分泌物に塗れて俺の下で身を横たえていた。
俺は晶子の隣に身体を倒す。今までは気力だけで身体を起こしていたが、もう指一本動かすのも億劫に感じる。暫くして隣で動きが起こる。動きと言っても物凄く緩慢で、スローモーションを更にコマ送りにしているようだ。晶子が辛うじて上体を持ち上げて俺の方に擦り寄って来る。
「…もう…今日は無理だぞ…。」
「十分…満足しました…。こうしたいだけです…。」
遮るものが何もないことで色々な感触が伝わる。だが、今はその感触さえ何となくぼやけて感じる。感覚すら鈍くなるほど精根尽き果てたわけか…。ともあれ、晶子は満足したようだし、俺も欲求を全部解放出来たし、何も言うことはない。
今夜を簡潔に言えば「貪った」だ。風呂場で限界ぎりぎりに達した欲求を全て晶子にぶつけた。それは晶子も同じで、乱れて求めて貪った。その結果、俺は晶子のあらゆるところを攻めて全てを感じ、中にも外にも欲求と愛情の証を解き放った。その結果今は言わば燃えカス状態だ。
「祐司さんが居ない寂しさに…耐久力をつけないといけないとは思うんですけど…、難しいです…。」
晶子が顔だけ俺の方を向けて言う。身体を起こす体力はもう残っていないようだ。
「研修とか…出張とか…、これから祐司さんは色々あるでしょうし、そのたびに寂しい寂しいって言ってたら・・・、祐司さんが専念できなくなる…。そう思って…、家のことやお店の仕事を頑張ってみたんですけど…、どうにも収まらなくて…。」
「…。」
「研修ですから日程がはっきりしていて…、1日終われば祐司さんが帰って来る日が1日近付いて来る…。それが毎日の活力になってました…。帰って来る今日は…、朝から魚屋さんに行ってカツオを買いこんで、絶対に美味しいものを食べてもらおうと思って…。」
「美味かったぞ。あのカツオのステーキも…晶子も。」
若さと言うのか、結婚してからも週5、6ペースで夜を営んでいる。むしろ結婚してからの方がペースが上がって密度が濃くなったかもしれない。それを5日間−出発前ということで日曜は取り止めた−断ったわけだから溜まるものは溜まる。それは晶子も同じだったようだ。
俺の用事で暫く晶子が独りになるのは、俺が成人式に出て耕次達との約束を果たすために帰省した時以来か。思えばあの時も、晶子は俺の家で待っていて、夕飯を食べた後晶子の誘惑に乗じる形で晶子を抱いた。あの時も結構激しかった記憶がある。今回と、否、今回も同じパターンだな。
晶子が俺の前で淫靡になることはむしろ嬉しい。目の前で美人でスタイルの良い女が全裸で乱れたらもっと乱したいと思うし、求めてくれば応えたいし、徹底的に攻めたり奉仕させたりしたくなる。晶子はそれらを全て満たす。だから疲労は相当なものだが毎回満足して終わる。
「明日からお休みなんですよね?」
「ああ。これは有給無関係の会社全体の休暇だ。」
「良かった…。朝起きたら隣に祐司さんが居る…。一緒に居られる…。」
晶子はそれだけ言うと、程なく寝息を立て始める。誰も居ない家、起きても隣に俺が居ないベッド、食事を作っても食べるのは自分だけ、そんな生活が終わることを確認したかったんだな。大丈夫。今度は俺が何事もなかったように呑気に寝てるだろうから…。
Fade out...
「祐司さーん。そろそろ起きてくださーい。」
耳元で甘い声がする。誘われるように目を開けると、ベッドの傍から身を乗り出した晶子の顔が至近距離にある。
「お疲れだと思いますけど、朝ご飯は食べた方が良いですよ。」
「ん…。今何時?」
「9時ちょっと過ぎです。服はお風呂場に用意しておきましたから。」
昨夜が激しかったら、かなり汗をかいた。此処までではなくても朝はシャワーを浴びるのが日課になっている。冬場はちょっときついが、目が覚めるし身体はさっぱりするし、寒いのは少しの間だ。このくらいの時期になれば何でもない。
移動用に置かれてあるパジャマを着て、リビング経由でなく廊下を渡る方から風呂場に移動。こういう時、今の家の構造は便利だ。パジャマを洗濯籠に入れて風呂場に入り、全身を軽く洗ってシャワーで流す。風呂から出て身体を拭いて服を着た頃には、目もスッキリ覚めている。
風呂場から一旦廊下に出てリビングに出る。テーブルには朝飯が並んでいて、晶子がエプロンを外して待っていた。何時起きたのか全然知らないが、その顔には全く眠気らしいものはない。夜がどれだけ激しくても、晶子が翌日まで眠気を引き摺っているところは最近とんと見ない。
「今日は遅番だったか?」
「そうです。明日明後日がお休みです。」
「連休でも中高生は塾の集中講義とかあるだろうから、店が休むと食事に困る人が出るかな。」
「そうだと思います。でもお店は総勢6人で回せますから、週休2日は続けられるんですよ。」
「やっぱり人数が居ると違うな。」
「はい。」
飲食店で定休日を含めて週休2日が堅持されるのは少ない。特にチェーン店ではその傾向が強くて、10数時間連続勤務とかが常態化しているところもあるそうだ。店員も使い捨て感覚で長く続く筈がない。それを前提に経営をする店で、店員が余裕を持って接客や料理を出来るとはとても思えない。
増崎君達5人の新スタッフは、まだ1年ということもあって余裕があるらしく、積極的に勤務を入れようとするそうだ。何せ時給も破格だし、稼げるときに稼いでおきたいと思うのは自然なことだ。マスターと潤子さんは適度に休むことは勉強のためにも必要−1年で教養課程の単位を取っておかないと大変なことになる−だからと加減させているそうだ。
マスターと潤子さんも、早い時間帯はどちらかが店を出ることが出来る。これは結構重要なことで、飲食店で必須事項となる保健所関係の調査や講習に出やすいし、休養を取ることも出来る。マスターと潤子さんにとっても、余裕のある数のスタッフは助かるわけだ。
「連休中、宿題と言うのか課題と言うのか、そういうのは出てるんですか?」
「否、研修は全社員共通事項って言うのか、ビジネスマナーや効果的なプレゼンの作り方とか、相手が聞き取りやすいようにするための発声練習とか、そんな内容だったのもあるせいか、課題は何も出てない。だから、この連休は完全に休みだ。」
「珍しい会社ですね。」
「必要な技術や知識は6月までの研修で指導するし、資格も順次取得のための講座を開いたり、講習に出したりするそうだ。珍しいと言えばそうかもしれないな。」
企業の方針として、仕事とプライベートは厳密に区別すべきというのが1つだと先の研修で聞いた。OJTで現場の担当者や個人に任せきりにしたり、資格や研修で家でも休む間もなくしたりといったことは禁止事項とされている。この連休にしても、4月入社の社員が初めての環境で緊張したであろう心身を十分休めて、連休明けからの部署ごとの研修に専念するためだという。
給料は増えるどころはむしろ減るのに、仕事の量や責任だけが増える企業や役所は多い。それは短期的には利益を増やしたり社員を効率的に使うように見えるが、長期的には社員の疲弊や離職の増加、技術や知識の断絶、世代間の対立といった負の側面が続々出て来る。その例は枚挙に暇がない。
仕事をする環境や技術や知識は、入社までのものをベースに基礎の不足部分を研修で補完し、部署ごとの研修で補強・強化していく。そのための環境は会社が用意するからそれに専念すること。それが徹底されている。これも珍しい方針だが重要なことだと思う。
「それだと、ゆっくり休めますね。」
「ああ。とは言ってもそれほど疲れてないんだよな。研修は勤務時間と同じだったし、ほぼ定時に終わったし。」
「えっと…、それじゃあ買い物とか一緒に行ってくれますか?」
「ああ、勿論。」
俺は10連休だが晶子は原則週休2日が堅持される。俺の方が時間的な余裕が多い。本当は買い物も俺一人で行って晶子を休ませたいんだが、俺と一緒に行きたいとその顔と目が力説している。こういうのって珍しいんだろうか?
晶子にとって、俺と居られる時間は一緒に居たいし、そうすることで活力が湧き出て来る。昨夜にしても終わってからは身体をずらすように動かすのがやっとだったのに、翌朝は平然としている。寂しさや欲求不満をセックスに変換し、得られた疲労と満足感や幸福感を活力に変えて翌朝以降に繋げていると考えれば納得できる。
買い物の時間は通常だと往復の移動を含めて1時間少々。相変わらず自転車で頑張って運ぶ。雨の日は往復共に徒歩になるから時間が少々延びるが、それ以外は同じ。買い物に一緒に行くってことの意義は必要なものを多く確保するためという認識だが、晶子はそれだけじゃないようだ。
「うわ…。」
思わず声が出てしまう。朝飯を食べ終えてから出向いた何時ものスーパーは大混雑だ。特売やタイムセールがあっても、こんなに混雑するのはまず見ない。
「今日って…何かあったか?」
「もしかすると…、あれかもしれません。」
晶子が指さした方を見ると、幟(のぼり)が立っている。「『ひるドキッ!プラス』で紹介!バナナ特売セール!」と書いてある。よく見ると、人波の大半はそちらに向かって移動して、そこで滞留しているのが分かる。
『ヒルドキッ!プラス』「『ひるドキッ!プラス』って…TV番組か。」
「お昼の時間帯に放送している人気番組だそうです。最近、健康志向の特集を組んでいるそうですよ。」
「全然知らないな。」
「私も見たことがないので、お昼時に来る主婦のお客さんから聞いたことそのままですよ。」
幟の売り文句とTV番組、それに主婦。これらのキーワードからおおよその想像が出来る。TV番組の特集でバナナを毎日これだけ食べると健康になれるとか、バナナを使った健康メニューが紹介されて、翌日−恐らくその放送は金曜日−店が大量にバナナを仕入れてセールを実施。それを広告とかで知った主婦が家族を連れて大挙して押し寄せた。こんなところだろう。
以前にも似たようなことがあった。あの時は時間が少し遅かったせいかこれほど混雑は凄くなかったが、確かこんにゃくが根こそぎ売り切れていた。その日はすき焼きにしようということでこんにゃくを買うつもりだったが全ての商品が空になっていたから、諦めてエノキと豆腐を増やした覚えがある。
こうしてみると、TVの影響力は大きい。インターネットが普及して俺と晶子も家庭の常備品の1つにしたが、この前の研修だと往復の行程を調べるために少し使った程度。他の家庭も学生や若い人はインターネットの方が使用率が高いだろうが、ある程度の年代以上だとまだまだTVの影響力が圧倒的のようだ。
「あの一角だけ混み合ってるだけ…か?」
「多分そうですね。でも、あのコーナーを通らないと他のところに行けないんですよね。」
「…ここの開店時間って、9時だったよな?」
「はい。」
「あの混雑で今が10時少し過ぎだから…、もう少し待ってれば完売して終了するかもしれない。」
次から次へと商品が出て来るなら別だが、商品は有限であの混雑だから、そう遅くない時間で完売の時が来る。完売すれば幾ら粘っても出ては来ないから諦めるしかない。特にこれから用事もないから、10分20分くらいなら十分待てる。
「そう…ですね。暫く待ってみましょうか。」
混雑と言うか人だかりと言うか、それを遠くから見ながら成り行きを見守る。店員は人垣に埋もれて見えないが、あるスペースを中心に押し合い圧し合いの争い−まさに争いそのものの様相だ。バナナの値段は分からないが、それほど極端に値段が違うとは思えないんだが。
10分くらいして、抽選くじで鳴らされるような大きな鐘が鳴らされる。「完売しましたー」という声に続いて、溜息やら悲鳴やらが聞こえる。激しい争奪戦と言うべき状態だったバナナの特売セールは、開店から1時間半弱で完売することで幕を下ろしたようだ。
野菜・果物コーナーを占拠するように集中していた人だかりは徐々に散開していく。まだ諦めがつかないのか広い棚に四方を囲まれた店員数名に何か言っている人が若干名居るが、粘ったところで完売した商品の追加が出て来る筈はない。そのうち諦めざるを得ないだろう。
「祐司さんの言うとおり、10分くらいで完売しましたね。」
「9時から始まっただろうから…、1時間半くらいか?それだけもつくらいバナナを仕入れていたってのが凄い。」
「売れる見通しは当然あったんでしょうけど、あれだけの人だかりが出来るほどのお客さんを捌くだけのバナナって、考えただけでも凄い量ですよね。」
果物は全般的に保存が難しい。冷蔵庫でも長期間の保存は期待できない。物にもよるがおおよそ1週間が限界と見て良い。それを考えると、倉庫がいっぱいになるような量を仕入れたんじゃないだろうか。ある年代以上へのTVの影響力がよく分かる。
ようやく通れるようになった野菜・果物コーナーから店内を回り始める。コーナーを占拠して道を塞ぐほどの混雑だった特売セールのコーナーは撤去が始まっている。まだ諦めきれないのか数人の主婦らしい人達が周辺に居るが、「特別に」と目当てのバナナや別の商品が出てくるのを期待してるんだろうか。
それを脇目に順次商品を選んでいく。と言っても、商品を選ぶのは殆ど晶子の仕事だし、晶子は1週間のメニューや在庫状況から何を買うか決めているから、場所を順次回って商品を選んで俺が押すカートに入れていく流れ作業だ。
肉・魚コーナーに続いて調味料・粉類のコーナーに向かう。此処は食材ほど頻繁には来ないが、ある周期で立ち寄る。晶子は味噌と食用油、ケチャップと片栗粉と小麦粉を選ぶ。片栗粉と小麦粉は揚げ物に必須だからこのコーナーにあるものでは食用油と並んで消費が速いほうだ。
大学を卒業してからも、晶子は自分の分の弁当も作っている。早番だと店で無料で食べることも出来るが−増崎君達はそれも積極的なシフト希望の理由らしい−、晶子は弁当を持って行っている。内容は俺に持たせてくれる弁当と同じ。
手間にならないかと思うが、晶子曰く「量が増えるだけだから1個だけよりむしろ効率的」だそうだ。晶子が選ぶ商品は、勿論弁当に使うことも見込んでいる。だから弁当作りは順調な食材の新陳代謝の面でも必要なわけだ。
今の家に引っ越してから台所の収納も格段に増えたから、長期保存できる調味料や粉類を多めに買える。食材はある程度代用が効くが調味料とかはないと料理が出来ない。意外に気付いた時にはないということもあるらしいから、買える時にしっかり買っておくそうだ。
最後は乳製品・冷凍食品コーナーとパン・菓子コーナー。此処で買うものは少ない。乳製品は牛乳やチーズで、パンは食パンがそこそこ需要があるが、他は食べないものが多いから素通りする。特に冷凍食品は殆ど買わない。
殆ど、というのは非常食代わりとして少量在庫するようにしているからだ。以前の経験から、晶子も常時健康体で居られるわけじゃないこと、むしろ精神的なバランスを崩すと寝込むとか結構長期化・深刻化することもあると分かった。
俺も多少は台所仕事が出来るが、料理はレシピ頼りだし、他も決してスムーズとは言えない。学生の時はまだどうにかなったが、社会人でまだ1年目だから有給が取れるといっても融通が効きにくいことは覚悟しておいた方が良い。
そうなると、非常手段として冷凍食品を使うことも選択肢にしておいた方が良い。今時の冷凍食品は技術の進歩もあって、ただ単に凍らせたという範疇を超えている。調理の手間が大幅に減らせて、かなりのものが手軽に食べられる、しかも長期保存が可能な冷凍食品の使用は一概に手抜きは言えない。
と言ってもあくまで非常手段だから、そうそう出番はない。晶子自身俺と結婚して今の家に移ってからは健康そのもの。それだけ精神状態が良好かつ安定しているということだから、今のところ非常手段の出番はない。どんなものがあるのか見て回るくらいで終わる。
カートの上下に乗せた籠をほぼ満たした状態でレジに向かう。土曜日の午前中だと普段は割とスムーズだが、今日はバナナの特売セールの影響でかなり混雑している。特売セールのついでに他の商品も買う人が多いから、レジの回転は鈍い。
とは言え、待っていればそのうち順番は来る。順番が来たら籠を置いてレジに通して代金を払う。払うのは俺。もっとも食費を含む生活費は俺と晶子の共通経費としてそれぞれの収入から出している。ただ、俺が出した方が良いということで俺の財布に入れてある分を出しているに過ぎない。
「今日も結構な量になったな。」
「調味料を買ったのが大きいですね。この辺は容積が大きいものが多いですから。」
俺が調味料や粉類が入った重い方を持つ。日頃家での食事や弁当を作ってもらっている者として、これくらいはしたい。こういう時、1人より2人が良いと思う。誰かと分担できる環境があると分かっているだけでも、心理的な余裕が出来るもんだ。
こうして晶子の買い物に付き合うようになって結構経つ。これから先も、子どもが出来ても出来る限り付き合いたい。日々の生活がこういう地道な作業で支えられていることを実感できるし、それを愚痴一つ言わずに続けている晶子への感謝を忘れないから…。
「これで完了かな。」
「はい。」
収納と仕込みが完了。晶子は仕込みをするから、収納は晶子の指示で俺が担当する。何処そこにどれを仕舞うと明示されるから、使用中のものや先に買ってある物を前に移動して買ってきたものを奥に収納するだけだ。ある程度は俺も覚えたから、尚更簡単に終わる。
流石に毎回しているだけあって、晶子の仕込みは手慣れたもの。俺の収納が終わる頃には完了し、ラップで個別包装して冷凍庫に収納するのみとなっている。付け合わせの茹で野菜や一品料理の煮物とかは、今日明日の料理のついでに作られる。これも晶子の独壇場だ。
時刻は11時半過ぎ。これから昼飯を食べればあとは晶子の出勤時間まで完全にフリー。晶子は仕込みを終えた食材を冷凍庫に入れるのに併せて、昼飯の材料を出して来る。この手際の良さは晶子ならではだ。邪魔にならないように俺はリビングで待つ。
暫くして出てきたトマトソースのスパゲティとミニサラダというメニューの昼飯を食べる。食べたら片づけておしまい。研修中は常に誰かが隣か近くに居たから退屈はしなかったが、ゆったり寛ぐにはやっぱり家で晶子と居る時が一番だ。
洗い物をした晶子がリビングに戻ってくる。晶子は俺の向かいではなく、俺の後ろに腰を下ろす。そして俺の両脇に手を差し込んで抱きつく。
「甘えん坊だな。」
「甘えん坊ですから、こうさせてください。」
俺の胸に回った晶子の両手が、擦るように小さく動く。昨夜の営みで5日分の穴埋めは出来たと思ったが、まだ足りない部分があるのかもしれない。スキンシップを好む晶子は普段からくっつきたがるから、平常運転と見ることも出来る。何れにせよ、俺は何も困ることはない。
遅番だと出勤は17時。あと5時間くらいある。その間は晶子の好きにさせておく。こうしてくっついたり俺に膝枕をしてくれたりと、基本スキンシップをしたがる。晶子の感触や温もりを堪能できるし、晶子にくっつかれるのは好きだ。晶子に自分を求められて拒む理由はない。
「俺も晶子を抱きたい。」
「私が前に移動しましょうか?」
「否、俺が向きを変える。少し腕を緩めてくれ。」
晶子が俺の体の拘束を緩める。俺は座ったまま身体の向きを180度変える。向かい合う体勢になったところで、晶子は緩めていた拘束を再び強める。俺に上半身を委ねて倒れこむような体勢だ。ちょっと辛いような気もするが、晶子は体勢を変えない。
この体勢で晶子を抱くと、上半身に晶子の多くの体重がかかっていることで、肋骨の一番下あたりに晶子の胸が強く押し付けられている。この体勢って…昨日の風呂の時と似てるよな…。胸の下から腹辺りを洗う際、これくらい極端な姿勢をしてたよな…。
そう思ったのを皮切りに、昨日の風呂の光景が次々脳裏に蘇ってくる。泡を身に纏っただけの肉体を密着させて、味あわせるように挑発するようにゆっくり上下させる晶子。背中だけと言わず前も、腕も脚も、更には男性の部分までもその肉体を駆使して洗った晶子。あの強烈なサービスが焼き付けた印象と記憶はあまりにも強烈だ。
何度でもリピートされる映像と瞬間の数々に、腹の奥から何かがこみ上がってくる。夜の営みには必要なものだが、今は生じるとまずい性質のものだ。何とか鎮めようとするが、晶子が今を味わうためか何なのか、密着したまま少し身体を上下させる。まさに昨日の風呂の再現だ。
…もう我慢できない。俺は晶子を抱きしめたまま、横倒しにするように押し倒す。俺は身体を下方向にずらして晶子を完全に抑え込む。両手を晶子の頭の横に突いて上半身を起こす。晶子は俺の背中に両腕を回したまま俺を見つめている。
俺は腕を曲げて晶子にキスをする。暫く唇を押しつけた後、舌を突っ込んで口腔を這い回る。存分に温かい口腔を堪能した後、舌を抜きつつ唇を離す。再び両手を伸ばして晶子を見る。晶子は口を少し開けたままゆっくりと目を開け、目を閉じながら首を右に傾ける。
観念したような様子の晶子を見ながら、俺は晶子の服に手をかける。ベストを脱がし、ブラウスのボタンを外して左右に開き、ベルトを外してズボンを脱がす。上の下着が顔を覗かせ、下の下着が露わになる。俺から両腕を離して横たわる晶子は、無抵抗で無防備で、扇情的だ。
俺は身体を沈めて上から下へゆっくりと移動しながら晶子の肌に唇と舌先を這わせる。下着1枚だけの下腹部に到着して同じように堪能した後、下着に手をかけて引っ張り上げる。晶子は大人しく腰を少し浮かせる。太ももまで引き落ろした後、左脚だけ動かして脱がして右足に下着を引っ掛けるように残す。
晶子が右手で太股の重なる地帯の根元を隠すが、俺はその右手を退かす。下半身を露わにした晶子を見ながら、俺はズボンを下ろして下着を脱ぐ。昼間にこうするのは…何時以来だろう。そんなことどうでも良い。始めるか。こんな晶子を目の前にして今更紳士ぶる気はない。
…。
数回の痙攣を経て、俺の身体の硬直が解ける。息を切らしながら下を見る。晶子が俺に貫かれたまま、申し訳程度に服と上の下着で一部を隠した身体を晒している。目を閉じて頬を赤らめ、口を少し開けて速い呼吸をしている。
昨夜あれだけ激しくて体力と精力を使い果たした筈なのに、それから1日も経過してないのに、火がついた情欲は1回では収まらなかった。俺は無抵抗の晶子を思うがままの姿勢にして、思いのままに動いて、晶子の中に愛情と情欲の証を放出した。
3回目にしてようやく収束したのを感じる。正確に言うと、3回目で精力が枯渇した。勢いを失った俺の男性部分を晶子からゆっくり引き抜き、それを終始観察する。ようやく終わったことを悟ったのか、晶子は緩慢な動きでずらした下着を直し、はだけたブラウスを合わせる。
俺は晶子の隣に体を横たえ、晶子を抱き寄せる。客観的に見るとかなり凄い光景だが、2人きりで俺と晶子の家だからこそ出来ることだ。晶子の呼吸のテンポはまだ速い。俺の胸に乗った晶子の左手が、俺のワイシャツをギュッと掴む。
「…エッチ…。」
「そうさせたのは誰だ?」
「うう…。」
どうやら俺の性欲の突沸の原因が自分にあるという自覚はあるようだ。これまで同じ状況になった際は下の下着を脱がすまで多少抵抗らしいことをしたが−それも本気じゃないのは直ぐ分かる程度−、今回は自分が招いたことだから、と早々に観念したんだろう。
今回のような性欲の突沸は、実は久しぶりだったりする。晶子が前の俺の家に住みつくようになったあたりからは記憶にない。突沸させるまで溜まる前に夜に解消していたからだろう。今回は昨夜の風呂の強烈な出来事があって、抱きついていた晶子がそれに重なったから一気に膨張・破裂と相成った。
この時の晶子は、基本的に積極的で自分を解放するような夜とは異なる。口をきゅっと横に結び、極力声を出さない。首を頻繁に左右に傾けたり、カーペットをむしるような強さで握って声を出しそうなところを変換している。下を脱がすと必ず一度は隠すのも夜と違う。
少しして俺は晶子を抱き抱えながら身体を起こす。晶子は俺のワイシャツにしがみついたままだ。剥き出しの脚と、その片方に引っかかったままの下着が何とも色っぽい。突沸した後の晶子は物凄く大人しいというか、ある意味俺の言いなりになる。以前はこのままベッドに運んでもう1回、となったが、今はそうはいかない。
「体力…使ったか?」
「かなり…。でも、このくらいなら平気です。」
晶子は俺を壁か何かに見立ててそれをよじ登るように上体を引っ張り上げる。そして右腕を俺の左腕に絡める。右手は相変わらず俺のワイシャツを掴んだまま。前を合わせただけのブラウスが開き、胸の谷間周辺や下着、腹の一部がチラチラ見える。半裸は全裸よりエロティックだとつくづく思う。
「普段と違うな。」
「明るいところで好きなようにされて…。恥ずかしくて…。」
「明るさを除けば、普段と大差ない筈だけどな…。」
「明るいってことが…大きな違いです…。全部…はっきり見られて…。恥ずかしい…。」
晶子は頬を赤らめて、俺と目を合わせない。この反応は今回のような突沸の事後では必ず見られる。全部はっきり見るのは風呂場でも同じなんだが、晶子の観念では、昼間の明るさの元で見られるのが恥ずかしいらしい。初めてでもないのにこの反応は初々しいし、ちょっと意外でもある。
そもそも今回の発端と言えば、晶子が風呂で強烈なサービスを展開したからだ。あの時恥ずかしそうな素振りは全くなかった。俺の方がどうやってこの難局を乗り切ろうかと内心相当狼狽してたくらいだ。それがどうだ。今は頬を赤らめて俺と目も合わせられない。物凄いギャップだ。
暫くして、晶子は俺から離れて座った状態で下着から順に元に戻す。時刻を見ると、出勤時間まであと30分くらい。夕飯は俺の分が先に作られているし、晶子は店で食べる。午後5時は他の日の夕食時間と比べてちょっと早い。独りで食べることくらいはどうってことない。
「それじゃ…行ってきますね。」
まだ余韻を残しているらしく、晶子は積極的に目を合わせようとしない。俺は玄関先まで晶子を見送りに行く。
「終わる頃に迎えに行くから。」
「はい。…祐司さん。」
靴を履いた晶子は玄関のドアを開けようとしたところで手を停め、くるっと向きを変えて俺に近づく。
「…励ましてください。」
そう言って目を閉じる。…それなりに長い付き合いで、否、それどころか夫婦関係でこれを見て何を求めているか分からないのは、いささか問題だろう。俺は晶子の両肩に手をかけてキスをする。唇を触れ合わせるだけのある意味本来のキス。触れ合う強度を時々変えて長めにする。
「これでどうだ?」
「たくさん励ましてもらいました。」
キスが終わると、晶子に再び普段の活力が戻る。愛情を強く感じられるキスで気分の切り替えが出来たと言うべきか。
「では改めて、行ってきます。」
「ああ、行ってらっしゃい。」
晶子と小さく手を振り合って、暫しの別れを惜しむ。そっと玄関のドアが閉じられた後、俺は鍵とチェーンをかけてリビングに戻る。少し前まで晶子も居た空間は俺一人。晶子と生活リズムがずれるようになってひと月近く経つから、こうなることは初めてじゃない。なのに、この心にぽっかり穴が開いたような気分は何だろう?
夕飯は作り置きのものを温めれば食べられる。掃除や洗濯は済んでいる。晶子を迎えに行くのは5時間後。1日の1/4程度。それでもこれだけの喪失感というか寂しさというか、そんなものが強く出て来る。これが5日間ずっと続いた晶子の心境はどんなものだったか、想像するまでもない。
…晶子を迎えに行って帰ったら、しっかり抱き締めよう。そして晶子が望むように愛そう。ただ色々なことで便利で都合が良いから結婚したんじゃない、堂々と一緒に暮らすために結婚したんだと晶子に伝えるために。こういったことは「言わずとも伝わる」じゃ伝わらないからな…。