雨上がりの午後

Chapter 312 親友たちへのお披露目

written by Moonstone

「祐司さん。どうですか?」
「んー。もうちょっと。」

 翌朝。俺と晶子に宛がわれた部屋でパーティーを開催するための最後の準備中。早めの軽い昼飯の後、服を着る。俺も晶子も上下黒のスーツ。実質披露宴のパーティーの主賓でもある人間としては少々違和感があるが、俺と晶子の場合主賓であると同時に主催者でもあるという変わった事情がある。
 ただ高台に座っていれば良いだけじゃなく、自分達で料理を作って運ぶ役割がある。俺は上下を変えればたちまち主賓の服装に早変わり出来るが、晶子はそうもいかない。かといってドレス姿で料理をするのは幾らなんでも無理がある。パーティーの主賓兼主催としてそこそこの服装で、ある程度動き易いものとなるとスーツになる。
 俺はと言うと、白のネクタイを締めるところで手こずっている。どうもネクタイは慣れない。長さの調整が上手くいかないのもあるが、そもそも結び目が綺麗にならない。4月からの職場はネクタイなしの私服通勤可だが、入社式とかはネクタイを締めるだろうし…。

「私がしますよ。」
「…頼む。」

 情けないが今回も晶子にやってもらう。晶子はごちゃごちゃになったネクタイを解いて、両手で長さを調整してからすいすいと締める。何だか別のものになったかのように結び目もピシッと三角形になって、息苦しくもないし緩んでもいない丁度良い塩梅になる。ネクタイが意志を持ってるとか…。

「どうしてこうも違うんだろうな。」
「私はハンガー相手に何度も練習したからですよ。それに、祐司さんのネクタイを締めるのは私がしたいですから。」

 4月からの晶子の働き方は未定だが、現状を考えると今と同じか1日に拡張したものになるだろう。そうなると晶子は朝から晩まで働きづめになる。何かと忙しい上に弁当は4月以降も引き続き作ると言うから、ネクタイを締めることくらい自分で出来るようにしておかないと…。
 ともあれこれで準備完了。双方の実家に行った時とほぼ同じ服装だ。俺はまだスーツを着こなしているとは言えないが、晶子はしっかり様になっている。タイトスカートを含むこういう服の特性で身体のラインが浮き出ている。この家に滞在中も毎晩抱いているが、欲情が俄かに高まってくる。
 発散させるために晶子を抱きしめる。俺の鼻がめり込んだ髪からは、何時ものように鼻通りの良い柑橘系の香りが飛び込んでくる。割と厚めの服を介してもしっかり感じられる柔らかさ。この女と…婚姻届を提出して新居に引っ越して紛れもなく夫婦として一緒に暮らしてるんだよな…。

「祐司さん…。」
「今日来るバンド仲間に胸を張って言える。俺はこの女と…晶子と結婚して幸せだ、って。」
「私もですよ…。」

 晶子の両腕が俺の背中に回る。

「私はずっと前から幸せアピールを繰り返してますから、説得力が弱いかもしれませんけど…。」
「料理を終えてドレスに着替えたら、嫌でも説得力が増すさ。」
「期待していてくださいね。」
「もう期待が最高潮だ。」

 この部屋の壁にかけられているドレスは、料理を作り終えた後で晶子を包む。服の特質上1人では着られないから潤子さんが手伝う。俺が手伝いたいところだが勝手が分からないし、一旦裸になったところで床に押し倒してしまいそうな気がする。
 今日の写真を頼んでいる写真屋が併設している貸衣装店で着たところを見たが、「最高」以外の言葉が思いつかなかった。見慣れている筈の店主も店員も一様に感嘆していたくらいだ。10人の招待客もさぞかし注目するだろうな…。

 開催1時間前。晶子と潤子さんがキッチンに入り、料理を始める。メニューの多さもあるが量が兎に角多いから、早めに着手しないと間に合わない。晶子はスーツの上にエプロンをしている。やや不釣り合いな組み合わせだが、クリーニングが必要なスーツを不必要に汚さずに料理をするにはこれしかない。
 俺は外に出てドア付近で招待客の到着を待つ。道案内は小宮栄駅と新京市駅から最寄りの胡桃町駅までを略記し、胡桃町駅からの道のりを分かりやすい目印を使って記載したが、「分かりやすい」は3年以上住んでいる俺と晶子の感覚の範疇を出ない恐れがある。迷いつつ半信半疑でも店まで来たら迎え入れるつもりだ。

「祐司!」

 聞き覚えのある声がする。前の方から4人組が近づいてくる。間違いなくバンド仲間だ。俺は手を振って耕次達を迎える。

「いらっしゃい。全員揃って来てくれたんだな。」
「新幹線なり在来線なりで小宮栄を通るからな。目的が同じなら、ってことで。」
「で?嫁さんは?晶子さんは?レディの招待客は?」
「晶子側の招待客はまだだ。晶子は料理作ってる。」
「焦るな宏一。パーティーは逃げやしない。先に会費を払うぞ。」
「それじゃ、店に入ってくれ。」

 俺はドアを開いて耕次達を会場に迎え入れる。会費は祝儀代わりに前払いしてもらうことは、招待状に明記してある。

「いらっしゃい。」
「うわっ!」

 店に入って最初に出迎えたのは、晶子でも潤子さんでもなくマスター。マスターも結婚関連のイベントということで上下黒のスーツで固めている。髭面と体格からしてヤクザの幹部にしか見えない。ましてや耕次達は初めてマスターと顔を合わせる。驚きを通り越してたじろくのも無理はない。

「ドレス姿の花嫁が出迎えじゃなくて残念だったねー。ハッハッハ。ようこそ。この店のマスターの渡辺です。」
「…はじめまして。祐司の高校時代からの友人で、本田耕次と言います。」
「同じく、須藤渉です。」
「和泉勝平と言います。」
「の、則竹宏一と申します。」
「自己紹介に感謝します。会費をお願いします。」

 マスターに言われて全員が一斉に祝儀袋を取り出す。何と言うか、ヤクザが運営する店に入ろうとして入場料や上納金を徴収されるように見える。それにしても、会費を祝儀袋に入れて来るとは…。会費制であることと会費を明記しておいたが、祝儀に替えてという意味だろうか。マスターが確認を取ってから金額を確認するところもヤクザにしか見えないな。

「会費確かに受領しました。領収書です。さ、奥にどうぞ。」

 マスターから領収書を受け取った耕次達は改めて会場に通される。マスターが控えている以上会費の取り零しはあり得ない。こういう場面には最適だろう。…晶子側の招待客が来る時は前もって警告した方が良いかもしれない。

「「いらっしゃいませー。」」
「うわっ!」

 「関門」を通り抜けてキッチンからの出迎えを受けて、宏一が同じ言葉で驚く。さっきは驚愕と畏怖−と恐怖−の声だったが、今回は歓喜。声色が全然違うから分かりやすい。

「間もなく料理が運ばれますから、テーブル近くにお進みください。」
「主役の晶子さんがどうしてキッチンに?」
「今回のパーティーは、祐司さんと私が主体になって準備や進行をすることを条件に、このお店を会場として貸し出してもらうことになっているんです。」
「そうですか。でも、美人2人が並ぶキッチンとは見ているだけでも楽しいですねー。」
「ありがとうございます。残念ですが、隣で頑張る新婦は元より私も既婚者ですので、あしからず。」
「ちなみに夫は私でーす。」
「え?!」

 後ろからマスターが補足する。宏一だけでなく、全員が驚愕の色を示す。これはマスターと潤子さんの関係を知った人にほぼ共通する反応だ。

「他のお客さんの到着を待ちますから、お願いします。」
「分かった。さあさあ、お客様は奥へどうぞ。間もなく料理が続々登場しますので。」
「結婚披露宴で新婦も参加する手料理が出るとは驚きだ。」
「キッチンの2人はこの店の料理を担っていますから、味は保証しますよ。」

 マスターの案内を受け、耕次達は興味深々な様子で奥に進む。テーブルには皿と割り箸が重ねて、コップが並べて置かれているが、大半は空白。空白部分に料理が並ぶ。俺は智一と晶子側の招待客を迎え入れたら料理を運び、接待するのが当面の仕事だ。客が全員揃うまでは店の外で待機するのも俺の仕事。
 少し待っていると、向こうの方から上下黒のスーツを着た智一と色とりどりの服を着た女性5人がやってくる。智一と晶子と同じゼミの人達か。ジャケットは羽織っているがカジュアルな服装で固めて来た耕次達と違って、やけに気合が入っていると言うか…。服装はラフで良いとしたが、規制はしてないから自由でもある。

「祐司ー。晶子さんの招待客もつれて来たぞー。」
「こんにちはー。お久しぶりですー。」

 ああ、見憶えのある顔触れだ。夏前くらいまで毎日晶子のゼミまで通っていたが、その時の学生居室にいた面々だ。服が全然違うし化粧がかなり濃いから、遠目じゃ分からなかった。

「いらっしゃいませ。どうして智一が一緒に?」
「新京市の駅で偶然一緒になったんだ。服がいかにもって感じだったから声をかけたらビンゴ。行先は同じなんだから道案内がてらご一緒したわけさ。」
「晶子は居ますか?晶子のドレス姿、楽しみにしてたんです。」
「勿論いますが、今は料理中ですからドレスはまだです。さ、お入りください。」
「本当に全部自分達でしてるんだな。」

 智一と女性5人を店に入れて、マスターの歓迎を受けて女性が悲鳴を上げる。俺が説明して会費を集金し、奥に通されて晶子と潤子さんの出迎えを受ける。晶子がキッチンに居ることを疑問に思うことに晶子が答えて、改めて奥に通される。此処まではほぼ耕次達と同じ。
 そして耕次達と対面。最初こそ少しぎこちない雰囲気が漂うも直ぐに解消される。人見知りしない耕次と宏一、智一が居るから、俺が仲介しなくてもこの点は大丈夫。それに、女性5人は耕次達と智一の概略で出席を即答したくらいだから、様子見をしていただけとも受け取れる。

「祐司さん。料理が出来ました。」
「分かった。」

 いよいよ大きな仕事。出来たての料理を運ぶ。料理は普段のバイトと違って、大皿に盛られている。量が多いからその分重量もある。足元に注意しつつテーブルに運ぶことを繰り返す。単純だが責任重大で力仕事でもある。
 先陣を切るのはサラダとスープ。サラダはレタスとトマトを基本に豪華に盛られていて、フレンチとごま醤油の2種類のドレッシングが選べる。このドレッシングも手作りだ。スープはオーソドックスなコーンポタージュ。こちらも手作り。コーンがふんだんに使われていて、刻みパセリのアクセントが見栄えをよくしている。

「おーっ!こりゃあ豪勢だねー!」
「美味しそうー!」
「料理は混雑を避けるために4つのテーブルに満遍なく置かれていきます。お好みで食べてください。」

 前菜から好評だ。フル回転のキッチンから続々と料理が出される。俺はマスターと手分けして料理を運ぶ。フライ盛り合わせ、鳥の空揚げといった若い年代が好きそうな揚げ物が、揚げた手でテーブルに並ぶ。ソース、ケチャップ、マヨネーズ、塩コショウから選べるし、何より揚げたてだから美味さも格別だろう。

「お食事中ですが、この辺で乾杯をしたいと思います。」
「皆さん、グラスをご用意ください。」
「おっ!晶子さんも登場ですか!」
「はい。」

 エプロンを取った晶子が参入して乾杯の準備をする。全員がグラスを持ったところで、俺と晶子が飲み物を聞いてそれを注ぐ。飲み物はビールとウーロン茶、オレンジジュース、緑茶を用意したが、乾杯のためかビールが多い。耕次達と智一は全員ビール、女性は3人がビールで2人はウーロン茶となった。俺と晶子はそれぞれビールをグラスに注ぐ。

「私達もお願いね。」
「はい。グラスをどうぞ。」

 マスターと潤子さんも乾杯の席に加わる。2人ともビール。マスターには俺が、潤子さんには晶子がグラスにビールを注ぐ。全員が飲み物の入ったグラスを持っているのを確認して進める。

「乾杯の音頭は、この店のマスターである渡辺文彦さんにお願いします。」

 全員の視線がマスターに集中する。こういう場には慣れてないマスターは落ち着かない様子だ。勿論乾杯の音頭は前もって頼んである。だが、頼まれたからと言ってすんなり出来る保証はない。俺も晶子もそれは十分承知の上で頼んでいる。

「こういった場でスピーチをすることは何年ぶりかですので、たどたどしい点などはご容赦ください。」

 それでも少しの間を置いてマスターは話を始める。開始前のやや落ち着かない様子からは分からないほど流暢な喋りだ。

「今回、安藤夫妻の結婚報告パーティーを開催するにあたって、会場を無料で貸し出すことの条件として、自分達で準備や進行を進めることを挙げました。そこには食事の材料や飲み物の手配や料理、会場作り、そして修了後の後片付けや掃除も含まれます。私と妻は手伝いはするが代行はしない。それも加えました。」
「「「「「…。」」」」」
「しかし、それらが重荷になるのではないかといった心配は全くの杞憂でした。安藤夫妻は役割を分担し、協力して準備を進め、本日の無事開催に結びつけました。それは両親の反対を押し切って大学卒業前に婚姻届を提出し、新居探しから契約・転居やそれに伴う各種手続きを自分達で進めたことや、それ以前から協力して生活を共にしてきたことで、着実に育んできた信頼と愛情が強固な基盤として存在するためだと思います。」
「「「「「…。」」」」」
「私と妻は、安藤夫妻の晴れの舞台に店を提供したことを誇りに思っています。本日お集まりいただいた皆様の祝賀の気持ちをグラスに向けてください。」

 全員がグラスを掲げる。マスターはざっと見まわしてから続ける。

「2人で新しい未来への道を創り歩む安藤夫妻を祝して、乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」

 飲み物を少し呷った後、グラスが彼方此方で軽くぶつかり、澄んだディレイの短い音を立てる。何度も何度もグラスを合わせる。人数の割に、否、固まれば全員のグラスが触れあえるような距離になれるくらいの少人数だからこそ出来る、グラスを使った挨拶だろうか。

「どうぞご歓談ください。」

 俺が締めくくり、晶子と潤子さんは全員に一礼してからキッチンに戻る。俺とマスターはキッチンの様子を見て料理を運び、俺は客の相手もすることになっている。料理はある程度間隔を置いて出されるように、晶子と潤子さんがコントロールしている。それくらい造作もないことだろう。

「祐司!おめでとう!」

 乾杯後の第1弾、鳥の南蛮漬けを運んだところで、耕次が満面の笑みで声をかけて来る。

「成人式の会場前で再会した時から何時かこういう日が来ると思ってたが、大学卒業前に来るとはな。」
「入籍の日は元々10月10日−俺と晶子が出逢った日にするって決まってた。その前に双方の両親に報告に行ったし、一緒に住もうって流れになった。」
「報告を聞いた時は、生活の方はどうなのかと心配したんだが、余計な心配だったようで何よりだ。」

 そりゃそうだろう。2人揃って収入が一定じゃない。しかも学生。そんな状況で結婚して生活していけるのか、同棲の延長と勘違いしてないかと思うだろう。
 幸いにして、2人揃ってバイトの給料が破格で、しかもどちらも散財しないタイプだからかなり貯まっている。引っ越しの費用も十分出せたし、バイトの収入だけで十分やっていける。金銭的な不安は当面ないと言える。

「祐司が一番乗りするとはねぇー。正直驚きだぜ。」
「そうか?成人式会場前のライブで堂々と指輪填めてきたくらいだから、卒業後すぐは間違いないと踏んでたが。」
「いやいや、そういう意味じゃなくてさ。晶子さんと結婚まで持ち込んだってのが驚きってこと。前の奥濃戸旅行で晶子さんが祐司にぞっこんだってのは分かっちゃいたが、それが此処まで進むたぁ予想もしなかったってことさ。」
「それって違いますよー。」

 宏一の感想に異議を挟んできたのは晶子側の招待客、晶子と同じゼミの学部4年だ。

「そりゃどういうことで?」
「晶子の方が結婚に凄く熱心でしたよー。4年になるや否や待ってましたとばかりに安藤姓を使い始めるし、それより前から旦那と一緒に住んでるってことは周知の事実でしたし。」
「オウ…。まったく違う証言が出て来たねぇ。安藤祐司!真実はどうなのかね?!」
「ゼミの子達の言うことで間違いないですよ。」

 宏一の芝居がかった設問−普段からこんな話し方だが−に答えたのは晶子だった。念のため鍋つかみを填めて煮込みハンバーグが乗った皿を持っている。

「次の料理が出来てたのか。うっかりしてたな…。」
「いえ。私は作るだけじゃなくて運ぶこともしますよ。先にテーブルに置きますね。」
「おおっ、今度は煮込みハンバーグですか。そこらのパーティーよりはるかに料理の手が込んでますねー!」
「それがこのパーティーの重点項目ですから。」
「んー、美味い。これで会費制ってんだから尚更お得ですな。で、晶子さんの方が結婚に熱心だったってのは本当ですか?ちょいと俺には信じ難いんですが…。」
「本当ですよ。お弁当を作ったりしたのも含めて、早く結婚してくださいっていう一種の営業活動と言えますね。」

 営業活動とは良い得て妙だな。確かに「自分はこういうことが出来る」「こういうこともします」と自分の特技や能力を積極的にアピールして、それを実証することで信用を高めて取引を深めるのは営業の真骨頂と言える。
 晶子は当初から自分の営業活動に熱心だった。最初の誕生日プレゼントであるペアリングを左手薬指に填めさせてそれを周囲に公言するのは熱心を通り越して押し売りに近いような気もするが、結局その指輪は俺も馴染んでそのまま結婚指輪になったし、晶子っていう良い女と結婚出来たから結果オーライか。

「何か…、祐司がどんな魔法を使ったのか知りたい気分だぜ。」
「魔法って…。」
「それこそ『恋の魔法』ってやつじゃないですかー?」

 女子学生の1人の狙ったような発言で、笑いが起こる。俺と晶子はこの間に場を離れてキッチンへ向かう。まずは料理や飲み物を運ぶのが優先だし、幸せな状況をあれこれ突っ込まれるのはどうも慣れない。上手く対応出来る自信がない。

「お帰りー。早速だけど、次の料理をよろしくね。」
「はい。勿論です。」
「美人のお嫁さんをもらうと大変ね、祐司君。」
「なかなか上手い切り返しが出来ないんですよね…。」
「切り返すのも良いですけど、徹底的に惚気てもらえると反撃しにくいでしょうし、私も嬉しい、とか思ったり…。」

 エプロンを着け直して潤子さんと並んだ晶子がアドバイスする。だが、そこには晶子の意向も少々、否、多分に含まれていることが漏れてきた。半分呆れ、半分照れ隠しで晶子から視線を逸らして潤子さんから料理を受け取って客席へ向かう。
 …もしかすると、晶子が俺に対して熱心に営業活動を展開する一方で、その関係の公言にも積極的だったのは、周囲から突っ込みをさせないためだったんだろうか?自ら公言して聞かれたら惚気ることに徹すれば、聞く方はいい加減聞きたくなくなるだろう。他人の惚気話は聞かされる側には大してメリットがないし、自ら言われたらうんざりする性質のものだ。
 でも、周囲から突っ込みをさせないためでもあり、自分から惚気てみたかったのもあるんだろうな。さっきの本心が漏れていたとしか思えないことを聞いたら、そうとしか思えない。だけど、晶子のようにもっと「俺は幸せなんだー。良いだろー」と言えるようにしたいとも思う。なかなかそのさじ加減が難しいな…。
 料理がデザート以外すべて出された。4つのテーブルの島は料理の皿で埋め尽くされるが、順調に空になっている。食べる量は詳しく見てないが、耕次達が多めに食べているようだ。料理が消化されるなら出した側はどんな分量で消化されても構わない。
 ビールは料理より用意した量が多くないが、こちらも順調に空になっている。そのせいか、客同士で話が盛り上がるようになっている。最初はどちらも距離の取り方を探っているような警戒しているような、そんな感じだったが、硬さが取れて来て何よりだ。
 デザートはほぼ完成した状態で冷蔵庫に収納されていることもあって、晶子もエプロンを外して宴席に加わっている。アルコールが入ったところにこのパーティーの実質的な主役である晶子が加わったことで、客の関心はメインイベントに向かっている。

「晶子ー。ドレスは着るんでしょうねー?」
「着るわよ。ちゃんと用意してあるから。」
「料理が終わったなら、もう着ちゃって良いんじゃないのー?」
「デザートを出すのがあるし、写真を撮ってくれる写真屋さんが到着する少し前に着ることになってるの。ドレスを着て運んだりは出来ないでしょ?」

 ドレスを着る側でもこんな調子だから、ドレスを着た人を見る側はもっと興味深々だ。

「祐司ー。晶子さんのドレス姿はまだなのかー?」
「写真屋があと…40時間くらいで到着するから、その10分前くらいから準備する。それまで待ってろ。」
「もう料理は出し終えたんだろ?勿体ぶるなよー。そりゃあんまり見せたくないだろうけどさー。」
「主催者でもある立場でドレスを着て食べたり飲んだり運んだりが出来ると思う方がどうかしてる。おとなしく待ってろ。」

 頻りに晶子のドレス姿を要求してくる宏一を、渉が退ける。渉もビールは飲んでいるが酒に強いのか口調は変わっていない。

「宏一は放っておくとして、こういうパーティーじゃ花嫁が主役なのは間違いないよな。」
「それは実感してる。俺も衣装合わせがあったから一緒に行ったんだが、俺は『勝手に選んでて』みたいな感じだった。」
「男の服装は余程突拍子もないもんじゃない限り、それほど大きな差はないからな。デザインも色も様々で着るのも大変なドレスに店員が集中するのは仕方ない。」

 勝平も結構理解がある。ドレスは見る分見せる分には良いが、着るのはかなり大変だ。写真屋の到着10分前くらいから準備を始めるのも、そのために潤子さんが手伝うのも、それだけ時間と手間がかかるということだ。

「それにしても、こういう場では花嫁の自分が主役って分かってるだろうに、料理作りだの運搬だのまで手掛けるとはね。」
「皮肉か?渉。」
「宏一じゃあるまいし。主役ってことで祐司に任せて1人高座で安穏とせずに、店との契約どおりに自分も働くっていう姿勢が良いってことだ。」

 皮肉の度合いで言えば自分の思ったままを口に出す宏一より渉の方がずっと上手だ。俺を含むバンド仲間全員から顔の血の気を奪った「The fool men's brains hold no meanings.」の一節は今でも忘れちゃいない。
 その渉はかなり女性に厳しい。「The fool 〜」の件(くだり)もそうだし、当時付き合っていた宮城を「悲劇のヒロイン病」と断じたのもそうだ。間違いなく美形の類で学業もスポーツも非凡だったから十分モテるのに、自ら女性を遠ざけるようなことになっても気にしない。
 「その程度の思考や行動しか出来ない単細胞脳みその生き物の相手はしない」と言い切るくらいだから、その基準に該当する女にどう思われようが構わないからそういう態度を取れるんだろう。そんな渉も、晶子には一目置いているようだ。

「皆さんは、彼女のドレス姿を見たいって思いませんかー?」

 女子学生の1人が割って入ってくる。俺達の話を背中で聞いてたんだろうか。

「うーん…。どうかなぁ…。」
「ドレス姿を見るだけの価値があるかどうか、だね。」
「そりゃぁ是非見たいですねー!」

 勝平は決め倦み、渉は「少なくともお前にはドレス姿を見る価値はない」と暗に仄めかし、宏一は全面賛成と三者三様だ。新婦のドレス1つ取ってもこれだけ価値観が分かれる面子を、耕次はよく3年間束ねてきたもんだとつくづく思う。

「祐司君。晶子さん。そろそろ準備の時間だぞ。」

 飲み物を持って客を回っていると、マスターが呼びかけて来る。マスターはカウンター、潤子さんはキッチンに居る。会場の提供や手伝いはするが、同年代同士、しかも新郎新婦それぞれにかなり近い存在同士の交流会みたいなものだから、歓談には加わらない方針だ。

「分かりました。今行きます。」
「おーっ!いよいよドレス姿の晶子さんが登場かーっ!」
「晶子さんの邪魔にならないようにしろよ、祐司!」
「参考にするから、良いの見せなさいよ!」

 アルコールが回ってきたせいか、かなり本心を剥き出しにした野次が飛ぶ。やっぱり晶子のドレス姿がこのパーティー最大の見どころだな。その期待には十分応えられるが、何だか見世物みたいで抵抗があるのは否めない。
 だが、ドレスを着るのは晶子自身憧れだったし、ドレス選びもかなり時間をかけていた。自分の夢の1つ−浮気や浪費のリスクが非常に低い男性と結婚することの集大成でもあるから、晶子の意気込みも理解できる。
 着替えのために一旦退場して、晶子の着替えを手伝う潤子さんと共に渡辺家の2階に上がる。俺と晶子に宛がわれた部屋にかけられた1組の純白の衣装。それに袖を通す瞬間がやって来た。

「悪いけど、祐司君は空き部屋で着替えてね。」
「はい。」
「晶子ちゃんのドレス姿をお楽しみにー。」
「潤子さん。変な表現しないでください。」

 晶子のドレス姿は先んじて写真屋の試着で見ている。だが、大勢の前に出るのは当然今回が初めて。楽しみではある。正直、俺は潤子さんに代わって着替えを手伝いたいところだが、客を延々待たせることになりかねない。
 2階には3部屋ある。マスターと潤子さんの寝室、俺と晶子に宛がわれている部屋、そしてそれらの中間にあって廊下で接する部屋だ。洋服ダンスや本棚が詰められた部屋で、物置のようなものだ。
 俺は早速着替え始める。鏡がないからネクタイを締めるのはまず無理だ。…情けないが晶子に締めてもらおう。そのためにも化粧も複雑な着付けも不要なことを利用して、ネクタイ以外の着替えは済ませておくに限る。
 俺の着替えは簡単だ。今着ているものを下着以外脱いで−スーツだから脱ぎ散らかすというのはちょっと憚られる−ビニールを被っていた純白の服を全て着るだけ。着方は前の服と同じだから迷う要因はない。…ネクタイ以外は。
 晶子は…まだだろうな。写真屋での試着でも結構時間がかかってたしい。幾ら夫婦でも着替え中に踏み込むのは出鱈目だし、かと言ってどんな具合か気になるし…。ドアの前で待つのも変だし…。こういう時困るよなぁ…。待ち遠しさの裏返しだろうが。

「あら、祐司君。待ってたのね。」

 暫くしてドアが開き、潤子さんが顔を出す。

「待ちきれなくて入ってくるかも、って思ってたんだけど。」
「そ、そんなこと祐司さんはしませんよ!」
「んー。茶化すのは後でも出来るし、ささ、旦那様がお待ちかねよ。」

 潤子さんに代わって晶子がゆっくり姿を現す。…目の前に現れた女神に俺は思わず息を飲む。首周りは三角に切り抜かれて、鎖骨が半分ほど見える程度の露出。足がどうにか見える程度まで伸ばる裾。肌の露出を控えた細かいレース入りのドレス。長さを保ったまま下の方で純白のリボンを結えられた髪。やや俯き加減の様子が更に魅力を高める。

「…や、やっぱり緊張します。試着とは…わけが違いますから…。」
「…綺麗だ。俺のボキャブラリーじゃそうとしか言いようがない。」
「あ、ありがとうございます。それだけで…十分です…。」
「はいはい。愛の語らいは後で存分にやってくれれば良いから。お客様がお待ちかねよー。」

 潤子さんの声で我に帰る。この晶子のドレス姿、見た目は最高だが移動が不便。特に踝まですっぽり隠す長さの裾が移動を阻害する。スカートに相当する部分はレースが複数枚重なって出来ているから、足への纏わりつきも普通のスカートより数倍増し。こういう衣装に動きやすさを求めるのは無粋だが。

「祐司さん。ネクタイ締めますよ。」
「結局今回も上手く締められなかった。」
「終わったら言ってねー。」

 潤子さんの半ば呆れたような声がする。晶子はその声に急かされるように手早くネクタイを締める。手慣れたものでものの2、3分でネクタイピンも含めてきっちり締められる。では改めて移動開始。廊下を進んで…階段。普段なら難なく降りられるんだが、今回はそうもいかない。

「階段が物凄いハードルだな。俺が前に出て先導する。それでも裾が絡みつくか…。」
「裾は私が持つわ。」
「潤子さん、お願いします。」
「晶子ちゃんの手伝いをしたのは、こういう場面も考えてのことだから。」

 そこまでは気が回らなかったな。やっぱり女だから分かることってのもあるようだ。俺が前に出て晶子の手を取り、潤子さんが後ろで裾を持って1歩1歩階段を下りる。階段は1階と2階の中間あたりで踊り場があって、そこで壁に沿って90度折れ曲がる。此処もかなりの難所だ。ウェディングドレスは狭い場所での方向転換もやり辛い。
 それでも潤子さんが裾を持つことの効果は絶大。無事に階段を下りた。渡辺家のキッチン+ダイニングを通っていくと、会場の店からのざわめきが聞こえて来る。焦点は晶子のウェディングドレス姿に絞られているようだ。さて、後ろの女神を見たらどんな顔をするやら…。
 アナウンスはなしで俺から先に出る。客は一斉に注目するが、それは俺じゃなくて続いて出て来る晶子なのは一目瞭然。俺は晶子の手を取ったまま、少し段差がある店への出入り口で躓かないように晶子を誘導する。
 晶子が全容を現した瞬間、客からどよめき、続いて歓声が上がる。店のキッチンを抜けて出入り口あたりで晶子と並び、晶子が俺の腕に手を回す。この辺、打ち合わせはしたが練習とかリハーサルとか全然してない。晶子が躓かないように歩調を合わせて進むことくらいしか出来ない。

「凄っげえ綺麗!!モデル顔負けだ!!」
「晶子、綺麗!!」
「カメラカメラ!!」

 俺と晶子が近づくにつれて、客が色めき立つ。2×2に並ぶテーブル島の中央を通る前から、フラッシュが乱舞する。全員がデジカメを構えているのが凄いと言うか…。多分、否、きっとこのためにデジカメを用意して来たんだろう。
 普通の結婚式のように本物かどうか分からない神父が出てきたりしない。あくまでも結婚報告パーティーだから、所謂「お色直し」もこの1回だけ。「お色直し」にしても記念となる結婚写真を撮ってもらうためだ。その写真を撮る写真屋は、既に三脚を立てて準備していた。

「お世話になります。」
「こちらこそお世話になります。いやぁ…。こうして見ますとお綺麗な奥様で…。」
「ありがとうございます。」
「もう少し準備の時間を戴きたいので、それまで出席者の皆様とご歓談などなさってください。」

 写真屋が撮影に入ると思ったかフラッシュを止めていた招待客が、再びデジカメ片手に迫ってくる。総勢10人でも勢いが凄いから結構な迫力だ。

「本当に似合ってますねー!晶子さん!」
「ありがとうございます。」
「晶子!こっち向いてー!旦那もー!」
「美人がこういうドレスを着ると更に映えますねー。」
「ありがとうございます。」
「今日改めて祐司がとてつもなく羨ましいと思った。」
「こういう場では男は脇役って言うけど、それは本当だと思う。」

 智一や渉、勝平も口々に賛辞を言う。晶子側の出席者も感嘆の声を上げながら頻りに写真を撮っている。自分もこういうドレスを着たい、という願望が理想に近い形になっているからだろうか。晶子は身長もそこそこあるし−女性としては飛び抜けてはいないが高い方だと思う−、スタイルは申し分ないから、あらゆる面で理想的だろう。

「準備が出来ましたので、写真を撮りましょうか。」
「「お願いします。」」
「ではまず、奥様が椅子に座ってください。ご主人はその右側に。」

 何時の間にか用意されていた椅子−周囲に並べておいたものを持ってきたようだ−に晶子が座る。座るのも一大事。スカート部分が何重にもふわふわひらひらしてるから、腰から下で纏めてから椅子に腰を降ろすってことが難しい。俺がスカートの一部を持って座るのを手伝う。

「ご主人。身体は少し左側に向けて、顔だけ正面を向けてください。」
「えっと…こうですか?」
「はい。奥様は身体をもう少し右側に向けて、顔は同じく正面を向いてください。」
「これでどうですか?」
「それでOKです。ご主人は左手を椅子の背もたれの上に置いてください。」
「はい。」

 写真屋の店内にも飾られていた、結婚写真の見本みたいなスタイルだ。大きく異なるのは背景が店のステージなこと。マイクスタンドこそ退けられているが、楽器は全て配置されている。それは元より想定済み。俺と晶子の関係を作り育んだ場所だから、ステージを背景にしようと晶子と合意している。

「3回撮ります。」

 写真屋はカメラを挟んで俺と晶子と向き合う。いよいよだ。…別に万が一くしゃみとかをしても撮り直してくれるし、しかもデジカメだからフィルムの残りを気にする必要もない。変に気負わない方が良いな。
 招待客が注目する中−冷やかしたり笑わせようとしたりしないのは流石に分別がある−、写真屋が写真を撮る。と言っても、「撮りまーす」と言ってから一呼吸くらいの間を置いてフラッシュが一瞬光るのを3回繰り返すだけ。大がかりな設備も装置もないから、大きめのデジカメと、俺と晶子が特別な服を着て寄り添って並んでいることが、非日常の写真撮影だと認識させる数少ない材料だ。

「はい、こちらはOKです。続いて奥様は立っていただいて、ご主人と並んでください。」

 写真屋の指示で晶子が立ち上がる。今の晶子は移動や運搬に向かないから、俺が椅子を周囲に退かす。写真屋との契約では、さっき撮ったオーソドックスな形式と、立って並ぶ形式の2種類を撮ってもらうことになっている。俺は個人的にはこっちの方が良い。

「身体と顔の向きは先ほどと同じ感覚でお願いします。奥様はご主人の腕に手を回してください。」
「はい。左手はこうしても良いでしょうか?」
「OKですよ。指輪がさりげなく光って良い感じです。」

 さっきは椅子に座っていたことでかなり高低差が出来ていたから、晶子の表情は殆ど分からなかった。こうして晶子が立つと普段から馴染んでいる高さの目線に来るから、表情も分かる。晶子は多少緊張しているようだが、表情からは幸福感が滲み出ている。
 晶子も自分が立つ方が良いのか、身体を密着させている。右腕を俺の左腕に巻きつけるようにしていて、身体の向きがさっきと同じようにやや中央に向けて傾いているから、ドレスに包まれた胸が押し付けられる。ドレスはそれほど生地が厚くないから、感触がかなり生に近いんだよな…。

「それでは行きまーす。こちらも3回撮ります。」

 カメラの高さを調整した後、写真屋は写真を撮る。カメラは変わらないから、写真屋が「撮りまーす」と言ってから一呼吸くらい間を置いてフラッシュが一瞬光るのを3回繰り返すのは1回目と同じ。だからそれほど時間はかからない。

「はい、OKです。これで全部撮りました。」
「「ありがとうございました。」」
「出来た写真はご自宅にお送りしますので。」

 カメラと三脚を片づけた写真屋を、俺が見送りに出る。移動が大変な晶子がどうこうするより俺が細かく動いた方が良い。それに、俺が見送りをしている間、晶子さえいれば客は退屈しない。現に今も晶子を中心に人だかりが出来ている。

「晶子さんのウェディングドレス姿だけで、写真集が1冊出来そうだな。」
「本物を見たのは初めてだが、映えるよなぁ。」

 耕次と宏一は頻りに称賛する。晶子とのツーショット写真を送った後一番反応が顕著だったのはこの2人だったな。写真集はドレスを色々変えれば出来そうな気はする。晶子は2、3着めぼしいものを選んでから試着するってスタイルだったから、俺自身あまりバリエーションを見てない。だが、どれも遜色ないものだった。

「2次会とかどうするの?」
「折角の機会なんだし、考えてくれない?」

 女性側は様相が異なる。写真撮影の後は俺と晶子から挨拶をして散会、としている。その後後片付けとテーブルと椅子の原状復帰があるから、2次会は全く考えていない。良い方は悪いのを承知で言うなら、2次会をするなら客同士で好きにしてくれ、ということだ。
 女性側としては、これで散会とはしたくないんだろう。パーティーで見ていても晶子を祝福するのはそこそこで、何かと耕次達と智一に話を振っていた。出席を決めたのも耕次達と智一の概要を教えたからだし、合コンと考えている割合は女性側の方が高い。それは自由だが、2次会は全く白紙だ。何だかんだでもう4時前だし、こっちは会場を借りた以上義務を果たす必要がある。

「この辺でパーティーを締めくくりたいと思います。」
「えー?2次会はー?」
「こういう場ではお約束じゃないのー。」
「料理も飲み物も出尽くしましたし、パーティー終了後に後片付けなどをすることになっていますので。2次会は出席者の皆さんでご自由になさってください。」

 女性側から不満の声が出るが、2次会をしていたら後片付けどころじゃなくなる。料理と飲み物はほぼ完全になくなったし、此処は多少強引にでもパーティーを締めくくるべきだ。俺はステージに上ってマイクを取り、音響機器の電源を入れる。酒が入ると耳の聞こえが落ちて話声は大きくなるから、マイクを使った方が無難だ。

「…では、改めて締めくくりの挨拶をしたいと思います。」

 マイクを通したことで場は割とすんなり俺と晶子に注目する。言うことは多少考えてはあるが、読んで言うのは馬鹿馬鹿しいから基本アドリブだ。

「今日は年末の折、お集まりくださいましてありがとうございました。一般的な式や披露宴とは違って、多くのことを自分達で準備する、派手なセレモニーはない形式にしました。まだ学生ですし、自分達の収入だけで一緒に暮らし始めて2カ月程度。身の丈に合ったものにしようと思ってのことです。」
「「「「「…。」」」」」
「この先色々なことがあると思います。ですが…、1人で出来ないこと、難しいことでも2人なら出来るし、簡単になることもあると思います。そのためのかけがえのないパートナーの晶子と…幸せになろうと思います。ありがとうございました。」

 拍手が起こる中、晶子にマイクを渡す。晶子は両手でマイクを持って何か決心したような様子を見せてから話し始める。

「…皆さん。年末のお忙しい中お集まりくださって、ありがとうございます。こういう場を設けるにあたって、料理を重視することと、写真撮影を加えることを2つの大きな柱として、料理をどんなものにするか、どんなタイミングで出すか、会場のテーブル配置をどうするかなど、色々なことを祐司さんと相談して決めました。来て良かったと思っていただけたら幸いです。」
「「「「「…。」」」」」
「祐司さんと結婚出来て新居での生活も始められました。憧れだったウェディングドレスも着られました。これからはこの幸せに何時までも浮足立たずに、祐司さんと支え合って暮らし続けていこうと思います。…ありがとうございました。」

 拍手を送られながら深々と一礼した晶子からマイクを受け取る。

「これで今回の結婚報告パーティーは終了とさせていただきます。気をつけてお帰りください。改めて、ありがとうございました。」

 締めくくりの挨拶をして、晶子と合わせて一礼する。これでパーティーそのものは完全に終了。後は後片付けと店の原状復帰。酒も幾分入ったし−こういう場合新郎の俺は酌を受けざるを得ない−立ちっ放しで結構疲れたが、全てが終わるまでそうは言ってられない。

「2次会をするかどうかは別にしても、片付けは俺達も手伝うぞ。」

 客を見送るかと思ったところで、耕次が言う。

「いや、それは流石に…。」
「固いこと言うな。数が多いものを分担すればその分早く出来る。指示は頼むぞ。元の配置までは把握してないからな。」
「…分かった。先に晶子を着替えに上がらせる。」

 耕次が音頭を取るということは、面子内での−今回は俺を除くが−意志統一がある程度出来た証拠。此処は悪いがその厚意に甘えることにする。ただ、ドレス姿の晶子は手伝いどころか移動も直進以外は難しいから、先に退場させて着替えを手伝った潤子さんに委ねる。
 晶子をキッチンで待機していた潤子さんに委ねて−階段を上がるのはドレスの裾を捲れば可能だ−、俺は上着を脱いで会場に戻る。既に耕次達と智一は上着を脱いでステージに乗せ、袖を捲ったりして準備万端だ。智一はどうかと思ったが、パーティーで耕次達と打ち解けていたことでそのまま合流するようだ。

「…配置の概要はこうなってる。」

 俺は脱いだ上着のポケットに仕舞っておいた見取り図を広げて見せる。配置は壁に沿って並べるのと、均等な感覚で他のスペースに並べるのとの組み合わせで、奇をてらったものはない。間隔も何cm単位とか厳密じゃない。ただ、全ての席から首をひねったりしなくてもそれなりにステージが見えるような傾きになっているのがポイントだ。

「まずは食器類とクロスの片づけ、それと床の拭き掃除。その後、テーブルの島を解体して中央付近から順次配置して、全体を調整する流れだ。掃除用具の場所を知ってるから、俺は先に掃除用具を準備しておく。」
「分かった。掃除用具は幾つある?」
「2組だな。」
「よし。手始めに食器類とクロスの撤収だ。」

 耕次の合図で、全員が食器類を重ね、キッチンへ運ぶ。キッチンにはマスターが待機している。マスターは食器を受け取って調理台に乗せていく。後片付けと原状復帰もマスターと潤子さんと打ち合わせ済み。違うのは耕次達と智一が加わっていることくらい。だからマスターは驚きもせずに食器を受け取っていく。
 クロスを畳むところで、掃除用具を引っ張り出した俺も加わる。クロスを畳むのは広げるより時間がかかると見込んでいたが、総勢6人で分担すれば直ぐ終わる。残った1枚も智一と宏一のペアがすんなり畳み、キッチンに運ぶ。
 それと並行して、俺と耕次が掃除用具を持ち、準備の時と同じく床全体を拭き掃除する。こういう場だと気をつけていても何かと食べ零しや飲み零しが出てしまう。店は明日から少し早目の年末年始休暇に入る。その間放置しておくと当然腐敗して悪臭の温床になる。借用しておいてそんなことは出来ない。
 拭き掃除が終わりかけた頃、スーツに着替えた晶子が戻ってくる。晶子は即座に袖を捲って、バケツに湯を汲んできて雑巾を数枚浸す。まず渉と勝平、続いて智一と宏一が雑巾を絞り、クロスが撤去されたテーブルの島を手分けして拭く。

「テーブルの島から順に戻して行ってくれ。中央の…この部分。」
「よし。渉と勝平はステージ左、宏一と智一はステージ右側を担当だ。俺と祐司と晶子さんは椅子を戻そう。」
「「OK。」」
「「了解。」」 「分かった。」 「はい。」

 今度は耕次の指示で全員が動く。2組がテーブルを元の配置あたりに移動させ、俺と晶子と耕次が周囲から椅子を持ってくる。椅子はテーブルより軽いが数がある分何度か往復する手間が必要だ。それも3人居ればすんなり出来る。

「他のテーブルの配置はこうなってる。」
「まず椅子を中央に寄せないと、テーブルを動かせないな。」
「ステージ向かって左側と右側でそれぞれテーブルと椅子を固めてあるから、片方ずつ戻していくのが早い。全員で椅子を中央付近に固めて、テーブルを配置することから始めよう。」
「よし、そうしよう。」

 原状復帰を考えて移動案を作っておいて良かったと今になって思う。まずはステージ向かって左側から着手。ひたすら全員で椅子を動かし、空いたスペースにテーブルを仮配置してそこに椅子を分配していく。6人がかりだと準備の時の数倍早い。マスターと組になって移動していた時は半分終わる前に汗だくになったが、今はまだそこまで汗をかいてない。
 同様にステージ向かって右側に取り掛かる。テーブル配置は概ねステージの半分ほどで線対象だから、図面を見直す頻度は少なく出来る。その分スピードも上がる。瞬く間にテーブルと椅子の仮配置が完了する。フィルムの逆回しを数倍速にしたような感じだ。
 残るは配置の調整とテーブルの雑巾がけ、それと床の掃除。これも分担すればさほど時間はかからない。配置を熟知している俺と晶子が図面を見ながら配置を調整し、テーブルの雑巾がけは渉と勝平、床の掃除は耕次と智一が担当する。完了したところでマスターと潤子さんに確認してもらう。

「うん。完璧だね。」
「床掃除が全面に入った分、前より綺麗になったわねー。」

 マスターと潤子さんもご満悦。会場として提供した店がパーティー終了後に原状復帰されれば十分、と言っていたから、特に床が綺麗になったのは満足感を高めるだろう。後は食器類だが…、殆ど片付いている。マスターと潤子さんが手分けして片付けてくれたようだ。

「時間があったから食器類は粗方片付けておいたわよ。残りは少しだからこのまま片付けておくわね。」
「店に関しては十分だ。あとは若い者同士で好きにしなさい。」
「…ありがとうございます。」

 これでパーティーは全て終わったと言える。あとはどうするか…。2次会は全く考えてなかったし、今から空いている店を探すのは大変だし、そもそも普段外食と無縁な生活だから店を知らないってのもある。計画を立てた部分では強力な支援があったことで完璧だが、それ以外では駄目だな…。
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