雨上がりの午後
Chapter 205 帰宅後の風呂上りにて
written by Moonstone
人の少ない電車で移動し、駅からは徒歩で俺の家へ。自転車は勿論健在だが、最近は買い物の時くらいしか使わない。歩いて間に合う時間に起きている
−起こしてもらっている部分が多いのが現状−のが大きい。時間ギリギリまで寝ていて、急いでトーストとインスタントコーヒーを胃に突っ込んで着替えて
自転車で駅へ急ぐ、という今までのパターンより、精神的余裕が出来たように思う。・・・慣れるまでは眠かったが。
弁当箱を晶子が洗ってくれている間に、俺は実験のレポートに着手する。全て仕上げるには手持ちのテキストや図書館を使わないといけないから無理だが、
記憶が鮮明なうちに全体をなぞっておくくらいのことはしておく。こうすると後々レポートを進めやすくなる。
「祐司さん。お風呂の準備、しておきますね。」
「あ、頼むよ。」
帰宅したのが9時半過ぎ。明日も1コマから講義があるし、レポートもある。だが今日は、夕飯を実験の合間に弁当で済ませられた分、かなり時間的余裕がある。
帰宅してからの手作り料理は勿論ありがたいし、この季節だとシチューやグラタンも出てきてほっと心休まる時でもある。だが、ある程度待ち時間が必要になる。
その間レポートをしたりしているが、夕飯が済んでいるから、風呂に入って寝るまでレポートに専念出来る。
途中で休憩、ってのが苦手な方だ。一旦休むと再開するのが億劫に感じることがある。これも不器用な性格の表れなんだろう。
実験でも昼飯は昼休みの時間が過ぎても−元々実験自体が何時休んでも良いという性質を持っているが−一区切りつくまでは食いに行かないし、それ以外の休憩も
殆どしない。測定したり考えたりでそんな時間があるなら実験にまわす、という考えなんだが、智一には耐えられないらしい。
・・・あ、英文を訳せ、って設問があるな。辞書を取り出そうとして今日借りた本を思い出す。鞄を開けて取り出したのは、今日田中さんから借りた本。
著者が工学系の現役研究者だと言っていたが、中身が具体的にどんなものかまでは聞いてないから、まずざっと見てみる。
・・・へえ・・・。例文があって、それを用いた工学系英文の自然な書き方ってものが解説されてる。電圧計や電流計といった基本的な測定器から、テスタ、
オシロスコープも登場する。「まえがき」で文章に疎くなりがちな工学系研究者や技術者が他人に分かりやすい文を書ける一助になるよう書いた、っていう
くだりがあったが、そのとおりだな。
末尾を見る。著者は当然と言うべきか名前は英語。略歴は和訳されている。有名どころの現役教授で、教養で語学を担当しているとある。訳者はこれまた
当然と言うべきか「田中めぐみ」とある。略歴は・・・「3月30日生まれ。新京大学大学院博士後期課程在学中(英文学専攻)」とある。「主な訳書」には・・・結構な数の
タイトルが書かれてあって、最後に「など」とある。これ以外にも翻訳を手がけたものがあるのか。凄いなぁ。
本を時折捲りながら和訳を進めていく。これは週1回の研究室のゼミで使っている論文もそうだが、難しい文法−例えば倒置法による強調とかは少数派だ。
概ね中学校程度の文法をしっかり理解していれば、後は専門用語を知っていればかなり簡単に和訳出来る。その専門用語が初めて見るものだと何のことか
想像も出来ないから訳し難くなるが、文脈から推測出来る場合も結構多い。
この設問もハードウェア記述言語やLSI設計に関する専門用語を知っていれば、そこそこの文法知識で様になる和訳の文章が完成する。よし、この設問はOK。
次は実験に関する設問だな。記憶にある範囲を素早く書き留めていく。実際にレポート用紙に書くのは纏めた文章だから、字は自分が読める程度で十分だ。
元々綺麗な方じゃないが。
「祐司さん。どうぞ。」
脇からそっとティーカップが差し出される。仄かに湯気を立てる牛乳は見るからに温かい。月曜の夜のように帰宅が遅い時間になる時は、最近は紅茶じゃなくて
ホットミルクが出される。「寝る前にカフェインを取ると寝つきが悪くなるから」というのが理由だ。確か、紅茶のカフェインの量はコーヒーより多いんだよな。
「ありがとう。」
「早速今日のレポートですか?」
「ああ。今日出来る分はメモ書き程度でも書いておけば、後々纏めたりするのが楽だからな。そうしないと忘れちまうってのもあるけど。」
「それじゃ、祐司さんがレポートをしている間、私も自分のレポートをさせてもらいますね。」
「どうぞ。机にあるものは適当に退けたりして良いから。」
やっぱり晶子もレポートがあるよな。なのに朝早く起きて朝飯を作って、更に弁当を作るんだから、俺じゃ到底真似出来ない。
優雅な食生活が送れているのも晶子のおかげだ。そうでなかったら、生協で何時終わるか知れない実験を抱えながらぼそぼそ済ませるか、ようやく実験が終わった後で
コンビニに立ち寄って弁当か、おにぎりや菓子パンとかを適当に買って済ませるかのどちらかだ。
・・・これで良いだろう。後は明日から図書館へ行ったりして仕上げれば良い。明日提出のレポートは土日で仕上げたし、準備は万端だ。風呂に入って寝るだけだな。
晶子は・・・どうかな?見ると、俺に正面を向ける位置で−普段食事をする時の「指定席」でもある−レポート用紙に向かっている。俺が出来たからって晶子が
出来てるとは限らない。
「あ、終わったんですか?」
「俺の方はな。晶子は自分のレポートに専念すれば良い。牛乳、入れようか?」
「いえ、まだありますから。」
一応確認するが、まだ半分ほどある。さて、俺はどうするか・・・。晶子のレポートは何時終わるか分からないし、この時期風呂に入ってから長時間起きていると
湯冷めして風邪をひく原因になることがある。風邪をひいたら間近に迫っている試験が受けられなくなる場合だってある。そうなったら進級どころの話じゃない。
かと言ってぼんやりしているのは何だか勿体無いような気がする。普段講義にせよ実験にせよバイトにせよレポートにせよ、何かをしている時間の方が圧倒的に
多いから、手が空くことで遣り残したことがないかという不安−恐怖には結びつかないが漠然とした焦燥感と言うか、そんなものを感じる。
PC、使ってみるかな。レポート用紙やテキストを積み重ねて脇に退けた後、机の隅に置いてある、去年の暮れに買ったノートPCを手前に持ってきて広げて電源を入れる。
メーカーのロゴに続いてOSのロゴが出て、パスワード入力画面になる。自分ではそれなりに覚えやすくて他人には多分分からないと思うパスワードを入力する。
起動したPCはの壁紙はデフォルトの青空と草原の画像。デスクトップの上部に並ぶアイコンもデフォルトのままだ。インストールしたソフトは、PCと同時に購入した
統合オフィス環境製品だけ。HDDの容量はがら空きだ。使っているうちにいっぱいになる、と智一が言っていたが、まだ遠い先の話だろう。
ワープロソフトを起動する。この頃、レポートの幾つかをPC上でも作成している。プリンタがないから専ら保存するだけだが、文章入力、特に数式の入力に
慣れるようにするためだ。卒論はワープロソフトで作成するそうだし、ワープロソフトに限らず統合オフィス環境の基本操作は研究室本配属前に覚えておいて欲しいと
聞いているから、それも兼ねている。
新規ファイルでカーソルが点滅している画面に今回は何を入力するか・・・。あ、さっきまで作っていた実験レポートの和訳にしよう。それほど長くないし、
数式もないから、日本語入力と英数字入力−LSIとかはそのままだ−の切り替えの練習にもなるし。
積み重ねておいたものの中からレポート用紙を取り出して、書いて間もない和訳部分とPCの画面を交互に見ながら入力する。このPCは頻繁と言えるほど使ってないから、
まだ辞書機能が未熟だ。変換が一発で出来ないことや、見当違いなところで変換して1つ1つ区切って変換したりすることも結構ある。
レポートは専門用語が多いから、一般的な文章入力を基本としているらしいPCの辞書が変換を覚えるにはそれなりに回数を積まないといけないようだ。笑うしかない
変換結果が出ても、根気強く単語毎に区切って変換するという地道な操作を繰り返す。PCを完全に自分の思いのままにするのは難しい。
PCで便利になる筈がPCに振り回されている感がまだ多々ある。根気の勝負だな。
「祐司さん。今度はPCを使ってるんですか。」
不意に横から声をかけられて少し驚く。隣から晶子が覗き込んでいる。見られて困るものじゃないから隠したりはしない。
「ああ。PCの操作の練習でな。レポート本題とは関係ない。」
「どうですか?使い勝手は。」
「まだ変換が思うようにいかないことがある。工学関係の専門用語は、PCには理解出来ないことが多いみたいだ。」
「使う人の専門分野毎に辞書があると便利でしょうけど、コストの問題で出来ないんでしょうね。」
「その専門分野の発展や新規分野が登場するテンポが速くて、その時点で用意した辞書でも全部に対応出来ないから、一般的な辞書に統一した方が辞書の
製作時間やコストの面でも得だろうし。」
定番として使われている専門書でも、書かれた時期によって回路の事例が古い場合がある。挙げられている回路の事例はその基礎を解説するためにあるものだから
そのままでも良いのかもしれないが、今時のラジオとかがトランジスタや抵抗などのディスクリート部品だけで作られているとは思えない。
新規に登場するものがある一方で消えていくものもある。真空管がその典型例の1つだ。真空管のアンプ出力を過大にして音を歪ませたエフェクトがオーバードライブや
ディストーションだということくらいは、アマチュアだがギタリストの端くれとして知ってる。だが、その真空管を使ったアンプはもう今じゃ新品では変えない。
中古でとても手が届かない値段で売られているのを偶に目にする。
真空管を使った回路がかつては主流だったが、今はSi半導体を使ったICに置き換わっている。だから真空管は今講義で使っているテキストには登場しない。
古い論文や専門書で目にすることがある程度だ。今主流のSi半導体のICも、時代が流れれば真空管と同じく過去の遺物となる可能性は全否定出来ない。
そんな大きな変化もある専門分野毎に変換辞書を用意するとなると、新しいものを製作している間に新規の専門用語が登場して、何時まで経っても出せないことに
なりかねない。それじゃとても採算が合わないことくらい、俺でも分かる。一般的な文章の変換が出来るように設定しておくのが無難且つ適切だろう。
規則的な電子音が鳴る。風呂の準備が出来た合図だ。晶子の家のように設定した水量で自動的に給水が止まる代物じゃないから、自分で止めに行くしかない。
席を立って小走りで浴室に向かい、蛇口をひねって湯を止める。
「風呂入って良いぞ。」
「でも、祐司さんはまだ終わってませんし。」
風呂に入る順番は、晶子の家だと俺が先、俺の家では晶子の先、という具合に訪問した方が先に入ることが気付いたら定着して今に至る。「来客が先」という
意識から生じたものだろう。だから、晶子が風呂に入るのに俺の動向を窺う必要はない。風呂の湯はそう直ぐに冷めるもんじゃないし、入力はあと少しで終わるし。
「俺の方はもう少しで終わるから。」
「じゃあ・・・、お先に。」
俺と入れ替わりで風呂に向かった晶子の表情は、幾分冴えなかったような気がした。どうしたんだろう?別に机の上に妙なものは置いてないし、俺の机に
観察するほど大したものはないことくらい、十分分かってる筈だが。
机に戻ってPCへの入力を再開すべくキーボードに手をやる。左側に置いてあるレポートを・・・。ん?ふと目に入った右側のテキストとかが積み重なった山の頂上で、
今日借りた本が開いている。確か積み重ねる時に閉じた筈だ。広げたまま本を積み重ねることは殆どない。自分のならまだしも、借りた本となれば尚更だ。
晶子がこれを広げたんだろう。でも、どうして?どんな中身なのか興味があってのことか?幾らゼミの先生直々に依頼されて博士に進学したからといって、
畑違いの分野にまで手は出せないのでは、と思ってのことだろうか?
・・・考えてても仕方ない。キーボードを叩いて入力を再開する。うーん。思うように変換出来ないところがまだところどころある。操作にはそれなりに慣れたつもりだが、
テンキーがないから数値を入力する時に無意識に手がありもしない右側に飛ぶ癖がまだある。MIDIデータ作成用のPCは型は古いが一応デスクトップだから、
テンキーがある。データの数値を微調整する時には当然だが数値しか使わないから、テンキーでパパッと入力してEnterキーを押すのが手っ取り早い。
だが、買ったのはノート。可搬性と研究室配属に備えてのことだが、テンキーがないことにこれだけ戸惑うとは思わなかった。実験で使うPCもデスクトップばかり
からな・・・。携帯のボタン操作と同じで慣れるまでの辛抱だろう。
・・・ふぅ。どうにか終わった。大した量じゃないのに随分手間取ったな。忘れずに保存、保存。ファイル名には実験のタイトルと入力部分に日付をプラスしたものを使う。
・・・保存完了。これで本当に風呂に入って寝るだけになった。実験は2コマ目から開始で4コマ目までとはなっているが、そのとおり終われた例がない。
あと2回で終わりだし、もうとっくに諦めているけど。
晶子はまだだな。まだ操作に慣れないがために生じる肩こりを揉んで解しつつ、もう1つの自分の席に移動する。今度広げるのはテキストでも図書館で借りてきた
専門書でもなくて、購読しているギター雑誌。当然と言うべきか、ギターやアンプの広告が多いが、それらはざっと眺めるだけ。ギターはエレキとアコギ各1本ずつあるし、
中学の頃から使ってるのもあって愛着があるから手放すつもりはない。弦を定期的に交換してきちんとチューニングしたりすれば、良い音は出せる。
俺が主に読む記事は、人気ギタリストにインタビューする「この弾く人に聞く」、ギタリストがMIDIデータを作成するためのテキストとも言うべき連載
「ギタリストのためのMIDI講座」、人気の曲のギターフレーズをピックアップして弾き方を解説する「フレーズを視る」。どれも色々な情報が得られて楽しみにしている。
今月号の「この弾く人に聞く」は安藤まさひろさん。T-SQUAREのリーダーにしてギタリスト、メロディメーカーでもある。多くのT-SQUAREの曲をレパートリーに
していることや苗字が同じということもあって関心が高い。表紙に名前があった時点で真っ先に読むと決めていたし、既に読んである。
「ギタリストのためのMIDI講座」は、高校時代から読んでいる俺には時々繰り返しになることがあるが、確認がてら読んでいる。今月号はストリングスの第3回。
同じ弦楽器でもギターとストリングスは全然違うから、MIDIデータも当然違ったものになる。これはデータを作る時に読み返すことにしている。
さて、今日の「フレーズを視る」は・・・「GLORIOUS ROAD」のギターソロ部分だ。この部分好きなんだけど、ブラスセクションが混じってるから聞き取りにくいんだよな。
CDから大体把握してはいたが、完成した楽譜で見るとやっぱり分かりやすい。
「祐司さん。」
不意に後ろから抱きすくめられる。首に軽く絡みついた白い腕。背中に感じる独特の弾力。半纏(はんてん)、着てないのか?
「お風呂どうぞ。」
「あ、ああ。それは良いけど、半纏は着ろよ。暖房つけてると言っても湯上りにパジャマだけじゃ、この時期風邪ひくぞ。」
「半纏は着てますよ。袖を捲くって前を開けてるだけです。」
だとすると、これは意図的なものだな。普段は後ろから呼びかけるだけなのに。
「じゃあ、風呂入ってくる。・・・あのさ。」
「はい。」
「離してくれなきゃ、立とうにも立てないんだけど。」
俺は雑誌を読んでいたページを伏せる形で置いた。後は立ち上がるだけだ。だけど、晶子は俺に後ろから抱きついたまま離れない。
このままじゃ立てない。跳ね除けるなんて出来ないし、どうしたものかと思っていると、晶子が頬を摺り寄せてくる。滑らかな感触が前後するのを右の頬に感じて、
ついそれに浸ってしまう。
「抱きついたりするのは、俺が風呂から出てから続きをしてくれ。」
「出てから、ですね?」
「ああ。どれだけ抱きついたりしても良いから。」
「分かりました。」
晶子がようやく離れたことで、俺は立ち上がって浴室へ向かう。部屋と言っても此処はドアやふすま以外に仕切りがない。浴室と隣接する洗濯機置き場、
トイレがある場所とリビング兼キッチンとを区切るためにアコーディオンカーテンがあるだけだ。
着ているものを脱いで風呂に入る。この時期髪を洗うのは2日に1回。今日はシャワーの湯をかけて擦って洗う程度で済ませる。それが済んだら身体を洗う。
ボディーシャンプーを濡らしたスポンジに染み込ませて泡立て、全身をむらなく洗う。洗ったらシャワーをかけて泡を落とす。これで洗うのは完了。湯船に入る。
その最中は長いが過ぎてしまうと色々な出来事が短時間に凝縮されているように感じる1日が終わる、と感じた瞬間溜息が出る。実験の最中は相変わらず
ほぼ孤軍奮闘状態だが、晶子の弁当を初めて大学で食べた。晶子が所属するゼミの学生居室で晶子を待った。・・・これ、今日が初めてなんだよな。
あと、田中さんから本を借りてそれを使ってレポートの設問を1つ片付けて、風呂上りに晶子が後ろから抱き付いてきた。
・・・いったい何のつもりだ?着ている半纏の袖を捲くって前を開けてまで抱きつくなんて・・・。あれって絶対、胸を意識させるためだよな・・・。まさか今夜も・・・?
4夜連続なんて初めてだぞ?否、それ以前に、今日まで3夜連続で激しかったんだ。身体もたないぞ・・・。
・・・昨日までの夜の光景が次々と頭に浮かんでくる。思いつく限りの全てをしたし、してくれた。そうでないと晶子が満足しなかったのもある。闇の中で揺れ動く
汗ばんだ白い肌。悩ましく喘ぐ顔。
・・・。
駄目だ。このままじゃ止まらない。早く出て寝よう。湯船から出て栓を抜き、ドアを開けて浴室から出る。タオルで身体を拭いて下着とパジャマを着る。
髪は手櫛でささっと整える。気を使うほど大した髪形じゃないし、朝家を出る前に櫛を入れるから、この程度で良い。
それより、防寒対策が重要だ。試験が近いこの時期、風邪をひいたら深刻な事態になりかねないからな。厚手のジャンパーに袖を通す。これでも足が少し冷えるが、
床暖房なんて大層なものはないから、フローリングそのままの床から薄いが一応絨毯が敷いてあるリビングへ行くのが賢明だ。
「お待たせ。」
「いえ、全然。」
リビングに居た晶子はパッと見何時もどおりだが、何となくそわそわしてと言うか落ち着かない様子だ。何時もはベッドに腰掛けてるのに、今日は俺の机の前に居る。
「俺の机に何か気になるものがあるか?」
「あ、いえ・・・。」
「・・・田中さんから借りた本のことか?」
言葉を濁した晶子に現時点であり得る疑問点を提示すると、晶子は一瞬だが驚いた様子を見せる。参ったな・・・。本を借りただけでここまで動揺するなんて・・・。
「本はただ貸してくれたから借りただけ。それをきっかけにどうこうとか、そんなことは一切考えてない。浮気するだけの甲斐性なんてないし、そのつもりもない。」
「はい・・・。」
「第一さ・・・。田中さんが俺に好意、否、それより前の段階の興味って言うのか関心って言うのか、その程度で・・・」
「その程度じゃないんです!」
俺なりに言葉を選んで言ったつもりだが、晶子の強い調子での否定に遮られる。いったいどうして・・・。何があったんだ・・・?
「・・・ご、御免なさい。ついむきになってしまって・・・。」
「否、それは良い。それより何があったんだ?そっちの方が気になる。」
このまま問い質し続けるのは立ち位置的にもちょっと気が引ける。それに、暖房をつけているとは言えこの時期夜は特に冷え込む。晶子も後期試験を間近に控えた身。
風邪をひいたりしたら洒落にならない。
「このままじゃ湯冷めするから、布団に入ろう。話はそれからにしよう。」
「はい。」
言ってから凄いことを言ったように思うが、今は兎も角晶子の不安の要因を聞くのが先決だ。部屋の電灯を消す。一転して真っ暗になった部屋で、残像と僅かな輪郭を
頼りに布団に入る。掛け布団と毛布を肩口までかける。揃って布団に入ったところで話を聞くため、晶子の方を向く。
晶子は既に俺の方を向いていた。俺の目には晶子しか映っていない。それくらいの至近距離だ。今に始まったことじゃないが。
「何があったんだ?」
「・・・今日、祐司さんが居た実験室にお弁当を持っていきましたよね?」
「ああ。」
「その往復は、実は田中さんが言い出したことなんです。」
「それは、晶子が冷蔵庫に仕舞っておいた弁当を取り出したのを見て、その弁当をどうするのかって話になって、晶子が1人で持っていくと言ったら田中さんが
同行するって言い出しただけなんじゃないのか?それなら別に・・・。」
「それより先行したんです。」
それより先行?何だか背景はかなり複雑なようだ。俺の想像力の欠如もあるだろうが。兎も角、ここはまず晶子の話をひととおり聞かないと。
「お弁当は私の分も作っておいたので、それを先に食べたという話は、実験室にお邪魔した時に出ましたよね?」
「ああ。覚えてる。7時過ぎまでゼミに残ってた全員で生協の食堂に行った、って。」
「その時、こういうやり取りがあったんです。」
晶子は、自分の夕食時のやり取りを話し始める・・・。
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