written by Moonstone
「おはよう、祐司。起きてたのか。」
「ああ。昨日改めて教えてもらった『黄金の丘』へ行って来て、宿に帰って来たのは・・・7:30頃だったかな?その時食堂には姿が見えなかったから、
部屋に戻ってたんだ。」
「きっちり目標は達成したのか。晶子さんは起きてるのか?」
「晶子は夜型の俺と違って朝早く起きることに慣れてるから、それは大丈夫だ。」
「じゃあ、全員で朝飯を食いに行こう。」
「分かった。ちょっと待っててくれ。」
「こういうのも良いだろ?」
「はい。凄く嬉しいです。」
「足は痺れてないか?」
「それは大丈夫です。」
「で、どうだった?浴びると一生添い遂げられるっていう曰くつきの朝日を浴びてみて。」
ごっそり空いていた手近な6人用の座席に腰を下ろしたところで、耕次が尋ねる。「予想以上に綺麗で思わず見入った。冬の夜明けを見るなんて初めてだからな。」
「凄く綺麗でしたよ。」
「行く時は真っ暗だっただろうが、よく迷わなかったな。地図は見せたし道のりもそんなにややこしくないから、昼間なら余裕だろうと思ってたんだが。」
「距離はあったが意外と簡単に行けた。晶子が標識を見つけてくれたのが大きかったな。あれを見逃してたら延々と大通りを歩く羽目になるところだった。」
「嫁さんのナビゲートがあれば完璧だよな。」
「今日で丸1日スキー三昧はおしまいなんだよなぁ。」
少しして、宏一がぼやくように言う。「この調子で毎日スキーが出来りゃ、どんなに幸せなことか・・・、って思わねぇか?」
「幸せの概念が宏一とは違うが、スキー三昧が今日で最後なのは名残惜しいのは確かだ。」
「宏一は帰ってから今度は合コン三昧なんだろ?頭はそのことでいっぱいなんじゃないのか?」
「チッチッチッ。スキーをしている時はスキーのこと。合コンの時は合コンのこと。その時に集中するのが通な生き方ってもんだ。」
「そう言えば、祐司は合コンに出たことあるのか?」
「ない。俺は1年の4月から今のバイトしてるんだ。合コンをするような曜日の夜は大抵塞がってる。強いて言えば2年までは月曜の夜がバイトが休みだから
空いてたけど、誘われたこともないし出たいと思ったこともない。合コンで出るような話についていけそうにないし。」
「祐司はバイトで生活費補填してるんだったな。じゃあ無理もないか。晶子さんは?」
「私も出たことはありません。私が祐司さんと同じバイトを始めたのは祐司さんより半年ほど後なんですけど、それまでも出たことはありません。」
「晶子さんの学部って・・・文学部でしたよね?」
「はい。」
「今時期だとゼミとかで更に少人数制になってますから、同じゼミの連中や他のゼミとの共同での合コンに誘われたりしませんか?」
「時々誘われますけど、バイトがありますから全部断ってます。私はバイトをしなくてもやりくり出来るんですが、バイトを休んでまで合コンに出て、
祐司さんに疑われたくないので。」
「祐司は結構やきもち妬きですかねぇ。祐司。お前、晶子さんにストップかけてるのか?合コンに行くなって。」
「否、そんなことは言ってない。」
「まあ、既婚者に手を出す奴はそうそう居ないだろうし、晶子さんの今までの態度とかを見てる限り、合コンに出ても相手の男の誘いに乗ることはありえないけど、
その辺は祐司もちょっと譲ってやるべきじゃないか?晶子さんにも付き合いってもんがあるし。」
「飲み会とかに絶対出るな、って言うつもりはないけど、合コンにはちょっとな・・・。」
「合コンは集団見合いみたいなもんだからな。そんな場に出て欲しくないって気持ちは分かる。だけど、頭数合わせに出る程度なら認めてやるべきじゃないか?
夫婦だからって相手以外との付き合いは一切駄目、なんてのは交友範囲を狭めるし、孤立してしまうぞ。」
「うーん・・・。」
「頭数合わせは合コンを企画する人達の都合ですし、私は祐司さんに疚しいことをしたくないんです。」
答えあぐんでいた俺をフォローするように、晶子が言う。「合コンに出る相手はどんな男性(ひと)かと尋ねたら中美林(ちゅうびりん)大学の学生さんとかそういう男性ということでしたし、そういう男性の話は
多少耳にしたことがあります。」
「中美林大学っていうと・・・金持ちの子どもが幼稚園からエスカレータ式で進学出来る私立のお坊ちゃまお嬢様大学ですよね。」
「はい。美形の男性も居るし、こちらの頭数が不足しがちだからということで誘われるんですが、そういう男性に関しては人伝ですけどあまり良い話は聞きません。
曲がりなりにも夫が居る身としては、そういう男性と接触することで祐司さんに後ろめたさを持ちたくないんです。」
「私は合コンで男性との交友関係を広げるつもりはありませんし、皆さんとのような気軽な雰囲気の飲み会ならまだしも、合コンには男性も女性も
目星をつけた相手に言い寄って付き合いを持とうという魂胆があるように思うんです。私は祐司さんの妻ですし、交友関係を多少狭めることになっても、
他の男性に手を伸ばしたくはありません。そういうものは本来の人間関係とは違うものだと思っていますし、そこから何も人間関係が生じないとは思いませんが、
参加者が何らかの下心を持って参加している場に出ようという気にはなれません。」
「つまり、祐司に対して何時でも完璧に身の潔白を証明出来る体勢を作っている、ということですか。」
「はい。その場で取り繕った嘘は何時かはばれます。それを覆い隠そうとしてまた新たな嘘をついての繰り返しでも、結局は何らかの形で嘘はばれてしまいます。
その時期が最初に嘘をついた時より時間が経過している分だけ、若しくは覆い隠した嘘の皮が厚い分だけ、相手の心証を著しく損ないます。そうなりたくはないんです。
それは合コンの頭数を合わせるよりずっと重要なことだと思うんです。」
「祐司がバイトをしているのは生活費を補填するため、言い換えれば雪白な事情があるからですけど、晶子さんはそうじゃないんですよね?」
「はい。」
「文字どおり現金な話ですけど、バイトの給料はどうしてるんですか?」
「今までの分は全額貯金しています。4年の学費を払える額も十分貯まりましたから、その分は学費に充てます。」
「残りは?」
「将来祐司さんと一緒に住む時に必要になる資金に充てます。今の祐司さんの家に住むのも良いですし、他に良い物件があるならそこに引っ越しますが、
そうなるとお金がかかりますから、それに充てようと。」
「なるほど・・・。祐司は生活費をバイトで補填していますから、余裕があるといっても限界が生じますから、その分を晶子さんが補完しようと。」
「はい。」
「祐司は大学と生活するための費用をバイトで捻出して、その分余裕がなくなるのを晶子さんがカバーする、っていうことですか・・・。
完全に役割分担が出来てますね。」
「それに祐司さんは、私がバイト先のステージで歌う曲のデータも作ってくれていますから、その分負担は増えるんです。たとえ好きでしていることでも、
大学のレポートは多いですし、ほぼ毎日バイトがあって、唯一バイトが休みの月曜も夜遅くまで実験がある・・・。そんな大変な生活を祐司さんは
送ってるんですから、私は合コンの頭数あわせを考えるより、祐司さんの生活を支援することに専念したいんです。」
「そこまで完璧に行動の裏づけを示されたら、言うことはないですね。」
「それに、合コンに誘われたら出なきゃならないってことは少なくとも大学ではないですし、晶子さんが在籍しているゼミでも晶子さんが
既婚ということは周知の事実なんですよね?」
「はい。ゼミだけじゃなくて、文学部の人は大抵知っているんじゃないかと。前に祐司さんに迎えに来てもらった時、周囲に迫られて祐司さんに
講義室に来てもらったことがあるんです。その時は私が所属する英文学科の人が殆ど居ましたし、祐司さんにこの指輪を填めてもらったのが2年の時ですから、
文学部の人なら概ね知っていると思います。指輪は目立ちますし。」
「ですよね。祐司はその指に指輪を填めてから、何も言われなかったのか?」
「いや、特に。晶子が俺の居る工学部とかのある理系エリアの生協に俺の頼みで来てもらったことがあるんだけど、その時丁度月曜の実験の昼休みで、
晶子を見かけた同じ電子工学科の奴らが事実確認に来た時には、指輪と写真を見せた。普段付き合いないからな。」
「写真はそれより前に見せたことあるのか。」
「ああ。偶々大学で仲の良い奴に見せていたら、そのままお披露目みたいになっちまってな。」
「晶子さんを見て近寄ってみたら左手薬指に指輪、ってなればかなりインパクトがあるでしょうね。大学生ですから大学構内に居れば余計にまさか、って
いうこともありますし。」
「はい。指輪を填めてもらってから声をかけられることは激減しました。今では少なくとも学部内では事務的なこと以外で私に話しかけてくる男性は、
教官学生問わず居ません。」
「今は大学でのセクハラ−正確にはアカハラですが、それに対する認識が浸透し始めてきていますからね。人妻に手を出してセクハラ、プラス不倫なんて
認定されることになったら一発でクビですから、教官は特に神経を使うでしょうね。そうでなくても、その指輪は強力な虫除けになってるようですね。」
「はい。それは間違いありません。」
「その指輪に関して一番の疑問があるんですが、聞いて良いですか?」
「答えられる範囲でしたら。」
「妙なこと聞くなよ、宏一。」
「分かってるって。」
「どうやって祐司にその指輪を填めてもらったんですか?」
「どうやって、と言いますと・・・?」
「プレゼントされた後で晶子さん自身がその指に填めたとか、そういうことです。」
「プレゼントされたその場で、祐司さんに手を取ってもらって填めてもらいました。」
「照れ屋で億手の祐司のすることとは思えんな・・・。」
「大胆且つ強烈なアプローチだ。」
「晶子さんとの関係を決定付けるには最もインパクトがある。」
「何と大胆不敵な奴。俺も見習わなくちゃならねぇな。」
「宏一。お前が指輪を填めさせようとしても突っ返されるのが関の山だ。」
「誠実だがいまいち不器用で傍目で見ていて歯がゆい思いをしていた俺達からでなくても、祐司にしては、随分思い切った行動だな。
指輪をプレゼントしたのは何時だ?」
「一昨年の晶子の誕生日だ。付き合い始めて初めて迎える記念日ってことで色々考えた結果、指輪にした。服とかはファッションセンスがない上に
サイズも知らない俺には無理だし、バッグとかそういうものもブランド物だと手が届かなかったからな。」
「たかがブランド、されどブランド。ブランド物なんてものは意外に直営工場じゃなくて下請けで作らせていたりするもんだ。ブランドっていう
ネームバリューで値段を吊り上げてる側面が大きい。その点では宝石もなければ見た目シンプルな今の指輪は、実用性もさることながら、祐司の気持ちを
最大限込めたプレゼントと言えるな。晶子さんは指輪に宝石がついてなかったことでがっかりしたりとかしませんでしたか?」
「いえ、少しも。それより指輪をプレゼントしてもらうことが分かって、早速今の位置に填めてもらおうと決めました。」
「え?祐司からプロポーズを兼ねて填めたんじゃないんですか?」
「はい。私が祐司さんにお願いしたんです。左手薬指に填めてくれ、って。」
「逆プロポーズってわけですか・・・。晶子さん、見かけによらず随分積極的ですね。」
「祐司さんとの絆の証が欲しかったんです。祐司さんと私は大学こそ同じですが学部は違いますから、会える時間はバイトの時くらいです。
今傍に居なくてもこの指輪と同じ指輪を填めている男性(ひと)が居る、という安心感が欲しかったんです。」
「祐司からのプロポーズはその時同時に受けたんですか?」
「いえ。まだです。祐司さんからしてもらうことになっています。」
「祐司からのプロポーズ待ち、ですか・・・。まあ、祐司が将来の進路を決めれば、その後祐司からしてもらえるでしょう。今は急かしたりすることなく
じっと待つことですね。焦らせると決断を誤ることがありますから。」
「はい。祐司さんの考えを邪魔しないように待つ心構えで居ます。」
「俺達の中で祐司が一番乗りかぁ・・・。」
宏一が感慨深そうに言う。否、ぼやくと言った方が適切か。「何かこう・・・不公平な気がするんだよなぁ。」
「不公平?」
「日夜寸分を惜しんで積極的に女性に働きかけてる俺は未だに嫁さんどころか彼女も出来ないってのに、祐司は合コンとかとも無縁なのに
しっかり嫁さん見つけて結婚指輪填めさせるまで進めたんだからよ。不公平って思わねぇか?」
「「「「否、全然。」」」」
「宏一が女にどんな理想像を持ってるのかは知らないが、少なくとも合コンのハシゴと1対1の真剣な交際はそう簡単に両立するもんじゃない。
誰か1人に照準を絞って、誠実に接することだな。」
「そうかぁ?俺は合コンでの不特定多数の中から生まれる恋愛ってもんもあると思ってるんだが。」
「まあ、ないとは言いきれないが、自分の大学のネームバリューに引き寄せられて言い寄ってくるのか、本気で興味があって話しかけてくるのかを
見極める必要はあるだろうな。」
「耕次の観点からすると、合コンじゃ大学の名前を出すと妙に相手の目がぎらつくんだよな。やっぱしネームバリューの問題かねぇ。」
「宏一は割と知ってるだろうが、芸能関係のニュースで結婚が報じられたカップルは両方職業持ちもあるが、男の方が年収何千万何億っていう奴で、
女の方は落ち目の女優とか金持ち以外はお断りのマスコミ関係の連中って場合が多いだろう。それは宏一の場合の延長線上だ。」
「ああ、あれか。既に大学の時点から玉の輿を狙ってやがるのは俺も知ってるが、男女平等とか女性の社会進出とか言う割には、そういう女の身勝手な
寄生虫的部分はろくに批判の声が聞こえてこないんだよな。」
「批判したら女性団体から『女性は就職難だから』とか『商業主義の犠牲者だ』とか、1つ言えば百にも千にもなって返されるから、黙ってるしかないんだ。
男の場合、最悪社会的に抹殺されるからな。」
「耕次さんと宏一さんは、そういうタイプの女性と出会う機会が多いんですか?」
「俺は自治会活動でセクハラ禁止の啓蒙活動も手がけてるんですけど、自分の好みのタイプから声をかけられるのはOKで、好みのタイプじゃないとセクハラ、って
都合よく使い分けてる例も時々あるんですよ。それは本来の男女平等やセクハラの認識を阻害する、って注意したら、個人の価値観の問題に介入するな、って
言い返されたことがありましてね・・・。」
「俺は俺で合コンで顔を会わせた時、最初自分の大学とか素性を話さずに話しかけると嫌な顔をされることがあるんですよ。」
「それは無理もない。」
「渉、口を挟むな。で、合コンの自己紹介で大学や学部を言うと、そいつらの目の色が急に変わって輝きさえするんですよ。」
「此処に来て直ぐに繁華街のお店で飲み会を開いた時、相手の女性が皆さんの大学や学部を聞いて歓声を上げてましたね。ああいう感じなんでしょうか?」
「ええ、あんな感じです。」
「価値観の多様化って言うけど、所詮はアメリカ型男女平等の信奉か従来の寄生虫型のどちらかの価値観が圧倒的なんだよな。その点でも、晶子さんは
稀有な例ですよ。私が私はと男に限らず他人を踏み台にしてでも前面に出ようとする男女平等を叫ぶわけでもなく、男の地位や金にくっついて自分のものの
ように浪費するわけでもない。」
「祐司と付き合うまでに他の男になびかなかったっていうのが、不思議でならないですね。声は沢山かけられたそうですけど、付き合う気にはならなかったんですか?」
「はい。・・・最初に入った大学が馴染めなくて今の大学に入り直したので、あまり人と関わらずに静かに4年間を過ごすつもりで居たのもあります。」
「皆は知ってるかもしれないけど、俺と晶子が同学年なのに年齢は晶子の方が1つ上なのは事情があってのことなんだ。その件に関しては触れないでくれ。」
「ああ、分かった。すみませんね、晶子さん。」
「あ、いえ。今まで私はそのことに関して一言も言ってませんでしたから、仕方ありませんよ。」
「一つ聞きたいんですが、良いですか?」
「はい。」
「指輪は晶子さんの誕生日に贈られたそうですけど、クリスマスには何か特別なことをしてるんですか?」
「いえ、していません。クリスマスは祐司さんと私が働いているお店でコンサートがありますから。」
「店でコンサート?喫茶店で?」
「話してなかったっか。」
「−こんなところだ。」
「ふーん。随分面白い店だな。クリスマスコンサートをするとは。」
「大学が終わってからだから、バイトの時間はあまりないんじゃないか?」
「店は夜の10時まで営業してるんだ。6時からだから4時間だな。」
「夜の10時か・・・。チェーン店じゃない喫茶店にしては随分遅くまで営業してるんだな。てことは客層は塾通いの中高生とかが割と多いんじゃないか?」
「渉、正解。」
「だろうな。今時塾に通ってない方が少数派と考えて良いくらいだし。」
「店のこととかは晩飯の時にでも聞くとして、とりあえず食って出よう。時間が迫ってる。」
耕次に言われて携帯で時間を見ると、チェックアウトの時間がかなり迫って来ている。話し込んでいる間に食事が運ばれていたことにも気づかなかった。ご意見、ご感想はこちらまでお寄せください。 Please mail to msstudio@sun-inet.or.jp. |
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