雨上がりの午後

Chapter 173 大晦日前の語らい−1−

written by Moonstone


 宿に戻って1時間あまり経った。俺と晶子は宿のロビーに居る。
今日は主に町の南側を回ったが、川の両側がコンクリートじゃなくて石垣で作られていて、橋の傍にあった立て看板には、町の治水事業の一環として作られた
100年以上のもので、重要文化財に指定されている、と書いてあった。
石垣は色も大きさも不揃いな石で作られていて、所々に苔(こけ)らしいものが生えている辺りに、年季を感じさせられた。水はあまり流れていなくて、砂州に
近いところは凍り付いていた。
 昼飯は町の一角にある食堂で食べた。そこのメニューも昨日昼飯を食べたところとほぼ同じで、地元産の牛肉を使ったものが中心だった。
晶子と相談して、2人用のすき焼きを頼んだ。値段の割に意外に量が多くて−値段の高いところは量が少ないという俺の固定概念のせいだが−、得した気分になった。
客の年齢層が高いのはもう分かりきっている。
 午後から雪が降り始めて、宿へ帰る頃には視界がかなり遮られるほどの大降りになった。今でも窓から見ると、吹雪くまではいかないにせよかなり降っている。
スキーをしている面子−ナンパにご執心であろう1名は別として−は怪我とかしてないだろうか、と不安に思う。

「よう。お待たせ。」

 声の方を見ると、スキー用具を肩に担いだ耕次をはじめとする面子が居た。
携帯で時刻を見ると6時を少し過ぎている。十分許容範囲内だから、文句を言う必要はない。元々何時間というレベルでなければ、待つことにはさほど苦痛を感じない。

「スキー場の混雑はどうだった?」
「昨日より増えてた。やっぱり初心者も、スキーをメインに考えている奴は中級者コースにシフトして来てる。」
「初心者コースはもう、滑るより交流の場所になってるぜ。カウントダウンイベント用のステージも作ってたし。」

 どんな規模のイベントなのかは知らないが、元々何もない−あると邪魔だろうが−ところにステージを設置するとなると、太陽が昇っているうちから作業を
始めないと間に合わないだろう。ステージがある店のクリスマスコンサートでも、テーブルや椅子を退けたり飾り物をつけたりするのを早いうちから取り掛かるしな。

「とりあえず俺達は服を換えたり道具を置いたりしに部屋へ戻るから、少し待っててくれ。」
「分かった。」

 面子はいそいそと階段へ向かう。
服を換えたりするのにそんなに時間はかからないだろうし、宿に戻って来るまでの状態より今は居ることが分かっているから、不安がる必要はない。
 少ししてジャケットを脱いだりスキー用具を置いたりした面子が戻って来た。俺と晶子は共に食堂へ向かう。
昨日一昨日より人が多い。特に俺達と同じくらいの年齢層の客が多いような気がする。カウントダウンイベント前に腹ごしらえをしておくつもりなんだろうか。
奥の方に行くと6人分の席が空いていたから、そこに座る。程なく従業員がお茶とお絞りを持って来る。

「早速だが決めたか?これからどうするか。」
「ああ。俺と晶子は部屋で年越しさせてもらう。」

 耕次の問いに俺は即答する。もう決めたことだし、覆すつもりもないからな。

「そうか。俺達も行かないことにしたから丁度良いな。」
「え?」

 俺は耳を疑って思わず聞き返してしまう。てっきり面子は揃ってカウントダウンイベントに行くものとばかり思ってたが。

「宏一の話を聞いたり、ステージが設置されてる現場を見て、相当混雑しそうな様子らしい。大勢の前で何かするのはまだしも、あれだけ広い場所を埋め尽くすほどの
人手の中に混じる気にはなれなくてな。宏一はまだしも、俺達が此処に来た目的は一足早い卒業旅行だから、何も年越しまで他の奴等と歩調を合わせる必要はない。」
「飲み物とかは買い込んで来たし、年越し前か後にでも一度何処かの部屋に集合して乾杯でもしておけば良いだろう。」

 耕次の説明に渉が補足する。
ライブでは大勢の客を前に、お前は大人し過ぎる、と俺に言っていた面子も、目的のスキー以外ではさして関心を寄せないようだ。
 改めて考えてみると、面子の決定は納得出来るものではある。
共通の目的があればそれに向かって邁進するが、それ以外では縛りにとらわれることなく自由に行動する、というのが暗黙の了解となっていた。
耕次が言ったように此処に来たのは一足早い卒業旅行のため。面子はそれにスキーが加わり、面子に誘われて急遽合流した俺と、これまた急遽同行することになった
晶子は観光が加わった。それ以外のこと、今回はカウントダウンイベントは予定外のものだから、全員の意見の一致がない限りそちらに走ることはない。

「カウントダウンイベントに行かないとなると、晩飯の後は風呂か?」
「そういうことになるな。」

 夕食が運ばれて来る中、俺達は会話を進める。

「カウントダウンイベントに行く連中は、それぞれの宿かスキー場近くの飲食店で晩飯を済ませて、そのままスキー場に戻るだろう。スキー用具はスキー場に
預けられるようになってたからな。」
「やはりと言うか、カウントダウンイベントの一切はスキー場を経営するリゾート会社が取り仕切ってるようだ。特設ステージとかにもその会社名がでかでかと
書いてあったからな。」
「宿で年越しするならまだ十分余裕はあるから、一度風呂に入ってから何処かの部屋に集合、って段取りで良いだろう。部屋は・・・どうする?」
「俺と晶子の部屋で良いんじゃないか?間にあるし。」

 まさか外で買い込んだ飲食物をロビーで飲み食いするわけにもいかない。かと言って、カウントダウンイベントへ行かないのにわざわざ外に出る理由もない。
となれば3つある俺達の部屋の何れかになるが、面子の「配慮」で真ん中になった俺と晶子の部屋が良いだろう。

「確かに間にあるし分かりやすいと言えばそうだが、晶子さんは良いですか?」
「はい。」
「じゃあ、食ったら時間を決めるか。」

 場所が決まったら時間を決めるのは食後でも良い。年が明けるまで十分余裕があるからだ。
どんどん運ばれて来る夕食を食べて、空いた皿は俺と晶子が適当に重ねて従業員に差し出す。その度に従業員はありがとうございます、と言って去っていく。
俺と晶子は普段バイトで料理を乗せた皿をテーブルに運んだり、逆に空いた皿をキッチンに持って行くことを繰り返しているから、従業員の気持ちは多少なりとも
分かるつもりだ。

「流石に喫茶店でバイトしてるだけあって、祐司も晶子さんも手際が良いな。」
「普段してることだからな。」
「晶子さんは、祐司に手料理を振舞う時に後片付けはどうしてるんですか?」
「私がしています。」
「後片付けの手伝いくらいしてくれ、と思う時はありませんか?」
「いえ。私が作ると言い出して準備しているものですし、祐司さんに食べてもらうことそのものが嬉しいですから、後片付けをどうとか思うことはありません。」
「そうですか。言い換えると、晶子さんが祐司に手料理を食べてほしいために作ってるのだからそれに関して祐司の手を煩わせるつもりはない、ということですね?」
「はい。」
「改めて本人から話を聞くと、控えめなようで自分はこうする、という意思はきちんと持って行動してることがよく分かります。」

 晶子と問答した渉は、改めて感心した様子を見せる。
渉には、他人からどう思われても何と言われても自分の意思にしたがって行動する晶子が栄えて見えるんだろう。初日の飲み会で宏一が連れて来た女連中と
比較すると尚更。・・・俺としては比較する以前の問題だが。

「確か、文学部でしたよね?晶子さんは。」
「はい、そうです。」

 次に尋ね始めたのは真打と言うのかどうか分からないが、耕次だ。

「今回の旅行の宿をネットで手配した際に、ついでと言うと何ですが、新京大学について多少調べたんです。それによると、新京大学でも文学部では女子学生の
比率が高いそうですね。」
「はい。学科やゼミによって若干異なりますが、最低でも7、8割は女性だと思います。」
「となると女性の発言力と言うんでしょうか。ゼミなどで揉め事や諍いが発生した場合、事由の正当性を問わずに女性が力で押し切るのを『女性の権利』などと
ある意味正当化する傾向があるかと思いますが、そのような事態に遭遇したことはありますか?」
「いえ。私が所属するゼミではそのようなことはありません。」
「では想像の範疇になりますが、そのような傾向を同じ女性としてどう考えますか?」
「そのような場合は、まず何よりその事由の正当性がどちらにあるかを考えるべきだと思います。正当性は全てにおいてあるなしの二分論で色分け出来る性質では
ないですから、その場合はその検討から始める必要があると思います。それがなされた結果女性の側に非があると判明しても尚、女性が数や勢いなどで自己主張を
強引に押し通すのは、権利ではなく単なる傲慢でしかないと思います。」
「なるほど・・・。」

 耕次をはじめ、面子は感心した様子だ。隣で聞いている俺も、晶子の言うことは分かりやすいし筋が一本通っていると思う。
俺が居る電子工学科は女子学生の割合が圧倒的に低いのもあってか、殆ど彼女らの声−主張という意味−を聞いたことがない。
 同じ学科の同じ学年でも未だ顔と名前が一致しない人が居るくらいだからいい加減な推測だが、女性の比率が低い理系学部では大体女子学生は大人しい−これも
主張という意味−。
今まで実際に見聞きした唯一の例外といえば、智一の従妹でもある吉弘だ。
多数の取り巻きを従えて風を肩で切って歩き、明らかに相手を見下した目つきでの命令口調は、自分への異論反論は一切許さない、という態度がありありだった。
仮に彼女が議員とかになったら、議会は押しの一手だけがぶつかる修羅場、否、罵り合いの場になっているだろう。
 俺はバイトや生活習慣の関係で、今はまずTVを見ない。だから最近の事例については知らないが、高校時代にTVの討論番組で、女性国会議員がことある毎に、
女性は、女性が、とまくし立てていて、これじゃ討論番組じゃない、と思ったことがある。耕次の質問は、そういう女性の台頭を想定してのものだろう。

「前の質問などと一部重複するかもしれませんが、祐司に手料理を振舞うようになったのはどうしてですか?」
「祐司さんは月曜に学科の実験があるんですけど、その帰りは全般的に遅くなる傾向がありますし、時間も不規則です。忙しいとは言っても食事は生活の基本ですから
しっかり食べて欲しい。でも今の祐司さんに一から料理を教えて自分で作って、ということは出来ません。ですから私が作ることにしたんです。」
「ふむふむ・・・。」
「あと、生協の食堂のメニューがある程度パターン化されているのもあります。実験が大変なものだということは想像の域を出ませんが、その合間に一息、と思って
夕食を食べに行って前に食べたことがある、となるとつまらないと思うんです。一息吐く時間でもある食事の時間を楽しんで欲しい、と思ったのも、私が食事を
作ることにした理由の1つです。」
「配慮が行き届いていますねー。」

 耕次が言うまでもなく、俺もそう思う。
出されるメニューは毎回違ったし、和洋中様々で今日は何が出て来るのかと楽しみだった。
ご飯も炊きたて、茶も入れたて。冬場で独り食事、となるとどうしても気分が沈みがちだが−欝になるほどじゃないが−、彩り豊かな温かい食事を食べられるというのは
やっぱり嬉しいし、帰って来たんだ、という気分に浸れる。
 俺は唐揚げとか脂っこいものが好きなんだが、流石にそれが連続すると飽きる。
晶子が言ったように、生協の食堂のメニューはある程度パターンがある。
「あ、確かこのメニューって何時だったか正確には憶えてないけど、一月以内には食べた覚えがある」という曖昧なレベルだが、それでも結構気分が萎える。
実験中の昼食は尚更だ。その実験が終わった後の遅い夕食だから、美味いものが出て来るのは本当にありがたい。

「晶子さんは夕食を振舞うにあたって、祐司から何らかの報酬を得たいですか?」
「食べてくれてそれを美味しいと褒めてくれたり、この味はもっとこうして欲しいとか要望を言ってくれれば十分です。」
「前者は納得出来ますが、後者は作った側として腹が立ったりしませんか?」
「いえ。祐司さんと私とでは味の好みが違うので、我慢しながら食べてもらうよりこうして欲しいと言って貰った方が、むしろ助かります。」
「ご存知でしょうけど、祐司はファッションとかにはてんで無頓着で、食べ物に関しても煩い方じゃないです。要望を受けたことはあるんですか?」
「はい。煮物関係が祐司さんにとっては甘く感じられたみたいで、好みの味にするのに色々工夫しました。」
「相手の味に合わせるというのは、苦痛じゃないですか?」
「いえ。私は祐司さんに美味しく食べてほしいですから。」
「ほう・・・。」

 耕次に代わって晶子と問答した渉は、これまた感心した様子だ。
・・・改めて考えてみると、俺は晶子の厚意に甘えて結構、否、かなり無理を言って来たと思う。
「どうですか?」と聞かれて率直に「煮物が甘く感じたからもっと辛めにして欲しい」とか答え、その時晶子は嫌な顔をするどころか、飽きない程度に繰り返し出して
何時しか味を俺好みに合わせてくれた。
 晶子だって今まで食べ慣れて来た味がある。それを変えるのは我慢が必要な筈だ。
辛いから甘いに慣れさせるのも違和感を感じるだろうが、甘いから辛いに変えるのも違和感を感じて当然だ。
何時もどおりのやり取りの中の幾つかに晶子の絶え間ない努力や我慢があったことを考えると、申し訳なく思う。

「服やらアクセサリーやら強請らず、祐司の見た目や収入に泳がされず、あくまで祐司が喜ぶことに生きがいを見出す・・・。」
「強請ったことと言えば、誕生日にペアリングをプレゼントされると分かった時に、結婚指輪にしてくれと言って譲らなかったこと・・・。」
「料理を振舞うにも祐司の好みを最優先にして、それを心底大切にしている・・・。」
「見てくれも性格も満点。厳しいことで知られてた祐司の両親も連れて来いと言うくらい好感を持たれてる・・・。」
「「「「・・・。」」」」
「?」
「「「「世の中不思議だなー。」」」」

 耕次、勝平、渉、宏一の順で見解を言ってから少し間をおいて、計ったかのように面子が口を揃えて深く溜息を吐く。
・・・こういう態度に出られると、流石にちょっとむかっとする。
そりゃあ、背も高いとは言えないし貧乏学生の典型だし、ファッションセンスなんて皆無。あるのはギターの腕くらいだ。釣り合いが取れないと言われれば
それまでだが・・・、やっぱり引っかかるものがあるよな。

「あの味も素っ気もない出逢いが此処まで進展したのは、やはり奇跡としか言いようがないな・・・。」
「祐司、どういう魔法使ったんだ?」
「自分で分かってるなら本にして売ってる。」

 耕次と宏一の駄目押しで少しふてくされて、俺はご飯をがっつく。
自分で分かってることとは言え、他人から言われるとやっぱりそれなりに嫌な気分になるもんだ。
大体、俺が晶子を引っ掛ける魔法を使えたなら、言ったとおりその内容を本にして売る。そうすれば確実に儲かるし、札束で頬を叩かれたい女なら頼まなくても
寄って来るだろう。
 ・・・やっぱり傍から見てるとアンバランスに見えるんだろうか。食べて少し冷静になったところで、そういう思いが頭を過ぎる。
思えば晶子が俺を追いかけ始めたのは、俺が晶子の兄さんに瓜二つらしい−本人を知らないから晶子の言葉を借りるしかない−ということから始まった。
そういう偶然がなかったら、あの日の夜の出逢いは単なる袖の触れ合い、否、すれ違いで終わったんだろうか。
 過去に「もし」や「〜たら」「〜れば」を持ち込むのは良くない。その可能性から湧き上がる推測に溺れて今を見失ってしまうからだ。
人生にやり直しは出来ないことくらい百も承知。だったら修正が効かない過去を推測の元であれこれ議論しても、それこそ時間の無駄。
そうとは分かっているが・・・、現実を目の当たりにするとそういう思いが急浮上してくるのは、人間には過去への未練がつきものだからだろうか。

「じゃあ、午後11時50分に祐司と晶子さんの部屋へ集合ということで。それまでは自由行動。じゃあ解散。」

 夕食を終えて2階に上がったところで今後の予定を決めて、耕次が確認の音頭を取る。
時間は20:00前だから3時間以上ある。その間何をするかと言えば、温泉に行くことを除けば部屋でのんびり寛ぐこと。それで十分だ。
 部屋の鍵を開けて、電灯をつけて中に入る。既に布団が敷かれてあるが、机は片付けられていないから、面子が来ても場所に不自由することはない。
まだ温泉に行くにはちょっと早い気もするから、食休みとするかな。普段はそれどころじゃないし。

「どうぞ。」
「あ、ありがとう。」

 晶子が差し出した入れたての茶を一口啜る。熱いが喉の通りは良い。思わず溜息を吐いてしまうが、これは仕方ないか。

「今こうして祐司さんと一緒に居られるのは、奇跡の1つだと思います。」

 晶子が静かに語り始める。

「世界に居る何十億の人の中で私という存在が生まれて、今まで生きてきて今の大学に入って今の町に住んで、祐司さんも何十億の人の中に生まれて、
今まで生きてきて今の大学に入って今の町に住んで、そしてあの日あの時、あのコンビニで出逢った・・・。それは何千万分の一、いえ、何億分の一、それ以上の
確率だと思うんです。言い換えれば凄い奇跡ですよ。」
「言われてみれば・・・、そうだな。」
「祐司さんが今年の夏休みに『別れずの展望台』で歌ってくれた、『Time after time〜花舞う街で〜』にもあるじゃないですか。」

 あの晩夏の一こまが蘇って来る。
何時か晶子だけに聞いてもらおうと、慣れない弾き語りを練習したあの曲を歌った時と、あの曲の中にあるフレーズ・・・。
何億何十億の人間の中に生まれて、あの日あの時同じ場所に居たからこそ生まれた出逢い。確かに奇跡だ。そうとしか言いようがない。
 あの日あの時の出逢いがなかったら、否、それ以前に俺と晶子が同じ時を生きてなかったら絶対に生まれなかった奇跡。
今の俺と晶子の関係は、宝くじとは比較にならない物凄い確率で生じた奇跡。
「一期一会」という言葉もある。出逢いは幾重もの奇跡の上に生じるものなんだ。
そう思うと、晩飯の時に奇跡だ魔法だと言われて生まれた不快感が消えていく。それどころか、腹を立てていたことが馬鹿馬鹿しくさえ思える。

「あの日あの時、今までの人生を歩んで来た安藤祐司と井上晶子という2人の人間が居たからこそ生まれた奇跡・・・だな。」
「魔法でも何でもないんです。出逢いそのものが凄い奇跡なんですから。」
「俺と晶子がどちらか一方でもそれぞれの過去を持ってなかったら、俺はあの時コンビニに行かなかっただろうし、晶子は俺を見て驚いたりもしなかっただろうし・・・。
本当に奇跡だよな・・・。」

 俺は宮城から一方的に最後通牒を突きつけられたショックで自棄酒をあおり、大学もバイトもサボって、空腹を解消しようとあのコンビニに出向いた。
晶子は俺が兄さんに瓜二つだという家族関係がある。そういった過去の蓄積がなかったら、あの日あの時の出逢いは生じなかった。本当に・・・奇跡だな。

「祐司さんにとっては、あの当時は辛かったと思います。けど、あの時祐司さんがああいう状況にあったからあの日あの時あのコンビニへ買い物に来たんですから、
私にとっては・・・恵まれた出逢いだったと思ってます。」
「あれは仕方ないさ。今更よりを戻すことなんて出来ないし、そんなつもりもない。変えられない過去に条件分岐を施して推論を立てるのは、小説や映画とかの
世界だから出来ることだからな。それに・・・。」

 俺は改めて晶子を正面から見詰める。心なしか晶子が緊張しているように思える。

「晶子と出逢えてこうして居られる今は、俺には十分幸せだよ。」
「私もです。」

 晶子の表情が嬉しさで緩んで、同時に今まであったしんみりとしたものが一挙に消え失せる。
そう。今俺は、溢れんばかりの幸せを抱えている。その幸せを脇に置いて、動かせない過去に造花の枝葉を付けても意味がない。
それより、無限小に近い確率から芽生えた奇跡を元に生じた今抱えている幸せを大切にした方がずっと有益だ。

自分のためにも晶子のためにも、俺と晶子の未来のためにも。


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