written by Moonstone
「はい、安藤です。」
受話器を手にした晶子の顔に疑問符が浮かぶ。悪戯電話の類だったら俺が追い払わないと・・・。「・・・え?はい。祐司さんの家です。間違いありません。・・・はい、そうです。祐司さんに代わりますので、少々お待ちください。」
何やら妙な応対の後、晶子が受話器を押さえて俺の方を向く。「祐司さん。本田耕次さんって方からお電話です。」
「耕次か。高校時代のバンドのヴォーカルとリーダーやってた奴だよ。」
「もしもし、お電話代わりました。」
「代わりました、じゃない!とうとう同居始めたのか!」
「同居・・・。期間限定だけどな。」
「月曜から電話かけてたのに誰も出やしないと思ったら・・・。」
「月曜と火曜は彼女の家に泊まってたんだ。で、どうかしたか?」
「まあ、そっちの方は後でじっくり追求することにするか。」
「明日から3日まで、バンドの面子で奥平(おくひら)スキー場に行くから、お前に電話したんだ。」
「奥平スキー場か。年末年始なのによく予約取れたな。」
「勝平がネットで手配した。奴の親父さんの会社も年末年始休みってことで頼んだんだ。」
「・・・生憎だけど、今年の年末年始は彼女と過ごすことにしてるから。」
「それがだな。予約は2人部屋3つだったりするんだな、これが。」
「何?」
「1人余っちまうからどうしようか、って面子と相談してたところだ。丁度良い。彼女、じゃなくて嫁さん連れて来い。」
「ちょ、ちょっと待て、耕次。俺はスキーやったことないし、予約だっていきなり1人加えるわけにはいかないだろ。」
「減る分にはキャンセル料が出るが、1人増えるのはその分の料金出せば問題ないそうだ。元々2人部屋だしな。」
「1人幾らだ?」
「ネット予約での割り引きが効くから、朝夕の食事込みで1泊7000円。つまり35000円だ。」
「ちょっと待ってくれ。」
「俺の高校時代のバンドのメンバーが集まって、奥平スキー場に行くって言うんだ。で、2人部屋3つで予約を取ったから、晶子も連れて来い、って言うんだ。
晶子はスキー出来るか?」
「いえ、一度もしたことないです。」
「じゃあ、キャンセルだな。」
「キャンセル料が出るんですよね?」
「ああ。」
「スキーは出来ませんけど、祐司さんと一緒に行けるなら私も行きます。」
「・・・ちょっと待って。」
「俺も彼女もスキーは出来ない。やったこともないんだ。お前達が滑るのをぼうっと眺めてるだけになるんじゃないか?」
「奥平スキー場は温泉が隣接してる観光地だ。お前の住んでるところはどうだったか知らんが、火曜日に雨が降っただろ?」
「ああ。」
「そのおかげで雪不足気味だったスキー場も完璧。雪景色で観光にももってこいだそうだ。俺達はスキーやってるから、お前と嫁さんは観光地をぶらついてろ。どうだ?」
「雪景色の観光か・・・。35000円は当日って言うのか、宿に着いた時に払うのか?」
「そのとおり。」
「じゃあ、彼女の分を追加しておいてくれ。何か必要なものはあるか?」
「スキーをしないなら厚手の服を持って行けば良い。当然寒いからしっかり着込んできた方が無難だ。洗面用具その他は宿に備え付けだ。かく言う俺達も、
宏一と俺以外はスキー用具を宿でレンタルするから、持ち物は基本的にお前と嫁さんと変わらないだろうな。宿代プラス交通費で6万くらい持って来い。」
「6万か。分かった。明日何処に何時に行けば良いんだ?」
「明日の10時、小宮栄の新幹線改札口前だ。」
「明日の10時に小宮栄の新幹線改札口前だな。分かった。そう言えばさっき、俺達、って言ったけど、全員帰省してるのか?」
「ああ。話を切り出したのは俺だ。来年は就職やら卒研やらで遊んでる暇はないだろうから、今年のうちに遊んでおくかって思ってな。丁度遠出してる面子も
全員年末年始で帰省することになってたし、勝平の工場も年末年始休みだってことで、じゃあ一足早い卒業旅行とでも洒落込むか、ってのが話の流れだ。
ちなみに面子は全員俺の家に居る。・・・あ、今、勝平が宿に予約追加をしたところだ。」
「早いな。」
「早々と嫁さんに結婚指輪填めさせて、同居までしてるお前に言われたくない。」
「同居は期間限定だ。」
「同居してることには変わりないだろ。ご対面の楽しみは明日に取っておく。じゃあな。」
「ああ。」
「いきなりこんなことになっちまって、悪いな。」
「いえ。祐司さんと一緒に居られるなら良いです。」
「私が電話に出たら、あれ?此処って祐司さんの家じゃなかったか?って言われて・・・。私がそうです、って答えたら、もしかして君が祐司さんの彼女か、って
聞かれて、はい、って答えたんですよ。」
「そう言えば耕次の奴も驚いてたな。明日どうなることやら・・・。」
「私はきちんと挨拶しますよ。祐司さんの妻の井上晶子です、って。」
「俺もそうするよ。面子の中じゃ俺と晶子が結婚してるってことは定着してるからな。入籍したかどうかを聞かれるくらいで大差ないだろうし。」
「皆さん、びっくりするでしょうね。」
「そりゃそうだろうな。」
「よお、祐司!ちゃんと来たな!」
「当たり前だ。」
「前に写真送ったから顔は知ってるだろうけど、紹介する。こちらが妻の井上晶子。」
「はじめまして。井上晶子と申します。」
「うはーっ、写真以上の美人じゃねえか!」
「苗字が違うのは、入籍がまだだからだったな。」
「ああ。」
「とりあえず夫婦の証、結婚指輪を見せてもらおうか。」
「ほうほう。ファッションとかにはてんで無頓着で有名だった祐司がプレゼントしたにしては、随分洒落た指輪じゃないか。シンプルなデザインで
飽きの来ない、結婚指輪には最適の指輪だな。」
「改めて本物を見ると、モデルか女優やってても不思議じゃないな。大学のミスコンとかに出たことはある?」
「いえ、ありません。」
「これだけの美人が祐司に一本釣りされるとは、何とも奇遇だな。」
「勝平。」
「さてさて、そろそろ改札通るか。」
耕次が音頭を取る。・・・あ、そう言えば乗車券と特急券を買わないと。もう面子は持ってるだろう。「じゃ、切符配るぞ。無くすなよ、特に宏一。」
「へーへー。」
「勝平。何時切符買ったんだ?」
「ああ、ネットで宿を予約した時についでに予約したんだ。嫁さんの分もあるから心配するな。幸い1つ空いててな。まあ、5人分固めて予約したから1つぽつんと
空いちまってたんだろうが。」
「勝平。グリーン車じゃないか、これ。」
「それがどうかしたか?金は後で貰うから心配するな。」
「そうじゃなくて、普通の指定席で良かったんじゃないのか?」
「今は帰省ラッシュ真っ只中だ。普通の指定席じゃ立ち客が押し寄せて来てのんびり座ってられない。それに、最寄の駅は観光地なのにこだましか停車しないんだ。
グリーン車にしたのは、電車旅の優雅さを満喫する分の料金上乗せだと思え。」
「それに、俺と宏一以外は道具はレンタルだし、スキーが出来る−祐司と嫁さんは観光だが、その目的が重要だ。道具にばかり金かけても意味がない。
それに、今はのぞみの増発の関係もあってか、こだまのグリーン車はかなりコストパフォーマンスが高い。損にはならないと思うぞ。」
「じゃあ、行くぞ。」
耕次を先頭に、渉、宏一、勝平、そして俺と晶子の順で改札を抜ける。「間もなく13番ホームに、10時20分発こだま629号、奥濃戸(おくのと)行きが到着いたします。危険ですから、黄色い線の内側に下がってお待ちください。」
アナウンスが流れる。ホームから線路に降りようにも、俺の肩くらいまでの高さがある柵があるから、降りられない。「奥平って、どんなところなんでしょうね。」
車内アナウンスが流れた後、晶子が言う。「私、スキー場もそうなんですけど、温泉も初めてなんですよ。」
「そうなのか。」
「今まで旅行と言えば、せいぜい学校の修学旅行くらいでしたから・・・。」
「お取り込み中のところ申し訳ないが、祐司。これをやる。」
前から声が掛かる。見ると、勝平が座席越しにプリントの束を差し出してひらひらさせている。「祐司は初めてらしいって耕次が言ってたから、ページを印刷しておいたんだ。さっきの話からするに嫁さんも初めてだそうだから、丁度良いだろう。
観光地としても申し分ないところだ。」
「悪いな、勝平。」
「礼は、現地入りしてからたっぷり返してもらうから心配するな。」
「どういう意味だ?」
「へえ。木彫りの猿の人形とか売ってるんですね。」
晶子は俺にプリントを広げて見せる。ご意見、ご感想はこちらまでお寄せください。 Please mail to msstudio@sun-inet.or.jp. |
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