written by Moonstone
「うー、もうすぐ0時じゃねえか。まさかこんなに長引くとはなぁ。」
「それは俺の台詞だ。」
「1時間経たずに戻って来たと思ったら、声を揃えて『分からなかった』。前のグループの情報だけで突破出来るほど設問が甘くないってことは、
もう十分分かってるだろ。」
「そりゃそうだけどさ・・・。」
「全員揃って取り組んでもどうしても出来なかった、分からなかった、なら仕方ない。けど、俺におんぶに抱っこで乗り切ろうって魂胆が許せない。」
「あう・・・。」
「終電は過ぎちまった。この責任、どう取ってくれる?」
「お、俺ん家に泊まってけよ。大学から近いしさ。」
「否、胡桃町駅まで送っていけ。自分の家に帰る。」
「無理に帰らなくても良いじゃねえか。・・・あ、飯か。近くに24時間営業のファミレスがあるから、そこで食えば良い。メニューも豊富だし。
勿論、金は俺が持つからさ。」
「そういうわけにもいかない。待ってるんだ。飯が。」
「あれ?お前、自炊してたっけ?お前は普段月曜の夕飯は大学で食ったり食わなかったりしてるけど。」
「約束があるんだ。一緒に食おう、って。俺が帰って来るのを待ってるんだ。」
「ま、待ってるって、お前・・・。」
「電話してくる。」
「はい、安藤です。」
「あ、晶子?祐司だよ。」
「祐司さん。今何処ですか?」
「まだ大学。ようやく実験が終わったんだ。」
「この時間だと、最終電車は出ちゃってるんじゃ・・・。」
「智一に胡桃町駅まで送ってもらう。それより・・・夕飯は?」
「準備は出来てます。後は温めたりすれば良いだけの状態にしてありますよ。」
「まだ食べてないのか?」
「約束したじゃないですか。一緒に食べよう、って。約束を守るのが円滑な人間関係構築の基本ですよ。」
「それじゃ、今から帰る。車だとどのくらいかかるか分からないけど、30分くらいかな・・・。」
「気を付けて帰ってきてくださいね。」
「ああ。それじゃ・・・。」
「待たせたな。」
「否、別に待つほど時間経ってないが・・・、祐司。お前が電話したところって・・・。」
「俺の家だ。」
「てことは晶子ちゃん、お前の家に居るのか?」
「合鍵は渡してあるからな。」
「・・・何時から一緒に住むようになったんだ?」
「まだ一緒に住んでない。今日は俺と晶子の事情が合致したから来てもらっただけだ。」
「そうか・・・。ま、結婚してるなら夕飯作りに来てても不思議じゃないか。お前が今日やけに苛立ってたのは、早く晶子ちゃんと夕飯食べたかったからか?」
「夕食作らせておきながら、それを目の前に長々と待ちぼうけを食らわせるわけにはいかないだろ?ましてや『今日は帰らない』なんて言えるかよ。」
「そりゃそうだな。・・・悪いことしたな。今回ばかりはマジ悪かった。」
「もう良い。とりあえず胡桃町駅まで送っていってくれ。」
「任せとけ!駅までじゃなくて、お前の家まで送っていってやるからよ!」
「その元気とやる気を実験でも見せてくれりゃあな・・・。」
「お、お前さん。それは言わない約束だよ?」
「智一。お前、スピード出し過ぎじゃないか?」
「ん?この時間でこれだけ広い道を突っ走るのにスピード出さなかったら、罰があたるってもんだ。」
「警察が追いかけてくるぞ。」
「大丈夫大丈夫。この道のこの時間帯じゃネズミ捕りはやってない。あれはこういう目立つ道じゃなくてバイパスみたいな道で、しかも流れから離れて
ぽつんと走ってる車をターゲットにするもんだ。」
「つまり、警察が来ないことを承知でぶっ飛ばしてるってわけか。」
「そういうこと。」
「それに、お前の到着がこれ以上遅くなったら、晶子ちゃんが可哀相だからな。元はと言えばお前の言うとおり、お前におんぶに抱っこで実験を進めてる
俺やあと二人に責任があるんだし。」
「・・・。」
「謝るついでに会いたいしな〜。晶子ちゃんに。」
「智一。謝るの『ついで』じゃなくて、会う『ついで』に謝るの間違いだろ。」
「チッ、ばれたか。」
「最初から俺の家まで車走らせる気だったんだろ?晶子見たさで。」
「ご名答。超能力が開花したか?」
「そんなこと、その辺の似非(えせ)占い師でも当てられる。」
「この先500mを左折です。」
「もう直ぐだぞ、祐司。」
「そう・・・なのか?俺にはよく分からないけど。」
「普段通ってる道でも昼と夜とじゃ随分違って見えるもんだからな。だが、お前の家に近付いているのは確かだぞ。」
「祐司。降りて良いぞ?」
「あ、ああ。」
「おいおい。置いていくなよな。」
インターホンを押そうとしたところで智一の不満混じりの声が聞こえる。「どちら様ですか?」
「祐司だよ。」
「そして伊東智一様もご一緒でーす。」
「あ、伊東さん・・・。どうして?」
「いやあ、祐司を送って来たついでに、祐司をこんな遅くまで帰らせなかったことを晶子ちゃんに謝ろうと思ってね。」
「実験が長引いてる、って祐司さんから電話で聞きましたけど・・・。」
「やっぱりこういう時は面と向かって謝るのが、人間関係の基本でしょ?」
「は、はあ・・・。」
「智一。いい加減にしろよ。」
「すっかり遅くなったな。」
「いえ・・・。それじゃ、開けますね。」
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「ううう・・・。新婚家庭そのものじゃねえかよ・・・。」
「祐司が晶子ちゃんに合わせてその場限りの言い逃れをしたんじゃないか、って少しばかり思ってたけど、本物だったのか・・・。エプロン姿と笑顔でお出迎え。
何て羨ましいシチュエーションなんだ・・・。」
「これで確認出来ただろ?俺が何で今日あんなに苛立ってたかって。」
「さっきのやり取り見聞きしたら嫌でも分かるさ。はあ・・・。晶子ちゃんはもう俺の手の届かないところに行っちまったのか・・・。」
「あーあ、羨ましいなぁ〜。これから二人で温かい夕食タイムか・・・。癒されるだろうなぁ〜。」
「智一・・・。」
「この目でしかと確認させてもらった。それじゃあな。」
「ああ。」
「祐司さん。」
智一の後姿を見送っていた俺に声が掛けられる。「悪い。つい、な。」
俺は家に入り、晶子に代わってドアを閉めて鍵をかける。そして改めて晶子と向き合う。「ただいま。」
「お帰りなさい。」
「今から温めますから、その間に顔を洗ってうがいをしてください。直ぐ出来ますから。」
「分かった。」
「晶子。もう一つの鍋って何だ?」
「魚の煮付けですよ。」
「あ、魚か。」
「祐司さんが食べたお昼ご飯と重なっちゃったかもしれませんけど、料理の種類が違うということで見逃してくださいね。」
「もう少ししたら出来ますから、席で待っててください。」
「あ、良いのか?」
「料理の準備は私がすることですからね。特に今日は、私が此処で準備する、って言い出したんですから、祐司さんは待っていてくれれば良いんですよ。」
「それじゃ、向こうで待ってる。」
「はい。」
「お待たせしました。それじゃ・・・。」
「「いただきます。」」
「美味いな、この煮物。」
「そうですか。良かった。やっぱり私から見て少し辛めかな、っていうくらいが丁度良いみたいですね。」
「・・・悪かったな。遅くなって。」
味噌汁を啜ってから晶子に言う。煮魚を食べていた晶子が顔を上げて俺の方を向く。「日付が変わるまで、作らせた食事を前に待ちぼうけさせてしまってさ・・・。」
「そんなことなら気にしなくて良いですよ。それより祐司さんがこんな遅い時間になっても、私との約束を守ってくれて嬉しいです。お腹減ったでしょ?」
「それは俺が聞きたいさ。腹減っただろ?」
「ええ・・・。」
「普段は大体食事の時間が決まってますから、その時間が近づくとお腹減ってきますね。でも、それを過ぎるとお腹減ったっていう気分が不思議と
和らぐんですよ。喉が乾いたらお茶飲んでましたし。」
「そうか・・・。」
「祐司さんは実験で忙しかったでしょうから、お腹減ったらイライラするとかそっちの方に向かったと思いますけど、私は此処でゆっくり待たせてもらいましたから。
CDを聞きながら祐司さんより先に・・・この雑誌を読んで。」
「それにしてもあの時はびっくりしましたよ。」
「ん?」
「私が生協の店舗を出ようとしたところで地鳴りみたいな足音が近付いて来て、何事かと思ったら呼び止められて・・・。声の方を見たら伊東さんの他に
大勢の男の人がもの凄く切羽詰った顔で詰め寄って来たんです。そうしたら・・・。」
「『君って電子工学科3年の安藤祐司君の彼女か?』って聞かれたんだろ?」
「どうして知ってるんですか?」
「そりゃ分かるさ。実験室に居た俺のところに、他の実験室に居る筈の奴らまで押し寄せて来て一斉に質問ぶつけたんだから。その中には実験を途中で放り出して
生協の店舗に行ったっていう智一も居たよ。」
「確認しに行ったんですね?祐司さんのところに。それじゃあ、祐司さんが言った私への質問の答えも知ってますよね?」
「勿論。その後で何をしたかもな。」
「何て言われました?」
「俺が聞かされた答えと照合するから、言ってみろよ。あんなインパクトのある言葉、俺でも今の今まで憶えてるんだから。」
「じゃあ・・・せーの、で言いましょうよ。それなら祐司さんも誤魔化せないでしょうから。」
「せーの・・・。」
「『彼女でもありますけど妻でもあります。』」
「ぴったり・・・一致しましたね。」
「一息で言える程度のフレーズで簡潔でしかもインパクトがあるから、直ぐ覚えられるさ。俺の答えは経過を話した奴の言葉そのものなんだけど、智一以外は
俺が以前見せた写真を除けば初対面の奴でも覚えてるんだからな。」
「それじゃあ、私のその後の言動も聞いたんですね?」
「ああ。これは俺が言うよ。左手を見せて『これが証拠です』って言った。そして最後に『午後から講義がありますので失礼します』って言って頭下げて
立ち去った。そうだろ?」
「ええ、そのとおりです。追いかけてこられることもなかったです。」
「多分、否、間違いなくその直後俺のところに向かったんだろう。晶子の言葉が正しいのかどうか。俺が同じ学科の奴等に写真を見せてから結構日が経ってるし、
その時一度しか見せてないからうろ覚えになってても不思議じゃない。それに、見知らぬ男が大挙して押し寄せてきたことに驚いた晶子がその場凌ぎで
言った嘘かもしれない、って思いもあったんだろうな。」
「祐司さんは、私の言動を聞かされた後どうしたんですか?」
「左手出して『これと同じ指輪だよ。』って言った。此処でまず一回どよめき。次に定期入れの写真を広げて見せた。もう一度どよめき。そして俺が
『これだけ証拠見せれば満足か?』って念押ししたら智一が『お前何時晶子ちゃんと結婚したんだ?!』って、愕然とした表情で聞いてきたから、
『この指輪をプレゼントした時だよ。』って答えたんだ。三度目のどよめき。」
「で、智一が、何時結婚式したんだ、って聞いてきて、式はまだで指輪の交換だけ先にした、って答えたんだ。智一が、その指輪は晶子の誕生日に
プレゼントしたものって言ってたじゃないか、って問い詰めてきたんだ。晶子は知ってるだろうけど、ペアリングをプレゼントしたことは智一に以前話したからな。
俺は、ものはペアリングには違いないけど、この指に・・・。」
「填めさせて填めた時点で結婚するって合意したからペアリングでも問題ないだろ、って言ったんだ。とどめって言ったら言葉が悪いけど、
俺はプライベートに関してはあまり積極的に話すタイプじゃないから必要以上は答えないでいたけど、今回は晶子に質問した後で大挙して俺に確認してきたから
一致して当然の回答を示した、って答えておしまい。・・・こんなところ。」
「今日、あ、日付ではもう昨日ですけど、朝大学に行く時言いましたよね?私との関係について聞かれたら答えてください、って。」
「ああ。」
「一応予想はしてたんです。祐司さんのいる学科の人が声をかけてくることは。祐司さんが以前、私と一緒に撮った写真を学科の人に見せたから、
見たことある顔だなと思って話し掛けてくるんじゃないか、って。伊東さんをはじめとしてあんなに大勢の人が押し寄せてくるとは思いませんでしたけど。」
「そりゃそうだよな。」
「祐司さんの言ったとおりに答えた後真っ直ぐ自分の学部に戻ったんですけど、多分あの人達は祐司さんに確認しに行くんだろう、って思ったんです。
その時祐司さんはどう答えてくれるんだろう、って思ってました。」
「不安・・・だったか?」
「まったく不安じゃなかった、って言えば嘘になりますね。祐司さん、あまり表立って言わないですから。」
「ですから、祐司さんが大勢の人の前ではっきり答えてくれて凄く嬉しいです。後ろめたいとか否定的な感覚じゃないってことが改めて分かったから・・・。」
「後ろめたいなんて少しも思ってないよ。ただ・・・、おおっぴらにすることに慣れてないし、そう思えるだけの数をこなしてないから、まあ、これは人によって
違うだろうけど、問い詰められて答えに窮して妙なことを口走ったりしないようにしてただけだよ。それが晶子にとって良く言えば控えめな、悪く言えば
ひた隠しにするような感じに受け止められても仕方ないけど。」
「・・・。」
「今回は晶子と事前に約束したし、予想どおりっていうのかな・・・。晶子に尋ねた後で大挙して俺に確認しに来たから一致して当然の、一致しないと
俺が他に女作ってるって思われても仕方ないことを答えたんだ。朝言ったことと重複するかもしれないけど公言出来る勇気がないしプライベートに
関することだから普段は言わない。だけど必要に迫られたら言う。それだけだよ。」
「私と付き合ってることを言うのが嫌だとか、そういう気持ちじゃないんですよね?」
「それはない。」
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