written by Moonstone
「あー、それにしても、電気回路論Uの単位取り損ねたのは痛いよなぁー。」
智一がまたぼやく。「実験、しっかりやれ。」
「そ、それは分かっちゃいるけどさ〜。」
「なあ、祐司。」
食べ始めたばかりのところに智一が話し掛けてくる。俺は口に運びかけていた唐揚げを皿に戻して顔を上げる。「そ、そんなに怒るなよ。一応これでもお前には悪いことしてるっていう自覚はあるんだからさ。」
「自覚があるだけまだ良しとしておくか。・・・で、何だ?」
「明日、4コマ目の講義が終わったら、進路指導の教官との個人面談だろ。」
「そんなこと、言われなくても分かってる。」
「や、やっぱり怒ってる〜。」
「そう聞こえるなら、俺の今の心情が伝わってるって証拠だな。」
「そ、それはそれとしてだな・・・。お前、将来はどうするんだ?」
智一が発した疑問で、俺の唇の端が元に戻っていく。「・・・そういうお前はどうなんだ?」
「俺は親父の会社に入る。兄貴も姉貴もそうだし、親父の会社は今、多角的事業展開の真っ最中だから、そういうところで楽しみたいと思ってな。」
「気軽なもんだな。」
「まあな。で、お前は?」
「・・・その様子だと、まだ決めかねてる、ってところか。」
「・・・ああ。」
「晶子ちゃんは、何て言ってるんだ?」
「俺が音楽の道を進むなら、それを支えるような職を探す、って言ってる。何れにせよ、俺との関係を大学時代の思い出の一つにするつもりは毛頭ないそうだ。
これは俺も同じだがな。」
「そうか・・・。なら、祐司の決断次第ってところか。」
「そういうこと。」
「親には相談したのか?」
「以前、電話でそれとなく言ったことはある。」
「で?」
「あんたの性格では会社ではやっていけないし、身分も保証されてるから公務員を目指せ、だとさ。」
「音楽の道を進むってのは?」
「言える雰囲気じゃなかったよ。電話に出たのは母さんだけど、生返事するしかなかった・・・。」
「大学院進学って道は?」
「そんな金ないよ。此処に進学して一人暮らしを始める条件も、俺がバイトで生活費を補填(ほてん)して4年できっちり卒業、仕送りは10万円きっかり、って
いう条件を飲んでのことだからな。そもそもこんなご時世、大学院に進学したところで選択肢が広がるっていう保障もないし。」
「そりゃまあ、そうだな。それに研究職に就こうってならまだしも、お前の実家の経済事情から推察するに、大学院進学を認めるとは思えん。」
「だろ?一体どうすりゃ良いのか・・・。」
「お前の音楽の腕前がどの程度のものかは知らんが、なまじそれが趣味の範囲で収まらないから悩むんだろうな。」
「それはある。」
「更にお前には晶子ちゃんが居るから、その関係を続けることを考えると余計にお前に圧し掛かる期待が負担になるわな。」
「・・・ああ。」
「お前に散々世話になってる俺がこんなこと言うのも何だけどさ・・・、お前の将来は最終的にはお前が決めることだ。それに今度の面談ですべてが
決まるわけじゃない。よく考えることだな。」
「・・・ああ。」
「とりあえず今は・・・、実験を終わらせることに専念しようぜ?」
「・・・そうだな。」
「祐司さん?」
俺の名を呼ぶ声と俺の視界を占拠した晶子の顔で俺は我に帰る。すっかり考え込んでしまっていたようだ。「あ、ああ。悪い。考え事してたから・・・。」
「・・・明日の個人面談のことですね?」
「この期に及んでもまだ自分の将来を決められないなんてな・・・。」
「でも、迷うってことは、それだけどの道に進むか真剣に考えてるってことじゃないですか?」
「そうかもしれないけど・・・、晶子はいい加減聞き飽きただろ?おまけに此処が晶子の家だってことを忘れて考え込んじまう有様だし・・・。」
「ゆっくり出来る場所と時間だからこそ、じっくり考えることが出来るんじゃないですか?」
「そうだけど・・・、迷惑じゃないか?」
「いいえ、ちっとも。」
「私は祐司さんと一緒に居ますからね。」
「晶子・・・。」
「明日の個人面談は祐司さんにとって大きな関門だと思うんです。今はそのことだけ考えてくれれば良いです。私は話を聞いて自分が思う範囲でしか
言えませんけど、それで良かったら、この場所とこの時間と・・・私を提供します。」
「・・・ありがとう。」
「まずは、祐司さんが今進みたい、或いは進める可能性のある道を整理することから始めたらどうですか?親御さんや先生がどう言うかは一先ず
考えないことにして。」
「一つ目は・・・プロのミュージシャンへの道。二つ目は・・・公務員。地元に戻るかこの町に留まるかは未定。三つ目は・・・会社員。出来れば・・・音楽と
何らかの形で関わりが持てる企業が良い。レコード会社とか。」
「三つに絞れたわけですね。三つ目の選択肢で出ましたけど、祐司さんは出来れば何らかの形で音楽に関われる仕事を望んでるようですね。」
「ああ。そういうことになるな。その点から考えると、公務員という選択肢は一歩後退、かな。音楽関係の公務員なんて聞いたことがない。」
「あえて言うなら芸術系大学の教官になりますけど、そういうところはその関係の学科を出ていないとなかなか入れないんじゃないですか?」
「そうだと思う。出ていても入れるっていう保障はないだろうし。」
「となると、公務員という選択肢を選んだ場合、音楽は趣味の範囲に留めることになりますね。」
「そういうことになるな・・・。」
「私を食べさせていかなきゃいけない、とか、そんなことは考えないでくださいね。」
「え?」
「私が働いて祐司さんが家事をする、っていう生活スタイルもあって良いと思うんです。まかりなりにも男女平等って言う時代なんですから、
どちらが収入を得てどちらが家のことをするっていうことは、それこそその夫婦の問題です。誰も口出しする権利なんてありませんよ。」
「・・・。」
「色々な生活スタイルが考えられると思うんです。私が所謂一般的な働き方をして、祐司さんが家のことをする一方で、例えば老人ホームとか養護施設とかを
回ってギターを聞いてもらうっていうスタイルも考えられますし、サマーコンサートで一緒にステージに立てた・・・桜井さんでしたっけ?あの人みたいに、
男の人が夜音楽の仕事に出かけて昼間は子どもの送り迎えをしたりして、女の人が一般的な働き方をするっていうスタイルもありますよね?私は祐司さんの
パートナーになるつもりですしなりたいですけど、それは決して祐司さんの収入に依存したいっていう意味じゃないですから。」
「・・・晶子。」
「大丈夫ですよ。働き口なんて探せばそれなりにあるでしょうし、いっそこのまま今のお店で働かせてもらうっていうことも考えられるでしょ?
私が家計簿をつけてるのは祐司さん、知ってますよね?」
「あ、ああ。」
「その計算によると、午後6時から午後10時までの4時間を週6日、1ヶ月が4週で時給が今の1300円だとすると、83200円になるんです。私と祐司さんを合わせれば
166400円。二人で何処かのアパートに住めば、決して暮らせない金額じゃないと思うんです。」
「それに、大学を出て今のお店で働くことに専念するとなったら、もっと収入は増えますよ。お店は午前11時からですし、昼食休憩で1時間を除いたと
しても10時間。それを週6日で4週続ければ時給1300円で312000円。私一人でも十分二人生活していける金額ですよ。」
「それだと・・・、それこそまさしく俺が晶子におんぶに抱っこになるんじゃないか?」
「私、一人で働くなんて言いましたっけ?」
「祐司さんも働くんですよ。色んなパターンが考えられますけど、私と一緒にお店で働いて、ギター演奏に力点をおく形にするとか、ある曜日だけ
お店で働いて、それ以外の日はちょっと遠いですけど小宮栄でしたっけ?そこのジャズバーとかを回って演奏するのも良いと思うんです。で、月曜だけ
お休みにすれば、私と一緒に居る時間も取れるでしょ?」
「ああ、そうだな。」
「もっとも必ず1日一緒に居る時間を取らなきゃ嫌だ、なんてことは言いません。祐司さんが外へ出ることになった場合は、出向くお店の営業曜日や時間を
考えないといけませんからね。場合に応じてコミュニケーションを取る手段や時間を確保するようにすれば良いと思うんです。」
「・・・一先ず、明日の個人面談では、晶子が焦点を絞ってくれた3つの選択肢を出してみることにするよ。明日で絶対決めておかなきゃならないってことは
ないんだから、将来を見据える一つの機会っていう位置付けで時間が許す限り話をして来る。」
「そうしてください。経緯は教えてくださいね?」
「それは勿論。・・・晶子の将来にも関わることだし・・・。」
「え?何て言いました?」
「・・・晶子の将来にも関わることだから、経緯は話すよ。」
「はい。」
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