雨上がりの午後
Chapter 80 二人楽しんだ日に・・・乾杯
written by Moonstone
観覧車での二人きりの時間は終わった。
俺は晶子の手を取って観覧車を降りると、晶子と共に新京フレンドパークを後にする。
別にどちらが言い出したわけでもない。観覧車から降りたら二人揃って自然と足が出口へ向かっていたという感じだ。
俺と晶子が楽しめるアトラクションは全て回ったと思うし、観覧車で最後を締めたという感が俺にはある。多分晶子もそうだと思う。
バスターミナルには丁度「新京大学前」と表示されたバスが停車していた。俺は晶子の手を取ったままバスに乗り込む。
夕暮れ時ということもあってか車内は家族連れが多くて、子ども達の歓声で賑やかを通り越して騒々しい。
あの小さな身体の何処にあんなエネルギーが秘められてるんだろう?
生憎席はほぼ全て埋め尽くされていたので、往路同様前の方で立つことにした。
料金は分かっているから、バスが動き出す前に各々準備する。
財布から200円を取り出す時に晶子から手を離したが、200円をズボンの右ポケットに仕舞った後で直ぐに晶子の手を取る、
否、晶子の方から手を差し出してきたので俺の手と自然に重なり合ったと言うべきか。
少ししてバスのエンジンが動き始める。出発が近いのだろう。俺は右手で近くの吊革に掴まる。
それから家族連れが合計10人ほど駆け込んできたところで、発車します、という運転手の低い声が車内に響いてドアが閉まる。
そして軽い衝撃と共にバスが動き始める。
途中のバス停で数人客を拾って、バスは見慣れた駅前に到着する。
バスが停車してドアが開いたところで、俺はポケットから硬貨を取り出して運賃箱に放り込み、同じく200円を運賃箱に入れた晶子を連れてバスを降りる。
見慣れた光景が目の前に広がったことで、ちょっとした安心感というか充実感というか、ちょっと表現が難しいものを感じる。
「さて・・・夕食はどうするか。」
「私の家に泊るんでしょ?」
「それは約束だから忘れてないよ。ただ、今日一日歩き回って疲れただろうから、料理を作らせるのは晶子に鞭打つみたいで何か気が乗らないからさ・・・。」
「そんなに気を使ってもらわなくても・・・。」
「俺、食べるだけ。晶子、作って食べて後片付け。それじゃ晶子に負担かけっぱなしだから、何処か適当なところで夕食を食べよう。外に出たついでに、さ。」
「・・・祐司さんがそれで良いなら。」
「じゃあ決まりだな。さて、次の問題は電車に乗る前か降りた後か。」
「降りた後の方が良いんじゃないでしょうか?疲れているところにお腹いっぱいになると電車乗り過ごしちゃうかもしれませんから。」
「それは言えるな。じゃあ、駅前の飲食街で食事といきますか。」
「はい。」
目的と大まかな場所を決めた俺と晶子は、駅へ向かう。定期を持っているから改札口を通るだけで良い。
まったく便利なところに遊び場があったもんだ。また行く機会があったら行きたいもんだ。勿論、晶子と一緒に・・・。
ホームに立って程なくして急行電車が入って来る。
まだ帰宅ラッシュには少し早いし、上り方面への帰り客は逆に比べると少ないから、割と車内は空いている。
俺と晶子は空いている席に並んで座る。
この電車は旅行電車によくあるような、二人ほど座れる席が向かい合っている席の配置になっているから、並んで座ってしまえば
他の客が横に座ることを気にしなくて良い。
ドアが閉まり、電車が動き出す。
ちらっと横を見ると、晶子が手で口を隠して小さく欠伸をしている。やっぱり疲れたんだろう。
晶子の手料理が食べたい、なんて言わなくて良かった、と改めて思う。
晶子は俺の召し使いじゃないんだから、疲れている時くらい負担を軽くしないと晶子のことだ。
無理してでも普段の行動を−今回は夕食の準備に後片付け−とるに違いない。せめてこういう時くらいは気を使わないとな・・・。
何時もの登下校と同じ10分ほどの時間で、電車は俺と晶子が普段利用する胡桃町駅に到着する。
俺は晶子の手を取って電車を降り、何時も出る改札の反対側の改札を通って外に出る。
いよいよ飲食街が本格的に動き始める時間だが、まだ時間的に余裕はある。さて、何処にしようか・・・。
「何か食べたいものあるか?」
「祐司さんと一緒なら何処でも良いです。でも、気分的に居酒屋とかが良いかな、って。」
「居酒屋ねえ・・・。ちょっと歩いてみるか。多分何処かにあるだろうから。」
「そうですね。」
俺は晶子の手を取ったまま、周囲を見回しつつ飲食街の通りを歩いていく。
5分ほど歩いたところで周囲の建物とは違和感がある立派なビルの屋上に「居酒屋 紅(くれない)」とあるのを見つける。
確か此処は全国チェーンの店の筈。品揃えもそれなりに整っているだろう。
「此処にするか。」
「はい。」
晶子の承諾を得て−追認と言うべきかもしれないが−俺は店の名前どおり紅色のドアを開ける。
ピロリロピロリロ、という何処かで聞いたような音が鳴ると、制服姿の女性店員が走って来る。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
「二人。」
「はい。ではお席にご案内します。」
俺と晶子は店員に先導されて席へ向かう。
店内は意外に混み合っている。
合コンなのか10名ほどの男女が賑やかに酒を酌み交していたり、半袖シャツ姿の社会人らしい集団が何やら大声で言い合っていたりしている。
そんな中で男女ペアの俺と晶子は結構目立つみたいで、ちらちらと視線がこっちに向けられるのを感じる。
そんな視線を感じながら、俺と晶子は窓際の4人用くらいの大きさのテーブル席に案内される。
俺と晶子が向かい合って座ると、店員は、ご注文がお決まりでしたらそちらのボタンでお知らせ下さい、と言って足早に立ち去る。
俺と晶子はメニューを広げて食べ物と飲み物を選ぶ。焼き茄子もあるがそれは無視する。あんな不味いもの、絶対注文するもんか。
まあ、これはあくまで俺の個人的見解だが。
「飲み物は・・・烏龍茶にするか?」
「ビール大ジョッキにしましょうよ。」
晶子が大胆なことを言い出す。
まあ、俺もビールは飲めるから構わないんだが、晶子の口からいきなり「ビール大ジョッキ」が出るとは思わなかった。
「だ、大丈夫か?疲れてるところに酒なんか入れて。」
「大丈夫ですよ。多分。」
「多分って、おい・・・。」
「寝ちゃうといけませんから、一杯だけどうですか?」
「・・・そうだな。夏らしくビールで乾杯、といくか。」
飲み物を決めた後は食べ物だ。脂っこいものが好きな俺でも、今日はあんまり気分が乗らない。
無難なところで串焼き盛り合わせや刺身盛り合わせ、大盛りサラダ、といった、二人で食せるタイプのメニューを幾つか選んで、
注文を取ってもらうべくボタンを押す。
程なく店員がやって来て、俺と晶子が言う注文を胸ポケットに入れていた電卓を大きくしたような機械に入力していく。
注文が終わったところで店員が間違いがないことを確認して、これまた足早に立ち去る。
改めて二人向かい合わせになったところで、俺は晶子に今一番の疑問を投げかける。
「何でまた、居酒屋が良いなんて思ったんだ?」
「一度祐司さんと外でお酒飲みたかったんですよ。普段は私の家で紅茶、っていうパターンでしょ?外へ出たんだからいっそ、と思って。」
「なるほど・・・。言われてみれば、俺と晶子が酒を飲むことなんて普段はないよな。思い出せるところと言えば、年越しに缶ビールで乾杯した時と、
正月にマスターと潤子さんと一緒に飲みまくった時くらいか・・・。」
「そうでしょ?ですから、たまにはお酒も良いかな、って。」
「確かに。普段と違う日だから普段と違うことをするのは気分転換になるな。」
「家に帰ったら、のんびり紅茶でも飲みましょうね。口直しも兼ねて。」
「そうだな。酒飲んだ後に紅茶なんて、なかなかリッチな気分。」
俺と晶子は軽く、それでいて楽しく笑う。
そうしているところに一人の店員が大ジョッキ二つを、もう一人の店員が枝豆の入った器と空の器を二つずつ持って来る。
目の前にどかっと置かれた大ジョッキはなかなか迫力がある。これを二杯も三杯も入れたら、ふらふらになるか寝ちまうかのどちらかだな。
俺と晶子は大ジョッキを持って、乾杯、と言いながら合わせると、カツン、という音がする。そしてビールを喉に通す。
暑さで適度に渇いていた喉と空の胃袋によく冷えたビールが染みるのを感じる。
冬の暖かい部屋でのビールとは違って冷たさとほろ苦さが爽快に感じる。やっぱり夏には冷えたビールが良く似合う。
俺と晶子は談笑しながら何時もと違う夕食を楽しむ。
晶子もビールを飲みながら躊躇することなく串焼きやらサラダやらといった食べ物を突つく。
頬がほんのり紅くなった晶子が楽しそうに話しながら食べているのは、見ていても気持ちが良い。俺も自然と食が進む。
注文した食べ物が奇麗に片付いた。
ビールがまだ半分くらい残っているし、まだ物足りない気分がするから−ビールには食欲増進効果があるとか−俺は晶子に追加注文するか
確認をとって−即答OKだった−店員を呼び、二人で相談してほっけやもずくの酢の物といった魚介類の「定番」メニューに加えて、
から揚げやシーフードグラタン、フライドポテトといった俺の好みも混ぜたものを注文した。
最初は脂っこいものは気が進まなかったが、ビールのお陰か何だか食べたくなっていたからだ。
程なくして手早く出来そうなものから注文の品が運ばれて来た。
俺と晶子はビールを飲みながら食べ物を二人で食べる。二人分取っているわけじゃないが、そんなことはお構いなしだ。
今の晶子は俺の彼女というより、気心の知れた飲み友達という感じがする。こんなに良い気分で居酒屋で飲み食い出来る相手なんて少なくとも大学には居ない。
ちなみに智一と呑んだことはあるが、俺のバイトが休みの月曜日に2、3回ある程度だ。晶子と出会ってからは一度も行っていない。
「祐司さんの前だと、変に緊張したりしないんですよね。」
晶子がビールのジョッキを置いて言う。
「だから肩肘張らずに気分良く食べたり飲んだり出来るんです。こう言うと誤解されるかもしれませんけど、気楽に接せる親友って感じがするんですよ。」
「俺もそう思う。居酒屋で相手に妙な気配り無しで飲み食い出来るなんて、俺と晶子って普通の彼氏彼女とはちょっと違うよな。」
「そうですね。でも、そうだから一緒に居て心底楽しいし、気楽だし、安心出来るんですよね。こういう関係って、私の理想だったんです。」
「彼氏彼女だからって妙に相手に気遣いしなくて良いことがか?」
「ええ。好きな人の前だから上品に見えるようにしなきゃ、とか、嫌なことでも好きな人が言ったり誘ったりしてるから我慢しなきゃ、とか
思わなくて良い、言い換えればすっぴんで一緒に居られる関係に憧れてたんです。」
すっぴんで一緒に居られる関係、か・・・。
確かに俺もデートだからって服を選んだりしないし−今日は選びようもなかったんだが−、晶子も余所行きの服を着たり化粧に念を入れたりしない。
言いたいことも率直に言えるし−言葉にはそれなりに気を使うが−、その時の感情を露に出来る。俺と晶子はそれこそ本当にすっぴんで相手の前に立てる。
「意外とそういう関係になるって簡単そうで難しいよな。付き合いの長い短いに関係なく、相手に良いところ見せたいとか、晶子の言い方を借りれば、
何処かで相手に着飾って見せる関係になるよな、普通。何でこんな変わった関係になったんだろう?」
「始まり方が普通と違ったからじゃないですかね?」
「始まり方か・・・。やっぱりそれかなぁ。俺の第一印象は『何だ、この女』で、付き纏われることに辟易してて、晶子は付き合う前から
俺を自分の家に連れ込んだりで、遠慮なしだったもんな。」
「自分で言うのも何ですけど、私は好きな相手だから着飾って気を引こう、って思うタイプじゃないんですよ。祐司さんの場合は兄に似てるっていう
強い印象があったから、それに任せて一緒に居られる時間を増やそう、って考えてたんです。そうしているうちに、この人は兄の代わりじゃなくて
安藤祐司っていう一人の男の人なんだ、って悟ったんです。」
「で、悟った後も今までの要領で俺を引っ張り込んでた、ってわけか。」
「そうです。今度は私を好きになって欲しかったですから。」
「はっきり言うな。晶子らしくて良いけど。」
俺は苦笑いする。でも、こういう晶子の積極性がなかったら、今の俺と晶子の関係はなかったかもしれない。否、なかっただろう。
俺は女性不信で凝り固まってたから、晶子が相手の気を引こうと思って着飾って見せるタイプだったら、ただ鬱陶しい奴だ、で片付けてただろう。
そういう意味では晶子に感謝しないといけないな。
そんなことを話しているうちに、ビールも食べ物もすっかり片付いた。
楽しいとはいえ疲労感は感じるから、これ以上アルコールを注ぎ込むのは良くないだろう。
それに腹も膨れたし。晶子に帰るか、と切り出すと、晶子はそうしましょう、と素直に応じた。
調子に乗ってビールお代わり、と言うかもと思っていたから、理性を失ってないことを確認出来てほっとする。
俺と晶子が席を立って出口へ向かうと、最初に注文を取りに来た店員がレジに走って来る。
胸ポケットに入れていた機械をケーブルでレジに接続すると、直ぐに金額が表示される。なかなか良く出来たシステムだ。
電子工学科に在籍している俺としては、自然に気になるところだ。
結構飲み食いしただけあって、金額は5000円を軽く越えた。
晶子が半額に近い数の千円札を差し出してきたので、俺も同じくらいの千円札を財布から取り出して合わせて支払う。
つり銭を受け取った俺と晶子はありがとうございました、の声に送られて店を出る。
つり銭は238円。等分するにはあまりに小さい金額だ。俺は晶子につり銭をさし出す。
「これ、晶子にやるよ。」
「二人で食べたり飲んだりしたんですから、等分しないと・・・。」
「昨日今日の宿泊代とでも思って受け取ってくれ。こんな小銭じゃ等分するのが面倒なのもあるけど。」
「じゃあ、受け取りますね。」
晶子は俺からつり銭を受け取って財布に入れる。
そして俺と晶子は再び手を取り合って、来た時とは違って人が多く行き交う中、駅へ向かう。自転車を出して晶子の家に向かうためだ。
ほろ酔い気分で駅の通路を渡って、普段利用している側へ出る。
こちらも人が多い。どうやら帰宅ラッシュだったらしい。丁度良い時間に夕食を摂れたようだ。
俺は晶子と共に自転車置き場へ向かい、自転車を取り出すと外まで押して出てサドルに跨る。
その直後、晶子が後ろに乗って俺の腰に手を回して密着して来る。行きは腰に手を回す程度だったのに・・・。やっぱりそれなりに酔ってるな。
まあ、ビール大ジョッキ一杯飲めば、酒豪でもない限りそれなりに酔うだろうが。
「酔ってるからって運転に影響するほどじゃないから、そんなに密着しなくて良いぞ。」
「嫌です。こうしていたいんです。」
「・・・じゃあ、行くぞ。」
俺は背中に柔らかい感触を存分に感じながら自転車を動かし始める。
最初はちょっとふらついたが直ぐに態勢を整えてスピードを増す。
生暖かい風が吹き抜けていく。
これがひんやり感じられる季節に、俺は宮城と終わって、晶子と出会ったんだよな・・・。
何だか随分前のことのように思う。まだ一年経ってないのに・・・。
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