外来語帰化推進協会

written by Moonstone

〜この作品はフィクションです〜
〜登場人物、団体などは実在のものとは無関係です〜

第2章

 新東京ホテルで行われた「会議」の二日後、新聞各紙に大なり小なり似通った見出しが躍った。

『日本語保護へ向けて始動』
『超党派で議員連盟結成。日本語保護の法案を提出へ』
『国会議員の8割以上が加入か』

 撮影した角度が違うがほぼ全てが記者会見で『連盟』発足の発表を行う民和党衆議院議員の金田がカラー写真で紹介されている。
各紙とも多少姿勢は違うものの、社説や解説における論調は大方一致している。

「外来語の氾濫に対して懸念が広まる中、『美しい日本語』の保護を目指して、共同党以外の超党派の議員が結集。法案提出へ向けて準備を進めることを
明らかにした・・・外来語をどのように扱うかで『表現の自由』との関係が生じる可能性があるが、我が国の国会議員として、日本語保護の先頭に立つという
金田氏らの姿勢は評価できるだろう。」(明星新聞)

「長い年月をかけて育まれてきた日本語の保護へ向けて一歩前進といったところか。日本語を扱うことを生業としている我々としても議員連盟の活動に
期待が持たれる。地方議会でも同調する動きがあり、日本語保護へ向けて一気に加速する可能性がある・・・同時に、これまでに広まり、一般的に
使われている外来語の扱いをどうするか、具体的な提案を望みたい。」(日本中央新聞)

「溢れる片仮名語に辟易する国会議員が、日本語を護るべく立ち上がった・・・若者を中心に乱れた日本語を法律で正し、外来語の蔓延を阻止しようとする
議員連盟の行動は賞賛に値する・・・しかし、共同党は反対を表明。日本文化に対する姿勢が問われる。」(毎読新聞)

「失われつつある日本語の美しさを護るべく立ち上がった国会議員。ようやく我が国の議員としての尊厳を思い出したようだ・・・『言葉の乱れは心の乱れ』と
言う。若年犯罪の凶悪化に見られるような昨今の世相を糾そうとする姿勢を評価しなければならない」(経法新聞)

 同時に、議員連盟発足に対して、テレビでも異例ともいえる取り上げを行う。

「昨日、日本語保護へ向けて議員連盟が発足しましたねえ。」
「はい。私達は普段視聴者の方々に日本語を使って話しているわけですが、やはり日本語は大切にしたいですからね。」
「議員連盟は日本語保護と外来語の抑制を軸にした法案を提出する動きですが。」
「日々日本語を扱う私達としても、この法案の早期成立を望みたいですね。」

 新聞、テレビはこの日以降、全国紙、地方紙にかかわらず、殆ど毎日のように「日本語保護推進議員連盟」の活動を追うようになった。
中には、議員連盟発足の呼びかけ人でもあり、議員連盟の中心でもある民和党衆議院議員の金田を特集するテレビ番組もあった。
金田の生い立ち、国会議員当選以後の活動、そして地元の声−賛意しかないが−を紹介するというものだ。
 勿論、これらは全て金田を筆頭とする郵政族議員の「働きかけ」に因るものだ。
マスコミがその行動を逐次報道すれば、否が応にも国民の関心は高まる。
そして多少程度の差はあれ賛意や積極的姿勢ばかりとなれば、右向け右が大好きな日本人は、それが正しいものだと思い込む。
まるで反対することが悪というような論調も、日を追うごとに目立つようになってくる。
否、実際に「原 練五郎の激論・日本」では、司会者の原自身がそれを口にした。

「貴方はこの改革の流れを阻止しようという守旧派だ!」

 議論の運営を促す筈が、ある主張に「肩入れ」して反論を封じる側に回るという、原お得意の司会が冴え渡るが、それを咎める者はいない。
この国では著名な評論家が賛同する「改革」が正論とされ、反対するものは「守旧派」のレッテルを貼られるのが常である。
 この流れはニュースにも波及し、当初あった慎重、反対論はすっかり影を潜め、司会者やコメンテーターがさも現在の「改革」が当然のように言う。

「一部に日本語保護法案に対して、法律による言語の強制は混乱を齎すという懸念や反対の声もありますが。」
「日本語の置かれている現状を考えて欲しいですね。反対ばかりでは何も始まらないことを自覚して頂きたい。」

 反対が「一部の声」「異端」という印象を持つような論調だが、それを咎める者はいない。
彼ら自身が反対を押え込んで「一部の声」に縮小し、「異端」に追いやっていく。
今、この流れに乗らなければ「守旧派」は勿論「日本文化を愛さない非国民」と言われかねない。
マスコミはそのような風潮を見事に作り上げていく。まさに、「マスコミによって世論は造られる」。
 テレビでは茶髪の若者が数人登場し、彼らの会話が暫く流された後、音声が入るという政府広報が流されるようになった。

「私達が普段何気無しに使っている言葉、それは本当に日本語ですか?」
「言葉の乱れは心の乱れ。見直そう日本の伝統。糾そう日本語。」

 「大人」向けの週刊誌では、日頃からの準政府広報としての役割を発揮し、「今時の若者」を槍玉に挙げる。
「今時の若者」を悪とすることで、精神論が大好きな多くの「大人」は同調する。
だが、「大人」は過去を忘れている。かつて彼らも「今時の若者」だったことを。
いや、忘れたのではなく、それは試練だった。
 かつて「今の若い者は」と言動を揶揄されたことは試練だった。
成長し、揶揄する側に立った今の立場を生かしたいし、耐えてきたからそれが当然と考えている。
自分達がされたことを、今度は自分がする番だと思い込んでいる。
こうして、良きにしろ悪しきにしろ、風習は世代を超えて受け継がれていく。

 当初は懸念や慎重の意を見せていた国会議員も、地元における一連の流れには敏感に反応して続々と議員連盟に加入して、発足から一月で
全国会議員の9割を結集することとなった。
これら一連の動きを待って、議員連盟は「外来語使用の禁止と日本語保護に関する法案(通称、日本語保護法案)」と関連法案として、外来語を日本語に
「帰化」させる役割を担う「外来語帰化推進協会」の設置に関する法案を国会に提出した。
その内容は勿論新聞各紙やテレビで取り上げられる。
法案は外来語の使用を制限し、日本語に翻訳した後で使用することを柱にしたもので、所謂片仮名語を使用してはならないこと、
使用された場合の処置は各都道府県の条例に委ねること、教育機関に対しては文部省が各都道府県の教育委員会を通して「指導」を行うこととされた。
「外来語帰化推進協会」は「日本語保護法案」の条文に基づき、文部省の外郭団体という位置づけの下、これまでに広まったり今後使用が予想される
外来語の「帰化」作業を行うことが明記されている。
 この国で権力による「指導」という表現は「強制」と「懲罰」を兼ね備えている。
個人の表現手法に国家権力が介入することが、法律によって明文化されたのである。
 国会の場で議論が始まったが、大半の議員は賛意を示すばかりで、お茶を濁す程度の当たり障りのない質問−法案成立にかける意気込みなど
法案を審議する場に相応しくないもの−がたまに出る程度である。
それは当然だろう。全国会議員の9割が事前に賛成しているのだ。
法案成立までのシナリオが出来ているのだから、そこに論議などある筈が無い。
 唯一、共同党や無所属議員の一部が反対の立場で質問を行ったが、激しいやじにかき消され、少数会派ゆえの質問時間の制限を受け、さらに質問の
答えになっていない答弁−「法案は憲法に抵触しているのでは」という質問に「全力を挙げて成立させたい」と答える−が返って来るなど、まったく議論に
ならず、反論の勢力は影が薄くなる一方だ。
さらに、マスコミの報道がそれに拍車をかける。

「『日本語保護法案』の審議は佳境に突入。来襲にも衆議院通過へ。」

「外来語の『帰化』作業に民間人登用も」

 もはや法案成立が決まったかのような論調だが、議論の前に数の力でシナリオが決まっている以上、ある意味で正しいかもしれない。
問題点を浮き彫りにすることなく−それをすれば「偏向」とされる−、マスコミの扱いは徐々に小さくなっていく。
これは金田ら郵政族議員の「働きかけ」によるものではない。
国会の状況でシナリオが明らかになったら、もはや取りたてて報道する必要はない。
そう判断したマスコミ自身の手によるものである。
 金田は前回選挙以来、久々の「お国入り」をした。
地元の熱狂的な歓迎を受け、自邸の居間でテレビを見ている。
マスコミの自主的な報道「監修」もあって、予想以上に上手く事が進んでいくことに、金田は満足そうに含み笑う。
テレビの画面には、相変わらず反対の立場を「守旧派」と攻撃する原の「司会」の様子が映っている。

「法案成立の暁には・・・彼と一杯やりたいな。」

 一足先に久々に口にする地酒で祝杯を挙げる金田が呟く。
今は金田の地元であるこの街で、町議会議員選挙の真っ最中だ。
地域共同体である自治会や町内会が半強制的な監視団体でしかない日本において、「地元」の国会議員の威光は絶大。
まして、今マスコミで「日本文化の救世主」と注目されている人物なら尚更だ。
 テレビには、成立へのシナリオが出来ている「日本語保護法案」の概要がフリップで紹介されている。

「外来語の侵略から日本語を護り、日本文化の伝統を受け継いでいく」
「文部省と教育委員会が積極的な指導に乗り出す」

 多分に原の主観が折り込まれているが、「主流派」であり「改革派」である彼の主張は絶対正しいのである。
何故なら原は「主流派」と「反主流派」、「改革派」と「守旧派」を区別する「司会者」だから。
 金田は明日再び国会に戻る。
長年の夢が世論の後押しで実現されていく過程を目の当りにする為に・・・。
強固な地盤を形成してくれた父の遺影に、金田は地酒の入ったコップを掲げる。

 それから1週間後の衆議院本会議で、採決は行われた。

「賛成多数により、本提案を可決します。」

 「超党派」で法案成立を喜ぶ議員達。一礼して退場する首相と文相。
ニュースの録画画像は、その中でもみくちゃにされる金田の姿を映していた。
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