Saint Guardians

Scene 13 Act2-2 混沌-Chaos- 世代と種族を超えた絆

written by Moonstone

 翌朝。朝食を済ませたアレン達は拠点の一軒宿を出る。
 これまで旅の拠点は複数の部屋を集約したタイプの一般的な宿か、野宿でのテントのどちらかだったから、一軒家から出発だと旅の途中という感覚が希薄になる。ましてやこれから旅の目的、重要任務であるファイア・クリスタルの入手に繋げる必要があるジグーリ王国への入国が待ち受けているという緊迫感に欠ける。家から仕事場に向かうような錯覚すら覚えるのは、昨日役場への手続きや情報収集で町に繰り出したアレンとリーナの共通事項だ。
 アレンとルイは朝型、しかもこれまで炊事や洗濯掃除と朝から奔走するのが普通の生活だったから、眠気は全く感じさせない。一方リーナは典型的な夜型。しかもイアソンとの通信が後半ぎこちなくなってから、悶々とした寝るまでの時間を過ごしている。
 今朝も今朝とてルイが風呂上がりのそれだったように、アレンとルイが新婚さながらの生活ぶりで、その違いを見せつけられる−無論アレンとルイにそんな意図はない−リーナは、快適な住環境や食生活は惜しい気もするが、早々にこの任務を終えて帰還したいと思うようになっている。
 同時に、部屋を限界まで離したのは正解だったと痛感してもいる。壁越しにルイの嬌声やベッドが軋む音を毎晩聞かされたら、遅かれ早かれ発狂していただろうとリーナは思う。
 アレンとルイはリーナを先導する形で、2人でドルゴに乗っている。勿論ルイはドルゴを操縦するアレンの背中に限界まで密着している。一時たりとも離れたくないという気持ちの表れだと、一目で分かる。
 それを見て、リーナは人知れず溜息を吐き、「嫁の胸は平気で揉みしだけるのに、嫁の胸が背中に押し付けられると固まるのか」と、出発前のように嫌みの1つでも言ってやりたい衝動に駆られる。

「此処が…ジグーリ王国への入り口みたいだけど…。」

 一軒宿を出て20ミムほど経ち、海に面した岩場の一角でドルゴを止めたアレンは、昨日役場で受け取ったジグーリ王国の出入口を見て首を傾げる。
 切り立った断崖絶壁には、ドアなど出入口らしいものは何処にも見当たらない。周囲を見ると、直ぐ近くに桟橋や倉庫など一応港としての体裁を保つ場所はあるが、維持管理されていないらしく雑草は生い茂り、桟橋は一部が欠落し、倉庫は廃屋になりつつある。かつて漁港などがあったが放棄された廃村と言っても疑問は生じない。
 事態が切迫しているラクシャスの役場が嘘を言うとは思えないが、何処に出入口があるか分からないのでは、ジグーリ王国を崩壊の瀬戸際に追い込んでいるドラゴン撃退やドワーフからの情報収集など不可能だ。

「場所は此処で合ってるの?」
「うん。この崖に出入口があるって書いてある。」

 ドルゴを降りたアレン達は、アレンが出した地図と風景を見比べて首を傾げる。
 役場から提供を受けた地図は、ラクシャスの全体像も含む正確なもので、周囲の景色がイラスト風に記載されている。それと比較しても、ジグーリ王国への出入口はアレン達がその前に佇む断崖絶壁にあるのは間違いない。だが、断崖絶壁にはドアもなければ、ドアを出す仕掛けのようなものもない。何処からどう入れば良いのかまでは、アレンが持つ地図には記載されていない。

「入国許可証に何か書いてないでしょうか?」
「!その可能性があるね。」

 ルイの提案で、アレンは入国許可証を取り出して広げる。アレン達3名の名前、そしてラクシャスを治める5名の統領の名前と発行日が記載された入国許可証は、一見ヒントになりそうな記載はない。アレンは裏面を見るが、此処にもヒントらしい記載はない。

「ノーヒントで謎を解いて入れってこと?」
「以前は門番が居て、この入国許可証を見せれば入れたんだろうけどね…。」

 アレンの推測はほぼ正解だったりする。
 かつては断崖絶壁のある場所に出入口が見えていて、両隣に控えている門番の兵士に入国許可証を提示することで入国できる仕組みだった。しかし、ジグーリ王国への宝石商の出入りが途絶え、ラクシャスも入国許可証の発行から遠ざかっていた。
 アレン達の来訪で急遽入国許可証を発行したものの、ドワーフがあまり話そうとしないこともあって、ジグーリ王国の状況を反映した書式にするには至らず、アレン達は言わば旧式の入国許可証を持たされて出入口まで来た格好だ。
 何れにせよ、これでは埒が明かない。気が短いリーナは、自分達が窮地に追い込まれているのに閉鎖的な姿勢を変えないドワーフに苛立ちを募らせ、断崖絶壁ごと爆破して出入口をこじ開けようという考えが頭を擡げて来ている。

「出入口の位置くらいは、魔法探査で分かると思いますからやってみます。」
「ルイさん、何処で魔法探査を覚えたの?」
「出発前に、シーナさんから教えてもらいました。魔術師と聖職者は魔術の系統が違いますが、魔術の使用方法の根幹は変わらないし、何かの役に立つことがあるだろう、ということで。」

 称号が主教補まで上昇したルイの衛魔術を除くと、アレン達パーティーの戦力はやはり心許ない。そこでドルフィンとシーナは、アレン達に即効性がある道具や便利な魔法を伝授している。アレンはアーシルを入手するきっかけになった、召喚魔術で召喚できる魔物を封じ込めた魔水晶をドルフィンから受け取り、ルイは魔法探査と魔法解析をシーナから伝授された。
 聖職者のルイには、魔法探査も魔法解析も初めて知るものだったが、魔法探査は危険な場所や今回のように一見不明な場所の謎を読み解いたりするために、魔法解析は使用方法が不明な道具や食用に適するかどうか分からない動植物を識別するために使えるものであり、未知の世界に足を踏み入れる際に必要になる機会があるだろうと習得に努めた。
 弱冠5歳から聖職者として様々な衛魔術を覚え、使用してきたルイは、元より新たな概念やその使用に対するアレルギーが皆無に等しい。3人の中で最も称号が高く、魔力が潤沢なルイは、よりアレンの力になりたいという思いからあっという間に魔法探査と魔法解析を習得した。
 一晩徹夜が必要かと見込んでいたシーナは、ルイの飲み込みの速さに驚愕すると同時に、魔術師発の文化や知見でも必要で有用なら積極的に取り入れようとするルイの柔軟性に感服した。
 ルイは賢者の石が埋め込まれた左手を断崖絶壁に向けて広げ、そこに右手から微量の魔力を放射する。魔力は断崖絶壁に溶け込み、ルイに戻って来る。ルイの脳裏に断崖絶壁の内部構造が浮かび上がって来る。

「…私達の正面に巨大な金属製の扉があります。岩石に覆われていて、扉も固く閉ざされています。」
「地図は正確だったんだね。でも、どうやって入れば良いのか…。」
「向かって右側、アレンさんが立っている位置から丁度真っすぐ行ったところに、掌サイズの独立した部分があります。そこは手で簡単に開けるように蝶番(ちょうつがい)になった蓋が、岩石にカモフラージュされています。」
「えっと…、この辺?」
「もう少し上…、はい、そこです。」
「!此処だけ感触が違う。」
「その出っ張りが蝶番の蓋になっています。右側に引っ張ると開きます。」
「開いたよ。…何だこれ?」

 アレンが明らかに岩石と違う触感の部分を操作すると、1から9の数字が刻印された、指先程度の金属光沢のある板が3×3に配置されたものが姿を現す。この部分を操作すれば断崖絶壁に隠された扉が開くのだろうが、適当に操作するとトラップが作動する恐れもある。しかし、解答やヒントは見当たらない。一難去ってまた一難だ。

「難儀だなぁ。…この仕掛け、何処かで見たことがあるな…。」
「何処でよ。」
「レクス王国のハーデード山脈の高山に眠っていた古代遺跡だよ。国家特別警察がこれと同じタイプの仕掛けを操作して、古代遺跡に繋がるドアを開いてた。」
「ということは、ジグーリ王国は古代遺跡に作られているということですか?」
「それはドワーフに聞かないと分からないけど、その可能性はあるね。」
「今はそんなのどうでも良いわよ。これを操作しないとジグーリ王国に入れないんだから、それをどうにかするのが先でしょうが。」

 苛立ち混じりのリーナの言葉は辛辣だが、そのとおりだ。しかし、解答もヒントもない状況でこの手の仕掛けを操作するのは、トラップ発動の危険がある。古代遺跡だとしたら、不審者の生命を奪うタイプの強烈なトラップである危険性が高い。強行突破も視野に入れなければならないか。だがそれはドワーフに脅威として受け止められ、情報収集ひいてはファイア・クリスタルの入手に支障を来す恐れがある。
 3人は懸命に思考を巡らせ、入国許可証を穴が開くほど見つめて、解決の糸口になるものはないか調べる。

「何してる。」

 リーナが強行突破を主張しようとした時、背後から低い声がかかる。
 3人が声の方を向くと、リーナと同じくらいの背丈の、髭面の男が立っている。微かに酒の匂いがする。朝から酒を飲んでいたようだが、妙にふらついたりしてはいない。

「俺達はジグーリ王国に用があって、入国許可証を持ってきたんです。だけど、仕掛けがあって操作が分からなくて…。」
「お前、声からして男か…?!」

 風貌からアレンを女性と誤認していたらしいその男は、突然表情を驚愕の色に替え、改めてまじまじとアレンを見る。

「どうかしましたか?」
「…お前、名前は?」
「アレン・クリストリアです。」
「!!も、もしかしてお前は、サミーユ・クリストリアの息子か?!」
「ど、どうして俺の母親の名前を?!」
「詳しい話は後だ。此処を開ける。」

 アレンの母の名前は、幼馴染であるフィリアの他は、ルイしか知らない。初対面の男がアレンの母の名前を知っていて、母と瓜二つの顔立ちであるアレンを見て息子と判断したこの男は、アレンの両親と何らかの関係があると見て良い。
 男は仕掛けの前に立ち、何を押したか識別できない速さで数字の部分を次々と押す。男が数字を押し終えると、ガコンという音と共に地面が一瞬振動し、断崖絶壁が吸い込まれるように消えるのに替わって、巨大な金属の扉が姿を現す。
 アレン達の数倍の高さがあるその扉は、サイズとは打って変わって音もなく両側に開く。両側に灯りを伴う深い洞窟が口を開ける。これがドワーフの王国、ジグーリ王国に唯一繋がる出入口だ。

「急いで入りなさい。この扉は一定時間で元の状態に戻る。」
「は、はい。」

 アレン達が中に入ると、男も続いて中に入る。それを待っていたかのように扉が音もなく閉じられる。通路は予想外にかなり広大で、天井には一定の間隔で白い光を放つ長方形の灯りがある。
 この灯りもアレンはかつて見たことがある。レクス王国の「赤い狼」本部だ。同じように巨大な通路と、ランプとは異なる灯りが明るく照らしていた。地面も土も木でもない、人工物と思しきものだ。やはりジグーリ王国は古代遺跡に作られたらしい。

「ついて来なさい。私の家に案内する。」
「はい。」

 男は通路を進んでいく。アレン達は兎も角男の後を追って通路を歩く。
 通路を進んでいくと、男と同じく小柄の、しかし全身鎧と身長くらいの長さがある巨大な斧を携えた門番らしい兵士が複数居る。門番は男を見て姿勢を正し、恭しく敬礼する。酒の匂いを纏わりつかせているこの男は、かなり高い身分のようだ。

「客人だ。開けろ。」
「承知しました。」

 門番の1人が扉の脇を操作すると、行く手を塞いでいた出入口と同じ形状の巨大な扉が、やはり音もなく両側に割れて開く。男に続いてアレン達は通路の奥に進む。
 少し奥に進むと今度は階段に変わる。幅が広い階段は螺旋を描きながら地下深くへ進んでいく。階段の途中に各階の廊下に繋がり、廊下は階段を取り巻くように円を描いている。その廊下に面して一定の間隔でドアがある。この構造は「赤い狼」本部と酷似している。
 案内した「赤い狼」の構成員は、生活の痕跡が何もなかったこと、一時的な非難のために作られたものではないかと言っていた。遠い昔、世界を滅亡の瀬戸際に追い込んだ「大戦」の事実と照合すると、これは「大戦」で荒れ狂ったというガイノアという古代の殺戮兵器から逃れるための避難場所で、同じ施設は世界各地にあるのではないかとアレンは思う。

「此処が私の家だ。少し待ってくれ。」

 男はドアの鍵を開ける。「赤い狼」の本部もそうだったが、出入口は仕掛けを知らないと入りようがないが、内部は規模こそ比類なきものだがシステムはかなり単純だ。やはり一時的な避難のために作られた建造物と見て良さそうだ。
 建造の目的は一時的であっても、非常に堅牢だし、維持管理が不要らしい灯りが常時廊下など共通部分を照らしている。食料などの問題を解決できれば、長期間滞在できる。古代の建造技術の高さと共に、この技術を殺戮兵器に向けて自らを滅亡の瀬戸際に追い込んだ愚かさを感じる。

「帰ったぞ。」
「あんた!暇だからってまた夜通し飲んだくれて…!」
「お前も驚いたか。あのサミーユの息子だそうだ。」
「じゃあ、ジルム様との…。」
「そうだろう。積もる話もある。客人を中に入れるぞ。」
「ええ。皆さん、入ってくださいな。」
「お邪魔します。」

 アレン達は男の家に入る。
 中はこの世界の平均以上の広さで、家具なども完備している。どれも細かい彫刻や美麗な刺繍が施されており、富裕層しか所有していないような高級品の雰囲気を漂わせるものも幾つかある。そんな中、照明だけはランプで、全体的に良く言えば落ち着いた、悪く言えば陰鬱な雰囲気を醸し出している。
 アレン達は、部屋の中央にあるテーブルに案内され、椅子に座る。初めて見て接するドワーフの生活様式はアレン達と大差ないようだ。
 出入口に近い方の席に奥に向かって左からリーナ、ルイ、アレンの順に座り、その向かいに男と、家に居た女が飲み物を出してから座る。

「改めて自己紹介と行こうか。俺はモーグ・デングランド。見てのとおり、ドワーフの宝石細工師だ。もっとも今は失業中だがな。隣はハンジュ。妻だ。」
「はじめまして。アレン・クリストリアです。」
「はじめまして。私、ルイ・クリストリアと申します。」
「!…はじめまして。リーナ・アルフォンです。」
「見れば見るほど、サミーユさんそっくりだねぇ。髪の長さが違うだけだよ。」
「まったくだ。俺も初めて見た時は驚いたぜ。飲み過ぎたかと思った。」
「モーグさん。俺の母をどうして知ってるんですか?」
「姓はサミーユのものだが、お前の父親の名はジルムだろ?武器職人の。」
「はい。」
「ジルムは今から20年ほど前、ラクシャスに滞在していた。その時、武器防具の精錬や維持管理の方法を俺達ドワーフに指導した。無論、俺もその指導を受けた1人だ。」

 ジルムに関する事実がまた1つ明らかになった。
 ザギの先代のセイント・ガーディアンから、ザギの野望を阻止するために秘密裏にフラベラムの贋作を作り、本物と入れ換えてクルーシァを脱出したジルムは、何と一時期ラクシャスに滞在していて、ドワーフに技術指導をしたという。
 父ジルムを介して、思わぬ形でドワーフとの繋がりが齎された。

「ジルムの技術は、あの若さで俺達ドワーフの熟練工のそれを凌駕していた。手先の器用さでは敵う者は居ないと思っていた俺達ドワーフは、頭を棍棒で殴られたようなショックだった。ジルムはそんな俺達ドワーフを親身に指導してくれて、革新的な技術も惜しみなく伝授してくれた。指導の後はラクシャスの酒場で夜通し飲んだこともあるさ。で、その時我がジグーリ王国に来ていた宝石商の娘が、サミーユってわけだ。」
「父と母は、ラクシャスで出逢ったんですか…。」
「サミーユさんは、器量良し愛想良しの良い娘(こ)でねぇ。宝石商やその家族ってのは宝石をいかに安く買って高く売るかしか考えてない、あたし達ドワーフは高く売れる宝石を作れば良いって感じのいけ好かない奴が多いんだけど、サミーユさんはそんな態度の宝石商を、生活の糧を生み出してくれる職人に失礼な態度を取るな、って親でも叱り飛ばしてたもんだよ。で、ある日、この人達の指導のために此処に来たジルム様と出逢って、親の反対を押し切って一緒になったのさ。金しか考えてない親にはもう愛想が尽きた、金を抱いて生きていけ、って啖呵を切ってね。」
「顔形はそっくりだけど、あんたのお母さんはあんたと違って明朗快活な人だったのね。」
「酷い言い方するなぁ…。」

 アレンが髪を伸ばしただけと言える容貌だから、母の性格はシーナやルイに近い、おっとりした物静かなタイプかとアレンは思っていた。デングランド夫妻の証言はアレンの想像を覆すものだが、アレンの中の母親象が刷新されただけで幻滅には至らない。むしろ、裕福な暮らしをかなぐり捨てて父と添い遂げることを選んだ母の決断があったからこそ、今此処に自分が居るのだと、アレンは自分のルーツを確認できて安堵さえしている。

「あのジルムとサミーユの息子が嫁を連れてラクシャスと我がジグーリ王国を訪れるたぁ、俺も歳を食う筈だ。」
「よ、嫁って…。」
「隣のダークエルフの娘は、自己紹介でお前と同じ姓を名乗ったぞ。嫁じゃないのか?」
「あ、いや、妻です、はい。まだ慣れてないのと、両親のことで頭がいっぱいで、頭が追い付いてなかったです。」

 アレンは両親の謎が明らかになるのかとモーグの方に意識を集中するあまり、リーナとルイの自己紹介は右から左に抜けてしまったが、ルイは自己紹介の際に確かにクリストリア姓を名乗った。無論、リーナは聞き逃していないし、期間限定という条件がすっかり霧散している−或いはかなぐり捨てている−であろうルイが、アレンの姓を名乗っても何ら違和感がなかったのも事実だ。

「ぎこちなさからして、まさに新婚ホヤホヤって感じだな。それにしても、人間とダークエルフの夫婦ってのは初めて見るな。」
「私がダークエルフ−厳密にはクォーターのダークエルフなのですが、どうして分かったのですか?」
「俺達ドワーフは、種族を識別できるんだ。人型種族に限らず、魔物も大半は識別できる。そいつが友好的か敵対的かどうかもな。種族の知恵ってもんだ。」
「ご教示ありがとうございます。ドワーフの方にそのような能力があることは初めて知りました。」
「エルフにしちゃ腰が低いな。その隣の娘は…何者だ?」
「この夫婦の監視役です。夫婦が任務を放り出して、それこそラクシャスに住みついたりしないようにするための。」
「ほう…。悪い奴じゃないようだから、これ以上聞かないでおく。俺達ドワーフやダークエルフの娘と同じく、色々苦労もあっただろうし。」
「賢明な判断ですね。」

 魔物でも大半は種族や有効性を識別できるというドワーフのモーグは、リーナの種族については言及を避ける。
 魔術師でも聖職者でもなく、武術に長けた剣士でもないリーナが、従えようと闘いを挑んでも大半が消し炭にされるサラマンダーをはじめ、多彩な召喚魔術を使用できるリーナは、何か重大な秘密を抱えていると考えられて久しい。だが、パーティーでは参入した者はそれぞれの目的を持ちながら協力して旅を続ける仲間であり、それを阻害しない限り出自や経歴は不問という暗黙の了解がある。
 アレン自身、一介の農民だと思っていた父が実はクルーシァ有数の武器職人であり、しかもザギと深い因縁があることが判明して間もない。
 フィリアはアレンを追うためにパーティーに加わった。
 ドルフィンとシーナはクルーシァを追われて脱出し、対峙している。
 リーナは実の父を探していて、イアソンは反政府組織の幹部。
 少数民族出身且つ私生児のルイは物心ついた頃から激しい迫害に晒されて来たし、親友としてそれに対峙して来たクリスもその影響を受けて来た。
 パーティーの面々はそれぞれが過去や悩みや困難を抱えつつ、それぞれの目的を達成しようとパーティーに参入している。臨時に編成したパーティーではあるが、間違いなくリーナはパーティーの一員。種族がどうとかは無関係だ。アレンは改めてそう思う。

「さて。入国許可証を持って正門前に来たってことは、何か理由があるんだな?」
「はい。順を追って説明します。」

 アレンは入国許可証をテーブルに出して、ジグーリ王国を訪れた経緯を説明する。
 アレンは敢えてクルーシァやセイント・ガーディアンには言及せず、父ジルムから託された剣が100ピセルの力を取り戻すには、ジグーリ王国で産出されるというファイア・クリスタルが必要であり、それを入手するためジグーリ王国を訪れたこと。そのジグーリ王国は、坑道に現れたドラゴンによって宝石の産出が途絶え、門前町であるラクシャス共々衰退の一途を辿っているとラクシャスの統領達から聞いたこと。ドラゴンを退治するなり撃退するなりして、ジグーリ王国とラクシャスを正常化するのが必要だと考えて訪れたことを話す。
 宝石の産出が不可能になり、ドワーフが失業状態にある中でいきなりファイア・クリスタルを求めても無茶でしかないし、所詮は宝石目当てかとドワーフが印象を悪化させる危険もある。まず相手が直面している課題を解決する援助を惜しまない姿勢と、課題の解決が両者にとって得であることを前面に出し、相手の協力を得るよう努める。
 交渉は相手あってのことであり、相手にも利益があるよう落とし所を探るよう努める。これらは出発前にアレンがドルフィンから教わり、理解に努めたこの旅の根幹だ。

「−以上がジグーリ王国を訪れた理由です。」
「その剣ってのは持ってるか?」
「これです。」

 アレンは腰に掛けていた愛用の剣であり、「7の武器」の1つであるフラベラムをテーブルに置く。モーグはそれを見て再び驚愕の色を露わにする。

「この剣は、ジルムが持ってたやつだ。やけに細かい彫刻があるが、色といい形状といい、間違いない。」
「父はモーグさんにこの剣を見せたことがあるんですか?」
「見たことがあるも何も、この剣の宝石を取り外したのは、俺達ドワーフの頭(かしら)だ。俺も補佐したから良く覚えてる。」

 また1つ、父ジルムとジグーリ王国の思わぬ接点が明らかになった。
 今はアレンの心臓と一体化していると見られる、元々フラベラムに埋め込まれていたファイア・クリスタルは、このジグーリ王国で取り外されたという。つまり、ジルムがジグーリ王国を訪れたのはクルーシァから脱出した後であり、ジルムがドワーフの技術協力を得るためにジグーリ王国とラクシャスを訪れ、対価としてドワーフに門外不出であろうクルーシァの武器製造と保守技術を提供したと考えられる。

「ファイア・クリスタルは取り扱いが難しいんだ。カッティングでも角度が少しずれると簡単に割れちまうし、必要以上にカットすると効力が減衰しちまう。宝石全体に言えることだが、欠けると価値がほぼゼロになることもある。この剣に埋め込まれた状態からファイア・クリスタルを取り外すとなると、相当の熟練工でも補佐を使っての丸1日かがりの作業になる。だから俺が補佐して頭が取り外したんだ。」
「ジグーリ王国で取り外されたんですか…。」
「取り外した宝石があれば、それを填めた方が確実だ。それはどうした?」
「それは…失われました。」
「そうなると、ファイア・クリスタルを改めて採掘するしかないぞ。」
「その前提として、坑道に現れたドラゴンを対峙するなり撃退するなりする必要があると思って、ジグーリ王国を訪れたんです。」
「うーん…。」
「あんた。考えてる暇があったらお頭に引き合わせなさいな。お頭もジルム様に指導していただいた1人。ジルム様とサミーユさんの息子さんが我が王国の困難を除いてくれるというなら、迷わず協力すべきでしょうに。」
「分かった分かった。頭に話を通して来る。」

 妻のハンジュに押されて、モーグはアレン達を頭に引き合わせることにする。見た目には髭面のモーグと少しきつめの印象こそあるもののエルフとは異なる系統の美人であるハンジュではモーグの方が威圧感が強いが、ハンジュがモーグを尻に敷いている感がある。
 何れにせよ、ファイア・クリスタルをフラベラムから取り外したというドワーフの頭に直接対面できるのは大きい。より詳しい情報が得られたり、事態解決後にファイア・クリスタルを良い条件で入手できる可能性がある。

「頭に事情を説明して来る。それまで此処に居なさい。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 モーグは早速席を立ち、家を出て行く。夜通し飲酒していたというが、足取りはまったくふらついていない。ドワーフという種族が元々酒に強いのかモーグが酒に強い体質なのかは分からないが、酒に甘えずすぐさま行動に移すところは、職人としてのプライドのなせる技だろうか。

「あの人が帰って来るまで、此処でゆっくり休んでいなさいな。なぁに。お頭が渋ったらあたしが他の女連中引き連れて直談判するよ。宝石商の連中ならまだしも、ジルム様とサミーユさんの息子さんの頼みとありゃあ、出来ることは何でもするよ。」
「ありがとうございます。」
「アレン君、か。ジルム様とサミーユさんはどうしてる?」
「父は悪党に攫われてしまって、今は捜索している途中です。母は、俺を産んで直ぐ亡くなったと父から聞いています。」
「!あら、そうだったの。惜しい人を亡くしたね…。良い人は早く神様のところへ行っちまうもんだからね。でも、息子がこんなに大きくなって、若いうちに美人の嫁さん貰って、サミーユさんも天国で安心してるよ。」
「そうだと良いですね。」

 アレンは母を直接見たことはないが、今も持ち歩いている描写(ドローチュア)で面影を知っているし、見れば見るほど自分と瓜二つだと思う。母は今の自分を、そして隣に居る期間限定の−或いは将来の−妻を見てどう思うか、聞いてみたいと思う。
 ハンジュは茶を淹れると言って奥に引っ込み、少しして茶器を乗せたトレイを持って戻ってくる。茶器もやはり美麗な装飾が施されており、一般に販売されれば高級品なのは間違いない。
 ドワーフの製品は宝石に限らず、武器防具から日用品まで多岐にわたる。だが、「外部」に出回るのは殆どが宝石で、武器防具や日用品はごく限られたルートでしか流通していない。王侯貴族や大商人など、ドワーフの製品を持てるのは富裕層に限られるのはこのためだ。

「アレン君達はどうやってラクシャスに来たんだい?船の便はとっくに来なくなってるし。」
「ハブル山脈を越えてきました。今はそれしか方法がないんで。」
「よくあの山を越えたねぇ。ハブル山脈を越えて来たってことは、タリア=クスカ王国経由?内戦が膠着状態ってことまでは知ってるけど。」
「今のところ、小康状態のようです。」
「そうかい。新婚間もない嫁さん連れてあの国から来るのも手間だったろうに。」
「幸い戦闘に巻き込まれることもなかったです。」

 アレンは事実や実情をかなり伏せた受け答えをする。これはドルフィンの指示によるものだ。
 ジグーリ王国にもザギをはじめとするクルーシァの手が及んでいる恐れがある。偶然にもアレンの出生に纏わる重要な土地で、アレンの両親の功徳によりアレンも非常に好意的に受け入れられているが、それが全てではない。ザギの手が及んでいれば、ファイア・クリスタルを餌に敢えてアレンを不要な危険に対峙させ、剣を奪ってアレンを始末する一石二鳥の策を講じていることくらい十分考えられる。
 相手の背後関係に確証が持てるまでは、必要以上に自身の背後関係や事実を公表するのは控えた方が良い。アレンも重要な任務を担うパーティーの長として、軽はずみな行動は出来ないとかなり用心している。

「ルイちゃん。アレン君の亭主ぶりはどうだい?」
「まだ日は浅いですが、主人と結婚できて良かったと確信しています。」
「うちの飲んだくれと違って、アレン君はまともな亭主になるだろうね。次に来る時は子連れかな?」
「時期にもよりますが、そうなると思います。」

 流石に幾分照れてはいるが、ルイの言葉に淀みはない。「主人」という対外的な夫の呼称も使用した。ルイの頭に「期間限定」という条件はもはや欠片も存在しないし、期間限定という条件を忘れたかと問い質しても「忘れました」「その条件は実情にそぐわないと判断しました」などと平然と答えるだろう。ルイにそうさせるだけの事実が着実に積み重なっているのもまた事実である。
 もしかしたら期間限定という条件をかなぐり捨て、アレンに徐々に身体を許し、夫婦関係に自ら言及する−期間限定の夫婦関係は元々対外的な説明のためにとリーナが提案した−のは、外堀を埋めて理想を現実のものにするためのルイの強かな作戦ではないか、とリーナは確信に近いレベルで思う。

「カッパードラゴンの騒動がなければ、王国総出で歓迎できたんだけどねぇ。」
「宝石の採掘以外に大きな被害が出ているんですか?」
「カッパードラゴンは強い酸のブレスを吐くんだけど、それで退散しないと毒のブレスを吐くことがあるんだよ。その毒のブレスってのが霧みたいに長時間漂うみたいでねぇ。もう大丈夫だと踏み込んでやられちまうんだよ。色がないから安全かどうか一目で分からないらしいのもねぇ。」
「厄介ですね…。」
「カッパードラゴンをどうにかしないと宝石も勿論だけど、燃料の石炭が採掘できないのさ。今は在庫とラクシャスからの薪の配給でどうにかなってるけど、何時までもつやら…。」

 坑道の使用不能は、ジグーリ王国を財政面と生活面からじわじわと破綻の淵に追い込んでいる。
 生活面は言うまでもなく食糧が最重要だが、燃料も欠かせない。特に地下生活は気温変化が少ない一方で比較的低温で、湿度も高い。ドワーフの肉体は強靭だが、寒暖の耐性はまた異なる。暖房のみならず料理、そしてドワーフの財政の要である宝石細工や武器防具の生産にも燃料は必須。
 坑道が再開できないと、ジグーリ王国は着実に衰退し、機能不全に陥る。現状はその時期がどれだけ先延ばしできるかの観測しか出来ない情勢なのだ。

「ハンジュさん。毒に侵された方達はどうしているんですか?」
「殆ど病院だよ。毒がかなり質の悪いタイプらしくて、毒消しもなかなか効果がないらしいんだよ。」
「…毒に侵された方達、私が何とか治療できるかもしれません。」

 ハンジュが驚きの色を露わにしてルイを見る。ルイは自分が聖職者であり、自分が使用できる治癒系魔法で症状が解消或いは緩和できるかもしれないことを説明する。
 ルイはこの旅の出発前に主教補という上級称号の仲間入りを果たし、衛魔術はより強力なものが使用できるようになった。毒や痺れなど、身体の全般的な異常を解除するディスペルは勿論、魔法的な毒やドルフィンがゴルクスにかけられた呪詛など、ディスペルでは解除できない、或いは解除しきれない身体異常を解除できる強力な治癒系魔法4)も使用可能になった。病院での治療が困難な症状を解消・緩和するため、ルイの衛魔術に賭ける価値は十分ある。

「…善は急げ、だね。ルイちゃん。一休みしたら、病院へ案内するよ。」
「お願いします。」

 ルイの表情は2つの使命感で引き締まる。1つは聖職者としてのもの。そしてもう1つはアレンの妻としてのものだ…。

用語解説 −Explanation of terms−

4)魔法的な毒やドルフィンがゴルクスにかけられた〜:経口摂取した毒や毒蛇に噛まれるなどして受けた毒は、医師や薬剤師による毒消しの薬剤投与で治療できる。魔法で生じる毒−たとえば力魔術のポイズン(毒属性を持ち、体内の血液に毒を発生させる)には薬剤治療では効果がない。魔法的な毒はディスペルで解消できる場合が多いが、禁呪文など通常の毒発生メカニズムとは異なる場合、専用の衛魔術に頼る必要がある。

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