Saint Guardians

Scene 11 Act1-2 決戦V-Decisive battleV- 天使と悪魔の決戦

written by Moonstone

 フィリア、イアソン、ルーシェルが乗るワイバーンは、悪魔の首領が潜伏すると思われる山地に向けて速度を上げる。迂闊に手を離すと簡単にワイバーンから
引き剥がされると直感的に感じたフィリアとイアソンは、姿勢を低くしてよりしっかりとワイバーンの鱗を掴む。今のところはルーシェルが張り巡らせる結界は
外部と空気が循環している2)
ため風圧はワイバーンの飛行速度に応じて強くなる。手を離してしまえば、風圧で簡単にワイバーンから引き剥がされ、そのまま
結界を飛び出して空の藻屑になるだろう。ルーシェルの保護は至れり尽くせりではないから、最低限の自衛行動は自分で判断して行わなければならない。
 黒い雲を頂く山地に動きはない。しかし、侵入者を迎撃する体勢が存在しないと考えるのは、楽観的を通り越して能天気という他ない。かなり高い高度を
飛行しているから魔物の迎撃はかなりハードルが高くなっているが、魔法はその限りではない。低速度で飛行すれば魔法の標的にしやすくなる。目標まで
飛行可能な限り高速で接近することで、損害を受ける可能性を少なく出来る。

「!強力な魔法反応です!」
「しっかりしがみついてなさい。」

 フィリアの警告にルーシェルは冷静に答える。次の瞬間、ワイバーンの周囲に幾多の黒い砲丸のようなものが浮かび上がり、次々と炸裂する。強い衝撃波は
結界の表面を波打たせ、激しい爆発音は鼓膜を容易に引き裂く音量だが、セイント・ガーディアンの1人であるルーシェルの結界故に、内部に大きな影響を
及ぼすには至らない。

ブラック・マイン3)か。やはりあそこが敵の根城で間違いないようだ。」

 ルーシェルは右手で手綱を握ったまま、左手で剣を抜いて剣先を山地の向こうに微かに見えて来た要塞のような巨大な建造物に向ける。刀身が黄金の
閃光を放ち、黄金に輝く光が槍のように飛び出す。程なく山地の向こうで爆発が起こる。ワイバーンを再び結界越しに包囲しようとしていた黒い砲丸のような
ものの一部が炸裂前に消滅する。その分、爆発音と衝撃波の威力が低下する。

「これで多少は迎撃力が低減出来ただろう。」
「魔法…ですか?先ほどの攻撃は。」
「この剣、エクスカリバー固有の能力だ。もっとも、使用するには相応の資質が必要だが。」

 フィリアの問いにさらりと答えたルーシェルは、剣を鞘に納めて敵本拠地に向けてワイバーンの速度を上げる。攻撃力を見せつけて戦意を喪失させる手段
ではなく、速やかに敵本拠地に侵入して撃破することを選択したようだ。
 悪魔社会において降伏は死と同義だ。人間社会で悪とされる搾取や奴隷的扱いが悪魔にとっては美徳であるように、一旦降伏して反撃の機会を窺ったり、
降伏した相手に温情を背景とした保護を期待するのは愚の骨頂だ。やるかやられるかが悪魔の戦争観であるから、廻りくどい戦略より力で圧倒する
「正攻法」の方が適している。
 建造物が全容を現したところで、ルーシェルはワイバーンの高度を急激に下げる。ワイバーンを包囲して炸裂する黒い砲丸のようなものが出現する周期が
早まり、建造物から黒光りする槍のような物体が無数に飛び出してくる。何としても侵入者を抹殺せんと物量任せの激しい攻撃を展開するが、何れも
ルーシェルの強力な結界に阻まれる。結界を生と死の境界として繰り広げられる激しい攻防の音と閃光の連続に圧倒されるフィリアとイアソンは、急激な位置
エネルギーの運動エネルギーへの転換に伴う、全ての内臓が逆流してくるような感覚に耐えるためにも、目を固く閉じてワイバーンの鱗にしがみつく以外に
ない。

「ワイバーンを消すぞ。」

 ようやく激しい嘔吐感が消えたフィリアとイアソンは、ルーシェルから体勢の立て直しを促される。ワイバーンは建造物を目前とする石畳の平地に着陸して
おり、結界の外側では絶え間なく爆発が起こっている。此処が最終決戦の地との認識を確かにしたフィリアとイアソンは、嘔吐感と三半規管の乱れによる
眩暈を強引に抑え込み、ワイバーンを降りてそれぞれ戦闘態勢を取る。
 フィリアとイアソンが降りた後、ルーシェルはワイバーンを消去して剣を抜く。黄金の光を放つエクスカリバーは、黒い雲の直下で夜のように暗い空間に突如
現れた夜明けの太陽のようだ。光をこの上なく嫌う悪魔などにとっては、人間では触れただけで即死する猛毒に等しい。建造物の奥から心臓を掻き毟られる
ような悲鳴か慟哭か分からない叫び声が溢れ出て来る。

「アルブ・デラ・ンデ・クローズ。見よ汝、銀河の星が砕ける様を。」

 ルーシェルが建造物に向けて広げた右手を翳して呪文を唱える。建造物が結界に包まれ、強い魔力が急速に集中するのをフィリアとイアソンは感じる。

「ギャラクシャン・イクスプロージョン!」

 ルーシェルが魔法を発動させると、結界内部でこれまでワイバーンの周囲で引き起こされた爆発の全てを集めたものを凌駕する勢いの大爆発が起こる。
魔術師の三大称号の1つNecromancerでもあるルーシェルの、魔術師としての実力を目の当たりにしたフィリアは、圧倒的な力量の差に只呆然と見つめる他
ない。
 大爆発の副産物である激しい土煙が次第に消えていく。不気味さと禍々しさを併せ持っていた、悪魔の牙城に相応しい建造物は跡かたもなく消え失せて
いた。建物が消え失せた後には悪魔の首領やザギが姿を現すと思いきや、粉々になった瓦礫の荒野には人の1人も魔物の1匹も存在しない。

「倒した…んですか?」
「本当にそう思うなら、今すぐ此処から去りなさい。戦闘には到底向かない。」

 建造物の跡地には何も存在しないのは間違いないが、ルーシェルとは異質の強力な魔力は潰えていない。それは跡地の底から伝わってくる。侵入者の
迎撃や抹殺は建造物に陣取った防衛部隊に任せ、本人は地中深くのより堅牢な場所に鎮座するというある意味王道の陣地構成だ。無論、ルーシェルだから
こそ建造物諸共防衛部隊を壊滅出来たのであって、並の兵力なら山地を超える前にブラック・マインで粉砕されるか、生かさず殺さずで捕えられて生贄の
儀式に供されたところだ。

「地下ですか。厄介なところに立て篭もっていますね。」
「暗い所が好きなのは悪魔の特性だ。この世界で常態的に暗闇が確保出来るのは地下くらいだからね。」
「攻めますか?」
「その問いは、この場所を推理した意味を問うことになるぞ。」

 イアソンは、虱潰しに悪魔崇拝者のアジトを壊滅させることに終始する事態を打開するために、危険を承知で悪魔召還の方法をルーシェルに問い、そこから
シェンデラルド王国全土を使う形で描かれたディスタニア魔法陣の存在と、そこで最も効力が強い場所としてこの地を特定するに至った。此処まで来て
悪魔の首領を倒さなければ、ルーシェルの言うとおりこの場所を推理したことを無意味にする。建造物を破壊して防衛部隊を壊滅させたところで、悪魔の
首領やザギにとっては手駒の1つがなくなっただけのこと。此処で殲滅しておかなければ場所を変えるか別の手法を使うかで同じことを繰り返し、被害が拡大
するだけだ。
 悪魔召還は悪魔崇拝以上に禁忌事項であるのは、召還した術者の短期的な利益になることはあっても、人類や世界全体の広範かつ長期的な利益に
ならないからだ。人間と悪魔は他の種族や魔物と異なり、生活出来る環境も倫理の概念もまったく相容れない。だからこそ生活の場所そのものからこの世界と
魔界に明確に分かたれているのであり、それをわざわざ踏み越えてまで得られるものは人間のみならず、この世界に生きる他の種族や魔物を破滅に追いやる
重大なリスクにはなっても利益になりはしない。

「仰るとおりです。しかし、入り口は何処に…?」
「なければ作れば良いことだ。」

 ルーシェルはそう言うが早いか、悪魔を寄せ付けまいと黄金の光を放ち続ける剣を頭上に掲げる。それまで空いていた右手も使って構えると、剣が放つ
光は勢いを増す。太陽が間近に降臨したかのような強烈な光にフィリアとイアソンは目が眩み、反射的に目を閉じる。刀身が発する光が先端に集約され、幅
5メールはあろう巨大な球体を形成していく。太陽を模したような眩い球体を掲げる剣を、ルーシェルは力任せに振り下ろす。球体が瓦礫の荒野に叩き
つけられ、再び巨大な爆発を呼び起こす。視界をゼロにする土煙を伴いながら、瓦礫や土が無秩序に巻き上げられる。火山の噴火を髣髴とさせる爆発は、
結界がなければはるか遠くに吹き飛ばされるか、巻き上げられた土砂や瓦礫によって生き埋めにされているところだ。

「!こ、この魔力は…!」
「どうやらお出ましのようだ。死にたくなければ目をしっかり閉じていなさい。」

 心臓を全方向から押し潰し、脳みそを引き摺り出すような今まで感じたことがない強烈な魔力と威圧感に、フィリアとイアソンはルーシェルに言われるより
前に反射的に目を閉じる。巨大な穴が穿たれた建造物跡地から、その穴を破壊して広げる巨大な物体がせり上がってくる。その間にルーシェルは結界
内部に剣で素早く魔法陣を描く。

「今居るところから一歩も動かないように。」
「「は、はいっ!」」

 ルーシェルが描いた魔法陣は、悪魔召還時に術者が安全地帯を構成するために描くものと同じだ。悪魔を一切寄せ付けないが魔法陣から一歩でも出た
瞬間、悪魔に殺される危険と隣り合わせのものだ。ルーシェルはフィリアとイアソンを保護しつつ悪魔の首領と全面対峙するため、フィリアとイアソンを安全
地帯の魔法陣に隔離することを選択した。それは、少なくともこの魔力と威圧感に晒されるフィリアとイアソンは迷うことなく正しい選択だと確信するしかない。
 次第に全容を現して来た巨大な物体は、雄牛の頭を持ち、鼻を捻じ曲げるような悪臭を伴う煙を立ち上らせる赤黒い肉体を持つ、ミノタウロスを巨大化した
ような悪魔モレクだ。予想の範疇とは言え、ディスタニア魔法陣なくして召還は決して不可能な上級の悪魔の登場に、流石のルーシェルも緊張を感じる。

「居城を破壊したばかりか、我が玉座の間まで破壊したのは貴様か。」
「なるほど。国土全体を使ったディスタニア魔法陣を使ってまで召還するだけの悪魔ではあるな。」
「その禍々しい色の鎧、禍々しいものを放つ剣…。貴様、セイント・ガーディアンか?!」
「『大戦』から3000年余りの時間が流れたにもかかわらず、セイント・ガーディアンの存在が魔界にも伝承されているとはな。」
「知らぬ筈がない!!我らを魔界に追いやり、我らが7の王を八つ裂きにして封印した憎き存在を!!」

 モレクは大地を揺るがすような怒声を発する。底知れぬ憎悪が凝縮された怒声は、フィリアとイアソンにとって脳みそを直接掻き回されるような感覚を引き
起こさせる。

「憎き存在とは意外だな。貴様はその憎き存在に属する−立場は全く異なるが、その者によってこの世界に召還されただろうに。」
「アハズのことか?アハズはこの地の支配権と人間共の魂と引き換えに我と盟約を交わしたのだ。」
「偽名を使ったか。」

 モレクの言葉からしてザギがモレクを召喚して、膨大な犠牲を必然とする契約を交わしたことはほぼ間違いない。ザギは契約の際にアハズという偽名を使う
ことで、モレクとのトラブルを回避したようだ。
 偽名は単に名前を偽って正体を隠すだけでなく、本質を覆い隠すことで支配から免れ、呪詛の標的となることを回避する手段でもある。呪詛やまじないで
対象とする個人を特定するものは名前である。科学が概念すらなく呪詛が比類なき暗殺者であった時代には、名前を知られることは呪詛の標的にされる、
言い換えれば生殺与奪の全権を掌握されるに等しい非常に危険なリスクを伴うものであった。有名な漫画「デスノート」では主人公がデスノートに名前を記載
した人物が死ぬという設定だが、名前の記載によって確実に特定個人を殺害するのはまさに名前を知ることによる強力無比な呪詛そのものだ。
 インターネットでは本名とは異なるハンドルネームを使うことがトラブルを回避する基本手段の1つであり、メールアドレスの登録が必要な場合に契約した
プロバイダーのメールアドレスではなく、第3者が提供するフリーメールアドレスを使用するように、直接殺害される呪詛はなくとも失職や冤罪など社会的な
殺害はむしろ容易になった現代において、個人の本質を示す名前を覆い隠す手段は変わらず有効である。
 イスラム教において唯一神アラーに反逆する存在であるジンの首領イブリーズが天上界を追われることが決まった(註:実際に天上界から追放されるのは
「最後の審判」の時とされ、それまでは天上界に留まる)原因は、アラーが粘土から創造した人類の始祖アダム(註:イスラム教とキリスト教は大天使の名称や
アダムの創造など聖典や教義における共通項が多い)に光から創造された天使がひざまづくよう命じたアラーにイブリーズが異議を唱えたことであるが、
「後発」のアダムが天使を上回る存在とされたのは、アラーがアダムに地上のあらゆる事物の正しい名前を教えたことに起因する。地上に置くべき代理人として
アラーがアダムを創造した際、イブリーズだけでなく他の天使からも異論が続出したが、天使達は事物の本当の名前を言えなかったのに対し、アダムは
アラーの同じ問いに対して全て回答した。事物の本質・核心を示す名前はそれを支配するために不可欠であるから、それを知らないものと全てを知るもの
ではどちらが支配者たるか明瞭である。
 悪魔との契約においてトラブルが発生しない方がおかしい。悪魔にとって騙すことが美徳であり、騙すことで術者の利益を凌駕する利益−代表的なものは
術者の魂−を奪うこともまた悪魔にとっては美徳である。予測出来ないトラブルを避けるためには、決定的な本質である名前を偽ることは戦略の基本だ。
戦略や策略に長けるザギなら、その程度のことは初歩中の初歩だろう。

「アハズは何処に居る?」
「貴様に教える意味はない。貴様は此処で朽ち果てるのだからな!セイント・ガーディアンの忌まわしい系譜の1つと共に!」
「ならば貴様も無に帰るが良い。」

 ルーシェルは結界を飛び出して素早く剣を構える。エクスカリバーが神々しい輝きを放つ。モレクは強い不快感を振り払うために世界を揺るがすような
咆哮を上げる。複数の重低音が不協和音を成して大音量で迫り来るような咆哮は、不快感を通り越して精神異常を引き起こすレベルだ。フィリアとイアソンは
耳を両手で硬く蓋をすることで凌ぐしかない。
 咆哮に続いてモレクは炎を吐き出す。その勢いと量は炎というより溶岩だ。ルーシェルはかわそうとするが炎の勢いが勝り、ルーシェルは炎の濁流に
飲み込まれてそのまま岩壁に叩きつけられる。

「流石にアバドンのようにはいかないか。」

 半分溶融した岩壁から脱したルーシェルは、黄金の鎧の彼方此方から黒煙を上げているものの、ダメージは受けていない。数少ない肌が露出する部分も、
黄金の鎧が常時形成する見えない防御壁によって弱点とはならない。
 ルーシェルは輝きが衰えない剣の先端を正面に向けて構え、モレクに向けて突進する。モレクは再び火炎を吐くが、ルーシェルが懐に入る方が早い。
モレクは次に左手を横からルーシェルに叩きつけようとするが、ルーシェルは紙一重のところでジャンプしてかわし、モレクの左肩口に剣を突き立て、降下
する勢いに加えて剣を下に振り下ろす。モレクの左腕が肩口で寸断され、夥しい量の赤黒い血液が噴出する。モレクは苦悶の咆哮を上げる。これまた複数の
重低音が猥雑に混合された大音量の不協和音で、フィリアとイアソンは耳を塞ぐのに精いっぱいで到底戦闘に参加するどころではない。パニックになって
魔法陣から飛び出す余地がないのは、不幸中の幸いと言うべきか皮肉と言うべきか。

「次は首か。」
「小賢しい!」

 モレクが絶叫に近い咆哮を上げると、何と血液を噴き出す切り口から新たな左腕が飛び出すように生える。モレクは切り落とされた自分の左腕を新たな
左手で取り、そのまま貪り食う。悪魔ならではとも言える凄まじい光景を、フィリアとイアソンはルーシェルの指示で目を閉じ続けているため見ることが
出来ないのは幸運だろう。ルーシェルは素早く間合いを取る。

「なかなかの再生能力だな。」
「魔界の貴族である我を見くびるな!首を切り落とされても再生出来る。我らが7の王の御力の賜物だ!」
「7の王…。『大戦』で7の天使に敗れて6つに割かれて地獄に投げ落とされたとされる。」
「そうだ!我ら魔界の住人4)が貴様らセイント・ガーディアンとその系譜を憎むには、相応の理由があるのだ!」

 「大戦」の結末はキャミール教外典マデン書で語られているように、創造の天使が命と引き換えに創り出した武器と鎧を携えた7の天使によって、悪魔達は
全て倒されて地獄に投げ落とされ、首領である7の悪魔も6つに引き裂かれて地獄に投げ落とされたとされている。その7の天使が用いた武器と鎧が、創造の
天使の亡骸を埋葬したクルーシァにおいて代々受け継がれ、武器と鎧を使えるだけの力量を持つ人物を養成する場として、クルーシァは存在している。
地獄云々は宗教の教義との兼ね合いから脚色や置き換えはあるようだが−悪魔が生活するのは魔界であって地獄ではないのがその典型−、モレクの
言葉は「大戦」がやはり事実で、悪魔を地上に跋扈させたモレク曰く「7の王」、すなわち7の悪魔が復活出来ない形で何処かに封印されたか別世界に
追いやられたかしたのも事実らしい。
 だとすれば、悪魔がセイント・ガーディアンとその系譜を激しく憎悪するのは当然だ。ザギがセイント・ガーディアンという素性を隠して名前を偽ってモレクと
契約したのも当然ではある。ザギが本名と素性を明かして契約に臨んだとしても、モレクは拒否して襲い掛かるか、悪魔お得意の卓越した駆け引きで
最終的にはザギを殺すような契約内容に持ち込んだだろう。
 数々のリスクを冒してでもザギがモレクを召喚した理由は何か。イアソンの推測どおり悪魔召還の大規模な実験か。他に秘められた背景があるのか。最早
母国を蹂躙する悪魔崇拝者の親玉殲滅だけでは片づけられない事態が進行しつつある、とルーシェルは感じる。ならば、可能な限り当事者から情報を
引き出し、自分とドルフィンの今後の行動に繋げたいところだ。

「何故この地に半ば幽閉されてまで力を行使する?ディスタニア魔法陣は巨大な魔力を集約出来るが、その分行動は強く制限される。契約が満了するまで
貴様はこの地に留まらざるを得ない。数万数十万の人間の魂とこの地の支配権が契約で魔界で貴族階級にあるという貴様が得る対価としては、少々
安過ぎはしないか?」
「魔界の住人との契約で、契約が全てとするのは人間ならではの浅はかさよ。」
「貴様には貴様の目的があって、敢えてこの地に半ば幽閉されるだけの価値はある、というわけか。」
「そのとおり。」
「…貴様の再生能力の提供者でもある7の悪魔、貴様らが言うところの7の王の復活のため、か?」
「我ら魔界の住人の最大の目標は当然それだ。そのためには7の王の再臨が不可欠!」

 やはりモレクは等価交換どころか自分が有利になるように契約を締結している。悪魔の社会は絶対的な階級社会だから反乱があっても必ず粛清する
−無論死を含む−だけだが、その分頂点となる絶対的な権力者が必要だ。モレクが属する貴族階級を凌駕出来るのは、驚異的な再生能力を与えたという
7の悪魔のみ。モレクはザギの召還に乗じて何処かに封印されるか幽閉されるかした7の悪魔の所在や復活の方法を探るため、ザギを利用して情報を集めて
いる可能性もある。
 レクス王国で国王に国家特別警察という強権支配の道具を与えることで、それがなければ、ひいてはそれを提供するザギが居なければ支配の継続が
出来ないようにすることで国王を強力に依存させたと考えられるように、モレクも悪魔崇拝者に多大な魔力を提供し続けることでザギの目的が自分なしでは
達成出来ない状態に持ち込んでいるとも考えられる。泥沼の共依存若しくは恐るべき腹の探り合いというべき関係だが、どちらも信頼や協力ではなく利用
するかされるかという極めて利己的な意図に基づいて行動しているから、そうならざるを得ない。
 モレクの声に多少の耐性が出来て来たイアソンは、ルーシェルとモレクのやり取りから推察を繰り広げる。
これまでの経験や文献などから「大戦」の発生や悪魔の支配、そしてセイント・ガーディアンによる救世の流れは、誇張や置換や隠蔽はあるだろうがほぼ
事実と見て間違いない。では、ザギが各地で暗躍を続ける真の目的は何か?
 「大戦」の遠因となった古代文明のテクノロジーの復活もあるだろうが、遺跡を発掘したり封印を解除したところで直ちに使えるとは限らない。テクノロジーの
基礎である知識と技術の蓄積がなければ到底使いこなせないばかりか、テクノロジーが暴走して世界滅亡へと繋がりかねない。世界を支配するつもりが支配
する世界そのものをなくしてしまっては無意味であることくらい、ザギなら分かるだろう。
 では、テクノロジーの制御のためにテクノロジーを知る可能性がある上級の悪魔を召還したのか?それはあまりにもリスクが大き過ぎる。上級の悪魔は従える
云々を言えるレベルではない。現にザギはディスタニア魔法陣の中でモレクを召喚している。上級の悪魔が契約の条件だとしてもすんなり自らの知識を伝授
する筈がない。偽りや詐欺は悪魔にとって美徳であり、上級の悪魔はその美徳を高めた存在なのだから。
 モレクら悪魔の最大の目標は、頂点たるに相応しい7の悪魔の復活。上級の悪魔1人ですらディスタニア魔法陣の中でしか召還出来ない有様では、上級の
悪魔を凌駕する7の悪魔の復活は、悪魔に魂を献上しますと進み出るようなものだ。多大なリスクを冒してまで7の悪魔の復活に繋がりかねない上級の悪魔を
召還するのは、悪魔崇拝者の戦力試験や民族対立の扇動では対価として少な過ぎる。
 では、悪魔を利用しつつ情報を探り、掌握した古代文明のテクノロジーで7の悪魔を含む魔界全体を支配するつもりだとしたら?
それは世界にとって甚大な脅威だ。こうして上級の悪魔と対峙出来る人間はセイント・ガーディアンくらい。配下を含めた戦力を総合すれば、全国家の軍隊を
集約しても悪魔の軍勢には及ばないだろう。しかも悪魔は非常に長寿命だ。仮定が現実のものになれば、未来永劫失楽園は続き、人間は奴隷以下の隷属を
強いられるのは間違いない。断定するには情報が少な過ぎる。だが、この状況では問答など不可能だから、此処はルーシェルに任せるしかない。

「これ以上の問答は無用だ。忌まわしいセイント・ガーディアンの系譜の1つを此処で絶やせるのなら、それだけでもこの地に留まっていた価値はある。」
「狭苦しい魔法陣から解放してやろう。無論、貴様の死でな。」
「ほざけ!!人間風情が!!」

 モレクは猛烈な炎を吐き、続けざまに指先を次々と特殊警棒のように伸ばして、ルーシェルを串刺しにしようとする。ルーシェルはそれらを悉く回避するが、
炎で周囲は焦熱地獄と化し、槍のようなモレクの指先が地面と衝突するたびに衝撃音と瓦礫が巻き起こされ、フィリアとイアソンは結界と魔法陣で保護されて
いても耐え難い苦痛の連続となる。地獄に落ちて責め苦を受ける亡者の疑似体験などしたくはないが、モレクの姿を見たりモレクの声を聞いたりといったこと
すらままならず、ルーシェルの残した結界と魔法陣に留まり続けるしかない有様では、責め苦の疑似体験にひたすら耐えるしかない。むしろ、炎や指の槍の
直撃を受けずに済むだけありがたいと思うべきだ。
 指の槍は地面に突き立てられると、モレクの手の根元で千切れる。しかし千切れた断面から即座に再生して新たな指の槍となってルーシェルを襲う。
残された指の槍は腐って溶解し、猛烈な悪臭を伴いながら黒煙と共に消滅する。それが結界の周りで絶え間なく繰り返されるから、フィリアとイアソンは鼻を
強く摘まんで口での呼吸も最小限に抑える。そうしないと口から入った臭気が鼻腔に侵入し、耐えられない吐き気を誘発すると直感したからだ。
 ルーシェルは激しい攻撃をかいくぐってモレクに太刀筋を叩き込むが、腕も足も、そして首もたちどころに再生する。複数斬り落として再生を遅らせようと
試みるが、切り落とされた部分を食しなくても再生は止まらない。どうやら最初の左腕を食した行為は人間で言うところのやけ食いのようなもので、再生能力
には無関係らしい。

「通常の攻撃では、エクスカリバーでも斬るだけに終わるか…。」

 ルーシェルはうんざりした様子で呟く。疲労の色は見えないが、終焉の兆候が見えないことに苛立ちを感じているようだ。

「アバドンなどと同じと考えていたようだな。甘い!アバドンめは兵隊に過ぎん!再生能力を持たぬ兵隊を1人倒したところで救世主ぶるな!」
「貴族階級が兵隊と同程度では、面白くない。」
「言うことに窮してやせ我慢か!」
「やせ我慢ではない。」

 侮辱と感じてモレクがぶつけて来た鉄拳を、ルーシェルは跳躍で回避する。何度目かの衝撃音と瓦礫の噴火が起こるが、ルーシェルは跳躍と同時に
フライの魔法を使ってそれらも回避して空中に佇む。

「何処でザギが観察しているか分からぬ状況で、手の内を一部でも晒すことは避けたかっただけだ。」

 ルーシェルは剣を頭上に掲げる。当然モレクは空中で停止したルーシェル目掛けて炎を吐いたり指の槍を浴びせたりするが、ルーシェルが張った結界に
阻まれてしまう。
 エクスカリバーの刀身から眩い光が迸り、それらが空へ向かって駆け上がり、刀身の数倍はある光の大剣を成す。ルーシェルがその大剣をモレクに向けて
何度も振るう。モレクはたちどころに頭、両腕両足、胴体の6つに寸断され、それぞれがすぐさま大剣から飛び出した黄金の球体に包まれる。

「さ、再生が出来ん!!」
「光に溶けて粉塵となり、悠久の時を漂え、モレク。」

 生首になったモレクが再生能力の無効化に狼狽する中、ルーシェルは光の大剣となったエクスカリバーをモレクに向ける。刀身から建造物の柱のような太い
黄金の光線が射出され、寸断されたモレクの肉体を封じた黄金の球体を刺し貫く。

「ぐおおおおおおーっ!!!」

 モレクの断末魔の絶叫が強い残響を生む。視界の全てを黄金で埋め尽くすほどの光が一帯を包む。フィリアとイアソンが強く目を閉じても瞼越しに光が
飛び込んでくる。光が急速に消えていく。光線に射抜かれた6つの黄金の球体も消えていく。それらに封じられたモレクの肉体は跡かたもなく消滅して
しまっている。魔力も気配もモレクに由来するものは何1つ感じられない。
 恐る恐るフィリアとイアソンが目を開ける。エクスカリバーの刀身からも光が消えて元に戻り、ルーシェルはゆっくりと地上に降り立つ。これまでになく激しい
発汗がルーシェルの顔を濡らし、瓦礫と粉塵で覆われる地面に次々と染みを作る。

「終わった…のですか?」
「この戦いは、な。」

 ルーシェルは滴る汗を拭わずに剣を鞘に納める。

「7の悪魔を含む上級の悪魔はその再生能力故に完全に倒すことは不可能とされている。その対抗策として、セイント・ガーディアンはそれぞれ消滅の秘術を
伝授されている。伝授はされていたが、本当に行使するのは今回が初めてだ。」
「モレクは…消滅したのですか?」
「消滅の秘術では悪魔を無に帰すことは出来ないが、再生に非常に長い時間を要するレベルに追い込むとされている。その上で魔界に強制送還する。長い
時を経て復活したとしても、再び召喚されなければこの世に姿を現すことは出来ない。この世界と魔界は強固に分断されているからな。」
「そうですか…。セイント・ガーディアンの地位と能力は伊達ではない証左ですね。」
「歴史や伝統は全てが無駄ではない、とも言えるだろうな。」

 ルーシェルが発した光が全て消滅したのに続いて、これまで空を隙間なく覆っていた黒雲の彼方此方に光のひびが入る、ひびは黒雲を縦横無尽に引き
裂き、その隙間から青空が顔を覗かせる。やはりシェンデラルド王国全域を覆っていた黒雲は、モレクの強大な魔力が齎していたものだったようだ。

「モレクを倒したことで、悪魔崇拝者は全て粉砕されるだろう。魔力の最大にして最後の供給源が潰えれば、悪魔崇拝者が命を繋ぐことは不可能。」
「この国に再び朝が訪れたわけですね。」
「生き残りは居ても数えるほどだろうが、新たにランディブルド王国や周辺諸国から人間や他の種族、生物や魔物も流入するだろう。国はなくともこの地の
歴史は再び始まる。」

 この時、ランディブルド王国とシェンデラルド王国では、悪魔崇拝者が一斉に粉砕される事態が発生していた。迎撃や進軍にあたっていたランディブルド
王国の国軍は、再び発生した事態に驚愕しつつも、既に伝搬しているシェンデラルド王国への工作員潜入の情報と青空が広がって行く東の空を照合して、
工作の成功と悪魔崇拝者の全滅を確信して歓喜の声を上げる。
 フィリアとイアソンは安堵しつつ、思いつく限りの言葉を並べてルーシェルを称賛する。笑みを浮かべるルーシェルはまんざらでもない様子だ。

シェンデラルド王国、悪魔崇拝者と悪魔からの全域解放完了。ただし生存者の所在は不明…。

用語解説 −Explanation of terms−

2)今のところはルーシェルが…:結界は魔法や魔法効果(炎など)を遮断・軽減するだけでなく、外部との空気の循環を遮断することで毒や病原菌の侵入を
防ぐことも出来る。その効果は術者の意志で調整出来て術者の称号によって威力が変化することはないが、フィルター効果を変えるように遮断の度合いを
調整することは出来ない。


3)ブラック・マイン:力魔術の1つで破壊系に属する。対象の周囲に魔力を凝縮した機雷を発生させ、触れた瞬間爆発させる。機雷は黒1色のため夜間や暗闇
では識別が非常に難しく、トラップや拠点防衛に用いると効果が高い。機雷の数と爆発の威力は称号によって異なるが、最低でも機雷1つで人間10人の
爆殺は十分可能。Sorcerer以上で使用可能。


4)魔界の住人:悪魔の自分や同族の呼称。「悪魔」は人間の観念に基づいて「悪」だからそう称されているのであり、人間にとって「悪」が美徳の悪魔が「悪」と
称することはない。


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