Saint Guardians

Scene 10 Act2-3 胎動-Movement- 暗黒の地に現れた黄金の天使

written by Moonstone

 意識の暗黒から光が生じて急速に広がる。視界の回復と広がりは夜更かしをした翌朝より鈍い。胸と腹の接線中央から鈍痛が噴出しているためだ。
イアソンは歪みが残る視界を何度か瞬きをすることで強制的に修正する。横倒しになった視界には石畳と、そこに黒い服を着て横たわっているフィリアが
映る。フィリアはイアソンに背を向ける形で横たわっていて、微動だにしない。

「フィリア。生きてるか?」
「・・・。」

 呼びかけに応答はない。だが、よく観察すると上になっている右脇が微かに上下運動している。周期的な動きは胸式呼吸を示すものだ。
イアソンは一安心して近づいて起こそうとする。だが、起き上がろうとして両腕の強力な拘束に気づく。後ろで縛られた両腕は手首が外側を突き合わせる
形で堅牢に固定されている。

「いったい誰が・・・。」

 イアソンは周到な動きの封じ込めに冷や汗が流れるのを感じる。
腕はバランスの確保と姿勢を変える際の制御に重要な役割を果たす。自分で試して観察してみると、起床際に腹筋だけ使う人は少なく、殆どは肘を支点に
して肩を力点と作用点にしていることや、両肘が使えないとまだ起き辛いことが分かる。介護で難しいのは、姿勢を変えることが困難な被介護者を
起こしたり寝かしたりすることなのはこのためだ。
 つまりそれは、腕を拘束すると姿勢を変え難くなり、寝かされると起き上がるのも一苦労することでもある。イアソンの場合、両腕を手首の外側を
突き合わせる形で拘束されているから、手を支点にして起き上がることさえ困難だ。
 イアソンは一刻も早く姿勢を戻そうと、意識的に右手だけを動かして服の彼方此方を弄る。だが、このような場合に備えて彼方此方に仕込んでいる刃物は
悉く消え失せている。イアソンが意識を失っている間に身体検査をして刃物をすべて奪った可能性が高い。周囲を見回してみると危うく生贄にされそうに
なったサバトの祭壇とはまったく異なる地下室か倉庫か何かのようだが、このままでは新たに敵が来ても何ら太刀打ち出来ない。

「フィリア!起きろ!」
「・・・うーん・・・。」

 イアソンの強い呼びかけに、ようやくフィリアが反応を示す。フィリアも鳩尾に重い痛みを感じながら意識を取り戻す。続いて起き上がろうとするが、
イアソンと同じく両腕を後ろで、やはり手首の外側を突き合わせて強固に拘束されているから、もがいて床を左右に転がるだけだ。

「な、何これ?!」
「俺もだが、両腕を後ろでがっしり固定されてる。魔法で何とかならないか?」
「発生型魔法を使えば出来るかもしれないけど・・・!」
「どうした?」
「魔法が封じられてる!思考拡散型で!」

 イアソンは驚いて魔法の使用を試みるが、呪文を詠唱しようとしても呪文が脳裏で即座にバラバラになってしまい、非詠唱に切り替えても思考が魔法に
向けて定まらない。
 魔法の使用には精神の集中が必須だ。一句間違えれば効果が発揮されなかったり術者に最大魔力の発散が向けられるなど非常に危険な事態を
回避するために、呪文を脳裏に連続的に浮かべて正確に詠唱する。非詠唱で使える場合も魔法を対象に正確に作用させるには、対象に向けて魔法を
発生出来るように集中する必要がある。
思考拡散型の魔術封印はそういった集中を察知すると強制的に思考を拡散させる、言い換えれば気を散らせることで魔術の使用を不可能にするものだ。
 呪文を魔法による拘束破壊を防ぐために最も対処が困難な思考拡散型の魔術封印まで施されたことに、フィリアとイアソンは強い恐怖を覚える。
物理攻撃の有力手段である腕は強固に拘束され、魔法も封じられているとなれば、敵が来ても無抵抗にならざるを得ない。ひとまず生贄にされずに済んだ
ようだが、悪魔崇拝者が同士討ちを起こして生贄の独占を図った可能性もある。だが、事態を打開しようにも身体を起こすことも出来ず、頼みの魔法も
揃って封じられてはどうしようもない。
 2人が閉じ込められている部屋のドアが開き、黒いローブで全身を隠した人物が入ってくる。フィリアとイアソンはせめて後退しようと床を這いつくばるが、
それも意図するところの100分の1も叶わない。絶望的な思考が2人の頭を支配する。

「お目覚めのようだな。」

 人物は声を発する。低音成分が少ない声質からして女性と推測されるが、顔はフードと影で隠されていて確認出来ない。

「男の方は随分凝った細工をしていたな。確認に骨が折れたぞ。」

 人物は徐に握った左手をローブの裾から出す。下向きに広げた手からイアソンが服に仕込んでいた大小の刃物が落下する。落下したところを足で
踏みつけ、万が一にもフィリアかイアソンが奪還するのを防ぐ。この人物がフィリアとイアソンを拘束して監禁したと見て良さそうだ。

「レジスタンスにしては随分手が込んだことをしたものだ。さしずめ悪魔崇拝者の内部霍乱の命を受けた専門員といったところか。」
「だ、誰よ!あんた!」
「人に名を尋ねるなら、自分から名乗れ。Enchanterならそれくらいの礼儀は知るところだろう。」
「・・・あたしはフィリア。フィリア・エクセール。」
「・・・俺はイアソン・アルゴス。」

 人物の迫力に気圧されたフィリアが名乗り、圧倒的、否、絶対的優位に立つ人物の機嫌を損ねないためにイアソンも続いて名乗る。人物は少しの
沈黙の後、ローブに手をかけて一気に取り払う。
 黒一色のローブから現れたのは若い女性だ。濃い茶色の髪を肩口で切り揃え、カーキ色の機動性を重視した服を着ている女性は、髪と同じ濃い茶色の
やや細い瞳から鋭い視線をフィリアとイアソンに向ける。獲物にすべきかどうか思案している猛獣のような迫力の前に、フィリアとイアソンは声が出せない。

「私はルーシェル・マルニクス。この国の人間だ。」
「この国の人間ってことは・・・、バライ族?」
「だからどうした。白豚とでも罵られたいか。」

 シェンデラルド王国は、ランディブルド王国における少数民族であるバライ族が多数派の国。軍服のような服から最小限露出している顔や手は、
ダークエルフの血統でもあるバライ族であることを示すように浅黒い。確認のためにフィリアは民族名を口にしたが、それは女性の自尊心に踏み込みかけた
ものだったらしく、女性はフィリアを威嚇するように視線をより鋭くする。生贄にされるのをひとまず回避出来たのに女性の機嫌を損ねて殺されては
元も子もない。ばつの悪さを感じたフィリアは、女性からの視線を避けて俯く。

「言葉の抑揚からして、お前達はランディブルド王国の人間ではなさそうだな。・・・まあ良い。」
「・・・貴女が助けてくれたんですか?」
「生贄として祭壇に運ばれて無様に泣き喚いていたところが、あまりに哀れだったのでな。」

 民族名を出されたことが優越感に基づくものと見なしたらしく、女性は強い皮肉を込めた答えを返す。フィリアは恥ずかしさで頬を高潮させる。

「何を血迷ったか知らんが、悪魔崇拝者が跋扈するこの国に踏み込むとは。諜報員を気取るなら、もう少し腕の立つ者を連れてくるべきだったな。
魔術師など魔法を封じられるか魔力が尽きるかすれば足手纏いでしかない。余程上位の称号なら多少話は変わってくるが。」
「ぐっ・・・。」
「何とも手厳しいお言葉・・・。」
「もう少しこのアジトを調べてから、お前達をランディブルド王国との国境あたりまで送り返してやる。暫く此処で大人しくしていろ。」
「そういうわけには・・・。」
「次はどれだけ泣き喚いても助けんぞ。」

 イアソンの反論を女性は早々と打ち切り、踵を返す。言うとおりにすべきかと思ったイアソンの頭で、記憶と事実が結合して疑問を形成する。

「もしかして貴女は・・・、セイント・ガーディアンの1人?」

 イアソンが疑問を口にすると、扉付近まで来た女性はピタリと足を止める。そして身体の向きを変えずに、強い殺気が篭った視線だけをイアソンに向ける。

「・・・貴様、何処でそれを知った?」

 女性の全身が黄金色の強い閃光を発する。あまりの眩しさにフィリアとイアソンは反射的に目を閉じたが、それでも視界に光が焼きついてしまう。
容易に消えない光の残像に混じって見える女性の姿に、フィリアとイアソンは驚愕する。
 軍服のような服装から一転して、黄金の全身鎧で身を包んでいる。「教書」外典で有名な黄金の鎧は、記憶喪失となっていたシーナが居たカルーダ王国の
マリスの町で遭遇したゴルクスと同じ形状で、紛れもなくセイント・ガーディアンのものだ。女性−セイント・ガーディアンの1人ルーシェルは強い殺気を
維持してフィリアとイアソンに再び歩み寄る。

「私の素性はクルーシァ関係者しか知らない筈。さては貴様ら、民間人を装って紛れ込んだクルーシァの諜報員か。それならあの服の細工も納得が行く。」
「違う!俺達はクルーシァとは関係ない!」
「この期に及んで言い訳か。見苦しい。」
「言い訳じゃない!!ドルフィン殿が以前、セイント・ガーディアンの1人として貴女の名前を挙げたことを憶えていたんだ!!」

 クルーシァの諜報員として始末しようと剣を抜いてイアソンの胸倉を掴んだルーシェルは、イアソンが口にしたドルフィンの名前で再び動きを止める。
瞳に篭った強い殺気が一般の女性のそれに一変する。

「貴方、ドルフィンと出会ってるの?!」
「説明します。」

 イアソンは包み隠さずドルフィンとの関係を話す。

 ドルフィンは隣国ランディブルド王国の首都フィルに滞在していること。
 ランディブルド王国には一等貴族親族への接触を図ったザギの配下が居て、ザギと接触したらしいこと。
 ザギやクルーシァからの報復や本格的な攻撃からランディブルド王国首都を防衛するため手が離せないドルフィンに代わって、ランディブルド王国の
内情を探るべくフィリアと共に越境したこと。

 ドルフィンの名を出したことで、ルーシェルの態度は明らかに変わった。そこにはドルフィンに対する特別な感情も透けて見える。
ルーシェルが抱く印象を変えれば殺される危険はなくなる上に、シェンデラルド王国の詳細について聞き出せたり、更にはシェンデラルド王国を跋扈する
悪魔崇拝者の本丸に切り込める可能性もある。
 イアソンはそのことも想定してルーシェルのいくつかの質問にも丁寧に答え、決してクルーシァ側の人間ではないことと併せて、潜入がドルフィンの意向を
受けたものであることを強くアピールする。ルーシェルはイアソンを離して床に置く。

「無事だったのね・・・。ガルシア一派の活動開始が急だったし、シーナを抱えて逃げ切れたかどうか心配だったんだけど・・・。」
「「・・・。」」
「事情は分かった。うつ伏せになってじっとしてなさい。」

 ルーシェルの指示でフィリアとイアソンはうつ伏せになる。ルーシェルが改めて剣を抜き、手首だけで何度か軽く振るう。一瞬消えた刀身が再び見えるように
なると同時に、フィリアとイアソンを拘束していた縄が要所要所で寸断されて床に散らばる。腕と胸部から腹部にかけての解放感を覚えたフィリアとイアソンは、
久しぶりに思える身体の自由を感じながら立ち上がる。ルーシェルは続いてフィリアとイアソンに向けて右手を広げて翳し、呪文を唱える。

「ジキン・ルオーバグ・ジン・スキュウカド。すべての力よ、その役割の終焉を認識して無に帰せ。ディスペル22)。」

 フィリアとイアソンの全身が黄金の光に包まれる。全身に一瞬軽い圧迫感が走るが、光と共に消滅する。

マジック・シーリング23)を解除したから、魔法は使える。」
「・・・思考の拡散がなくなってますね。」
「ありがとうございます。」

 イアソンと同様に魔術封印が解除されたことを確認したフィリアは、ルーシェルに深く一礼する。
ディスペルが使えることから、左手の指輪の宝石を確認せずともルーシェルの魔術師の称号は自身より上位で3大称号の1つでもあるNecromancerだと
分かる。上位の魔術師には敬意を怠らないのがフィリアの基本姿勢だ。

「ルーシェル殿。先ほどこのアジトをもう少し調査するとのことでしたが、やはりこの国の動乱にはクルーシァが絡んでいるのですか?」
「恐らく間違いない。規模が大き過ぎるし、勢力の拡大に統率が取れ過ぎている。地下潜伏が基本の悪魔崇拝勢力にしては異常な側面が多い。」

 キャミール教に対抗する悪魔崇拝は、本来非合法の秘密結社のようなものだ。教会勢力による神の威光を借りての強権支配や組織腐敗への反発の一形態
だったり−ランディブルド王国以外では教会組織内部の自浄能力が低い−、麻薬のように興味本位から強い刺激のとりこになってのめり込むなど様々だが、
生贄を使った儀式や生贄獲得のための誘拐や拉致など一連の行動が一般的な道徳や倫理から逸脱するものが多いため社会から忌避される立場であり、
自ずと参入者は少数とならざるを得ない。
 シェンデラルド王国は建国の経緯からもランディブルド王国と兄弟関係にあり、国教もキャミール教と位置づけられている。また、悪魔崇拝は崇拝対象の
悪魔が異なるため、悪魔崇拝者の集団が合流することはない24)
。そのため悪魔崇拝が発生しても、人の目を避けて少数の非合法サークル活動になるのが
必然の筈だ。しかし、シェンデラルド王国における悪魔崇拝者の急速な隆盛と王国全土に及んでいると推測出来るほどの勢力拡大は、その必然とは逆の
方向を邁進している。
 レクス王国の一件でも、首都ナルビアと近隣の町村、そして鉄鋼業で経済的に重要な位置にあるミルマで「赤い狼」や国王批判勢力の衝突があった
ものの全土に十分及ばなかった国王の政治支配が、ある日いきなり確固たる親衛組織を伴って中央集権体制を確立したのは、ザギの強力な支援と統率が あってのことだ。
 シェンデラルド王国においても、悪魔崇拝者が共通する悪魔、しかも不満が出ないように上位の悪魔を崇拝対象にして、隣国に侵攻して長期間使用
不能にする破壊活動を行うなど対外的な活動にも異様に積極的−通常の悪魔崇拝は生贄を捧げて悪魔を崇拝することの繰り返しに終始する−なのは、
背後に外部の存在を推測するのが自然だ。やはりレクス王国の一軒と同様、クルーシァを支配するセイント・ガーディアンの一派が首謀者であると
推測することも自然なことだ。

「私が確認した限り、王国全土が悪魔崇拝者の手に落ちている。恐らく国王一族も悪魔崇拝者の手にかかっただろう。」
「率直に伺いますが、背後に居るセイント・ガーディアンはやはり・・・ザギでしょうか?」
「多分そうだろう。自分の目的を達成するためなら賊でも悪魔でも利用するのがザギのやり方だから。」

 現在までに表立った行動が確認出来ているセイント・ガーディアンはザギとゴルクスのみだ。
ゴルクスは体格と風貌に相応しく巨大な斧を振り回して敵を一網打尽にする正面からの破壊活動と、シーナと同じく医師免許を有する意外な博識による
生物改造を得意とする。ザギはそれを正しい方向に行使すれば歴史に名を残す逸材になれたと思わせるほどの何重にも入り組んだ策略を編み出し、
ある時は野心を満たした隙に国土を調査したり首都に巨大な実験場を据えたりする。
最終目標はまだ窺い知ることが出来ないが、盟友関係にあるというゴルクスや頂点に位置するガルシアの意向とシンクロした尋常ならざるものである
可能性は高い。
 悪魔崇拝者によるシェンデラルド王国支配とランディブルド王国への侵攻との関連性も同じく不明だが、悪魔崇拝者の戦闘力を試すものであるとか、
人間による強権や中央集権による支配に依らない支配の模索であるとか推測出来る。
 2カ国を巻き込んだ大規模な実験であるとすれば恐ろしいことだ。
少し観察すれば悪魔崇拝者の戦闘力はそれほど高くはない。火や雷など光を発する魔術に明確な弱点を有する。しかし、息絶えるまでは手がもげようが
足が吹き飛ばされようが向かってくる存在が大挙して押し寄せれば、軍隊でも規模や状況によっては壊滅させられる可能性がある。ましてや一般市民は
ひとたまりもない。現にランディブルド王国の国土は徐々に侵略され、軍隊も撤退を余儀なくされている。畑や井戸には毒が撒かれ、家には火が放たれ、
人が長期間住めない環境が形成されてしまう。
 破壊活動で敵の資金源や食料庫を断つのは戦争の常套手段だ。だが、味方の被害をものともせずに破壊活動をさせて敵を追い払った後に荒れ果てた
土地を修復出来れば、敵の反撃や破壊後の後始末を考慮しなくて済む力押しの侵略が可能になるだろう。相手は居住地であり食糧生産地でもある国土を
守りつつ、損害を与えても突進し続けてくる大勢の集団を迎撃しなければならないのだから、精神的圧迫も強い。侵略のためには非常に好都合であるし、
敵にとっては非常に厄介な軍隊になることは間違いない。
 この種の軍隊は、「日本を守る軍隊」と長くメディアを抱き込んで宣伝されている沖縄駐留のアメリカ海兵隊と同じだ。
海兵隊は防衛の軍隊ではなく、敵地を強襲して占拠するための突撃部隊である。そのために入隊者には過酷な訓練と共に上官の命令への絶対服従を
叩き込む。これにより入隊者は徐々に自我を失い、自分を含む人の死に対して躊躇しない突撃に特化した先兵と化す。
 今やベトナム戦争同様でっち上げに基づく国際法違反の先制攻撃であったことが明らかなイラク侵略戦争で、ファルージャという都市の住民を虐殺
したのもベトナム戦争同様沖縄から出撃した海兵隊だった。
突撃を任務として虐殺も厭わない他国の軍隊に世界で唯一多額の予算を投じて前線基地を供与するばかりか、その軍隊を所有する国家首脳が
日本防衛とは無関係と公言する軍隊を日本防衛のための抑止力と偽って居座りを当然視させるのだから、国防や愛国が聞いて呆れる。

「一定の目的を共有して勢力拡大や隣国への侵攻を進めていることや、私達が遭遇した魔物にワイトやダークナイトといった強力な暗黒属性の魔物が
居たことから、悪魔崇拝者が共通して崇拝する悪魔との折衝などのために、ザギが潜伏している可能性は十分考えられると思います。」
「なかなか思慮が深いな。」
「恐縮です。」
「私はクルーシァから脱出した後彼方此方回っていたところで、出身国であるこの国の異変を耳にした。踏み込んでみたらこの有様。悪魔と悪魔崇拝者を
地上に跋扈させるのは気に食わないから、悪魔崇拝者に扮装の上でアジトに潜入して親玉の所在を探っていた。」
「ルーシェル様は、悪魔崇拝者の頂点である悪魔の所在を掴んでおられるんですか?」
「構造や警備の状況からして首都のカザンにあると見てるけど、カモフラージュの可能性もある。指揮官相当の魔物からしてなかなか尻尾を掴ませて
くれなくてね。」

 ドルフィンやシーナと同じくらいの若さでセイント・ガーディアンの1人となるだけの剣と魔法の技量を高めたとはいえ、ルーシェルは1人。
一方シェンデラルド王国は東西南北ほぼ同じ距離の広大な領土を有する。地上だけに所在が集約されているなら強力な魔法を駆使したローラー作戦を
展開していけばやがては首領に行き着くだろうが、悪魔崇拝者はその特質上文字どおりの地下活動を主体とする。闇に同化して移動や活動を展開する
悪魔崇拝者を地下まで確実に探し出して潰していくのは、非常に骨が折れると推察するのは容易だ。

「いずれにしても、貴方達が同行するのは相当危険を伴うのは確実。・・・それでも来る?」
「お願いします。最低限シェンデラルド王国の内情を我が目で確認しないことには、越境に尽力いただいた関係各位に顔向け出来ません。」

 イアソンの申し出の理由は半分は本当だが半分は口実だ。
セイント・ガーディアンの1人であるルーシェルが居れば、自分達を襲って捕獲したワイトやダークナイトなど上級の魔物と遭遇しても危険は格段に下がる。
更に、ガルシア一派の支配を逃れたセイント・ガーディアンが徘徊していると知れば、潜伏している可能性があるザギが顔を出すことも考えられる。
自分だけでは戦力に不安を感じて−レクス王国首都ナルビアにおける攻防の顛末はアレンから聞き及んでいる−、悪魔崇拝者を事実上支配する悪魔も
伴って来ることも視野に入れられる。
 その場合でもルーシェルが居れば勝利は十分可能だろうし、そうなればシェンデラルド王国を悪魔崇拝者から解放出来る上にランディブルド王国を
徐々に蝕む懸案も解消される。今後の展開次第では一石二鳥や三鳥が見込めるのだから、ルーシェルに同行しない手はない。

「目に見える成果を持ち帰るには、戦力の増強が望める状況を逃さない手はないだろうな。」
「思慮深さも行き過ぎると要らぬ気苦労になるかと。」

 これまでの会話から、ルーシェルはかなり洞察力が高いとイアソンは見ている。恐らく同行の申し出に含む意図も感じ取っているだろう。
だが、ドルフィンの名前が出たことで態度を大きく変えたことからドルフィンの意向を受けて潜入したと繰り返しアピールした。ルーシェルも
ドルフィンの存在が背景に見えれば自分の申し出を無下には出来ないだろうから、多少の警告や皮肉をやり過ごして同行するのが得策だ。
こういった心理戦や利害をすり合わせる取引はイアソンの得意分野だ。

「それは貴方が言うべき台詞ではないな。・・・保護に依存しないならついて来なさい。」
「お言葉に甘えて。」

 イアソンは目論見どおりに進んで内心安堵する。
勿論、イアソンとてルーシェルにおんぶに抱っこで居るつもりはない。戦闘能力は剣も魔法もルーシェルに及ばないが、情報収集や分析には自信がある。
今回の黒幕もザギである可能性が高まっている中、幾重にも張り巡らされた策略の隙間を探して網全体を破壊出来るようルーシェルへの協力を惜しまない
心積もりは出来ている。

「貴方達の荷物らしいものを見つけてそこに置いておいたから、確認して持って行きなさい。」

 ルーシェルは部屋の隅を指差す。フィリアとイアソンが駆け寄り、それぞれ持参していたリュックや装備していた武器防具であることを確認する。
悪魔崇拝者の事情を反映してか食料は保存食から食材まで根こそぎ奪われているが、その他日用品や薬品、武器防具などは殆どそのままだ。
ルーシェルが居るとはいえ生身丸腰で探索するにはあまりにも危険な状況だけに、大半の所持品、特に武器防具が無事取り戻せたことは大きい。
 早速イアソンは鎧を着用して剣を腰のベルトに引っ掛ける。これでリュックを背負えば準備完了だが、生贄にするため着替えさせられたフィリアは少々
時間と手間がかかる。イアソンはリュックを背負うと何も言わずに部屋から出て、ルーシェルもそれに続く。
1人になったフィリアは安堵の溜息を漏らす。異性のイアソンは言うに及ばずだが、同性のルーシェルも称号と立場の格差があるため、着替えの場に
同席されるのは監視されるような複雑な気持ちがあった。
 気を利かせて席を外してもらったことに浸ってはいられない。シェンデラルド王国の実情をより詳細に把握し、可能なら元凶である悪魔を倒して
悪魔崇拝者を根絶やしにすることが目的であることには変わりない。フィリアは気持ちを切り替えて生贄のために着せられた服を脱ぎ捨て、ローブに
手を伸ばす・・・。
 フィリアとイアソン、そしてルーシェルはアジトを出る。外には出たが鉛色の低い雲が空に敷き詰められているため、昼間にもかかわらずかなり暗い。
ルーシェルの装備は黄金の全身鎧からカーキ色の服に戻っている。ルーシェルが全滅させたアジトをくまなく捜索したが、本部や指揮官との交信や会議を
記録した文書は何1つ見つからなかった。生贄の儀式の際に悪魔が降臨した彫像はルーシェルが破壊済みだったが、儀式の中断によって悪魔は早々に
退散したらしく、改めて捜索しても情報や記録は1つも得られなかった。
 フィリアとイアソンがワイトに遭遇したことから、ワイトなど遠隔移動が可能な魔物25)が指揮官や命令役として悪魔崇拝者を動かし、ザギや頂点に君臨する
悪魔は本丸に常駐しているという仮説を立てた。本丸が何処か確証は持てないが、有力候補はルーシェルが状況を確認済みの首都カザンだ。
ザギや頂点の悪魔の所在は別だとしても、王城をそのまま使用して厳重な警備を敷いていることから、指揮官相当の高位の魔物や悪魔が駐在している
可能性がある。1つ1つ可能性を探って目標を探り当てることが王道かつ近道だ。

「ガルシア側ではないセイント・ガーディアンに初めて相見(あいまみ)えたこの機会に、幾つかお尋ねしてよろしいでしょうか?」
「拒否権を私が有するのであればな。」
「それは勿論です。…まず1つ目。セイント・ガーディアンは通常の服と鎧の切り替えをどのように行っているのですか?」
「方法は2つある。1つは所有者、すなわち装備している者の意思。もう1つは鎧が所有者への危機を察した時だ。後者は所有者の意思より優先する。」
「鎧が意思を持っているということですか?」
「『大戦』において鎧が創造された時から受け継がれている機能と聞いているが、仕組みは一切不明だ。」

 伝承によると、黄金の鎧は装備した者を所有者と認識すると肉体と一体化する。そのためルーシェルが現在着用しているような一般の服も制限なく
着られるし、着替えも普通に行える。鎧が所有者の意思か所有者の防衛のために前面に出る時は、それまで着用していた服は鎧に取り込まれるため、
装備の切り替えを全く必要としない。
 鎧は一般に防御力の高さと重量が比例関係にある。重いものは装備して移動するのが原則であり、梱包して携帯出来るものではない。
世界で7つしかなく、恐らく現在のあらゆる技術を結集しても同等の品は作れないと目されている貴重品だけに、物理・魔法両面における高い防御力と
可搬性は特筆するに価する。

「『大戦』以前に存在したと言われる高度な文明の成せる業でしょうか。…続いて2つ目。ガルシア一派の目的は何でしょうか?」
「私も測りかねている。ザギやゴルクスがその知識や能力を良からぬ方面に向けていることは知っていたが、行動範囲はクルーシァに限ったものだった。
更に、ガルシアとの接点は確認出来ていない。クルーシァは接点がなかった筈のザギとゴルクスがガルシアの配下となり、一斉に手持ちの軍勢をクルーシァ
全土に展開したことで、瞬く間にガルシア一派に制圧されたのだ。」

 ルーシェルから明かされた経緯や事実は意外なものだ。
以前からクルーシァに「大戦」終焉時から伝承される力や知識を覇権に利用するために、ガルシアが筆頭としてザギとゴルクスを動かして準備を進めていたと
思っていたが、ガルシアとザギとゴルクスの2名との間には軍勢展開まで接点がなかったという。
 カルーダ王国の王立魔術大学学長室での懇談で、ガルシアは学長の客員教授招聘を断るなど表に出ることを嫌っていたという話があった。
ザギとゴルクスがクルーシァ内部に留まっていた知識や技術の悪用を大々的に行いたいという野心からクルーシァ制圧に乗り出したことは考えられるが、
それまで外部との接点が少なかったガルシアが覇権に乗り出し、しかもザギとゴルクスが配下となったことの関連性が見えない。水面下で接触を持っていた
可能性はあるが、外部との交流を嫌っていたらしいガルシアが自身を頂点としての覇権行為という非常に前面に出ることへと大きく指向を転換することには
首を傾げざるを得ない。

「クルーシァ全土を制圧したのは間違いない。私やドルフィン、そしてゼント様とウィーザ様も反撃がままならず、バラバラに脱出せざるを得なかったほど、
軍勢の展開と私達の分断は計算されたものだった。」
「しかし、クルーシァが軍事行動を開始した事実は今のところ確認出来ていません。ザギやゴルクスの暗躍は多数ありますが、クルーシァの全権を掌握
したのに表立った侵略がないのは奇妙です。」
「最大の疑問はそれだ。あれだけクルーシァを早期に制圧したにもかかわらず、クルーシァから覇権の範囲を拡大しようとしない。ガルシア一派の目的は
まったく掴めないのが実情だ。」

 遂行に際して最大の障害となる他のセイント・ガーディアン−ルーシェル、ゼント、ウィーザの3人とゼントの弟子ドルフィンを確実に分断して反撃の
余地を与えず、脱出せざるを得なかったとルーシェル本人に言わしめるほど迅速に軍勢を展開して、ガルシア一派はクルーシァ全土を制圧した。
しかし、その後は表立った覇権行為に出ていない。ザギとゴルクスの各地での暗躍は、場所をクルーシァから各国の状況に応じて展開するレベルに
留まっている。
 実験や検証を繰り返して準備が整い次第全世界規模で行動を起こす可能性はあるが、それまでにクルーシァを脱出したルーシェルをはじめ3人の
セイント・ガーディアンや、ドルフィンやシーナなどセイント・ガーディアンと肩を並べる人物が反撃や殲滅に乗り出せば、企てを潰されたり、前面に出ている
ザギやゴルクスが倒される可能性もある。
 抵抗分子が集結する前に「力の聖地」と称されるクルーシァの圧倒的な軍事力を行使して全世界を制圧する方が簡単だし、その後で実験なり発掘なりを
する方が各地の国民や物資を動員しやすい。電撃的なクルーシァ制圧とその後の潜伏調査のような行動の数々の間には一貫性が見当たらない。

「シェンデラルド王国の悪魔崇拝者による制圧と隣国への侵攻は、覇権行為の本格化の前兆と見ることも可能ですね。」
「そのとおりだな。質問は以上か?」
「はい。ご回答に感謝します。」
「礼には及ばん。出発するぞ。」

 ルーシェルはドルゴを召喚する。イアソンもドルゴを召喚して跨り、フィリアがその後ろに乗る。
セイント・ガーディアンの1人ルーシェルを加えて大幅に戦力を向上させたシェンデラルド王国調査パーティーは、灰色の雲が地平線まで隈なく見下ろす
嫌らしく湿った大地をドルゴで疾走し始める・・・。

用語解説 −Explanation of terms−





Scene10 Act2-2へ戻る
-Return Scene10 Act2-2-
Scene10 Act2-4へ進む
-Go to Scene10 Act2-4-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-