Saint Guardians

Scene 8 Act 3-4 決戦U-Decisive battleU- 華麗なる舞台での勃発

written by Moonstone

 総務班の係員が再びアレン達の部屋を訪ね、ロビーに集合するよう告げる。
先に9時頃集合するよう伝えに来たのだが、時間が迫った今改めて声をかけに来るところに、オーディション本選出場者の接遇が上級のものだと感じさせる。
普段だと声をかけられれば良い方で、集合時間を紙面で伝えてはいおしまい、となるところだ。本選出場というだけで「価値」が上がり、上位入賞者は女優や
モデル、貴族子息との結婚など大きく活路が開けるのだから、その候補者には格別の待遇を用意するのは当然と言えよう。
アレン達はクリスを先頭にし、リーナ、フィリア、ルイ、そしてアレンの順で一列に並んで部屋を出る。この隊列は少し前にアレンの耳に流れ込んできた
イアソンの指示によるものだ。
 武術家のクリスは、武器を構えるタイムラグなしに強力な攻撃手段で迎撃出来る。前方に対してはほぼ完璧。左右に対してもクリスに常時注意を払うよう
事前に依頼しておけば、かなり不意打ちを食らう危険性を低減出来る。問題は後方だ。後ろに気を配っていても首を完全に後ろに向けられないから、
どうしてもその分隙が生じる。かと言って後方に気を取られていると前方や左右に対しての警戒が疎かになってしまうというパラドックスが生じる。
それを見越して、後方で密かに武器を用意され、不意打ちされる危険性が最も高いと言える。
 アレンは今回防刃服を着用している。見た目普通の服だが、少なくとも市販の短刀くらいは完全に遮断出来る。更にアレンは防刃服の下に鎖帷子を着用
している。鎖帷子の防御力は金属の板を組み合わせて構成するハーフプレートやフルプレート35)よりは劣るが、鉄製の剣や切れ味があまり鋭くない槍なら
ほぼ問題なく防げるほど高い。逆に言えば、背後から襲撃されてもある程度安心と言える。イアソンの指示はつまり、アレンに後方の盾になれということだ。
 勿論、アレンは敬遠したりしない。リーナもそうだが、ルイは本選出場に併せて見た目上等な服を着用している。それらはファッションやサイズを最優先
しているから、防御力に期待するのは無理な相談だ。クリスが着用している武術着もそれなりに防御力はあるが、背後からの襲撃に耐えうるほどではない。
元々武術家は機動力と攻撃力を生かして「やられる前にやる」という戦闘スタイルだ。襲撃を1度防いで応戦というスタイルにはあまり向かない。フィリアは
結界を張れるが、結界は球体だから全員を防御しようとなると側面が邪魔になる。側面には警備班の兵士がついて警備にあたると言うし、此処ランディブルド
王国では魔術師の社会的地位がかなり低いから、結界という目立つ行為は尚更「警備に支障を来たした」として排除される要因となりやすい。となれば、
後方の防御力が最も高いアレンが盾になるのが最適だ。

 流石に最も危険に晒される状況が連続する事態に直面してか、表情が硬くなったクリスが視線を常に左右に動かし、物影からの不穏な動きに警戒を払う。
フィリアも両手に魔力を集中して生じさせた魔法球で、迎撃態勢を整えている。最後尾のアレンは剣の柄に手をかけ、不穏な動きがあれば即剣を抜けるように
している。部屋から出てきた他の出場者も、護衛が後ろについて後方からの攻撃を防御する態勢だ。美しさを競うというオーディションの主たる目的以外の
部分で激しい戦いが早々と展開されている。出場者と護衛の組が少なくとも前後5メールは距離を置いているのが、それを端的に証明している。
 今のところ、リルバン家邸宅でホークと顧問の動きを監視しているイアソンや、ドルフィンと共に会場入りして上空で警戒態勢に入っているシーナからの
連絡はない。Wizardのシーナは魔術の込められた武器でさえも容易に通さない強力な結界を張れるし、攻撃魔法も強力だから心配は不要だ。
問題はイアソンだ。夜間に潜入して使用人として紛れ込んだ経緯があるから、表立って監視出来ない。使用人としての職務をこなすことが最優先される。
何時ホークと顧問がルイを抹殺するために軟禁されている別館から出るか、常時監視出来ない。動きがないからといって安心出来ない。顧問の配下が会場
入りして頃合を見て一斉にルイ襲撃の刃を抜くか分からない。観客席ではドルフィンが警戒にあたっているが、混雑する会場で十分な即応態勢が取れるとは
限らない。
 危険と常に隣り合わせであることをひしひしと実感しつつ、アレンは周囲と耳に神経を配る。後姿のルイをじっくり眺めたいところだが、そうはいかない。
ロビーにアレン達を含めたオーディション本選出場者とその護衛の組が続々と到着する。ウェルダを着用した総務班の係員が出場者の氏名を護衛に尋ね、
それに応じて並ぶ位置を案内する。アレン達はほぼ中ほどに案内される。警備の兵士がその側面にずらりと並び、華やかさと物々しさが共存している。

「これより、会場へご案内いたします。先んじて、本選にあたっての注意事項を幾つかお伝えいたします。」

 壇上に上がった、ウェルダを着用した初老の男性が言う。

「会場ではお食事をご用意してございます。時間は1ジムを確保してございますので、その間にお済ませください。ステージには、お名前をお呼びした順で
上がっていただきます。護衛の方はステージ脇で待機していただきます。王家の方々並びに貴族の方々が多数ご出席でございますので、くれぐれも粗相の
ないようお願いいたします。会場までの道程では、現在お隣に居る兵士の他、警備担当の兵士が警備にあたっております。安全には万全を期しております
ので、ご安心ください。」
「「「「「・・・。」」」」」
「では、係員の案内にしたがって順にホテルを出ていただきます。」

 巨大な出入り口がゆっくり開かれ、何時以来かと思える外気に触れる。出入り口に向かって右側の出場者から、前後左右を警備の兵士に固められて出て
行く。
アレン達の順番が来る。周囲を警備の兵士に囲まれてホテルを出る。普通ならこれで安心となるだろうが、アレン達の場合は危険の度合いに対して変化は
ない。警備の兵士には、問題のホークや顧問の息がかかっている可能性が高い。そんな存在が1メールほど距離を置いているとは言っても至近距離に迫って
きたのだ。何時不測の事態が起こるかわからない状態で、その事態が発生する危険性が常時間近に居るのだ。これほど当事者にとって神経を削られる
場面はそうそう多くない。
 外は快晴だが、日差しと熱気はアレン達を囲む極限状況下では嫌味に取れる。暑さで体力をじりじり削られていくから、余計に始末が悪いとも言える。
ホテルから会場までの通りには、多くの人々が居る。警備の兵士が溢れ出ないように槍を持って立っているが、かなりの混雑であることが分かる。
各町村の高い競争率を勝ち抜いてきたオーディション本選出場者を会場以外で間近で見られる数少ない機会ということもあって、人々の歓声は凄いものだ。
同時にこれは、特にアレンにとって危険を増す状況だ。後方で武器を構える音がかき消されてしまうからだ。後方の防御力が最も高いとは言え、頭部と
下半身はほぼ無防備のアレンは、後ろで武器が何時構えられているか分からない状況が暫く続くことになる。アレンは心臓が激しく高鳴り、胃袋が締め付け
られるような圧迫感を感じる。これでもまだ本選ではないと思うと、本選終了がはるか遠い先のことのように思える。
 だが、緊張感と圧迫感に屈するわけにはいかない。醜く歪んだ権力欲の魔の手からルイを完全に解放し、1人の男性として1人の女性の言葉を聞く。
ルイとはそう約束している。ルイとの約束を守るという意志が、今のアレンの心を支える唯一且つ巨大な力となっている。

 会場が近づくにつれて、混雑は更に増してくる。
観客席に入れなかった人々がオーディション本選出場者をその目で見られる希少な機会だから、当然と言えばそうだ。だが、何時襲撃されるか分からない
状況が続いているアレン達に、観客を観察する余裕はまったくない。混雑に刺客の刃がまぎれていないとは限らないのだから。
 会場上空ではシーナが警戒にあたっている。トランスパレンシィで姿を消しているから、見えることはない。
ホテルから会場までの道程をも一望出来る高さにシーナは居るが、不穏な動きは今のところない。イアソンからホークや顧問がリルバン家の別館を出たという
連絡もない。だが、動きや連絡がなければ安心とはいかない。使用人として紛れ込んでいるイアソンの監視が及ばなくなった時にホークと顧問が行動を
起こす可能性があるし、警備の兵士に紛れてルイ抹殺の機会を虎視眈々と窺っている可能性もある。不穏な動きを観測すれば、シーナの判断で攻撃態勢に
入ることも決まっている。
 注意深く観察を続けるシーナは、目立つ赤色の髪と黒色の髪がアレン達の隊列と察する。赤色の髪の前を歩く銀色の髪が、問題のルイだとも察する。
ルイの顔はまだ見たことがないが、アレンが時に我が身を盾にして凶刃から守り、恋愛から意識的に遠ざかっていたアレンの心を掴んだルイを見たいと思う。

『アレン君、しっかりね・・・。』

 アレンと同じ色のイヤリングを着けたシーナは、心の中でアレンを激励する。
多くの観衆とシーナが見守る中、アレン達はどうにか無事会場入りする・・・。
 その頃、リルバン家邸宅の執務室のドアが開く。
執務室の机でドローチュア立てを見ていた部屋の主フォンは、ドアが開いたことでドローチュア立てを元の位置に戻し、入室してきたロムノを迎える。

「フォン様。そろそろお時間でございます。」
「うむ。」

 フォンはゆっくり席を立つ。その表情は暗いとも言えるし、硬いとも言える。少なくともポジティブな部類に入るものではないことは確かだ。

「・・・どうだ?」
「今のところ、どちらにも動きはありません。」

 フォンが小声で尋ねると、ロムノはやはり小声で返す。部屋にはフォンとロムノ以外居ないから、密談には丁度良い。

「例年どおり、名前を呼ばれた出場者が本選会場のステージに上がります。その時護衛はステージ脇に待機させられます故、その時を狙っている可能性が
最も高いと思われます。勿論、そう思わせておいて他の場所で襲撃するというシナリオを描いている可能性も否定出来ません。」
「やはりか・・・。」
「とりあえず、フォン様は会場にお向かいください。私は引き続き邸宅敷地内の動きを監視させます。」
「分かった。・・・ロムノ。ホークと顧問が動いたら問答無用で止めろ。生死は問わぬ。」
「承知いたしました。」

 事実上のホーク抹殺の指示を、ロムノは至って平静に受け止める。
既に正装に着替えているフォンは、ロムノの案内で退出する。オーディション中央実行委員長でもあるフォンは当然会場入りするが、ロムノは主不在の間の
リルバン家執務代行を命じられている。
 本来なら親族、特に後継候補者が率先して代行すべきところだが、現時点で唯一の後継候補であるホークは別館に軟禁中。更にホークの執務能力は
明らかに低く、居てもあてにならないから、このような場合は専らフォンがロムノを代理に指名してロムノの指揮監督の下で使用人やメイドが働くというのが、
現在のリルバン家における暗黙の了解となっている。それで滞りなく職務が遂行されているという事実が、王家や他の一等貴族を黙認させている36)
 フォンは一等執事2名と警備の兵士10名を伴い、手の空いている他の執事と使用人とメイド総出の見送りを受けて邸宅を出る。
見送りの中にはロムノの他にイアソンも居る。使用人としての職務が終わっていたから呼ばれたのであり、それに応じないと怪しまれるし、使用人やメイドの
好感度が高いフォンの見送りに参加出来るのに参加しないのは印象を悪くする、と判断してのことだ。
 出入り口が閉じられた後、見送りの列は散開する。従来どおりフォンの執務代行を命じられたロムノの指示を受けて、使用人やメイドが動き始める。
新規の職務命令がなかったイアソンは、早速ホークと顧問が軟禁されている別館を監視出来る本館の東窓際に向かう。
今のところ別館に動きはない。だが、フォンが邸宅を出た動きをホークや顧問が掴んでいる可能性は十分ある。動きがあったら即出来る限りの足止めをして、
会場上空で警戒にあたっているシーナに知らせ、アレンにも知らせる段取りでいる。ザギ本人若しくはその衛士(センチネル)であると断言出来る顧問の
戦闘力は相当高い筈だから、下手に攻撃すると一撃で返り討ちにされる危険性が高い。戦闘力が決して高い方ではないイアソンが出来ることは、ホークと
顧問の足止めとそれによる時間稼ぎ、そしてアレンとシーナへの連絡だ。
 「赤い狼」で活動していた時代にも、国王の激しい弾圧を出来るだけ足止めし、その間に戦闘を専門とする機動部隊に突撃させるということは度々あった。
イアソンが得意とする諜報活動を専門とする情報部隊の戦闘力は機動部隊より低い。「赤い狼」全体の戦闘力が装備にものを言わせた国王の軍隊より低い
から、ゲリラ戦を主体とする先頭スタイルにせざるを得なかったという事情もある。激しい攻撃を一定期間と言えどひきつけるにはそれなりの戦闘力に
加え、巧みな陽動が要求される。長く留まれば全滅の憂き目に遭うから、撤退時期を見極める素早い判断力も必要とされる。
 「赤い狼」の資金調達のために−当然レクス王国内で売買できる筈がない−カルーダ王国に出入りしていた関係で備えた幅広い知識と、危険と隣り
合わせの諜報活動の最前線で活動していたために備わった情報収集力を買われて「赤い狼」代表のリークの推薦を受けてアレン達のパーティーに加わった
イアソンは、遠い異国の地で熾烈な情報戦に身を投じることになったこと、その背後に世界の今後に関わる可能性もある壮大な動きが絡む事態に直面する
ことになったことに、自分はとことん裏方の人間だと思う。だが、戦争は水面下での情報戦や諜報活動がむしろ主体で、剣や魔法を交える「見える」戦争は
氷山の一角に過ぎないと肌身で感じてきたから、戦争の勝敗を左右する情報戦は国が違えど変わらないものだと達観している。
 イアソンは時折階を移動して−一定の場所に突っ立っているとサボっているという印象を与えるものだ−別館の監視を続ける。動きがありそうな場所で
一向に動きがない状態が続く。長くて流れの遅い時間だけが、嫌がらせのようにゆっくりと流れていく。だが、監視を緩めるわけにはいかない。動きをいち早く
察知して会場に居るアレンとシーナに伝えるのが自分の使命だとイアソンは分かっているし、このようなじらす場面は今回が初めてではないから免疫が
出来ている。
イアソンが監視を続ける別館は、表面上平穏を保ち続けたままだ・・・。
 会場内に設けられているレストランでは、華やかな道を歩む候補者でもあるオーディション本選出場者に相応しい、豪華な食事が振舞われる。
だが、強烈な緊張感に晒され続けているアレン達の食事は殆ど進まない。クリスが「腹減っとっては戦は出来へん」と言って食すが、これまでよりペースが
鈍い。クリスも本当は不意の襲撃に対する緊張感で食事どころではないのだが、他の面々を元気付けることも兼ねてあえて食事を進めている。
 しかし、クリスの気遣いに反してクリス以外は殆ど食べていない。
肉類が総じて駄目なリーナは食べるものが少なく、サラダとデザートだけさっさと食べてナプキンで口を拭う。フィリアは摘み食いする程度だ。
自分が狙われていると自覚があるルイと、不意打ちへの警戒を緩めないアレンは、まったく手をつけていない。食事をせずとも空腹は気にならない。
緊張感が頭を支配して空腹を感じるどころではないからだ。それに、食事をする際には両手が完全に塞がる。出場者のルイは兎も角、護衛として重要な
位置付けであるアレンが自ら両手を塞ぎ、不意打ちに即応出来ないのは甚だ問題だ。
警備の兵士はレストランの壁に沿って整列している。アレン達の席は比較的中心部だから、不意打ちがあったとしてもそれなりに迎撃態勢を整える
タイムラグが生じる場所だ。しかし、出場者に成りすましてルイを刺殺しようとした前例があるだけに、武器を携えた警備の兵士との距離があるからと
いって油断は出来ない。
 食事の時間が終わりに近づき、係員が食器を片付けていく。出場者と護衛の組は係員の案内を受けて、別室に移動する。
別室には出場者全員分の椅子が用意されていて、出場者は名前を呼ばれるまで座るように説明される。座席は係員が出場者に名前を聞いて、それぞれ
案内する。
アレン、フィリア、クリスを含む護衛はこの時点で出場者から距離を置かれる。警備の兵士との距離はそれなりにあるが、護衛対象からの距離が出来たことは
更なる危険要素となってアレン達に圧し掛かる。ルイの硬い横顔が、アレンの不安増大に拍車をかける。

「皆様、お待たせいたしました!いよいよ、シルバーローズ・オーディション本選者が登場いたします!」

 別室のドア越しに、司会者の景気の良い声とそれに応える大歓声が聞こえてくる。別室は出場者の控え室であり、ステージに隣接していることが実感
出来る。

「今年も各町村で激しい予選が行われました。平均競争率は180.53倍。激戦を勝ち抜いた本選出場者総数は52名。シルバーローズの栄誉に輝くのは
誰か?!投票権をお持ちの方々には、栄誉ある称号に相応しい女性を選んでいただきます!それでは!順にご登場いただきましょう!」

 割れんような拍手と歓声が起こる。いよいよ本選出場者がステージに出る瞬間が間近に迫ってきた。これまで動きがなかった以上、護衛がステージ脇に
待機させられ、出場者が無防備になるこの瞬間における危険性が急速に現実味を帯びてくる。護衛はステージ脇まで出場者に同行するが、それ以降完全に
出場者は無防備になる。ルイを狙うなら、此処が一番のチャンスだ。ホークと顧問もこの瞬間に焦点を合わせていると考えて良い。
 出場者の名前が呼ばれていく。呼ばれた者が係員の案内を受けて護衛と共に退室していく。

「続きまして、パン町予選を第1位で勝ち抜いたリーナ・アルフォンさんの登場です!」

 歓声が大きくなる。リーナが予選第1位を獲得したパンの町はランディブルド王国における大都市の1つだから知名度も高いし、そこでの予選を勝ち抜いた
本選出場者となれば注目が高まるのは必然。アレンはルイの護衛を担当するクリスに目配せし、クリスが真剣な表情で頷いたのを受けてリーナと共に退室
する。アレンはリーナの護衛だから、リーナに同行しないと怪しまれる。ルイとライバル関係にあるフィリアも、この場面だけはルイの身を案じる。
 アレンとフィリアの同行から離れて、リーナはステージに上がる。観客席をぎっしり埋めた観客の数と大きな歓声と拍手にリーナは一瞬たじろくが、すぐさま
気を取り直して姿勢を正し、ステージ正面に向かって歩いていく。他の出場者と比較してかなり小柄だが、白と黒のコントラストを生かした凛とした服装と、
この世界では珍しく「ブラックオニキス」と称賛される黒髪の持ち主でもあるリーナに対する注目度は一気に高まる。
リーナはステージ中央で正面を向き、小さく一礼する。頭を上げた時にトレードマークの髪を揺らした−リーナの癖の1つだ−瞬間、どよめきが起こる。
続いて起こった大きな拍手と歓声を受けながら、リーナは司会者の案内を受けて先に出た出場者の隣に並ぶ。

「さあ!続いては、定数1のヘブル村予選を史上最多の得票率、何と80ピセル越えで圧勝した、ルイ・セルフェスさんの登場です!」

 大きなどよめきに続く大歓声と拍手の中、クリスが同行したルイがアレンの脇を通ってステージに向かう。固まった表情をアレンは見逃さない。
緊張感で会場の雰囲気を感じる余裕がないルイは、ややおぼつかない足取りでステージ正面まで歩いていく。上流階級の令嬢を思わせる服装と
おぼつかなさの裏返しでもある遠慮気味の佇まい、そして史上最多と紹介された得票率で圧勝したことを裏付ける美貌が、観客の視線を集める。
 ステージ中央で正面を向いたルイは、最前列中央に座しているオーディション中央実行委員長でもあり、ルイの実父でもあるフォンその人と向き合う。
ルイの硬い表情は変わらないが、フォンは見事なルイを見て感慨を滲ませる。

『・・・あの男性(ひと)が・・・、私の父親・・・。』

 目を閉じてからゆっくり深く一礼して、更に高まった歓声と拍手をその背に浴びて司会者に案内されるルイを見詰めるフォンは、感慨の色を更に強める。

「フォン様。」

 隣に居た、銀商業品品質基準法改正案の共同提案者でもある一等貴族ポイゴーン家当主のラミルが小声でフォンに話しかける。フォンの表情が明らかに
変わったのを見たのもある。

「あの少女が、件(くだん)の?」
「・・・ええ。」

 感慨をどうにか打ち消したフォンが、短く応える。ラミルはそれ以上問いかけることなく、視線を戻す。
フォンの視線は、他の出場者と並んだルイだけに注がれている。その心境は、立派に成長した実の娘と実質初めて対面する父親らしいものだ。
勿論、それを口に出すことはない。まだ今は、全国規模で盛大に行われる企画の本選出場者と中央実行委員長という立場を逸脱出来る状況ではない。

「では、続きまして・・・」「アレン!!出たぞ!!」

 司会者が次の出場者を紹介しかけた時、アレンの耳にイアソンの絶叫が届く。

「大至急迎撃態勢を取れ!!」

 それだけ告げてイアソンの通信は途絶える。しかし、口調からもただならぬ事態であることが十分伝わってくる。
アレンがステージに向かおうとすると、ステージ脇に居た警備の兵士だけでなく、観客席で警備にあたっていた兵士達までが一斉にステージに向かって動き始める。

「クリス!!頼む!!」
「了解!!」

 即座にクリスに指示して、アレンは全力でステージ中央、リーナとルイが居る場所に向かう。
近くの人達を蹴散らして兵士達が近づいてくる様は、リーナとルイだけでなく、他の出場者を恐怖のどん底に叩き落すに十分だ。歓声一色だった会場に
悲鳴が起こる。前列に居た王族や貴族は即座に護衛を伴って退出していく中、フォンは護衛の制止を振り切ってステージに向かう。
 クリスが近くの兵士達に全力の拳連打や蹴りを、フィリアは魔法球を叩き込んで倒す。ルイに向かう凶刃を出来るだけ減らすため、確実に息の根を止める
出力だ。
剣を抜いたアレンはステージに突進する兵士達を後方から次々となぎ倒し、辛うじてルイに凶刃が振り下ろされるより前にルイの前に立ちはだかる。
休む間もなく襲い掛かる兵士達を、アレンはほのかに赤く輝く剣で斬り倒す。剣の切れ味は「何としてもルイを守る」というアレンの意志を反映してか、驚異的な
鋭さだ。
リーナはサラマンダーを召還して防衛にあたらせ、ルイはアレンの背後で結界を張り、更にパワー・シールドを使用して防御に徹する。
 アレンの敏捷性と鎧を一撃で切り裂く剣の切れ味が相俟って、ルイに凶刃が届く前に襲い掛かった兵士は次々と倒されていく。アレンの息が上がり、
汗が吹き出てくるが、アレンは構わず剣を振るい続ける。何処に隠れていたのか、兵士は倒しても倒しても次から次へと出てくるからきりがない。
ドルフィンとシーナはどうしたのか?実はそれぞれの応戦で手がいっぱいだったりする。

「さあ!!こっちへ!!貴様は邪魔だ!!」

 ドルフィンはパニックに陥って逃げ惑う観客を誘導しながら、襲い来る兵士をムラサメ・ブレードで斬る。紙人形のように兵士は一撃で真っ二つにされる。
観客は当然ながら無防備だ。ルイを守るのが重要事項であることには違いないが、観客を巻き添えに出来ない。
そんなドルフィンの意向を嘲笑うように、兵士達は邪魔な観客をなぎ倒してでもドルフィンに突進してくる。勿論ドルフィンはムラサメ・ブレードとそこいらの
武器よりずっと強力な拳や蹴りを繰り出して、自分に迫る兵士の他に観客を守るために迫る兵士を倒す。こちらもきりがない。数に物を言わせてドルフィンを
足止めする策略が見える。観客が身を隠す壁にも自分を守る盾にもなるから二重三重に卑劣だが、手段を選ばないのが戦争の本質だ。
 ドルフィンの一騎当千の戦闘力が存分に発揮され、巻き添えになる観客は少ないものの、アレン達が居るステージへ向かえない。それだけ兵士が次々
出てくるのだ。アレン達と同じく、何処にこれだけの数が隠れていたのかと思う。人海戦術で確実に足止めされていることに、ドルフィンは歯噛みする。
強力な広範囲・複数攻撃が出来るシーナの援軍は期待出来ない。シーナもまた激しい迎撃の真っ最中だということは、連続する魔法反応で分かる。
 ステージへの襲撃を時を同じくして、空からも魔の手が迫ってきていた。上空で警戒していたシーナが迎撃にかかったが、こちらもきりがない。
兵士だけ倒すのはシーナなら容易だ。しかし、兵士だけだと制御を失ったワイバーンが眼下に広がる街に向かい、人々を犠牲にしてしまう恐れがある。
ワイバーンは魔法防御力がないものの、生命力がかなり高い。一撃で兵士と纏めて倒すには相当の強力な魔法を使わねばならない。Wizardのシーナだから
魔力は十分あるが、それでも倒した傍から新たに出現する兵士を相手にし続けることで、徐々に減っていく一方だ。こちらも人海戦術での足止めだと
推察させる。
 シーナの魔法は強力でワイバーンごと兵士を一撃で消滅させるが、どうしても即応力が劣る。攻撃範囲を広げようとすると魔力制御に時間がかかるから、
直ぐ使える魔法を連続で使う方策にシフトせざるを得ない。シーナが上空での警戒にあたると想定してのことなら、策を巡らせた者の狡猾さは相当のものだ。
迎撃網を掻い潜っていこうとする兵士が頻出する。シーナは急いで迎撃するが、その隙に別の兵士が結界を−防御のために当然結界を張っている−
破らんと突進してくる。シーナの結界は無論強力だが、複数で同時に、しかも連続して襲撃されると、後衛担当の魔術師であるシーナはそれだけで脅威と
感じる。集中力や持久力を徐々に削いでいくのが作戦なら、実に巧妙だ。レクス王国での大混乱やラマン教聖地での秘宝を巡る争いの背後に見え隠れする
ザギを彷彿とさせるには十分な材料だ。

「このままじゃ、きりがないわね・・・。」

 何回目か分からない爆発音を聞きつつ次の目標に向けて魔法を発動しながら、シーナは苦い表情で呟く。
ルイを直ぐ傍で防衛するアレンとリーナの支援に−上空から見える−回りたいところだが、どうにも手が回らない情勢が続いている。死屍累々のステージ
では、リーナが召還したサラマンダーの支援を受けたアレンが懸命に剣を振るうが、それ以上の援軍はない。ステージ脇に居たフィリアとクリスにも続々と
兵士が押し寄せ、その迎撃に精一杯でアレンの援軍に向かえないのだ。これも足止めの一環なら巧妙且つ狡猾この上ない。
 魔法球から魔力消費の少ない非詠唱の魔法に攻撃手法を切り替えて久しいフィリアも、強力な打撃で兵士を倒すクリスも大粒の汗を流している。体力や
魔力が徐々に、しかし確実に削られているのは明らかだ。

「何やねん、こいつら!しつこいにも程っちゅうもんがあるで!」
「きりがないわね、まったく・・・。」

 フィリアとクリスは不満を言うが、絶え間なく襲い来る兵士の迎撃に追われる状況を脱せない。それが益々歯痒い。
アレンとリーナの体力消耗も目に見えるレベルになってきた。サラマンダーを維持し続けるため魔力を徐々に消耗していくリーナもそうだが、絶えず剣を振るう
必要に迫られるアレンは明らかに息が上がっている。倒したと思ったら次の兵士が襲ってくるのだから、息吐く間もない。
 体力がそれほど高い方ではないアレンにとって、このような持久戦は精神的にもかなり厳しい。背後には防御魔法と結界で防御しているとは言え、攻撃力は
皆無のルイが居るのだから尚更だ。自分が力尽きればルイが殺される、という切迫感や使命感が、重くなってきたアレンの全身を動かす原動力となっている。
それがなければ、立つことも難しいレベルへと着実に追い込まれていっているのが自分でも分かる。

 勢いを緩めない兵士達の波を上空で迎撃し続けるシーナの横を、何かが猛烈なスピードで通り過ぎる。シーナは慌てて魔法の照準を変えようとするが、
対象のスピードが速過ぎて照準を合わせられない。その間に兵士達が集団で襲いかかってくるから、そちらの迎撃に戻らざるを得ない。
 シーナの横を通り過ぎたのは、目の部分だけに細い切れ込みを入れて全身をローブで覆ったホークの顧問と、他の兵士達とは装備が異なる兵士の一群だ。
顧問と兵士達の軍勢はまっしぐらにステージ中央に向かう。応戦する面々の中で比較的余裕がある方のリーナでも気付かない。
軍勢はルイ目掛けて一直線に突進し、ルイの結界とパワー・シールドを呆気ないほど簡単に破り、兵士の1人がルイを抱えて即座に飛び去る。

「きゃっ!!」
「ルイさん?!」

 アレンが振り向いた時には、ルイの姿ははるか後方の空に消えつつあった。アレンの名を呼ぶルイの叫びはアレンに届くことなく空に消える。
リーナ拉致の時以上の、まさに一瞬の早業だ。
 安全圏内に入ったと思ったのか、顧問は指をパチンと鳴らす。すると、それまでアレン達を苦しめていた兵士達の大群が、死体も含めて一斉にボンと音を
立てて煙に包まれる。煙が消えた後には、鎧に包まれた人型の泥の塊が大量に残る。人間の兵士達は非常に少ない。大量に出来ていた血溜まりも、泥の
塊への回帰と同時に色を泥のものに変える。明らかに泥水だと分かるそれに、赤い血溜まりは直ぐに飲み込まれてしまう。

クレイゴーレム37)か・・・!」

 死体を含めて泥の塊に変貌した人型の泥の一部から顔を出した紙切れを見て、大量の汗を流すドルフィンは苦々しげに吐き捨てる。
倒しても倒しても現れた原因は、札を破壊しない限り自動的に修復するクレイゴーレムの特質を悪用してのことだった。クレイゴーレムと言えど、全身を覆う
フルプレートを着用すれば、人間かどうかひと目では区別し難い。武器を持たせれば攻撃も出来る。それ故に観客などが何人も巻き添えになった。
しかも、ある程度数を用意しておけば、兵士が壁となって全容を掴めなくなる。大量動員すれば、迎撃に追われて人間かどうか確認する暇は余計になくなる。
上空からの攻撃も泥の塊が大量に落下していったことから、大半がクレイゴーレムだったと推測出来る。
 迎撃があるのを見越し、クレイゴーレムが感情をまったく持たないため巻き添えをも厭わない性質を悪用したクレイゴーレムの大量動員による陽動が
行われた。体力や魔力、そして物量作戦への応対で低下しやすい集中力がある程度削れたところでルイの拉致が決行され、見事に遂行されてしまった。
アレン達にとっては骨折り損のくたびれもうけそのものだが、まんまと顧問の策略に嵌められた格好だが、全貌が判明してからでは遅い。

 呆然とステージ近くに佇むフォンの傍に、木の葉のように1枚の紙切れが舞い落ちる。フォンが拾い上げて読むと、そこには以下のように書かれてある。

フォン・ザクリュイレス・リルバンへ

実子ルイを預かった。返して欲しくば、本日20ジムにこの町の港にある10番埠頭まで1人で来い。
援軍を呼べば、ルイの命はないものと思うこと。
ホーク・リルバン卿顧問 ザギ・ミシュランディン
 とうとうホークとその顧問が本性を露にした。彼らが、ルイがフォンの実子であると掴んでいたことも分かる。だが、何もかも遅い。
不安と困惑で身体を震わせて立ち尽くすフォンの左頬に、拳が叩き込まれる。もんどりうって倒れたフォンを、汗だくのアレンが歯軋りしながら睨みつける・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

35)フルプレート:ハーフプレートは上半身のみを覆うが、こちらは全身(兜を含む)を覆う。当然防御力は高いが一般に重量が増す。これを着用出来るように
なって初めて、戦士や剣士として一人前と認知される。


36)王家や他の一等貴族を黙認させている:筆頭執事への職務執行代理指名は、一等貴族に関する法律では「やむを得ない事情がある場合に限り」とされて
いる。一応ホークという後継候補が居る以上はホークに職務を代行させるべきなのだが、ホークの職務遂行能力の低さやロムノの優秀さを見聞きしている
こともあって、フォン体制下のリルバン家では「やむを得ない事情」として黙認されているという背景がある。


37)クレイゴーレム:所定の呪文を記した札(ふだ)を泥に貼ったり埋め込んだりすることで、使用者の意のままに動くゴーレムの一種。機動力や敏捷性は
低いが生命力が高い。形状は人に限らず、極端な話、札を用意すれば泥を固めるだけで良い。一度作れば使用者が解除するまで自動的に行動し、しかも
札を破壊しない限り倒されても自動的に修復して行動を再開する、ゾンビと類似した特性をも有するという厄介な性質を持つ。


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