Saint Guardians

Scene 8 Act 2-4 決戦-Decisive battle- 決戦に向けて−後編−

written by Moonstone

 アレンとクリスが部屋に戻り、アレンは先に台所に向かったルイと共に夕食の準備に取り掛かる。今日のメニューは、ジャルコ20)を中心としたマルフィの
炊き込み。我々の世界で言うところの釜飯だ。
 肉料理をとことん嫌うリーナは、アレンの配慮で骨や皮をより分ける必要がない魚料理は食すが、マルフィが美容や健康に良い栄養分を含んでいると本で
知って、マルフィをふんだんに使い、同時にやはり栄養豊富で味も良いジャルゴを味付けの主体とする炊き込み料理を選んだ。
我々の世界の米に相当するマルフィを使った料理は、やはり我々の世界ではパンに相当するパウムがキャミール教圏内では主食の座を占めるためやや
マイナーな存在だが、その分収穫量が少なく、どちらかと言うとレストランなど高級料理店のメニューによく使われる傾向がある。炊き込み料理となると
それなりの時間を要することもあって、かなり高価なものとなる。
 ホテル内にあるレストランにもあるだろうが、ザギ配下の特殊部隊に拉致され、手酷い拷問を受けた経験があるリーナは、ザギの影がその濃さを増している
現状では、あまり部屋から出たくない。ルイを狙っていると思わせておいて自分に危害が及ぶ可能性がないとは言えないからだ。
それに、ホテルの従業員を通じて運ばせなくとも、同じ部屋には料理を得意とする人物が2名も居る。これまで初めて見る料理、しかも本のイラストでしか
想像出来ない料理の数々を見事に作り上げた実績もあるから、彼らに命令すれば良い。
命令される側としては単なる我侭でしかないが、ルイは正規の聖職者としての村での生活の中に料理が組み込まれてきたし、5歳から修行を始めたことも
あって、修行の一環でもある料理は勘のレベルでこなせる域にある。物心ついた頃から父と2人暮らしを続け、不器用な父に代わってやはり幼い頃から
台所に立ってきたアレンも、料理は骨身に染み込んだ特技の1つだ。先にルイがリーナから受け取った料理の本のレシピを見れば、アレンとルイなら難なく
こなせる。

 ルイが先にマルフィを研ぎ始めていたが、1人で3人分以上は軽く平らげる驚異の胃袋を持つクリスの分を考慮して、8人分を用意するとなるとかなり手が
かかる。後から合流したアレンが手分けしてようやくマルフィが研げた後、マルフィを2つの大きな鍋に半分ずつ投入して十分な量の水に浸す。
 まだ竈にはかけない。ルイがリカバーを使って全魔力喪失と体力の著しい減衰で療養した際にアレンが作ったカマンショーレもそうだが、マルフィを使った
料理は研いで直ぐに火にかけないことが美味しくする秘訣だ。研ぐことで表面に傷がついたマルフィに水が浸透し、よりふっくら仕上げることが出来る。
マルフィは我々の世界の米よりやや硬めなので、炊き込み料理の際はより長めに水に浸してから炊くのが、芯を残す可能性を減らすポイントとなる。
芯があるマルフィは、米がそうであるようにかなり不味い。命令権を掌握するリーナは味に五月蝿いから、尚のことそういう事態を避ける必要がある。
 水に浸している間は手持ち無沙汰というわけではない。炊き込みの際に投入する食材を準備する。味付けと食感のメインとなるジャルゴを5セム角に細かく
刻む。旨みが染み出しやすいし、食べる際に邪魔にならないからだ。
その他、フライパンに薄く広げる形で焼き上げた卵焼きとゴンジ21)を細切りに、香り付けとなるコー22)を茎や葉が残る程度に切る。8人分となるとこういった
食材の準備だけでも一仕事だが、包丁さばきに長けたアレンとルイなら素早く出来るし、苦にならない。
切った食材はそれぞれ皿に乗せて覆いをしてから、収納箱に入れる。加熱調理したとは言え、卵料理を常温で放置すると雑菌が繁殖しやすい。食中毒
騒ぎになったらオーディション本選出場どころではないし、それを口実にルイから引き剥がされる危険性があるから、食でも安全には気を配る必要がある。

 マルフィを水に浸す時間はまだある。その間に、アレンとルイは同時に出すタラドスープと、揚げジャガイモの煮付けに取り掛かる。
前者はアレンが担当。塩のみで味付けをするから、作る人数分と沸騰で消失する分の水を勘案して鍋に水を張る。塩を少しずつ投入して、その都度
かき混ぜて味を確かめる。沸騰と煮込む時間を考えて薄いかな、と思う程度に止めておくのが無難だ。それが終われば後は海藻類を投入して煮込むだけ。
海藻類は既に収納箱にあるが、投入までは取り出さない。
下準備を終えたアレンは、揚げジャガイモの煮付けの準備をするルイの支援に回る。
 ジャガイモの目を1つ1つ包丁でくり貫いて、皮を剥く。リンゴなどと違って形がいびつなジャガイモの皮は意外と剥き難いが、アレンとルイの手にかかれば
どれも面白いように剥ける。剥いたジャガイモは8等分して、火をくべた竈に底がやや深めの鍋に油を張ってから乗せ、投入した菜箸23)が泡立つまで加熱
する。加熱した油に、十分水気を切ったジャガイモを投入して表面が一様に茶色になるまで揚げる。揚げたものは取り出して、別の皿に移しておく。
油を投入した鍋は、油を取り除いてから水を溢れるほど浸す。後片付けの際に落としやすいようにする生活の知恵だ。
別の鍋に酒と塩、そして煮込みの際に沸騰で消失するだけの水を入れて味を調(ととの)え、揚げたジャガイモを入れて蓋をして煮込む。これが出来上がって
から、マルフィの炊き込みを開始するという段取りだ。多数且つ大量の料理を準備するアレンとルイは、それが出来るだけの効率的な段取りを話し合いだけで
十分共通のものとして構築出来るだけの技量を有する。下手な料理人顔負けの手際の良さだ。

 煮込みが完了するまではそれなりの時間を有する。その間、アレンとルイは水を飲んで喉を潤し、一息吐く。
オーディション本選まで後2日。こうして2人で料理をするのも片手で数える程度しかない。次から次へと見たこともない料理の数々を要求するリーナに
振り回されて多忙を極めたが、そのおかげでルイと長い時間を過ごすことが出来た。それによって、ルイは今まで心の奥底に封印していた悲しい過去の核心
部分をアレンに吐露するに至った。
ルイが執拗に命を狙われる背後関係は掴めた。後は決戦の舞台となるオーディション本選でどうやってルイを守るかに焦点が絞られる。
それに関しての詳細を詰めるのは、深夜のイアソンとの情報交換まで待たなければならない。それまでの間、アレンは自分の力を少しでも増強しておく
必要がある。
 アレンは殻になったコップを置いて、椅子の上においておいた鉄アレイを手に取って肘の曲げ伸ばしと膝の屈伸運動を開始する。クリスが依頼したため、
鉄アレイはオーディション本選終了まで貸し出しを許可された。クリスからは手が空いた時にトレーニングをしておくよう言われている。
アレンは食事をする他にその準備と後片付けがあるから、その間はトレーニングのしようがない。それが逆に適度な休憩の時間となる。
アレンは肘の曲げ伸ばしだけで鉄アレイを上げ下げすることに神経を集中させ、膝の屈伸運動はゆっくり行う。火を使っている関係で暑い台所での
トレーニングは、アレンの肌に汗を浮かべるに十分だ。アレンは念入りにトレーニングを進める。
 目安と言われている30回を数えたところで、アレンはトレーニングを終えて鉄アレイを椅子に戻す。疲労から生じる倦怠感が肘と膝を中心に蓄積されて
いるのが分かる。手で額の汗を拭ったアレンに、水が入ったコップが差し出される。差し出したのは勿論ルイだ。

「どうぞ。」
「ありがとう。」

 アレンはコップを受け取って一気に水を飲み干す。汗で流失した水分を欲していた喉と胃に水が染み透っていくのを感じる。

「クリスから言われたトレーニング、かなり大変じゃないですか?」
「元々腕力とかはあまりない方だから、魔法攻撃はアーシルで防ぐとして、剣とかの攻撃は受ける前にかわして、先手を打てるように腕力と瞬発力を上げて
おくんだ。今の俺に出来る戦闘力の増強はこのくらいしか出来ないけど、しないよりはずっとましだからね。大変なんて言ってられないよ。」
「私は結界と防御魔法で最低限自分への攻撃は防ぎます。少しでもアレンさんの足手纏いにならないように。」
「足手纏いなんて少しも思ってないよ。」
「今の事件の核心は私にあります。アレンさんに守られるだけに終わりたくないんです。アレンさんには怪我もして欲しくありませんから。」

 ルイは、アレンが鉄アレイを持って戻ってきた理由をクリスから聞いた。
予想される最大の攻撃を迎え撃ち、ルイに危害が及ぶ前に攻撃を全て退ける。そのために可能なことを可能な限りしておく。アレンにとっては、それは
手が空いた時の一連のトレーニングであり、「やられる前にやる」という戦闘スタイルを確固たるものにしておくこと。
クリスから事情を聞かされたルイは、先にリーナからも言われたように、最低限自分の身は自分で守る決意をしている。
 戦闘が本意ではないことはアレンだけでなくルイも同じだ。しかし、リルバン家次期当主の座を確実なものとするために、ホークとその顧問はあらゆる手段を
動員してでもルイの抹殺に乗り出してくるだろう。そんな相手に話し合いの余地はない。話し合いが通じる相手ならこんな事態はそもそも起こり得ない。
自分を守る準備を意志だけでなく肉体面でも増強しているアレンを、ルイは頼もしく思うと同時に申し訳なく思う。
 だが、ルイは母ローズと共にリルバン家の骨肉の争いに人生を翻弄された犠牲者だ。ルイに何ら落ち度はない。それでも尚ルイの人生はおろか生命さえも
翻弄し、抹殺まで企てる汚れた魔の手を今度こそ完全に寸断する。アレンはそう強く決意している。

「今回の一連の事件はルイさんの責任じゃない。自分の都合で他人の人生も命も弄ぶ奴等が諸悪の根源だよ。ルイさんが負い目を感じる必要なんてない。」
「・・・。」
「どんな敵が来ても、父さんからもらったこの剣で叩き斬る。ルイさんには、これからの人生を誰にも邪魔されずに考えて欲しいから。」
「ありがとう・・・ございます。アレンさん。」

 クリス以外に初めて自分を守る姿勢を示し、行動にも移して見せた初めての存在。その存在と想い想われる間柄であることに、ルイはこれまでとは違う
幸福を感じる。
大人でも2/3は1年で挫折する正規の聖職者として今日まで来られたのは、どれだけ怪我をしようとも仲間外れにされようとも決して自分から離れず、非力な
自分を懸命に守り続けてくれたクリスと、正規の聖職者として、キャミール教徒としてあるべき姿を黙して見せた母ローズの存在があってのもの。
2つの大きな存在とキャミール教の教えを拠り所にして懸命に生き続けて掴んだ地位や名声。それと同時に母は不幸にして早くにこの世を去った。
だが、クリスは変わらず自分の親友を名乗り、怪我など少しも厭うことなく襲い来る敵を迎撃し続けてくれた。
 そして今は、アレンという存在が居る。
自分が聖職者として地位や実績を積み重ね、村の中央教会の祭祀部長就任までに態度を180度転換させた村の男性達とはまったく違う。
羨ましく思うほどの肌や髪を持ち、その内には強い意志と正義感を湛えている。出自や肌の色を度外視して時に身を挺してでも自分を守ってくれている。
この男性のお荷物になりたくない。もう二度と怪我をして欲しくない。そのためには自分の持つ魔力と魔法を総動員することなど当然だ。
 ルイはアレンの両腕を軽く掴み、目を閉じて精神を集中してヒールを非詠唱で発動する。両腕を介して、アレンに癒しの力が注ぎ込まれていく。彼方此方に
蓄積していたアレンの疲労がどんどん小さくなっていく。
強力な回復魔法を使えば一発で済むが、魔力を多く消耗するし回復に時間がかかる。その魔法を使えるに余分な魔力を消費せずとも使える称号でも、
呪文の詠唱を必要とする段階ではそういったリスクが伴う。一方、非詠唱で使える魔法なら、効果は劣るが連続して使用することで結果的に同等の効力を
生み出せるし、魔力の消費が少ないから使いながら補充していくということが可能だ24)
。こうすれば、万が一でも考えられる不測の事態にも即応出来る。
 ルイから注ぎ込まれるヒールの魔法の効力に加え、ルイに疲れを癒してもらっていることそのもので、アレンの疲労感は消えていく。
疲労感が消えたなら、マルフィを炊いている間にトレーニングをしよう。ルイの回復魔法を当てにしてではなく、ルイから強くなる機会を与えられたと思って。

「ありがとう、ルイさん。もうすっかり疲れは取れたよ。」

 決意を固めたアレンが言うと、ルイはヒールの連続使用を停止し、目を開ける。

「今の私が出来るのはこの程度です。アレンさんに神のご加護がありますよう・・・。」

 ルイの祈りは、神に届いたかどうかは兎も角、アレンには確実に届いた。
負の要素が圧倒的に多い自分の境遇を糧とさえして、その身を輝かせるに至ったルイを何としても守る。アレンは何度目かの強い決意を新たにする・・・。
 同じ頃、ドルフィンとシーナは宿の部屋で地図を広げていた。
地図は役所で観光客向けに配布されていた、フィルの町の中心部のもの。オーディション本選会場での警備をどうするかを、これまでに入手した情報と
併せて思案しているのだ。
リルバン家の動きは把握出来ないが、代わりにフィルの町の全容やオーディション本選に関する情報は入手出来る環境がある。観客に混じって会場の警備を
担当するドルフィンとシーナは、地図と情報を突き合わせて何処からどのように警備するかを検討する。

「会場は此処、中央大舞台。俺達のような観光客はこのエリアより内側には踏み出せない。」
「会場は屋根がないから、空からの襲撃も十分考えられるわね。フライで空中に待機した方が良いかしら?」
「否、それだと目立つ。本選出場者を狙っていると言いがかりを付けられたらアウトだ。交戦はアレンの彼女候補を襲撃する敵とだけにしておく必要がある。」
「それもそうね・・・。だとすると、他のお客さんと同じように一般の観客を装って待機していないと駄目?」
「そうする方が無難だ。何せ相手にはあのザギかその衛士(センチネル)が絡んでる。目立つ行為は禁物だ。」
「難しいわね・・・。混雑の中で襲撃されたら、逃げ惑う他のお客さんの安全を考慮しつつ、敵の攻撃に応戦しないといけないなんてね・・・。」
「ある意味、一連の事件の首謀者と黒幕は、アレンの彼女候補を含めたオーディション本選の出場者と観客全員を先に人質に取ってるようなもんだ。」

 ドルフィンの言うとおり、何処から来るとも分からない敵を迎撃するために待機するには、不利な条件が多過ぎる。
オーディション本選はシルバーカーニバルの目玉行事の1つ。上位入賞者は女優やモデル、貴族子息との結婚など華やかな道が開けるから注目と人が
集まるのは必然的。迎撃どころか思うように身動き出来ないと考えられる会場が決戦の舞台となるのだから、期せずして先手を打たれた格好だ。
だが、それを憂慮しているだけではことは何も進まない。予想出来る事態を全て洗い出し、全ての可能性に対応出来る対策を講じておく必要がある。

「問題のリルバン家現当主フォン氏は中央実行委員長だから、本選に出席するのは当然だし、一等貴族の当主全員は審査員として出席するって話は
聞いたわよね。となると問題の人物、フォン氏の実弟ホーク氏も出席するのかしら?貴族の当主は全員出席するそうだけど、親族は任意みたいだし・・・。」
「ホーク氏は警備班班長でありながら、アレンの彼女候補をホテル内で2度も襲撃されたことで実兄でありリルバン家当主でもあるフォン氏の怒りを買って
妻と黒幕である顧問諸共別館に軟禁されてる。フォン氏はオーディション本選終了後にホーク氏を司法委員会っていう組織に処罰を委任する方針だそう
だから、そんな奴に本選会場への出席を許可する可能性はほぼないと言って良い。むしろ、自身の不在時に逃げ出さないように、より警備を厳重にする
可能性の方が高い。」
「そうね・・・。オーディション本選終了後にでもアレン君の彼女候補と接触してリルバン家に迎え入れて次期当主に指名する方針だと考えられる、って
イアソン君も言ってたし、最低でもホーク氏をリルバン家から追放する意向のフォン氏が、ホーク氏の外出を許可するわけがないわよね。」
「だが、フォン氏が出さないからと言ってホーク氏が出てこないと確定したわけじゃない。」
「どういうこと?」
「黒幕はホーク氏じゃなくて、あのザギかその衛士(センチネル)だ。警備を強行突破することくらい、その気になれば造作もない。」

 疑問符を浮かべたシーナに、ドルフィンが解説する。
ザギは嫌味なほどに策略や謀略といったものに長けている。その上、セイント・ガーディアンでもある。戦闘力はドルフィンに右手一本で翻弄されるほど
劣るが、少なくとも「力の聖地」と称されるクルーシァで訓練を受け、セイント・ガーディアンになった存在だ。
ザギ単独でもそこいらの剣士や魔術師よりはずっと戦闘力は高い。更に、反乱軍の首領であるガルシアに援軍を要請している可能性もある。
 フォンの唯一の実子であるルイを抹殺することで、顧問として仕えるホークを喜ばせることで権力という名の麻薬により深く溺れさせ、莫大な額と推測出来る
リルバン家の資産を横取りするつもりだと考えられる。それはレクス王国の国王に強権政治の手法を吹き込み、権力の快感に酔いしれさせる一方で、アレンの
父ジルムを間接的に拉致してアレンが持つ剣を奪おうと企てたり、ハーデード山脈の地下深くに眠っていた古代遺跡を探索したり、首都ナルビアの劇場を
改造して見るからに怪しげな生物の実験を進めていたことにも証明される。それらは、ザギの部下が王国の軍隊を取り込む形で王に組織させた国家特別
警察なる組織に入り込んで進めていたことが明らかになっている。
 自分の部下を巧みに操り、複数の目的を同時遂行させる指揮官能力もザギは嫌味な形で一級品だ。それこそ何をしてくるか分からない。警備と迎撃に専念
したいのは山々だが、相手が相手だけにそれを容易に許さない。
危険要素の発生を少しでも減らすために、ホークとザギ若しくはその衛士(センチネル)が軟禁中の別館から逃走しないよう手配することも必要かもしれない。
だが、それには人手が不足している。召喚魔術を使用するのは無用な混乱を招きかねない。そうなったらザギなどの思う壺だ。

「イアソンには当日、ホーク氏と顧問の動きを監視して逐次報告するように依頼した方が良いな。」
「そうね。当日はどうなのかしら?イアソン君は使用人として潜り込んでるから、その間どういう仕事があるのかにもよるけど。」
「その辺は次にイアソンから通信が入った時に聞いておこう。それに応じて、俺達も対策を改めて検討しよう。場合によっては、ホーク氏と顧問の動きを封じる
ために、俺とシーナは別行動を取る必要があるかもしれない。俺がリルバン家周辺で待機して、シーナが本選会場で警戒、とかな。」
「相手がどういう手を打って来るか分からない以上、外で動ける私達がそれぞれの動きを監視することもありうるわね。」
「ああ。目的のためならあらゆる知恵と手段を動員してくるのがザギの今までのやり方だ。今回もそうすると考えた方が自然だ。」

 当面の方針を固めたドルフィンとシーナは、部屋を出て夕食を摂りに食堂へ向かう。
着実に迫る決戦の日に向けて、あらゆる可能性を考えてあらゆる手立てを執る。それが自分達の役割だとドルフィンとシーナは十分分かっている。
使用人としてリルバン家に潜入しているイアソンからの通信が入るのは、夜がかなり遅くなってから。それまでは検討を重ねる他にない。
正攻法が通用することの方が少ない戦闘への圧力は、一騎当千の戦闘力を有するドルフィンとシーナにも重く圧し掛かる・・・。
 夜が更けていく。
夕食時を過ぎたリルバン家は、使用人が忙しく動き回っている。リルバン家当主フォンの大きな動きが近づいてきたためだ。
 フォンは今更言うまでもなく10ある一等貴族の一家系の当主。一昨年推挙された教会人事監査委員長としての職務に加えて、今年はオーディションの
中央実行委員長の職務もある。国全体がシルバーカーニバル一色に染まっているからといって、それらの職務が停止するわけではない。むしろ、隣国
シェンデラルド王国から頻繁に襲来して国境付近の町村を蹂躙している悪魔崇拝者を迎撃する対策を実現させる分、王国議会議員としての職務が重要な
局面を迎えているため、フォンの多忙さに拍車がかかっている。
 本来なら親族が当主の指示を受けて職務の補助や支援を担当するのだが、フォンの親族は公式には実弟であるホークただ1人。そのホークは警備班
班長の職責を果たさなかったことの責任を取らせるため、別館に軟禁するよう命じている。
それに、ホークの職務遂行能力はお世辞にも役に立つとは言えない。それ故に別館に軟禁して「欠員」が生じても大して変わりがないのだ。その分を使用人と
執事が働く。フォンがリルバン家当主に就任以降、これがリルバン家での暗黙の了解となっている。

 次回王国議会はオーディション本選の5日後に開催される。前回の王国議会からさほど日数が経過していないが、議長を務めるアルテル家当主25)
キュリザークが、緊迫と喫緊性を強める一方の、隣国シェンデラルド王国からの悪魔崇拝者襲撃への対応策を具体化するため、開会日程を早めたのだ。
 中長期的に国全体の食糧問題にも波及する恐れがある重大な課題について議会は、フォンも含めた穏健派が提案した、カルーダ王国から魔術師を招聘
して悪魔崇拝者の集団を大きく押し返し、その間に教会が総力を上げて制作した聖水で井戸や畑に撒かれた毒を解毒し、焼き討ちに遭ったために避難
生活を余儀なくされている住民用に集合住宅を建設して町村の再建を急ぐという案が可決される方向で進んでいる。
しかし、二等三等貴族に多い強硬派は、悪魔崇拝者は肌の色が黒いバライ族が多数を占めるシェンデラルド王国から襲来していることを根拠に、
ランディブルド王国では少数派のバライ族が居るから悪魔崇拝者を呼び寄せる、だからバライ族をシェンデラルド王国に強制移民させるべき、という主張を
なかなか崩さないから可決成立までは予断を許さない。
強硬派が反対の理由として挙げる、普段交流がないカルーダ王国の魔術師とどうコンタクトを取るのかという課題に対して、フォンは次回議会で回答を提示
する準備を進めている。魔術師を招聘出来る具体的提案を提示すれば、強硬派も何れは自分の日々の食事に関わる問題だから賛成せざるを得なくなる。
 書類にペンを走らせているフォンが居る執務室のドアがノックされる。
フォンが応答すると、失礼します、と前置きしてから1人の人物が入室する。リルバン家筆頭執事にしてフォンの側近中の側近であるロムノだ。
ロムノは、フォンの机の前に歩み寄ると恭(うやうや)しく一礼し、脇に抱えていた書類を「未処理」のラベルが貼られた箱に入れる。

「フォン様。ご依頼をいただいていた件に関しての裏づけが取れました。国の役所から取り寄せた関連資料をお持ちしました。」
「もう取れたのか。」
「はい。事態が事態です故、更なる早急な対応が必要かと思いまして。」

 フォンは、ロムノが持参した書類にひととおり目を通す。それを見ていくうちに、フォンの瞳は確信を帯びたものへと変化していく。
一瞥しただけで眩暈がしそうな量の書類を素早く読み、概要や問題点といったものを的確に抽出することも、一等貴族当主に求められる職務遂行能力の
1つだ。

「うむ。これだけ揃っていれば、カルーダ王国の魔術師を招聘出来る具体案が十分裏付けられる。」
「左様でございますか。」
「何時もながら、迅速且つ的確な職務には感謝しておる。」
「光栄でございます。」

 書類を置いたフォンの称賛に、ロムノは控えめに謝意を表する。
強硬派として名を馳せた先代当主の在位中に、当主の職務の補佐や支援を行う執事の最高位に昇格し、穏健派のフォンの顧問として対案を先代当主に
提出するなど、深刻な確執があったフォンと先代当主の橋渡し役ともなり、先代当主もその行動を黙認せざるを得なかった有能ぶりが、今回も如何なく発揮
された。

「キュリザーク様も、今回の件を非常に重く受け止められておられるご様子。」
「私を含む王国議会議員諸氏に伝えられる情報では、隣国との国境付近の町村の被害は日に日に深刻さを増しているという。一等貴族が音頭を取って送付
した援助物資でも避難住民の生活の困窮を大きく改善するには及ばないとのことだ。あの一帯は大規模な穀倉地域でもある。早急に復旧しなければ、国民
全体の死活問題に発展する。そうなってからでは手遅れだ。」
「私も同じ考えでございます。」
「聖職者諸氏も職務や絶対数の関係で聖水を大量生産出来ない以上、悪魔崇拝者を決定的に排撃し、その間に畑や井戸の解毒を進め、避難住民の生活を
再建する手立てを打たなければならん。近隣の町村もそう簡単に居住地や生活用地を拡大出来ん。避難住民を路頭に迷わせては犯罪の温床になる
ばかりか、餓死者を出したり、伝染病を蔓延させたりする事態にも発展しかねんのだからな。」
「誠に仰るとおりでございます。キュリザーク様は元より、提案に賛同しておられる他の王国議会議員の皆様方も同じお考えかと。」

 何処ぞの国の首相や大統領に聞かせるべき言葉だが、実際そのとおりだ。
前にルイも言及したが、ランディブルド王国の食糧生産の多くはフィルのような大都市以外の農村地域に依存している。そこでの食糧生産が長期間滞れば、
その収穫から小作料を得て生活している貴族やその候補である大商人などは勿論、国王一族も含めた国民全体が飢え死にへのカウントダウンを開始する
ことになる。
 その抜本的対策である、悪魔崇拝者によって井戸や畑に撒かれた毒の解毒は重要だが、それと同時に、生活と耕作が出来る環境が復旧するまでの間に、
住む地を追われた住民が安心して生活出来る環境、特に住環境と食料を整備する必要がある。それらがないことには、やがて来る冬での凍死や、暑さが続く
この時期に不衛生な飲食物を口にすることで伝染病を発生させる恐れがある。
 一旦発生した伝染病は環境が悪ければ悪いほど簡単に、しかも早く蔓延する。医療体制が現代のように整っている国々でも深刻な被害を生じることからも、
医師や薬剤師の絶対数が不足しているために一部を除いて医療体制が整備されていないこの世界での伝染病蔓延は、最悪国家の死滅に繋がる重大な
危険因子だ。
 それに、生活手段を失った住民が無秩序に近隣の町村に流入すれば、先に住んでいる住民との心理的対立や、それから派生する犯罪など、二次災害を
生じる。被災者が生活を自己再建出来るだけの資金的・時間的余裕などありはしない。被災者の支援は国家レベルで取り組むべきという意見と、
「自己努力」の美名でそれを拒否・否定する向きは、これらを理解しているかどうかを端的に表す言動だ。言い換えれば、被災して生活の術を失った状況での
生活を我がこととして捉え、対策を講じられるだけの政治力があるかどうかということだ。

「フォン様。例の件に関して二、三お話を。」

 ロムノがやや身を乗り出し、声量を落として話を切り出す。

「ホーク様と顧問様には現在のところ、動きはありません。ですが、近隣の町村から観光客らしからぬ雰囲気の者達が此処フィルに向かっているとのことです。
恐らく、それまでフィル以外の全国で活動していた顧問様の配下の者達が、オーディション本選に向けて集結しているものと思われます。」
「やはりか・・・。首尾は?」
「私設部隊に命じて、特に対象者が滞在するホテル周辺並びにオーディション本選会場までのルートの警戒に当たらせております。現在まで、交戦発生等の
動きはありません。やはり、オーディション本選に照準を合わせているものかと。」
「隣国の不穏な動きと、ホークと顧問の一連の動き。そして対象者周辺の動向・・・。ことの首謀者が全てあの顧問とは限らぬが、底辺では繋がっていると見て
間違いないようだな。」
「私も同じ考えでございます。今回持参いたしました資料を精査しておりました際、カルーダ王国からの魔術師招聘の伝(つて)も、実行に移せるかどうかは
不透明であるようでございます。」
「それは?」

 フォンの問いに、ロムノは持参した書類を素早く捲り、数枚が束ねられて紐で綴じられた書類を取り出してフォンに該当箇所を指し示す。
そこを読んだフォンの表情が、次第に深刻さを帯びたものへと変わっていく。

「こちらも恐らく、我が国と隣国の動きなどに連動しているものと思われます。発生時期がほぼ同じくしておりますし、鍵となる人物やその周辺で何らかの
異変が生じていることが共通しておりますが故。やはり、ホーク様の顧問様の背後には、相当巨大な組織なりが控えているものかと。」
「どういう経緯でリルバン家の内情を知ったのかは知らぬが、リルバン家のみならず国家存亡にも繋がりかねない事態に発展する危険性は、排除しなければ
ならぬ。」

 フォンは小さく溜息を吐き、表情を引き締めてロムノに命じる。

「ロムノ。引き続きホークとその顧問、そして周辺の動向を監視し、逐次報告してくれ。場合によっては権限の発動も躊躇うな。」
「承知いたしました。」

 ロムノは深々と一礼して、退室する。
ドアが静かに閉まった後、フォンは深い溜息を吐きながら椅子の背凭れに身体を委ね、机の片隅にあるドローチュア立てに視線を移す。少しの間
ドローチュアと無言の会話を交わした後、フォンは執務を再開する。決戦の日を明後日に控えたこの日の夜は、何時もと同じように更けていく・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

20)ジャルコ:全体的に白い、先端部に黒い点が散在するキノコの一種。10数個が1株として群生する。風味豊かな香りとさっぱりした味わいで、各種煮込み
料理や焼き物料理など用途は様々。我々の世界ではシメジに近い存在で、比較的安価で入手出来る。


21)ゴンジ:酒のつまみにもなるピッチュを乾燥させて粉砕し、水や塩などと共に練って整形した練り食品。我々の世界で言うところのカマボコに相当する
もので、柔らかい食感とピッチュが持つ若干の苦味がないのが特徴。


22)コー:種蒔きから2ヶ月程度で収穫出来る1年草。ハーブの一種で、料理の香り付けなどに使う。際立った匂いがないため癖のない香りが付けられる。

23)菜箸:我々の世界で使われるものと同じだが、ナイフとフォークを使うキャミール教圏内では、箸は料理器具の1つに過ぎない。

24)強力な回復魔法を使えば・・・:聖職者が使用出来る衛魔術は、魔術師が使用出来る力魔術と違って大半の魔法が連続使用が可能である。本文中にも
あるように、非詠唱で使える魔法(基本的にそれを使える称号と自身の称号が3つ以上空いている場合に可能)は魔力消費量が少ないし、ヒールのように
元々魔力消費量が少ないものなら、連続使用して消費する分の魔力を精神集中で補充出来るから、半永久的に連続使用出来る。この原理は重傷患者の
治療にもしばしば適用される。


25)議長を務めるアルテル家:王国議会の議長は代々アルテル家が担当している。これに関しては後に登場するだろう。

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