『アレン君、聞こえる?』
「あ、シーナさんだ。」
「はい。聞こえますよ。シーナさん。」
『まずは、今日イアソン君から伝えられた情報を伝えるわね。』
『アレン君達が最も怪しいと見ているホーク氏は今別館に軟禁されてるんだけど、リルバン家では用事がない限り、例えば食事を持っていったりする時以外は
誰もホーク氏のところに行こうとしないそうよ。これは前の情報とも重複する部分があるんだけど、ホーク氏がリルバン家の先代当主と同様、若しくは
それ以上に使用人や小作人をもの扱いするタイプで、今は当主フォン氏の威光を笠に着て威張ったりしているから、嫌われてるみたい。』
「確か、ホーク氏はフォン氏とは正反対で、評判は芳しくないらしいんですよね。」
『ええ。で、別館は周囲を兵士で厳重に包囲されていて、そこにホーク氏とその妻のナイキって女性(ひと)が軟禁されてるんだけど、何でもそのホーク氏は、
最近になって小柄な魔術師風の人物を顧問として招聘して重用していたそうよ。』
「顧問って、まさか・・・。」
『別館は警備や近づく人がごく限定されてることもあってイアソン君もまだ調査出来てないそうだけど、顧問っていうその人物の姿を見た使用人はごく
一部だけど居るそうよ。その人物はさっきも言ったけど小柄の魔術師みたいな格好で、顔に目の部分だけ細い切れ込みを入れた仮面を着けている
らしいわ。』
「小柄で魔術師風で仮面を着けている、ですか・・・。確かザギもレクス王国の城で遭遇した時にそんな仮面を着けてましたけど、黄金の鎧を着けていて、
身長はかなり高かった筈です。」
『情報がまだ少ないから特定は出来ないんだけど、ザギ本人、若しくはザギの衛士(センチネル)の可能性が高い、っていうのが、その情報を聞いた私と
ドルフィンの推測。』
「衛士(センチネル)って何ですか?」
『簡単に言えばセイント・ガーディアンの側近よ。ドルフィンの師匠でもあるゼント様のように自分の後継者として登用する場合もあれば、ザギのように自分の
手足のように使う場合もあるんだけど、何れにしても戦闘能力はかなり高いわ。ザギの衛士(センチネル)だとすると、ザギの謀略や策略といった悪知恵を
体得していて、行方をくらましているザギに代わって、或いはザギの命令を受けて動いてる可能性もある、と私とドルフィンは見てるのよ。で、それは
とりあえず置いておいて、イアソン君から伝えられた別の情報を伝えるわね。』
『リルバン家のフォン当主には5人の執事が仕えていて、中でもロムノっていう人が、フォン当主に一番近いそうよ。先先代、つまりフォン当主の祖父の代から
仕えていて、名だたる強硬派だった先代にも意見を言えた希少な人物らしいわ。フォン氏も先代に意見を言ったんだけど、それが先代との確執の原因に
なって、ロムノ執事が先代とフォン当主の仲介役も果たしていたそうよ。』
「そのロムノっていう執事は、ホーク氏と何か関係はあるんですか?」
『ロムノ執事は穏健な人物で、今のところホーク氏との接点は見当たらないそうよ。先先代から仕えているリルバン家の重鎮っていうこともあって、当主で
ないホーク氏は、流石にロムノ執事を自分の駒としては使えないみたい。』
「さっきにもフォン当主と先代当主の確執の話が出ましたけど、それはどんなものだったんですか?」
『それがかなり深刻だったみたいなのよ。何でも先代は、王国議会議員や教会人事監査委員にもなる一等貴族の統治能力などの面ではフォン氏を認めて
いたらしいんだけど、考え方が同じホーク氏を当主にする意向だったそうなのよ。執事や使用人も、仕えている年数が長い人ほど、ホーク氏がリルバン家
当主の座を継承することを危惧しているそうよ。またあの暗黒時代に逆戻りするんじゃないか、ってね。』
「危惧している、って、どうして現在形なんですか?」
『その辺はまだ明確にイアソン君も掴めてないそうなんだけど、私とドルフィンはイアソン君の指示で明日、一等貴族に関する法体系を調べに行くの。二等・
三等貴族の昇格・降格条件は所有する土地の面積や収穫量で決まって、土地を購入するにはそれなりのお金が必要だから大商人とかがなる、ってことは
アレン君も知ってると思うけど、一等貴族の地位は不動だから、当主継承の条件なんかも国の法律で定められている可能性があるからよ。』
『アレン君の方では、何か変化はあった?」
「いえ、オーディション本選出場者に成りすました刺客を送り込んで来て以来、音沙汰がありません。」
『そう。じゃあ、アレン君は引き続き彼女を護ると同時に、出来る限り聞き込みをしておいてね。一等貴族に関する法体系は、イアソン君からの情報や
推測と
一緒に伝えるから。』
「分かりました。」
「クリスとルイさんに聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。」
「ええよ。」
「この国の一等貴族に関して何か知ってることはない?どの家系がどの家系に強いとか、この家系はこの地方で強い地盤があるとか。」
「うーん・・・。一等貴族の小作地は全国に分散しとるし、父ちゃんや母ちゃんからも、一等貴族の力関係については聞いたことあらへんな。一等貴族は
この国の建国神話にある、神に派遣された1人の天使に付き添った従教徒の末裔なんやけど、その従教徒は天使の指示受けて協力して国の制度構築やらを
したっちゅうことになっとるで、力関係とかは伝統的にあらへんと思う。小作地もヘブル村に限ってやけど、どの一等貴族のものも均等にあるし。」
「今回のオーディションの実行委員長はリルバン家当主のフォン氏だそうだけど、一等貴族の家系は10あるんだよね?他の家系について何か知ってる?」
「当主の名前までははっきり憶えとらへんけど、家系の名前やったら知っとる。えっとな・・・。メイプルフォード、ファイレーン、ポイゴーン、ガンダイン、
ヌルドール、アルフ、アルキャネク、アルテル、クレプシドラ、で、リルバン。この10や。」
「仲間から、その中でリルバン家を含む4つの家系が、この地に派遣された天使が神から信仰の証として授かったっていう王冠を代々所有してる、って
聞いてるんだけど、どの家系が持ってるか知ってる?」
「うーん・・・。御免、憶えとらん。あたし、あんま32)神話読んだことあらへんで、詳しゅう知らへんのよ。」
「ルイさんは知ってる?」
「はい。王冠を所持している家系は、ファイレーン、ポイゴーン、アルフ、リルバンの4家系で、王冠の名前は順にレビック、クォージィ、タイロン、ザクリュイレスと
なっています。それら王冠の名前は、当主のミドルネームにもなります。リルバン家ですと、フォン・ザクリュイレス・リルバンというように。残る6つの家系は
別の、その家系独自のミドルネームを持っています。何れもミドルネームは一等貴族の当主以外は使用出来ません。」
「クリスとルイさんは、この町にある王家の城の地下神殿のこと、知ってる?」
「ああ、その話ならちょこっと聞いたことある。あそこに入れるんは、国の中央教会の高位の聖職者だけらしいわ。確か、一等貴族が持っとる4つの王冠が
必要で、4つの家系が1つずつ持っとるんは、万が一その聖職者がろくでもないこと考えとってもそう簡単に開けられへんように、っちゅう防衛策らしいわ。」
「その地下神殿には何があるか、知ってる?」
「否、それは知らへん。開けられるんが国の中央教会の高位の聖職者だけ、しかも開けるには4つの一等貴族が持っとる王冠を全部持たんと駄目やから、
恐らくこの国でも中知っとるんはごく一部、国王一族と条件満たせる国の中央教会の聖職者程度やと思う。」
「・・・その地下神殿に関するものかどうかは分かりませんが、『教書』の一節には、こういう件(くだり)があります。
汝、扉を固く閉ざして耳を澄ませよ。神の怒りが荒れ狂う。破壊と浄化の炎が燃え盛る。
罪に溺れし神の子が、神の住まわれる場所、すなわち天から降らせる光の槍に射抜かれ、苦悶の叫びを上げる。
全ての炎と叫びが消えても暫しは扉を開けてはならぬ。炎は長く燻(くすぶ)り続けるのだから。
・・・私はまだ司教補という未熟者ですから地下神殿の扉を開けるには遠く及びませんが、神の子たる人間は、神の子であることを忘れたが故に罪に溺れ、
悪魔に支配されることになったのです。神の怒りに触れるようなことはしてはなりません。特に、大勢の人々の運命を左右する立場である者は。」
「・・・一等貴族の4つの家系が、王冠を所持することになった理由とかは知ってる?」
暫しの沈黙をアレンが破る。「建国神話では、アレンさんが挙げた4つの家系が王冠を所持することになったことに関する言及はありません。」
ルイから予想外の回答が飛び出す。「王冠は神がこの地に派遣された天使に信仰の証として授けたものです。その天使に付き従った従教徒ならば誰でも、その王冠を所持する資格があります。
王冠が信仰の証である以上、それを保有する4家系は勿論、従教徒の末裔である一等貴族は信仰を絶やすことなく行動することが肝要です。信仰やその
証にそれ以上の価値を求めてはいけません。神の教えは詮索の材料とすべきものではありません。」
「ルイ。あんたが命を狙われてるのは、王冠を持ってるリルバン家の親族が関与してる可能性が最も高いのよ。」
フィリアがルイに詰め寄る。「あんたは聖職者だから無意識のうちに信仰を優先するんだろうけど、あんたがことの当事者だって認識してもらわないことには、あんたが命を狙われる謎の
核心に迫れないのよ。分かってるの?あんたを護るためにアレンが庇って短刀で刺されたってことも、信仰を理由に帳消しにするつもり?」
「一連の謎が判明しないことには、どうにもこうにも対策が取れない。あんたはオーディション本選が終わってからも、刺客に狙われ続けるかもしれないのよ?
あんた自身のことなのに、あんたが謎の解明に取り組まなくてどうするのよ!信仰を説いたり守ったりするのも結構だけどね、時と場合を考えなさいよね!
またあんたを庇ってアレンが怪我しても、回復系魔法を使ってはいおしまい、で済ませるつもり?!そういうのを事なかれ主義って言うのよ!」
「フィリア。ちょっと言い過ぎだよ。」
「黙ってて!」
「落ち着きなさい、フィリア。」
「リーナ!あんた、まだルイを庇おうと・・・」
「違うわ。あんたの言いたいことは分かる。絶対安全の筈のこのホテルに入ってからも度々命を狙われてるんだから、ルイはもっと当事者意識を持つべきだ、
って言いたいんでしょ?」
「そうよ。だったら・・・」
「だけど、キャミール教の影響がレクス王国とは比較にならないこの国で、信仰を職務としているルイにいきなり信仰を二の次にしろ、って要求するのは
酷ってもんよ。人間の思考はそう簡単に変えられるもんじゃないわ。ましてや、幼い頃から大人に混じって正規の聖職者として働いて来て、聖職者としての
思考が骨身に染み込んでいるルイには、ね。」
「ルイ。あんたは今までは信仰一筋で生きて来れたでしょうけど、フィリアの言うとおり、時と場合ってもんがあるのよ。オーディションの予選が終わって此処に
来るまでにも、そして此処に入ってからもあんたは命を狙われてる。今は鳴りを潜めてるけど、何時牙を向けて来るか分かったもんじゃないわ。実兄でもあり、
あんたも出場するオーディションの実行委員長でもあるリルバン家当主の怒りを買って、ホークって奴は警備班班長を解任されて別館に軟禁されたけど、
それで全て解決されたわけじゃない。オーディション本選が終わったら、警備も何も関係なくなるから、逆にあんたの命を狙いやすくなるかもしれない。
アレンもそうだけど、クリスだって四六時中あんたを護衛出来るわけじゃない。あんたがこの先誰かの被害と引き換えに生きたくないなら、あんたが知ってる
限りのことを言うことね。」
「・・・はい。」
「あんたに信仰を捨てろ、って言うつもりは毛頭ないわ。信仰の一環として体得した知識をあくまで知識としてそのまま話したりすれば良い。それもいきなりは
無理だろうから、あんたが信用出来るクリスを通じてでも良いし、料理の時にアレンに直接話しても良い。外部とのやり取りはアレンがしてるんだから、アレンに
言えば、外で動いてる仲間とで情報を照合して背後関係を掴めるかもしれない。当事者意識を持て、って言うのはそういうことでもあるのよ。」
「・・・分かりました。」
「なかなか物分かりが良いわね。じゃあアレン。質問を続けなさい。」
「確か前にクリスが、リルバン家の現在の当主でもあるフォン氏はこの国の産業基盤整備とか教会への寄付にも熱心だ、って言ってたけど、フォン氏に限った
ことじゃなくて、一等貴族の当主がクリスとルイさんが住んでるヘブル村に来たことはある?」
「えっとな・・・。メイプルフォード家とアルフ家はあたしが小さい頃視察に来たことあるわ。やけど33)、そん頃の当主が今でも当主なんかまでは憶えとらん。
フォンさんはリルバン家当主就任直後に全国を回ってな。その途中で村に来たんよ。あれは確か5年前やから・・・、ルイが大司祭に昇格して西地区教会の
祭祀部委員やっとった頃違うか?ルイは正規の聖職者やから、出迎える列に加わった筈や。」
「クリスの言うとおり、私が大司祭に昇格して西地区教会の祭祀部委員に着任して間もない頃フォン当主視察の一報が入って、委員以上の聖職者34)は
全員、村駐在の国軍幹部と共にフォン当主を出迎える列に加わりました。その後、村長と国軍指揮官、つまりクリスのお父様と、村の中央教会と東西の
地区教会の総長が村を案内しました。村は農業と牧畜が主産業なんですけど、人口と比較して生産力が低いこと、小作地を所有する二等三等貴族が
小作地を十分活用していないこと、慈善施設の環境が劣悪なことをフォン当主は大変懸念されていたそうです。フォン当主は1週間ほど滞在されて、
この町に戻られた直後の王国議会で辺境の町村の農業生産力向上を提案され、小作人配置基準法の改正が行われ、農作物栽培促進法が施行
されました。」
「小作人配置基準法と農作物栽培促進法ってのは何なの?」
「順に説明しますと、小作人配置基準法とは、ある基準面積あたり小作人を最低何人置かなければならないという法律です。それまでは一等貴族のみ
慣例的に決まっていて、二等三等貴族では何も基準がなかった小作人の配置基準を明確にして、同時に二等三等貴族にも所有する小作地の面積に応じた
人数以上の小作人を雇うことが義務付けられたんです。小作人の処遇は二等三等貴族の隆盛や衰退に依るところが大きいんですが、その最低基準を
明文化して義務化することにより、小作人の処遇がある程度改善されました。」
「次に農作物栽培促進法ですが、これは様々な種類の農作物の栽培を奨励するものです。どの種類の農作物を栽培するかは各町村の裁量に依りますが、
栽培品目は各町村における全ての小作地で適用されます。」
「これらの法律は、私が今年から村の評議委員会に加わったことで詳細を知りました35)。ですが、先程説明しました法律の改正や施行で、村の生活水準が
大幅に向上したことは事実です。二等三等貴族の衰退に伴う失業者も減りましたし、不作時に餓死者が出るような深刻な飢餓はなくなりました。」
「フォン氏が使用人や小作人の間でも評判が高いっていうのは、間違いないね・・・。」
「俺はこれからも外に居る仲間と定期的に連絡を取るから、クリスとルイさんは何か心当たりがあることを話して。今直ぐじゃなくても良いから。」
「よっしゃ。」
「分かりました。」
「じゃあ、食べてから風呂にしますか。」
「・・・どうしたの?ルイさん。」
アレンは剣を枕元に戻して、小声で話しかける。「・・・アレンさんにお話したいことがあって・・・。」
少しの間を置いて、ルイはやはり小声で答える。他の面々が寝静まったところで話しかけて来たということは、他の面々には聞かれたくないことかも「・・・リーナさんやフィリアさんに諭されたとおり、私は当事者意識に欠けていました。私に関係することなのに、信仰が先行するあまり、信仰に関わるものに
別の角度から問題意識を持つことを失念していたんです。結局あの席では言えずじまいでしたけど、仲間の方とやり取りしてくださっているアレンさんに
私の知識が何かお役に立てることが出来るかもしれない、と思って・・・。」
「ルイさんが話してくれるなら、俺は聞くよ。」
「建国神話で、この国がある地に神が1人の天使に10人の従教徒を付き添わせて派遣した理由として、この国がある地域がかつて最も神の教えを曲解して、
世界を絶滅の瀬戸際に追い込むきっかけを作ったとあります。そして、この町に王家の城と一等貴族の邸宅が集中しているのは、神への信仰が篤い者を
この地に集めることで災いを齎すものを厳重に封印するためだとあります。『汝、悪魔の生業(なりわい)を覚えてはならぬ。それは信仰を阻害し、神の教えを
歪曲し、神の座に座ろうと企図し、神に反逆の凶刃を向けることに他ならぬ』。・・・『教書』の件と何らかの関係があるのかもしれません。」
「悪魔の生業、か・・・。」
「ええ。そしてもう1つ。王家の城にある地下神殿には名称があるんです。・・・『シャングリラ』という名称が。」
「『シャングリラ』・・・?」
「はい。その地下神殿や王冠に関しては、『教書』の外典の1つであるマデン書35)という書籍に関連すると思われる記載があります。・・・お話しすると長くなると
思いますが、アレンさんはよろしいですか?」
「うん。聞かせてもらうよ。」