Saint Guardians

Scene 7 Act 2-1 検証-Verification- 信仰と謎と想いの混濁

written by Moonstone

『アレン君、聞こえる?』
「あ、シーナさんだ。」

 ルイと一緒に作ったデザートを戻って来たリーナ、フィリア、クリスと食し、クリスがギーグの塩焼きとピッチュの塩焼きをつまみにしてカーム酒を飲んでいた
ところで、アレンの耳にシーナの声が流れ込んで来た。アレンは素早く赤いイヤリングを外して口元に近づける。

「はい。聞こえますよ。シーナさん。」
『まずは、今日イアソン君から伝えられた情報を伝えるわね。』

 シーナはひと呼吸置く。

『アレン君達が最も怪しいと見ているホーク氏は今別館に軟禁されてるんだけど、リルバン家では用事がない限り、例えば食事を持っていったりする時以外は
誰もホーク氏のところに行こうとしないそうよ。これは前の情報とも重複する部分があるんだけど、ホーク氏がリルバン家の先代当主と同様、若しくは
それ以上に使用人や小作人をもの扱いするタイプで、今は当主フォン氏の威光を笠に着て威張ったりしているから、嫌われてるみたい。』
「確か、ホーク氏はフォン氏とは正反対で、評判は芳しくないらしいんですよね。」
『ええ。で、別館は周囲を兵士で厳重に包囲されていて、そこにホーク氏とその妻のナイキって女性(ひと)が軟禁されてるんだけど、何でもそのホーク氏は、
最近になって小柄な魔術師風の人物を顧問として招聘して重用していたそうよ。』
「顧問って、まさか・・・。」

 アレンの中で、嫌な予感が俄かに現実味を帯びて来る。
レクス王国の大混乱においても、顧問としてザギが国王に取り入り、国民弾圧と統制のための組織である国家特別警察を全町村に派遣させたりする一方、
ハーデード山脈の坑道深部にあった、古代文明における殺戮兵器の発射施設の調査や配下の特殊部隊を使ったリーナの拉致、そして自分が所有権を
主張するアレンが持つ剣を奪うための父ジルムの拉致を行い、国王一族を利用するだけ利用してジルムを連れて逃亡した。
 レクス王国の国王は強権指向が強かったが、ホークは当主フォンの実弟ということで、虎の威を借りた狐のように使用人や小作人に接するという。
そういった人物に権力や支配体制の強化などを持ちかけ、それを実現させて満足させる一方、自分の野望を着々と進めるというのがザギのやり方だ。
最近になってホークがその「顧問」なる人物を招聘して重用している、というのも、レクス王国における混乱の図式と重なる部分が多い。となると、やはり
ルイに関係する一連の暗殺未遂には、「顧問」、すなわちザギに入れ知恵されたホークが深く関与している可能性が極めて高い。或いは、本当は当主
フォンに接近したかったのだが、穏健派のフォンとは接点が見出せずにホークに「鞍替え」したとも考えられる。

『別館は警備や近づく人がごく限定されてることもあってイアソン君もまだ調査出来てないそうだけど、顧問っていうその人物の姿を見た使用人はごく
一部だけど居るそうよ。その人物はさっきも言ったけど小柄の魔術師みたいな格好で、顔に目の部分だけ細い切れ込みを入れた仮面を着けている
らしいわ。』
「小柄で魔術師風で仮面を着けている、ですか・・・。確かザギもレクス王国の城で遭遇した時にそんな仮面を着けてましたけど、黄金の鎧を着けていて、
身長はかなり高かった筈です。」
『情報がまだ少ないから特定は出来ないんだけど、ザギ本人、若しくはザギの衛士(センチネル)の可能性が高い、っていうのが、その情報を聞いた私と
ドルフィンの推測。』
「衛士(センチネル)って何ですか?」
『簡単に言えばセイント・ガーディアンの側近よ。ドルフィンの師匠でもあるゼント様のように自分の後継者として登用する場合もあれば、ザギのように自分の
手足のように使う場合もあるんだけど、何れにしても戦闘能力はかなり高いわ。ザギの衛士(センチネル)だとすると、ザギの謀略や策略といった悪知恵を
体得していて、行方をくらましているザギに代わって、或いはザギの命令を受けて動いてる可能性もある、と私とドルフィンは見てるのよ。で、それは
とりあえず置いておいて、イアソン君から伝えられた別の情報を伝えるわね。』

 シーナはひと呼吸置く。

『リルバン家のフォン当主には5人の執事が仕えていて、中でもロムノっていう人が、フォン当主に一番近いそうよ。先先代、つまりフォン当主の祖父の代から
仕えていて、名だたる強硬派だった先代にも意見を言えた希少な人物らしいわ。フォン氏も先代に意見を言ったんだけど、それが先代との確執の原因に
なって、ロムノ執事が先代とフォン当主の仲介役も果たしていたそうよ。』
「そのロムノっていう執事は、ホーク氏と何か関係はあるんですか?」
『ロムノ執事は穏健な人物で、今のところホーク氏との接点は見当たらないそうよ。先先代から仕えているリルバン家の重鎮っていうこともあって、当主で
ないホーク氏は、流石にロムノ執事を自分の駒としては使えないみたい。』
「さっきにもフォン当主と先代当主の確執の話が出ましたけど、それはどんなものだったんですか?」
『それがかなり深刻だったみたいなのよ。何でも先代は、王国議会議員や教会人事監査委員にもなる一等貴族の統治能力などの面ではフォン氏を認めて
いたらしいんだけど、考え方が同じホーク氏を当主にする意向だったそうなのよ。執事や使用人も、仕えている年数が長い人ほど、ホーク氏がリルバン家
当主の座を継承することを危惧しているそうよ。またあの暗黒時代に逆戻りするんじゃないか、ってね。』
「危惧している、って、どうして現在形なんですか?」
『その辺はまだ明確にイアソン君も掴めてないそうなんだけど、私とドルフィンはイアソン君の指示で明日、一等貴族に関する法体系を調べに行くの。二等・
三等貴族の昇格・降格条件は所有する土地の面積や収穫量で決まって、土地を購入するにはそれなりのお金が必要だから大商人とかがなる、ってことは
アレン君も知ってると思うけど、一等貴族の地位は不動だから、当主継承の条件なんかも国の法律で定められている可能性があるからよ。』

 以前にも触れたが、ランディブルド王国の10ある一等貴族は、この国に派遣された一人の天使に付き添った従教徒、という建国神話にまで歴史が遡るという
長い伝統を有する。となれば、当主継承の条件なども教会人事服務規則と同様、明文化されていると考えられる。その法体系を調査すれば、執事や
使用人達が現在でもホークが当主継承を危惧している理由が判明する可能性があるし、ホークが「顧問」という謎の人物を招聘して重用している背後関係にも
迫れるかもしれない。

『アレン君の方では、何か変化はあった?」
「いえ、オーディション本選出場者に成りすました刺客を送り込んで来て以来、音沙汰がありません。」
『そう。じゃあ、アレン君は引き続き彼女を護ると同時に、出来る限り聞き込みをしておいてね。一等貴族に関する法体系は、イアソン君からの情報や 推測と
一緒に伝えるから。』
「分かりました。」

 アレンはシーナとの通信を終え、イアリングを耳に戻す。
やはり、ルイを狙っているホークの背後にはザギ、若しくはその側近が深く関与している可能性が濃厚になった。だが、それでもまだ、何故ルイが執拗に
命を狙われるのか、という謎の回答には至らない。
 情報戦に長けたイアソンと言えど、一挙に謎の核心に迫るのは容易なことではない。「赤い狼」に居た時は他の小隊などとの連携と長期間にわたる調査で、
国王の背後に黒幕が居たこと、その黒幕が強権指向の強かった王に入れ知恵をすることで王を利用して、自身の本来の目的である遺跡調査などを行わせて
いたことを推測するに至ったという、長く地道な積み重ねがある。
ルイの身の安全がまだ保障されないことをアレンはもどかしく思うが、思ってばかりでは何も進まない。イアソンもシーナも言っていたように、関係者である
クリスとルイから出来るだけ情報を集めておく必要がある。一見謎とは無関係であっても、他の情報と連結させたり重ね合わせたりすることで、謎の背景が
浮かび上がる可能性もある。

「クリスとルイさんに聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。」
「ええよ。」
「この国の一等貴族に関して何か知ってることはない?どの家系がどの家系に強いとか、この家系はこの地方で強い地盤があるとか。」
「うーん・・・。一等貴族の小作地は全国に分散しとるし、父ちゃんや母ちゃんからも、一等貴族の力関係については聞いたことあらへんな。一等貴族は
この国の建国神話にある、神に派遣された1人の天使に付き添った従教徒の末裔なんやけど、その従教徒は天使の指示受けて協力して国の制度構築やらを
したっちゅうことになっとるで、力関係とかは伝統的にあらへんと思う。小作地もヘブル村に限ってやけど、どの一等貴族のものも均等にあるし。」

 アレンの問いに、クリスは酒やつまみを口に運ぶ手を止めて、難しい表情で答える。
クリスの両親は国家体制に比較的近い存在だし、何よりこの国の国民という、当人にとっては何気ないことだが異国からの来訪者であるアレン達にはこの国に
関する実情などを肌身で感じている重要な存在でもある。クリスとルイが知っていることから、謎の核心に繋がる糸口が見出せる可能性は十分ある。

「今回のオーディションの実行委員長はリルバン家当主のフォン氏だそうだけど、一等貴族の家系は10あるんだよね?他の家系について何か知ってる?」
「当主の名前までははっきり憶えとらへんけど、家系の名前やったら知っとる。えっとな・・・。メイプルフォード、ファイレーン、ポイゴーン、ガンダイン、
ヌルドール、アルフ、アルキャネク、アルテル、クレプシドラ、で、リルバン。この10や。」
「仲間から、その中でリルバン家を含む4つの家系が、この地に派遣された天使が神から信仰の証として授かったっていう王冠を代々所有してる、って
聞いてるんだけど、どの家系が持ってるか知ってる?」
「うーん・・・。御免、憶えとらん。あたし、あんま32)神話読んだことあらへんで、詳しゅう知らへんのよ。」
「ルイさんは知ってる?」
「はい。王冠を所持している家系は、ファイレーン、ポイゴーン、アルフ、リルバンの4家系で、王冠の名前は順にレビック、クォージィ、タイロン、ザクリュイレスと
なっています。それら王冠の名前は、当主のミドルネームにもなります。リルバン家ですと、フォン・ザクリュイレス・リルバンというように。残る6つの家系は
別の、その家系独自のミドルネームを持っています。何れもミドルネームは一等貴族の当主以外は使用出来ません。」

 クリスとルイの証言により、一等貴族の概要がほぼ明らかになった。
先のシーナからの情報により、リルバン家が建国神話に歴史が遡る王冠を代々所有していて、リルバン家のものはザクリュイレスという名称だと分かって
いたが、クリスとルイの証言でそれも裏付けられた。
 となると、4つの王冠が揃うことで開くという、王家の城の地下にあるという地下神殿が尚更気になる。
ザギがレクス王国で狙っていたのは、ハーデード山脈に眠っていた古代文明における殺戮兵器と、アレンが持つ剣だった。そして海を越えてカルーダ王国に
入ったアレン達は、ラマン教の内紛に遭遇すると共に反乱軍の口車に乗ってドルフィンとイアソンと分断され、危うく「人間を含む全ての動物の身体を構成
するための目に見えない情報」とやらを記載した古代文明の秘法を流出させるところに追い込まれた。その背後には、反乱軍と接触したゴルクスという
セイント・ガーディアンが居たこと、確証はないがゴルクスとザギが情報交換をしたことも判明している。
 形は違えど古代文明の遺跡や遺物を狙って行動しているらしいザギだ。ランディブルド王国の地下神殿も古代文明に関する「何か」で、それを手中にすべく
一等貴族当主の親族に取り入った可能性が考えられる。

「クリスとルイさんは、この町にある王家の城の地下神殿のこと、知ってる?」
「ああ、その話ならちょこっと聞いたことある。あそこに入れるんは、国の中央教会の高位の聖職者だけらしいわ。確か、一等貴族が持っとる4つの王冠が
必要で、4つの家系が1つずつ持っとるんは、万が一その聖職者がろくでもないこと考えとってもそう簡単に開けられへんように、っちゅう防衛策らしいわ。」
「その地下神殿には何があるか、知ってる?」
「否、それは知らへん。開けられるんが国の中央教会の高位の聖職者だけ、しかも開けるには4つの一等貴族が持っとる王冠を全部持たんと駄目やから、
恐らくこの国でも中知っとるんはごく一部、国王一族と条件満たせる国の中央教会の聖職者程度やと思う。」
「・・・その地下神殿に関するものかどうかは分かりませんが、『教書』の一節には、こういう件(くだり)があります。

汝、扉を固く閉ざして耳を澄ませよ。神の怒りが荒れ狂う。破壊と浄化の炎が燃え盛る。
罪に溺れし神の子が、神の住まわれる場所、すなわち天から降らせる光の槍に射抜かれ、苦悶の叫びを上げる。
全ての炎と叫びが消えても暫しは扉を開けてはならぬ。炎は長く燻(くすぶ)り続けるのだから。

・・・私はまだ司教補という未熟者ですから地下神殿の扉を開けるには遠く及びませんが、神の子たる人間は、神の子であることを忘れたが故に罪に溺れ、
悪魔に支配されることになったのです。神の怒りに触れるようなことはしてはなりません。特に、大勢の人々の運命を左右する立場である者は。」

 本場の、しかも一村の中央教会の要職に就く聖職者であるルイの静かな言葉は、その場に居る全員の心に重く響く。
この国の聖職者が教会人事服務規則に従わなければならず、人事も教会人事監査委員会という国の組織の承認を必要とするなど、知名度や人望と
背中合わせの厳しさを併せ持つのは、それだけ神の教えに忠実な聖職者を育成すべく国全体が総力を挙げていることであり、それはイアソンが以前
伝えたように、この地がかつて最も神の教えを曲解して世界を絶滅の瀬戸際に追い込むきっかけを作ったことを教訓としているからだろう。
ルイはそのことを身体に染み込ませているからこそ、彼方此方の教会から異動要請が来るほどの存在になり得たとも言える。

「・・・一等貴族の4つの家系が、王冠を所持することになった理由とかは知ってる?」

 暫しの沈黙をアレンが破る。
一等貴族の中でファイレーン、ポイゴーン、アルフ、リルバンの4つの家系が、地下神殿の扉の鍵となる王冠を所持するに至ったにも何か理由があるのだろう。
まさかこの地に派遣された天使が、神から信仰の証として授けられたといういわくつきの王冠を適当に4つの家系を選んで持たせたとは思えない。

「建国神話では、アレンさんが挙げた4つの家系が王冠を所持することになったことに関する言及はありません。」

 ルイから予想外の回答が飛び出す。

「王冠は神がこの地に派遣された天使に信仰の証として授けたものです。その天使に付き従った従教徒ならば誰でも、その王冠を所持する資格があります。
王冠が信仰の証である以上、それを保有する4家系は勿論、従教徒の末裔である一等貴族は信仰を絶やすことなく行動することが肝要です。信仰やその
証にそれ以上の価値を求めてはいけません。神の教えは詮索の材料とすべきものではありません。」

 古代文明へのセイント・ガーディアンの接近を追うアレン達と、信仰を職務とするルイとの考え方の違いが鮮明になる。
アレン達にとっては王冠の謎に迫ることでルイが命を狙われる謎の核心に迫れるかもしれないのだが、ルイにとっては「教書」に代表される教えや王冠に
信仰以外の価値を見出すべきではないものとなる。
 信仰を職務とするかしないかで科学や事実に対する認識が変わって来ることは、我々の世界でも往々にしてあることだ。これは価値観の相違に基づく
ものだから、どちらが絶対正しいというべき性質のものではない。

「ルイ。あんたが命を狙われてるのは、王冠を持ってるリルバン家の親族が関与してる可能性が最も高いのよ。」

 フィリアがルイに詰め寄る。

「あんたは聖職者だから無意識のうちに信仰を優先するんだろうけど、あんたがことの当事者だって認識してもらわないことには、あんたが命を狙われる謎の
核心に迫れないのよ。分かってるの?あんたを護るためにアレンが庇って短刀で刺されたってことも、信仰を理由に帳消しにするつもり?」

 フィリアの口調が次第に厳しくなる。
確かにアレンが短刀で刺されたのは、ルイを狙った刺客から庇ったためだ。なのに、ルイが信仰を優先して謎の核心に積極的にならないことが聖職者でない
フィリアには理解出来ず、同時に腹立たしくてならないのだ。

「一連の謎が判明しないことには、どうにもこうにも対策が取れない。あんたはオーディション本選が終わってからも、刺客に狙われ続けるかもしれないのよ?
あんた自身のことなのに、あんたが謎の解明に取り組まなくてどうするのよ!信仰を説いたり守ったりするのも結構だけどね、時と場合を考えなさいよね!
またあんたを庇ってアレンが怪我しても、回復系魔法を使ってはいおしまい、で済ませるつもり?!そういうのを事なかれ主義って言うのよ!」
「フィリア。ちょっと言い過ぎだよ。」
「黙ってて!」
「落ち着きなさい、フィリア。」

 アレンの制止をも振り切ったフィリアに、リーナが相変わらずの口調で言う。

「リーナ!あんた、まだルイを庇おうと・・・」
「違うわ。あんたの言いたいことは分かる。絶対安全の筈のこのホテルに入ってからも度々命を狙われてるんだから、ルイはもっと当事者意識を持つべきだ、
って言いたいんでしょ?」
「そうよ。だったら・・・」
「だけど、キャミール教の影響がレクス王国とは比較にならないこの国で、信仰を職務としているルイにいきなり信仰を二の次にしろ、って要求するのは
酷ってもんよ。人間の思考はそう簡単に変えられるもんじゃないわ。ましてや、幼い頃から大人に混じって正規の聖職者として働いて来て、聖職者としての
思考が骨身に染み込んでいるルイには、ね。」

 今までのように理論で相手を捻じ伏せるのではなく、諭してなだめるリーナに、フィリアは反論に二の足を踏む。
フィリアとて直情的ではあるが、決して物分かりが悪いわけではない。むしろ、アレンを巡るライバルという立場の違いを別にして共通の課題に取り組める
くらいの客観性や冷静な思考力を有する。伊達に魔術学校卒業後も魔術の研究を続けて、Enchanterの称号を得るに至ったわけではない。
 フィリアがルイに対する攻撃の矛先を引っ込めたのを受けて、リーナがルイに向き直る。

「ルイ。あんたは今までは信仰一筋で生きて来れたでしょうけど、フィリアの言うとおり、時と場合ってもんがあるのよ。オーディションの予選が終わって此処に
来るまでにも、そして此処に入ってからもあんたは命を狙われてる。今は鳴りを潜めてるけど、何時牙を向けて来るか分かったもんじゃないわ。実兄でもあり、
あんたも出場するオーディションの実行委員長でもあるリルバン家当主の怒りを買って、ホークって奴は警備班班長を解任されて別館に軟禁されたけど、
それで全て解決されたわけじゃない。オーディション本選が終わったら、警備も何も関係なくなるから、逆にあんたの命を狙いやすくなるかもしれない。
アレンもそうだけど、クリスだって四六時中あんたを護衛出来るわけじゃない。あんたがこの先誰かの被害と引き換えに生きたくないなら、あんたが知ってる
限りのことを言うことね。」
「・・・はい。」
「あんたに信仰を捨てろ、って言うつもりは毛頭ないわ。信仰の一環として体得した知識をあくまで知識としてそのまま話したりすれば良い。それもいきなりは
無理だろうから、あんたが信用出来るクリスを通じてでも良いし、料理の時にアレンに直接話しても良い。外部とのやり取りはアレンがしてるんだから、アレンに
言えば、外で動いてる仲間とで情報を照合して背後関係を掴めるかもしれない。当事者意識を持て、って言うのはそういうことでもあるのよ。」
「・・・分かりました。」
「なかなか物分かりが良いわね。じゃあアレン。質問を続けなさい。」

 リーナにいきなり話を振られて一瞬アレンは当惑したが、直ぐに頭を切り替える。
リルバン家当主のフォンは理想を絵に描いたような穏健派で、使用人や小作人の評判も高いという。そのあたりの裏付けをするか、とアレンは思う。

「確か前にクリスが、リルバン家の現在の当主でもあるフォン氏はこの国の産業基盤整備とか教会への寄付にも熱心だ、って言ってたけど、フォン氏に限った
ことじゃなくて、一等貴族の当主がクリスとルイさんが住んでるヘブル村に来たことはある?」
「えっとな・・・。メイプルフォード家とアルフ家はあたしが小さい頃視察に来たことあるわ。やけど33)、そん頃の当主が今でも当主なんかまでは憶えとらん。
フォンさんはリルバン家当主就任直後に全国を回ってな。その途中で村に来たんよ。あれは確か5年前やから・・・、ルイが大司祭に昇格して西地区教会の
祭祀部委員やっとった頃違うか?ルイは正規の聖職者やから、出迎える列に加わった筈や。」
「クリスの言うとおり、私が大司祭に昇格して西地区教会の祭祀部委員に着任して間もない頃フォン当主視察の一報が入って、委員以上の聖職者34)
全員、村駐在の国軍幹部と共にフォン当主を出迎える列に加わりました。その後、村長と国軍指揮官、つまりクリスのお父様と、村の中央教会と東西の
地区教会の総長が村を案内しました。村は農業と牧畜が主産業なんですけど、人口と比較して生産力が低いこと、小作地を所有する二等三等貴族が
小作地を十分活用していないこと、慈善施設の環境が劣悪なことをフォン当主は大変懸念されていたそうです。フォン当主は1週間ほど滞在されて、
この町に戻られた直後の王国議会で辺境の町村の農業生産力向上を提案され、小作人配置基準法の改正が行われ、農作物栽培促進法が施行
されました。」
「小作人配置基準法と農作物栽培促進法ってのは何なの?」
「順に説明しますと、小作人配置基準法とは、ある基準面積あたり小作人を最低何人置かなければならないという法律です。それまでは一等貴族のみ
慣例的に決まっていて、二等三等貴族では何も基準がなかった小作人の配置基準を明確にして、同時に二等三等貴族にも所有する小作地の面積に応じた
人数以上の小作人を雇うことが義務付けられたんです。小作人の処遇は二等三等貴族の隆盛や衰退に依るところが大きいんですが、その最低基準を
明文化して義務化することにより、小作人の処遇がある程度改善されました。」

 前にも触れたように、二等三等貴族の認可・昇格はどれだけ小作人を雇用しているかではなく、どれだけ土地を多く所有しているかで決まる。
そのため一等貴族はまだしも、二等三等貴族は出来るだけ多くの土地を持ち、極力少ない小作人でより多くの収穫を得ようとする。そういった搾取の
典型例を法律で基準を明文化することである程度抑止することになったのだから、小作人の反発を抑えることにも成功したとも言える。

「次に農作物栽培促進法ですが、これは様々な種類の農作物の栽培を奨励するものです。どの種類の農作物を栽培するかは各町村の裁量に依りますが、
栽培品目は各町村における全ての小作地で適用されます。」

 農作物、言い換えれば穀物や野菜といったものは畜産物や魚介類と同様、重要な戦略物資でもある。人間は食べなければ生きていけないからだ。
採れないから、とか、効率−コストパフォーマンスとも言える−が悪い、といって安易に食料を輸入に頼ると、外交関係の悪化などで相手国との貿易が
途絶えたり価格を吊り上げられた場合、即座に国民全体の死活問題に繋がる。「出来るだけ多くの土地で出来るだけ多くの小作料を得る」という論理が
先行すると、大量に収穫出来る、若しくは高い利益を挙げられる作物の栽培に偏ってしまう。これも国民全体に関わる重大問題だ。
多種多様な農作物を栽培することは食料という戦略物資を自前で確保するという国家運営の基本精神の一つを実現すると同時に、ある作物が不作だった
場合でも別の農作物で収入が確保出来ることでもあるから、小作地を所有する全ての貴族にとっても利益となるものだ。
 一等貴族は10で固定なのに対して、二等三等貴族はその数も変われば本来の職種−例えば銀細工専門の貿易商人だったり−も変動がある。
二等三等貴族の利益も確保出来ることで、小作人雇用の最低基準設置に因る小作料の減収に伴う二等三等貴族の不満をも解消出来る、一石二鳥とも
言える法律だ。シーナから伝え聞いたイアソンの情報どおり、フォンはかなり高い統治能力を持っていると言える。

「これらの法律は、私が今年から村の評議委員会に加わったことで詳細を知りました35)。ですが、先程説明しました法律の改正や施行で、村の生活水準が
大幅に向上したことは事実です。二等三等貴族の衰退に伴う失業者も減りましたし、不作時に餓死者が出るような深刻な飢餓はなくなりました。」
「フォン氏が使用人や小作人の間でも評判が高いっていうのは、間違いないね・・・。」

 現時点ではやはり、フォンがルイ抹殺に動く理由も思考の背景も見当たらない。やはり「顧問」なる怪しげな人物を招聘して重用しているというフォンの
実弟ホークに疑惑の目を向けるのが適切なようだ。
 しかし、疑惑を向けることまでは出来ても、ルイが何故執拗に命を狙われるのかという謎の核心に迫れない。やはりイアソンの更なる情報収集と鋭い
洞察力に加え、今以上にルイの信頼を得て、その心に秘めているかも知れぬものを話してもらう必要がありそうだ。

「俺はこれからも外に居る仲間と定期的に連絡を取るから、クリスとルイさんは何か心当たりがあることを話して。今直ぐじゃなくても良いから。」
「よっしゃ。」
「分かりました。」
「じゃあ、食べてから風呂にしますか。」

 クリスとルイの了解に続いて、リーナが言う。デザートの後は女性陣4人が風呂に入る。アレンは最後で一人で入るのが慣例になっている。
朝昼晩の食事を作り、それ以外でもリーナに読書ついでの飲み物を要求されるためなかなか休まる時がないアレンにとっては、貴重な休息時間でもある。
 女性陣が着替えを持って風呂場に向かったところで、アレンは深い溜息を吐いてソファに凭れる。
シーナから伝え聞いた情報で、ホークの背後に「顧問」なる人物が居ること、その人物の特徴が自分が対峙したザギと類似していることが分かった。
自分やシーナの推測どおり、その「顧問」なる人物がザギ本人若しくは側近の衛士(センチネル)だとすると、どんな手段でルイに襲い掛かって来るか
分からない。
 国の中央教会の高位の聖職者が、4つの一等貴族が分散して所有している王冠を揃えないと開かないという王家の城の地下神殿も気にかかる。
仮にザギやその配下が地下神殿を狙っているのであれば、王冠を所持している4つの一等貴族の家系と国の中央教会全てに配下を送り込むのではないか。
教会が国家体制に強い影響力を持つ一方で強力な監査の元にあるという、言わば相互監視のシステムが強固なため、偶々レクス王国の国王と同じく強権
指向を持つホークに取り入ることで、システムを端から徐々に崩そうとしているのか。
問題が切実な一方で分からないことが多過ぎる。今まで剣や魔法をぶつけ合うことが戦闘だと思っていたアレンにかかる心理的重圧は大きい。
 ドルフィンにかけられた呪詛が解除された以上、オーディション本選が終わったらこの国に留まる理由はなくなる。ルイに纏わりつく黒い翳を払い除けたい、
と思う。加えて、自分を1人の男性として意識していると明言し、熱烈な求愛の意思表示をしているルイと離れたくない、という思いもある。
出逢った記念に指輪でも買ってさようなら、とはしたくない。求愛を受け入れたいとさえ思っている。だが、ルイは休職中とは言え教会の権威ある役職者。
「村一番の聖職者」と称されるルイに「自分の旅について来て欲しい」とは言えない。
不慣れな情報戦に伴う心理的重圧とルイへの想いに挟まれた心を反映して、アレンの表情は重くなる・・・。
 アレンが風呂から上がり、部屋のランプを消す。真っ暗になった部屋のベッドでは、リーナ、フィリア、クリスとルイが寝ている。
今日1日が無事に終わったことで、アレンは安心してソファに横になって毛布を被る。
 少し時間が流れてアレンが眠りの淵に沈みかけたところで、ベッドに出来ていた盛り上がりの1つが動く。気配を感じたアレンは、身体を起こして目を凝らす。
闇に慣れた大きな瞳にパジャマ姿のルイが映る。ルイはアレンの傍に来て、屈み込む。その表情は思い詰めたようなものでもあり、何か戸惑っているようでも
ある。

「・・・どうしたの?ルイさん。」

 アレンは剣を枕元に戻して、小声で話しかける。

「・・・アレンさんにお話したいことがあって・・・。」

 少しの間を置いて、ルイはやはり小声で答える。他の面々が寝静まったところで話しかけて来たということは、他の面々には聞かれたくないことかも
しれない。
アレンは了承を示す小さな頷きを示してから音を立てないようにソファを降りて、念のために剣を持って窓際に向かう。ルイはそれに続く。
窓からはやや丸みを帯び始めた半月が見える。アレンとルイは自然と向き合う。

「・・・リーナさんやフィリアさんに諭されたとおり、私は当事者意識に欠けていました。私に関係することなのに、信仰が先行するあまり、信仰に関わるものに
別の角度から問題意識を持つことを失念していたんです。結局あの席では言えずじまいでしたけど、仲間の方とやり取りしてくださっているアレンさんに
私の知識が何かお役に立てることが出来るかもしれない、と思って・・・。」
「ルイさんが話してくれるなら、俺は聞くよ。」

 小声でのやり取りの後、少しの間を置いてルイが話し始める。

「建国神話で、この国がある地に神が1人の天使に10人の従教徒を付き添わせて派遣した理由として、この国がある地域がかつて最も神の教えを曲解して、
世界を絶滅の瀬戸際に追い込むきっかけを作ったとあります。そして、この町に王家の城と一等貴族の邸宅が集中しているのは、神への信仰が篤い者を
この地に集めることで災いを齎すものを厳重に封印するためだとあります。『汝、悪魔の生業(なりわい)を覚えてはならぬ。それは信仰を阻害し、神の教えを
歪曲し、神の座に座ろうと企図し、神に反逆の凶刃を向けることに他ならぬ』。・・・『教書』の件と何らかの関係があるのかもしれません。」
「悪魔の生業、か・・・。」
「ええ。そしてもう1つ。王家の城にある地下神殿には名称があるんです。・・・『シャングリラ』という名称が。」
「『シャングリラ』・・・?」
「はい。その地下神殿や王冠に関しては、『教書』の外典の1つであるマデン書35)という書籍に関連すると思われる記載があります。・・・お話しすると長くなると
思いますが、アレンさんはよろしいですか?」
「うん。聞かせてもらうよ。」

 アレンは迷うことなく承諾する。リルバン家が所持する王冠に関係する地下神殿についての情報は、何らかの糸口になり得る。
ルイは小さな頷きで感謝を示してから、地下神殿に関する知識を話し始める・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

32)あんま:「あんまり(あまり)」と同じで、「〜したことがない」という否定形経験の文法で使用する。方言の1つ。

33)やけど:「だけど(でも)」と同じ。方言の1つ。これまでにも登場した「せやけど」と同じだが、年月の経過で「せ」が抜け落ちることもあるようになったと
考えられる。


34)委員以上の聖職者:教会の役職に就けるのは正規の聖職者に限定されている。非正規の聖職者でも称号の昇格はあり得る。

35)村の評議委員会に・・・:前にも触れたとおり、評議委員会はランディブルド王国における地方議会に相当するし、国全体に適用される法律を知って
いないと務まらない役職でもある。評議委員は名誉職ではなく、かなりの要職なのだ。


36)『教書』の外典の・・・:Prologueの最後にも一節があるので参照されたい。

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