Saint Guardians

Scene 7 Act 1-2 捜索-Search- 秘密のカーテンの向こう側

written by Moonstone

 その日の夜。回復したルイと共に夕食を作って後片付けを済ませ、女性陣が風呂に向かったところでシーナから通信が入った。
まずアレンから、今日の昼にルイ殺害未遂事件が起こったこと、オーディション本選出場者の一人が護衛共々斬殺されていたこと、事件を受けて警備班
班長が実行委員長のフォンに役職を解任されたことを話した。
当然のことながらシーナは驚いた。オーディション本選出場者に成りすました刺客を送り込んでまで命を狙って来るというのは、異常事態としか言いようが
ない。

『そこまでして殺害を目論むなんて、ただ事じゃないわね。』
「はい。警備班班長は解任されましたけど、このまま大人しくしているとは思えませんし、かと言って一人一人素性を調査するなんて出来ませんし・・・。」
『とりあえず、アレン君は彼女から離れないことね。じゃあ次は、私から情報を伝えるわ。』

 シーナはイアソンから伝えられた情報、すなわち実行委員長のフォンが実父でもある先代当主と違い穏健派として人々の評判が高いこと、先代当主は
小作料率の大幅引き上げ法案や異民族排斥法案を度々提案するなど名だたる強硬派で現当主のフォンと確執があったこと、異民族排斥法案とは、
ランディブルド王国の少数民族でありダークエルフの血を引くバライ族を、バライ族が多数を占める隣国シェンデラルド王国に強制移民させるという趣旨の
法案であることをアレンに伝える。
 異民族排斥法案の趣旨を聞いたアレンはルイの話を思い出し、躊躇いを感じつつもそのことを話す。
ルイが色黒なのはルイがバライ族で死んだ母がハーフのダークエルフであること。肌の色の違いを根拠とした差別や強硬派が少なからず存在すること。
ルイが幼い頃激しい迫害を受けたのは、母が戸籍上死んだことになっていたことと共に地方の有力者に強硬派が比較的多いことが背景にあること。
ルイの心に今尚生々しい痕跡を残す傷を「公表」するのは心もとないが、ルイが執拗に狙われる背景を掴むきっかけになるかもしれない、とアレンは思う。

『彼女と解任された警備班班長の親族とには、民族問題で一応接点があることになるわね。』
「イアソンから聞いてるかもしれませんけど、彼女の父親は解任された警備班班長で警備班班長は彼女のお母さんが彼女を身篭っていることを
知らなかった。彼女が聖職者として知名度を上げたことでその存在を知った警備班班長は、権威失墜を恐れてその地位を悪用して彼女の抹殺を企てた、と
いうのが現時点で俺とイアソンで共通している推測です。」
『その可能性もあるわね。』
「これもイアソンから聞いてるかもしれませんけど、警備班班長は俺が男だという情報を仕入れて、俺と彼女を引き剥がそうとしました。幸いリーナが早く
戻って来たのと、イアソンの忠告どおりシーナさんからもらった薬を飲んでおいたことで難を逃れましたけど、警備班班長の背後には・・・ザギが居ると
思います。この国の国民で、人事や扱いが役人と同等以上の聖職者である彼女はまだしも、俺はパーティーの財政難解消を目的に偶然公募中だったこの
オーディションに応募して本選出場を決めた、遠い外国の一市民の護衛です。そんな俺が実は男だなんて知っている筈がありません。」
『ドルフィンも言ってるわ。ザギが何らかの理由で彼女の抹殺を目論む警備班班長に取り入っている可能性がある、って。イアソン君は勿論だけど、私も
ドルフィンも、一連の事件の背景にはザギが絡んでいると推測しているのよ。だけど、肝心要の謎、つまり彼女がどうしてそこまで執拗に警備班班長に
狙われるのかがまだ分かってないの。私生児の存在の発覚に対する危機感みたいなものは一等貴族の親族のプライドが先走っていれば生じても不思議じゃ
ないけど、抹殺にまで思考が暴走する理由とまでは行き着かないと思うのよ。彼女は役人と同等以上の知名度と人望がある聖職者っていう職業だから、
裏で緘口令を敷くなり取引で口止めさせるなりすれば、彼女は従うだろうし。その辺の事情をもっと詳しく探るために、イアソン君がリルバン家の屋敷に
潜入したのよ。』
「潜入、ですか。」
『ええ。イアソン君の言葉を借りると、この手の問題は内部処理する傾向にあるから、推測を確信に変えるには内部に潜入して情報収集するのが近道だ、
ってことで。イアソン君からの情報は私から随時伝えるから、アレン君は彼女を護ると同時に出来る限り事情を聞いたりしておいて。何かが糸口になるかも
しれないから。』
「分かりました。」

 アレンは気持ちを新たにする。
緊急性は薄れたとは言え、ルイが背後関係不明のまま狙われている可能性が消失したわけではない。背後にあのザギが居る可能性も高い。警備班班長が
手を変え品を変え、再びルイを抹殺しようと魔の手を伸ばして来る可能性が否定出来ない以上、背後関係を把握してそれを排除しないことには、ルイは
オーディション本選が終わってからも四六時中刺客の影に怯えながら生きることを強いられる。激しい逆風の時代を生き抜き、今の地位や知名度や人望を
勝ち得たルイの未来を保障するには、ルイを護り、禍根を断つ以外に方法はない。

『で、今日ドルフィンと一緒に町で聞き込みをした結果得られた情報を伝えるわね。』
「はい。」
『この国に10ある一等貴族の家系のうちリルバン家を含む4つが、この国がある地域に派遣された天使が神から信仰の証として授けられた王冠を所有して
いるってことは前にイアソン君から聞いてると思うけど、その当主であることを示すミドルネーム、リルバン家ではザクリュイレスだけど、それは王冠の名前でも
あるそうよ。で、その王冠が4つあることと、この国がキャミール教の影響が凄く強いこととは密接な関係があるの。』
「信仰の証だけじゃないんですか?」
『ええ。この町にある王家の城には地下神殿があって、その扉は4つの王冠を携えた中央教会の高位の聖職者でないと開けないようになっているそうよ。
この国は聖職者が多いけど、大半は花嫁修業や心身の鍛錬のために教会にお金を払ってなる一時的なもので、本来の聖職者は教会の名簿に登録されて、
教会人事服務規則っていうこの国全体に適用される法律と同等の位置づけにある規則に従う必要があったり、人事が教会人事監査委員会っていう国の
組織の承認を必要とするのも、その神殿の扉を開けるだけの資質を持った聖職者を育成する目的があるみたい。そして4つの王冠の所有者が教会じゃなくて
一等貴族の4つの家系に分散しているのは、万が一高位の聖職者が心の奥に邪な意図を持っていた場合でも、そう簡単に神殿の扉を開けないようにする
ためだそうよ。』
「その神殿には何か重要なものが収められているんですか?」
『私もドルフィンもそこが気になって色々聞いてみたんだけど、何分神殿の扉を開けるのが中央教会の高位の聖職者に限定されていることなんかもあって、
誰も分からないみたいなの。でも、それだけ厳重な安全措置を講じてまで開けないようにしているっていうことは、レクス王国の遺跡やラマン教の秘法と
同じく、古代文明に纏わる遺跡や技術や知識だと考えられる、っていうのが私とドルフィンの推測。』
「もしそうだとすると、ザギが一等貴族の親族に取り入る理由も説明出来ますね。ザギやゴルクスは、古代文明が残した遺跡や知識を狙ってましたから。」
『そうね。問題のリルバン家の内部事情は潜入したイアソン君からの情報を待ちましょう。通信機はなくさないようにね。』
「はい。」

 アレンはシーナとの通信を終了して、イヤリングを耳に戻す。
ザギがレクス王国で狙っていたものは、「大戦」で使用されたというもの凄い破壊力を持つ兵器だったことはアレンも知っているし、反乱軍に踊らされる形で
ラマン教の内紛に巻き込まれて知ったラマン教に伝わる秘法は、人間をはじめとする動物の身体を構成するための、目に見えない情報とやらを記載したもの
だった。此処ランディブルド王国に古代文明に纏わる遺跡なり知識なりがあると掴んだら、ザギが狙いを定めるのも納得がいく。
 問題はただ一つ。ザギが取り入っている可能性が高い、リルバン家当主の実弟であり警備班班長でもあった男ホークとルイとの接点だ。
ルイの父がホークで、ホークがルイの母ローズがルイを身篭っていたことを知らなかった可能性があるという推測はイアソンと一致しているが、確証がない。
何故オーディション本選出場者をその手にかけてまでホークがルイをつけ狙うのかという問題の核心部分が、未だ推測の域を出ない。リルバン家の屋敷に
潜入したというイアソンが、断片的にでも情報を掴んでくれることを待つのを期待したいところだ。
 ルイから過去を聞き出すことには、アレンは気が引ける。母ローズがどういうわけか戸籍上死んだことになっていたため、苛烈極まりない幼少時代を
過ごし、ようやく聖職者として名を挙げた矢先に母を亡くしたルイの古傷を抉るようなことはしたくない、というのがアレンの正直な気持ちだ。
だが、ルイしか知りえない情報や事実があるかもしれないし、それが一連の事件の核心に一挙に迫る可能性は否定出来ない。ルイから自分の過去を話して
もらうようにするには今以上の信頼を得る必要があるだろう。
そう思っていたアレンに風呂から上がった女性陣から声がかかり、アレンはつかの間の骨休めに向かう・・・。
 翌日の早朝、リルバン家の広大な屋敷が動き始める。
建国以来王家を支えてきた10ある一等貴族の1家系であるリルバン家の使用人は数多い。まずは使用人が自分達の食事を作って食べることから始まる。
仕事の前に腹ごしらえ、というわけだ。
それぞれの寝床から出た−使用人は普通4人一部屋で生活している−使用人達は各々の箪笥から服を取り出して着替える。

「あれ?俺の服がない。」

 使用人の一人が箪笥の中を弄って首を傾げる。

「変だなぁ。昨日確かに此処に入れたんだけど・・・。」
「洗濯に回したままなんじゃないのか?予備はあるんだろ?早く着替えないと遅れるぞ。」
「そうだな。・・・おかしいなぁ・・・。」

 使用人は首を捻りながら予備の服を出して着替え、いそいそと使用人専用の食堂に向かう。一挙に戦場と化した厨房で動き回る使用人達の中に、
イアソンが紛れ込んでいる。
昨夜リルバン家に潜入したイアソンは寝静まった深夜に屋敷の構造を把握した後使用人の部屋の一つに潜入し、服を失敬して着用している。
使用人の数は優に100人を超える。使用人の服を着てさえいれば一人二人増えても分からないし、仮に分かっても新入りと見なされる程度で済む。それに、
大勢の人間の食事を準備する厨房では兎に角人手が必要だ。人が増えて助かることはあっても困ることはない。イアソンはそれを見越して厨房で働く
使用人の中に紛れ込んだのだ。ちなみに潜入時に着用していた迷彩服は、最初に入った物置の片隅に仕舞いこまれている。
 イアソンは料理長の指示に従って食材を資材置き場から運んだり、下ごしらえをしたりする。元々手先が器用で、アレンには及ばないものの料理は得意な
イアソンは、手際良く仕事をこなしていく。その手際の良さに、最初こそ何となく見慣れない奴と思っていた他の使用人達は、何時もどおりそれぞれの
仕事に専念する。
大量の食事が出来上がると、今度はそれを食堂に運ぶという仕事が待っている。イアソンはここでもてきぱきと動く。使用人としてまったく遜色がない
イアソンに、食堂に集まっていた厨房以外の使用人も、よく働く奴だ、という認識で馴染んでしまう。

 全員揃ったところで、使用人達は一斉に食事を食べ始める。この後厨房の使用人は食器を厨房に運んで洗って仕舞い、リルバン家当主フォンやその執事
などの「上級職」用の食事を作ってそれぞれの部屋に運ぶ仕事が待っているから、休憩時間などまだまだ先の話だ。
フォンやその執事などは個室を持っている。中でも当主のフォンは、寝室の他に執務室や応接室など幾つもの部屋を所有している。使用人の食事が簡単に
作れて量もそこそこという質素なものに対して、特に当主フォンの食事は見た目にも食欲を掻き立てられるものだ。
ここでもイアソンは他に使用人達に混じって仕事をこなす。不明な点は持ち前の巧みな話術で聞き出し、素早く飲み込んで対応する。「赤い狼」で活動して
いた時に、工作活動の最前線部隊の長として迅速且つ臨機応変な対応を常々要求されていたイアソンにとっては容易いことだ。
 食事が出揃ったところで、料理長が誰が誰の部屋に料理を運ぶかを指示する。イアソンは執事の一人への分担に回される。他の使用人達に混じって、
イアソンは両手で注意深く且つ迅速に料理を運ぶ。このあたりも使用人としてまったく違和感がない。

「先日、オーディション本選警備班班長を任じられていたホーク様が、不手際の責任を問われて解任されたと聞きましたが。」

 長い廊下を歩く途中で、徐にイアソンが切り出す。いきなりホークや当主フォンの内情に切り込まず、誰もが知っていそうなことから聞き込みを開始するのも、
このような情報収集では不可欠の戦略だ。

「何だ。お前、手際は良いけどそういうことには疎いな。」
「まだ使用人として勤めて間もない故、仕事に忙殺されていまして・・・。」
「フォン様のお怒りぶりと言ったら、そりゃあもう凄まじかったぞ。ホーク様の警備班班長の任をその場で解任された上に、ホーク様をオーディション本選終了
まで別館に軟禁。その後司法委員会にかける、と宣告されたほどだ。ホーク様のリルバン家からの永久追放は避けられまい。」
「そのフォン様は秀逸の人格者であられますよね。今回のオーディションの中央実行委員長の他、教会人事監査委員長という大役もこなしておられる・・・。」

 イアソンはある程度フォンのことを知っていることをさり気なくアピールする。何も知らないばかりだと怪しまれるからだ。これもやはり、このような
情報収集を効率良く進めるための戦略である。

「フォン様は一等貴族の中でも特に優れた統治能力をお持ちだ。国の産業基盤整備でも、ご多忙な中で実際に現地に出向かれて実情を把握された上で
議会に具体案を提示されたり、不作時に備えてご所有の小作地からの小作料を計画的に備蓄しておられる。」
「そして同時に、敬虔なキャミール教徒でもあられる。教会へのご寄付、とりわけ地方への手厚いご配慮は、一等貴族の中でも群を抜いておられる。二等・
三等貴族共が自分の利益に執着する中、フォン様は由緒正しい一等貴族の1家系の当主たる地位に溺れることなく、常に弱き者、貧しき者へのご配慮を
怠らない。我々使用人に対しても気さくにお声をかけてくださり、要望を聞いて反映してくださったりもする。この前も、この町でご所有の小作地における
小作人を増やすという失業者対策を議会提案に先駆けて実施されたほどだ。国王陛下のご信頼も厚いし、一昨年全会一致で教会人事監査委員長に
推挙されたのは、我々からすれば当然というもの。使用人である我々は神に感謝せねばなるまい。」

 使用人達が誇らしげに話すところからするに、現当主フォンは穏健を絵に描いたような人格者だとイアソンは確信する。
そのフォンが、現時点で最も疑わしいホークをルイ殺害未遂事件の件で激しく叱責し、オーディション本選終了まで別館に軟禁とするなどの強硬策を執ったと
いうことは、先代当主との間でそうだったという情報があるように、フォンとホークとの間に何か確執があるのでは、とイアソンは推測する。

「ホーク様が警備班班長という職責を怠ったことで叱責されるのは当然ですが、どうしてフォン様はそんなに激怒されたんでしょう?」
「さあ・・・。フォン様が実弟でもあられるホーク様にあれほど厳しい態度に出られたのは、俺が知る限りでは今回が初めてだからな。」
「いかに温厚なフォン様といえども、伝統ある我が国のシルバーカーニバルの中心イベントに泥を塗るような失態は許せぬ、ということだろう。」
「何はともあれ、フォン様が当主になられてリルバン家の評判が上がったことで、亡くなられた先代当主もさぞお喜びでしょう。」

 イアソンは現在の状況下で得られる情報の限界点を感じ、新たに情報を入手することから事前に入手した情報の拡充へ切り込む方針に切り替える。
こういった臨機応変さも、イアソンが若くして一大組織の幹部職に就き、ドルフィンも一目置くほどの存在になった要因の一つだ。

「何分フォン様と先代との確執は深刻だったからな。ホーク様が当主の座を継承されるのでは、という危機感が杞憂に終わって何よりだ。」
「ホーク様は先代譲り、否、それ以上の強硬派だ。我々使用人や小作人に対する態度はフォン様とは正反対。兄弟でもあれほど違うのはどういうことか。」
「フォン様はホーク様を警備班班長にする方針ではなかったが、今回の件を考えれば、やはりフォン様に先見の明があったと言う他あるまい。」
「ホーク様が強く自薦されて実弟ということで仕方なく、というご様子だったからな。フォン様の信任を裏切ったのだから、厳しい処分は当然だろう。」

 使用人達の言葉から、イアソンはホークが何かを企んでいると確信する。
半ば無理矢理ねじ込んでまで警備班班長に就任したのだから、ルイを狙う執念は尋常ではない。しかも、フォンはホークを警備班班長にするつもりは
なかったとも言う。つまり、ホークが警備班班長に相応しくないとフォンが判断する背景があるということであり、それは同時に、フォンにも何らかの事情が
あるということでもある。
 そうこうしているうちに、イアソンが加わる使用人の一行は目的地である執事の一人の個室に到着する。やや年配の使用人がドアをノックし、応答が
あったのを確認してドアを開けて中に入る。
個室というには十分過ぎるほどの広さの部屋には、書棚や机などがゆったりと配置されている。絨毯の踏み心地もこれまでとは明らかに違う。
部屋のやや窓際の大きな机に向かっていた白髪の男性が顔を上げる。

「お食事でございます。」
「うむ。そのテーブルに置いておいてくれたまえ。」

 イアソンを含む使用人達は、部屋の中央に位置するテーブルに食事を並べる。

「ロムノ様。フォン様は?」
「連日夜遅くまで執務室で執務をなさっている。今月は偶然にも教会の人事監査請求が多いとのことだ。先日の件で肩の荷が少しは下りたことだろう。」

 イアソンはロムノというこの執事が、フォンにかなり近い存在だと察する。
別館に軟禁されているホークは兎も角、当主フォンやそれに近い人物から情報を得る方が効率の面では良いが、接近が難しい。下手に自分の素性を
明かして事情を聞かせろ、と詰め寄ったところで、警戒こそされても情報を得ることは困難だということくらい、イアソンは分かっている。
そもそもリルバン家に潜入したのは、「内部」の人間しか知りえない情報を少しでも多く得て、今までの情報や推測と照合して核心に迫るためだ。ひと時の
焦りが取り返しのつかない重大な失敗を齎すこともあるということくらい、イアソンは容易に想像出来る。

「では、失礼いたします。」
「うむ。」

 年配の使用人に続いて、イアソンを含む他の使用人達も退室する。イアソンは使用人達と雑談をしながら断片的な情報を幾つか得て、頭の中で素早く
整理する。
頃合を見てシーナに報告し、フォンの町を回って情報を集めているドルフィンとシーナ、そして問題の人物であるルイに最も近い場所に居るアレンからの
情報と合わせて少しずつでも核心に迫るのが、問題解決への王道且つ近道だ。
情報戦はまだ始まったばかりという認識を新たにしつつ、イアソンは使用人としての仕事に励む・・・。
 その日の昼過ぎ。アレンはシーナからの通信を受けた。
シーナはイアソンからの情報、すなわちフォンが町での評判どおりの穏健派で使用人の間でも評判が高いこと、実弟ホークを警備班班長に任命する方針
ではなく、執事の一人がホーク解任でフォンの肩の荷が少しは下りただろうと語ったこと、フォンに対してホークの評判は芳しくないことを伝える。

『−イアソン君からの情報はこんなところ。まずは様子見という段階ね。』
「一気にフォン氏や執事から話を聞ければ良いんでしょうけどね・・・。」
『それは無理な相談よ。所詮私達はこの国への旅行者。何処の馬の骨とも分からない人がいきなり素性を明かして話してくれ、と言ったところで話す筈が
ないし、それが出来るくらいならもっと早くから実効性のある手段を講じているわ。一段一段足元を踏みしめていかないと駄目よ。』
「確かにそうですね。ドルフィンとシーナさんの方は?」
『昨日の夜とさっき話した情報以上のことは、今のところ掴めないで居るの。やっぱり旅行者がこの国の権威的存在でもある一等貴族の内部事情を探るって
いうのは難しいわ。イアソン君がこの国の民族分布やリルバン家の過去の確執なんかを掴めたのは、イアソン君の手腕によるところが大きいって実感
してるの。イアソン君がリルバン家の使用人の中に溶け込めたのも大したものだと思ってるわ。で、アレン君の方はどう?』
「何せ当事者もまったく心当たりがないことですから、どうにも・・・。」
『そう・・・。イアソン君の情報収集力に期待するしかないわね。勿論私とドルフィンも引き続き調査はするけどね。』
「お願いします。こちらも聞けることは聞いてみますから。」

 シーナとの通信を終えたアレンは、イヤリングを耳に戻す。
アレン達の部屋には全員が居て、食事の時と同じ座席配置、すなわちドアを入ってベランダに向かって左側のソファにドア側からアレン、フィリア、リーナ、
右側のソファに同じくドア側からクリス、ルイという配置で座っている。
フィリアとルイはアレンに見入っていて、リーナはそ知らぬ顔で図書館から借りて来た薬学関係の書籍を読み、クリスは菓子を摘みながらアレンを眺めている。

「シーナさん、何て言ってたの?」
「イアソンがリルバン家の屋敷への潜入に成功して、今は使用人に溶け込んで情報収集を始めてる段階だ、って。ドルフィンとシーナさんの方はあまり進展が
ないそうだよ。やっぱりこの国の人間じゃないのに一等貴族の内情を探るのは、かなり難しいらしい。」

 フィリアの問いに答えたアレンは、クリスとルイの方を向く。

「ルイさんとクリスに聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。」
「知っとる範囲のことやったら言うで。」
「別行動を取ってる仲間から聞いたんだけど、この国の一等貴族は全国に小作地を持ってるんだってね。ルイさんとクリスが住んでるヘブル村にも一等貴族の
小作地はあるの?特に一連の事件で今のところ一番怪しいホーク氏が居るリルバン家のもの。」
「ああ、ようけ8)あるで。村の大人の半分以上は小作人や。そのうち一等貴族の小作地使うとるんは・・・20ピセルくらいやな。前に母ちゃんからちょこっと聞いた
ことあるわ。」
「あんたのお母さんって、何やってるの?」
「村役場の事務職員。早い話が役人や。生まれも育ちもヘブル村やで、顔は広いで。」

 フィリアの問いに、クリスが補足する形で答える。

「お父さんが国軍の司令官でお母さんが役人って割にはあんた、食べるのも遊ぶのも豪快で奔放よね。」
「親の職業や身分で子ども決めたら駄目や。見えるもんも見えへんようになってまう。大体人間の価値っちゅうもんは職業や身分で決まるもんやあらへん。」

 クリスは相変わらずの口調で、重みのあることを言う。
大酒飲みで大食らい、その上カジノで遊び倒すと奔放を通り越して破天荒とも言えるクリスだが、人間としての基本姿勢はしっかりしている。
幼い頃酷い苛めに遭っていたルイを助けて友人と名乗り出たのも、道中たった一人でルイを護って来たのも人間味のあるクリスならではだ、とアレンは思う。

「じゃあ、クリスのお母さんは小作料の管理とかもしてるの?」
「一時期やっとったことある。一等貴族は役人通してその年の収穫量を把握して、それに王国議会で決まる小作料率をかけた量だけしか小作料取れへんし、
小作料着服したりしたら役人の場合は最悪処刑や。せやから、その年の収穫時期にはしょっちゅう帰り遅うなっとったわ。」
「リルバン家の小作地もあるの?」
「ああ、あるで。リルバン家いうたら、当主が代わってえらい9)変わったて評判の一等貴族やから、この国の人間やったら絶対知っとるわ。」

 アレンの問いに対するクリスの答えで、イアソンからの情報の正確性が裏付けられた。

「変わったって、どんな風に?」
「先代はえらい強硬派やったんや。キャミール教徒なんは間違いあらへんけど、肌の色の違いが祝福を与えたのが神か悪魔かの違いやいう一部の過激派の
主張をそのまんま議会とかで展開しとったんや。小作料率もえらい引き上げようとしとって、小作人はリルバン家のとこだけやなくて、二等・三等貴族のとこも
どないなるんやろうてえらい不安がっとった、て母ちゃんが前言うとった。」
「一等貴族の取れる小作料は、その年の収穫量と小作料率でしっかり決まるんでしょ?なのにどうして二等・三等貴族の小作人まで不安がるわけ?」
「二等・三等貴族は成り上がりもんが殆どやし、この国の建国以来の歴史持っとる一等貴族の格式とかを真似ようっちゅう傾向があるんや。せやから、
一等貴族の小作料率が上がったら二等・三等貴族も小作料もっとようけ取るようになる。ただでさえ二等・三等貴族の小作料徴収は野放し状態やから、
一等貴族の動向は国全体を左右しかねへんねん。その先代当主も5年前急病で呆気なく死んでもうた。で、先代当主の長男のフォンさんが当主に就任
したんよ。」

 フィリアの疑問に対するクリスの解説で、一等貴族の影響力の大きさをアレンは知る。イアソンからの情報で、一等貴族は二等・三等貴族と違って長い伝統と
強大な権威を持っていると聞いてはいるが、その影響力は関係者でないと実感出来ないものだ。

「現当主のフォン氏は穏健で小作人とかの間での評判は高い、って仲間から聞いてるけど・・・。」
「そう。フォンさんは先代と正反対や。この国の産業基盤整備に熱心に取り組んでくれとるし、あたしやルイが住んどるヘブル村みたいな辺境の町や村の
教会にもようけ寄付してくれるんや。教会付属の慈善施設や武術道場10)の経営も、フォンさんが当主になってからかなり良うなった。その辺の状況は
聖職者のルイの方がよう知っとるで。な?ルイ。」
「ええ。フォン当主からは毎月多くの寄付をいただいています。フォン当主の就任以来、それまで劣悪で中央教会からの運営金や村人からの寄付で辛うじて
賄われる、ほぼ自主運営と言える状態だった慈善施設や武術道場の経営が、かなり改善されました。」
「へえ・・・。」

 クリスとルイの解説で、リルバン家現当主フォンの評判が高い理由がまた一つ裏付けられた。しかし肝心の問題、すなわちルイが何故執拗に命を
狙われるのか、それにザギが取り入っている可能性があるホークが絡んでいる可能性が高いことについての回答には結びつかない。まだ雲を掴もうとする
ような状態だ。状況を打開するにはやはりリルバン家に潜入したイアソンからの情報を待つしかないのか、と思うと、アレンはもどかしくてならない。
 現時点で最も怪しいホークが警備班班長を解任されたとは言え、ルイの身の安全が保障されたわけではない。予選が終わって出発する前からこの町に
到着するまでにもルイは度々狙われ、絶対安全の筈のこのホテル内でも2度襲撃されている。深夜の襲撃から救った際、大粒の涙を零しながら自分の胸に
飛び込んで来たルイの心情を思うと、アレンは一刻も早い事態解決を願わずには居られない。

「さて・・・。この本も読んだし、代わりの本を借りて来ようかしらね。」

 それまで情報交換にまったく関わらず、一人黙々と本を読んでいたリーナが本を閉じて立ち上がる。

「フィリア。それからクリス。図書館まで護衛しなさい。」
「あんたねえ。あんたの正規の護衛はアレンでしょ?どうしてあたしやクリスに護衛させるわけ?」
「何度も同じこと言わせるんじゃないわよ。あんたはこのホテルに居る間、あたしに絶対服従の立場よ。文句言う暇があるならとっとと準備しなさい。」

 リーナは眉を吊り上げてフィリアを睨みつける。
気の強さではリーナに負けないフィリアだが、今は何せ分が悪い。大人しくリーナに従わないと、最悪の二者択一を迫られることに直結する。
渋々といった様子でフィリアが席を立ち、クリスは菓子を一口放り込んでから立ち上がったのを受け、リーナが言う。

「アレン。ルイ。あんた達が管理してる遊興費を100デルグくらい頂戴。」
「どうするの?」
「フィリアとクリスをカジノで遊ばせてあげるためよ。」
「リーナ。あんた、なかなか気ぃ利くなぁ。昨日途中で抜けやなならへんだから、その分も遊ばんと気ぃすまへんわ。」
「お世辞言っても100デルグまでよ。」

 早くもやる気満々のクリスを素っ気無くあしらったリーナは、アレンとルイからそれぞれ100デルグずつ受け取る。

「図書館に寄った後カジノに寄るから、時間かかると思うわ。その間、あんた達二人で今日の夕食のメニューでも考えておいて。」
「うん、分かった。」
「頼んだわよ。」

 言葉とは裏腹に素っ気無く言うと、リーナはフィリアとクリスを従えて部屋を出て行く。ドアが閉まって鍵がかけられた後、アレンは席を立つ。

「時間があるからティンルーでも飲まない?」
「はい。ご一緒します。」

 笑顔を浮かべたルイと共にアレンは台所に向かう。
やかんに水を入れて竈に火を起こし、湯が沸くまでの時間にアレンとルイは所蔵のティンルーとハーブの混合を相談する。香りと味わいの良さを考慮して
ローズマリーとラベンダーの混合を決めて、アレンとルイは椅子に腰掛ける。

「・・・アレンさん。」

 少しの沈黙の後、ルイが話を切り出す。

「何?」
「・・・今までに、女の人の下着姿を見たことはありますか?」

 頬を赤らめながらのルイの問いに、アレンはぼっと音が立つように頬を赤くする。偶発的とは言えまともに見てしまったルイの下着姿は、今でもアレンの
脳裏に鮮明に映し出される。それだけインパクトが強かったのだ。
 アレンは、ルイが俯いたのを見て益々動揺の度合いを強める。
この国には様々な風習がある。その中に、下着姿を見られた女性はその男性と結婚しなければならないというものがあっても不思議ではない。逆に未婚の
女性が下着姿を見られたら、その男性を処罰して良いというものがある可能性もある。
 ルイと結婚することそのものは嫌ではないが、自分は囚われの身となった父を探す旅の途中。ルイは休職中とは言え聖職者の中でも権威ある役職。そんな
状態では仮に結婚しても直ぐ離れ離れになってしまうし、かと言って父を探す旅を放棄するわけにはいかない。処罰されるとなればどんなものになるかと
考えるだけでも恐ろしい。もしかするとクリスに叩きのめされるかもしれない。
兎も角ルイの質問に回答しないといけないと思ったアレンは、視線を床に落としてもじもじしながら思い切って言う。

「・・・あ、あんなに長時間見たのは・・・、は、初めてだよ・・・。」
「短時間なら・・・あるんですか?」
「・・・俺の父さんを攫ったザギの部下に拉致されたリーナを救出した時、高台から落下したせいで俺は足を骨折して・・・、リーナは拷問を受けたらしくて
服が原型もなくなってて下着だけだったんだ・・・。逃げる途中で雨に降られて・・・、リーナが身体を冷やしてたから魔法が使えない俺は・・・、人肌で温めるしか
思いつかなかったんだ・・・。その時見たと言えば見た・・・ことになるね・・・。」
「・・・。」
「ルイさんの・・・その・・・下着姿を見たのは・・・、狙ってのことじゃないよ。言い訳にしか聞こえないだろうけど・・・、最後にランプを消して寝たのにどうして
風呂場のランプが点いてるんだろう、って思って・・・、見に行っただけなんだ・・・。」
「アレンさんが覗こうとしていたとは思っていません。ただ・・・、どう思っているか聞きたかっただけです。」
「あ、そ、そうなの?」
「はい。」

 恐る恐る見たルイの顔は、頬こそ赤いものの叱責しようという気配はない。責任追及や処罰の可能性がないと察したアレンは、思わず安堵の溜息を吐く。
 緊張が解けた台所に、コトコトというやかんの蓋の音が軽やかに浮かぶ。アレンとルイはティンルーを入れて、ひと時の休息時間を二人で満喫する・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

8)ようけ:「沢山」と同じ。方言の一つ。

9)えらい:「凄く(凄い)」と同じ。方言の一つ。

10)教会付属の慈善施設や武術道場:共に各町村の中央教会付属の施設だが、慈善施設は福利部、武術道場は教育部の管轄。ルイが経営の動向に
詳しいのは、祭祀部長就任までに村の教会の各部を異動して来たためである。


Scene7 Act1-1へ戻る
-Return Scene7 Act1-1-
Scene7 Act1-3へ進む
-Go to Scene7 Act1-3-
第1創作グループへ戻る
-Return Novels Group 1-
PAC Entrance Hallへ戻る
-Return PAC Entrance Hall-