『そこまでして殺害を目論むなんて、ただ事じゃないわね。』
「はい。警備班班長は解任されましたけど、このまま大人しくしているとは思えませんし、かと言って一人一人素性を調査するなんて出来ませんし・・・。」
『とりあえず、アレン君は彼女から離れないことね。じゃあ次は、私から情報を伝えるわ。』
『彼女と解任された警備班班長の親族とには、民族問題で一応接点があることになるわね。』
「イアソンから聞いてるかもしれませんけど、彼女の父親は解任された警備班班長で警備班班長は彼女のお母さんが彼女を身篭っていることを
知らなかった。彼女が聖職者として知名度を上げたことでその存在を知った警備班班長は、権威失墜を恐れてその地位を悪用して彼女の抹殺を企てた、と
いうのが現時点で俺とイアソンで共通している推測です。」
『その可能性もあるわね。』
「これもイアソンから聞いてるかもしれませんけど、警備班班長は俺が男だという情報を仕入れて、俺と彼女を引き剥がそうとしました。幸いリーナが早く
戻って来たのと、イアソンの忠告どおりシーナさんからもらった薬を飲んでおいたことで難を逃れましたけど、警備班班長の背後には・・・ザギが居ると
思います。この国の国民で、人事や扱いが役人と同等以上の聖職者である彼女はまだしも、俺はパーティーの財政難解消を目的に偶然公募中だったこの
オーディションに応募して本選出場を決めた、遠い外国の一市民の護衛です。そんな俺が実は男だなんて知っている筈がありません。」
『ドルフィンも言ってるわ。ザギが何らかの理由で彼女の抹殺を目論む警備班班長に取り入っている可能性がある、って。イアソン君は勿論だけど、私も
ドルフィンも、一連の事件の背景にはザギが絡んでいると推測しているのよ。だけど、肝心要の謎、つまり彼女がどうしてそこまで執拗に警備班班長に
狙われるのかがまだ分かってないの。私生児の存在の発覚に対する危機感みたいなものは一等貴族の親族のプライドが先走っていれば生じても不思議じゃ
ないけど、抹殺にまで思考が暴走する理由とまでは行き着かないと思うのよ。彼女は役人と同等以上の知名度と人望がある聖職者っていう職業だから、
裏で緘口令を敷くなり取引で口止めさせるなりすれば、彼女は従うだろうし。その辺の事情をもっと詳しく探るために、イアソン君がリルバン家の屋敷に
潜入したのよ。』
「潜入、ですか。」
『ええ。イアソン君の言葉を借りると、この手の問題は内部処理する傾向にあるから、推測を確信に変えるには内部に潜入して情報収集するのが近道だ、
ってことで。イアソン君からの情報は私から随時伝えるから、アレン君は彼女を護ると同時に出来る限り事情を聞いたりしておいて。何かが糸口になるかも
しれないから。』
「分かりました。」
『で、今日ドルフィンと一緒に町で聞き込みをした結果得られた情報を伝えるわね。』
「はい。」
『この国に10ある一等貴族の家系のうちリルバン家を含む4つが、この国がある地域に派遣された天使が神から信仰の証として授けられた王冠を所有して
いるってことは前にイアソン君から聞いてると思うけど、その当主であることを示すミドルネーム、リルバン家ではザクリュイレスだけど、それは王冠の名前でも
あるそうよ。で、その王冠が4つあることと、この国がキャミール教の影響が凄く強いこととは密接な関係があるの。』
「信仰の証だけじゃないんですか?」
『ええ。この町にある王家の城には地下神殿があって、その扉は4つの王冠を携えた中央教会の高位の聖職者でないと開けないようになっているそうよ。
この国は聖職者が多いけど、大半は花嫁修業や心身の鍛錬のために教会にお金を払ってなる一時的なもので、本来の聖職者は教会の名簿に登録されて、
教会人事服務規則っていうこの国全体に適用される法律と同等の位置づけにある規則に従う必要があったり、人事が教会人事監査委員会っていう国の
組織の承認を必要とするのも、その神殿の扉を開けるだけの資質を持った聖職者を育成する目的があるみたい。そして4つの王冠の所有者が教会じゃなくて
一等貴族の4つの家系に分散しているのは、万が一高位の聖職者が心の奥に邪な意図を持っていた場合でも、そう簡単に神殿の扉を開けないようにする
ためだそうよ。』
「その神殿には何か重要なものが収められているんですか?」
『私もドルフィンもそこが気になって色々聞いてみたんだけど、何分神殿の扉を開けるのが中央教会の高位の聖職者に限定されていることなんかもあって、
誰も分からないみたいなの。でも、それだけ厳重な安全措置を講じてまで開けないようにしているっていうことは、レクス王国の遺跡やラマン教の秘法と
同じく、古代文明に纏わる遺跡や技術や知識だと考えられる、っていうのが私とドルフィンの推測。』
「もしそうだとすると、ザギが一等貴族の親族に取り入る理由も説明出来ますね。ザギやゴルクスは、古代文明が残した遺跡や知識を狙ってましたから。」
『そうね。問題のリルバン家の内部事情は潜入したイアソン君からの情報を待ちましょう。通信機はなくさないようにね。』
「はい。」
「あれ?俺の服がない。」
使用人の一人が箪笥の中を弄って首を傾げる。「変だなぁ。昨日確かに此処に入れたんだけど・・・。」
「洗濯に回したままなんじゃないのか?予備はあるんだろ?早く着替えないと遅れるぞ。」
「そうだな。・・・おかしいなぁ・・・。」
「先日、オーディション本選警備班班長を任じられていたホーク様が、不手際の責任を問われて解任されたと聞きましたが。」
長い廊下を歩く途中で、徐にイアソンが切り出す。いきなりホークや当主フォンの内情に切り込まず、誰もが知っていそうなことから聞き込みを開始するのも、「何だ。お前、手際は良いけどそういうことには疎いな。」
「まだ使用人として勤めて間もない故、仕事に忙殺されていまして・・・。」
「フォン様のお怒りぶりと言ったら、そりゃあもう凄まじかったぞ。ホーク様の警備班班長の任をその場で解任された上に、ホーク様をオーディション本選終了
まで別館に軟禁。その後司法委員会にかける、と宣告されたほどだ。ホーク様のリルバン家からの永久追放は避けられまい。」
「そのフォン様は秀逸の人格者であられますよね。今回のオーディションの中央実行委員長の他、教会人事監査委員長という大役もこなしておられる・・・。」
「フォン様は一等貴族の中でも特に優れた統治能力をお持ちだ。国の産業基盤整備でも、ご多忙な中で実際に現地に出向かれて実情を把握された上で
議会に具体案を提示されたり、不作時に備えてご所有の小作地からの小作料を計画的に備蓄しておられる。」
「そして同時に、敬虔なキャミール教徒でもあられる。教会へのご寄付、とりわけ地方への手厚いご配慮は、一等貴族の中でも群を抜いておられる。二等・
三等貴族共が自分の利益に執着する中、フォン様は由緒正しい一等貴族の1家系の当主たる地位に溺れることなく、常に弱き者、貧しき者へのご配慮を
怠らない。我々使用人に対しても気さくにお声をかけてくださり、要望を聞いて反映してくださったりもする。この前も、この町でご所有の小作地における
小作人を増やすという失業者対策を議会提案に先駆けて実施されたほどだ。国王陛下のご信頼も厚いし、一昨年全会一致で教会人事監査委員長に
推挙されたのは、我々からすれば当然というもの。使用人である我々は神に感謝せねばなるまい。」
「ホーク様が警備班班長という職責を怠ったことで叱責されるのは当然ですが、どうしてフォン様はそんなに激怒されたんでしょう?」
「さあ・・・。フォン様が実弟でもあられるホーク様にあれほど厳しい態度に出られたのは、俺が知る限りでは今回が初めてだからな。」
「いかに温厚なフォン様といえども、伝統ある我が国のシルバーカーニバルの中心イベントに泥を塗るような失態は許せぬ、ということだろう。」
「何はともあれ、フォン様が当主になられてリルバン家の評判が上がったことで、亡くなられた先代当主もさぞお喜びでしょう。」
「何分フォン様と先代との確執は深刻だったからな。ホーク様が当主の座を継承されるのでは、という危機感が杞憂に終わって何よりだ。」
「ホーク様は先代譲り、否、それ以上の強硬派だ。我々使用人や小作人に対する態度はフォン様とは正反対。兄弟でもあれほど違うのはどういうことか。」
「フォン様はホーク様を警備班班長にする方針ではなかったが、今回の件を考えれば、やはりフォン様に先見の明があったと言う他あるまい。」
「ホーク様が強く自薦されて実弟ということで仕方なく、というご様子だったからな。フォン様の信任を裏切ったのだから、厳しい処分は当然だろう。」
「お食事でございます。」
「うむ。そのテーブルに置いておいてくれたまえ。」
「ロムノ様。フォン様は?」
「連日夜遅くまで執務室で執務をなさっている。今月は偶然にも教会の人事監査請求が多いとのことだ。先日の件で肩の荷が少しは下りたことだろう。」
「では、失礼いたします。」
「うむ。」
『−イアソン君からの情報はこんなところ。まずは様子見という段階ね。』
「一気にフォン氏や執事から話を聞ければ良いんでしょうけどね・・・。」
『それは無理な相談よ。所詮私達はこの国への旅行者。何処の馬の骨とも分からない人がいきなり素性を明かして話してくれ、と言ったところで話す筈が
ないし、それが出来るくらいならもっと早くから実効性のある手段を講じているわ。一段一段足元を踏みしめていかないと駄目よ。』
「確かにそうですね。ドルフィンとシーナさんの方は?」
『昨日の夜とさっき話した情報以上のことは、今のところ掴めないで居るの。やっぱり旅行者がこの国の権威的存在でもある一等貴族の内部事情を探るって
いうのは難しいわ。イアソン君がこの国の民族分布やリルバン家の過去の確執なんかを掴めたのは、イアソン君の手腕によるところが大きいって実感
してるの。イアソン君がリルバン家の使用人の中に溶け込めたのも大したものだと思ってるわ。で、アレン君の方はどう?』
「何せ当事者もまったく心当たりがないことですから、どうにも・・・。」
『そう・・・。イアソン君の情報収集力に期待するしかないわね。勿論私とドルフィンも引き続き調査はするけどね。』
「お願いします。こちらも聞けることは聞いてみますから。」
「シーナさん、何て言ってたの?」
「イアソンがリルバン家の屋敷への潜入に成功して、今は使用人に溶け込んで情報収集を始めてる段階だ、って。ドルフィンとシーナさんの方はあまり進展が
ないそうだよ。やっぱりこの国の人間じゃないのに一等貴族の内情を探るのは、かなり難しいらしい。」
「ルイさんとクリスに聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。」
「知っとる範囲のことやったら言うで。」
「別行動を取ってる仲間から聞いたんだけど、この国の一等貴族は全国に小作地を持ってるんだってね。ルイさんとクリスが住んでるヘブル村にも一等貴族の
小作地はあるの?特に一連の事件で今のところ一番怪しいホーク氏が居るリルバン家のもの。」
「ああ、ようけ8)あるで。村の大人の半分以上は小作人や。そのうち一等貴族の小作地使うとるんは・・・20ピセルくらいやな。前に母ちゃんからちょこっと聞いた
ことあるわ。」
「あんたのお母さんって、何やってるの?」
「村役場の事務職員。早い話が役人や。生まれも育ちもヘブル村やで、顔は広いで。」
「お父さんが国軍の司令官でお母さんが役人って割にはあんた、食べるのも遊ぶのも豪快で奔放よね。」
「親の職業や身分で子ども決めたら駄目や。見えるもんも見えへんようになってまう。大体人間の価値っちゅうもんは職業や身分で決まるもんやあらへん。」
「じゃあ、クリスのお母さんは小作料の管理とかもしてるの?」
「一時期やっとったことある。一等貴族は役人通してその年の収穫量を把握して、それに王国議会で決まる小作料率をかけた量だけしか小作料取れへんし、
小作料着服したりしたら役人の場合は最悪処刑や。せやから、その年の収穫時期にはしょっちゅう帰り遅うなっとったわ。」
「リルバン家の小作地もあるの?」
「ああ、あるで。リルバン家いうたら、当主が代わってえらい9)変わったて評判の一等貴族やから、この国の人間やったら絶対知っとるわ。」
「変わったって、どんな風に?」
「先代はえらい強硬派やったんや。キャミール教徒なんは間違いあらへんけど、肌の色の違いが祝福を与えたのが神か悪魔かの違いやいう一部の過激派の
主張をそのまんま議会とかで展開しとったんや。小作料率もえらい引き上げようとしとって、小作人はリルバン家のとこだけやなくて、二等・三等貴族のとこも
どないなるんやろうてえらい不安がっとった、て母ちゃんが前言うとった。」
「一等貴族の取れる小作料は、その年の収穫量と小作料率でしっかり決まるんでしょ?なのにどうして二等・三等貴族の小作人まで不安がるわけ?」
「二等・三等貴族は成り上がりもんが殆どやし、この国の建国以来の歴史持っとる一等貴族の格式とかを真似ようっちゅう傾向があるんや。せやから、
一等貴族の小作料率が上がったら二等・三等貴族も小作料もっとようけ取るようになる。ただでさえ二等・三等貴族の小作料徴収は野放し状態やから、
一等貴族の動向は国全体を左右しかねへんねん。その先代当主も5年前急病で呆気なく死んでもうた。で、先代当主の長男のフォンさんが当主に就任
したんよ。」
「現当主のフォン氏は穏健で小作人とかの間での評判は高い、って仲間から聞いてるけど・・・。」
「そう。フォンさんは先代と正反対や。この国の産業基盤整備に熱心に取り組んでくれとるし、あたしやルイが住んどるヘブル村みたいな辺境の町や村の
教会にもようけ寄付してくれるんや。教会付属の慈善施設や武術道場10)の経営も、フォンさんが当主になってからかなり良うなった。その辺の状況は
聖職者のルイの方がよう知っとるで。な?ルイ。」
「ええ。フォン当主からは毎月多くの寄付をいただいています。フォン当主の就任以来、それまで劣悪で中央教会からの運営金や村人からの寄付で辛うじて
賄われる、ほぼ自主運営と言える状態だった慈善施設や武術道場の経営が、かなり改善されました。」
「へえ・・・。」
「さて・・・。この本も読んだし、代わりの本を借りて来ようかしらね。」
それまで情報交換にまったく関わらず、一人黙々と本を読んでいたリーナが本を閉じて立ち上がる。「フィリア。それからクリス。図書館まで護衛しなさい。」
「あんたねえ。あんたの正規の護衛はアレンでしょ?どうしてあたしやクリスに護衛させるわけ?」
「何度も同じこと言わせるんじゃないわよ。あんたはこのホテルに居る間、あたしに絶対服従の立場よ。文句言う暇があるならとっとと準備しなさい。」
「アレン。ルイ。あんた達が管理してる遊興費を100デルグくらい頂戴。」
「どうするの?」
「フィリアとクリスをカジノで遊ばせてあげるためよ。」
「リーナ。あんた、なかなか気ぃ利くなぁ。昨日途中で抜けやなならへんだから、その分も遊ばんと気ぃすまへんわ。」
「お世辞言っても100デルグまでよ。」
「図書館に寄った後カジノに寄るから、時間かかると思うわ。その間、あんた達二人で今日の夕食のメニューでも考えておいて。」
「うん、分かった。」
「頼んだわよ。」
「時間があるからティンルーでも飲まない?」
「はい。ご一緒します。」
「・・・アレンさん。」
少しの沈黙の後、ルイが話を切り出す。「何?」
「・・・今までに、女の人の下着姿を見たことはありますか?」
「・・・あ、あんなに長時間見たのは・・・、は、初めてだよ・・・。」
「短時間なら・・・あるんですか?」
「・・・俺の父さんを攫ったザギの部下に拉致されたリーナを救出した時、高台から落下したせいで俺は足を骨折して・・・、リーナは拷問を受けたらしくて
服が原型もなくなってて下着だけだったんだ・・・。逃げる途中で雨に降られて・・・、リーナが身体を冷やしてたから魔法が使えない俺は・・・、人肌で温めるしか
思いつかなかったんだ・・・。その時見たと言えば見た・・・ことになるね・・・。」
「・・・。」
「ルイさんの・・・その・・・下着姿を見たのは・・・、狙ってのことじゃないよ。言い訳にしか聞こえないだろうけど・・・、最後にランプを消して寝たのにどうして
風呂場のランプが点いてるんだろう、って思って・・・、見に行っただけなんだ・・・。」
「アレンさんが覗こうとしていたとは思っていません。ただ・・・、どう思っているか聞きたかっただけです。」
「あ、そ、そうなの?」
「はい。」