「此処は・・・?」
「あたしらの部屋や。あんたが称号以上の魔法使(つこ)うて魔力なくして、それこそ死にかけやったから、此処に運んで来て寝かしといたんや。」
「今・・・何時ですか?」
「11ジムを少し過ぎた頃。ルイさんは3ジムくらいずっと寝てたんだよ。」
「お昼ご飯の準備しないと・・・!」
「病み上がりなんだから、大人しく寝てなさい。」
「アレンから聞いたわ。あんた、リカバー使ったんだってね。幾らあんたが優秀な聖職者だからって、大僧正以上が使える魔法を使うなんて、命知らずにも
程があるわよ。まあ、アレンがあんたを庇って目の前で刺されて必死だったのは分かるつもりだけど。」
「すみません・・・。」
「今回の事件はオーディション関係者を通じて、前に此処に顔を出したフォンとか言う最高責任者に伝えて、警備班班長を解任するように指示しておいたわ。
部外者を一度ならず二度までも易々と侵入させる役立たずの責任者に用はないからね。」
「100ピセル安心とは言えないけど、少なくとも以前より危険要因が減ったことには間違いないでしょうね。この機会にゆっくり養生しなさい。称号以上の
魔法を使った時の魔力喪失と生命力の著しい低下は聖職者にも共通だし、休めるときに休んでおくのが健康維持の鉄則だからね。」
「でも、皆さんの食事が・・・。」
「喫茶店かレストランで適当に済ませてくるわ。フィリア、クリス。行くわよ。」
「ちょ、ちょっと!何でアレンに作らせてあたしに手伝わせようとしないわけ?!あたしだって料理くらい出来るんだからね!」
「言った筈よ。あんたはこのホテルに居る間あたしには絶対服従だ、って。つべこべ言わずにあたしの護衛をしなさい。クリスもね。」
「はいはいっと。」
「ということだからアレン。あんたが管理してる遊興費を貸して。昼食を済ませてその後図書館に寄るつもりだから、その間ルイの看病は頼むわよ。」
「分かった。」
「食事は大丈夫ね?」
「ああ。本を見れば作れる。材料が揃ってるかどうか調べないといけないけど、なければ取り寄せるよ。」
「じゃあ、頼んだわよ。」
「ありがとう、ルイさん。身の危険を顧みずに強力な魔法を使ってくれて・・・。あれがなかったら、俺は出血多量で死んでたと思う。」
「あの時はただ必死で・・・。アレンさんを助けないとという思いだけで、知っていた最強の回復系魔法を使ったんです。」
「お互いに助けられたね。ルイさんが無事で良かったよ。」
「私も、アレンさんが無事で良かったです。」
「今から昼食を作るよ。」
アレンは静かに席を立つ。それに呼応して起き上がろうとしたルイの両肩を、アレンがそっと掴んで軽く押して横たえさせる。「二人分なら一人で出来るから任せておいて。リーナから借りた本はどうにか無事だったし、これを見ながら美味しい料理を作るよ。フィリアとリーナが
言ってたけど、魔力回復に効果的なのは十分な栄養補給と休養なんだってね。だからルイさんは安心して休んでてよ。」
「アレンさん・・・。」
「本を見ながらだからちょっと余計に時間がかかるかもしれないけど、ルイさんは気にしないでゆっくり休んでて。」
「はい・・・。」
「美味しそうですね。」
「じっくり煮込んだから消化も良い筈だよ。熱いだろうからゆっくり食べてね。」
「はい。」
「凄く美味しいです。」
「そう?良かった。」
「称号を弁えずに高等魔法を使ったことは聖職者として問題ですけど、こうしてアレンさんの看病を受けられるのは・・・嬉しいです。」
「俺は料理を振舞ったり、万が一の場合に備えることしか出来ないけど、それがルイさんを安心させられるなら、それで良い。」
「・・・ねえ、ルイさん。」
食事が半分ほど進んだところで、アレンが少し言い難そうに話を切り出す。「一連の事件に関係するかもしれないから、ルイさんのことをもう少し聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。お話出来ることはお話します。」
「ありがとう。」
「1つめからルイさんには答え辛いことだと思うけど・・・、ルイさんはお母さんが教会の下働きになることを条件にルイさんの戸籍を作ったんだよね?」
「はい。そのとおりです。」
「今のところ一番怪しいのは、やっぱり警備班班長だと思うんだ。どうやって入手したのかは分からないけど、俺が本当は男だっていう情報を掲げて、
俺をルイさんから合法的に引き剥がそうとしたし・・・。今の段階で一つ推測出来る背後関係は、ルイさんのお父さんは実は警備班班長のあの男で、何らかの
事情でルイさんのお母さんを抹殺しようとしたけど逃げられた。警備班班長はルイさんが優秀な聖職者として名を上げたことでルイさんのお母さんが
ルイさんを身篭っていたことを初めて知って、自分の権威失墜を恐れてルイさんを抹殺しようとしている・・・。こんな感じなんだ。」
「・・・。」
「繰り返しになるけど、ルイさんのお母さんは教会の下働きになることを条件にルイさんの戸籍を作った。さっきの仮定を前提にすると、ルイさんの姓は
セルフェスじゃなくてリルバンじゃないのか、って思ってるんだけど、どうなの?」
「私の姓は、戸籍上でもセルフェスです。」
「私の母は去年病気で死にました。母は戸籍上死んだことになっていましたが、身内若しくは親族が死んだ場合は死亡届を提出することが義務付けられて
いますから、唯一の肉親である私が母の死亡届を役所に提出しました。その際、戸籍を閲覧させてもらったのですが、父の欄は空欄で母の欄には私の母で
あるローズ・セルフェスの名が記載されていて、その子として私の名が記載されていました。姓は母のものです。父の戸籍欄が空欄である以上、母の姓を
受け継ぐ以外に選択肢はありえません。アレンさんの国ではどうかは知りませんが、この国では夫婦が別の姓を戸籍に登録して使用することも出来ますが、
子どもの姓は父のものを引き継ぐのが原則です。両親が離婚したりして子どもがどちらか一方に引き取られて姓が変わる場合、若しくは私のように父母の
どちらか一方が不明な場合は、親の申請若しくは役所の判断で子どもの姓が決まるんです。ですから私の姓は通常でも戸籍上でもセルフェスです。」
「となると、俺がさっき言った仮定、つまり警備班班長がルイのお父さんで、ルイのお母さんがルイさんを身篭っていたことを知らなかった可能性があるね。
警備班班長は昨日この部屋にも来た、オーディション中央実行委員長でリルバン家当主のフォン氏の弟だけど、一等貴族の親族がそんなスキャンダルを
抱えていることが発覚したら権威失墜は避けられないから、警備班班長の地位を悪用してドサクサ紛れにルイさんの抹殺を狙っていた・・・。」
「・・・。」
「俺は攫われた父さんを助けるために旅をしてる。母さんは俺を生んで直ぐに死んだからドローチュアでしか顔を知らないから、父さんが唯一の肉親なんだ。
父さんを攫ったセイント・ガーディアンのザギは俺の剣を狙ってるんだけど、これは俺の父さんが、俺の15歳の誕生日にプレゼントしてくれた大切なもの
なんだ。どうして父さんが、『大戦』で7の悪魔を倒した7つの武器の一つであるこの剣を持っていたのかは今でも分からない。だけど、父さんを助けたい
ことには変わりない。親は何らかの形で子どもに影響を及ぼすんだね・・・。ルイさんがお母さんを安心させるために厳しい聖職者の道を選んだように・・・。」
「・・・厳しい条件の下で私を産んでくれて、教会の下働きになることを条件に私の戸籍を作ってくれた母の分も生きることが、今の私の使命だと思っています。」
「教会の下働きは重労働なんです。でも母は一度も泣き言や弱音を口にしませんでした。母は私の模範なんです。聖職者になったことで少なからず村の
人々の信用を得られましたし、クリスは道中何度も危険に晒された私を懸命に護ってくれましたし、此処に着いてからはアレンさんに二度も命を救って
もらいました。これも神の思し召し。私は神に、母とクリスに、そしてアレンさんに感謝しています。」
「それにしても、何でルイがことある毎に命狙われるのかしらね。」
喫茶店の一角で昼食を摂っていたフィリアが、ぼやきとも言える疑問を口にする。「深夜にドア開けて殴り込んで来たかと思ったら、今度はすれ違いざまに刺し殺そうとしてきたし・・・。どう考えてもルイの背後に何かあるとしか思えないわ。」
「ルイの命を狙っとるんが誰なんかは分からへんけど、相手が何としてでもルイを殺そうと思とるんは間違いあらへん。そやなかったら、こないな人の出入りが
厳重にチェックされとるこのホテルの中にまで潜り込んで来たりせえへんわ。」
「やっぱり怪しいのは、警備班班長かしらね・・・。」
「そう考えるのが妥当ね。警備の兵士に扮装したり、オーディション本選出場者を護衛諸共殺して成り代わってまでルイを殺そうと裏で動けるのは、警備班
班長と考えるのが自然よ。今のところ、それ以外に有力な線が見当たらないし。」
「ねえ、クリス。ルイについて何か知ってることないの?」
「さっき話したとおりや。此処に来るまでの道中襲って来た兵士を締め上げたら雇われた、って吐いたこと。ルイとの付き合いは長いけど、こないなことは
勿論初めてやから、もの言うにしても推測の域は出えへんわ。」
「警備班班長が主犯格なのは間違いないだろうけど、裏で糸を引いてる奴が居るのも確実ね。」
「・・・ザギね?」
「でもザギが糸を引いてるなら、特殊部隊を使って攫ったあんたやあいつが所有権を主張してるアレンの剣を狙う方に動かすんじゃないの?それに、ルイの
出生状況が変わってるとは言っても、ザギがアレンやあんたを差し置いてまでルイを狙う方を優先させる理由が分からないのよ。」
「ザギは、レクス王国でも最後の最後まで自分は直接手を出さずに王を利用するだけ利用してた・・・。そこから考えると、先にルイを始末して警備班班長を
躍らせて、その後で本来の目的であるあたしやアレンを狙う方向に動かすつもりだったんじゃないかしらね。曲がりなりにも警備班班長はオーディション
中央実行委員長の実弟で一等貴族当主の親族。何らかの事情でルイの命を狙ってる警備班班長に入れ知恵してたって考えられるわね。」
「セイント・ガーディアンて目茶強いんやろ?やったらそんなセコい手ぇ使わんでも、直接此処に乗り込んでくれば手っ取り早いと思うんやけどなぁ。」
「そこがザギの嫌らしいところなのよ。自分が出るのは人を利用するだけ利用して用済みになって、自分が絶対的有利な状態になった時だけ。武術や
魔法とか正攻法で攻めて来る奴じゃないのよ。アレンの時もそうだったし・・・。」
「セコい奴やな。そないな卑怯臭い奴でもセイント・ガーディアンになれるわけ?」
「どうやってなったのかは知らないけど、セイント・ガーディアンなのは事実。少なくともまともに戦おうとしたら、あたし達が束になっても勝てる相手じゃ
ないわ。」
「厄介やな・・・。」
「このまますんなり終わってくれることを願うしかあらへんな。」
「そうね・・・。不確実性が高いけど。」
「ドルフィン殿。シーナさん。ただいま戻りました。」
「お疲れ様、イアソン君。色々ありがとう。」
「どういたしまして。」
「どうだった?」
「はい。まずリルバン家の現状について報告します。」
「現在の当主であるフォン氏は、10ある一等貴族の現当主の中でも穏健派として小作人などの間の評判は高いです。先代当主、つまりフォン氏の実父は
小作料率の大幅引き上げ案や異民族排斥法案を王国議会に度々提案するなど名だたる強硬派だっただけに、その反動もあるようです。」
「異民族排斥法案っていうのは何?」
「調べてみたんですが、此処ランディブルド王国はキャミール教を国教として、教会の地区管理制という特別な社会制度を敷いているのですが、民族としては
北で国境を接するウッディプール王国国民であるエルフの血を受け継ぐラファラ民族が80ピセル、東でランディブルド王国と、北で同じくウッディプール王国と
国境を接するシェンデラルド王国の多数民族であるバライ族が20ピセルを占めています。このバライ族は正統エルフの血を引くラファラ族と違い、
ウッディプール王国で異端視扱いされているダークエルフ49)の血を引いているんです。」
「ダークエルフの血統か・・・。珍しいな。」
「ええ。で、先代のリルバン家当主は、キャミール教では肌の白いバライ族が神の祝福を受け、肌の黒いラファラ族は悪魔の祝福を受けている、と主張して
ラファラ族をシェンデラルド王国に強制移民させようとしていたそうです。もっとも、他の一等貴族当主や教会代表者などが反対したため否決されたそう
ですが。」
「そんなこともあって、先代当主と現当主のフォン氏との間にはかなり確執があり、フォン氏がリルバン家当主となったのは先代当主が死去した後だそうです。
普通は生存中にある年齢に達したり体力の限界などを理由に引退して当主の座を譲るのですが、リルバン家ではそうならなかったというわけです。」
「じゃあ、現在のフォン当主に何か問題はあるの?」
「現時点では、問題らしい問題は聞こえて来ませんでした。先程も触れましたとおり、名だたる強硬派だった先代と正反対の穏健派ということを反映してか、
フォン氏を悪く言う小作人や他の職業の人民とは出会いませんでした。」
「となると、現時点で最も怪しい警備班班長と、そいつがアレンの彼女候補を抹殺しようとすることの接点が見当たらんな・・・。」
「はい。深い事情は、実際リルバン家に潜入でもしないと分からないかもしれません。このような性質の問題は内部処理するのが世の常ですから。」
「何かと情報戦ではお前の手腕が頼りになる。こいつは調査なんかにはうってつけだから、お前に1匹やる。」
「ありがとうございます。では早速・・・。」
「我、大いなる神の名の下に彼の者と血の盟約を交わし、下僕として従わせ給え。我が名は、イアソン・アルゴス。」
微かに青白く光っていたパピヨンの全身が仄かに輝き、空気に溶け込むように姿を消す。「魔道剣士のお前ならパピヨン1匹くらい十分操作出来る。せいぜい有効に活用してくれ。」
「重ね重ね、ありがとうございます。」
「俺とシーナも調べてみる。イアソンは引き続き調査を続けてくれ。くれぐれも気を付けろよ。」
「はい。」
「折角オーディション本選出場者に成りすまさせた刺客を送り込みながら、みすみす返り討ちに遭ってしまうとは・・・。」
「あなた!このままでは由緒あるリルバン家が・・・!」
「私だって分かっておる!しかし、今回の計画が赤毛のガキに邪魔されて失敗に終わり、私は兄上の怒りを買って警備班班長を解任され、オーディション本選
終了までこの別館に軟禁だ!これではどうにも手が出せん!」
「ククククク・・・。」
「顧問殿!これは我々だけの問題ではない!貴方自身の問題でもあるのではないのですか?!なのに何故笑っていられる?!」
「まだ策はありますが故。」
「どういうことですかな?!」
「ホテル内での暗殺が不可能なら、別の機会に狙えば良いだけのこと。そう、例えばオーディション本選会場で・・・。」
「ど、どうやって?警備班を動かせない私ではどうしようも・・・。」
「ご心配は無用。貴方様の望みも私めの望みも叶う、まさに一石二鳥の試みはまだ終わったわけではありませんぞ・・・。」