Saint Guardians

Scene 6 Act 4-3 陰謀-Conspiracy- 絡み合うそれぞれの時間(とき)

written by Moonstone

 黒一色だったルイの視界が徐々に白んでくる。ぼやけた視界に4つの人影が映る。ルイが目を開けて何度か瞬かせると、安堵の笑みを浮かべるアレン、
フィリア、リーナ、クリスの顔がはっきり映る。
自室のベッドの一つに寝かされていたルイが起き上がろうとすると、アレンがその両肩を掴んで軽く押し返す。ルイは抵抗せずに枕に頭を置く。

「此処は・・・?」
「あたしらの部屋や。あんたが称号以上の魔法使(つこ)うて魔力なくして、それこそ死にかけやったから、此処に運んで来て寝かしといたんや。」
「今・・・何時ですか?」
「11ジムを少し過ぎた頃。ルイさんは3ジムくらいずっと寝てたんだよ。」
「お昼ご飯の準備しないと・・・!」
「病み上がりなんだから、大人しく寝てなさい。」

 跳ね起きようとしたルイを、リーナが淡々とした口調で制する。

「アレンから聞いたわ。あんた、リカバー使ったんだってね。幾らあんたが優秀な聖職者だからって、大僧正以上が使える魔法を使うなんて、命知らずにも
程があるわよ。まあ、アレンがあんたを庇って目の前で刺されて必死だったのは分かるつもりだけど。」
「すみません・・・。」
「今回の事件はオーディション関係者を通じて、前に此処に顔を出したフォンとか言う最高責任者に伝えて、警備班班長を解任するように指示しておいたわ。
部外者を一度ならず二度までも易々と侵入させる役立たずの責任者に用はないからね。」

 全魔力を喪失してルイが昏睡状態になっている間、ホテル内で幾つかの出来事があった。
オーディション本選出場者の一人が、護衛諸共惨殺されて1階の物置に隠蔽されていたことが判明した。犠牲になったオーディション本選出場者の服装が
ルイを刺殺しようとした女性と同じことだったことから、本選出場者はルイの命を狙った何者かに殺され、アレンに斬殺された女性が本選出場者として
ホテル内を移動し、ルイの抹殺の機会を窺っていたと推測される、との報告が入っている。
また、ルイを殺そうとしてアレンに阻止され、逆に斬殺された女性の身元は不明で、外部から何らかの経路の潜り込まされた可能性が考えられると言う。
 何れにせよ、現時点でもっとも怪しかった警備班班長が実兄のフォンの怒りを買って解任され、オーディション本選終了まで別館に軟禁されること、
本選終了後に司法委員会にかけられ、最低でもリルバン家からの永久追放の処分が下される見通しであることも、アレン達に伝えられている。

「100ピセル安心とは言えないけど、少なくとも以前より危険要因が減ったことには間違いないでしょうね。この機会にゆっくり養生しなさい。称号以上の
魔法を使った時の魔力喪失と生命力の著しい低下は聖職者にも共通だし、休めるときに休んでおくのが健康維持の鉄則だからね。」
「でも、皆さんの食事が・・・。」
「喫茶店かレストランで適当に済ませてくるわ。フィリア、クリス。行くわよ。」
「ちょ、ちょっと!何でアレンに作らせてあたしに手伝わせようとしないわけ?!あたしだって料理くらい出来るんだからね!」
「言った筈よ。あんたはこのホテルに居る間あたしには絶対服従だ、って。つべこべ言わずにあたしの護衛をしなさい。クリスもね。」
「はいはいっと。」
「ということだからアレン。あんたが管理してる遊興費を貸して。昼食を済ませてその後図書館に寄るつもりだから、その間ルイの看病は頼むわよ。」
「分かった。」

 血塗れになったシャツを着替えたアレンは、自分が管理する遊興費を皮袋ごとリーナに手渡す。

「食事は大丈夫ね?」
「ああ。本を見れば作れる。材料が揃ってるかどうか調べないといけないけど、なければ取り寄せるよ。」
「じゃあ、頼んだわよ。」

 リーナは素っ気無く言うと、さっさとドアの方へ向かう。フィリアはアレンとルイを二人きりにすることに警戒心を抱かずには居られないが、リーナに
反抗するわけにはいかないのでクリスに続いて部屋を出て行く。
ドアが閉まって鍵がかけられた後、最も枕元に近い位置に座っているアレンがルイに声をかける。

「ありがとう、ルイさん。身の危険を顧みずに強力な魔法を使ってくれて・・・。あれがなかったら、俺は出血多量で死んでたと思う。」
「あの時はただ必死で・・・。アレンさんを助けないとという思いだけで、知っていた最強の回復系魔法を使ったんです。」
「お互いに助けられたね。ルイさんが無事で良かったよ。」
「私も、アレンさんが無事で良かったです。」

 アレンとルイは微笑を向け合う。
アレンは咄嗟の判断で我が身を挺してルイを護り、ルイは全身全霊を投入する覚悟で称号以上の魔法を使ってアレンの命を救った。別のオーディション
本選出場者を護衛諸共殺害して成り代わってまでルイが狙われる背景は未だ確証を得られないが、最も怪しいと踏んでいた警備班班長が解任された
ことで、少なくとも危険要因が減ったことは事実と言えよう。

「今から昼食を作るよ。」

 アレンは静かに席を立つ。それに呼応して起き上がろうとしたルイの両肩を、アレンがそっと掴んで軽く押して横たえさせる。

「二人分なら一人で出来るから任せておいて。リーナから借りた本はどうにか無事だったし、これを見ながら美味しい料理を作るよ。フィリアとリーナが
言ってたけど、魔力回復に効果的なのは十分な栄養補給と休養なんだってね。だからルイさんは安心して休んでてよ。」
「アレンさん・・・。」
「本を見ながらだからちょっと余計に時間がかかるかもしれないけど、ルイさんは気にしないでゆっくり休んでて。」
「はい・・・。」

 アレンは申し訳なさそうなルイに、心配しないで、との意味を込めた微笑を見せてから本を片手に台所へ向かう。台所に入ったアレンは早速本を手早く
捲って、消化が良くて栄養が豊富なメニューを探す。
 料理が得意で食材の栄養バランスも把握しているアレンが目をつけたのは、ランディブルド王国の庶民料理の一つ、カマンショーレ45)。レシピを見つつ
保管されている材料を確認すると、材料に欠かせないミプラ46)がない。生鮮魚介類だから厨房から直送で運んでもらうしかない。
アレンは台所から駆け出すと、念のため剣を抜いてからドアを静かに開け、近くに立っていた警備の兵士に、ミプラを2匹運んでもらうように依頼する。
 兵士が了承して立ち去った後、アレンは台所にとんぼ返りして手持ちの材料から下準備を始める。鍋に水を入れて竈にかけて、材料の一角を占める野菜を
火の通りと消化を良くするために一口サイズに刻み、ヒルファ菜47)の根の部分など固めの部分から順次投入していく。柔らかい葉の部分との食感の差を
統一するためだ。火加減を調節した後、アレンは二人分のマルフィ48)をよく砥いで鍋に入れ、たっぷりの水を張る。
 他の野菜類の下準備が終わったところで、ドアがノックされる。
アレンは包丁を操っていた手を休めて再び念のため剣を抜いて応対すると、警備の兵士が木の箱に入ったミプラをアレンに差し出す。
アレンは兵士に礼を言ってドアと鍵を閉めると、ミプラを台所に運んで早速調理に取り掛かる。調理はまず3枚に下ろすこと。だが、手先が器用なアレンに
とってはもはや手を焼かされるものではない。手早く見事に3枚に下ろしたミプラの白身部分の皮を慎重に剥いで内臓の残りや血を丁寧に洗い落とし、
白身部分を一口サイズにスライスする。ここも包丁さばきが要求されるのだが、アレンは料理人顔負けの腕前をいかんなく発揮して、白身部分を全て
スライスする。そしてスライスした白身をマルフィの入った鍋に入れ、竈にかけて火を起こす。
 暫く待っていると鍋から湯気が立ち上り始め、アレンは先に下ごしらえしておいたヒルファ菜などを入れて蓋をして、火加減を弱める。湯気を立ち上らせる
鍋に注意しながら、アレンは捌いて頭と骨と皮だけになったミプラを生ゴミ入れに入れて、俎板(まないた)や包丁を洗う。料理の過程で手が空いたら
調理器具や生ゴミを片付けるのは、後片づけの負担を軽減することに繋がる。

 片付けが終わった後、アレンは火加減を更に弱めてから鍋の蓋を開けて灰汁を丁寧に取り除く。時折マルフィを少しスプーンで掬って歯応えを確認する。
消化が良いのがカマンショーレの重要ポイントだから、舌でとろけるくらいが丁度良い。
 アレンは灰汁の除去とマルフィの歯応えを調べることを繰り返し、マルフィの歯応えが適度になってきたところで塩を少量加える。そして更にじっくり
煮込んで味を確認してから鍋を竈から下ろし、底が深い食器を棚から2つ取り出して出来立てのカマンショーレを二等分する。
湯気がほわほわと立ち上るカマンショーレの入った食器と2人分のスプーンをトレイに乗せ、アレンはルイが待つリビングのベッドへ運ぶ。横になっていた
ルイは上体を起こし、アレンがトレイごと差し出したカマンショーレを見て、疲れの色が濃かった表情を緩める。

「美味しそうですね。」
「じっくり煮込んだから消化も良い筈だよ。熱いだろうからゆっくり食べてね。」
「はい。」

 アレンとルイは揃ってカマンショーレを食べ始める。白身魚の旨みと程好い塩加減、そしてよく煮込まれた材料の食感が、2人の口の中で絶妙な
ハーモニーを奏でる。

「凄く美味しいです。」
「そう?良かった。」
「称号を弁えずに高等魔法を使ったことは聖職者として問題ですけど、こうしてアレンさんの看病を受けられるのは・・・嬉しいです。」
「俺は料理を振舞ったり、万が一の場合に備えることしか出来ないけど、それがルイさんを安心させられるなら、それで良い。」

 アレンとルイは静かで穏やかな、少し遅めの二人きりの昼食を進める。アレン手製のカマンショーレは、ルイの疲れを内側から癒していく。それは料理が
美味いからというだけが理由ではない。

「・・・ねえ、ルイさん。」

 食事が半分ほど進んだところで、アレンが少し言い難そうに話を切り出す。

「一連の事件に関係するかもしれないから、ルイさんのことをもう少し聞きたいんだけど、良いかな?」
「はい。お話出来ることはお話します。」
「ありがとう。」

 アレンは礼を言ってひと呼吸置く。

「1つめからルイさんには答え辛いことだと思うけど・・・、ルイさんはお母さんが教会の下働きになることを条件にルイさんの戸籍を作ったんだよね?」
「はい。そのとおりです。」
「今のところ一番怪しいのは、やっぱり警備班班長だと思うんだ。どうやって入手したのかは分からないけど、俺が本当は男だっていう情報を掲げて、
俺をルイさんから合法的に引き剥がそうとしたし・・・。今の段階で一つ推測出来る背後関係は、ルイさんのお父さんは実は警備班班長のあの男で、何らかの
事情でルイさんのお母さんを抹殺しようとしたけど逃げられた。警備班班長はルイさんが優秀な聖職者として名を上げたことでルイさんのお母さんが
ルイさんを身篭っていたことを初めて知って、自分の権威失墜を恐れてルイさんを抹殺しようとしている・・・。こんな感じなんだ。」
「・・・。」
「繰り返しになるけど、ルイさんのお母さんは教会の下働きになることを条件にルイさんの戸籍を作った。さっきの仮定を前提にすると、ルイさんの姓は
セルフェスじゃなくてリルバンじゃないのか、って思ってるんだけど、どうなの?」
「私の姓は、戸籍上でもセルフェスです。」

 ルイの口調は静かだが、嘘偽りは感じられない。

「私の母は去年病気で死にました。母は戸籍上死んだことになっていましたが、身内若しくは親族が死んだ場合は死亡届を提出することが義務付けられて
いますから、唯一の肉親である私が母の死亡届を役所に提出しました。その際、戸籍を閲覧させてもらったのですが、父の欄は空欄で母の欄には私の母で
あるローズ・セルフェスの名が記載されていて、その子として私の名が記載されていました。姓は母のものです。父の戸籍欄が空欄である以上、母の姓を
受け継ぐ以外に選択肢はありえません。アレンさんの国ではどうかは知りませんが、この国では夫婦が別の姓を戸籍に登録して使用することも出来ますが、
子どもの姓は父のものを引き継ぐのが原則です。両親が離婚したりして子どもがどちらか一方に引き取られて姓が変わる場合、若しくは私のように父母の
どちらか一方が不明な場合は、親の申請若しくは役所の判断で子どもの姓が決まるんです。ですから私の姓は通常でも戸籍上でもセルフェスです。」
「となると、俺がさっき言った仮定、つまり警備班班長がルイのお父さんで、ルイのお母さんがルイさんを身篭っていたことを知らなかった可能性があるね。
警備班班長は昨日この部屋にも来た、オーディション中央実行委員長でリルバン家当主のフォン氏の弟だけど、一等貴族の親族がそんなスキャンダルを
抱えていることが発覚したら権威失墜は避けられないから、警備班班長の地位を悪用してドサクサ紛れにルイさんの抹殺を狙っていた・・・。」
「・・・。」
「俺は攫われた父さんを助けるために旅をしてる。母さんは俺を生んで直ぐに死んだからドローチュアでしか顔を知らないから、父さんが唯一の肉親なんだ。
父さんを攫ったセイント・ガーディアンのザギは俺の剣を狙ってるんだけど、これは俺の父さんが、俺の15歳の誕生日にプレゼントしてくれた大切なもの
なんだ。どうして父さんが、『大戦』で7の悪魔を倒した7つの武器の一つであるこの剣を持っていたのかは今でも分からない。だけど、父さんを助けたい
ことには変わりない。親は何らかの形で子どもに影響を及ぼすんだね・・・。ルイさんがお母さんを安心させるために厳しい聖職者の道を選んだように・・・。」
「・・・厳しい条件の下で私を産んでくれて、教会の下働きになることを条件に私の戸籍を作ってくれた母の分も生きることが、今の私の使命だと思っています。」

 ルイはややうつむき加減で静かに語る。

「教会の下働きは重労働なんです。でも母は一度も泣き言や弱音を口にしませんでした。母は私の模範なんです。聖職者になったことで少なからず村の
人々の信用を得られましたし、クリスは道中何度も危険に晒された私を懸命に護ってくれましたし、此処に着いてからはアレンさんに二度も命を救って
もらいました。これも神の思し召し。私は神に、母とクリスに、そしてアレンさんに感謝しています。」

 ルイは儚げとも言える微笑をアレンに向ける。その微笑に、アレンは胸を締め付けられるような感覚に襲われる。
母が戸籍上死んだことになっていたが故にゾンビの子、死人の子と苛烈ないじめの日々を生き、大人でも1年で2/3は根を上げると言われるほど厳しい正規の
聖職者への道を選び、ようやく信頼と名誉ある地位を得たと思った矢先に母を亡くし、今は背後関係不明のまま命を狙われている。
そんな険しい人生を歩んでいながら恨み節の一つも口にしないルイに、アレンは心が急速に引き寄せられるのを感じる。
何としてもルイを護りたい。そしてルイにこれからの人生を十分に模索して欲しい。アレンはそう願わずには居られない・・・。

「それにしても、何でルイがことある毎に命狙われるのかしらね。」

 喫茶店の一角で昼食を摂っていたフィリアが、ぼやきとも言える疑問を口にする。

「深夜にドア開けて殴り込んで来たかと思ったら、今度はすれ違いざまに刺し殺そうとしてきたし・・・。どう考えてもルイの背後に何かあるとしか思えないわ。」
「ルイの命を狙っとるんが誰なんかは分からへんけど、相手が何としてでもルイを殺そうと思とるんは間違いあらへん。そやなかったら、こないな人の出入りが
厳重にチェックされとるこのホテルの中にまで潜り込んで来たりせえへんわ。」
「やっぱり怪しいのは、警備班班長かしらね・・・。」
「そう考えるのが妥当ね。警備の兵士に扮装したり、オーディション本選出場者を護衛諸共殺して成り代わってまでルイを殺そうと裏で動けるのは、警備班
班長と考えるのが自然よ。今のところ、それ以外に有力な線が見当たらないし。」

 フィリアの推測にリーナが同調する。

「ねえ、クリス。ルイについて何か知ってることないの?」
「さっき話したとおりや。此処に来るまでの道中襲って来た兵士を締め上げたら雇われた、って吐いたこと。ルイとの付き合いは長いけど、こないなことは
勿論初めてやから、もの言うにしても推測の域は出えへんわ。」
「警備班班長が主犯格なのは間違いないだろうけど、裏で糸を引いてる奴が居るのも確実ね。」
「・・・ザギね?」

 フィリアの確認の問いかけに、リーナは無言で頷く。

「でもザギが糸を引いてるなら、特殊部隊を使って攫ったあんたやあいつが所有権を主張してるアレンの剣を狙う方に動かすんじゃないの?それに、ルイの
出生状況が変わってるとは言っても、ザギがアレンやあんたを差し置いてまでルイを狙う方を優先させる理由が分からないのよ。」
「ザギは、レクス王国でも最後の最後まで自分は直接手を出さずに王を利用するだけ利用してた・・・。そこから考えると、先にルイを始末して警備班班長を
躍らせて、その後で本来の目的であるあたしやアレンを狙う方向に動かすつもりだったんじゃないかしらね。曲がりなりにも警備班班長はオーディション
中央実行委員長の実弟で一等貴族当主の親族。何らかの事情でルイの命を狙ってる警備班班長に入れ知恵してたって考えられるわね。」
「セイント・ガーディアンて目茶強いんやろ?やったらそんなセコい手ぇ使わんでも、直接此処に乗り込んでくれば手っ取り早いと思うんやけどなぁ。」
「そこがザギの嫌らしいところなのよ。自分が出るのは人を利用するだけ利用して用済みになって、自分が絶対的有利な状態になった時だけ。武術や
魔法とか正攻法で攻めて来る奴じゃないのよ。アレンの時もそうだったし・・・。」
「セコい奴やな。そないな卑怯臭い奴でもセイント・ガーディアンになれるわけ?」
「どうやってなったのかは知らないけど、セイント・ガーディアンなのは事実。少なくともまともに戦おうとしたら、あたし達が束になっても勝てる相手じゃ
ないわ。」
「厄介やな・・・。」

 フィリアとクリスは揃って重い溜息を吐く。
最も怪しい警備班班長は中央実行委員長であるフォンを通じて解任させたが、それで万事丸く収まったとは言い難い。策略や謀略といった面では抜け目の
ないザギのことだ。どんな手を使ってルイや、そしてアレンやリーナを狙って来るか分からない。
 それにセイント・ガーディアンはその黄金の鎧を纏っている以上は事実上不死身という、そこいらのアンデッドより始末が悪い特徴を有している。痺れを
切らして実力行使に乗り込んで来たら、ザギを片手一本で翻弄したドルフィンか、ゴルクスを粉砕した上異次元に叩き込んだシーナでなければ勝てない。
アレンの剣は伝説の7つの武器の一つであり、実際にゴルクスがフィリアに振り下ろした斧を受け止めたが、戦力では圧倒的に格差があった。ホテルに入れば
絶対安心というわけではない以上、少なくとも単独行動は控えなければならないことは確実だ。

「このまますんなり終わってくれることを願うしかあらへんな。」
「そうね・・・。不確実性が高いけど。」

 クリスの淡い期待にフィリアは一応同調するが、決して不安が消えたわけではない。無言でデザートのチョコレートケーキを食べるリーナも、内心湧き出る
疑念を抑えられないで居る。
セイント・ガーディアンと互角に戦えるドルフィンとシーナが居ない今、敵の襲来がないことを祈るしかないのが口惜しくてならない。
フィリア、リーナ、クリスの昼食は重い空気の中で進められる・・・。
 その日の夕方。
終日フィルの町を駆け回ってシルバーローズ・オーディションや一等貴族などについての情報を収集していたイアソンが宿に戻って来た。イアソンが入り口の
ドアを開けて中に入ると、ロビーの一角にあるソファにドルフィンとシーナが腰掛けて手を振っていた。

「ドルフィン殿。シーナさん。ただいま戻りました。」
「お疲れ様、イアソン君。色々ありがとう。」
「どういたしまして。」

 イアソンは耳に着けていたイアリングを外して−シーナに着けてもらった−シーナに返し、ドルフィンとシーナの向かい側に座る。

「どうだった?」
「はい。まずリルバン家の現状について報告します。」

 イアソンは懐からメモ帳を取り出して、走り書きでびっしり埋まったページを捲る。

「現在の当主であるフォン氏は、10ある一等貴族の現当主の中でも穏健派として小作人などの間の評判は高いです。先代当主、つまりフォン氏の実父は
小作料率の大幅引き上げ案や異民族排斥法案を王国議会に度々提案するなど名だたる強硬派だっただけに、その反動もあるようです。」
「異民族排斥法案っていうのは何?」
「調べてみたんですが、此処ランディブルド王国はキャミール教を国教として、教会の地区管理制という特別な社会制度を敷いているのですが、民族としては
北で国境を接するウッディプール王国国民であるエルフの血を受け継ぐラファラ民族が80ピセル、東でランディブルド王国と、北で同じくウッディプール王国と
国境を接するシェンデラルド王国の多数民族であるバライ族が20ピセルを占めています。このバライ族は正統エルフの血を引くラファラ族と違い、
ウッディプール王国で異端視扱いされているダークエルフ49)の血を引いているんです。」
「ダークエルフの血統か・・・。珍しいな。」
「ええ。で、先代のリルバン家当主は、キャミール教では肌の白いバライ族が神の祝福を受け、肌の黒いラファラ族は悪魔の祝福を受けている、と主張して
ラファラ族をシェンデラルド王国に強制移民させようとしていたそうです。もっとも、他の一等貴族当主や教会代表者などが反対したため否決されたそう
ですが。」

 人類が万物の霊長の座から転落し、多種族との争いの末に住み分けが定着したこの世界でも、肌の色などを根拠にした差別が存在する。
エルフの中でダークエルフが異端視されるのと同じく、キャミール教徒の一部には肌の色の違いは祝福を与えたのが神と悪魔の違いと主張する者も居る。
先代リルバン家当主がその流れを汲む強硬派だったとすると、穏健派の現当主フォンへの好感が高まるのは必然的だ。

「そんなこともあって、先代当主と現当主のフォン氏との間にはかなり確執があり、フォン氏がリルバン家当主となったのは先代当主が死去した後だそうです。
普通は生存中にある年齢に達したり体力の限界などを理由に引退して当主の座を譲るのですが、リルバン家ではそうならなかったというわけです。」
「じゃあ、現在のフォン当主に何か問題はあるの?」
「現時点では、問題らしい問題は聞こえて来ませんでした。先程も触れましたとおり、名だたる強硬派だった先代と正反対の穏健派ということを反映してか、
フォン氏を悪く言う小作人や他の職業の人民とは出会いませんでした。」
「となると、現時点で最も怪しい警備班班長と、そいつがアレンの彼女候補を抹殺しようとすることの接点が見当たらんな・・・。」
「はい。深い事情は、実際リルバン家に潜入でもしないと分からないかもしれません。このような性質の問題は内部処理するのが世の常ですから。」

 イアソンがメモ帳を閉じて懐に仕舞うと、ドルフィンはパピヨンを1匹召還する。

「何かと情報戦ではお前の手腕が頼りになる。こいつは調査なんかにはうってつけだから、お前に1匹やる。」
「ありがとうございます。では早速・・・。」

 イアソンは腰のナイフで指の先端を切って血を出し、ドルフィンの掌に止まっているパピヨンの羽に「I」と書いて呪文を唱える。

「我、大いなる神の名の下に彼の者と血の盟約を交わし、下僕として従わせ給え。我が名は、イアソン・アルゴス。」

 微かに青白く光っていたパピヨンの全身が仄かに輝き、空気に溶け込むように姿を消す。

「魔道剣士のお前ならパピヨン1匹くらい十分操作出来る。せいぜい有効に活用してくれ。」
「重ね重ね、ありがとうございます。」
「俺とシーナも調べてみる。イアソンは引き続き調査を続けてくれ。くれぐれも気を付けろよ。」
「はい。」

 アレン達と別行動を取るドルフィン、シーナ、イアソンの行動方針が新たに固まった。

 同じ頃、リルバン家敷地内の奥まったところにある別館の一室。
フォンの実弟ホークは豪華だがやや古びている椅子に腰掛けて組んだ両手に顎を乗せて難しい表情をしていて、煌びやかな服装の女性が眉間に皺を
寄せて室内を忙しなく歩き回っている。目の部分にだけ細い切れ込みを入れた仮面を着けた、白銀のローブを纏った小柄な男が部屋の隅に立っている。

「折角オーディション本選出場者に成りすまさせた刺客を送り込みながら、みすみす返り討ちに遭ってしまうとは・・・。」
「あなた!このままでは由緒あるリルバン家が・・・!」
「私だって分かっておる!しかし、今回の計画が赤毛のガキに邪魔されて失敗に終わり、私は兄上の怒りを買って警備班班長を解任され、オーディション本選
終了までこの別館に軟禁だ!これではどうにも手が出せん!」
「ククククク・・・。」

 悲痛な叫びを上げるホークと女性−ホークの妻ナイキ−に対して、小柄な魔術師風の人物は低く不気味な笑い声を響かせる。

「顧問殿!これは我々だけの問題ではない!貴方自身の問題でもあるのではないのですか?!なのに何故笑っていられる?!」
「まだ策はありますが故。」
「どういうことですかな?!」
「ホテル内での暗殺が不可能なら、別の機会に狙えば良いだけのこと。そう、例えばオーディション本選会場で・・・。」
「ど、どうやって?警備班を動かせない私ではどうしようも・・・。」
「ご心配は無用。貴方様の望みも私めの望みも叶う、まさに一石二鳥の試みはまだ終わったわけではありませんぞ・・・。」

 怪訝な表情のホークとナイキを見ているのか見ていないのか、小柄な人物は低く不気味な笑い声を室内に響かせる・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

45)カマンショーレ:文中にあるとおり、ランディブルド王国の庶民料理の一つで、雑炊のようなもの。消化が良くて栄養も豊富なため、病中病後や
胃腸の調子が悪い人がよく食する。


46)ミプラ:水深30メールほどの近海で取れる、体長25セーム程の白身魚。刺身や塩焼きなど用途は幅広い。

47)ヒルファ菜:葉野菜の一種で、白菜と似ている。煮物料理によく使用される。あまり日持ちは良くない。

48)マルフィ:この世界における米の呼称。形状はやや長めで、調理方法は我々の世界同様炊くのが一般的。

49)ダークエルフ:RPGでお馴染みのエルフの一系統。悪魔との混血などの影響で肌が黒く、しばしば悪魔の手先などと称される。

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