「さて・・・。皆に集まってもらったのは他でもない。」
イアソンは開口一番、思わせぶりな口調で言う。「何だよ、改まって。」
「・・・俺達、どうやって暇潰す?」
「何よ一体!あんた、わざわざ人様を呼び出しといて、そんなくだらないこと相談するつもり?!」
気を取り直したフィリアがイアソンに食って掛かる。所持金の都合上、何かと睨み合いが絶えないリーナとまたしても相部屋になったことによる不機嫌に「いや、これは真面目な話。まあ、聞いて頂戴な。」
イアソンが宥めると、フィリアは渋い表情でひとまず抜いた剣を鞘に納める。「ドルフィン殿にかけられた呪詛を解除するには、最低1週間はかかる3)と思う。呪詛が複雑だとそれ以上。」
「じゃあ、その間、あたし達は食っちゃ寝、食っちゃ寝してるしかない訳?」
「そういうこと。だから相談を持ちかけたんだって。さらにもう一つ。資金的な問題で、宿に泊まれるのはあと2週間が限度。」
「えーっ?!じゃあ、それ以降は野宿?!」
「暇だったら、何処かでバイトでもする?」
「何馬鹿なこと言ってんのよ。ここは外国よ。何処の馬の骨とも分からない人間を雇うところなんて、まともなもんじゃないわよ。」
「そうそう、リーナの言うとおり。おまけにこの国は戸籍制度ががっちり普及してるから、住民だって嘘をついてもすぐばれるし、ばれたら牢屋行き間違いなし。
ま、その場合宿泊費は浮くけどね。」
「くだらない冗談ね。センスが知れるわ。」
「手っ取り早く、しかも楽に稼げることってないかしら?」
「そんなのあったら、誰でもやってるって。」
「確かにそうよねぇ・・・。」
「・・・ドルフィンとシーナさんに相談するしかないか・・・。」
「そうね。あたし達が考えてても埒が明かないわ。」
「じゃあ、ここらで解散という事にしますか。」
「失礼します。お客様。明後日から始まるシルバー・カーニバルのご案内です。是非ご覧ください。」
従業員はアレン達にチラシを配って、一礼してから立ち去る。「何よこれ、観光客目当ての商売気たっぷりじゃない。敬虔な信者の国が聞いて呆れるわ。」
リーナが苦虫を噛み潰したような表情で厳しい批判を浴びせる。「ん?ちょっと待って。続きがあるわよ。」
フィリアがチラシの続きを読み進める。「あたし、出る!」
沈黙を破ってフィリアが立ち上がり、高らかに宣言する。「これはあたしの美貌を世界に轟かせる絶好の機会。そう、このオーディションはあたしを待っていたのよ!」
アレンはあえて何も言わないでおくことにした。下手なことを言えば、絞め殺されかねないからだ。「それにこの賞金の額、結構な額じゃない。あたし達の財政事情を一気に改善出来るわ。まさしく一石二鳥ってとこね。いやぁ、我ながら頭良ーい!」
「・・・一人で言ってて空しくない?」
「あんたの美貌とやらが世間様に通用するとでも思ってるわけ?恥かかないうちに出ること思い止まっておいた方が身のためなんじゃない?」
フィリアの表情が徐々に怒りへと変わり、リーナをギロリと睨み付ける。「だ、黙って聞いてりゃずけずけと・・・言いたい放題言ってくれるわね!」
「悔しい?」
「・・・ま、まあ、オーディションに通用しないと自負してるようなあんたに言われる筋合いはないと思うけど。」
フィリアが額に青筋を浮かべながら無理矢理笑顔を作って言うと、今度はリーナの眉間に深い皺が浮かび上がってくる。「・・・どういう意味よ。」
「自分がオーディションに通用しないと分かってるから、自分の美貌を試そうとするあたしをなじることしか出来ない。違う?」
「じゃあ、あんたとあたし、どっちの美貌が認められるか、勝負しようじゃない。」
「あら、良いの?恥かくだけかもよ。」
「あたしの勝ちが見えてる勝負なんて、本当は興味ないけどね。」
「じ、じゃあさ、早速参加申し込みを・・・」
「「言われなくても分かってるわよ!」」
「なあアレン、どっちが勝つと思う?俺はリーナが勝つ方に一票。」
「わ、分かんないよ、そんなこと。」
「これは二人にとって良い機会だ。一つの目標に向かって切磋琢磨し合う。二人はお互いを良きライバルとして認め合えるさ。」
「・・・そんな馬鹿な・・・。」
「お帰りなさい。どうでした?」
アレンが尋ねると、シーナが少し沈んだ表情で答える。「診てもらったんだけど・・・予想以上に強い呪詛で、此処では完全に解除することは出来ない、って。」
「え?それじゃあ・・・。」
「ある程度緩和することは出来るけど、解除は首都の中央教会でないと出来ないだろう、って。で、緩和するだけはしてもらったのよ。」
「緩和されただけでも上等だ。手足の傷は完全に塞がったし、包帯の取替えや薬の投与も1日1回で済むレベルになった。これでもうシーナに重労働をさせる
必要はない。」
「首都の中央教会への紹介状を貰った。それに、呪詛が大幅に緩和されたお陰で、少なくとも食事以外の日常生活には支障はなくなった。」
「じゃあ、首都へ行く目標がまた一つ増えたってことになりますね。」
「目標?何の話?」
「ああ、シルバーローズ・オーディションのことね。ドルフィンも私も知ってるわ。」
「どうして知ってるんですか?」
「クルーシァには修行の一環で外に出る機会が度々あってね、この国にも一度来たことがあるのよ。その時話を聞いたの。」
「で、誰が出場するの?」
シーナの問いに、フィリアとリーナがさっと手を挙げる。「あら、二人が出るの?頑張ってね。」
「はいっ。任せて下さい。」
「そうだ。シーナさんも出たらどうですか?」
「私は遠慮するわ。あんまり興味ないし。」
「駄目駄目。シーナさんは参加出来ないって。」
「どうして?」
「だって・・・参加条件は『未婚女性』ってなってるだろ?シーナさんは事実上人妻なんだから、参加条件を満たしてないよ。」
「あ、そうか。そう言われてみれば確かにそうよねぇ。」
「シーナさんは、愛しのドルフィンだけの女神さまなんだものね。」
「なるほど・・・。これは迂闊だった。ドルフィン殿、申し訳ありません。」
「いやねぇ、皆ったら。婚約はしてるけど正式な結婚はまだよぉ・・・。」
「でも、マリスの町の町長は、ドルフィンをシーナさんの婿と認める、って言ってましたよ。もうドルフィンとシーナさんが結婚してるってことは既成事実ですよ。」
「そう言われれば、確かにそうとも言えるわね。」
「な、何でそう、事ある毎にそっちの方に話を振るんだ・・・?」
「とか何とか言いながら・・・、本当は言って欲しいんでしょ?」
「でも、どうしてシルバーローズ・オーディションに出ることにしたの?この国に来た記念に、って考え?」
「いえ、実は切実な背景があるんですよ。このパーティー全員に関わる財政の問題です。」
「・・・資金不足が現実のものになってきたってことか。」
ドルフィンがやや上ずった声で言う。「何せ6人だ。乗船料金は結構な額だったし、これからの宿泊費や途中の食費も馬鹿にならん筈だ。」
「そうです。で、その打開策として二人がオーディションに出るということに・・・。」
「そして、あたしの美貌を証明することで、誰かさんに身の程ってやつを思い知って戴こうと思いまして。」
「・・・あたしとしては、自分が勝つことが分かっている勝負なんて興味ないんですけど、一人ぼっちで生き恥を晒すのは可哀相なんで付き合って
あげるんです。」
「・・・女の勝負って訳ね。」
シーナは二人の様子から事情を飲み込んで、苦笑いする。シーナも二人が何かといがみ合っていることを知っているだけに、単なる勝負では済みそうに「でも、入賞すれば確かにパーティーの財政が大助かりなのは間違いないわ。二人とも頑張ってね。」
「「はいっ。頑張りますっ。」」
「良いなあ・・・。あの流れるような黒髪・・・。艶やかな絹糸という表現がぴったり・・・。」
イアソンが呟くと、アレンが呆れて言う。「締まりのない顔だなぁ。もうちょっとしゃきっとしろよ。」
「ああ、あの黒髪をそっと撫でて、頬擦りしてみたい・・・。」
「あーっ、止めた止めた!」
先にリーナが根を上げて、口紅を放り出した。放り出された口紅が軽やかな音を立てて床を跳ねる。「あたしは素が良いから、化粧なんて要らないのよ!」
全く上手くいかなくて自棄になったらしく、リーナはそう言いながら顔を激しく洗う。「まあまあ。そう言わないで、ここは一つ俺に任してみないか?」
イアソンが、今がチャンスとばかりに話を持ちかける。リーナはタオルで顔を軽く拭いて怪訝な表情でイアソンを見る。「あんたが?化粧なんて出来るの?」
「ここは1つ、任せてみてよ。口紅だけでも結構変わるし、時間もそんなに取らないからさ。」
「・・・良いわ。やってみて。」
「ちょっと上の方向いて。」
リーナは黙って顔を上げる。「何してんの?早くしてよ。」
「あ、はいはい。それじゃ・・・。」
「何しようとしてんのよ!」
「ち、違う違う。顔を固定してないと手元がぶれるからだって。」
「・・・まあ良いわ。でも、ちょっとでも変なことしたら、オークの餌にしてやるからね。」
「わ、分かってますって。」
『ああ、出来るものなら、この柔らかそうな唇に・・・。』
後ろで見ているアレンには、イアソンが何を考えているかは容易に想像出来る。「はい、おしまい。鏡見てみなよ。」
イアソンに言われて、リーナは特別な期待も抱かずに鏡の方を向く。「・・・へえ・・・。口紅一つでここまで変わるのね・・・。」
「だろ?まあ、素が良いってことが大きいんだけどね。」
「イアソン。あんた、なかなかやるじゃない。ちょっと見直したわよ。」
「いやぁ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ。」
「フィリア。俺がやってやるよ。これじゃ、いつまで経っても埒が明かないって。」
「え?!やってくれるの?!」
「貸してよ。」
「はい。お願い、上手くやってね。」
「はい、完了。」
フィリアは期待に胸を膨らませて鏡の方を向く。フィリアの抱いていたイメージにぐっと近付き、大人の女性の雰囲気が滲み出ている。「流石アレン。あたしが何度やっても上手く出来なかったのに。」
「フィリアはとにかく全部均一に塗ろうとしてたからさ。色が引き立つ程度に薄めにすれば塗り易いし、雰囲気も良くなるんだ。」
「フィリア。あたし達よりも男衆の方が器用なのは明らかよね。」
「え?そ、そうだけど・・・。」
「ねえ。いっそ、予選出場までの専属スタイリストとして、あたしはイアソンを、あんたはアレンを使うってのはどう?」
「専属スタイリスト・・・かあ。良いわねえ。」
「で、予選落ちした方のスタイリストは、予選突破した方のスタイリストになる。両方突破か予選落ちの場合は何もなし・・・って、これはまずないだろうけど。」
「モデル気分は今のうちだけよ。せいぜい楽しんでおくことね。」
「あーら、あんたこそまたとない機会なんだから、しっかり味わっておくべきじゃない?」