Saint Guardians

Scene 5 Act 3-1 出発U-Setting outU- セピア色の光景が蘇らせしもの

written by Moonstone

「離して下さい!何処へ連れて行くつもりなんですか?!」
「俺はお前を捜し求めていたんだ。離すわけにはいかん。黙って俺について来れば良い。フフフフフ。」

 もがくシーナを左腕一本で抱き寄せながら、ゴルクスは意気揚揚と町長邸を後にする。直属部隊はリーナのレイシャーとパピヨンで全滅に追い込まれたが、
ゴルクスはそんなことは少しも気にしていない様子だ。
途中、路地に倒れているリーナが視界に入るが、ドルフィンはそれを無視して砂地を一歩一歩悠然と歩く。自分がリーナに食らわせた一撃に傲慢とも言える
絶大の自信を持っているせいだろう。
 T字路の交差点に差し掛かったところで、ゴルクスの前に多数の剣士や魔術師が立ちはだかる。しかし皆一様に腰が引けており、恐怖を懸命に押し殺して
シーナ奪還を目指しているようだ。ゴルクスはそんな彼らの様子を見て不気味に口元を歪め、右手の巨大な斧を大きく振り下ろし、砂地に叩きつける。
その風圧をまともに受けた剣士や魔術師は後ろに吹き飛ばされて商店に突っ込み、直撃を免れた者も足腰を崩されてその場に尻餅をついてしまう。
この男には戦っても勝てる見込みはない。あるのは100%の自分の死だ。そう直感した剣士や魔術師達はゆっくりと移動して道を開ける。
ゴルクスは口元の笑みの邪悪さを増し、ゆっくりとした足取りで開けられた道を通る。

「多少は学習能力があるようだな。フフフフフ。」
「離して下さい!」
「心配要らん。俺の根城に着いたら離してやるとも。しかし、俺の元からは二度と離さんがな。フフフフフ。」

 ゴルクスの言葉にシーナは嫌な予感を感じずにはいられない。このゴルクスという男性からは人間の温かみや情というものを感じない。ただ己の欲望を
満たすことしか頭にない。そう察したシーナは懸命にゴルクスの束縛から脱出しようとするが、何せ相手はドルフィンを凌駕するほどの巨漢の上に力も強い。
スタイルは抜群といえど戦闘能力は限りなくゼロに近い今のシーナには、ゴルクスの腕の中でもがくことが精一杯だ。
 ゴルクスが歩いていくと、軒先が滅茶苦茶になった商店に差し掛かる。そこにはゴルクスの直接攻撃を受けたアレンと、魔力が殆ど底をついたフィリアが
共に戦闘不能の状態で寝かされ、ただ一人無傷のイアソンが剣を構えている。イアソンは攻撃の機会を窺うが、あの巨体と同等の斧を羽のように軽々と
振り回すゴルクスに立ち向かったところで、身体を縦か横に寸断されるのがオチだろう。アレンはゴルクスの斧を受け止めたが、あれはアレンの並々ならぬ
敏捷性と「7つの武器」の一つだという剣の底力のお陰だろう。ゴルクスがジロリとイアソンを睨む。イアソンはそれだけで背筋に冷たいものが流れるのを
感じ、その場を一歩も動けない。
イアソンが攻撃しない、否、攻撃出来ないと察したゴルクスは勝ち誇ったような嫌な笑みを浮かべ、再び前を向いて歩き出す。自分達が厄介になっている
町長の娘、しかもドルフィンの婚約者をむざむざ攫われるのをただ見守ることしか出来ないことに、イアソンは唇を噛む。
 ゴルクスはもがき続けるシーナを左腕でがっしりと抱きかかえたまま町の外に出る。そしてワイバーンを召還し、斧を背中に回して鎧の背に装着し、手綱を
叩いて発進させようとする。高さ1メール程浮き上がったところで突然ワイバーンの動きが止まり、その身体の彼方此方に線が走り、ボンと音を立てて
バラバラになる。
ゴルクスはシーナを抱きかかえたまま、ふわりと着地してある一方を見やる。シーナとゴルクスから10メール程のところに、ドルゴに跨ったドルフィンが
居た。ドルフィンはドルゴを消すと、大きな歩幅でゴルクスに向かって行く。その目は鋭く輝き、猛烈な闘気と殺意に満ちている。

「真打ち登場か・・・。フフフフフ。久しぶりだな、ドルフィンよ。」
「久しぶりだな、ゴルクス。この町にシーナが居ることを嗅ぎつけたのは、犬並みの嗅覚の成せる業か。」
「俺がシーナに粉砕されたのはカルーダ上空だからな。だからその魔法の反動でカルーダのどこかに飛ばされたのだろう、とある程度推測していた。
俺が再生して以来、直属部隊にカルーダを中心に足取りを追っていたのだが・・・まさかこんな寂れた、無力な剣士や魔術師が大勢たむろする町に居るとは
思わなかった。聞けばシーナは町長の娘という。シーナと婚姻を結んだ後には、この町の長として君臨してやるわ。」
「貴様の寝言に付き合っているほど俺は気が長くない。シーナを離してもらおうか。」

 ドルフィンが剣を抜くとほぼ同時に、ゴルクスは左腕に抱えていたシーナを盾にするかのように自分の全面に持ってきて、その首筋に腰に帯びていた
剣先を突きつける。ゴルクスはドルフィンの白狼流剣術の強さと性格を知っているのだろう。ゴルクスをバラバラにするのは簡単だ。だが、シーナを人質に
とられてはどうしようもない。

「ドルフィン、剣を放せ。シーナの命が惜しくないのか?ん?」

 ゴルクスは剣先をシーナの白い首筋に軽く当てる。するとドルフィンは、苦渋の表情で左手に持っていた剣と像を砂地に放り出す。

「そうそう、それで良い。ではこっちに来い。」
「ドルフィンさん!私のことは構わないでこの男性を倒してください!」
「ドルフィンにそんなことが出来る筈がない。ドルフィンはお前を守るためにセイント・ガーディアンになる道を捨てたのだからな。」
「え?」
「さあ、ドルフィン。こっちに来い。下手な真似をすればシーナの命はないぞ。」

 ゴルクスが言うと、ドルフィンは丸腰でゴルクスの元に歩み寄る。
ドルフィンが1メール程の距離に近付いたところで、ゴルクスはシーナの首筋に当てていた剣先をドルフィン目掛けて振り下ろす。ドルフィンの身体に斜めに
赤い線が走り、鮮血が噴出す。

「ぐっ!」
「フハハハハ!ドルフィン!貴様との因縁も今日で終わりだ。せいぜい嬲り殺してくれるわ!」

 ゴルクスは狂気の高笑いを上げながら剣を振り回し、ドルフィンの身体をズタズタに切裂いていく。ドルフィンは身体のみならず腕や足からも鮮血を迸らせ、
見る見るうちに血塗れになっていく。ドルフィンは何一つ抵抗出来ぬまま、ゴルクスの剣に全身を切り裂かれていく。

「いやーっ!!」
「フハハハハ!良い様だな、ドルフィンよ!今日此処で白狼流剣術の歴史と共に貴様の人生にも幕が下りるのだ!」

 ズタズタに切り裂かれたドルフィンは、全身を己の血で真紅に染め上げて、がっくりと両膝をつく。その胸板にゴルクスの剣先が容赦なく突き立てられる。
大量の血が噴水のように噴出し、その飛沫がゴルクスには勿論、シーナにも降りかかる。ゴルクスは目を血走らせ、剣先をじわりじわりとドルフィンの身体に
めり込ませていく。

「ぐう・・・。」
「フハハハハ!貴様の苦悶が聞けるとはな!苦しめ!苦しめ!そしてこの場で朽ち果てるが良いわ!」
「止めてーっ!!ドルフィンさんが死んでしまう!!」
「ドルフィンを殺すのは俺の悲願!シーナを手に入れられた上にドルフィンをこの手で殺すことが出来るとは俺も幸運よな!フハハハハ!」

 ゴルクスは剣先をドルフィンの胸からゆっくり引き抜くと、胸や腹に容赦なく剣先を突き立てる。その度に鮮血が噴出し、ゴルクスの黄金の鎧を赤く
染めていく。狂気という言葉が相応しいゴルクスの攻撃に成す術もなく、ドルフィンは見るも無残な血塗れの姿となる。

「何か言い残す言葉はないか?んん?」

 ゴルクスが嘲りを交えて尋ねると、ドルフィンは涙を流しているシーナに向かい、力を振り絞って言う。

「シ、シーナ・・・。あ、愛してる・・・。」

 ドルフィンはそれだけ言うと、前のめりに崩れ落ちる。勝利を確信したゴルクスは、その快感に酔いしれて高笑いを響かせる。
一方、シーナの頭には、ドルフィンの言葉が何度も何度も飛び交う。

『愛してる・・・。あいしてる・・・。アイシテル・・・。どこかで聞いたような・・・。』

 シーナの脳裏にセピア色の風景が浮かんでくる。
巨木を背に立つ自分。その前に緊張した様子で懸命に言葉を捜している様子の男性が立っている。顔は分からないががっしりした体格だということは分かる。
シーナは頭痛を感じるが、脳裏に浮かんだその風景は確かな時間軸の元で進行していく。その男性はようやく言葉を見出したのか、その男性は自分に
向かって言う。

『俺は・・・お前を・・・愛してる・・・。』
『貴方は・・・誰?』

 激しくなってきた頭痛に顔を顰めるシーナに構うことなく、ドルフィンは砂地に倒れてそこに赤い液体を染み込ませるドルフィンに向かって剣を振り上げる。

「これで終わりだ。あの世へ行け!」
『貴方は・・・誰?』
「死ねぇ!!ドルフィン!!」

 ゴルクスが剣を最大限に振り上げた時に発した言葉で、シーナの頭の中で何かがバン、と音を立てて弾け飛んだ。
ゴルクスの剣先がドルフィンの頭に突き立てられる直前、巨大な結界が発生して、ゴルクスは後ろに大きく弾き飛ばされる。優に10メールは吹き飛ばされて、
砂地に叩きつけられたゴルクスが身体を起こして見ると、シーナが憤怒の表情を浮かべ、結界の中心に浮かんでいる。

「シ、シーナ・・・。き、記憶が戻ったのか?!」
「ええ。何もかも思い出したわ。ドルフィンの後を追ってクルーシァに向かったことも、ドルフィンと共に修行に励んだことも、ドルフィンと婚約したことも、
そして内戦でクルーシァを追われてドルフィンと生き別れになったことも、カルーダにワープして来たことも、そしてゴルクス・・・。貴方とカルーダ上空で
一騎打ちして記憶封印の秘術を施されたのと同時に貴方を魔法で粉砕したことも、何もかもね。」

 シーナの全身から感じる凄まじい魔力を感じ、ゴルクスはそれまでの勝利の確信に満ちた表情から一転して顔面を蒼白にする。Wizardのシーナの魔力は、
町に居る魔術師など比較対象にならない。何者をも圧倒する魔力の前に、ゴルクスは思わず後ずさりする。

「よくも私のドルフィンを・・・!!絶対許さないわよ!!」
「・・・お、おのれ!もう一度記憶封印の秘術を施してくれるわ!」

 ゴルクスが気を取り直してシーナ目掛けて突進するが、シーナに手が届く以前に結界に弾き飛ばされる。

「前の魔法では再生に2年はかかったでしょうけど、今度は二度とこの世に現れないようにしてやるわ!!」

 立ち上がって再び突進しようとしたゴルクスに向かって、シーナは早口で呪文を唱える。

「デルハル・エンジェルカースト・アンデ・ファーラ!!開け、相反する世界の扉よ!!異界の王よ、我が声を聞きたまえ!!」

 ゴルクスが結界に包まれる。そして膨大な量の魔力がその結界に集中する。

「し、しまったぁ!!」
「相反する世界の者達よ!!捧げし生贄を粉砕せよ!!アンチ・ワールド・クラッシュ!!16)

 ゴルクスの周囲に星が煌く宇宙が切り取ってきたかのように姿を現し、そこから大小の隕石が飛び出して来てゴルクスに命中する。ギャラクシャン・
イクスプロージョンをはるかに凌駕する大爆発が結界内で次々と炸裂する。

「うぎゃあああああーっ!!」

 ゴルクスの絶叫も爆発に伴う、地上を、否、世界を揺るがさんばかりの大音響にあっさりかき消される。爆発が収まらないうちに、シーナは再び呪文詠唱を
始める。

「アンデザ・ミーシェント・デルキス・メリェオン!!時間の鎌よ、次元を切り裂け!!見果てぬ世界に彼の者を放り込め!!アナザー・ディメンジョン17)!!」

 シーナの呪文詠唱が終わると、結界内で炸裂していた爆発が掃除機で吸い込まれるかのようにある一点に急速に吸い込まれていく。あれほど激しい爆発を
巻き起こしていた結界内が、それまでの出来事が嘘のように静まり返る。結界内にはゴルクスは勿論のこと、黄金の鎧の欠片も存在しない。そこには何も
なかった、と言われれば信じるしかない。本当に何もかもなくなってしまったのだ。

「復活出来たとしてもこの世に戻ってくるのはまず無理でしょうね。」

 眉間に深い皺を刻んでいたシーナはゴルクスが居た筈の結界を消去すると、表情を一転させてドルフィンに駆け寄って抱き起こす。全身血塗れの
ドルフィンは、早く浅い呼吸を繰り返している。まさに息も絶え絶えという様子だ。

「ドルフィン!しっかりして!」
「・・・シ、シーナ・・・。記憶が・・・戻った・・・のか?」
「ええ。ドルフィンの言葉が、私に言ってくれた言葉が封印を解く鍵になったのよ!」
「そ、そうか・・・。良かった・・・。」

 そう言って微笑んだドルフィンは、口から大量の鮮血を吐き出してがっくりと首を横に傾ける。

「死なないで!!ドルフィン!!しっかりして!!」

 シーナの懸命の呼びかけにも関わらず、ドルフィンは微動だにしない。シーナの目から次々と零れ落ちる大粒の涙がドルフィンの身体を濡らす。
そこへ、今まで感じたことのない凄まじい魔法反応を感じたイアソンが駆け寄って来る。

「ド、ドルフィン殿!!シーナさん、もしかして記憶が・・・?」
「戻ったわ!!それよりありったけの薬草と医療器具を調達してお父様とお母様の家へ持って来て!!代金は町長が後で払うと伝えて!!」
「わ、分かりました!」

 イアソンはことの重大性を察知し、踵を返して走り去る。
シーナは砂に埋もれつつあった、ドルフィン愛用のムラサメ・ブレードとルーの像にフライの魔法をかけて浮かび上がらせ、ドルフィンの胸の上に置く。
そして自身にサムソン・パワー18)をかけてドルフィンを抱え上げ、全速力で町へ向かって走り出す。涙に濡れた青色の大きな瞳は、ドルフィンを助けなくては、
という強く悲痛な思いに溢れている。
 シーナは大勢の剣士や魔術師が思わず開けた道を走り抜け、大量の出血で意識不明のドルフィンを町長邸に運び込む。血塗れのドルフィンを涙で顔を
濡らして運び込んできたシーナに町長夫妻は驚きを隠せないが、シーナの訴えを聞いてすぐさまメイド達に薬と医療器具の準備を指示する。シーナは
メイドの案内を受けてドルフィンを部屋に運び込む。
シーナは涙を拭い、メイド達が運んで来た薬草を調合して水と合わせてドルフィンの口に流し込む。傷口からは自己再生能力(セルフ・リカバリー)発動を
示す白煙が立ち上っているものの、塞がる速度が異様に遅い。このままでは失血死してしまう、と判断したシーナは急いで薬草を調合して、再び水と
合わせてドルフィンの口に流し込む。
 程なく、一抱えはある薬草と医療器具をイアソンが運んで来た。シーナは礼を言うと、すぐさまドルフィンの傷口の縫合を始める。的確かつ素早いシーナの
手さばきで、ドルフィンの傷口は次々と縫合されていく。
イアソンは再び町長邸を出て、途中の路地に倒れていたリーナ、商店の軒先に寝かせておいたアレンとフィリアを次々と運び込んでくる。そしてシーナの
指示に従って三人をそれぞれの部屋に運ぶ。シーナはまた薬草を調合し、水と合わせてドルフィンに飲ませる。そしてドルフィンの重い身体を前後左右に
傾けて包帯を巻きつける。白い包帯はじわじわと赤く染まってくる。
 シーナはドルフィンの頚動脈に触れて脈があることを確認してから、部屋を飛び出していく。アレン達の様子を診るためだ。アレンは自己再生能力(セルフ・
リカバリー)で受けたダメージが回復していて、フィリアは魔力が殆ど底をついているだけ、リーナは気絶しているだけだということを確認すると、アレンの
頭と鳩尾に素早く包帯を巻き、急いでドルフィンの元に戻る。
ドルフィンの全身を覆う包帯は早くも赤く染まり、特に負傷の度合いが酷い胴体部分の包帯からは血が染み出している。シーナは包帯を取り替えて、再び
薬草を調合して水と合わせてからドルフィンに飲ませる。シーナによるドルフィンの治療は夜を徹して行われた・・・。
 意識が深淵からゆっくりと浮かび上がってくる。ドルフィンは意識がはっきりしてくるにしたがって、全身に鋭い痛みを感じる。
目を開けたドルフィンの視界に、嬉しさを満面に浮かべたシーナの顔が映る。死を免れたのか、と実感すると、ドルフィンは自分の全身を覆う包帯を見て
シーナに尋ねる。

「これは・・・お前が?」
「ええ。良かった・・・。ドルフィンが無事で良かった・・・。」

 シーナはドルフィンにキスをすると、ドルフィンに覆い被さるように身を乗り出し、その右頬に自分の左頬を擦り合せる。愛しげなその様子は、ドルフィンの
無事を心から喜んでいることを否が応でも感じさせる。

「私の記憶を戻すために彼方此方走り回らせたり、私が無力なばかりにドルフィンにこんな酷い怪我をさせてしまって・・・。御免ね、ドルフィン。」
「俺の身体には幾らでも傷が出来ても構わない・・・。シーナが無事なら・・・それで良い・・・。」

 ドルフィンとシーナが頬を擦り合わせていると、ドアがノックされる。シーナは身体を起こして、どうぞ、と応答する。
するとドアがゆっくり開いて、食事の乗ったトレイを持ったメイドと、町長夫妻が入ってくる。町長はドルフィンの枕元にやってきて尋ねる。

「ルーの像、しかと確認したぞよ。あれは間違いなく本物じゃ。」
「そうですか・・・。」
「して、鉱山の魔物は?」
「全て・・・倒しました。その元凶も破壊しましたから・・・もう・・・安全です。」
「見事!私の言葉の真意を汲み取ったようじゃの。」

 町長は感心した様子で言う。

「ルーの像を持ち帰るだけなら、奇跡的確率と言えども不可能ではなかっただろう。しかし、魔物が巣食う鉱山を再開させることなど不可能。私はルーの像を
持ち帰ってくるだけの勇気と力と同時に、その先を考える洞察力を持ち合わせる男を求めておったのじゃ。そなたは両方を持ち合わせておる。娘の婿に
相応しい男じゃ。そしてこの町を存亡の危機から救ってくれたそなたに、町の者を代表して感謝するぞよ。」
「いえ・・・。」
「よろしい。今から私は町民に娘の婿が決まったことを宣言してくる。聞けば娘を狙っていた悪党に重傷を負わされたとのこと。此処はもはやそなたの家。
ゆっくり養生されよ。」
「ありがとう・・・ございます・・・。」
「それではシーナ。朝食を置いておくから婿殿と一緒に食べなさい。私達はこれで失礼する。」
「はい。」

 町長夫婦と食事をテーブルに置いたメイドが部屋を出て行く。町長夫婦はその足で町一番の繁華街である大通りに向かい、演説用の高台19)に上り、
ルーの像を高々と掲げて大声で宣言する。

「皆の者!謎の魔物の巣窟と化した我が町の財産である鉱山から、我らが神ルーの像を持ち帰り、全ての魔物を倒した勇者がついに現れた!」

 人々は驚いた様子で町長の方を見る。人々の注視の中、町長は大声で言葉を続ける。

「よって私はこの場において我らが神ルーの名の元に、勇者ドルフィン・アルフレッド殿を我が娘シーナの婿と認めることを宣言する!」

 人々の間からパラパラと拍手が起こり、やがてそれは大きなものと化す。自分達が成しえなかった偉業をやってのけたドルフィン・アルフレッドという男を
素直に称えているのだ。
 町長の宣言を受けて早速動き出した者達が居る。坑夫達だ。仕事場を魔物に占拠されて失業状態にあった彼らは、ようやく仕事場が確保されたことに
歓喜し、つるはしなど採掘に必要な道具を持って鉱山へ出かけて行った。
採掘される金を加工して販売する、この町で盛んな金細工の店も鉱山復活の知らせを聞いて喜び、長く開店休業状態だった店先に出て盛んに呼び声を
上げる。マリスの町は、存亡の危機から脱して一気にこの町本来の活気を取り戻した…。

 一方その頃、ドルフィンとシーナは朝食を食べていた。シーナは勿論普通の食事が摂れるが、ドルフィンは不可能だとシーナが診断した。
ゴルクスに剣先を突き立てられたことによる内臓の損傷がかなり酷く、自己再生能力(セルフ・リカバリー)でも一向に回復の気配を見せないため、シーナが
薬草を調合して、損傷した内臓でも消化出来て内臓の損傷を内部から回復する効果も持つ液状の栄養食を飲ませていた。それでも一気には
飲ませられないため、シーナがスプーンを使いながら一口ずつ飲ませていた。

「あんまり美味しくないでしょうけど、我慢してね。」
「ああ・・・。今は贅沢言える身体じゃないことくらい・・・自分でも分かる・・・。」
「それにしてもおかしいわね・・・。本来ならもうとっくに治っていてもおかしくないんだけど・・・。」
「まあ・・・ゆっくり養生させてもらうさ・・・。」

 そんな会話を交わしながら先に食事を終えたシーナがドルフィンに流動食を飲ませていると、ドアがノックされる。シーナが、どうぞ、と応答すると、
頭に包帯を巻いたアレンをはじめ、フィリア、リーナ、イアソンが入って来た。
シーナは昨日薬草や医療器具の調達に奮闘したイアソンを見て、柔和な微笑みを浮かべる。その女神を思わせるような微笑みに、イアソンは勿論、アレンも
胸を高鳴らせる。

「貴方は・・・昨日薬草や医療器具を調達してくれた人ね。助かったわ。本当にありがとう。」
「いえ、そんな、はは・・・。」

 すっかり照れた様子で頭を掻くイアソンの足を、リーナが力いっぱい踏みつける。突然の痛みとは言え場所が場所なので大声を上げるわけにもいかず、
イアソンは懸命に痛みを堪える。

「私の方は名前を知ってくれていると思うけど、貴方達の名前は?」
「ア、アレン・クリストリアです。」
「フィリア・エクセールと申します。」
「・・・リーナ・アルフォン。」
「イアソン・アルゴスです。」

 シーナに問われてアレン達が順に名を名乗る。

「アレン君・・・で良いかしら?傷の具合はどう?」
「もう痛みはありません。俺にはどういうわけか自己再生能力(セルフ・リカバリー)があるので・・・。」
「アレン君にも自己再生能力(セルフ・リカバリー)があるの?・・・そう。それならもう治癒している頃ね。包帯を取っても差し支えないわよ。」
「はい。どうもありがとうございました。」
「どういたしまして。一応私は医師と薬剤師の免許を持ってるから、病気や怪我をしたら遠慮なく言ってね。」
「は、はい。」

 照れて頬を赤くしたアレンの足を、今度はフィリアが力いっぱい踏みつける。フィリアは痛みを必死に堪えるアレンを他所に、前に進み出て深々と頭を
下げる。

「私は魔術師です。称号はEnchanter。まだまだ修行中の身ですが、ご教授いただければ幸いです。」
「フィリアちゃん・・・で良いかしら?失礼だけど、歳は幾つ?」
「15です。」
「あら、15歳でEnchanterなの?随分優秀ね。カルーダの魔術大学で研究員をやってたの?」
「いえ、レクス王国のテルサという町で魔術学校の研究生をしていました。」
「レクス王国・・・。魔術面では後進国の国でそこまで称号を上げたなんて大したものよ。大丈夫。貴方なら私が教えなくても優秀な魔術師になれるわ。」
「あ、ありがとうございます。」

 フィリアは再び深々と頭を下げる。噂に聞き及んでいた18歳でWizardに昇格した魔術師の歴史に残るであろう大魔術師を前にして、魔術師の戒律に厳格な
フィリアは恐縮しっ放しだ。幾らEnchaterと言えどもWizardとは比較にならない。それは魔力が殆ど尽きた状態で横になっていた時に感じた凄まじい魔法
反応で嫌でも分かる。セイント・ガーディアンを魔法で二度も粉砕するほど強大な力を持つそのWizardは、自分とそれほど年齢が離れているとは思えない。
もっと実戦経験を積み、精神鍛錬を重ねて少しでもこの偉大な魔術師に近付きたい、とフィリアは強く思う。
 シーナは名乗って以来一言も口を開いていないリーナの方を向く。リーナはシーナの視線を避けるように視線を脇に逸らす。どうして自分を避けるのか
疑問に思うシーナに、ドルフィンが言う。

「リーナは・・・瀕死の重傷を負ってレクス王国のナルビアの海岸に打ち上げられた・・・俺を助けてくれた・・・恩人の娘なんだ。」
「そうなの?ありがとう、リーナちゃん。ドルフィンがお世話になって。」
「・・・いえ。」
「ちょっとリーナ。あんた薬剤師になろうと勉強してるんでしょ?本物の薬剤師を前にして態度がなってないわよ。」
「あんたに言われたくないわ。」

 そうは言うものの、リーナの声に張りはない。やはりシーナが記憶を取り戻し、ドルフィンとの結婚が町長夫婦公認のものになったという現実が辛いのだろう。
しかし、魔術師の戒律に厳格なフィリアは、大魔術師でもありリーナが目指す薬剤師でもあるシーナを前にしてのリーナの態度に頭から湯気を立ち上らせる。

「あんたねぇ!恐れ多くも相手は現役の薬剤師よ?!ちょっとは尊敬の念を表明したらどうなの?!ったく態度がでかいんだから・・・!」
「良いのよ、フィリアちゃん。私は階級や役職にこだわらないタイプだから。」
「は、はあ・・・。」
「リーナちゃん。薬剤師の勉強は大変だと思うけど、勉強と失敗を積み重ねればきっと試験に合格出来るわ。頑張ってね。」
「・・・はい。」

 リーナは短く答えると、先に部屋を出て行く。フィリアはリーナのぞんざいな態度に怒りを覚えるが、リーナのシーナに対する感情を思うと、あまり強い
態度に出られない。

「どうもリーナちゃんは、私がドルフィンの傍に居ることが気に入らないみたいね。」

 シーナがリーナの心を見透かしたように言う。

「私が居なかったら、今の私の立場に自分がなれたかもしれない。その望みを絶たれたんだから、きっと相当ショックでしょうね。」
「で、でもシーナ様。幾ら何でも失礼じゃないですか?」
「シーナで良いわよ。私も恋敵と争った挙句にドルフィンに後がない選択を委ねた経験があるから、リーナちゃんの気持ちは分かるつもり。それに気持ちが
通じない辛さは、経験した人じゃないと深いところまでは分からないと思うわ。だからリーナちゃんの態度は無理もないことよ。」

 シーナの実体験を踏まえた言葉に、その場がしんみりしたものになる。

「でも、ドルフィンに関しては話は別。ドルフィンはもうお父様もお母様も認めた私の夫なんだから、誰にも渡したりはしないわ。」
「こ、こらシーナ。人前でそんなこと言うな・・・。」

 その気品と立ち居振舞いからは想像出来ないような大胆なことを言ってのけたシーナに対し、ドルフィンは頬ばかりか耳まで赤く染める。こちらも普段の
風貌からは想像出来ない照れ屋ぶりを見せたドルフィンに、アレン達は一斉に冷やかしの声をかける。

「よっ、ドルフィンの女殺し。妬けちゃうねー。」
「ドルフィンさんってば、腕力だけじゃなくて女心を捉えるのも上手いんですね。」
「流石はドルフィン殿。様々な方面で実力を持っておられますね。」

 一旦しんみりしたその場が一転して賑やかなものと化す。その声をドア越しに聞きながら、リーナは切なげな表情で溜息を吐く・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

16)アンチ・ワールド・クラッシュ:力魔術の一つで破壊系魔術に属する。反世界(反陽子と反電子で構成される世界)に通じる時空間の裂け目を作り、
そこから大量の隕石を呼び寄せる。正反の物質が衝突する際の莫大なエネルギーにより、対象は原子単位で粉砕される。結界外には一切影響を
及ぼさない。Wizardのみ使用可能。


17)アナザー・ディメンジョン:力魔術の一つで古代魔術系に属する。触媒は不要。次元に裂け目を作り、そこに対象を吸い込ませる。異次元に吸い込まれた
対象は同じ魔法を使って三次元空間に裂け目を作らないと絶対に脱出出来ない。結界外には一切影響を及ぼさない。Wizardのみ使用可能。


18)サムソン・パワー:力魔術の一つで古代魔術系に属する。触媒は不要。腕力、脚力など筋力を一時的に数百倍に増幅する。一般に力の弱い魔術師が
重いものを運搬したり剣や盾を持つ場合に使用する。Phantasmistから使用可能。


19)演説用の高台:メリア教では、聖職者や町村の長が説法や重要事項の発表を行う場所として、最低でも町の中央部に1箇所はこのような高台を
設けなければならないと戒律で定められている。


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