Saint Guardians

Scene 4 Act 4-2 希望-Wish- なくした物を取り戻す旅へ

written by Moonstone

 夕食の時間がやってきた。アレンと、服に着替えて髪を束ね直したフィリア、イアソンがまず部屋から出てくる。続いて暗い表情のリーナと、悲しみを
覆い隠している感じのドルフィンが姿を現す。一行はメイドに案内されて広大な部屋に案内される。
一定の間隔を置いて天井から鍋が吊るされていて、底面に薪が重ねられて置かれ、それを破産で向かいあう形で座席らしい小さな正方形の絨毯が敷かれている。
多人数をもてなせるようにしているらしい。やはり町長ともなるとその権限と共に付き合いも多くなるのだろう。
鍋には赤い色をした、いかにも辛そうな煮物らしいものがぐつぐつと音を立てていて、どんなものを食べさせられるのかとアレン達は不安になる。
一行がめいめいに腰を下ろす。入り口に近い方から向かって左側の列にイアソン、アレン、フィリアが座り、右側の列にリーナ、ドルフィンが座る。
丁度6人で1つの鍋を囲む形になっているため、ドルフィンの隣は一人分空いている。
 少しして町長と夫人、そしてシーナが入ってくる。町長と夫人は奥の鍋を挟んで向かい側に座り、シーナはドルフィンの隣に腰を下ろす。
ドルフィンもシーナも目を合わそうとせず、やや俯き加減に鍋の方を虚ろに眺めているだけだ。
メイド達が、大きな器とやや深めの皿を幾つも持って入ってくる。皿は一人あたり5枚配られ、そこにご飯、生野菜、野菜と肉団子を煮込んだスープ、鳥の
腿肉を揚げたものが盛り付けられていく。1枚の皿は何も入れられないままだ。恐らくここに鍋の中身を入れるのだろう。

「さあ、客人。ゆっくり食事を楽しんでくだされ。」
「・・・イアソン。この鍋の中身が何だか、聞いてくれない?」

 アレンの申し出を受けて、イアソンが答える。

「これはジェルジーンっていって、肉や野菜をバンヌー46)と混ぜて煮込んだこの地方の民族料理だ。少々辛いけど、これをご飯やその鶏肉の揚げ物に
かけて食べるんだ。客人をもてなす時の料理だから邪険に扱うなよ。」
「ひえー、こんな辛そうなもの食べるの?」
「大丈夫。辛いことは辛いけど、慣れると結構癖になる美味さだから。」
「客人。どうされたかな?」
「あ、いえ。この料理を初めて見る者が居るので、紹介していたんです。」

 イアソンが町長の問いかけにマイト語で答える。当然のことながら、町長と夫人はフリシェ語など分からない。イアソンの回答を聞いて疑問が解けた町長は、
笑顔で一行に言う。

「さあ、どんどん食べてくだされ。足りなくなったら新しく作らせます故。」
「ありがとうございます。」

 イアソンは礼を言うと、早速鍋の中にスプーンを差し入れてジェルジーンを適量皿に取り、それをご飯と鶏肉の揚げ物にかける。アレンとフィリアも
イアソンに倣ってジェルジーンを皿に取ってご飯と鶏肉の揚げ物にかける。
イアソンが少々熱そうに、しかし美味そうに食べる中、アレンとフィリアも覚悟を決めてジェルジーンをかけたご飯を口に運ぶ。ピリッとした辛味がまず
襲ってくるが、その後に香ばしい匂いと豊潤な旨味が口いっぱいに広がる。

「あ、なるほど。これは美味いな。」
「ホントね。ちょっと辛いのが食欲をそそるっていうか。」
「な?見かけほどじゃないだろ?」

 アレンとフィリアとイアソンが舌鼓を打つ中、リーナもジェルジーンを皿に取ってご飯にかける。鶏肉にはかけない。リーナは肉嫌いだからだ。
ドルフィンとシーナも、ジェルジーンを皿に取ってご飯と鶏肉の揚げ物にかけて食べ始める。ドルフィンはこの料理を知っているらしく、特段首を傾げたり
することもなく、料理をゆっくりしたペースで口に運ぶ。その間、何度かチラチラと横で食事を摂るシーナに視線を向ける。シーナは上品な様子で食事を
進めていく。
 シーナの様子が気になるのはドルフィンだけではない。アレンはシーナの美貌に惹かれたらしく、食べつつシーナに視線を向ける。その見た目と同じように
上品な食べ方にどうしても目が行ってしまうのだ。それを偶々目にしたフィリアはカッと頭に血が上り、アレンの頬を力いっぱい抓(つね)る。

「痛い、痛い、痛い!」
「何処見てんのよ。食べる時は料理かあたしに集中!」

 かく言うフィリアは、慣れない床に座っての食事のため、しょっちゅう足の組み方を変えている。リーナも同じくなかなか落ち着く組み方が見つからない
らしく、もぞもぞと足を動かしている。それらとは対照的に、シーナは彫像のように背筋を伸ばして正座をして食べている。アレンが気になるのも無理はない。

「客人も娘婿になろうとこの町に乗り込んできなさったのかな?」

 町長が尋ねてくる。イアソンが適当に答えようとするより先に、ドルフィンが食事の手を休めて答える。

「最初は魔物の噂を聞いて、最寄のこの町に入りました。だが今は問われたとおり、娘婿になることを望んでいます。」

 ドルフィンのはっきりした答えに、マイト語が分かるリーナとイアソンは思わずドルフィンの方を向く。そしてシーナも驚いた様子でドルフィンの方を向く。

「ほほう。腕に自身はおありかな?」
「一応。」
「なるほど。では食事中失礼するが、ちと腕を見せてもらおうかのう。」

 町長は傍らのメイドに何やら指示する。メイドはわらわらと部屋から出て行く。そして暫くして数人がかりで巨大な石柱を持ってくる。その表情からするに
相当重そうだ。
メイド達は石柱を食事の場から離れた場所に置くと、元の持ち場に散開する。石柱はランプの光を浴びてきらきらと煌く。

「この石柱はこの地方で取れる水晶石47)じゃ。相当の腕がないと切れんし砕けん。さて客人。見せていただこうか。」
「どちらが良いですか?」
「ん?」
「切る方が良いか、砕く方が良いか。」
「そうじゃのう。では客人が剣を持っていることを踏まえて、剣で切ってもらおうか。」
「分かりました。」

 ドルフィンは食器を置いて傍らに置いておいた剣を手に持ち、立ち上がる。その様子からは今までの落ち込み具合は感じられない。何時もの精悍な剣士
ドルフィンの姿だ。アレンとフィリアはイアソンに通訳してもらって事情を知り、食事の手を休めて石柱の方を見る。イアソンとリーナも注目する。
ドルフィンは剣を持ったまま、一見隙だらけの様子で歩み寄る。石柱との距離が2メールほどになったところでドルフィンは不意に足を止め、ドルフィンの
右手が一瞬消える。カキンカキンという音が幾つも響くが、剣を振るっている様子はまったくない。
 町長と夫人、そしてシーナが疑問に思う中、右手が再び姿を現したところでドルフィンは石柱の傍まで歩み寄り、人差し指でピンと石柱をはじく。
すると驚くべきことに、石柱に縦横に無数の切れ筋が走り、その場にバラバラと崩れ落ちてしまう。剣を振るった様子もないのに水晶石がバラバラに
切り刻まれたことに、町長や夫人やメイド達は勿論、シーナも驚きのあまり声が出ない。ドルフィンの比類なきパワーを知るアレン達は、改めて感嘆の拍手を
送る。

「そ、そなた、一体どうやって・・・?」
「居合抜きというのをご存知ですか?あれを発展させたようなものです。」

 ドルフィンは声を絞り出すように尋ねた町長に淡々とした調子で答え、席に戻て腰を下ろす。
シーナは驚きで目を見開いてドルフィンを観察する。剣士らしくがっしりとした、筋肉の固まりのような身体をしているが、剣で切った様子をまったく見せずに
水晶石を切り刻んだことが衝撃的なのだ。

「凄い・・・。何処であのような技を?」
「クルーシァで、師匠から学んだ。」
「何と。そなた、あのクルーシァの人間か?」
「元、ですがね。シーナもそうです。・・・もっとも今では無効でしょうが。」

 ドルフィンはやってのけた偉業とは裏腹にしんみりとした口調で答える。町長はすっかり感心した様子でドルフィンに言う。

「そなた、剣の腕はこの町をうろついておる剣士とは比べ物にならんようじゃな。しかし、鉱山の魔物はそうはいかんぞ。」
「鉱山の魔物なら一匹倒しました。」
「な、何じゃと?!」
「本当ですか?!」
「ええ。様子見ということで魔物の核だけ奪って直ぐ引き上げましたが。」
「魔物の核じゃと?」
「あの魔物は賢者の石とほぼ同じ物質を核に持っています。それは魔物の核を奪って魔法解析をかけた結果判明したことです。」
「何と何と・・・。そなたなら鉱山の魔物を全滅させることが出来そうじゃな。」

 町長は感心しきった様子で言う。

「じゃが約束どおり、鉱山の最深部に祭られているルーの像を持ってこなければ、娘の婿とは認めんぞよ。」
「分かっています。」

 ドルフィンは淡々と答えると、食事を再開する。
シーナが不意にドルフィンの右腕に手をかける。ドルフィンははっとして食事の手を止めてシーナを見る。シーナの青い瞳は切実な思いで溢れている。

「ドルフィンさん。貴方ならきっと出来る。お願いです。どうかこの町のため、鉱山の魔物を倒してください。」
「・・・分かった。」

 ドルフィンの応えは短いものの、その言葉には深い愛情が篭っている。
ドルフィンの隣に居るリーナは、そんなドルフィンとシーナの様子を横目で見て、唇を噛んでジェルジーンを大量に皿に取る。そしてまだ残っているご飯に
かけることなく、そのまま口にかき込む。舌が痺れるような辛味がリーナの舌を直撃するが、リーナはまったく意に介せずに自棄気味にジェルジーンを
食べ続ける。その様子を見ていたイアソンは、胸がズキリと痛むのを感じる…。
 食事を終えた後、一行は案内された風呂場で順々に汗を流し、ドルフィン以外は自室に戻る。リーナは悲しそうな表情でさっさと水を浴びた後、一目散に
自室へ入り、鍵をかけて閉じこもってしまった。今のリーナにはどんな慰めも通用しないどころか逆効果だということを先に思い知らされているアレン達は、
リーナを放っておくことにした。
 ドルフィンは、自分が切り刻んだ水晶石の欠片を手に持ち、庭の泉の傍にある木に凭れかかっていた。水面をぼんやり見詰めるその瞳は、何時になく
悲しげで寂しげだ。
ドルフィンが師匠の下で白狼流剣術を学んだのは、第一にシーナを守るためである。シーナの前でも披露したことがある技を見せても、シーナは驚き、町の
ための魔物退治を願うだけで、何も思い出しそうになかった。そのくせ青い瞳はかつて自分に何度も見せた、何かを訴えるような輝きを孕んでいた。

「シーナ・・・。」

 ドルフィンはポツリと呟く。
シーナの記憶がない以上、シーナを取り戻すには−町長が身柄を拘束しているわけではないのだが−鉱山の最深部に安置されているルーの像を
持ち出してきて町長に示す以外に方法はない。だが、自分が倒した魔物は恐らく雑魚レベル。奥に踏み込めば踏み込むほど強力な魔物が控えていると
考えるのが自然だ。魔物が怖いわけでは決してない。ただ、他の剣士や魔術師などと同じ条件を満たさないとシーナを取り戻せないことが辛いのだ。
 どちらかが死ぬまで絶対外れないペンダントを着けている。眼鏡が必要というシーナの特徴も知っている。その他、シーナの好物や癖も何から何まで
知っている。なのに、他の剣士や魔術師と同じ条件下に置かれている自分の境遇が惨めに思えてならない。
 ドルフィンの右手でバキバキッという音がする。水晶石を握り潰したのだ。ドルフィンは粉々になった水晶石を手から解き放つ。月の光に照らされた水晶石の
欠片がきらきらと星屑のように煌きを放つ。ドルフィンの瞳は深い憂いを帯びて泉を見詰める。

 その頃、自室の寝床で横になっていたアレンは、ドアがノックされたことで身体を起こしてドアへ向かう。フィリアが髪を解けと迫りに来たのか、と
警戒しつつドアを開けると、顔を出したのはイアソンだった。

「イアソン。どうしたんだ?」
「非常召集だ。俺はリーナを呼びに行くから、アレンはフィリアを呼びに行ってくれ。そして俺の部屋に集まってくれ。」
「わ、分かったよ。」

 切羽詰った様子のイアソンの気迫に圧されて、アレンはとりあえず了承する。イアソンが走り去った後、アレンはフィリアを呼びに行く。
ドアをノックすると少ししてドアが少し開き、アレンの顔を見たフィリアが嬉しそうに微笑む。

「何?とうとう私の髪を解いてくれるの?」
「違う違う。イアソンが非常招集をかけたんだ。イアソンの部屋に集まってくれ、って。」
「何よ、それ。」
「俺だって訳分かんないよ。兎に角イアソンの部屋へ向かおう。」
「分かったわ。」

 フィリアが残念そうに部屋から出たとほぼ同時に、リーナが暗い表情で部屋から出てくる。
アレン達はイアソンの部屋に集合して円を描くように床に腰を下ろす。

「皆に集まってもらったのは他でもない。ある作戦を決行するためだ。」
「作戦?」
「内容から先に言うと、ドルフィン殿とシーナさんを駆け落ちさせるんだ。」
「か、駆け落ち?!」
「はぁ?」
「・・・何寝ぼけてんのよ、あんたは。」
「これは真面目な話だ。聞いてくれ。」

 アレン達の反応とは対照的に、イアソンはいたって真剣な表情で言う。

「ドルフィン殿とシーナさんが婚約者同士だということはもはや覆せない事実。だけど現状ではその関係は何の効力も発揮しない。」
「だからって、何で駆け落ちさせるんだよ。」
「ドルフィン殿の落ち込み様は深刻だ。ドルフィン殿が俺達のパーティーの重要な戦力である以上、ドルフィン殿が戦闘意欲を喪失していることは重大
問題だ。ドルフィン殿は鉱山の魔物を倒したが、シーナさんと婚約者同士でありながら他の剣士や魔術師と同レベルに置かれていることに相当不満を感じて
いる筈だ。それに、ドルフィン殿に戦闘意欲がないのに何時までもこの町に留まるわけにはいかない。アレンの父親のこともあるし、リーナの父親のこともある。
どちらも何処をあたれば良いのかさっぱり分からない以上、兎に角この町を出て相手の出方を待つのが一番だ。この町に留まったままでゴルクスとかいう
セイント・ガーディアンから攻撃を受けたら、多数の無関係の市民を巻き添えにしてしまう。」
「で、ドルフィンとシーナさんを駆け落ちさせて、本道に戻ろうと・・・?」
「そういうこと。」
「馬鹿馬鹿しい。そういうのを大きなお世話って言うのよ。」

 リーナが毒づく。

「シーナさんは何も覚えていないのよ。自分のことはおろか、ドルフィンのことすら・・・。なのに二人を駆け落ちさせて記憶が戻るとでも思ってんの?」
「記憶が戻るとは思ってない。ただ、行動を共にするうちに記憶を取り戻す可能性はないとは言えない。現に昼間、シーナさんはドルフィン殿を思い出しそうな
様子を垣間見せた。何から何まで記憶を失っているとは言えないと思う。」
「・・・好きにすれば。あたしは戻るから。」

 リーナは暗い表情のまま立ち上がり、さっさと部屋から出て行く。残されたアレン、フィリア、イアソンは呆気に取られたが、直ぐに気を取り直して
作戦会議を再開する。

「確かにドルフィンの出方が分からない以上、何時までも此処に留まるのは意味がないと思う。ドルフィンにしてみれば、シーナさんは居るだけでも心の
活力源になることは間違いない。」
「でも、どうやって駆け落ちさせるの?」
「それはだな・・・。」

 イアソンは身を乗り出して、アレンとフィリアを手招きする。顔を近づけたアレンとフィリアに、イアソンは「作戦」を説明する。
説明を聞いたアレンとフィリアは、一様に怪訝な顔をする。

「そんなこと出来るのか?相手は町長の一人娘だぞ。」
「そうよ。メイドさん達に目撃されたらどうするのよ。あたし達、下手すれば処刑されちゃうわよ。」
「だから深夜に決行するんじゃないか。ドルフィン殿は外に出たきり戻って来ない。今夜がチャンスだ。」

 アレンとフィリアは不安に苛まれながらも、イアソンの提案した「作戦」を了承した…。
 月が漆黒の闇に天高く上った頃。ドルフィンはまだ泉の傍の木に凭れかかって水面を見詰めていた。
波一つない水鏡は、美しい月を映し出している。ドルフィンの表情は沈んだままで、その場から動こうとしない。
 そんな時、背後で何やらぼそぼそと人の話し声が聞こえて来る。誰かが夜中に散歩か、と思ったドルフィンはしかし、話し声を聞き流して水面を見詰める。
そうしていたら、話し声に混じって物音がドルフィンの方に近付いて来た。誰かと訝ったドルフィンが物音の方を見ると、暗闇を突いて数人が走ってくる。
そのうち一人は、月光を浴びて髪が鮮やかな金色に輝いている。月明かりの中、それが誰であるかを認識したドルフィンは、まさか、といった表情で
走り寄ってきた人物を迎える。アレン、フィリア、イアソンがシーナの手を引っ張って連れて来たのだ。
イアソンの作戦とは、予めシーナの部屋の場所を聞き出し、深夜という時間帯にシーナを誘い出し、ドルフィンのところへ連れて行くというものだったのだ。

「シーナ・・・。お前達・・・。」

 驚きを隠せないドルフィンに、アレンは声を潜めてドルフィンに言う。

「ドルフィン、シーナさんを連れて来たよ。ドルフィンはシーナさんを連れて先にこの町を出て。俺達も直ぐに後を追うから。」
「何でこんなことを・・・?」
「この子達が『ドルフィンさんを元に戻すには貴方が必要です』と言って私を連れ出したんです。」

 ドルフィンはアレン達の思い切った行動の背景を察する。
自分がこんな腑抜けた状態では、ザギやゴルクスの襲撃に対処するどころか、約束であるアレンの父親救出やリーナの父親捜索が滞ってしまうためだ。

しかし・・・。

 ドルフィンはシーナに歩み寄り、その身体を右手で抱き寄せる。あっ、という小さな声と共に、シーナはドルフィンの胸に顔を埋める。

「すまないな。無様な姿晒しちまって。」
「そんなことは良いよ。それより早くシーナさんを・・・。」
「いや、シーナをこのままにしておくつもりはない。」
「「「え?」」」

 ドルフィンの言葉の意味が理解出来なかったアレン達は思わず聞き返す。

「シーナをカルーダへ連れて行く。そこで医者や魔術師に診てもらって、シーナの記憶喪失の原因と記憶復活の方法を探り出す。」
「ドルフィン・・・。」
「俺にとってシーナの記憶は俺との記憶でもある。それを失ったままシーナを連れ回すことは出来ない。」

 ドルフィンははっきりした口調で言うと、愛情溢れる目でシーナを見る。シーナがそれに呼応するようにドルフィンを見る。二組の瞳が言葉にならない
何かを伝え合っているようだ。

「俺と・・・一緒に来てくれるか?」
「・・・はい。」

 シーナは短く、しかしはっきりと答える。

「貴方が私にとってどんな人だったのか思い出せない。でも貴方を見ていたら、どんな人だったのか思い出したくなってきました。」
「シーナ・・・。」
「私、貴方についていきます。」

 プロポーズとその答えとも受け止められるやり取りに、アレン達は思わず顔を赤らめる。
ドルフィンはシーナを一旦離すと、ドルゴを召還して跨る。シーナは自然にその後ろに座ってドルフィンの腰に手を回す。

「それじゃ、あとは頼むぞ。」
「任せてください。」
「お父様とお母様には、私を取り戻すためにドルフィンさんについて行くと言っていた、と伝えてください。」
「分かりました。」

 ドルフィンは手綱をパシンと叩く。ドルフィンとシーナを乗せたドルゴは、なだらかな石畳の上を滑るように疾走していく。ドルゴが見えなくなるまで、
アレン達はその後姿を見送った・・・。
 翌朝、町長邸は一時騒然となった。ドルフィンと共に町長の娘であるシーナが姿をくらましたのだから無理もない。
不慮の事態に慌てふためく町長と夫人に、イアソンが経緯を説明し、伝言を伝える。すると町長はふう、と溜息を吐いてその場に座り込む。

「町長殿。強行手段に出たことは申し訳なく思います。しかし、ドルフィン殿とシーナさんをあのままにしておくのは忍びなかったもので・・・。」
「・・・良い。何時かこんな日が来るかと思っておった。」

 町長は徐に立ち上がると応接間に向かう。騒ぎを聞いて目を覚ましたリーナを含めたアレン達と町長夫人がその後に続く。町長は調度品の一つにある、
背を向ける形で立てかけられているドローチュア入れを手に取って見る。

「あの子は・・・ワシらを置いて行ってしまうんじゃろうかのう・・・。」
「全ては我らが神ルーの御心次第ですわ。」

 寂しげに言う町長に、夫人が寂しげな笑みを浮かべて応える。
アレン達が町長の持つドローチュア入れの中身を見て、あっ、と驚きの声を上げる。そこには、仲睦まじく腕を組んで微笑んでいるドルフィンとシーナが
描かれたドローチュアが収められていたのだ。それはリーナが知る、ドルフィンが肌身離さず持っているドローチュアとまったく同じものである。

「これは・・・?」
「あの子が砂漠に倒れていた時に、懐に入っていたものじゃよ・・・。」

 イアソンの問いに町長が答える。
ドルフィンとシーナの絆は距離と時間が離れていてもしっかり繋がっていたのだ。町長と夫人、そしてアレン達は、ドルフィンとシーナの記憶を取り戻す
旅の成功を願う・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

46)バンヌー:この世界での唐辛子の名称。名称はフリシェ語のもので、マイト語では「ベルバ」と言う。

47)水晶石:水晶成分を大量に含む石。水晶が分散しているため水晶としての価値はないが、その堅牢さを利用して建材に利用される。勿論高価。

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