アレン、フィリア、リーナを先頭とする改革派の一団は、洞窟の奥へ奥へと進んでいく。
奥に進むにしたがって道は狭くなったり広くなったり、元々凸凹で悪い足場が狭くなって断崖絶壁と隣り合わせになったりと、複雑さを鮮明にして来た。
アレン達三人は勿論初めて足を踏み入れる場所である上に、足場の悪い道にスムーズな進入を妨げられる。
「余程人に見せたくないものみたいだな。」
今度は天井が低くなった洞窟を頭を屈めて進みながら、アレンが言う。
応えはしないものの−頭をぶつけないように神経を集中している−、フィリアとリーナも同じ考えだ。
禁断の秘宝、という守旧派の高僧の言葉を思い起こす。
一体この先に何があるのかアレン達三人は益々気になり、複雑な地形に阻まれて目に見えて遅くなってきた進行速度に焦りを感じる。
守旧派の面々はイアソン共々身柄を拘束して部屋に叩き込んだ。
だが、守旧派とて暢気に縛られたままで居るとは思えない。特にイアソンがその中に居るということが気にかかる。
イアソンは自分たちと大して変わらない年齢ながら、「赤い狼」の情報部第一小隊隊長という要職にあった。
ナルビア攻略で「赤い狼」と行動を共にしたアレンとフィリアは、情報部が戦略や撹乱といった、戦争の裏稼業に精通してことを目の当たりにしている。
そのイアソンが身柄を拘束されてあっさり諦めてしまうとは思えない。何らかの手段で脱出を試みているかもしれない。
仮に守旧派が拘束を解いたら、真っ先にこの洞窟に向かってくるだろうし、自分達が障害になっていた魔物を悉く撃退してきたから、進行は早いだろう。
そうなると守旧派に追いつかれてしまうかもしれない。
戦闘能力では自分達の方が勝ると思うが、高僧が多い分、衛魔術では守旧派の方が勝るだろう。
となると、戦闘が両者一歩も譲らぬものになり、秘法どころの話ではなくなってしまう可能性がある。
守旧派が拘束を解いてこっちへ向かっていないことを祈りつつ、アレン達三人は地形と魔物に注意しながら奥へ進んでいく。
アレン達三人と少し距離を置いたところから後を追うミディアスをはじめとする改革派の一団は、皆安心しきっている。
魔物はアレン達が全滅させてくれるから、自分達は足元や頭上に注意しながら進んでいくだけで良い。
することと言えば、アレン達が魔物との戦闘を終えたら彼らの体力を回復するくらいのものだ。
改革派の一団は、複雑に入り組んだ洞窟をアレン達の後を追う形を変えずに進んでいく。
ここでもしアレン達が冷静であれば、改革派の一団が衛魔術で戦闘を援助しないことを疑問に思うところだろう。
衛魔術には直接攻撃する魔法こそ少ないものの−攻撃というより浄化という色合いが濃い−、敵を撹乱したり防御力を上げたりといった戦闘支援の魔法は
数多くあり、譬え改革派の一団の称号が低くて遣える魔法の数や威力に限りがあるとは言え、それなりに支援出来る筈だ。
だが、改革派に心底共鳴してしまっているアレン達は、一般僧侶は魔力が低いし、ミディアスは罠解除のために魔力を温存しているのだから仕方ない、と
考えてしまっている。
前を進むアレン達は、急に身体に触れる空気が熱を帯びてきたのを感じる。
進めば進むほど熱気は増し、次第に汗が浮かんでくる。
少し進むと、その熱気を発する源が明らかになる。
行く手が赤く煮えたぎるマグマの泉によって阻まれていた。近寄り難い猛烈な熱気がアレン達を襲い、アレン達は距離を置かざるを得ない。
マグマの泉は前方の足場を完全に埋め尽くし、奥に見える向こう岸までの距離は優に10メール以上はありそうだ。
これでは前に進めない、とアレン達が思った矢先、マグマの中から何かがボコッと粘性のある泡が破裂するような音を立てて飛び出してくる。
マグマの泉の彼方此方から飛び出してきたそれは、マグマの赤色で全身を彩った、猛禽類のような形をしている魔物だ。
「マグマホルス20)よ!」
「ええい、厄介な奴がこんなところで!」
リーナが叫び、アレンが歯噛みする。
マグマホルスの集団は口を開いて、アレン達に向かって火の玉を吐き出してくる。
幸いフィリアとリーナの張った結界で火の玉の直撃は守れたものの、空中に浮かぶマグマの魔物は、アレン達や改革派の一団に向けて火の玉を放ってくる。
改革派の一団も結界で防禦する。防禦に関しては衛魔術を使える改革派を心配する必要はない。
「少なくともあいつらを倒さないことには前に進めないな・・・。」
「当たり前でしょ。それよりフィリア。水か氷の魔法を使いなさいよ。一応Phantasmistのあんたなら、それなりのものが使えるでしょ?」
「・・・御免。あたし、水や氷の魔法は殆ど使えなかったりするのよ、これが。」
フィリアの言葉に、アレンは驚きの視線を、リーナは非難の視線をフィリアに向ける。
フィリアは両手の人差し指を前で突き合せながら、申し訳なさそうに言う。
「あたし、火系の魔術は得意で全部使えるんだけど、水や氷の魔術は使うのが苦手で初歩的なものしか呪文覚えてないのよ・・・。それも殆ど使ったこと
ないし・・・。お、お手上げっていうのはまさにこのことね。あはは。」
フィリアが誤魔化すように笑顔を作って言うと、リーナが猛烈に食ってかかる。
「あはは、じゃないでしょ!魔術師の分際で魔術を選り好みするんじゃない!」
「うっさいわね!人間には得手不得手ってもんがあるのよ!」
「単なる言い訳じゃないの!このサボり魔術師!」
「じゃあ、あんたが召還魔術で迎撃すりゃ良いじゃないの!あるんでしょ?!水や氷に関する召還魔術が!」
「・・・あたしが使える召還魔術の中には、水や氷の属性を持つものは殆どないわよ。」
リーナが視線を逸らして言うと、今度はフィリアが食ってかかる。
「何よ!人のこと偉そうに言える立場じゃないじゃないの!」
「仕方ないでしょ!召還魔術自体、水や氷の属性を持つものは少ないんだから!」
「所詮言い訳じゃないの!せめてその数少ない召還魔術を使ったらどうなのよ!」
「あんたも水や氷の魔術を使いなさいよ!」
「もう魔力の残りが少ないし、あんな魔物に効きそうな強力な魔術は使えないわよ!」
「だったら偉そうに言うんじゃないわよ!」
「あんたこそ!」
フィリアとリーナが時と場合も考えずに激しい口論を始めてしまい、アレンは仲裁しようもなく頭を抱えてしまう。
この二人の喧嘩を下手に仲裁しようとすると、巻き添えを食ってしまうことになりかねない。
それ以前に、今も空中から夥しい数の火の玉を吐き出してくるマグマホルスをどう倒すか、方法が思いつかない。
マグマの上に浮かんでいるマグマホルスを倒すには、遠距離攻撃タイプの魔術を使うか、フライの魔法で宙に浮かんで直接斬りつける方法が考えられる。
しかし、前者はフィリアもリーナも頼りにならないから−決して口には出せないが−無理な話だ。
後者にしても、フィリアの称号はフライの魔法を使うには一つ足りない。
無理に使おうとすれば、
3倍の魔力が必要21)となるため、最悪の場合フィリアの魔術が底をつく。
底をつくだけで済めば良いが、魔術の残り具合によっては生命に危険を及ぼしかねない。
魔術を使うというのは、簡単なようで危険を伴う難しいものなのだ。
結界に火の玉が衝突してバシュッ、バシュッ、と音を立てる中、アレンは倒す方法を思案するが、先に思いついた方法以外思いつかない。
そのどちらも現実的に不可能である以上、フィリアの台詞ではないがお手上げと言うしかない。
隣でフィリアとリーナが激しい口論を展開して困惑するアレンに、ミディアスが結界を張ってから歩み寄って来る。
「アレン殿。お悩みのようですな。」
「悩むも何も・・・対処の手段がなくて・・・。」
「フィリア殿やリーナ殿の魔術では無理なのですか?」
「二人共水や氷系の魔術とは縁遠いそうで・・・。」
「ふむ・・・。では、戦闘を避ける方法で行く以外ありませんな。」
「え?」
アレンが聞き返すのを聞かずに、ミディアスはマグマの泉の直ぐ傍まで歩み寄り、壁を手で押す。
するとその部分が四角形に凹み、地響きがし始めたかと思うと、一団が居る側の地面が生き物のように盛り上がり、マグマの泉の上空を通過して向こう岸に
着岸して橋を形成する。
アレンは勿論、口論していたフィリアとリーナもその一部始終を見て呆然となる。
まさか、ただの石灰岩が生き物のように動いて橋を形成するとは思わなかったからだ。
この洞窟は何なのか、とアレン達は疑問と同時に、下手なところを触ると洞窟に食べられてしまうのではないか、という恐怖感すら感じる。
マグマホルスは相変わらず火の玉を吐き出してくるが、橋が出来たなら火の玉を気にしなければ難なく渡って行ける。
まだ言葉も出ないアレン達に向かって、ミディアスが柔和な笑みを浮かべて言う。
「さあ、皆さん。先を急ぎましょう。」
「・・・は、はい。」
アレンが気を取り直して返答する。
フィリアとリーナは口論していたことをすっかり忘れ、結界を維持したままアレンと共に一団の先頭に復帰して橋を渡っていく。
マグマホルスが激しく火の玉を吐き出してくるが、結界で阻まれてアレン達や改革派にダメージを与えることは出来ない。
幅1メールほどの橋を、足元に注意しながら渡り終えたアレン達は、後をついて来た改革派の一団を待ち受ける。
一団が全員渡り終えたところで、アレンはミディアスが頷いたのを見て再び奥へ進入する。
洞窟が生き物のように変化したのを見て、アレン達は、ミディアスが罠解除のために魔力を温存していると言った理由が実感出来たような気がする。
この先洞窟が通路を伸縮させたり、果ては侵入者を取り込んでしまう場所があるのではないか、と想像すると寒気を覚える。
「ミディアスさん。罠の解除は早めにお願いします。俺達は何が何だか分かりませんから。」
「勿論ですとも。皆さんには魔物との戦闘に専念していただけるように留意します故。」
ここでアレン達が冷静であれば、マグマホルスの対策を巡って口論しているところに、ミディアスが都合良くマグマの泉に橋を渡すことを持ち出したことや、
それを早々と実行しなかったことに疑問を抱くところだろう。
しかし、アレン達は洞窟の予想外の変化に心を奪われてしまって、そんなことにまで心を向ける余裕がない。
アレン達は洞窟の奥へ奥へと進む。
洞窟は複雑な地形を描きながら一団を迎え入れる。
ミディアスからのストップの声がかかるかどうかに時折意識を向けながら進んで行くと、前方に何やら明かりらしいものが見える。
道案内のためのものだろうか、と思ってアレンが進もうとしたところで、リーナがその腕を掴んで制止する。
「待ちなさいよ。あれ、オーディンよ。」
「オーディン?」
「そう。無属性の精霊。手に持つ槍グングニルは目標を決して外すことがない。命が惜しいなら戦おうとしないことね。幸い今は待機中だけど。」
「あやつも守旧派の指導部が代々従えている魔物です。ブルーローパーと違って知能が非常に高いので話が通じない相手では決してないのですが、
ここを通すか否かはオーディンが判断することです。オーディンが我々をどう判断するかで、平穏に通れるか修羅場になるかが決まります。」
ミディアスがアレン達の背後から説明する。
アレンは、レクス王国のハーデード山脈の古代遺跡突入時に、ドルフィンが気付かぬうちにオーディンを護衛に就かせていたことを思い出す。
護衛に就かせていたということは、それだけ強い魔物だと察しがつく。
それもあのドルフィンが従えているのだ。生半可な腕では到底太刀打ち出来る相手ではないだろう。
アレンは振り返り、ミディアスに尋ねる。
「オーディンが攻撃してくるかどうかを確かめるには、どうすれば良いんですか?」
「あの炎に向かって話し掛けてみることです。『我らはここを通るに値する者か』と。」
「・・・分かりました。」
アレンは息を飲んで、前方に見える炎に向かって問い掛ける。
「我らはここを通るに値する者か?」
洞窟にアレンの声が反響する。
その反響が消えると、低く芯のある声が響いてくる。
「邪なる意思を持ちたる者を通すわけにはいかぬ。」
「え?!」
アレン達が耳を疑う中、炎が馬に跨った、身長ほどの槍を持った鎧姿の騎士に変貌していく。
「アレン殿!あやつは自分に話し掛けた相手を攻撃対象と見なします!十分気をつけて下さい!」
「き、気をつけてって・・・。」
「アレン!来るわよ!」
おろおろしているアレンにリーナの叱咤が飛ぶ。
アレンが視線を前に移すと、前方から何かが光って突進してくる。
アレンが反射的に剣を縦にしてその側面を自分の前に翳した瞬間、激しい衝撃が全身を襲う。
もんどりうってアレンが倒れる中、アレンを襲ったものは吸い込まれるようにオーディンの方へ戻っていく。
オーディンがアレンに向かってグングニルを投げつけたのだ。
偶然にもアレンが翳した剣がグングニルの一撃を防いだのだが、衝撃まで防ぐことは出来ず、アレンをゴツゴツした石灰岩の地面に叩きつける。
アレンは自分が標的にされていること、グングニルが結界を突き抜けてきたことから、自分が狙われていることを実感する。
アレンは身体の後ろ側が痛むのを感じながら素早く立ち上がり、フィリアとリーナが張った結界から飛び出す。
結界内で下手に自分が動けば、フィリアやリーナを巻き添えにしてしまうと判断したのだ。
オーディンは再びグングニルをアレン目掛けて投げつけてくる。
アレンは先程と同じように剣を前に翳してグングニルの一撃を受ける。
グングニルはアレンを弾き飛ばした後、再びオーディンの元に戻っていく。
しこたま全身を地面にぶつけたアレンの起き上がる動きは、先程より目に見えて鈍い。
そこに容赦なくグングニルが突進してくる。
アレンは全身に痛みを感じながら、先程と同じように剣を翳して足腰に力を入れてグングニルを迎え撃つ。
グングニルが剣にぶつかり、アレンは大きく後ろに仰け反るが、態勢こそ崩したものの倒れることは防いだ。
グングニルはオーディンの方へ引き寄せられるように戻っていく。
「くそっ、このままじゃ埒があかない・・・。」
アレンは手が痺れるのを感じながら対抗策を考える。
このままグングニルの一撃を浴び続けていれば、何れ限界が来る。
そこにグングニルが襲ってくれば、間違いなく頭をぶち抜かれるだろう。
『このままじゃ、圧倒的に俺が不利だ。あのグングニルの一撃を何とかしないことには・・・。』
アレンが考えているところに、グングニルが突進してきた。
「アレン!!」
フィリアの叫びで我に帰ったアレンは、剣を前に翳してグングニルを迎え撃つ。
身体への直撃は回避したものの、迎え撃つ態勢が不十分だったために、アレンは衝撃で後ろに弾き飛ばされて地面に叩きつけられる。
「ぐうっ!」
三度襲った痛みは強烈で、アレンは上半身を起こすのが精一杯だ。
しかし、そんなアレンに対して容赦なくグングニルが突進してくる。
アレンはどうにか剣を前に翳して、グングニルの一撃を防ぐ。
激しい音がして剣とグングニルがぶつかり、アレンの上半身がまたも地面に叩きつけられ、グングニルは何事もなかったかのように戻っていく。
「アレン!しっかりしなさいよ!」
「何もしてないくせに偉そうに言うんじゃないわよ!」
リーナの叱咤が飛ぶ。そこにフィリアが横槍を入れる。
再びフィリアとリーナの睨み合いが始まったかと思いきや、二人は何かを思いついたような顔をしてオーディンの方を見る。
「アレン!何とかしてグングニルを防いで!」
「わ、分かった・・・。」
アレンは力を振り絞って上半身を起こし、突進してきたグングニルを迎え撃つ。
その間にフィリアが腰の皮袋を弄って二種類の薬草を取り出し、それを両手で包み込んで銃のようにオーディンに向けて構え、早口で呪文を唱える。
「ギブロ・チグマス・ロギュミル・ハーン。万物の根源よ、光速の槍となれ!レーザー!」
「レイシャー、フルパワー!」
アレンの剣とグングニルが衝突した時、フィリアとリーナの指先から赤と金色の光が迸り、オーディンに命中する。
それまで馬の上で不動だったオーディンの態勢が大きく揺らぐ。
流石のオーディンも、古代魔術系でかなり強い部類に属するレーザーとフルパワーのレイシャーの奇襲を受けてはたまったものではない。
グングニルを呼び寄せるまでにかなりのタイムラグが生じる。
「今よ、アレン!!」
フィリアの叫びを受けて、アレンは力を振り絞って立ち上がり、戻っていくグングニルと歩調を合わせるようにオーディンに向けて突進していく。
グングニルがオーディンの手に戻り、再びアレンに向けて投げつけられようとした時、アレンがオーディンの懐に飛び込み、剣を振り下ろす。
アレンの剣がオーディンの身体を鎧ごと切り裂き、オーディンの上半身が馬上から零れ落ちる。
アレンは息を切らしながらオーディンからの一撃を警戒するが、身体を真っ二つにされたオーディンがグングニルを放つことはもはや不可能だ。
警戒を解いて剣を下ろしたアレンに、フィリアとリーナが駆け寄る。
「やったの?!」
「そうみたい・・・。」
「オーディンまで斬るなんて、あんたの剣はただものじゃないわね・・・。」
地面に横たわるオーディンの上半身を見ながら戦闘が終わったことを実感するアレン達に、改革派の一団が駆け寄る。
「オーディンを倒したのですか?」
「どうやらそのようです。」
「うむう・・・。素晴らしい。幾ら援護射撃を受けたとは言え、グングニルの動きに追従した上にオーディンを倒すとは・・・。」
「そうだ、あの援護射撃があったから倒せたようなもんだな。フィリア、リーナ、ありがとう。」
「将来の旦那様の危険を指咥えて眺めてるわけにはいかないわよ。」
「これで前に助けてもらった借りは返したからね。」
「分かってるよ。兎に角二人共、ありがとう。助かったよ。」
アレンが二人を労う中、ミディアスが言う。
「アレン殿。オーディンと対峙し、それを倒す機会など滅多にないこと。貴方の召還魔術に加えては如何ですか?」
「あ、そうですね。でも、呪文が・・・。」
「あたしが途中まで唱えるから、任せといて。」
口篭もったアレンにフィリアが助け舟を出す。
アレンは剣先で指を切って、以前ドルフィンからドルゴをもらう時にやったように、オーディンの額に「A」と書いてそこに手を翳す。
それを確認したフィリアが呪文を唱える。
「我、大いなる神の名の下に彼の者と血の盟約を交わし、下僕として従わせ給え。我が名は・・・。」
「アレン・クリストリア。」
アレンが自分の名前を口にすると、血文字が仄かに輝き、オーディンが馬ごとゆっくりと姿を消していく。
オーディンが消え去った地面を一瞥すると、アレンは剣をしげしげと見る。
あれだけグングニルの直撃を食らったにも関わらず、アレンの剣には傷一つ付いていない。
「召還出来るようになったとは言え、魔法に精通していないアレン殿が使うには重荷でしょう。オーディンの召還にはかなりの魔力が必要ですから。」
「ええ。宝の持ち腐れですね・・・。」
「魔術を学んで魔力を養えば難なく使えるようになるでしょう。それより今は秘宝の場所へ向かうのが先決。」
「そうですね。行きましょう。」
「ちょっと待った。アレン、そのガタガタになった身体で先に進むつもり?」
進入を再開しようとしたアレンをリーナが止める。
「あんた、散々身体を地面にぶつけたでしょ?体力と傷を回復してもらいなさいよ。」
「ああ、そうだね。忘れてた。お願いします。」
「了解しました。」
ミディアスがそう言って合図すると、改革派の僧侶がアレンに向かって手を翳して言う。
「ハイ・ヒール。」
アレンの身体が淡い光で包まれ、それが消えるとアレンの身体から痛みと疲れがすっかり消え失せた。
アレンは首を回したり手首を振ったりして、自分の身体から痛みが消えたことを確認する。
「よろしいですかな?」
「はい。もう大丈夫です。」
「それでは、先へ向かいましょう。」
一団はアレン達を先頭にして、進入を再開する。
アレン達はオーディンという、滅多にお目にかかれない強力な魔物を倒したことで頭がいっぱいで気付かない。
何故ミディアスが、アレンが魔法を使えないことまで知っていたのかということを。
そして、オーディンが自分達を「邪なる意思を持ちたる者」と言ったことを。
その原因が、背後で邪悪な笑みを浮かべているミディアスにあることに、アレン達は全く気付かない・・・。
アレン達がオーディンを倒して進入を再開した頃、イアソンと反改革派の一団は目の前に広がる光景に息を飲んでいた。
真っ二つにされたり、粉々の肉片にされたりしたホワイト・リザードの哀れな死骸の数々。
そこで何が起こったか、イアソンと反改革派の一団は直ぐに理解した。
「この辺りに生息しているホワイト・リザードは衛魔術で防禦してやり過ごせば良いものを・・・。」
「ここまで徹底的にやるとは、奴ら、一体何を考えて居るのやら・・・。」
「・・・恐らく自分達の邪魔をするものは徹底的に排除するようにしているのでしょう。」
イアソンが言う。
「このままでは秘宝どころか、アレン達の命も危ない。早く追いつかないことには・・・。」
「何故貴方のお仲間の命まで?」
「話は後です。急ぎましょう。恐らくアレン達は障害となるものを悉く排除している筈。我々が進むのには逆に好都合です。」
「そうですな。皆の者、イアソン殿に続こう!」
「「「「「はい!」」」」」
イアソンは反改革派の一団の先頭になって、アレン達と改革派の後を追う。
イアソンの心中には、焦りと願いが複雑に入り乱れていた・・・。
用語解説 −Explanation of terms−
20)マグマホルス:マグマを生息場所とする火属性の魔物。名前から察しがつくように火系魔術は吸収されてしまう。雷計や光系も効果が低い。水系や氷系が
最も効果を望める。
21)3倍の魔力が必要:魔術師が自分の称号より上で使える魔術を使用する場合、3^(魔術師の称号の差)倍の魔術が必要となる。例えば、フィリアが2つ上の
称号の魔術を使おうとする場合、3^2=9倍の魔力が必要となる。逆に自分の称号より下で使える魔術を使う場合は、1/(3^(魔術師の称号の差))の魔力で良い。