Saint Guardians

Scene 4 Act 2-2 進撃-Advance- 突破、進入、一方では脱出

written by Moonstone

 アレン、フィリア、リーナを含めた改革派の僧侶達は、問題の神殿前に辿り着いた。
切り立った断崖絶壁を背にした神殿に、続々と改革派の僧侶達が突入する。
反改革派の僧侶が何人か警護にあたっていたが、既に改革派僧侶の手によって身柄を拘束され、イアソンが放り込まれた部屋に軟禁されている。
もはや残る障害は、神殿入り口に施された衛魔術のみである。
入り口らしい両開きの扉の前を覆うように施されたその衛魔術は、眩い白銀に輝いている。

「これは・・・?」
「守旧派の指導部が集団で施しているインビジブル・ウォール16)です。これは一切の武器、魔法を受け付けません。」

 自分の問いにミディアスが答えると、アレンはどうやって進入するつもりだ、と訝る。
一切の武器、魔法を受け付けない防御壁に自分の剣をぶつけたところで、へし折られるのは目に見えている。
それに自分の剣は、ドルフィンが自分の父親だと思って何としても守り通せと忠告した、セイント・ガーディアンのザギが狙う代物だ。
幾ら改革派に同調しているとは言え、そんな剣をむざむざ使い物にならなくすることは躊躇われて当然だ。

「一切の武器、魔法を受け付けないんじゃ、どうやっても入れないじゃないですか。」
「いえ、どんなものにも例外はあるもの。アレン殿。貴方の剣を以ってすれば、あの壁を破ることは可能です。」
「俺の剣で?」
「ええ。貴方の剣はドルフィン殿が持つムラサメ・ブレードと同じ力を有するもの。ムラサメ・ブレードと貴方の持つ剣を含む7つの武器であれば、必ずや
あの防御壁を破れる筈。頼みますぞ、アレン殿。」

 この時点でもしアレン達が、特にリーナが冷静であれば、今まで「剣士殿」と呼んでいたドルフィンの名前をいきなり口にしたことに怪しむ筈だ。
それにドルフィンがムラサメ・ブレードを持つこと、アレンの剣がムラサメ・ブレードと同じ力を持つと知っていることを疑問に思う筈だ。
だが、改革派の主張にすっかり共鳴してしまったアレン達は何ら疑問に思うことなく、アレンは剣を抜いて両手でしっかり柄を握り締め、フィリアと
リーナは背後から声援を送る。

「やれやれ!アレン!あんな眩しい壁なんてぶった斬っちゃえ!」
「しっかりやりなさいよ!この先へ進む鍵を握るのはあんたの剣なんだから。」

 アレンは剣を握って白銀に輝く壁を見据え、一呼吸置いて突進し、剣を大きく振り上げて力任せに壁に叩きつける。
すると、雷が落ちるようなバリバリという激しく大きな音が轟き、目が眩む閃光が幾重にも飛び散る。
アレンは勿論、フィリアとリーナ、改革派僧侶一行が思わず目を閉じる中、白銀の壁は徐々に縦に裂け始めた。
アレンが剣に下向きの渾身の力を込めると、白銀の壁は一気に縦真っ二つに裂けてしまった。
目が眩む中、アレンが壁に向かって剣を力いっぱい振り回すと、白銀の壁は縦に横に斜めに切り裂かれ、とうとう音もなくバラバラに崩壊してしまった。
 光が消えていく壁の破片を見ながら、アレンは額の汗を拭う。
激しい閃光の連続に目を塞いでいたフィリアとリーナ、改革派僧侶一行は恐る恐る目を開け、壁がなくなったのを見て歓声を上げる。
フィリアは満面の笑みを浮かべて手を叩き、リーナは笑みを浮かべて感心したという表情を見せる。
ミディアスはアレンに駆け寄り、その手を取って興奮気味に言う。

「凄い!貴方は見事に守旧派の指導部が施したインビジブル・ウォールを突破してくれた!流石は7つの武器の一つを持つ剣士!武器に相応しい意思と
力をお持ちだ!このミディアス、改革派僧侶を代表して深く感謝しますぞ!」
「い、いえ、そんな・・・。この剣がそれだけの力を持っていたからですよ。」
「否、貴方の剣に施された封印は、その剣の本来の実力の1/100も発揮出来ないように抑え込むもの。そして7つの武器は主の意思と力に呼応して
力を発揮するもの。即ち、その封印を上回る力と意思が貴方にあったという何よりの証拠。もっと自分に自身をお持ちなさい。」
「そうか・・・。この剣はそんな秘密があったのか・・・。」

 アレンは左手で持つ剣をしげしげと見詰める。
もしこのときアレンが冷静であったら、アレンの持つ武器にやたらと詳しいことを疑問に思う筈だ。
しかし、改革派に共鳴している上に達成感に満ち溢れた今のアレンに、そんな思考を及ぼす余地は何処にもない。
 ミディアスは背後の一団に向かって声を張り上げる。

「諸君!我々の改革を阻む壁はアレン殿によって見事に打ち砕かれた!これこそ神々の真理と道理が我々にあることを示すものではないか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「洞窟は様々な魔物が徘徊し、侵入者を死に至らしめる罠も至るところに仕掛けられている!しかし!魔物はアレン殿が打ち倒してくれるだろう!
そして罠の回避方法は苦しい立場にありながらも指導部に属していた私が心得ている!諸君!ラマン教改革開放の時は間近に迫っている!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」
「今こそ我々の真価を発揮する時!一丸となってラマン教の秘宝を持ち出し、ラマン教を一般市民のものとしようではないか!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 一団の興奮がピークに達したところで、ミディアスは演説を止めて神殿の扉を開ける。
ギギギ・・・という音を立てながら、巨大な洞窟の入り口が一団の前に姿を現す。
どよめきの中、ミディアスは洞窟の入り口を指差して叫ぶ。

「諸君!進入の時だ!中は魔物と罠の巣窟。油断することなく進め!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 一団が一斉に呼応した後、ミディアスがアレンに言う。

「アレン殿。この先は魔物が徘徊しております。私は衛魔術で貴方を支援します故、行く手を阻む魔物を打ち倒してください。」
「分かりました。」
「ちょっと。あたし達を忘れないでくれる?」

 フィリアとリーナがミディアスの前に進み出る。

「あたしはPhantasmistの魔術師。単なる同行者じゃ終わらないわよ。」
「あたしは召還魔術が使えるわ。ま、中の化け物相手には役不足だと思うけど。」
「おお、そうでしたか。ではお三方が先頭になってください。私は衛魔術で貴方方を支援します故。」
「オッケー。まかせといて!」
「人の心配する前に、自分が魔物に頭齧られないように注意することね。」

 アレン達三人は踵を返して洞窟に入っていく。
改革派僧侶一行を先導してそれを追うミディアスが不気味な笑みを浮かべていることに、アレン達は気付く由もない・・・。
 洞窟は大きく蛇行しながら奥へ伸びている。
天井からは鍾乳石が氷柱のように長短無数に垂れ下がり、足場も決して良いとは言えない。
一団を先導するアレン、フィリア、リーナにはミディアスがプロテクションを施し、ガードを固めている。
 少し奥へ進むと、早速ホワイト・リザードの大群が壁や天井を伝って、一団に襲い掛かってきた。
アレンは剣を抜き、抜群の敏捷性と跳躍力でホワイト・リザードに剣を突き立てて真っ二つに切り裂く。
フィリアはエルシーアを連発して、ホワイト・リザードを粉々に撃ち砕く。
リーナはレイシャーを召還してホワイト・リザードを射抜き、とどめにキング・タランチュラ17)に襲わせ、跡形もなく食い尽くさせる。
改革派僧侶の一行は、初めて見る強力な力魔術や召還魔術で魔物が次々と迎撃されていくのを見て、感嘆の声を上げる。
自分達が使える衛魔術では、魔物からの防禦は出来ても魔物を撃退することは難しい。
ホワイト・リザードはしつこく獲物を狙ってくるので、撃退しない限り何時までも追い回されることになりかねない。
その点、アレン達は追い回すことが出来ない状態に追い込んでいくので、改革派僧侶の一行は足元や頭上に注意しながらアレン達の後を追うだけで良い。
 ホワイト・リザードの大群を全滅させたところで、アレン達三人は額の汗を拭う。
洞窟はかなり冷えるとは言え、激しく動き回ったり魔力を使ったりしたために身体が火照るのだ。

「お三方、お疲れ様です。」

 ミディアスが前に進み出る。

「お三方はかなり戦闘に慣れているご様子。我々も心強いというものです。感謝しますぞ。」
「感謝するのは、秘宝を手に入れてからでも遅くないですよ。」
「それより体力回復の魔法を使ってくれない?動き回ったから結構疲れたのよ。」
「承知しました。」

 ミディアスが後ろの一団に向かって手で合図すると、三人の僧侶が前に進み出てそれぞれアレン、フィリア、リーナに手を翳して言う。

ハイ・ヒール18)。」

 すると、アレン達の身体が淡い白色の光で包まれ、それが消えるとアレン達の疲れがすっきり取れる。
衛魔術は攻撃能力でこそ一部を除いて力魔術には敵わないが、治癒や防禦、支援といったことはお得意の分野である。
アレンは血糊がべったり付いた剣を振るって血糊を振り落とした後、ミディアスに尋ねる。

「何故ミディアスさんが魔法を使わないんですか?」
「理由は二つあります。一つは一般僧侶に魔法を使う機会を与えて、称号を高めるに必要な魔法使用経験を積ませること。もう一つは、今後控えている
数々の罠を解除するために私は魔力を温存しておく必要があるからです。」

 ミディアスは説明する。

「罠の解除は衛魔術で出来ますが、この洞窟に仕掛けられた罠を解除するのには、私の背後に居る一般僧侶には荷が重過ぎます。よって曲がりなりにも
指導部に属するだけの魔力を備えた私が、罠を解除するための魔力を温存しておく、と。ご理解いただけますか?」
「ええ。それなら理解出来ます。」
「てっきりケチってるのかと思ったけど、そういう理由なら仕方ないか。」
「こういう場面では質の悪い罠があっても不思議じゃないわね。」

 アレン達はあっさり納得する。
ここでもしアレン達が冷静であれば、罠を解除するのに必ずしも魔法が必要ということはないのでは、と疑問に思うところだろう。
だが、アレン達はミディアスを微塵も疑わない。疑う余地などないと頭から思い込んでしまっているためだ。

「この先には更に強力な魔物が徘徊しています。私共も軽快しては降りますが、どうぞご注意を。」
「大丈夫ですよ。俺にはこの剣がありますから。」

 アレンは自分が「7つの武器」とやらの一つを持ち、それで神殿入り口を塞いでいた強力な防御壁を撃破したことで、自信一色だ。

「魔力が尽きない限り、大丈夫よ。一応Phantasmistだからね。」
「さっきの程度で『強力』の部類に入るなら、この先苦戦させてくれそうにないわ。」

 フィリアもリーナも、それぞれの口調で自信満々に答える。
ミディアスは頼もしそうに何度も頷き、アレン達に言う。

「一部を除いて攻撃能力を持たない衛魔術の使い手である我々にとっては脅威ですが、実力あるお三方にはそうでないかもしれませんね。この調子で
魔物を撃退してください。奥へ進むほど強力な魔物が控えております故、しつこいようですがくれぐれもご注意を。」
「分かりました。魔物に関しては俺達に任せてください。」
「さあて、存分に魔法使用経験を積ませてもらいましょうか。」
「ま、それなりに楽しませてもらうわ。」

 アレン達三人は再び前を向いて、凸凹の多い足元は勿論、前方や周囲に注意しながら前へ進んでいく。
アレン達から人一人分くらいの距離を置いてミディアスが、そしてそれに改革派僧侶の一行が続く。
意気盛んなアレン達は、背後でミディアスが怪しい笑みを浮かべていることに気付かない。
 それと同じ頃、反改革派僧侶達が幽閉されている室内。
ブツッ、と音を切れてイアソンの手首を縛っていた縄が切れて床に散らばる。
イアソンは続いて上半身を縛っている縄を切り始める。
改革派の実力行使開始、アレン達の改革派への同調、更にドルフィン不在という悪条件が重なっているだけに、一刻の猶予もない。
ラマン教の秘宝が何なのかはイアソンは分からないが、秘宝の一般公開がラマン教改革開放に繋がるという改革派の主張に筋が通っていないのは確かだ。
それに改革派の行動開始とドルフィンとの「分離」には、明らかに意図的なものが感じられる。
「赤い狼」の若き中央幹部として最前線で活動してきたイアソンには、改革派がどういう目的をもっているかは分からないにしても、秘宝を狙って計画的に
行動していると感じられてならない。
 レクス王国でのいきなりの中央集権体制構築とは一見的外れな、ハーデード山脈鉱山内部の古代遺跡探索やアレンの父ジルムの拉致などは、全て
強権志向の王に取り入ったセイント・ガーディアン、ザギがアレンの剣を狙っての行動だった。
今回もザギが絡んでいるかどうかは分からないにしても、何者かが改革派に取り入って糸を引いている可能性は十分考えられる。
改革派の行動を阻止するには、兎にも角にもまずここから脱出することが必要だ。
 イアソンは苦しい態勢になって腕が痛むのを感じながらも、慎重に、しかし確実に上半身を拘束している縄を切っていく。
明かりが少ない上に背後での困難な作業のため、縄を切っている感触が頼りだ。
イアソンは焦りを感じながらもそれを抑えつつ、縄を切っていく。

 どうにか上半身を拘束している縄が全て切れて、床に舞い落ちる。
上半身をようやく完全に解放したイアソンは、急いで足首を縛っている縄を切っていく。
幾ら刃物とはいっても小型なので、一気にズバッと切れるわけではない。
何度も何度も刃先で縄を擦って切っていく以外に方法はない。
 そしてイアソンは足首の拘束を解いた。
完全に自由になったイアソンは、まず部屋の周囲を見回す。
多数の反改革派僧侶が押し込められている室内に、剣や包丁といった、効率的に縄を切れる道具は見当たらない。
今から道具を探しに行っている時間的余裕はない。
やむなくイアソンは自分が使っていた小型の刃物で、近くに居た僧侶の拘束を解き始める。
刃物は複数忍ばせている。一人拘束を解いて刃物を渡して別の僧侶の拘束を解かせて、その作業を複数化していくという原始的な方法しかない。
イアソンは手早くその僧侶の手首と上半身の拘束を解くと、ポケットから刃物を取り出してその僧侶に差し出す。

「あとはこれを使って自分で縄を切ってください。終わったら別の人の縄を切ってください。私は他の人の縄を切りにかかります。」
「わ、分かりました。」

 僧侶はイアソンから刃物を受け取り、自分で足首の縄を切り始める。
イアソンは間髪入れずに近くの僧侶の拘束を解きにかかる。
縄を切れる人数が二人、三人と増えていくに合わせて、イアソンは忍ばせていた刃物を渡して他の僧侶の縄を切るように指示する。
刃物の数は大小様々だが全部で10ある。10人がかりで作業をすれば効率的に全員の拘束を解ける。
拘束が解けて刃物が渡せない僧侶には、イアソンが何処かから包丁かナイフなど、今の刃物より手早く縄を切れる道具、武器の類、そして油を探して
持てる限りの量を持ってくるように指示する。
僧侶達も事態の深刻さと緊急性を悟っているらしく、部外者のイアソンの指示を素直に聞き入れ、それぞれ指示された道具を探しに外へ出て行く。
縄を切れる者が作業を続ける中、解放された僧侶達が続々と道具を持って帰って来る。
イアソンは、縄を切っている者には刃物から包丁やナイフに切り替えるように、武器を−心身鍛錬用の槍しかないが−持っている者には、その刃先で
拘束されている僧侶を解放するように、油を持っている者には一先ず待機しているようにてきぱきと指示する。
 イアソンの的確な指示と全員の協力が重なり、イアソンが縄を切り始めて約1ジム後にようやく全員の拘束が解かれた。
指導部の高僧がイアソンに駆け寄って礼を言う。

「ありがとうございます。貴方のお陰で拘束から解放されました。」
「礼は後でも構いません。それより改革派を追いましょう。秘宝が何なのかはとりあえず置いておいて、秘宝の流出を阻止するのが先決です。」
「お、仰るとおり・・・。」
「数は少ないですが幸い武器もあります。更に指導部では反改革派が多数を握っていたとのこと。衛魔術では引けを取らないでしょう。」
「しかし、神殿入り口は我々が施した最高位の衛魔術で封印されています。彼らがそれを突破出来るとは思えません。」
「いえ、彼らが我々を拘束して軟禁したのは、何らかの手段でその衛魔術を突破出来る公算があってのこと。そうでなければ動こうにも動けない筈。」
「た、確かに・・・。」

 高僧はイアソンの冷静な判断力と深い洞察力に感服する。

「我々が此処に閉じ込められてから相当時間が経過しています。ですが、洞窟内部の罠や守護者を改革派が突破しながら進んでいっているなら、
我々はその後を追うだけで済みます。ことは一刻を争う以上、直ちに神殿へ向かいましょう。」
「仰るとおり。皆の者!直ちに神殿へ向かおう!」
「「「「「はい!」」」」」

 指導部の高僧達を先頭にして、イアソンを含む反改革派は続々と部屋を出て、神殿へ向かう。
彼らの中には、イアソンが指示して探させた油を持っている者達が居る。
イアソンは、何とか改革派の一行が秘宝の在り処に辿り着く前に到着する前に改革派の一行に追いつければと思う。
改革派が秘宝を入手するという目的を達成したら、アレン達を始末する可能性が考えられるからだ。

 神殿に到着した一行は、入り口を封印していた衛魔術が消え失せ、開かれた扉の中から洞窟が口を開けているのを見て愕然となる。
特に衛魔術を施した指導部の高僧達は、まさかの光景を見てその場にがっくりと膝を落とす。

「な、何ということだ・・・。インビジブル・ウォールが破られるとは・・・。」
「一体彼らはどうやって・・・。」
「それを考えるのはことが済んでからでも遅くはありません。今は改革派が秘宝を入手する前に追いつくことだけを考えるのです!」

 落胆の色を隠せない一行に、イアソンは叱咤を飛ばす。
イアソンの言うとおり、改革派がどうやって衛魔術が破ったのかを考えるのは、後からでも遅くない。
それより改革派が禁断の秘宝を入手してそれを外部に流出させることを防ぐことが、今何よりも重要なことだ。
気を取り直した高僧達は立ち上がり、一行に向かって宣言する。

「皆の者!改革派を追おう!秘宝が流出してしまっては手遅れだ!」
「「「「「はい!」」」」」

 イアソンを含めた反改革派の一行は、高僧達を中心にして一般僧侶が囲み、先頭にイアソンが立つ形で洞窟に進入する。
高僧達はイアソンと一行全体にプロテクションを施し、不測の事態に備える。
愛用のロングソードではなく、僧侶が持ってきたナイフしか武器を持たないイアソンは攻撃力に不安を感じるが、衛魔術の威力では自分達の方が
勝るのは確実なことと油を利用して、改革派の動きを封じる手段を考えていた。
 イアソンや反改革派が脱出を試みている頃。
アレン、フィリア、リーナを先頭にした改革派の一団は、着実に洞窟の奥部へ進入していた。
途中何度も魔物が出てきたが、アレン達が上手く連携して撃退に成功し、一団は表面上完全に無傷な状態だ。
しかし、魔力を使うフィリアとリーナの魔力はそれなりに消耗している。
体力の消耗は、改革派の一般僧侶が戦闘終了後に逐次回復させるが、魔力までは回復出来ない。
衛魔術には自分の魔力を他人に分け与える魔法があり、それを知っているフィリアが要請したのだが一般僧侶では称号が足りずに使えず、ミディアスは
罠解除のため魔力温存が必要だと言って受け入れられなかった。
 フィリアとリーナの身体に絶え間なく汗が滲んでいる。魔力が消耗している証拠だ。
今後のことを考えて魔力を出来るだけ温存したいところだが、何分魔物の数が多く、それにやたらと素早いため、アレンだけでは手に負えない。
アレンは、自分が魔法を使えないことを今ほど悔やんだことはない。
ドルフィンが居れば、極端な話、剣を抜かずに口笛を吹いていても済むだろうが、今武器を使えるのは自分しか居ない。
せめてイアソンが居たら、と思ったアレンだが、それは直ぐに否定する。
改革派の道理ある主張を疑ってかかり、考え直すように説得さえ試みた守旧派の手先。
今のアレン達には、イアソンに対してそんな見方しか出来ない。
魔力の回復は魔法を使用しないでいることで自然回復するのだが、それには非常に時間がかかる。
睡眠をとるのが自然回復の手段としてはもっとも効率的なのだが、流石にフィリアもリーナも魔物だらけの洞窟で睡眠しようという気は起こらない。
それに改革派の手の内にあるアレン達は、一刻も早く秘宝の在り処に辿り着くことが先決だという考えで凝り固まっている。

 奥へ向けて進むアレン達を含む改革派一団の前に、一匹の魔物が立ち塞がった。
薄い青色で半透明のその魔物は動かないものの、無数の触手を伸ばしてアレン達を捕らえようとするため、アレン達は触手が届かない位置まで
退かざるを得ない。その触手に触れられたらどうなるか分からないからだ。
それに魔物はかなり巨大で、一行の行く手を阻むには十分だ。
剣を構えて魔物を見据えながら、アレンは背後のミディアスに尋ねる。

「ミディアスさん。あいつは一体何ですか?」
「あれは守旧派の指導部が代々従えているブルー・ローパー19)です。通常では人を襲うことはありませんが、これまで魔物を倒してきたのを血の臭いで
感じて、我々を不法侵入者と見なして迎撃態勢に入っています。あれを倒さない限り先へは進めません。」
「厄介だな・・・。あの身体にこの武器が効くかな・・・?」
「止めた方が良いわ。死ぬわよ、アレン。」

 リーナが言う。

「あいつの触手には毒があるわ。突っ込んだら触手の毒にやられて身体が麻痺して、体内に取り込まれて、はい、おしまい、よ。」
「じゃあ、魔法で・・・否、それは駄目だ。これ以上フィリアやリーナに魔力を使わせるわけにはいかない。」

 アレンはフィリアとリーナの魔力消耗を考慮して、二人に魔力を使わせる手段を自ら退ける。
一般僧侶は期待出来ない。ミディアスの魔力は罠解除のために温存する必要がある。
となれば・・・自分がやるしかない。
アレンは一呼吸おいてブルー・ローパーに突進し始めた。

「ちょ、ちょっとアレン!命要らないの?!」
「止めて、アレン!」

 驚くリーナと悲鳴を上げるフィリア、そして改革派一行の目前で、アレンがブルー・ローパーに戦闘を仕掛けた。
ブルー・ローパーが侵入者の接近を察して触手を伸ばす。
アレンは剣を振り回して、自分に向かって伸びてきた触手を切り裂き突破口を開く。
 切られた触手の傷口から直ぐに新しい触手が生えてくる。
しかし、新しい触手がアレンに触れる前に、アレンの振り上げた剣が先にブルー・ローパーの身体に叩き付けられる。
柔らかいブルー・ローパーの身体はいとも簡単に真っ二つにされてしまう。
縦に真っ二つにされたブルー・ローパーはぐにゃりと地面に崩れ落ち、切り口から悪臭を伴った白煙が立ち上る。
ブルー・ローパーの触手がブルブル震えるように動くが、程なく動かなくなった。

「・・・何とか倒せたみたいだな。」

 アレンは噴出してきた額の汗を拭いながら言う。
触手が再生するスピードより早くアレンの剣がブルー・ローパーの身体を真っ二つにして仕留めたため、触手の毒にやられることなく倒せたのだ。
アレンの元にフィリアとリーナが駆け寄る。

「凄いじゃない、アレン!この気味悪い化け物を倒すなんて!」
「まさかブルー・ローパーに飲み込まれずに剣で倒せるとはね・・・。なかなかやるじゃない。」

 歓喜溢れるフィリアと笑みを浮かべるだけのリーナだが、アレンの「功績」を賞賛していることには変わりない。
ミディアスと改革派僧侶一行がアレン達に歩み寄る。ミディアスが満面笑みを浮かべて言う。

「素晴らしい。流石はアレン殿。ブルー・ローパーをこうも簡単に撃退してしまうとは思いませんでした。衛魔術で解毒するよう、僧侶達に指示して
待機させてはいたのですが・・・いやはや、驚きです。」
「触手が上手く切れて、やられる前にやれたのが良かったみたいですね。」
「この奥には更に厄介な魔物が控えていますが、この分なら心配は無用かもしれませんな。」
「油断は出来ませんが・・・やれるだけのことはやりますよ。」

 アレンの言葉を受けて、ミディアスは背後の改革派僧侶一行に向かって言う。

「諸君!我々は強力な剣士殿を味方に迎えている!ラマン教改革開放を神々がお導きしている証拠だ!アレン殿達を先頭に奥へ向かおう!」
「「「「「アン・ベールガ!」」」」」

 改革派一行の唱和が洞窟内にこだまする。
一団はアレン達を先頭に進入を再開する。
アレン達の背後でミディアスが不気味な笑みを浮かべていることなど、やはりアレン達は知る由もない。
改革派の「改革開放」という言葉に共鳴してしまったアレン達は、現状やこれまでのミディアスの言動を疑問に思うだけの心の余地がないのだ・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

16)インビジブル・ウォール:衛魔術の一つで防禦系魔術に属する。聖霊を術者の魔力と融合、物質化させ、強固な防御壁を構成する。その防御壁は
ミディアスが言う「7つの武器」以外の物理、魔法攻撃一切を完全に遮断する。キャミール教で大僧正以上に相当する聖職者が使用出来る。


17)キング・タランチュラ:毒属性の体長最大2メールの巨大毒蜘蛛。ジャングルや洞窟に潜み、岩をも砕く顎と強力な消化液で獲物を食らい尽くす。
毒系と暗黒系魔術は無効。火系や光系が有効。


18)ハイ・ヒール:女性用のかかとの高い靴ではない。衛魔術の一つで回復系魔術に属する。体力(肉体疲労)をある程度回復させる。キャミール教では
大司祭以上に相当する聖職者が使用出来る。


19)ブルー・ローパー:薄い半透明のゼリー状の肉体を持つ、イソギンチャクと同じ仲間で水属性を有する魔物。触手には毒があり、それで獲物を麻痺させて
体内に取り込んで消火して栄養にする。スライムほどでないが、その肉体の性質上、武器の類は効果が薄い。水系、氷系魔術は吸収する。火系魔術が
最も有効。


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