Saint Guardians

Scene 3 Act 4-3 対決-Confrontation- 力の衝突、新たなる旅立ち

written by Moonstone

 アレンは兵士達を斬り倒した時と同じ、否、それ以上のスピードでザギに斬りかかる。アレンがザギの懐に入り、剣を振った直前に、それを見透かしたかの
ようにザギが横にさっとかわす。剣が空を斬ったアレンは、ザギの後方に回ったところで足を止めて再びザギの方を向いて間合いを取る。
 アレンの背筋に驚愕と恐怖の汗が流れる。
今まで少なくとも自分の攻撃スピードについてこれる存在などなかった。ドルフィンは恐らく難なくかわすだろうが、ドルフィンはハーフプレートはおろか、
革の鎧すら着けていない。だが、ザギは黄金色に輝くフルプレートを身に纏っている。さっき倒した兵士達もフルプレートを着ていて俊敏な動きを見せたが、
アレンには十分捕捉出来たし、事実全滅に追いやることが出来た。しかし、アレンにはザギの動きが一瞬のようにしか見えなかった。
 自分の太刀筋と動きが完全に見切られている。そう直感したアレンは第二波の攻撃に二の足を踏む。下手に突っ込んだら、みすみすザギの剣の餌食に
なってしまうかもしれない。今のアレンはハーフプレートさえ装備していない。リーナを庇った時に魔法の直撃を食らい、その破損が酷くて修理
出来なかったのだ。防御力が並の人間と同じという弱点を、並外れた俊敏さと鉄の鎧さえ紙のように切り裂く剣の威力でカバーしているだけに、攻撃に
要求される二大要素の一つであり、自分の自身である俊敏さが通用しないとなると、相手の攻撃を受けて剣の威力に全てを託すか、距離を取りつつ援軍を
待つしかない。だが、援軍が到着するまで自分の体力と精神力が持ち堪えられるかどうかは分からない。援軍の戦力次第では、みすみす犠牲者を増やして
しまいかねない。

「どうした、小僧。かかってこないのか?さっきまでの威勢の良さはどうした?」

 ザギが口元を嫌らしく歪めてアレンを見下すように言う。

「父親を救出したければ、私を倒すしかない。もっともお前が背を向けた瞬間、お前は真っ二つになる。俺の雑兵のようにな。」
「・・・。」
「お前の動きなどさっきの攻撃で完全に見切った。お前の俊敏さはクルーシァで訓練された雑兵は凌駕したが、生憎このセイント・ガーディアン、ザギ様の
前には通用せん。」
「クルーシァ・・・。お前、クルーシァの人間か!」
「この鎧は『大戦』で世界を救った7人の天使達が後世に残した、選ばれし人間のみが着用を許される7つの鎧の一つ。私はお前などと格が違うのだよ。
くくく・・・。」

 ザギの言葉で謎がほぼ全ての謎が一直線上に並んだ。
修行国家クルーシァ、そこから来て国王を操ったザギというこの男、そしてザギが返せという自分が持つ剣、それを自分に譲った父。ザギは自分が持つべき
だという剣を取り戻すために国家特別警察を使って父ジルムを攫い、剣の在処を尋問していたのだろう。それを裏付ける証言は、囚われの身になっていた
町長から聞いている。その剣を持って乗り込んできた上に、戦力で確実に劣る自分は、ザギにとっては待ってましたと言いたい状況だろう。
 だが、アレンはザギに返せと言われて、はいどうぞ、と剣を渡すわけにはいかない。以前ドルフィンに言われた。この剣と父親を交換出来ると思うな、
自分の父親と思って何としても守り通せ、と。それにこの男からは本能的に危険というか、剣をろくなことに使わないという臭いを感じる。何としても
この剣と自分を守り通さなければならない。この男に対抗出来るであろうドルフィンが来るまでは。
 そう思った矢先に、ザギが嫌らしい笑みを浮かべながら剣を抜く。ザギも戦闘態勢に入ろうとしている。俊敏さでザギに劣るアレンとしては非常に不利な
状況に陥った。何時まで逃げ続けられるか、そもそも逃げられるのかどうかも怪しい今の状況で考えられる最善の対抗策は、ザギの攻撃をかわし、ザギが
体勢を立て直すまでに剥き出しになっているザギの顔面に剣を突き立てることだ。非常に大きな危険を伴うが、今のアレンにはそれしか思いつかない。
何としてもザギの攻撃を見極め、剣の一撃をかわすしかない。

「貴様の相手をしているのも退屈だ。さっさと片をつけて剣を返してもらうぞ。」

 ザギは嫌らしい笑みを浮かべたまま、勢い良く突進してきた。何とザギは、アレンが防御態勢に入るより先にアレンの懐に入ってきた。
ザギは剣を振るい、アレンを袈裟斬りにする。アレンの服が簡単に切られ、そこから血が噴き出す。かなりの深手を負わされたことをアレンは感じる。

「雀が鷹を殺せるか?」

 ザギが剣を素早く振るい−その剣筋はアレンには見えない−、アレンの身体を服ごと滅茶苦茶に切り裂いていく。

「蟻が象を殺せるか?」

 血塗れになって前のめりに倒れかけたアレンの鳩尾に、ザギが容赦なく膝蹴りを叩き込む。強固な金属で覆われた勢い良い一撃に、アレンの口から血が
吹き出る。

「鼠が獅子を殺せるか?」

 アレンの力を嘲笑うかのように、ザギの蹴りがアレンの後頭部に痛撃を浴びせ、アレンは大きく前方へ弾き飛ばされる。

「貴様の実力など、セイント・ガーディアンの私と比べれば、その程度のものだ。」

 ザギの嘲笑が篭った声に、アレンからの応答はない。床に伏したアレンは床に血の沼を形作っていく。指先一つ動く気配はない。もう必要ないと
判断したのか、ザギは剣を仕舞う。

「さて、お遊びは済んだ。剣を返してもらうぞ。」

 ザギがアレンに歩み寄ろうとした時、ザギはアレンを見て目を大きく見開く。アレンの体から白煙が立ち上っているのだ。もしや、と思ってザギが
アレンに駆け寄り、その身体を足でひっくり返すと、乱雑に切り刻まれたアレンの身体から白煙が立ち上っていて、傷が少しずつ治癒していっているのが
はっきり分かる。ザギはアレンから剣を奪い、その柄の窪んだ部分とアレンを交互に見やり、更に薄気味悪い笑みを浮かべる。

「なるほど・・・。ジルムめ。面白いことをしてくれたもんだな。剣を奪われても100ピセルその力を発揮出来ないように細工を施したわけか。自分の息子の
身体を使って・・・。」

 ザギはアレンの剣を刃先を下に向けて振り上げる。

「ははは!小僧!貴様の心臓を抉り出してくれるわ!」

 その時、ザギの両腕が手首のところで寸断されて床に零れ落ちる。一瞬何が起こったのか分からなかったザギだが、両手首を寸断された激痛で悲鳴を
上げながらのた打ち回る。

「な、な、何だ?!何だ一体?!」
「ぎりぎり間に合ったか。フフフ。まさか貴様が黒幕だったとはな。」
「!そ、その声は・・・!」

 ザギが声の方向を見ると、ドルゴに跨ったドルフィンが剣を抜いてザギを見据えていた。ドルフィンがドルゴの手綱を叩いてアレンの傍に駆け寄ると、
ザギはアレンをいたぶっていた時とは打って変わってこそこそと逃げるようにアレンから離れる。寸断されたザギの両手首は、黄金色のガントレット24)と共に
砂の城が崩れるように消え始めていた。
 ドルフィンはドルゴから降りてドルゴを消し、屈んでアレンの様子を窺う。かなりの深手だが、自己再生能力(セルフ・リカバリー)が発動しているのを見て、
驚きと同時に安堵する。これなら放っておいても大丈夫だと判断したドルフィンは、手首がガントレットごと再生していくザギを睨み付ける。その眼光の鋭さに
臆しながらザギは何とか立ち上がり、両手首が再生していく時間を稼ごうとする。

「ド、ドルフィン・・・。貴様、あの試作品を倒したのか?」
「そうでなきゃ、この町がどうなるか分かったもんじゃないだろうが。」
「よ、よく倒せたもんだな・・・。剣攻撃主体の貴様では堂々巡りになるものかと思っていたが・・・。」
「再生過程を見たら直ぐ分かったぜ。・・・ザギ。貴様、あんな妙な化け物を創って何をするつもりだったんだ?」
「・・・そんなこと、貴様に教える必要はない。」
「それならそれでも構わん。今度は俺が相手してやろう。」

 ドルフィンは剣を鞘に収め、アレンを後ろに回して仁王立ちする。ザギはアレンを相手していた時とは正反対に、焦燥感と恐怖感で表情を引き攣らせて、
ようやく再生した右手で自分の剣を抜く。だが、ドルフィンは剣を抜こうとしない。ある程度武術の心得があるものなら、隙だらけも良いところと思うだろう。

「ドルフィン・・・。貴様が相当強力な魔法を使ったことは、甚大な魔力の集中で感じ取っている。」
「だからどうした?」
「なのに丸腰でこの俺様と戦おうというのか?魔力の消耗は魔道剣士の戦闘能力に影響を及ぼすことくらい知っているだろう。」
「そんなこと、貴様に言われるまでもない。」
「さあ、剣を抜け。そのくらいの余地は与えてやろう。それともその小僧の二の舞になるか?」
「そうだな・・・。まあ、貴様の相手をするには・・・」

 ドルフィンは右腕を掲げて見せる。

「この右手一つで十分だな。」

 その言葉を聞いた瞬間、ザギの表情に怒りの色が露になる。

「貴様・・・。セイント・ガーディアンの俺様を甘く見過ぎてやしないか?」
「セイント・ガーディアン?それだけの実力があれば話は別だが、アレンをいたぶることに夢中で俺の気配を察することすら出来なかった貴様の相手を
するにはこの右手一つで十分。…さて、もう貴様とのお喋りも飽きた。とっととかかってこい。」

 ドルフィンが右拳を軽く前後に振る。あまりの余裕ぶりと隙だらけのドルフィンに、ザギの怒りは頂点に達する。

「セイント・ガーディアンでない貴様がセイント・ガーディアンを舐めてかかったらどうなるか、身体で教えてくれるわ!」

 ザギがアレンの時よりスピードを増して、ドルフィン目掛けて突っ込んで来る。自分の射程範囲に入ったところで剣を振るう。だが、ドルフィンは難なく
それをかわし、代わりにザギの顔面に右拳を叩き込む。ぐしゃっ、という音がする。鼻の骨が砕けたのだろう。鼻血を噴き出しながらゆっくり後ろめりに
倒れようとするザギの足をドルフィンが踏み付けて無理矢理立たせる。

「雀が鷹を殺せるか?」

 ドルフィンの右拳がザギの両頬を表と裏で何度も殴打する。ザギの首が左右に目まぐるしく振れる。

「蟻が象を殺せるか?」

 ドルフィンの右拳が黄金色の鎧が変形させてザギの鳩尾にめり込む。ザギが口から血をかはっと吐き出す。

「鼠が獅子を殺せるか?」

 ドルフィンの右拳が再びザギの顔面を捉え、大きく後ろに弾き飛ばす。その距離はアレンの時の倍以上だ。

「貴様、その鎧を着てなかったら、さっきので72回死んでるぜ。」
「う、うぐぐ・・・。」
「セイント・ガーディアンの鎧はこの世に7つしかない特殊なものだ。着るものに最強レベルの自己再生能力(セルフ・リカバリー)を与え、身体能力を大幅に
向上させる。だが、元々戦闘能力が低い人間が着ても宝の持ち腐れ。現に貴様は丸腰生身の俺の右手一つでこの様だ。セイント・ガーディアンだろうと
何だろうと、貴様程度の力で俺の相手にはならん。」

 ドルフィンはここで剣を抜く。止めを刺すつもりなのだろう。離れていても敵を寸断出来る威力を持つムラサメとドルフィンの力が合わされば、自分の死は
確実だ。そう思って顔面を蒼白にしたザギは、急いで壁のある地点へ走り、その部分を力任せに叩き押す。ゴゴゴ・・・と地鳴りのような音がし始め、天井や
壁、床の彼方此方に皹(ひび)が入り、それらが結びついて大きな亀裂と化す。不測の事態に備えて、密かに城全体に崩壊機能を付加しておいたのだろう。
 ドルフィンはザギを始末しようとしたが、自分の後ろに倒れているアレンの存在を思い出して肩に担ぎ上げる。その隙に、ザギは急いで床に倒れていた
アレンの父ジルムを背負い、配下の兵士が召喚しておいたワイバーンの一匹に飛び乗って手綱を叩く。ザギとジルムを乗せたワイバーンは、崩壊を始めた
城を後にする。

「ちっ、逃げ足だけは速い奴だな。」

 瓦礫が降り注ぎ始めた中でドルフィンは毒づき、自分の剣を仕舞うのに続いてアレンの剣を拾い上げる。

「う、うう・・・。」
「アレン、気が付いたか。」
「ザ、ザギは?父さんは?」
「すまん。後一歩のところで逃がしちまった。」
「俺が・・・、俺が力不足だったから・・・。」
「否、お前はよくやった。弱っちいが一応セイント・ガーディアンのザギとお前とでは戦闘能力が違い過ぎる。」

 城が本格的に崩壊を始める。このままでは完全崩壊は時間の問題だろう。ドルフィンはフライの魔法を使って宙に浮かび上がり、アレンを担いだまま
テラスの部分から城から脱出する。
 悪政と抑圧の牙城だった城は、脱出したフィリアとリーナ、そして『赤い狼』や捕虜、ナルビア市民の前で。轟音を立てながら崩壊していく。それは同時に、
『赤い狼』の宿願であった王制打倒が達成された瞬間でもある…。

「本日、此処に国王専制政治の終焉と民主政権樹立に向けた暫定政府樹立を宣言する!」

 崩壊した城の瓦礫に『赤い狼』の旗を打ち立てた『赤い狼』中央本部代表のリークが宣言すると、群集から拍手と歓声が沸き起こる。本部に待機していた
リークや他の幹部や構成員も、北進コースからの連絡を受けて急遽ナルビアに駆けつけて悲願達成に歓喜する。
 ほぼ完全に傷が治癒したアレンはドルフィンの肩から降りて、共同戦線が一応の決着を観たことで拍手している。だが、その表情はやはり暗さを隠せない。
もう一歩のところで自分の戦闘能力を凌駕するザギに父ジルム救出を阻まれ、今度は何処へ向かったのか見当も付かないからだ。

「アレン。元気出して。小父様は無事だから。」

 隣に居たフィリアが声をかける。

「アレンの剣が目的なら、きっとザギとかいう奴が狙って来る。その時までにアレンの戦闘能力を上げておくべきよ。」
「うん・・・。」

 フィリアが激励するものの、やはり後一歩まで迫ったところで何処かへ連れ去られてしまったショックは大きいらしい。どう慰めれば良いものかと
フィリアが言葉を捜していると、ドルフィンがアレンの肩に手を置いて言う。

「アレン。今回お前の親父さんを救出出来なかったのは俺の責任でもある。それにお前とは親父さんを救出するために協力すると約束している。だから、
お前の親父さんを救出出来るまで付き合わせてもらうぜ。お前が嫌だと言ってもな。」
「ドルフィン・・・。」
「フィリアの言うとおり、今から戦闘能力を上げることだ。日頃の訓練の積み重ねが大きく実を結ぶ時が来る。」
「・・・うん。」
「あたしもアレンについてくからね。嫌とは言わせないわよ。」
「ありがとう。」

 アレンの表情にようやく笑みが戻る。心強い仲間が行動を共にすると言ってくれているのだから、嬉しくない筈がない。
 リークが瓦礫の山から下りてきて、ドルフィンの前に立ち、手を差し出しながら言う。

「貴方達のお陰で我々の宿願が達成出来ました。心より御礼申し上げます。」
「・・・まずは、おめでとう、と言っておこうか。」

 ドルフィンはリークの手を取り、固く握手する。止みかけていた拍手と歓声が再び大きくなる。

「だが、お前達がやることは山積みだ。他の町に駐留してる国家特別警察の残党を一掃すること、国民に民主主義とはどういうものか正しく伝え浸透させる
こと、民主主義国家に相応しい政治、行政、司法システムの確立、経済界との清潔な交流、正式な政府樹立までの公正な統治。それを怠れば、お前達は
また反政府勢力に逆戻り。それに加えてもう二度と表舞台に出られなくなるぞ。」
「分かっております。王権打倒ともに主権在民を掲げてきた私達の使命はこれからが正念場だということは承知しています。」
「あと、今回の行動の情報が国境を接する国々に漏れないように細心の注意を払うことだ。他所の国は王制政治。そこに反政府勢力が王制を打倒したなんて
情報が入ったら、自国への波及を恐れて干渉に乗り出す可能性がある。」
「おっしゃるとおりです。全ては人民のためにあるべきもの。我々は反政府勢力から民主主義社会の担い手の一つとして、人民と共同していきます。」
「その言葉、確かに聞いたぞ。今度この国に戻ってきた時、お前達が今回と同じやり方で国を支配していたら、容赦なくお前達を叩き潰すからな。」
「常に自戒しながら、新しい国作りを進めていきます。」

 リークとドルフィンは手を離す。そしてリークは直ぐに指示を出す。

「機動部隊は2、3小隊に分かれて残りの町へ向かい、国家特別警察の残党の手から人民を解放するように!情報部隊はまずこの町の再建に尽力
するように!各自、初心貫徹を胸に刻み込むことを忘れるな!」
「「「「「はい!」」」」」

 リークの指示で機動部隊はドルゴに跨って町を飛び出し、情報部隊は住民と協力して町の再建に取り掛かる。

「さて・・・。俺達は港にある船を借りて出発するか。」
「出発って、何処へ?」
「とりあえず、サンゼット湾から海に出て、最寄りの国、カルーダ25)を目指そう。あそこは魔術と医学薬学の総本山。フィリアもこれまでの戦闘でそれなりに
魔法に熟練した筈だ。そこで称号が上がるかどうか確かめておいても悪くはない。」
「そうですね。」
「で、リーナは・・・『赤い狼』に頼んでミルマに送り届けてもらうか。」

 ドルフィンが言うと、リーナは視線を下に落として無言で首を横に振る。

「何故だ?今回の旅はリーナには関係ないだろう?」
「あたし・・・もうドルフィンと離れるのは嫌。それに・・・お父さんを探す。あたしの生みのお父さんを・・・。」

 フィーグとリーナが親子だと思って疑わなかったアレンとフィリアは、リーナの口から飛び出した言葉に驚きを隠せない。

「お母さん、お父さんと約束した・・・。何時か親子揃って一緒に暮らそうって・・・。お母さんはその夢が叶わなかったけど、せめてあたしは・・・。」
「・・・じゃあ親父さんに、フィーグさんに手紙を書いておけ。『赤い狼』に届けてもらうように俺から頼んでおく。」
「うん・・・。」
「ドルフィン殿。それと引き替えと言っては何ですが、一つ私からお願いしたいことがあるんですが・・・。」

 情報部隊に指示を与えていたリークが、再びドルフィンに歩み寄って来る。今度はリークだけではなく、呼び寄せたイアソンを伴っている。

「彼、イアソンを皆さんの旅に同行させて欲しいのです。」
「何故だ?」
「イアソンは今後、『赤い狼』の中軸に座る資質を備えた人間。彼にこの国の外に広がる世界の広さと違いをその目に見せてやって欲しいのです。きっと
それは民主主義政権の運営に携わることになった時、大きな糧となる筈です。」
「ドルフィン殿。私からもお願いします。是非同行させて下さい。少なくとも情報収集能力と世界の概要に関する知識は備えています。足手纏いにならないよう
精一杯努力しますので、是非ともお願いします。」
「ふーむ・・・。」

 ドルフィンが考えていると、アレンが横から助け船を出す。

「ドルフィン。イアソンは頼りになるよ。潜入コースを率いて最小限の犠牲で作戦を成功させたんだ。戦闘能力も確かだよ。俺が言っても説得力がないかも
しれないけど。」
「情報収集能力に世界の概要の知識か・・・。今後旅を続けていく上で、あって困るものじゃないな。」
「それでは・・・!」
「決定権はアレン、お前にある。どうする?」
「一緒に行ってもらおうよ。イアソンはきっと頼りになると思う。」
「じゃあ、決定だな。」

 ドルフィンの一言で、不安の暗雲に包まれていたリークとイアソンの顔がぱあっと明るくなる。

「ありがとうございます、ドルフィン殿。」
「礼なら、決定権のあるアレンに言ってくれ。」

 リークとイアソンはアレンに向き直ってその手を取って強く握る。アレンは柔和な表情で二人の手を握る。

「ありがとう、アレン。これからも宜しくな。」
「こちらこそ。」
「アレン殿。イアソンをよろしくお願いいたします。」
「いえ。イアソンの実力は俺自身良く分かってるつもりですから。」

 リークはアレンから手を離し、ドルフィンに向き直って言う。

「船の操縦はイアソン指揮下の情報部第一小隊にお任せ下さい。カルーダの最寄りの町、ラマンまでお連れさせます。」
「すまんな。」
「いえいえ。これくらいのことは当然です。皆さんのお力添えがなければ、今回の行動は成功しなかったでしょうから。」

 夕暮れに包まれ始めたナルビアは、悪政と抑圧の牙城から民主主義政権発足の地へと生まれ変わりつつあった・・・。
 その夜、情報部隊が交代で町の再建に当たる中、イアソンを含めたアレン達一行は、夕食を食べながらイアソンが出した世界地図を見て今後の方針を検討
していた。リーナはそれには加わらず、『赤い狼』から支給された紙と羽根ペンで、フィリアが仕方なく点したライト・ボールの光に照らされてフィーグ宛の
手紙を書いていた。血の繋がりはないとはいえ、親子の絆は固い。実の父親を探すためとはいえ、フィーグに心配をかけさせたままで旅に出るわけには
いかない。そんな思いもあってか、リーナは手頃な大きさの瓦礫を下敷きにして、必死にペンを走らせていた。

「カルーダ王国はご存知かもしれませんが、ラマン教が東半分、メリア教が西半分に浸透している多民族、複数宗教国家です。」

 イアソンは地図を指差しながら説明する。一行が目指すラマンは、サンゼット湾を東に進んで少し南に行ったところにある。

「で、現在、ラマン教は指導部が内紛状態にあるそうです。巻き込まれないように注意が必要でしょう。」
「内紛の理由は?」
「詳細は知りませんが、改革派と守旧派に分かれて−守旧派というのは改革派の、反対勢力に対する蔑称ですが、争っているそうです。」
「宗教指導部の内紛か・・・。かなり危険だな。」
「ええ。で、ラマンは生憎ラマン教の聖地でもありますから、早急に町を出てカルーダへ向かった方が賢明でしょう。」
「通貨は?」
「ラマン教が浸透している東半分はこの国と同じくデルグが通用します。メリア教が浸透している西半分はペル26)という単位になります。レートはおよそ
1デルグが5ペルといったところです。」

 ドルフィンは顎に手をやって地図を見ながら考える。

「そうか・・・。ザギの野郎は何処かでアレンの剣を狙ってるだろうから、カルーダでフィリアの称号を確かめてから町を出た方が良いな。」
「カルーダを出て何処に行くわけ?」
「まあ、西半分にでも向かおう。メリア教ってことは、言葉は多分マイト語だな。イアソン。お前は大丈夫か?」
「はい。問題ありません。」
「カルーダの言葉って、どうなの?」

 フィリアが尋ねると、イアソンが答える。

「ラマン教の言葉は此処と同じフリシェ語だ。カルーダ27)がフリシェ語だからね。ちょっとアクセントとかが違うけど心配は要らない。」
「奴が何処に行ったか分からん以上、その辺をうろつくしかないだろう。俺が居ると迂闊には寄って来れんだろうが、増援を伴って来る可能性もある。その時が
勝負だな。」
「そうだね。その時までにしっかり力をつけておかないと・・・。」

 アレンは決意を新たにする。
自分の力が及ばなかったばかりに父ジルムを救出出来なかったことは、アレンの心に大きなショックを与えた。それにドルフィンが駆けつけてこなかったら、
まず間違いなくザギに殺されていただろう。今度剣を交える時は必ず勝つ。そして父ジルムを救出する。アレンの心はそんな決意で満ちていた。

「出発は明日の早朝だから、全員しっかり休んでおけ。ま、俺も久々にゆっくりさせてもらうがな。」
「町全体には魔道剣士が共同で結界を張っていますから、安心して休んで下さい。」
「リーナ。お前も手紙を書き終えたら、しっかり休むんだぞ。」
「うん、もうちょっとだから・・・。」

 リーナは少しの間、ドルフィンの方を向いて応えると、再び紙にペンを走らせる。
アレンとドルフィン、そしてイアソンがテントを張り、その中にアレンとフィリアとイアソンが入る。ドルフィンはテントの直ぐ傍の家の壁に凭れて腕組みをして
眼を閉じる。勿論、ムラサメは直ぐ傍に立てかけてある。いざという時、真っ先に戦闘態勢に入れるようにしてあるのだろう。
テントの中に入ったアレンとフィリア、そしてイアソンは横になって毛布を被り、小声で話し合う。

「アレン。ドルフィン殿には奥さんやフィアンセは居ないのか?」
「聞いたことないけど、居ないんじゃないかなぁ。」
「あれだけの男の人だったら、普通の女は放っておかない筈なんだけどねぇ。」
「俺もそう思う。ところで…あの娘、リーナはフリーなのか?」

 イアソンが急に目を輝かせて尋ねて来る。アレンとフィリアはちょっと引いてしまう。

「うん、そうだと思う。ドルフィンに凄く懐いてるのは知ってるけど・・・。」
「そうか。これは絶好のチャンスだな。」
「「え?!」」
「俺さ、あの子に一目惚れしちゃったんだな、実は。」
「「はあ?!」」

 アレンとフィリア、特にフィリアは耳を疑う。フィリアにしてみれば、あんな冷酷非情で傲慢でウエストのない女に惚れるなんて、どうかしているとしか
思えない。だが、イアソンの目は真剣そのものだ。

「そろそろ手紙も書き終わった頃だろうし、此処で声をかけなくてどうするってもんだ。」
「イ、イアソン。悪いことは言わない。リーナは止めておいた方が身のためだと思う。」
「何だよ、アレン。お前も彼女を狙ってるのか?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「今は夜。ライト・ボールに照らされた中で愛を語らう。素晴らしいシチュエーションじゃないか!てなわけで行って来る。」
「だ、だから・・・。」

 アレンが制止するのも聞かず、イアソンはテントを飛び出していく。アレンは血の気が引いた顔でフィリアの方を向く。フィリアも血の気が引いている。

「・・・止めるべき、かな?やっぱり。」
「・・・もう手遅れよ。それに一度痛い目に遭えば嫌でも分かるんじゃないの?」

 アレンとフィリアは、イアソンが無事にテントに帰ってこれることを祈るしかなかった。

 丁度その頃、リーナは5枚にも及ぶ手紙を書き終え、折り畳んで『赤い狼』から支給された紐で四辺を括って、小包のような封書をこしらえたところだった。
本来なら封書に入れた方が良いのだが、場所と場合がこの状態では致し方ない。立ち上がって腰をぐっと反らした後、事前にドルフィンに言われたとおりに
テントに行こうとしたリーナに、イアソンが駆け寄る。リーナは怪訝な表情を浮かべる。

「イアソンじゃない。何の用?」
「なあリーナ・・・。ライト・ボールに照らされた今宵、愛を語らう気分にならないか?」
「・・・何寝ぼけてんの?」
「夜は恋人達の時間。平和な夜だからこそ、語れることがある。それが・・・愛じゃないか?」

 リーナの表情が見る見るうちに険しくなっていくのに構わず、イアソンは言葉を続ける。

「愛を語り合うのは青春時代を生きる者の特権。さあリーナ、俺と一緒に夜空を見ながら・・・」
「寝言言うなら寝てから言え!!」

 アレンとフィリアのテントに、リーナの怒声から少し間を置いて物凄い平手打ち連打の音が届き、それが収まるとこれまた勢いの良い足蹴にする音が
聞こえて来る。石像のように動かなかったドルフィンが目を開けて物音の方を見るが、直ぐにやや俯き加減になって目を閉じる。
 物音が止んで程なく、眉を吊り上げたリーナがずかずかとテントに入ってきて、未使用の毛布を乱暴に引き寄せて出て行く。暫く物音が途絶えた後、
不規則な足音がテントに近付いて来る。テントに入ってきたのは、頬を真っ赤に腫らして全身に靴跡を付けられた、惨たらしい姿のイアソンだった。
フィリアはどう言葉をかけて良いか分からず、アレンが恐る恐る声をかける。

「イ、イアソン・・・。大丈夫か?」
「き、傷薬をくれ・・・。全身痛くて仕方がない・・・。」
「そりゃそうだろうね・・・。」

 アレンは革袋から傷薬を出してイアソンに手渡す。イアソンは手始めに頬に傷薬を塗り、肌が剥き出しになった部分に出来た痣や傷に薬を塗り込む。

「だから止めておいた方が身のためだって言ったんだよ・・・。」
「か、彼女・・・、武術家?」
「いや、召喚魔術が使えるだけ・・・だと思う。」
「フフフ・・・。最初の鳩尾への膝蹴りに往復ビンタの嵐、そして倒れたところに蹴りの連打・・・。素晴らしいコンビネーションだった・・・。」

 イアソンは可能な限りの場所に傷薬を塗りつつ言う。アレンとフィリアは、イアソンがよく五体満足で帰って来れたものだと思う。初対面でリーナと
取っ組み合いの喧嘩をしたフィリアは尚更だ。

「だが・・・気が強い女の子は実は繊細で傷付き易くてナイーブな筈。これからもアプローチは続けるさ。」
「ま、まだ諦めないの?!」
「勿論さ。愛に障害はつきもの。必ず彼女のハートを掴んで見せる!」

 力説するイアソンを見て、アレンはイアソンを旅に同行させることを承諾して良かったのかとちょっと疑問に思う。
一方の当事者であるリーナは、封書を懐に入れてドルフィンに寄り添い、毛布を被って寝ていた。先程までの激しい暴力が嘘のように安らかな寝息を立てる
リーナの肩を、ドルフィンが優しく抱いていた…。
 翌朝、サンゼット湾が紅く照らされ始めた頃。アレン達一行は『赤い狼』やナルビア市民の見送りを受けて、中型の帆船が待機しているナルビア港に
立っていた。勿論、一行の中には新しく加わったリーナとイアソンが居る。

「皆さんの旅が無事に目的を果たせられますよう、祈っております。」

 リークが前に進み出て言う。

「イアソンから聞き及んでいることと思いますが、ラマンではラマン教指導部で内紛が発生しているということです。くれぐれもお気を付けて・・・。」
「お気遣いに感謝します。皆さん、新しい国作りに頑張って下さい。」
「皆さんが戻って来られた時には、民主国家として出迎えられるよう力を尽くします。」

 アレンとリークは固く握手する。

「リーナ嬢。お手紙は確かにお預かりしました。父君に確かにお届けします。」
「お願いします。」
「イアソン。君はパーティーの一員として、その能力をいかんなく発揮すると同時に、その目で世界をしっかり見て来るように。」
「分かりました。代表、皆さん、お元気で。」

 アレン達は続々と船に乗り込む。ここからラマンまで約2、3日の航海を必要とする。これまで内陸部で生まれ育ってきたアレンとフィリア、そしてリーナは
初めての船旅である。
 全員が乗り込んだことを確認して、船を操縦する『赤い狼』情報部第1小隊の面々が鐘を鳴らして出港の合図を送る。碇を上げると、船は帆に風を受け、
ゆっくりと動き始める。帆の向きを風向に合わせて動かすと、船はスピードをぐんぐん増す。
 アレン達は見送りに来た『赤い狼』の面々やナルビア市民に向かって、ナルビアが見えなるなるまで手を降り続ける。見送りの『赤い狼』の面々やナルビア
市民は、小さくなっていく帆船が見えなくなるまで手を振り、歓声を送る。
リーナとイアソンを加えたアレン達一行は、一路ラマンへ向かう。それぞれの思いを胸に抱いて・・・。

用語解説 −Explanation of terms−

24)ガントレット:手から肘の辺りまでを防御する防具。剣道の小手と同じようなものである。

25)カルーダ:ナワル大陸の中央部を閉める王国。首都カルーダに王立の魔術大学や医科大学、薬学大学が揃う、魔術と医学、薬学の総本山として有名。
数多くの優秀な魔術師や医師、薬剤師を輩出していて、国際魔術学会、国際医学会、国際薬剤師会も此処に本部を置いている。魔術を使うのに必要
不可欠な賢者の石は、この国の王立魔術大学から各地に配分される。


26)ペル:本文中にあるとおり、カルーダ王国の西半分で通用する通貨の単位。1ペルは10ポロで、およそ20円ほどの価値。

27)カルーダ:ここではカルーダ王国の首都名を指す。

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