「どうした、小僧。かかってこないのか?さっきまでの威勢の良さはどうした?」
ザギが口元を嫌らしく歪めてアレンを見下すように言う。「父親を救出したければ、私を倒すしかない。もっともお前が背を向けた瞬間、お前は真っ二つになる。俺の雑兵のようにな。」
「・・・。」
「お前の動きなどさっきの攻撃で完全に見切った。お前の俊敏さはクルーシァで訓練された雑兵は凌駕したが、生憎このセイント・ガーディアン、ザギ様の
前には通用せん。」
「クルーシァ・・・。お前、クルーシァの人間か!」
「この鎧は『大戦』で世界を救った7人の天使達が後世に残した、選ばれし人間のみが着用を許される7つの鎧の一つ。私はお前などと格が違うのだよ。
くくく・・・。」
「貴様の相手をしているのも退屈だ。さっさと片をつけて剣を返してもらうぞ。」
ザギは嫌らしい笑みを浮かべたまま、勢い良く突進してきた。何とザギは、アレンが防御態勢に入るより先にアレンの懐に入ってきた。「雀が鷹を殺せるか?」
ザギが剣を素早く振るい−その剣筋はアレンには見えない−、アレンの身体を服ごと滅茶苦茶に切り裂いていく。「蟻が象を殺せるか?」
血塗れになって前のめりに倒れかけたアレンの鳩尾に、ザギが容赦なく膝蹴りを叩き込む。強固な金属で覆われた勢い良い一撃に、アレンの口から血が「鼠が獅子を殺せるか?」
アレンの力を嘲笑うかのように、ザギの蹴りがアレンの後頭部に痛撃を浴びせ、アレンは大きく前方へ弾き飛ばされる。「貴様の実力など、セイント・ガーディアンの私と比べれば、その程度のものだ。」
ザギの嘲笑が篭った声に、アレンからの応答はない。床に伏したアレンは床に血の沼を形作っていく。指先一つ動く気配はない。もう必要ないと「さて、お遊びは済んだ。剣を返してもらうぞ。」
ザギがアレンに歩み寄ろうとした時、ザギはアレンを見て目を大きく見開く。アレンの体から白煙が立ち上っているのだ。もしや、と思ってザギが「なるほど・・・。ジルムめ。面白いことをしてくれたもんだな。剣を奪われても100ピセルその力を発揮出来ないように細工を施したわけか。自分の息子の
身体を使って・・・。」
「ははは!小僧!貴様の心臓を抉り出してくれるわ!」
その時、ザギの両腕が手首のところで寸断されて床に零れ落ちる。一瞬何が起こったのか分からなかったザギだが、両手首を寸断された激痛で悲鳴を「な、な、何だ?!何だ一体?!」
「ぎりぎり間に合ったか。フフフ。まさか貴様が黒幕だったとはな。」
「!そ、その声は・・・!」
「ド、ドルフィン・・・。貴様、あの試作品を倒したのか?」
「そうでなきゃ、この町がどうなるか分かったもんじゃないだろうが。」
「よ、よく倒せたもんだな・・・。剣攻撃主体の貴様では堂々巡りになるものかと思っていたが・・・。」
「再生過程を見たら直ぐ分かったぜ。・・・ザギ。貴様、あんな妙な化け物を創って何をするつもりだったんだ?」
「・・・そんなこと、貴様に教える必要はない。」
「それならそれでも構わん。今度は俺が相手してやろう。」
「ドルフィン・・・。貴様が相当強力な魔法を使ったことは、甚大な魔力の集中で感じ取っている。」
「だからどうした?」
「なのに丸腰でこの俺様と戦おうというのか?魔力の消耗は魔道剣士の戦闘能力に影響を及ぼすことくらい知っているだろう。」
「そんなこと、貴様に言われるまでもない。」
「さあ、剣を抜け。そのくらいの余地は与えてやろう。それともその小僧の二の舞になるか?」
「そうだな・・・。まあ、貴様の相手をするには・・・」
「この右手一つで十分だな。」
その言葉を聞いた瞬間、ザギの表情に怒りの色が露になる。「貴様・・・。セイント・ガーディアンの俺様を甘く見過ぎてやしないか?」
「セイント・ガーディアン?それだけの実力があれば話は別だが、アレンをいたぶることに夢中で俺の気配を察することすら出来なかった貴様の相手を
するにはこの右手一つで十分。…さて、もう貴様とのお喋りも飽きた。とっととかかってこい。」
「セイント・ガーディアンでない貴様がセイント・ガーディアンを舐めてかかったらどうなるか、身体で教えてくれるわ!」
ザギがアレンの時よりスピードを増して、ドルフィン目掛けて突っ込んで来る。自分の射程範囲に入ったところで剣を振るう。だが、ドルフィンは難なく「雀が鷹を殺せるか?」
ドルフィンの右拳がザギの両頬を表と裏で何度も殴打する。ザギの首が左右に目まぐるしく振れる。「蟻が象を殺せるか?」
ドルフィンの右拳が黄金色の鎧が変形させてザギの鳩尾にめり込む。ザギが口から血をかはっと吐き出す。「鼠が獅子を殺せるか?」
ドルフィンの右拳が再びザギの顔面を捉え、大きく後ろに弾き飛ばす。その距離はアレンの時の倍以上だ。「貴様、その鎧を着てなかったら、さっきので72回死んでるぜ。」
「う、うぐぐ・・・。」
「セイント・ガーディアンの鎧はこの世に7つしかない特殊なものだ。着るものに最強レベルの自己再生能力(セルフ・リカバリー)を与え、身体能力を大幅に
向上させる。だが、元々戦闘能力が低い人間が着ても宝の持ち腐れ。現に貴様は丸腰生身の俺の右手一つでこの様だ。セイント・ガーディアンだろうと
何だろうと、貴様程度の力で俺の相手にはならん。」
「ちっ、逃げ足だけは速い奴だな。」
瓦礫が降り注ぎ始めた中でドルフィンは毒づき、自分の剣を仕舞うのに続いてアレンの剣を拾い上げる。「う、うう・・・。」
「アレン、気が付いたか。」
「ザ、ザギは?父さんは?」
「すまん。後一歩のところで逃がしちまった。」
「俺が・・・、俺が力不足だったから・・・。」
「否、お前はよくやった。弱っちいが一応セイント・ガーディアンのザギとお前とでは戦闘能力が違い過ぎる。」
「本日、此処に国王専制政治の終焉と民主政権樹立に向けた暫定政府樹立を宣言する!」
崩壊した城の瓦礫に『赤い狼』の旗を打ち立てた『赤い狼』中央本部代表のリークが宣言すると、群集から拍手と歓声が沸き起こる。本部に待機していた「アレン。元気出して。小父様は無事だから。」
隣に居たフィリアが声をかける。「アレンの剣が目的なら、きっとザギとかいう奴が狙って来る。その時までにアレンの戦闘能力を上げておくべきよ。」
「うん・・・。」
「アレン。今回お前の親父さんを救出出来なかったのは俺の責任でもある。それにお前とは親父さんを救出するために協力すると約束している。だから、
お前の親父さんを救出出来るまで付き合わせてもらうぜ。お前が嫌だと言ってもな。」
「ドルフィン・・・。」
「フィリアの言うとおり、今から戦闘能力を上げることだ。日頃の訓練の積み重ねが大きく実を結ぶ時が来る。」
「・・・うん。」
「あたしもアレンについてくからね。嫌とは言わせないわよ。」
「ありがとう。」
「貴方達のお陰で我々の宿願が達成出来ました。心より御礼申し上げます。」
「・・・まずは、おめでとう、と言っておこうか。」
「だが、お前達がやることは山積みだ。他の町に駐留してる国家特別警察の残党を一掃すること、国民に民主主義とはどういうものか正しく伝え浸透させる
こと、民主主義国家に相応しい政治、行政、司法システムの確立、経済界との清潔な交流、正式な政府樹立までの公正な統治。それを怠れば、お前達は
また反政府勢力に逆戻り。それに加えてもう二度と表舞台に出られなくなるぞ。」
「分かっております。王権打倒ともに主権在民を掲げてきた私達の使命はこれからが正念場だということは承知しています。」
「あと、今回の行動の情報が国境を接する国々に漏れないように細心の注意を払うことだ。他所の国は王制政治。そこに反政府勢力が王制を打倒したなんて
情報が入ったら、自国への波及を恐れて干渉に乗り出す可能性がある。」
「おっしゃるとおりです。全ては人民のためにあるべきもの。我々は反政府勢力から民主主義社会の担い手の一つとして、人民と共同していきます。」
「その言葉、確かに聞いたぞ。今度この国に戻ってきた時、お前達が今回と同じやり方で国を支配していたら、容赦なくお前達を叩き潰すからな。」
「常に自戒しながら、新しい国作りを進めていきます。」
「機動部隊は2、3小隊に分かれて残りの町へ向かい、国家特別警察の残党の手から人民を解放するように!情報部隊はまずこの町の再建に尽力
するように!各自、初心貫徹を胸に刻み込むことを忘れるな!」
「「「「「はい!」」」」」
「さて・・・。俺達は港にある船を借りて出発するか。」
「出発って、何処へ?」
「とりあえず、サンゼット湾から海に出て、最寄りの国、カルーダ25)を目指そう。あそこは魔術と医学薬学の総本山。フィリアもこれまでの戦闘でそれなりに
魔法に熟練した筈だ。そこで称号が上がるかどうか確かめておいても悪くはない。」
「そうですね。」
「で、リーナは・・・『赤い狼』に頼んでミルマに送り届けてもらうか。」
「何故だ?今回の旅はリーナには関係ないだろう?」
「あたし・・・もうドルフィンと離れるのは嫌。それに・・・お父さんを探す。あたしの生みのお父さんを・・・。」
「お母さん、お父さんと約束した・・・。何時か親子揃って一緒に暮らそうって・・・。お母さんはその夢が叶わなかったけど、せめてあたしは・・・。」
「・・・じゃあ親父さんに、フィーグさんに手紙を書いておけ。『赤い狼』に届けてもらうように俺から頼んでおく。」
「うん・・・。」
「ドルフィン殿。それと引き替えと言っては何ですが、一つ私からお願いしたいことがあるんですが・・・。」
「彼、イアソンを皆さんの旅に同行させて欲しいのです。」
「何故だ?」
「イアソンは今後、『赤い狼』の中軸に座る資質を備えた人間。彼にこの国の外に広がる世界の広さと違いをその目に見せてやって欲しいのです。きっと
それは民主主義政権の運営に携わることになった時、大きな糧となる筈です。」
「ドルフィン殿。私からもお願いします。是非同行させて下さい。少なくとも情報収集能力と世界の概要に関する知識は備えています。足手纏いにならないよう
精一杯努力しますので、是非ともお願いします。」
「ふーむ・・・。」
「ドルフィン。イアソンは頼りになるよ。潜入コースを率いて最小限の犠牲で作戦を成功させたんだ。戦闘能力も確かだよ。俺が言っても説得力がないかも
しれないけど。」
「情報収集能力に世界の概要の知識か・・・。今後旅を続けていく上で、あって困るものじゃないな。」
「それでは・・・!」
「決定権はアレン、お前にある。どうする?」
「一緒に行ってもらおうよ。イアソンはきっと頼りになると思う。」
「じゃあ、決定だな。」
「ありがとうございます、ドルフィン殿。」
「礼なら、決定権のあるアレンに言ってくれ。」
「ありがとう、アレン。これからも宜しくな。」
「こちらこそ。」
「アレン殿。イアソンをよろしくお願いいたします。」
「いえ。イアソンの実力は俺自身良く分かってるつもりですから。」
「船の操縦はイアソン指揮下の情報部第一小隊にお任せ下さい。カルーダの最寄りの町、ラマンまでお連れさせます。」
「すまんな。」
「いえいえ。これくらいのことは当然です。皆さんのお力添えがなければ、今回の行動は成功しなかったでしょうから。」
「カルーダ王国はご存知かもしれませんが、ラマン教が東半分、メリア教が西半分に浸透している多民族、複数宗教国家です。」
イアソンは地図を指差しながら説明する。一行が目指すラマンは、サンゼット湾を東に進んで少し南に行ったところにある。「で、現在、ラマン教は指導部が内紛状態にあるそうです。巻き込まれないように注意が必要でしょう。」
「内紛の理由は?」
「詳細は知りませんが、改革派と守旧派に分かれて−守旧派というのは改革派の、反対勢力に対する蔑称ですが、争っているそうです。」
「宗教指導部の内紛か・・・。かなり危険だな。」
「ええ。で、ラマンは生憎ラマン教の聖地でもありますから、早急に町を出てカルーダへ向かった方が賢明でしょう。」
「通貨は?」
「ラマン教が浸透している東半分はこの国と同じくデルグが通用します。メリア教が浸透している西半分はペル26)という単位になります。レートはおよそ
1デルグが5ペルといったところです。」
「そうか・・・。ザギの野郎は何処かでアレンの剣を狙ってるだろうから、カルーダでフィリアの称号を確かめてから町を出た方が良いな。」
「カルーダを出て何処に行くわけ?」
「まあ、西半分にでも向かおう。メリア教ってことは、言葉は多分マイト語だな。イアソン。お前は大丈夫か?」
「はい。問題ありません。」
「カルーダの言葉って、どうなの?」
「ラマン教の言葉は此処と同じフリシェ語だ。カルーダ27)がフリシェ語だからね。ちょっとアクセントとかが違うけど心配は要らない。」
「奴が何処に行ったか分からん以上、その辺をうろつくしかないだろう。俺が居ると迂闊には寄って来れんだろうが、増援を伴って来る可能性もある。その時が
勝負だな。」
「そうだね。その時までにしっかり力をつけておかないと・・・。」
「出発は明日の早朝だから、全員しっかり休んでおけ。ま、俺も久々にゆっくりさせてもらうがな。」
「町全体には魔道剣士が共同で結界を張っていますから、安心して休んで下さい。」
「リーナ。お前も手紙を書き終えたら、しっかり休むんだぞ。」
「うん、もうちょっとだから・・・。」
「アレン。ドルフィン殿には奥さんやフィアンセは居ないのか?」
「聞いたことないけど、居ないんじゃないかなぁ。」
「あれだけの男の人だったら、普通の女は放っておかない筈なんだけどねぇ。」
「俺もそう思う。ところで…あの娘、リーナはフリーなのか?」
「うん、そうだと思う。ドルフィンに凄く懐いてるのは知ってるけど・・・。」
「そうか。これは絶好のチャンスだな。」
「「え?!」」
「俺さ、あの子に一目惚れしちゃったんだな、実は。」
「「はあ?!」」
「そろそろ手紙も書き終わった頃だろうし、此処で声をかけなくてどうするってもんだ。」
「イ、イアソン。悪いことは言わない。リーナは止めておいた方が身のためだと思う。」
「何だよ、アレン。お前も彼女を狙ってるのか?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」
「今は夜。ライト・ボールに照らされた中で愛を語らう。素晴らしいシチュエーションじゃないか!てなわけで行って来る。」
「だ、だから・・・。」
「・・・止めるべき、かな?やっぱり。」
「・・・もう手遅れよ。それに一度痛い目に遭えば嫌でも分かるんじゃないの?」
「イアソンじゃない。何の用?」
「なあリーナ・・・。ライト・ボールに照らされた今宵、愛を語らう気分にならないか?」
「・・・何寝ぼけてんの?」
「夜は恋人達の時間。平和な夜だからこそ、語れることがある。それが・・・愛じゃないか?」
「愛を語り合うのは青春時代を生きる者の特権。さあリーナ、俺と一緒に夜空を見ながら・・・」
「寝言言うなら寝てから言え!!」
「イ、イアソン・・・。大丈夫か?」
「き、傷薬をくれ・・・。全身痛くて仕方がない・・・。」
「そりゃそうだろうね・・・。」
「だから止めておいた方が身のためだって言ったんだよ・・・。」
「か、彼女・・・、武術家?」
「いや、召喚魔術が使えるだけ・・・だと思う。」
「フフフ・・・。最初の鳩尾への膝蹴りに往復ビンタの嵐、そして倒れたところに蹴りの連打・・・。素晴らしいコンビネーションだった・・・。」
「だが・・・気が強い女の子は実は繊細で傷付き易くてナイーブな筈。これからもアプローチは続けるさ。」
「ま、まだ諦めないの?!」
「勿論さ。愛に障害はつきもの。必ず彼女のハートを掴んで見せる!」
「皆さんの旅が無事に目的を果たせられますよう、祈っております。」
リークが前に進み出て言う。「イアソンから聞き及んでいることと思いますが、ラマンではラマン教指導部で内紛が発生しているということです。くれぐれもお気を付けて・・・。」
「お気遣いに感謝します。皆さん、新しい国作りに頑張って下さい。」
「皆さんが戻って来られた時には、民主国家として出迎えられるよう力を尽くします。」
「リーナ嬢。お手紙は確かにお預かりしました。父君に確かにお届けします。」
「お願いします。」
「イアソン。君はパーティーの一員として、その能力をいかんなく発揮すると同時に、その目で世界をしっかり見て来るように。」
「分かりました。代表、皆さん、お元気で。」