「話では、もう一方いらっしゃるということだが・・・?」
「その方は今具合を悪くされたということで、休憩室で休んでもらっています。」
「そうか・・・。では、お二人はどうぞこちらの方へ。」
「此処で話は十分聞こえる。」
ドルフィンは丁度正面に見えるリークを見据えて、わざわざ下座に座った表向きの理由を説明する。「・・・成る程。戦略に関しても長けておられるということですか。」
「この交渉の場が即、共闘関係の締結とは限らないからな。」
「おっしゃるとおりです。」
「では、共闘関係の構築に向けた話し合いの前に、まず現状についての最新の情報をお伝えしたいと思います。情報量を出来るだけ共有してからでないと
正確な判断がし辛いかと思いますので。」
「…分かった。」
「お願いします。」
「では、状況説明を情報部第2小隊長、ジェン・ハルマスから…。」
「はい。では交戦状況を私から説明します。エルスとバードについてはほぼ国王勢力の撃退に成功。現在周辺地域で散発的な戦闘が行われていますが、
敵主力部隊はマシェンリー川北部まで撤退しました。現在、ナルビアからの戦力や物資の補給を待っている模様です。」
「敵の戦力はどの位のレベルだった?」
「当初は一般の兵士が主力でしたが、戦況が敵方の不利に傾き始めて暫くしてから、魔術師や魔道剣士が若干名投入されてきました。魔法反応から
推測するに、魔術師の称号はTheurgist5)、魔道戦士の魔術師の称号はConjurer6)若しくはEvoker7)でした。我々も当初より多くの被害を被りましたが、
戦況を覆されるには至りませんでした。」
「奴等にしてみれば敵の重要拠点を攻め落とそうとする割に、随分低レベルだな。」
「その点に関する考察は、後程あると思います。何れにせよ、敵の損害は甚大であることは確かです。」
「ということは、国王勢力はナルビアに篭城しているようなものだと考えて良いんですか?」
「そうですね。お二人が通過してこられたテルサとミルマからは新たな侵攻が開始されたという情報も入っておりませんし。」
「調子に乗ってナルビアに攻め込んできたところを一網打尽にする腹積もりなのかも知れんがな。」
「・・・その可能性も否定できません。ですのでこの先、戦略がさらに重要になってきます。」
「敵の本拠地についての情報はどうなんだ?」
「その点に関しては情報部第1小隊長、イアソン・アルゴスから・・・。」
「では、次はナルビアとそれに関する考察を私から述べたいと思います。我が『赤い狼』のナルビア支部は一斉摘発により全員逮捕されましたが、ミルマの
鉱山で強制労働に従事させられていた一部の同志が、お二人のご活躍によって無事救出されました。この場を借りて改めて感謝します。」
「あの中に『赤い狼』の関係者も居たんですか。」
「ミルマ支部が潜入させたスパイの情報から同志が居ることは掴んでいたんですが、所属までは分からなかったんですよ。・・・で、話を戻しまして・・・。
救出されたその同志の証言と、エルスとバードの戦況がこちらの有利で固まってからナルビアに潜入した結果判明した事実を交えて、ナルビアの現状を
説明します。」
「現在、ナルビアは軍事要塞として大幅に変貌を遂げています。まず、この国に唯一存在した劇場・・・城の南にあるこの部分ですが、此処は閉鎖され、
大幅な拡張工事が行われました。工事は完了し、既に内部で何かが行われている模様です。」
「何か・・・というのは分からないんですか?」
「我々も潜入を試みたんですが、国王勢力の中でも異質の兵士や魔術師が完全に周囲を固めていて不可能でした。不思議なことにあの建物に人が出入り
することは非常に希で、それも出入りできるのは一様に白衣を着た非戦闘員だけです。それでも出入り口で身分証明の確認や身体検査などが行われ、
それを通過できないと入るどころか不審人物として連行される仕組みになっているようです。また、全ての兵士には厳重な緘口令が敷かれているらしく、
この建物の内部のことを話題にしただけでも連行されてしまうということが実際にありました。」
「随分厳重だな。ハーデード鉱山の遺跡調査とよく似てる。」
「よって内部を窺い知ることは出来ませんが・・・このようにかなり巨大な建造物ですので、戦略物資や財宝を大量に備蓄している可能性が考えられます。
本来の軍隊を一気に数倍の規模に膨れ上がらせたのですから、それなりの資金や物資が必要になるでしょうし、篭城を決め込むなら尚更です。」
「成る程ね・・・。」
「では、説明を続けます。先程軍事要塞と表現しましたが、サンゼット湾に面する東側以外の城壁は全て大幅な拡張工事が行われ、高さ、厚さとも
約2倍に強化されました。」
「2倍?!」
「ええ。これだけでも尋常ではありませんが、さらに城壁内部に魔術師が大量に配備され、不審者に向けて魔法で一斉攻撃を仕掛ける準備が整って
います。」
「よくやられなかったな。」
「情報部隊の端くれですから、そう簡単に捕捉されない手段くらいは持っています。・・・で、配備された魔術師の称号の範囲は不明ですが、Magicianクラスは
存在します。市街には武装した兵士が多数配備され、上空には航空部隊が旋回しています。」
「・・・まさに要塞、というところか。」
「唯一城壁のない東側の港も厳重な警備が敷かれています。船で迂闊に近付けば一斉攻撃は免れないでしょう。」
「正面突破はちょっとばかり骨が折れそうだな・・・。」
「ナルビアの駐留兵力は推定5万。現在マシェンリー川北部に待機中の戦力や周辺の町の兵力が帰還して合流すれば、さらに1万は増えると考えて
良いでしょう。・・・ナルビアの現状に関してはこの様なところですが、何か御質問は?」
「ここからはこれまで説明しました現状を踏まえた私の考察をお話します。疑問点などありましたら随時お願いします。」
「はい。」
「分かった。」
「それでは・・・まず、国王勢力の意図するところが何であるか、ということから考えてみたいと思います。元来保有を恐らく数倍の規模にした兵力による
国土全体の大々的な中央集権的支配、自警団の解散や役所、魔術師の逮捕、我々『赤い狼』の一斉摘発など用意周到な支配体制の構築の一方で、
国家経済や国王勢力の有力な財政的支援団体であるミルマ経済連を破綻させることにも繋がりかねないハーデード鉱山の長期閉鎖と支配構築に無縁な
古代遺跡調査、そして、そちらの方のお父上とアルフォン家令嬢の拉致・・・。これらは国王が顧問として招聘したという人物の入れ知恵によることが
ほぼ確実視されています。」
「それは俺も大凡分かっている。」
「しかし、これら国王勢力の一連の行動は、計画性には秀でていますが明らかに一貫性に欠けています。特に遺跡調査は単に権力強化を考えるなら
全く無意味なことであると同時に、それに伴いこの国の主力産業である鉄鋼業を滞らせることで財政基盤を弱体化させる危険性がある点では愚策と
言わざるを得ません。まあ、他の行動が良いと言うわけではありませんが。」
「それは言えるな。いくら経済的特権が保障されるとはいえ、よくミルマ経済連の連中が黙ってたもんだ。」
「これらの矛盾する行動を同一人物が指示しているとすれば・・・国王の背後に居る人物は、別の意図を以って動いているのではないか、と推測されます。」
「どういうことだ?」
「思惑のずれといいましょうか・・・。国王は権力強化の為にその人物を利用しているつもりで、実は利用されているのではないかと。」
「ちょっと待てイアソン。お前が言ったように仮に王が招聘した人物が王を利用しているとするなら、王の望む強権支配の構築に無関係なことを言い出せば
要らぬ不信感を招くんじゃないか?」
「自分の権力強化に招聘した人物が余計なことをしようとすれば、国王も何らかの抑止策を取るんじゃないか?でも、それが行われた様子はない。」
「所有する剣目当てに拉致された可能性が高い少年の父親に加え、どう考えてもアルフォン家令嬢の拉致は国王の意向とは逸脱している。これはどう
説明する?」
「現にハーデード鉱山における遺跡調査は失敗し、さらに駐留軍の壊滅や内部資料の流出などの大損害を招いた。直接指示を出した国王の不信を
生むようなことに何故何の対策も打たないんだ?」
「ねえ。ドルフィンは・・・どう思う?」
「良い推測だ。」
「不信感を招く・・・。確かにそうかも知れないな。しかし、譬え国王は不信を抱いたとしても関係を断絶できるとは思えない。」
「何故だ?」
「国王勢力が軍事力を規模を大幅に増強できたのは、一気に自分の野望を現実に近付けられたのは誰のお陰か考えてみてくれ。今その人物と関係を断絶
すれば、その人物はさっさと所有する戦力を引き上げるだろう。そんなことになれば一体どうなると思う?」
「!・・・戦力の大幅な低下どころの話じゃない、な・・・。」
「そういうことだ。それに支配体制が固まった数週間前ならまだしも、我が『赤い狼』やドルフィン殿が間近に迫った現状では只事じゃ済まない。警備が
手薄になったことくらい少し調べれば分かることだし、それを晒すことなんか攻めて下さい、と頼むようなものだ。」
「つまり、国王はどう転んでもその人物とは縁を切れない状況に追い込まれている、ということか・・・。」
「そうだ。もっともそのことに国王が気付いているかどうかは別問題だが。」
「折角だから、その説明は俺達にも話してくれないか?」
「し、失礼しました。これは我々の内輪の討論ではなかったですね。」
「なかなか面白い考察だが、筋は通ってる。・・・続けてくれ。」
「ありがとうございます。出された質問に順次答えていきますと・・・、国王に招聘した人物の行動を抑止することは不可能だと思われます。先程も述べました
ように、国王勢力の兵力の大半はその人物のものであると考えるのが自然である以上、その人物が兵力の撤収を言い出せば国王は手も足も出せません。」
「兵力の増援をその黒幕に要請しても、急には出来ないとでも言えば却下できるからな。」
「はい。或いは、足元が危うくなって来た支配の巻き返しに懸命で、人物の行動を抑止するどころではないかもしれません。」
「そして次の質問、そちらの少年の父親とアルフォン家令嬢の拉致に関してですが・・・。我々が調査した限り、全く所在や情報が掴めません。拉致の目的に
関しては何ら分かっていないというのが現状です。」
「俺の父さんを攫ったのは俺の持つ・・・この剣を狙ってのことらしいんだけど・・・。」
「特に・・・財宝的な価値はないように思えますね。」
「剣一本を狙った結果がテルサ支部の全滅、そしてミルマ支部全滅の遠因になったとすると、余りに高い代償だな。」
「テルサ支部からの情報では少年の父親を攫ったのは国王の勅命ということだが、アルフォン家令嬢はその命令系統が全く不明と聞いたが・・・。お前の
推測が正しいとすれば、国王の指揮系統とは一線を画しているということか?」
「そう考えるのが自然だろうな。何れにせよ、この件に関しては国王の野望から大きく逸脱しているのは勿論、背後の人物が意図するところも分かりません。」
「それは・・・」
「背景が何も分からない以上、憶測の域を出ないな。この件に関してはもう良い。」
「そして最後の質問、遺跡調査は失敗に終わり、内部資料の流出などの損害を招いたにも関わらず、その人物は何故対策を講じないのかということ
ですが・・・、背後の人物が意図するところが現時点で不明であることから、全く分かりません。ただ、私が先程述べたように、その人物が国王を利用して
いるとすれば、こう考えることも可能です。」
「?」
「その人物の本当の目的は国王の権力増強の支援などではなく、拉致や遺跡調査だということです。」
「な、何だって?!」
「一体それはどういうことだ?!」
「だからそれは判らないって・・・。ですが、その目的を円滑に遂行する為に、強大な王権の構築に手を貸すと持ち掛けたとすれば、元々強権的志向の強かった
王ですからそれに応じた可能性はあります。」
「ではイアソン君・・・。兵力の増強や支配系統の構築などは、あくまでも国王に取り入る為の策でしかないということか?」
「はっきり言えばそうです。」
「・・・私の考察は以上ですが、何か御意見や御質問はありますか?」
「・・・俺は特にないです。」
「同じく。」
「イアソン君、ありがとう。・・・では、状況をご理解いただいたことで、王権打倒に向けた共闘関係を締結するかどうかを決めていただきたいと思いますが、
如何でしょうか?」
「・・・人質の救出は・・・どう考えているんですか?」
意外にもアレンが口にしたのは共闘関係の可否ではなく、一歩踏み込んだものだった。『赤い狼』の面々は少々驚いた様子を見せたが、直ぐにリークが「勿論、作戦として立案済みです。ナルビア攻略時に人間の盾とされないよう、先立って救出する用意があります。」
「・・・人質の重みを変えるということか?」
「いえ、詳細は共闘関係を締結していただける場合にお話しますが、国家権力に不当に拘束された人の重みは等価です。」
「俺はお前に協力すると約束した筈だ。遠慮しなくて良い。」
確固たる裏付けを得たアレンは、三度正面に向き直って可否の判断を口にする。「・・・一緒に・・・戦いましょう。」
アレンの口から申し入れを受諾する言葉が出たことで、『赤い狼』の面々は安堵の表情を覗かせる。自分達が示した共闘関係の構築を実現する最後の「ありがとうございます。ドルフィン殿は・・・それでよろしいのですね?」
「俺に聞く必要はない。」
「分かりました。長旅でお疲れでしょうから、一先ずお休み下さい。共同作戦に関してはその後改めてお話するということで、如何でしょうか?」
「・・・その間に退避行動を取られるようなことはないのか?」
「我々が牽制策を取って国王勢力を引き付けています。準備が整ってからでも十分間に合います。」
「・・・分かった。」
「部屋は用意してあります。休んでもらっているお連れの方にも移動してもらってゆっくり休んで下さい。」