「・・・つまり、俺達がこの街に潜入できたということは、とっくに奴等は知ってたってわけ?」
「そういうことだ。俺が前に奴等の詰所に探りを入れた時に、俺達の潜入が筒抜けになっていることは分かってた。だが、こういう状況に不慣れなお前達に
余計な心理的負担を与えないようにと、敢えて伏せておいた。」
「ドルフィンの行動が逐次監視されていたなら、俺達が鉱山に潜入する動きを見せていたことも知っていてもおかしくないよね?」
「そうだな。可能性は十分ある。」
「だとしたら、どうして迎撃態勢を取るなりしなかったんだろう?奴等は麓でフィリアとあの娘、リーナが口論するのを聞きつけるまで俺達が近付いていることを
知らなかったみたいだし。」
「それは多分、奴等がお前達を戦力外として度外視していたせいだろう。俺さえ封じておけば万事大丈夫だ、いざやって来ても十分対処できる、と。或いは
スパイが動きを知りつつも取るに足らない、と思って報告しなかったか。しかし、お前達が予想以上の力を持っていたことで結局は奴等の敗北へと
繋がったわけだ。」
「私が疑問に思うのは・・・どうしてドルフィンさんの抹殺ではなく、動向の監視や牽制だけしか計画してなかったか、そして、奴等の後ろ盾になっていた
ミルマ何とかっていう奴等が、この店を目の敵にしていたなら、どうしてドルフィンさんが居ない間に潰さなかったのかってことです。」
「ミルマ経済連のことか。それは恐らく奴等がこの計画を作成した時点で、俺が奴等と敵対するになることを想定していなかったんだろう。そしてこの店に
迂闊に手を出せば、俺が報復行動に出てそれが阻止できないと踏んでいた。それは計画を作成した奴が俺が手出しされなければ何もしないこと、俺に
正面から挑んでも倒すのは容易じゃないってことを知っていたということだ。」
「じゃあ奴等は・・・ドルフィンが何者かをずっと前から知っているってこと?」
「ああ。もっとも本当に知っているのは、前にも話した国王の背後に居るっていう黒幕だ。恐らくリーナを攫った奴等はその黒幕の直轄の部下だろう。
どう考えても俄仕込みの他の兵士とは違う。」
「ドルフィンって・・・一体、何者なの?」
3人に緊張が走る。アレンは聞いてはならないことを聞いてしまったような気がする。この疑問が解けると同時に、ドルフィンが別の世界の存在に見えて「・・・クルーシァって国を知ってるか?俺は以前、そこに居た。」
「クルーシァって確か・・・『大戦』を終わらせた7人の天使達が築いたっていう、強大な力を受け継ぐ修行国家・・・。」
「そうだ。そこは俺が力と技を師匠の元で学んだ地でもある。」
「国王の背後に控えているという黒幕がクルーシァの人間だとするなら、そいつとアレンの父、そしてアレンの持つ剣。それらを繋ぐのはやはりクルーシァ
だろう。恐らくアレン、お前の父親は一時どのくらいの期間かは分からんがクルーシァに居たことがあるんだろう。そこでどういう経緯があったかは知らんが、
お前が持つその剣を持ち出した。そして行方を追っていた黒幕は何らかの手段で所在を突き止め、剣を回収すると同時に剣を持ち出したお前の父親の
口封じを狙った・・・。そういう推測が成り立つ。その剣が特殊なものらしいことを考えると、その剣に何らかの重要な秘密が隠されている可能性もあるからな。」
「・・・父さんが・・・。」
「あ、あたしはジルム小父様が泥棒をするような人じゃないって信じてます!」
「誰も泥棒だと言っちゃいない。持ち出したことと盗み出したことは必ずしも等価じゃない。それにアレンが持つ剣がクルーシァのものじゃなく
物凄い価値の秘宝で、その価値に目をつけた奴等が狙っているとも考えられる。確証がない今の段階ではどれも推測にすぎん。」
「・・・分かってる。父さんは泥棒なんかじゃないって、俺は信じる。」
「もう一つ分からないのは、あのリーナが攫われたってことですよ。どうしてなんでしょうか?」
「人質じゃないのかな?俺達にナルビアへ来るなっていう・・・。」
「否、多分それはない。あの手際の良さだ。警告文くらい残していく余裕も十分あった筈だ。それに一晩過ぎた今でも、奴等から俺達には何の接触もない。
勿論、身の代金目当ての誘拐でもないだろう。」
「じゃあ一体・・・。」
「・・・分からん。」
「ただ、アレンは父親が、俺は妹同然の存在が奴等に攫われたということは事実だ。これでナルビアに向かう目的が一つ増えた。」
「・・・あいつを助けるなんて気が進まないけど、仕方ないですね。アレンをぶん殴った借りをまだちゃんと返してないし。」
「それは別に・・・。」
「アレンは良くてもあたしは許せないのよ。・・・あ、そう言えば思い出した。」
「あいつがアレンを殴った時、アレン、一体何を言いかけたの?」
「え?あ、ああ。あの時か。確か・・・あんなに強い召喚魔術を使えるなんて思いもしなかった、って言うつもりで・・・。」
「そうそう!ドルフィンさん!あいつ、魔術師でもないのに強い召喚魔術を使えたんですよ!それにやたらと魔物に詳しいし。」
「・・・賢者の石さえ手に埋め込んであれば、魔術師でなくても召喚魔術は使えるってことは、アレンの実証済みの筈だが?」
「あ、そ、そうですね。じゃあ、あいつの召喚魔術はドルフィンさんが?」
「そうだ。使わんやつを中心に以前譲った。小さい頃に魔術を少し齧ったらしくて、賢者の石は手に埋め込んであった。それに魔物の知識もあるに越した
ことはない。塀に囲まれた閉鎖空間を一歩出れば、そこは魔物の巣窟なんだからな。」
「護身術ってことですね。でも、あいつにあれだけ与えると凶器になりそうな・・・。」
「リーナはそんな馬鹿じゃない。理性を伴わない力は凶器になることくらい、よく分かっている筈だ。そうでなければ、お前達とであった瞬間にでも
召喚魔術を仕掛けてるだろうぜ。」
「・・・おはようございます、小父さん。」
「おはよう。書類の調査はどうかね?」
「奴等の目的は遺跡調査と同時にそれの障害になるであろう私の監視にあったようです。スパイは私の動向を監視する為に送り込まれたことは
分かりましたが、リーナが攫われたこととの因果関係は不明です。」
「そうか・・・。早速なんだが、これを君達に。」
「これは在庫分や手持ちの薬草を調合した薬だ。傷薬、胃腸薬、魔術師用の即効性のある精神安定剤、解毒剤、消毒液など、考えられる分は全て用意して
おいた。」
「・・・小父さん。」
「頼む。何としてもリーナを助け出してくれ!このとおりだ!」
「止めて下さい!貴方が私に頭を下げる理由など、何一つない筈です。」
「し、しかし・・・。」
「リーナは必ず助け出します。」
「あの娘に、リーナにもしものことがあっては、私は、私は・・・。」
ドルフィンはただ、有りっ丈の力を込めるフィーグの手を包み込むように握る。「やはりドルフィン殿と共同戦線を張ることが、現在の異常事態を大きく打開する最善の策であることは間違いないと思われます。」
「中央としてもドルフィン殿との共同戦線構築を積極的に支援したいという通達が来ています。」
「問題は、彼の態度です。彼はどうも組織的行動に対してかなり懐疑的であり、さらに国家中央との対決を必ずしも望んでいるのではないという情報が、
テルサ支部からの情報で明らかになっています。」
「それに、そこまでして共同戦線に固執する理由が判らない。エルスとバードの戦況は我々に有利であり、外部と安易に結託するよりそちらの支援を行う
べきではないか?」
「代表。ただいま戻りました。」
「お疲れ様。で、首尾は?」
「はい。ドルフィン殿が滞在しているアルフォン家は現在、リーナ嬢が何者かに拉致されたことで、当主のフィーグ氏を中心に動揺が広がっています。」
「・・・アルフォン家といえば・・・ミルマ商工連の代表格だな。」
「商工連の封じ込めを狙った、ミルマ経済連による組織的犯行では?」
「いや、後ろ盾を失って混乱状況にある奴等にそんな余裕はないだろう。で、拉致された目的は?」
「現状では全く不明です。何ら犯人からの要求などはないようです。ただ、アルフォン家内部に学生を装った国家中央のスパイが潜入していたことからして、
犯人は恐らく国家中央関係者で、リーナ嬢はナルビアに連れて行かれた可能性が非常に高いです。」
「スパイか・・・。その目的は?」
「詳細は不明ですが、ドルフィン殿の行動監視と牽制が目的だったようです。」
「リーナ嬢を拉致した理由は推測で述べるしかないが、目的が現時点で不明であること、昨夜から現在までにミルマ内に国家特別警察の関係者が
新たに進行した事実がないことからして、ドルフィン殿の足止めとしての人質や身代金目的の誘拐ではないと思われる。ただ、ナルビアに連れて行かれた
可能性が高いとなれば、リーナ嬢救出を名目にドルフィン殿との共同戦線構築も不可能ではない。」
「しかし、現体制の打倒を目標とする我々と彼とでは、その立場には大きな開きがあるのでは?」
「異議あり。それは打算的であり、我々のイニシアチブが全くない。あくまでも現政権の打倒を条件に共闘を模索するべきだ。」
「リーナ嬢、そしてドルフィン殿が行動を共にする少年の父親救出の為には、恐らくナルビアへの侵攻が避けられない。ドルフィン殿の力を以ってすれば
それは非常に容易であるだろうし、その侵攻によって壊滅とはいかないまでも結果的に現体制に多大なダメージを与えることは可能だ。」
「ある意味、ドルフィン殿と人質救出を巡って取引をすることになるな。」
「ですが、それが共同戦線を構築する場合の最善かつ最短の近道ではないかと。」
「ドルフィン殿との共同戦線構築を優先するか、或いは我々の活動目標を優先するか、ひとまずみんなの意見を問いたいと思う。共同戦線を優先する方に
賛成なら白札を、活動目標を優先するなら赤札を上げて欲しい。・・・では採決を取る。」
「共同戦線構築を優先する方に賛成の者。」
ミルマ支部代表が言うと、赤札が次々と上がる。数では規則で採択する条件とされている過半数を突破しているが、これで即決定としてはならないのも「では、活動目標を優先する方に賛成の者。」
ミルマ支部代表が言うと、白札が幾つか上がる。圧倒的多数とならないことからして、かなり異論があるのは間違いない。「数的には赤札、即ち共同戦線構築を優先する方が多い。だが、活動目標優先を指向する数も相当数存在する。」
白札を上げた構成員はどちらかといえば活動歴の長い構成員が多い。やはり自分が共感し、身を投じた活動目標が変質していくことに対する危機感が「代表。どうしますか?」
隣に入た参謀格の男性が尋ねると、ミルマ支部代表は少し思案した末に構成員に向かって決断を下す。「・・・共同戦線を構築する方向で動く。」
室内がざわめき、一部から不満の声が洩れ始める。ミルマ支部代表はそれを敢えて抑えずに続ける。「ただし、これは支部全体で一律的に取組むべき事項ではない。この取組みに参加するかどうかは、個人の判断に委ねるものとする。勿論、参加しないことに
よる不利益はない。」
「共同戦線構築に伴い『赤い狼』に損害があった場合、これを推し進めた支部幹部や中央の責任も問われることになりますが?」
「それは決断を下した者の義務だ。今回の方針に対する責任は判断を下した私にある。」
「共同戦線構築の交渉には2段階を設ける。第1段階はドルフィン殿の出発前。第2段階は出発後の野営時だ。第2段階実施については第1段階の失敗後、
部隊を編成して追跡してもらう。同時に中央に対しても交渉の場を設ける為の支援を要請する。この手筈は予め中央に通知しておく。」
「あと、残された資料や拘束した兵士達からの尋問を整理して、遺跡調査の全容解明を急ぎましょう。一連の国家中央の意向を把握する為にも必要だと
思います。」
「そうだな。では大まかに分けて今後の活動は2種類。共同戦線構築準備と遺跡調査の全容解明だ。各々の判断で加わって活動してもらいたい。」
「・・・現在までに、ミルマからの報告は?」
「・・・ありません。」
「偵察部隊からの報告はいつになる?」
「往復の所用時間を考えて、早くても3日後になるかと思われます・・・。」
「ランブシャー長官。貴殿は自分の立場を理解しておるのか?」
「・・・は、はい。勿論全力を以って国王陛下の勅命を遂行すべく・・・」
「決まり文句など聞きたくはない!仮にミルマ駐留の部隊が全滅だった場合、数日中にドルフィン一味がナルビアに向かって突進して来るのは確実だ。
さらに遺跡調査の結果や内部資料までも奴等の手にわたる可能性もある。国家機密に該当するこれらの情報が漏洩するようなことになれば、国家の損失は
重大だ。その意味を分かっておるのか?!」
「・・・も、申し訳ありません・・・。」
「して、ランブシャー長官。エルスとバードの戦局も思わしくないとの報告を受けているが?」
「は、はい・・・。臣民共の反乱行為への加担が相次いで物資補給が滞ったことと、『赤い狼』の拠点が把握できず・・・」
「何時になったら鎮圧できるのだ?」
「そ、その件に関しましては・・・現在のところ・・・。」
「まったく・・・無様としか表現できませんな。」
「・・・バ、バンディ参謀長・・・。」
「貴方はテルサ陥落の報告を受けた席で、私の忠告を机上論とおっしゃいましたが・・・。貴方が指揮する兵力は未だ貧民の町を鎮圧できないばかりか、
たった3人の侵攻もむざむざと許してしまっている・・・。『赤い狼』の壊滅、ドルフィン一味の阻止を言う貴方の方が、机上論を展開しているのではない
ですかな?」
「・・・くっ・・・。」
「一体どのように責任を取るおつもりか、是非とも聞きたいものですな。」
「バンディ参謀長。貴殿担当分の進捗状況は?」
「帝都改造計画はほぼ完成しました。後は適切な兵力を配置して頂ければ良いのですが・・・果たして机上論を並べる最高責任者に、適切に配置して
頂けるのかどうか・・・。」
「うむ。ではバンディ参謀長。貴殿に帝都防衛特別部隊の任命権を与える。これはランブシャー長官の指揮権より優先させると同時に、帝都防衛特別部隊の
指揮全権を貴殿に与えるものとする。」
「有り難き幸せに存じます。」
「では続いて、エルスとバード攻略作戦について討議する。」
暫くはランブシャーの生身を啄ばまれるような時間は続きそうである。「失礼します。」
「入れ。」
「状況は?」
「はい。長官他遺跡調査の兵力はほぼ全滅。都市駐留の兵力は全員降伏若しくは反政府勢力や住民に拘束されました。」
「そうか。…で、調査結果は?」
「こちらをご覧ください。」
「書物の記述内容は正確で、開門の為の暗号解読も成功しました。また、遺跡は書物の記述どおり、古代文明における強力な破壊兵器の発射施設で
あることが確認されました。」
「・・・成る程・・・。我々の目的は達成されたわけだな。」
「はい。残念ながらドルフィンが滞在している民家へのスパイ派遣など、ドルフィン監視に関する情報は奴等の手に渡りました。」
「それは構わん。知られたところでどうになるものでもない。・・・で、その小娘は?」
「・・・N計画の対象者です。」
「この小娘は遺跡調査の兵力と交戦状態になった例の対象者とその仲間の案内役をしていましたが、交戦においてその能力を発揮したことを偶然発見し、
スパイに単独かつドルフィンとの距離が十分確保できた状態になった時を報告させ、今回拉致したものです。」
「良くやった。フフフ。思わぬ収穫だな。・・・猿轡を解いてやれ。」
「ははっ。」
「何よこの扱いは!いきなり人の部屋に押し入ってこんな変な所に連れて来るなんて!レディに対して失礼だって思わないわけ?デリカシーの欠片も
ないわね、あんた達は!」
「形(なり)は小さいが随分元気が良いな。結構結構。」
「五月蝿い!大きなお世話よ!どうでも良いけど、とっとと離しなさいよね!」
「生憎だがそれは出来ない相談だ。お前は何と言っても、N計画の貴重な対象者なのだからな。」
「わけの分からないことを!とっとと離せって言ってるでしょ!」
「どうだ?我々と手を組まんか?」
「はぁ?」
「お前の持つその力を生かす方法を我々は知っている。その力で・・・」
「ふざけるんじゃないわよ。それが人にものを頼む時の態度?『お願いします。その力を愚かで無粋な私達の為に是非お貸し下さい』とか言ってみたらどう?」
仮面の人物は呆然と立ち尽くしたままかと思いきや、いきなりリーナの頬を平手で殴打する。金属製の篭手で覆われたその一撃は、激しい音と共に「な、何する・・・っ!」
反抗しようとしたリーナの頬を左右に何度も、何度も仮面の人物が平手を叩き付ける。「図に乗るな、小娘。貴様は今の自分が置かれている立場を理解していないようだな。」
「う、うう・・・。」
「自分から我々と手を組みたいと思うまで、少々痛い目に遭ってもらうぞ。・・・連れて行け。」
「ははっ。」
「・・・少々手荒だったか。まあ、身の程を知らん小娘には多少のお仕置きは必要だろう。」
仮面の人物は再び窓の外に視線をやる。