「…一体何なんだ。これほどまで戦闘能力がなかったのか?」
ミルマ支部代表は何度も首を傾げる。「だとしたら、我々はこんな無力な兵士達に手を出しあぐね続けていたと言うことか?何とも情けない…。」
「代表。囚人誘導担当の班から、無事敵の勢力圏内から脱出したという連絡が入りました。」
「あ、ああ。分かった。敵に見付からないように注意しながら、増援部隊の到着を待ってバードへ向かうように折り返し連絡してくれ。」
「分かりました。」
「ミルマ占領時の手際の良さや装備の充実度から、相当訓練を積んだ戦闘集団とばかり思っていたが…。」
「所詮、即席の権力の置物だったと言うことですかね。」
「どうやら彼らは、町の周辺、特に我々が関心を持っていた鉱山の警備に重点を置き過ぎたようです。そのため、市街地の兵力配分がおざなりになって
しまったのでしょう。」
「確かに、占領時には明らかに熟練者と分かる兵士が居た。航空部隊まで動員して来るほどだったからな。」
「彼らはこう考えたのでしょう。『これだけ周辺警備を充実させれば町に侵入者が入られることもなかろう。』と。しかしその結果、周辺警備が壊滅的打撃を
被った時にそれを補填・援助することが出来なかった。」
「私達を摘発できないまま、放置しておいた事も失態よね。」
「いえ、彼らにとって我々は目障りな存在ではありますが、鉱山の調査にさえちょっかいを出さなければ放っておかれたでしょう。本来の兵力や機動力は
圧倒的ですし、航空部隊が上空から目を光らせていることで我々はゲリラ戦を展開することすらままならなかったのですから。」
「しかし…一昨日の昼間でしたか、航空部隊が大爆発を起こして全滅しましたが、あれは大きかったですよね。」
「全くよ。あれのお陰でファオマすらまともに飛ばせられなかったんだから。」
「あれはやはり、ドルフィン殿の力だろうな。」
「ええ。我々より先に鉱山内部に突入した少女3人も、ドルフィン殿の代りに来たと言っていましたし。」
「しかし、ドルフィン殿は何故動かんのだ?テルサ支部からの報告からするに、ミルマ駐留の兵士を一蹴することなど造作もない筈。」
「彼は動けない何らかの事情があるのだと思います。それ以上は私では…。彼の所在も掴めませんし。」
「しかし代表。如何にしても兵士が多すぎやしませんか?」
別の若い女性が疑問を口にする。「レクス王国の軍隊は元々少数。それが一月も経たないうちに総勢数万の大軍になるとは考えられません。」
「先に占領したナルビア辺りから人民を徴兵したんじゃないか?」
「いえ、徴兵するのであればナルビアやその周辺の町の総人口よりも多いミルマで徴兵を行ってもおかしくありません。しかし、それはありませんでした。
彼らは外部から、それも抑圧などで蓄積した不満が何時爆発するかもしれない人民を徴兵して、兵力を増強しようという考えはないと考えるのが自然だと
思います。」
「内部に火種を抱え込みたくはないと言うことか。しかし、元々の軍隊の兵力を考えれば多すぎるのは間違いない。」
「…傭兵を多数投入している可能性があります。それも国王が信頼を置く存在を頼って。」
「国家の指導者が国民へ忠誠心や愛国心、もっともそれは自分を国家と同一視しているからですが、それらを植え付ける常套手段である徴兵を
行わなかったのは、捻って考えると、人民は邪魔だてしないように抑えていれば問題無いと考えていることの表れではないでしょうか。ですから、抑圧の
手段である軍隊は徴兵ではなく、信頼の置ける人物なり組織から援軍を派遣してもらったと考えると筋が通ります。」
「成る程。しかし、今回の戦い方を見ている限りでは、あまり腕の良い戦闘集団ではないようだな。」
「ええ。我々もそうですが、数が多く、装備が整っている兵士の集団を見れば、大抵威圧感を感じるものです。もっとも彼らの場合、数で押さえつけたと
いう極度の安心感で、非常時の対応がままならなかったということもあるでしょうが。」
「じゃあ、殆どの兵士達はダミーみたいなものってこと?」
「恐らく。しかし、逆に精鋭部隊が控えている可能性も考えておかなければなりません。お飾り程度の軍が潰された場合、国王の強大な権力を誇示する
ために精鋭部隊を送り込んで来るという筋書きも考えられます。」
「そんな二度手間を踏む必要なんてあるのかしら?」
「恐怖を植え付けるためでしょう。俺達を本気にさせたらこうなる、と。その時は無差別の大量虐殺も厭わないでしょう。」
『赤い狼』の一同は息を呑む。「…ひとまず退却だ。囚人誘導担当の班と連絡を取りつつ、敵の出方を待とう。」
ミルマ支部代表が当面の決断を下す。一同は頷いて深い闇を湛える森の中へ消えて行った。「やったぁー!」
フィリアはガッツポーズを取る。第2のゲート・キーパーである金属の巨大な鰐に炸裂させたイクスプロージョンに、十分な手応えを感じたからである。「光子砲発射装置の破壊を確認。攻撃は成功です。」
一行の頭上に浮かぶ球体が、勝利の確信を事実に変える。それに続いてけたたましい警告音が鳴り響き、あの無機質な声が響き渡る。「非常事態!非常事態!MGK-880AGが侵入者の攻撃により大破!誘爆により全機能の97%が使用不能!直ちにMGK-880AGを収納し、非常シャッターを
全て閉鎖!警備プログラムの対象を中央制御室へ移動!全イントルーダ・ガーディアンは直ちに管理棟地下2階へ急行せよ!繰り返す!非常事態!
非常事態!非常シャッターを全て閉鎖!警備プログラムの対象を中央制御室へ移動!全イントルーダ・ガーディアンは直ちに管理棟地下2階へ急行せよ!」
「ここから中央制御室までは直線です!ここの非常シャッターは非常に強靭です。何としても走り抜けて下さい!」
球体が言う。アレンはこれでもかと言うほど手綱を叩く。一行を乗せたドルゴは、床との距離がどんどん狭まるシャッターを潜り抜けて行く。「小型ミサイルのロックオン反応を確認!注意して下さい!」
球体が言うのとほぼ同じに、幾つもの小型ミサイルが一行に目掛けて突っ込んで来る。半透明の結界に衝突して爆発すると、ゲート・キーパーの時ほどでは「くそぉ!これじゃ間に合わない!」
アレンが歯噛みする。リーナはおもむろに左手を後ろへ向け、精神を急速に集中させて叫ぶ。「レイシャー・フルパワー!」
リーナの左手から幅広の光線が飛び出し、その反動でドルゴが一気に加速する。アレンはドルゴを床いっぱいに低空飛行させて、ぎりぎり突破できる「…痛たた…。」
「うーん…。」
「何やってんのよぉ…。」
「な、何とか間に合ったか…。」
「上手くいくとは思ったけど…、ちょっとの間は召喚魔術は殆ど使えないわよ。」
「…暫く休もう。フィリアも魔法を連発して精神力が少ないだろ?」
魔法を使っていない−ドルゴ召喚以外使えないのであるが−アレンは、比較的体力には余裕がある。しかし、アレン一人では攻撃はおろか、結界を張る「ま、汗がこれだけ流せれば…、ダイエットには丁度良いわね…。」
リーナは笑みを浮かべながら、突然妙なことを口走る。「な、なに馬鹿な事言ってんの?!」
「後で…体重計見るのが…楽しみね。」
「精神力を回復させるのに、どれくらいかかる?」
「…フルパワーのレイシャーが一発撃てるようになるまで、あと1ジム。ここに突入した時のレベルまで回復しようとするなら7ジムはじっとしてないと駄目ね。」
「貴方達が使う魔法というものは、魔力というものがないと使えないのですね?」
「そういうこと。古代文明にはなかったでしょうけどね。」
「ええ。しかし、そのような概念はありました。貴方達が上の階で見た魔法の箱と絵を使って創り出した仮想空間を旅するという遊戯では、遊戯の進行に
おいて大きな役割を果たしていました。」
「…古代文明ってのは、妙な遊びが流行ってたのね。」
「その遊戯において魔法を使用するには、大抵マジック・パワーという項目があって、それが0になったり必要な分だけないと魔法が使えなくなるのです。
貴方達が言う精神力も同じ様なものだと思います。」
「その遊びで…マジック・パワーとやらを回復させる手段はなかったの?」
「最も手っ取り早いのは宿泊施設で休息するというものです。しかし、町の外へ出ている場合などはそうもいかないので、何らかのアイテムを使うというのが
一般的でした。」
「あんた達の文明で、魔力を回復させるようなアイテムなり手段なりはなかったの?」
「貴方達の言う魔力の概念を解析しました。その結果、魔力が十分にあるという状態は精神集中が容易に行える、非常に安定した状態を指すということ
ですが、それで相違ないですか?」
「そのとおり…。」
「私達の時代には、精神が様々な要因に晒されて心身が非常に危険な状態に陥る人間が続出しました。そこで、精神の安定した状態を得るための手段が
色々編み出されました。その中で最も効果があるとされる手段を試みます。」
「慌てないで下さい。これから音楽を流しますから身体の力を抜いて下さい。」
二人は取り敢えず球体の言う通りに身体の力を抜く。「どうですか?これで相当回復したと思いますが…。」
球体が尋ねると、フィリアとリーナはゆっくりと目を開けて数回深呼吸する。「…すっかり回復したわ。これなら十分魔法が使える。」
「結構役に立つものもあるのね、古代文明って。」
「なあ、何があったの?俺には何がなんだか…。」
「二人には私達の時代で精神を安定させるために作られた音楽を聴いてもらいました。これ以外にも方法はあるのですが、球体が備える機能で行えるものの
中で、最も効果があると判断したものです。」
「そんな音楽があったのか…。」
「音楽は元々精神と密接な関係があります。抑揚や旋律、リズム次第で精神を高揚させたり、逆に沈静化させることも比較的容易に行えます。しかし、
私達の時代なら幾つもの方法を同時に行わなければ効果がない人間も大勢居たのに、貴方達は短い時間で飛躍的な回復を見せました。これは私が生きていた
時代には見られなかった、素晴らしい成果です。」
「言ったでしょ?あんた達とは違うのよ。」
「そのとおりですね。」
「二人とも…、いいかい?ドアを開けるよ?」
「あたしは準備OKよ。」
「右脇にカードを入れる溝があります。そこにカードを入れてからドアが開くまで少し時間がかかります。その間に準備を整えておいて下さい。」
アレンは箱を見渡して、右の側面に縦一文字に刻まれた溝を見つける。アレンは矢印の向きを確認してからカードを溝に差し入れる。「非常事態!非常事態!中央制御室電子ロックより従業員識別用セキュリティ・カードに潜在したウィルスが警備プログラムに侵入!ワクチン投与
フォールト!ウィルスは未知のものの可能性大!」
「アレン!結界を張るわよ!」
「アンチクラッキングシステムが、ウィルスの解析とワクチン生成開始!」
「非常事態!警備プログラムのサブルーチンに重大な損傷発生!エマージェンシー・ドア・クローズ無効!」
「な、何、あれ?!」
フィリアが前方を指差す。「侵入者3名を解析中…。」
これまでの無機質な声とは別の、空気を揺るがすような低い声が響く。数十メールはあろう高い天井と硬質の壁による残響で、その声は一行を体の芯から「周囲のエネルギー勾配による防禦壁の解析完了。」
「これまでの行動の解析完了。」
「BAGUS27)起動!」
「ローウォー!」
一行の周囲に5匹の円盤状の魔物が現れ、4角錐の薄い赤色の結界を瞬時に形成する。「今度はこっちの番よ!」
フィリアとリーナが攻撃態勢に入る。ゲート・キーパーを粉砕した要領で一気に片を付けるべく、照準を半球状のドームに合わせる。「…こっちの考えてることなんて、お見通しってわけね…。」
フィリアは呪文を詠唱し、リーナは前方に向けた両手に精神を集中させる。「イクスロージョン!」
「レイシャー・フルパワー!」
「鬱陶しい!」
リーナが再び両手を前方に翳した時、触手はすぐさま胴体の頂点のドームを覆い隠す。「読まれてる…。」
「生意気なぁ…。」