「次の角を曲がって下さい。」
一行の上に浮かぶ球体が指示を出す。アレンは指示通りにドルゴを動かして角を曲がり、階段を滑り降りる。「侵入者は管制を離脱したピーキング・アイの先導を受けて、1階を進行中!直ちに追撃、これを阻止せよ!」
無機質な声は表面上は冷静に聞こえるが、内容からは『主』にとっての事態の深刻さを窺い知れる。「警告!侵入者は地下への階段へ急速接近中!非常シャッター閉鎖!」
無機質な声の指示で、地下へ通じる階段が分厚い白銀色のシャッターで閉じられようとしている。「どうあっても行かせないつもりね。」
「問答無用!ふっ飛ばす!」
「その階段を降りて、次の角を左に曲がって下さい。」
球体が新たな指示を出す。アレンは後ろから足音を響かせて追って来る金属の骸骨を振り切るように、全速力でドルゴを走らせ、大穴の開いたシャッターを「警告!侵入者は非常シャッターを破壊!MGK-505TL並びにMGK-880AG起動準備!」
アレン達を乗せたドルゴが地下に降りると同時に、待ち構えていた金属の骸骨が一斉に襲い掛かって来た。しかし、やはりその一部が近くの金属の骸骨に「警告!A級警戒態勢プログラムに対する重大なシステム・インタラプトにより、一部IG-200HMの管制離脱が継続中!管制下にあるIG-200HMは管制を
離脱したIG-200HMを攻撃目標から除外し、侵入者の迎撃に専念せよ!侵入者のエネルギー勾配による防禦壁はマシンガンの掃射を無効化することが
立証されたため、最も有効な直接攻撃に切替え、防禦壁内部に突入せよ!」
「来るな、化け物!」
リーナは不気味に迫って来る金属の骸骨に向けて、レイシャーを召喚する。至近距離からの攻撃を避ける間もなく、光線の直撃をまともに受けた金属の「来るなっ、来るなあっ!」
リーナはどんどん迫って来る金属の骸骨に恐怖を覚えたのか、がむしゃらにレイシャーを召喚する。確かに数こそ徐々に減ってはいるが、残ったものは「こらぁ!何してるのよ!しっかり飛ばしなさいよ!」
リーナは操縦するアレンに怒鳴る。「これ以上無理だよ!」
アレンは全速でドルゴを疾走させながら、嫌がらせのように曲がりくねる廊下−周囲にドアがなく、ただ壁だけが続く連絡通路−を壁にぶつからずに「『主』はまだなのか?!」
「地下2階への階段へはもう少しです。」
「何とかしてよ!この金属の骸骨!」
リーナと共に金属の骸骨を必死で破壊するフィリアが悲痛な叫びを上げる。この期に及んでリーナといがみ合うほど、フィリアの思考は短絡的ではない。「これ以上の『主』への妨害は不可能なんです。これが限界です。」
皮肉にも人間が作り上げたものが人間を超え、人間を必要としなくなったというマークスの言葉が証明された格好だ。「そうだ、あと2つあった筈…!」
アレンは左手一本で手探りで革袋の中を探る。金属の骸骨は、飛び散る火花をものともせず、徐々に結界内部に侵入して来る。「この、このぉ!」
リーナは怒りと恐怖で喚きながらレイシャーを召喚し続ける。フィリアも危機感を露にしながらエルシーアを連射する。「頼むよ、ドルフィン!」
アレンは祈りを込めて魔水晶を床に叩き付ける。ガシャンという冷たい音がすると、黒い鎧に身を包み、4本の腕にそれぞれ剣と槍と斧と槌を持ち、「な、何だったんだ?あれ…。」
「あれはデーモン・ナイト24)よ。それもドルフィンから貰った奴ね。」
「あんな物騒なものまで召喚できるドルフィンって…。」
「ドルフィンはあんたとは全然違うのよ。」
「警告!侵入者に援護者出現!地下1階警備担当IG-200HMの90%が壊滅!」
「警告!侵入者が地下2階への階段に急速接近中!非常シャッター閉鎖!」
「性懲りもなく!」
「よーし!このまま突撃だ!」
「注意して下さい。階段を降りて間もなく、最初のゲート・キーパーが待ち構えています。」
「『主』は外部からの攻撃で破壊されたりすることがないように、地下深くに置かれています。」
球体が説明する。「さらに『主』のいる部屋に出入りするにはこの階段から連絡通路を通っていくしかありません。その唯一の通路にゲート・キーパーが配置されているのです。」
「随分周到な準備だな。」
「十分注意して下さい。幸い、金属の骸骨は出てきませんが、それはゲート・キーパーだけで事足りるという自信の現れなのです。」
ここまで厭というほど一行を苦しめてきた金属の犬や骸骨を遥かに凌駕するという巨大な金属の亀と鰐、そしてそれら全てを管理する『主』と呼ばれる「警告!侵入者が中央制御室へ接近中!MGK-505TL並びにMGK-880AG起動!」
「いよいよです。絶対に防禦壁を緩めないようにして下さい。」
「ミサイル?!」
フィリアが叫ぶ。「きゃっ!」
「うわっ!」
「あれが…ゲート・キーパー…。」
アレンは通路の幅と天井の高さ、そして金属の亀までの奥行きから、その巨大さを実感する。動く気配こそないものの、一片の感情も感じられない「今度はこっちの番よ。」
リーナは床に伏せたままで、人差し指を金属の亀に向ける。「レイシャー!」
リーナの人差し指の先から光線が迸り、ようやく収まりかけた白煙の中を疾走して金属の亀に命中する。爆発音が聞こえて来る。「やった!」
効果を確信したリーナの表情は、金属の亀を見て喜びから驚きへと一瞬で変化する。爆発音こそしたものの、金属の亀に破損の様子は全く見当たらない。「な、何て奴…。」
愕然とするリーナを嘲笑うように、金属の亀は口を開ける。そこから先程のものの優に2倍はあろう、巨大なミサイルが飛び出し、一行に向けて突進して来る。「く、くそぉ…。強すぎる…。」
全身をしこたま打ったアレンは、苦痛にうめきながら呟く。「こんなの、これ以上耐えられないわよ…。結界が先に吹き飛ばされちゃう…。」
フィリアは額から一筋の赤い筋を滴らせている。「やっぱり…来るんじゃなかった、こんなとこ。」
リーナが頭を抑えながら顔を上げる。「せ、せめて衝撃だけでも緩められたら…。」
アレンが呟く。「ローウォー25)!」
一行の結界の周囲に5匹の掌に乗るほどの大きさの、円盤に尻尾をつけたような生物が現れ、一瞬で薄い赤色の四角錐を形成する。「あんた…。」
「ローウォーよ。5匹単位で行動して四角錐の強力な結界を形成する魔物。」
「魔物の蘊蓄(うんちく)聞きたいんじゃないの!こんな強力な防禦が使えるんなら、何でもっと早く使わなかったの!」
「あんた、下手すりゃあたしやアレンは勿論のこと、あんたも死ぬとこだったのよ!分かってんの?!」
フィリアが語気を荒らげて激しく詰め寄っても、リーナは顔色一つ変えずに平然と答える。「そうなる前にちゃんと使ったでしょ。」
フィリアは怒りを通り越して激しい脱力感に包まれる。「一体何なのよ、あんたって奴は…。自分が死ぬかもしれないって時に、よくそんなに冷静でいられるわね…。」
「人間誰でも何時かは死ぬ。私はそれを現実として受け入れているだけ。」
「あんたは知らないだろうけど、ローウォーの結界は強力だけど使用者の移動に追従しないから身動きが取れなくなる。ドルゴで移動しているのに
ローウォーは使えないでしょ?だから使わなかった。今は敵も動かないし、あたし達も動く必要はない。衝撃波が強すぎて危ない。だから使った。
それだけよ。」
「リーナ。一つ聞きたいんだけど…。召喚魔法で召喚できる魔物って、どのくらいある?」
「大体300。攻撃が6割で防禦や治癒が3割。あとの1割は現状では使い道がないやつ。」
「その中にあいつの必殺技を待たずに攻撃できて、手痛いダメージを与えられるやつってある?」
「…なくもない。ただ、疲れるからやりたくない。」
「あのねえ!今、あたし達がどんな状況に居るか、分かってもの言ってるの?!クールぶってるんじゃないわよ!!」
「十分分かってるわよ。あたしだってあんた達と心中なんてまっぴら御免だし。」
「分かってるなら…!」
「自分の精神力と強力な魔物を召喚するのに必要な魔力を差引すると、『主』と戦うだけの余裕がなくなるから言ってるのよ。」
「あんたも魔術師の端くれなら、自分の精神力の容量くらいしっかり把握して置くことね。」
フィリアは負けじと言い返そうとしたが、的を得たリーナの指摘には反論できない。「じゃあ、『主』との戦いのために、精神力をできるだけ温存しておきたいってこと?」
「そういう事。」
「でも、本当は道案内だけのつもりだったんだろ?最終場面まで俺達に付き合ってくれるの?」
「…別にあんた達をほったらかして帰ってもいいのよ。でも…、ここまで散々やりたい放題やってくれた『主』とかいう奴をこの手で倒さなきゃ、目覚めが
悪いからね・・・。良い?念を押しておくけど、あんた達の為じゃないからね。」
「事情はどうであれ、君の召喚魔術が奴等に有効なのは間違いない。助かるよ。」
「どうやら必殺技の準備に入ったみたいだぞ。」
廊下いっぱいに立ち込める煙と爆炎の向こうから、金属の亀の甲羅がゆっくりと縦に割れて左右に開いていくのが透けて見える。魔力を回復していた「光子砲発射装置の起動を確認。一撃必殺の強力な兵器です。」
暫く黙っていた球体が説明する。「リーナ。一時休戦よ。あの亀に一気に強力なやつをぶち込む。良いわね?」
「あたしは良いわよ。」
「光子流の増幅が開始されました。」
球体が説明する間でもなく、魔術を扱う二人には前方で大量のエネルギーが収束していくのが分かる。煙や炎は完全に消えてはおらず、視覚で完全に「バーン・オビジェル・ニール・カーム!炎の精霊よ、その力を凝縮し、我が敵の内側より炸裂させよ!」
リーナは前方に両手を翳し、精神力を集中させる。「光子流増幅率80%突破。ロックオンされました!」
球体が言うのと同時に、フィリアとリーナはそれぞれ叫ぶ。「エクスプロージョン26)!」
「レイシャー!」
「やったか…?」
身を低くしていたアレンは、一行を包む半透明の結界に絶え間なく押し寄せる炎と煙の隙間から様子を伺う。「光子砲発射装置の破壊を確認。攻撃は成功です。」
球体は視界が晴れるよりも前に状況を把握して−赤外線カメラとレーダーの力であるが、一向に走る由もない−成功を伝える。「警告!MGK-505TLが侵入者の攻撃により大破!誘爆により全機能の98%が使用不能!よってMGK-505TLを収納し、MGK-880AGによる遠隔攻撃を
開始!」
「やった!」
アレンは思わずガッツポーズを取る。「これで『主』に一歩近付いたわね。」
「あれで吹っ飛ばなかったら、次はもっと強烈なやつをお見舞いしてやろうかと思ったけど。」
「前方からミサイルが急速接近中です!」
「古代人ってのは、何処か人間を舐めてたようね。攻撃は防がれたらさらに強力な攻撃を仕掛けるか、退却するかって選択をしない。」
リーナが嘲るように言うと、球体がそれに答える。「鋭い指摘ですね。しかし、ゲート・キーパーにしろ、貴方達を散々苦しめた金属の骸骨にしろ、『主』の意志通りに行動するだけです。『主』の意志は
この建物の管理と自分の存在を脅かす侵入者の抹殺。それだけのために彼らは作られ、動くのです。」
「…まるで国家特別警察の下っ端の兵士達みたいだな。あいつらもただ、上官の命令、国家の命令に従って動くだけだった。命令なら死ぬことも当然
だった…。」
「古代人が生きていた時代、ある命題に対しての行動が事細かに記されている本の通りにしか行動しない、或いはできない人間のことを『マニュアル人間』と
称していました。しかし、『マニュアル人間』はそうなるかならないかを選択することもできましたが、貴方達が言う国家特別警察と言う組織やこの遺跡を
俳諧する機械には、選択することすら出来ないのです。その部分が決定的に違います。さらに、機械は目的のためだけに動くように作られた時から設計
されていますが、国家特別警察と言う組織の場合は命令に背けば厳罰、最悪の場合は死が待っています。機械達には『主』のように、ごく一部のものを
除いて死と言う概念すらありません。しかし、人間には死と言う概念があります。それ故に死を含む選択肢がある場合、人間はそれを避けようとします。
当然でしょう。それを避けさせないために死を含む罰を用意したり、死を恐れないように精神構造そのものを変えてしまうと言う手法が、古代人の時代には
行われました。それを行ったのは主に権力者でした。」
「強い権力を持ち、さらに強い権力を求める者ほど自分の命令を絶対のものとして、尚且つその命令を実行するには死を恐れない人間を必要とします。
それにより自分の権力の強大さを内外に示すことができますし、それで自分の権力欲が満足されるからです。もっとも権力欲は一時満たされてもすぐに
次の権力の料理を欲しがりますし、さらに刺激の強いものを求めます。ですから権力は麻薬とよく比喩されました。」
「強い立場の人間なんて、大抵そんなもんよ。何千年も前から同じようなことを繰り返してるんだから、『知恵ある生き物』が聞いて呆れる学習能力の無さよね。」
「何千年も前の穀潰しの後始末をしなきゃならないなんて、人間の罪に家系や民族や子孫の都合なんてありゃしないってことよね。」
「私達の時代の人間も、そのことにもっと早く気付くべきでした。しかし、民族の誇りや国家の威信という自分が属する集団にとって耳障りの良い言葉に
幾度となくあっさりと躍らされ、結局同じ轍を踏んでしまったのです。私が気付いた時はもう遅すぎました。ですから貴方達には決して私達古代人の
二の舞になって欲しくないのです。一部の人間の暴走で最大の被害を被るのは、必ず一般人、特に弱い立場の人間なのです。このことをよく覚えておいて
下さい。」
「…あんたは気付いただけましよ。気付かずに後を突っ走る奴は先頭を旗担いで走る奴よりたちが悪い。」
「あたしは違う。あんた達とは違う!」
リーナは自分の感情を一気に吐き出すように言う。