その頃、一行より先に遺跡に潜入した調査団は、激しい攻撃を掻い潜りながら敷地の最深部を目指していた。
フィリアとリーナよりも称号の高い魔術師が数名いるため、重ねて張り巡らせた結界も強力なもので、アレン達が苦労した金属の犬の攻撃も全く意に介する
ことなく、結界が激しい火花と共にそれらを弾き飛ばす。
「何処だ、目的の施設は何処だ!」
「あと少しです!魔法探査の反応が強まっています!」
ライト・ボール20)に照らされて輝く鎧を着たジェルドが叫ぶと、先頭を行く魔術師が答える。
「もうすぐだ。もうすぐ古代の叡智が手に入る・・・この手に・・・フフフフフ・・・。」
ジェルドは込み上げて来る笑いを押さえ切れずに、にやにやと気味悪く笑う。
国王の勅命を無事達成すれば、国家特別警察の中央幹部への昇進は間違いない。最大の都市とは言え、一都市に駐留する部隊の長官という役職では
物足りないらしい。
調査団は怯まずに襲い掛かって来る金属の犬や、闇の中から次々と突っ込んで来る弓矢の爆発を払いのけながら闇の中を走り続ける。
調査団は、アレン達が向った管理棟とは別の、奥まった所にある別の建物へ向かっている。
突如、けたたましい警報と共に、あの無機質な声が響き渡る。
「緊急事態!侵入者の集団が格納庫に急速接近中!MGK-1100DRG始動!付近のイントルーダ・ガーディングは至急援護に回れ!」
調査団の間に緊張が走る。いよいよ彼らの目的である、古代文明の遺産との対面の時が迫っているのである。これを達成すれば、ジェルドの中央幹部
昇進は勿論、関係者には国王から多大なる報奨が約束されている。迎撃が一層激しさを増す中、調査団はドルゴを疾走させる。
「もう間もなく到着します!」
先頭の魔術師が声を弾ませる。調査団が一様に色めきたつ。
その時、ズシンという音と共に地面が大きく脈動した。地面の脈動は一定の間隔で徐々に調査団に近付いて来る。
「全体、止まれ!!」
ジェルドが剣を掲げて調査団を停止させる。
「総員、戦闘態勢につけ!!」
ジェルドの命令で兵士は剣や槍を構え、魔術師が周囲に神経を張り巡らせる。極度に張り詰めた空気が、重い時間を押し流していく。
巨大な振動が止まって間もなく、前方からバシュッ、バシュッという音が幾つか聞こえて来た。
一団が音の方を向くと、闇の中から人間の身長ほどはある白銀の筒が、炎と煙を吐き出しながら調査団に向けて突っ込んで来た。
筒は結界に衝突すると同時に大爆発を起こし、これまでの攻撃ではびくともしなかった結界が大きく波打つ。
衝撃波が調査団にも伝わって来る。
再び地面が大きく波打つような振動が始まる。暗闇に赤や緑の明かりが幾つも浮かび上がり、その中でも際立つ2つの巨大な赤い光が調査団を睨み付けて
いるかのように現れる。否、実際に睨み付けていることがすぐに分かる。
ライト・ボールに照らされて足音の主が暗闇に浮かび上がって来る。目前に聳え立つ山のように巨大な、美しくも冷たく輝く白銀の体。そこだけが生命を
持っているかのようにくねくねと動く長い首。その先にあるらんらんと輝く赤い瞳を持つ頭部。いかにも重そうな巨体を支える大木の幹のような4本の足。
周期的に羽ばたく巨大な翼。地面に横たえられた大蛇のような長い尾をもつそれは、まさしくドラゴンそのものだった。
金属で出来た巨大なドラゴンが、古代文明の遺産を狙う一団の前に立ち塞がった。どう考えても、このドラゴンを倒さないことには古代文明の遺産には
手が届かないことは明らかである。
「で、出たぞ!!」
「怯むな!やれ!!」
初めて目にする巨体に怯んだ兵士と魔術師は、ジェルドの叫び声で一斉に攻撃に出る。兵士達は子どもの胴回りほどはある槍を投げつけ、魔術師は
非詠唱で使える最高の魔法を次々に金属のドラゴンに向けて放つ。
甲高い音と爆発音が何度も炸裂する。これで金属の犬や闇の中から弓矢を投げつけてきた物体を悉く粉砕してきたのである。
しかし、爆発が収まった金属のドラゴンの体には、傷一つついてはいなかった。兵士達が投げつけた槍は先が飴のように捻じ曲がり、マッチ棒のように
真っ二つに折れて地面に散らばっていた。
金属のドラゴンは、その不気味に光る赤い瞳で調査団を睨み付ける。調査団は思わずたじろく。
金属のドラゴンの横腹が幾つか立て続けに開き、そこから白煙を立てて巨大な筒が飛び出す。操られるかのように調査団に突っ込んだ巨大な筒は、
大爆発を起こして結界を大きく揺さ振る。間髪を入れずに炸裂する爆発は、今にも結界を引き裂きそうな勢いだ。
金属のドラゴンの口が大きく開く。刃物を並べたかのような口から紅蓮の炎が吹き出す。灼熱の炎が調査団を護る結界をあっさりと飲み込む。激しい熱が
結界を通して調査団に伝わって来る。
「な、何と言う熱量だ!」
「この何重にも張り巡らせた結界を、ものともしないというのか?!」
結界に絶対の自信を持っていた魔術師達は、その地震を覆す金属のドラゴンの吐く炎の熱に底知れぬ恐怖感を抱かずにはいられない。
質感や攻撃は違えど、目の前にいるのは人間の能力を遥かに凌駕するドラゴンそのものである。
「何をしておる!強力な魔術で対抗しろ!」
ジェルドの叫び声で、魔術師達は気を取り直して一斉に呪文を唱え始める。
「ハージャン・マクネウス・オーン・ジェバルド。万物を司る精霊達よ、その力を我が手に集めよ。光の刃よ、その大いなる力をここに示せ!
ビーム・キャノン21)!」
魔術師は同時に金属のドラゴンに向けて幅広の光線を放射する。何本もの光線が激しく金属のドラゴンにぶつかり、辺りが眩く照らし出される。
光線が消えると、金属のドラゴンの白銀に輝く表皮が一部剥げ落ち、その隙間から金属のプレートが覗いている。金属のドラゴンは、しかし苦痛にうめく
こともなく、調査団を睨み付けながら、火炎を吐いていた口を閉じる。
次の瞬間、首が蛇腹のように伸びて結界に突っ込んで来た。首は結界を泡を破るように軽々と突き破り、近くにいた数人の兵士と魔術師をその口で
捕らえた。鋭い牙に刺し貫かれた兵士と魔術師は絶叫を上げ、握り潰した果実のように鮮血を迸らせる。首は飛び散る火花をものともせずに、捕らえた
兵士と魔術師を結界の外に引きずり出して吐き捨てる。兵士と魔術師は地面に叩き付けられ、無残な死体となって横たわる。
調査団は恐怖に震える。強烈な攻撃から身を守る唯一の手段である結界をいとも簡単に破られてしまった。さらに結界を張っていた魔術師が一部やられた
ことで、結界の効力が弱まったことは間違いない。筒の爆発で大きく脈動していた結界が弱まった状態で同様の攻撃を受ければ、耐えられなくなる危険性が
高い。
ジェルドの脳裏に退却という言葉が浮かび上がる。しかし、国王の勅命を受けた彼らに退却は決して許されることではない。
退却すれば勅命に背いたことになり、それは国王の意に反したとして重罰は避けられないだろう。まして、王国最大の都市であるミルマ駐留の一軍を
統轄するという大役を任された身として、勅命に背くことは即座に死に繋がる行為に他ならない。
一団はまさに進むも死、逃げるも死という最悪の状況に投げ込まれたのである。
次の攻撃の機会を伺うかのように長い首をうねうねと動かしている金属のドラゴンを前に、調査団はじりじりと後ずさりする。金属のドラゴンの横腹が
開き、白煙と共にあの巨大な筒が飛び出す。
「ひ、引け、引けーっ!!」
ジェルドは思わず叫ぶ。調査団はドルゴの向きを変え、一目散に走り始める。しかし、筒は逃げようとする調査団を嘲笑うかのように正確に後を追い、
結界に衝突する。
大音響と共に爆炎が立ち上る。結界が大きく波打ち、身を焦がすかのような熱と壁に叩き付けられるかのような衝撃波が調査団を襲う。
調査団はドルゴもろともなぎ倒され、地面に激しく叩き付けられる。
金属のドラゴンがそれに追い討ちを掛けるかのように大きく口を開いて燃え盛る火炎を吐き出す。激しい熱が結界を包み込み、痛みにうめく調査団の
苦しみに拍車を掛ける。
「お、おのれ・・・。血も涙もないのか・・・。」
ジェルドは頭から血を滴らせながらうめくように愚痴る。
金属のドラゴンは再び横腹から巨大な筒を発射する。結界に衝突した筒は激しく炸裂し、結界を大きく揺さ振る。このままでは逃げ切る前に全滅するのは
目に見えている。
「金属で出来ているなら効果があるかもしれない・・・。」
魔術師がよろめきながら立ち上がる。顔を見合わせて頷き、一斉に呪文を唱え始めた。
「マーカス・デミーラ・ハンズ・リェジェラ。天よ怒れ。その青い鉄粋を彼の敵に叩き付けよ!ライトニング・ヴォルト22)!」
筒が炸裂する音の数倍はあろう大音響と共に金属のドラゴンの周囲が激しく輝き、青白い稲妻が襲いかかる。
金属のドラゴンの体のあちこちで大小の爆発が起こる。開いていた横腹で大爆発が起こる。爆炎がたちまちあちこちに波及し、金属のドラゴンの全身が
爆炎に包まれる。大小の金属の破片が辺りに飛散する。
「やったか?!」
調査団は魔法の効果のほどを息を呑んで見守った。
稲妻と爆炎が収まり、猛烈な煙の中から金属のドラゴンが姿を現す。体のあちこちから煙が立ち昇り、体を覆っていた表皮は勿論、その下の金属のプレートが
殆ど破損し、やはり金属で出来た骨格が剥き出しになっている。しかし、滑らかな首の動きは少しも衰えていないように見える。
「破損状況解析・・・解析終了。高電圧大電流の攻撃により追尾ミサイルが爆発。それにより格納庫が大破。追尾ミサイルは使用不能。保護プレートの
8割が爆発に伴い破損。制御機構は影響無し。移動機構は影響無し。火炎放射器は影響無し。光子砲は影響無し。内蔵消火システム起動。」
あの無機質な声が消えると、立ち昇る煙が金属のドラゴンの体から噴き出す空気に吹き飛ばされる。間もなく煙が殆ど消えて、骨格が剥き出しになった
ものの首や翼の滑らかな動きは健在なドラゴンが一団と向き合う。
調査団は顔面蒼白になった。人間なら即黒焦げになる強烈な電撃の一斉攻撃も、金属のドラゴンの防御力の前にはさしたる効果はなかったようだ。
このまま戦闘を続ければ待っているのは全滅の二文字である。
金属のドラゴンはじっと調査団を睨み付ける。調査団は蛇に睨まれた蛙のように縮み上がってしまう。
「開発棟付近の侵入者のエネルギー勾配による防禦壁は初期状態の70%に低下。侵入者掃蕩準備開始。」
「た、退却だ!一時退却だ!」
無機質な声が響いてすぐ、額から流れる血を押さえながらジェルドは命令する。
このままではどうあがいても勝ち目はない。一時退却して別ルートを検討する、一旦外へ出て援軍を要請するなど、何らかの打開策を練るのが先決である。
調査団が退却を始めようとした途端、闇の中から何かが激しい音と共に突進して来た。それは金属の犬の大群だった。
ここへ辿り着いたときより結界が弱まっているせいか、金属の犬は激しい火花を撒き散らしながらも結界にしがみ付く。火花に照らされて、周囲は鋭い牙を
剥き出しにした金属の犬の集団で包囲されているのが分かる。調査団は完全に囲まれてしまったようだ。
大軍を前にして躊躇していたところに、背後から激しい熱波が調査団を打ちのめす。金属のドラゴンが調査団を嘲笑うかのように灼熱の火炎を
吐き出したのだ。
「お、おのれ…!いたぶり殺す気か?」
ジェルドは歯噛みする。金属の犬は続々と結界に飛びつき、闇に鈍く光る牙や爪を結界に突き立てる。
「ええーい!この犬共を潰せ!潰すんだぁ!」
ジェルドは必死の形相で喚きたてる。とにかく金属のドラゴンの猛攻から離脱しないことには、退却すらおぼつかない。
少なくとも調査団の魔術師が迎撃した実績のある金属の犬の数を減らして、金属のドラゴンが放つ灼熱の炎と蛇腹のように伸縮する首の射程距離から一刻も
早く離れなければならない。
魔術師達は魔法をフル稼動させて、金属の犬を破壊する。しかし、破壊しても破壊しても金属の犬は一向にその数を減らさない。
結界は至る所で激しい火花を飛ばし、余りの重みにその形を歪め始める。剣士も加わって総力で金属の犬を払いのけるが、結界をびっしり埋め尽くした
金属の犬の壁に隙間が見える気配はない。
金属の犬の大群に翻弄される調査団の背後で、金属のドラゴンの胸の部分が口を開ける。
「光子砲発射機構確認・・・確認終了。光子流増幅開始。」
無機質な声が響く。擂り鉢状に開いた部分に青白い光が現れ、それが徐々に大きくなっていく。
「目標ロックオン完了。増幅度80%突破。一次セーフティ・ロック解除。」
また無機質な声が響く。背後の異変に魔術師の一人が気付いた。
「長官!背後に巨大なエネルギー反応があります!」
「ええい!今はそれどころではない!」
「増幅度100%。二次セーフティ・ロック解除。目標誤差修正・・・修正完了。」
ジェルドは剣を振りまわして金属の犬を斬り倒しながら怒鳴る。金属同士がぶつかり合う激しい音に、無機質な声が埋もれてしまう。
「発射!」
無機質な声を合図に、ドラゴンの胸から巨大彗星のような光の帯が飛び出し、調査団を直撃した。
「うわーっ!!」
調査団は結界と、それに纏わりつく金属の犬の大軍ごと大きく前に跳ね飛ばされる。光の帯は軽々と結界を突き破り、調査団の半分近くを飲み込み、
さらに金属の犬をも溶け込ませる。
激しい爆発が立て続けに起こり、辺り構わず白銀色の破片が飛び散り、闇の中に消える。光の帯の直撃を運良く免れた者も、勢い良く冷たい地面に
叩き付けられ、ゴム毬のように形を歪めて何度も弾む。金属の犬もその衝撃の大きさを物語るように、地面に叩き付けられる度に部品を辺りにばら蒔き、
その形を崩していく。それまでの閃光と爆発の饗宴から一転して、辺りを闇と沈黙が支配する。
「…中央制御機構より通達。中央制御機構より通達。」
沈黙を破って、あの無機質な声が朗々と響き渡る。
「MGK-1100DRGの光子砲により、格納庫へ向かって侵攻していた侵入者の80%の死亡を確認。残り20%も肉体損傷度50%を突破。よって、格納庫周辺に
限定してA級警戒態勢を解除しC級警戒態勢を敷く。MGK-1100DRGは活動停止。管理棟内部で重大なシステム・インタラプト発生につき、侵入者への内部
情報漏洩の危険性濃厚。侵入者は端末室内部に侵入。至急援護に回れ。繰り返す。格納庫周辺迎撃システムは至急管理棟迎撃システムの援護に回れ。」
辛うじて残った金属の犬は、地面に伏したままの調査団に全く関心を示さず、損傷したためかぎこちない動きで闇の中に消えていった。
あれだけの猛攻撃を繰り広げた金属のドラゴンの二つの赤い瞳の輝きが次第に弱まり、石像のように動かなくなった…。
用語解説 −Explanation of terms−
20)ライト・ボール:力魔術の一つで変換魔術系に属する。集中した魔力を光エネルギーに転換することでランプの代りをさせる。簡単なためNovice Wizard
から使用できる。太陽光に触れると効果がなくなる。
21)ビーム・キャノン:力魔術の一つで古代魔術系に属する。高密度のエネルギーを前方に向けて一気に放射する。レーザーよりも攻撃範囲が広く、強力だが
魔力消費は数倍のため乱用は禁物。エネルギー充填にやや多くの時間を要する。Enchanter(魔術師の11番目の称号)から使用可能。
22)ライトニング・ヴォルト:力魔術の一つで雷系魔術に属する。大気中の電磁場の勾配を急激に変化させ、数万Vの高電圧を発生させて強力な電撃を
生み出す。無防備なものは即刻黒焦げになり、粉砕される。Warlock以上で使用可能。