Saint Guardians

Scene 1 Act1-4 異変-Accident- そして不安は具現化する

written by Moonstone

 アレンは結局一睡もできないまま朝を迎えた。
小さな箪笥の上で目覚し時計が朝5ジムを指してリリリ・・・とけたたましい音を鳴らす。
アレンは上着を羽織ってベッドから出て、目覚し時計のスイッチを押して音を止める。
箪笥から服を選び出して着替え、脱いだ服を畳んでベッドに置き、いそいそと台所へ向かう。
家事のほぼ一切を切り盛りしている−ジルムは掃除と洗濯物の取り込みくらいしかできない−アレンは、朝から忙しい。
昨日もフィリアの薬草摘みの護衛に出かける前に、朝食の準備、洗濯を全て済ませたのである。
 季節は初夏とはいえど、山間に位置するだけに早朝や夜間はまだまだ空気がひんやりする。
廊下を小走りで通り、居間に通じるドアを開けるとアレンは驚いた。
何と、そのテーブルには既に朝食の準備がされていたのである。

「おお、起きたのか。」

 ジルムが相変わらず似合わないピンクのエプロンを着けて向かいのドアから入って来る。

「これ、父さんが・・・?」
「そうだぞ。さ、冷めないうちに食べよう。」

 ジルムはエプロンを外して椅子に掛け、先に腰掛ける。
アレンは驚きと疑問の入り交じった表情で椅子に腰掛ける。
朝食はいつもアレンが作るメニューの一つであったが、できはアレンが作ったものと遜色ない。
食べてみても味付けは無難にできていて、非の打ち所はない。

「今日、フィリアちゃんと教会へ行くんだろ?寄付金を忘れんようにな。」
「う、うん。分かってる。」

 ジルムが何の前触れもなく朝食を作った理由をあれこれ推測していたアレンは、慌てて返事をする。

「あ、それから・・・」
「何?」
「以前、お前にやった剣は、何があっても絶対に手離すなよ。」

 ジルムは妙なことを言う。
別段理由がなくても、アレンは外出する時にはジルムから貰った剣を常に携帯しており、それはジルムも承知のはずだ。
なのに、剣を手放すなと今更念を押すのはどうかしている。
 昨日から積もり積もっていたアレンの疑問は、容量の限界に達した。

「父さん。」

 アレンは食べるのを止め、身を乗り出した。

「ど、どうかしたのか?」

 ジルムは真剣な表情のアレンに驚いて聞き返す。

「どうかしたのは父さんの方だよ。昨日からどうも変だよ。あれほど避けてた食事作りはする、何の前触れもなく朝食は作る、おまけに剣を手放すなって
念は押す。いったいどういうことなんだよ?」

 アレンは溜りに溜まった疑問を一気に吐き出す。

「結婚のことだってそうだよ。今まで結婚のことなんて一言も言ったことないのに、突然未成年でもできるとか力説するなんておかしいよ。
何かあったの?言ってよ!」

 ジルムはフォークを置いて静かに言う。

「・・・そういう歳なんだよ。」
「そんなの理由になってない!」

 アレンがなおも詰め寄ると、ジルムはアレンを見詰めて言う。

「・・・いずれ、必ず分かる。今言えるのはそれだけだ。」
「父さん・・・。」
「早く食べないと、待ち合わせに遅れるぞ。剣は忘れずにな。」

 ジルムはそれだけ言って再び食べ始める。
アレンは重苦しい表情で椅子に座り直し、いそいそと食事を再開する。
食べ終わると何も言わずに部屋に剣と財布を取りに行き、そのままジルムの方を一度も見ることなく家を出て行く。
 何か思い詰めたような悲壮感が漂うジルムは箪笥に目を移す。
箪笥の上に飾られているドローチュアを見詰めるその表情は何時になく堅い。
 アレンは町の北西の外れに位置する町の共同墓地にやって来た。
その表情は葬式に参列しているかのように重く、険しい。
待ち合わせの時間である7ジムには十分すぎるほどの時間があったが、アレンは家にいたくなかった。
疑問だらけの父の行動、回答になっていない父の言葉。
アレンには何かの歯車が狂い始めたような気がしてならない。
 自然とアレンの足は母サリアの墓へと向かっていた。
普段は教会での礼拝が済んでから訪れるのだが、今日は勝手が違う。
古ぼけた墓碑の前に来ると、アレンはしゃがみ込んで呟く。

「母さん。何もかも変なんだよ。俺、どうしたらいいか、分かんないよ・・・。」

 溢れそうな涙を堪えるかのように唇を固く閉じ、その大きな瞳は微かに潤んでいた。

「このままじゃ、気が変になっちゃいそうで・・・。俺・・・。」

 それ以上は言葉にならなかった。
人気のない墓地を、一陣の風が吹き抜ける。
草や木々が微かに揺れ、それがアレンの孤独感を煽りたてる。

 遠くの方から複数の足音が聞こえて来た。
足音はアレンのいる墓地に近づいて来る。
足音が近づくにつれ、人々の鳴咽が混ざる。
アレンが音の方を向くと、それが何であるかが分かった。
棺を埋葬しにやって来た一行だった。
白い喪服に身を包んだ教会の聖職者27)を先頭に、俯き、体を小刻みに震わせる故人の親族らしい人々、数人の墓守28)に抱えられた棺、
そして参列者の列が続く。
恐らくは昨日のオーク達との戦闘で犠牲になった人の葬式だろう。
 葬式の行列はアレンからさほど離れていないところにやって来た。
そこには墓守によって深く彫られた穴と真新たらしい墓碑が用意されていた。
墓守が抱えていた棺をその穴に静かに収める。
聖職者が教書を開き、その一節を読み始める。

「偉大なる神よ。その暖かな御手でこの者の魂を受け止め給え・・・。」

 荒涼とした墓地に、聖職者の声は異常な程響き渡る。
人々の鳴咽が大きくなった。
アレンはその様子をじっと見詰める。

「・・・神の子の肉体は滅びてもその魂は天において不滅となる。神の子の死は新たなる生への旅立ちの一歩である・・・。」

 聖職者の教書朗読が進むにつれ、人々の鳴咽はさらに大きくなる。
参列者の中には年端も行かぬ子どももいる。
死というものを理解できないのかきょとんとした表情で周囲を見回しているその子どもの横で、母親らしい女性が大粒の涙を零しながら嗚咽だけは
聞かせまいと口を押さえている。

「・・・魂よ迷うなかれ。汝の安らぎは神の居られる天にあり。」

 聖職者は教書を閉じる。
墓守がそれを合図とするかのように、穴の周囲に盛られた土を少しずつ棺の上に乗せていく。
人々は鳴咽を漏らしながら、聖職者と共に両手を胸の前で組んで祈りを捧げる。
アレンも式の列に向かって両手を組んで祈る。
そうせずにはいられない衝動に駆られた。
子どもは相変わらず葬式を理解できないようだ。
 棺は次第に土にその姿を隠し、やがて完全に見えなくなった。
墓守が用意された墓碑をその上に置く。
これでまた一つ、新しい墓が誕生した。
葬式の列は、来た時とは逆の順序で墓地から去っていく。
足音と鳴咽が次第に遠ざかり、墓地には再び荒涼とした静けさが戻った。
 アレンは母の墓碑に向き直る。
自分を産んですぐに病死したという母の葬式を思い浮かべる。
その葬式の列では、自分は父の腕に抱かれていたのだろうか。
 母の死を知らずに無邪気に笑っていたのか、それとも母を求めて泣いていたのか。
 その時父は泣いていたのか、それともじっと涙を堪えていたのか。
アレンはふとそんなことを考えた。
すると、結婚のことを力説し、避けていた食事の用意をしたジルムの不可解な行動が、何となく分かったような気がした。
 それから暫くして、アレンはフィリアとの待ち合わせ場所である、町役場前の大噴水の前にやって来た。
さすがのフィリアも待ち合わせの時間である7ジムにはまだ80ミム以上あるせいか、まだ来てはいない。
アレンはベンチに腰を下ろし、フィリアが来るのを待った。
 既に通りには人が溢れ、活気のある商売のやり取りがあちこちで行われている。
アレンの抱える疑問や不安とは無関係に、ごくありふれた平穏な日常の光景がそこにはある。
行き交う人々を見ていると、アレンは何だかあれこれ悩み、落ち込んでいたのが馬鹿らしくなった。
昨日のミノタウロスとの遭遇は、たまたま人に知られていない迷宮から迷い出てきたために起こったもので、オーク達の大集団もたまたま複数の群れが
合流したに過ぎない。
ジルムの不可解な言動も、妻を早く亡くした寂しさとアレンに対する期待感から来たもので、結婚を力説したのはその表れだ。
そう考えると、アレンの心に立ち込めていた鉛色の雲が急に晴れていくように感じる。

「そうだ。そうなんだ。俺、深く考えすぎてたんだ。」

 アレンは何度か頷きながら呟く。

「どうしてこんなに悩んでたんだろう。馬鹿馬鹿しい。」

 アレンはそう言って、胸の痞えが取れたように小さくため息を吐く。
 時はゆっくりと流れていった。
大時計が7ジムまであと50ミムというところを指した時、雑踏を掻い潜りながらフィリアがやって来た。

「アレン。今日は早いじゃない。」

 フィリアは意外なようであった。

「女の子との待ち合わせには50ミムは早く来ているのがエチケット、だろ?」

 アレンは昨日のフィリアのように、人差し指を数回横に振って言う。

「アレンったら・・・。でも、嬉しいわ。」

 フィリアはくすくす笑う。

「アレンが昨日のように来たら、さっきの台詞言おうかなって思ってたのよ。」
「今日は言われる前に言ってみました。」
「何かご機嫌ね。いいことあったの?」
「別に。」

 アレンは澄ました顔でフィリアの疑問を躱す。

「じゃあ、教会に行こうか。」
「うん。」

 二人は教会に向かった。
 町の東の郊外にある教会には、早くも数人の人々が来ている。
レクス王国ではキャミール教が一応国教となっているが、敬虔な信者はそれほど多くはなく、教会の礼拝の日と言っても鮨詰めになるほど人が集まる
わけではない。
アレンは冠婚葬祭の儀式のためにあると言う程度の認識であるが、フィリアは両親の影響のためか熱心な部類に入る方で、アレンの礼拝もフィリアに
誘われてのことだ。
二人は持って来た寄付金を入り口の近くにある募金箱に入れると、中ほどの席に並んで座る。
 人々が続々と集まって来た。
礼拝の時間に向けて聖職者が準備に追われている。
ある者は祭壇に花や蝋燭を備え、ある者は掃除をし、ある者は教書を暗唱している。
小さな、古びたオルガンの楽譜立てに讃美歌の楽譜を載せ、楽譜の確認をしている者もいる。
 人が集まるにつれ、教会独特の凛とした緊張感に満ちた雰囲気が次第に濃くなって来る。
アレンも最初はこの緊張感が苦痛でたまらなかったが、何度か回を重ねるうちに不思議と身が引き締まるような気がするのを感じるようになっていた。
 フィリアがアレンの腕を突付いて耳元で囁く。

「礼拝が終わったら、買い物に付き合ってくれない?」
「いいよ。」

 アレンが短く答えると、フィリアは弾けるような笑顔を見せる。

「只今より、礼拝を行います。」

 司会の聖職者の声が響く。
背後のドアがゆっくりと閉じられ、バタンとドアが閉まると教会の中は一瞬にして水を打ったように静まり返る。
出席者は思わず背筋を伸ばす。
ぴんと張り詰めた緊張感が漂う。
 前方左側のドアが開き、正装に身を包んだ聖職者が現れた。
聖職者はこの町の教会の責任者として尊敬を集める大司教29)である。
 大司教は教壇の前に立って静かに一礼する。
出席者も一礼する。

「皆様、ようこそお集まりいただきました。今日も皆様と共に神に祈りを捧げましょう。」

 大司教の挨拶で礼拝が幕を開けた。

「神の名の下に人は皆平等です。たとえ職業や生まれ、国や社会が異なろうともそれは変わりません。
神はその存在を信じるものの心に救いを与えて下さります。常に信じる心を持ち、神に感謝することで人は救われるのです。」

 出席者は緊張した面持ちで大司教の話に耳を傾けた。

「では、神に祈りましょう。」

 大司教の言葉で、出席者は祭壇に向かって両手を胸の前で組んで祈りを捧げる。
 その時、外が俄かに騒がしくなった。
厳かな雰囲気が破れ、人々はざわめく。
雑踏の喧騒なら気にすることはないのだが、どうも様子が違う。
 閉じられたドアが激しく叩かれる。
ドアの脇に立っていた聖職者がドアを開けると、一人の男が息を切らして倒れ込むように入って来る。

「どうしたのですか?」

 大司教が尋ねると、男は血相を変えて言う。

「大変です!首都から派遣されて来たって言う奴等が町になだれ込んで来ました!」
「何ですと?」
「と、兎に角来て下さい!町の中央広場です!」
 人々はただならぬ事態を察し、次々と男の後を追う。

「大司教。いかがいたしましょうか?」

 聖職者の一人が尋ねると、大司教は教書を閉じて言う。

「我々とてこの町に居を構える以上、無関係ではいられません。向かいましょう。」
「はい。」

 聖職者達も人々に混じって中央広場へ向かう。
 町の大通りの東に位置する中央広場は、アレンとフィリアが到着した頃には既に人でごった返し、騒然とした雰囲気に包まれていた。

「すみません。何があったんですか?」
「冗談じゃないよ。奴等、今日から王の命令でこの町を管理するって言ってるんだよ!」

 アレンが近くに立っていた中年の女性に尋ねると、女性は怒りを露にする。
広場の中央で、何者がゆっくりとその姿を現した。
それは黒一色の甲冑に身を包み、赤いマントを靡かせた兵士だ。
どうやら仮設の台座にでも乗っているらしい。

「臣民共!静まれ!」

 威張りくさった怒声が響き渡り、広場は怒りを押さえるように一応静まる。

「我々は帝都ナルビアより国王陛下の勅命を受け、派遣された国家特別警察だ。本日より、我々が国王陛下の勅命の元でこの町の運営を行う。
私はテルサ支部司令官に任じられたマリアス・バンデールだ。よく心せよ。」

 人々は再びざわめく。
首都を帝都と言ったり、聞いたことがない国家特別警察といい、尋常ではない。

「静まらんか!」

 再び怒声が響き、ざわめきはゆっくりと収束していく。

「これより、国王陛下の勅旨を読み上げる。心して聞くように。」

 甲冑姿の長官マリアスは懐から丁寧に折り畳まれた紙を取りだして仰々しく広げ、大声で読み上げる。

「昨今の臣民の国家に対する忠誠心の薄れには、目を覆うものがある。
国家に牙を向く反社会的組織「赤い狼」に心を奪われ、国家に牙を向こうとするけしからぬ輩も多い。
国王としてこの事態を憂慮し、臣民の国家に対する忠誠心を再び高めるため、以下の事項を命じる。

1つ、反社会的組織「赤い狼」の活動家、支持者並びにその一族を逮捕し、厳罰に処す。
1つ、無用な自治意識の要因であり、国家に対する忠誠心を阻害する自警団の解散を命ずる。
1つ、集会、言論、結社は国家に対する忠誠心を著しく損なうものであり、これを厳しく禁じる。
1つ、各都市の運営は国家特別警察が統括し、行政はこれが任命する者が行うこと。

レクス王国国王ランベール15世、並びに国家特別警察中央本部司令官ランブシャー・マリシェード。」

 これを聞いた人々の怒りは一気に頂点に達した。
いきなり町に乗り込んで来て、一方的に町の運営をすると宣言したことは無論、これまでろくに人々を外敵から守ったことがないにもかかわらず、
やれ国家に対する忠誠心が薄いだの、国家に牙を向こうとしているだの、言いがかりにも程がある。
 そもそも自警団は、王族や特権階級の警護と民衆の集会の鎮圧にしか動かない無能な軍隊の役割を補完するために自然発生した伝統ある
自主組織であり、今更国家への忠誠心を阻害する要因というのは全くの言いがかりだ。
大層な言葉を使ってはいるが、結局のところ、自分の言うことは絶対に聞けと言う傲慢且つ理不尽な忠誠心の押し付けであり、権威行使欲求に狂った
無能な権力者階級の戯言にすぎない。

「ふざけるな!」
「国民を舐めるのもいい加減にしろ!」
「何が忠誠心だ!国民に何もしなかったくせに偉そうなこと言うな!」

 人々の間から一斉に抗議の声が上がる。

「黙れー!!」

 マリアスの怒声が響く。

「これは国王陛下の勅命だ!!文句を言う奴は国家に対する反逆者と見なす!!」

 しかし、人々の怒りの声は収まるどころか、逆に激しさを増すばかりだ。

「えーい!!愚か者共が!!反逆者を逮捕せよ!!」
「逃げろー!!」

 誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。
それを境に人々の怒声が一転して悲鳴に変わる。
兵士達が動き始めたのだ。  人々は蜘蛛の子を散らすように中心から外側へ向かって走り出す。
アレンは、押し寄せて来る人波の向こう側で、兵士に激しく暴行を受け、無理矢理立たされる人々の姿を見た。
それを見たアレンは、思い余って剣を抜く。

「駄目!逃げるのよ!」

 フィリアがアレンの腕を掴んでぐいと引っ張ってアレンを制する。

「止めるな!フィリア!あんな奴等許しちゃおけない!」
「駄目!一人じゃ無理よ!」

 フィリアは強引にアレンを引っ張り、引きずるように逃げ出す。
確かにフィリアの言うとおり、いかにアレンの剣の腕が人より優れていると言っても、鎧を着た複数の兵士達を相手に戦うのは無謀の一言である。
 二人はどうにか建物の陰に逃げ延びた。

「ここまで来れば、多分大丈夫ね。」

 フィリアは息を切らしながら、ひとまず胸を撫で下ろす。
アレンは沈痛な表情で項垂れ、剣を握るその手がわなわなと震えている。

「アレン。無茶は絶対駄目。鎧を着た兵士はオークの群れとは違うんだから。」
「じゃあ、あのまま見捨てて逃げて良かったって言うのか?!あいつらに殴られる人たちを見捨てて!!」

 慰めるように言ったフィリアに、アレンは猛然と食い掛かる。

「誰もそんなこと言ってないじゃない!アレンまで同じように殴られたりされたくなかったのよ!」

 フィリアは負けずに言い返す。
フィリアとて、好きで兵士達に暴行される人々を見捨てたわけではない。
だが、アレンが感情に任せて兵士達に斬りかかり、その場で斬殺されるようなことには耐えられない。
それに鎧を着た、それも大勢の兵士に剣だけで挑んでも、余程の力の差がないと勝てるはずがない。
 アレンはばつが悪そうに視線を落とす。

「・・・ごめん。言い過ぎた。」
「そんなことはいいの。分かってくれれば。」

 フィリアもアレンの悔しさは痛いほど分かる。
「男らしさ」を追い求めるアレンにとって、強者に虐げられる弱者を助けるという、男を上げる絶好の機会に何一つできなかったことは痛恨の極みだろう。

「ね、一回家に戻ろうよ。」
「・・・うん。」

 アレンは力なく頷く。
 二人はひとまずアレンの家に向かった。
何時の間にか通りの隅に固まっていた難民の集団が忽然と姿を消していた。
人々が道端でひそひそと話している。

「ひどいわよねえ。幾ら何でも。」
「そうよねえ。治安上問題があるからって、行く宛もない人たちを強制的に町から追い出すなんて。」

 人々の話を聞いて、難民達が消えた理由が分かった。
国家特別警察とやらの手により、難民達は強制排除されたのである。
それも、何時何が襲って来るか分からない町の外へ。
いきなり知人の家に上がり込んだ挙げ句、散々飲み食いしては文句を言う酔っ払いよりたちが悪い。
 やり場のない怒りに震えながら歩いていくと、アレンの家が近づいて来た。
どういう訳か、近所の人がアレンの家を心配そうに見守っている。
近所の人がアレンの姿を見つけると、血相を変えて駆け寄って来る。

「ア、アレン君!大変だよ!」
「何かあったんですか?」
「どうしたもこうしたも、あんたの家に国家何とかって奴等が突っ込んだんだよ!」
「え?!」

 アレンは思わず聞き返す。
間もなく、玄関のドアが勢いよく開いて、中から数人の兵士が出て来た。
その中に両腕をがっしりと抱えられて引きずられて来たジルムの姿があった。
ジルムはひどく殴られたらしく、顔と服を血で染めていた。

「父さん!!」

 アレンは思わず叫んで駆け寄る。

「何だ、貴様は!」
「父さんを離せ!」

 必死に兵士達に食い掛かるアレンに、兵士の一人が嘲笑うように言う。

「ふん。ジルムの息子か。いいか。この男は国王陛下直々に逮捕せよとの勅命が下っているのだ。」
「五月蝿い!父さんを離せ!」
「口の利き方を知らんガキだな!」

 兵士が剣に手を掛けると、ジルムが弱々しい声で言う。

「や、やめろ・・・。息子には何の関係もない。それにお前達の目的は私のはずだ・・・。息子には手を出すな・・・。」

 兵士は剣の柄から手を離してアレンを見下ろすように言う。

「親子愛に救われたな。だが、間違っても父親を取り戻そうとは思わんことだ。分かったな!」

 兵士はアレンを激しく突き飛ばす。
不意を突かれたアレンは大きく後ろに跳ばされて倒れる。

「行くぞ!」

 兵士達はアレンを見ることもなく、ジルムを引き摺るように連行していった。
兵士達がいなくなったのを見計らってから、フィリアをはじめ遠巻きに見ていた人々がアレンに駆け寄る。

「アレン!大丈夫?!」
「大丈夫かい?怪我はないかい?」

 アレンはゆっくりと体を起こす。

「怪我は・・・たいしたことありません・・・。」

 アレンはそれだけ言って黙りこくった。
アレンの落胆は大きかった。
男らしくありたいと思い、剣の腕を磨いて来たのに兵士達に殴られる人々を見捨ててしまった。
そして唯一の肉親であるジルムを助けるどころか、何一つ手を出せなかった。
今までの努力がすべて否定されてしまったような、深い絶望感に襲われていた。

「俺は・・・駄目な男なんだ・・・。誰も助けられない。何一つできない。俺って最低だ・・・。」

 アレンは絞り出すような声で呟く。

「何言ってんのよ。仕方ないじゃない。」
「そうだよ。掴み掛かっていっただけでも勇気があるってもんだよ。」

 人々の励ましもアレンには全く届かない。

「俺に・・・もっと力があったら・・・。もっと強かったら・・・。」

 アレンの膝の上に握られた拳の上に、数滴の滴が零れ落ちる。

「畜生・・・。畜生・・・。」

 アレンはひたすら自分の無力さを攻め続ける。
人々はどう慰めて良いか分からず、ただアレンを見守るだけであった。

用語解説 −Explanation of terms−

27)聖職者:教会、寺院関係者の一般的な呼称。治癒や防御効果を持つ魔術(衛魔術)を使用できる。教会行事の運営は勿論、医者や薬剤師がいない、
或いは高額な料金が払えるほど裕福でない町では住人の医療業務を行う。また、魔術学校と並んで地域住民の識字教育に大きな役割を担っている。
称号はキャミール教の場合15段階ある。


28)墓守:墓地の管理を行う職業。大抵は教会専属で墓穴の製作と埋葬、墓地の清掃や葬式の補助を行う。

29)大司教:聖職者の10番目の称号。地方の教会責任者レベル。一般に聖職者はその性質上、称号の上昇が魔術師に比べて遅く、大司教は
30代後半から40代が多い。


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