謎町紀行 第129章

歴史の真相を守り伝える家系と神社の未来に向けて

written by Moonstone

「その節は本当にありがとうございました。」

 社務所の居間に通された僕とシャルの向かいで、矢別さん親子が揃って頭を下げる。SMSAによる救出作戦から3日後。僕とシャルは再度三岳神社を訪問した。勿論目的は参拝じゃなくて、矢別さん親子と会うため。矢別さんの父親は健康状態に問題がないことが確認されたことで、救出の翌日午後に三岳神社に移送された。その直後に訪問するのは気が引けたから、1日開けて再訪問した。
 矢別さんの父親は、自分を救出したのは娘の依頼を受けて僕とシャルが手配した便利屋で、元自衛隊員が中心になって救出にあたったこと、検査入院した保護施設の所在などはすべて秘密と教えられている。矢別さんの父親は、自衛隊に急襲・監禁されたことが相当懲りたらしく、すべての内容を全面的に受け入れている。SMSAとかの話をするわけにはいかないし、すんなり納得してくれて良かった。

「お二方には何とお礼を言えば良いか…。もうあのまま監禁されるものだとばかり。」
「兎も角無事で良かったです。今回は偶然も重なった不運ですが、暫くはこの歴史ある神社の運営に注力することをお勧めします。」
「もう単独探索は懲り懲りです。百足や蛇が入ってくるし、暑いし寒いし、何も得るものがなくて…。」
「好奇心や探求心は良いことですが、大きな病気や怪我をしても発見が遅れるので、単独行動は控えた方が良いですね。」
「まったく仰るとおり。宮司の職務に専念します。」

 隙間だらけだったとはいえ、よく1人で滞在可能な小屋を作れたものだと思う。その探求心や好奇心は、娘さんに宮司を継承してからでも遅くはない。

「遅くなりましたが、お約束を守らせていただきます。」

 矢別さんが一旦席を立ち、奥に引っ込んですぐに戻ってくる。手に持っているのは2つの封筒。矢別さんは、席に座ると、まず1つ目の封筒を差し出す。こちらはかなり分厚い。

「1つは父を捜索、救出いただいた報酬です。200万。どうぞお納めください。」
「ありがとうございます。体裁上、確認させていただきます。」

 シャルにも水面下で偽札でないかを含めて確認してもらう。…確かに200万ある。前金が100万だから合計300万。額も勿論だけど、現金で用意するのは大変だっただろう。だけど、たった1人の肉親である父親を探して連れ戻してほしいという願いは本物だった。

「確認しました。では、領収書をお渡しします。」

 領収書と言っても、集落の商店で買った市販のものに、確認した金額と内容、僕の署名と今日の日付を記載しただけの単純なもの。だけど、高額な金銭のやり取りと、なぜそれが発生したかを記録に残す意味で、領収書は単純なものでも残しておいた方が良いと考えて、三岳神社を訪れる前に調達しておいた。

「領収書、受領いたしました。…では、もう1つ。神社本庁からの機密文書です。」

 矢別さんが差し出したもう1つの封筒の中を取り出して読む。そこには、矢別さんが最初の対面時に言及したとおり、神社本庁から我が国の伝統の破壊を目論み、全国各地の神社を嗅ぎまわり、時にご神体を奪い、時に神社の伝統や地域との絆を破壊している男女2名がいること、女性は金髪であること。それと思しき不審者を発見次第、監視しつつ神社本庁もしくは所轄の神社庁に通報すること。これらは政権党からの秘密文書による通達であり、外部への漏洩は厳禁とすることが書かれている。
 それだけなら先の情報の裏付けにはなるけど、その域を出ない。重要なのは文書にある署名。神社本庁の最高権力者である統理、役員会と評議員会の代表、そして神道政治連盟会長でもある現職首相。これらの署名と押印がなされている。神社本庁という巨大宗教団体と国政の首脳部の連名での通達という、政教一致どころか癒着、そしてそれらが僕とシャルの存在を把握して監視体制を敷いていることが確定した。

「現職の総理大臣の署名があります。神道政治連盟会長としての署名ですが、現職の総理大臣であることには違いありません。」
「コピーとはいえ、署名は自著。名前は僕でも知っています。本人のものと見て間違いないですね。」
『調べたところ、神道政治連盟の現会長は首相でもあります。また、署名は本人のものです。』
『政教一致、否、政教癒着の実態がわかるね。でも、これはスキャンダルとして足止めや牽制に使うには弱い。』

 神道政治連盟の本部が神社本庁内にあることや、神社本庁が憲法改正に血道をあげていることは、少し調べればわかる範囲。それらの団体の長が連名で署名している文書とはいえ、政教癒着の証拠と掲げて政権党やその取り巻きへの牽制、ひいては足元を揺るがす材料とするには足りない。
 そのうえ、名指しはされていないとはいえ、僕とシャルの存在が記載されている。この文書を公にすることは、僕とシャルの存在をある程度公にすることにもなる。金髪のシャルはかなり目立つ。日本でシャルのように完全な金髪は少ないし、SNS全盛のこの世の中だと、特定も割としやすいだろう。そうなると、実質的な指名手配に至る危険がある。僕とシャルの動きを必要以上に知られることは避けないといけない。

「その書面に加えてもう1つ。此処三岳神社と七輪神社、そして岩杖神社との関係をお話します。…3社にあるご神体は、トライ岳に隠された秘宝の情報です。」
「!」

 ある程度予想はしていたけど、ヒヒイロカネの存在を知らない側である矢別さんの口から、秘宝のありかとしてトライ岳が出されたのは、改めて驚きだ。しかも、3社のご神体が秘宝の情報と明確に出された。史実と異なる真実が隠され、受け継がれてきたのは間違いないようだ。
 矢別さんの説明を聞く。天鵬上人が秘宝を隠すためにトライ岳を造営させ、内部構造を知る棟梁の一団を天変地異で抹殺したことは先に話したとおり。その話には続きがある。天鵬上人の不審な動きを察知して、寝床に土人形を置いて脱出し、ただ1人生き残った職人は、天鵬上人の正体を詳しく知らなかったが、朝廷からの勅命で遠く離れたオオクス地方に派遣されたことから、朝廷とつながりがある人物だとは察していた。
 一団でトライ岳を造営していく中、食事や休憩で天鵬上人の人となりやトライ岳造営の目的、秘宝とやらの招待が話題に上った。一団は朝廷のお抱え建築家集団、今で言えば大手ゼネコン頂点の建設会社といったところ。その棟梁となれば、依頼者である朝廷を含めて、ある程度詳しい情報は入ってくる。
 「出自はいまいちはっきりしないが、天皇の親戚筋らしい」「稀に見る秀才で、大学寮(註:式部省(現代日本の人事院に相当)直轄の官僚養成機関)では首席だった」「唐突に大学寮を中退して僧侶になり、現在は実質的に天皇直属」-棟梁は天鵬上人に関してはこんな風に語ったという。トライ岳については「天皇の勅命で造営する」「そこには仏法の重要な宝物を厳重に保管すること」が話され、秘宝については「仏法、ひいては世界の根幹を示し、世界を左右する極めて重要なもの」という、抽象的な、ふんわりとした内容だったそうだ。
 トライ岳の造営の完了が目前に迫った頃、何処からか秘宝を納めた箱が運ばれてきた。それは箪笥の半分くらいのサイズで、両側に木の棒が渡され、上には向かい合わせになった鳳凰が置かれ、すべて金で輝いていた。運んできた集団は、その箱を木の棒を介して両側から持ち上げる格好で運んできて、天鵬上人の指示でトライ岳に入り、どこかに安置したのだろう、出てきた時には箱はなく、集団は食事も休憩も取らずに立ち去った。
 丁度天鵬上人の指示で休憩を兼ねた待機中だった棟梁の一団は、箱を運んできた集団を見たことがなかった。それに、少し遠くからではあるが話しかけてもまったく反応せず、遠くから来ただろうから一服していけばという呼びかけにも無反応。ただ秘宝の入った箱を運び込みに来ただけという感じで、幽霊か何かのようで不気味に感じた。
 秘宝を収めたであろう場所は、トライ岳を造営した棟梁の一団はおおよそ察しがついていた。何も入れない上に階段も扉もない、一旦石の蓋をはめ込んだら二度と出入りできない構造の閉鎖空間を作ったからだ。後にただ1人生き残ることになる、矢別さんの先祖でもある職人は、好奇心と猜疑心から、作業の合間を縫って天鵬上人に秘宝について直接尋ねた。秘宝がどこから誰に運ばれてきたのかは一切触れず、仏法の教えやそれとの関係性、形状に絞った。
 天鵬上人は意外にもすんなり回答した。ただ、話はあまりにも壮大で、仏教を学んでいない職人には理解が及ばないところが殆どだった。何とか理解できたのは、秘宝とは仏の世界をも包括する偉大な神の力の証であり、その神への信仰の証として選ばれし者が神から授けられたものであること、それらは神の力を宿し芽吹く木の杖、神との契約の内容を示す石板、そして神の力による食料を入れた壺の3つであることだけだった。
 仏の世界をも包括するというのは若干違和感を覚えたが、神仏習合の時代、しかも義務教育は概念すらない時代だから、朝廷、特に天皇お抱えの僧侶の言うことだから、そういうものだと思うしかなかった。だが、職人は物珍しさに駆られて秘宝の形状について書き記し、またとない機会だから秘宝を見せてほしい、と思い切って天鵬上人に頼んだ。
 流石に天鵬上人は、秘宝は厳重に安置するものだから見せられない、と断る一方、秘宝を授ける際の神の言葉を記したものとして巻物を渡した。それは見たことがない文字というか記号というか、それが延々と連なるものだった。神の言葉を書き写したものだから、修行や研鑽を積まないと読めないし理解できない。天鵬上人はそう言い、その巻物は職人に貸与すること、それは職人が生きている限りであることを告げた。
 秘宝が入った箱を運んできた集団が不気味なほど余所余所しく、無反応だったのに対して、依頼主であろう天鵬上人が意外とあっけらかんと話すことに違和感を覚えた職人は、何か不穏なものを感じて、合間を縫って巻物を別の紙に書き写した。意味も読みも不明だが、これは書き写して残しておくべきものだ。職人はそう考えて懸命に書き写した。
 職人が巻物のすべてを書き写した時と、トライ岳の造営完了はほぼ同じだった。その直前から、職人は天鵬上人の不審な動きを察知した。北西の山-今のトザノ湖を形成した火山に向かって夜な夜な祈祷をしているところを目撃し、祈祷文の中に「火の神の怒り」を聞き取ったことで、天鵬上人が自分達を抹殺しようとしていると察した。
 職人は棟梁達に直ちに逃げようと何度も進言したが、一団に加えられたとは言え最年少で未熟であったがために発言力は弱く、天鵬上人を信頼しきっていた棟梁達は聞き入れなかった。小規模の群発地震が発生するようになり、職人は危機が迫っていると感じた。そして火山噴火の夜。職人は土人形を自分の寝床に入れ、天鵬上人から貸与された巻物を枕元に置き、宿舎となった小屋を脱出した。その直後、火山が噴火し、小屋とトライ岳を含む一帯は火山岩と火山灰に埋もれた。
 集落に逃げ込み-それが三岳神社があるニシゴエ集落-、辛うじて難を逃れた職人は、噴火が収まった3日後、天鵬上人が小屋があった場所を掘り返し、巻物を掘り出して回収するのを見た。どうやって巻物がある位置を正確に特定したのかは分からないが、あの巻物が天鵬上人にとって棟梁の一団がいる目印であり、そこに火山の噴火が及ぶように火山を噴火させたのではないかと思い、天鵬上人の恐るべき能力と用済みとなれば抹殺する残虐さに戦慄した。
 天鵬上人が去った後、職人は棟梁の一団を弔うため、集落の一角に三岳神社を建立し、そのご神体として、書き写した巻物の1/3を刻み込んだ石の板とした。更に、自分の子どもの2人に、巻物の残り1/3ずつを刻み込んだ杖-これは表面積の都合で小型の石板を別途用意した-と壺を持たせ、トライ岳と三岳神社の位置から割り出した位置に神社を建立し、後世に伝えるよう指示した。その子ども2人が建立した神社が七輪神社であり、岩杖神社だ。

「-このように、此処三岳神社と、七輪神社、そして岩杖神社は、宮司の祖先を同じくする兄弟姉妹の関係にあります。それぞれのご神体を保管することで、遠い将来、秘宝とやらをトライ岳に運び込み、口封じに造営した棟梁の一団を抹殺した天鵬上人の謎や歴史の真実が暴かれる時に備えることが、存在の理由です。」

 依頼の際に矢別さんが語った歴史の真実が、改めて、更に詳しく語られた。それは、天鵬上人が三種の神器-杖と壺と石板に姿を変えたヒヒイロカネをトライ岳に隠し、その内部構造を知る棟梁の一団を、火山噴火で抹殺したというもの。そして危険を察知して脱出した1人の職人が、忌まわしい事実を密かに語り継ぎ、棟梁の一団を弔うために三岳神社を建立し、子どもの2人に秘宝を象ったご神体を持たせて、離れたところに「分家」の神社を建立させた。
 僕とシャルが気づいた、トライ岳と七輪神社と三岳神社を結ぶ精密な二等辺三角形が描かれる理由がはっきりした。天鵬上人の意向を受けてトライ岳を造営した優秀な土木建築科の集団だから、測量はお手の物。若輩者とはいえ、その一団の一員だった職人は、太陽と月と星の位置から方角を知り、歩くスピードから距離を算定して、現在の七輪神社と岩杖神社の位置を指定したんだろう。

「こちらが、三岳神社、そして七輪神社と岩杖神社ご神体に刻まれている、天鵬上人の巻物から書き写した模様です。」

 矢別さんが別の封筒を差し出す。それを受け取って広げると、三付貴神社や銀狼神社のご神体で目にした、不可解な模様がびっしり並んでいる。便箋で数枚でこのサイズだから結構な文字(?)数だ。職人は限られた時間でよく書き写したものだと思う。

「これはいただいて良いんですか?」
「はい。歴史、特に天鵬上人の真実を追うお二人の手掛かりになると思います。ぜひお持ちください。」
「分かりました。ありがたくいただきます。」
『そのまま仕舞って大丈夫です。さっきヒロキさんが広げたところですべてキャプチャしましたから。』
『早いね。怪しまれなくて助かるよ。』

 模様の解読は道半ばだけど、ご神体は長い年月で表面の風化・劣化がどうしても進行してしまって、一部識別が困難なところもあるという。言語として解読するには、完全体の文面があるのが望ましい。天鵬上人こと手配犯の謎や目的を追うために重要な情報なのは間違いない。

「最後に、岩杖神社の場所や宮司の情報をお教えします。」

 矢別さんは、別の封筒を出して、中を取り出して広げる。マップアプリから取り出したらしい、マーカー付きの地図。その隅に連絡先として宮司の氏名と住所、電話番号、メールアドレスが記載されている。三岳神社があるイザワ村と七輪神社があるオオジン村を底辺として、岩月神社は二等辺三角形の頂点。ちょうどトライ岳と線対象の位置関係にある。生き残った職人の高度な測量技術を窺わせる。

「岩杖神社はI県の旧ヤシロ町、現在のI県ヤマ市ヤシロ町にあります。此処からですと、東に出て新オオクス自動車道を南下、ヤシロジャンクションでA県方面に向かって、ヤマインターで降りるのが最も早いです。」
「所在地が分かれば、あとは僕と妻で行けます。」
「岩杖神社は、此処三岳神社と同じで、神社本庁の方向性に反発して距離を取って、脱退を視野に入れています。電話などで連絡しても良いかもしれませんが、当面は表立った動きを控えた方が良いと思いますので、こちらを用意しました。」

 矢別さんは、新たにもう1通の封書を差し出す。そこには「岩杖神社 宮司様」と達筆で宛先が書かれている。

「岩杖神社の宮司に宛てた親書です。そこに今回の経緯と、お2人への協力を依頼する文面をしたためました。お持ちください。」
「色々ありがとうございます。確かに受け取りました。」
『親書をスキャンしました。言ったとおりの文面です。』
『矢別さんの行動に嘘偽りはないと確認できたね。』

 親書は封書だから、僕は開封しないと中身が分からない。親書と見せかけて、岩杖神社の宮司に密かに僕とシャルを神社本庁やX配下の機関に通報するよう知らせる内容かもしれない。今までの言動からその確率は非常に低いとは思っていたけど、岩杖神社の宮司に接触するには、矢別さんが僕とシャルを騙す意図がないという確証が必要だった。
 無論、嘘や裏切りが発覚した時点で、シャルが再起不能なレベルで強烈な制裁を下す。だけど、裏切られたという事実は消えない。それは今後、情報の提供やXの配下に拉致された人の救出を頼まれた場合に、「また裏切るんじゃ」と疑心暗鬼を生じる原因になるだろう。水に垂らした墨汁のように、影響は広く時に深く、長く続く。そして完全には消せない。
 次の目的地は決まった。そして重要な情報を幾つか入手した。特に、雪深い地にある地元の人しか知らないような3社が、遠い昔の聖人と称される人物の悪行と、その人物が持ち込み、巨大な建造物に隠した秘宝とやらの情報を長きにわたって保持していた。秘宝の正体であるヒヒイロカネは無事回収した。徐々にではあるけど、Xに迫りつつあるように思う…。
 3日後、僕とシャルはイザワ村を出ることにした。即出発だと怪しまれる恐れがあると踏んだのと、旅行中だと印象付けるため、イザワ村にある他のスポットを訪れてからにした方が良いと思ってのことだ。その中には、キリストの墓も含めた。トライ岳を作り上げ、天鵬上人に抹殺された棟梁の一団の慰霊のため、商店で買った花束を手向けた。
 出発の日、僕とシャルは改めて三岳神社を訪れた。岩杖神社に向けて出発することを告げ、重要な情報を提供してくれたことへの礼を言うために。シャルの視線が痛かったけど、目的はもう1つある。

「これは…。」
「歴史の真相を守ってきた神社への寄付です。」

 目的というのは、矢別さんからの依頼料と報酬、計300万を寄付という形で返却すること。過疎の村の小さな神社だから、300万は身を切る思いで集めたであろう大金。一方の僕とシャルは、マスターから提供された無尽蔵に使えるカードがある。人の依頼を受けて利益を得るのが目的じゃないから、この300万は寄付という形で返却するのが良い。これはシャルもすんなり了承してくれた。

「これから先も、この地で歴史を作っていってください。」
「ありがとうございます!月並みな言葉ですが、このご恩は一生忘れません!」

 矢別さんは、300万が入った封書を両手に持って深々と頭を下げる。300万あれば、修繕なども十分可能だろう。過疎の村で参拝者も少ないであろうこの神社を維持するのは難しいと思う。だけど、堕落せずに歴史の真相を守り続けてきたこの神社が続いてくれることを願う。
 矢別さんに呼ばれて出てきた父親からも礼と見送りを受けて、僕とシャルは三岳神社を後にする。父親は形式上宮司に復帰し、将来の継承を視野に入れた研鑽や修行のためとして、矢別さんを宮司代理に据えて神社の運営に取り組んでいるという。自身の引退時に神社本庁からの離脱と、矢別さんへの宮司継承を実施する方針は変わりないそうだ。回り道はあったけど、親子が協力して三岳神社の運営に取り組んでほしい。

「結構気にかけてますねー。」
「だから、筋を通しただけだって。」

 どうもシャルの機嫌がよろしくない。300万を寄付という形で返却するのは即答で賛同してくれたけど、今日挨拶してから出発することは、賽銭箱に入れておけば良い、となかなか賛同してくれなかった。それも可能ではあるけど、額が額だから不用心だし、理由立てて返却するのが良いと思ってのこと。決して他意はない。

「岩杖神社の状況はどう?」
「きちんと要員を派遣して警備してますよー。平穏無事ですー。」
「流石はシャルだね。焼きもちを妬いてもすることはきちんとしてくれる。」
「だって、私はヒロキさんのお嫁さんですから。ヒロキさんのすべてを知っている唯一無二の存在ですから。」

 今日も今日とて、シャルは僕の奥さんという立場を暗に、だけど明確に示していた。指輪が輝く左手を出来るだけ見せる形で。唸りはしないものの、毛を逆立てて威嚇する猫という表現がピッタリだった。そんなに警戒しなくても、2,3回しか顔合わせしていない僕に言い寄るなんて考えられないし、同じ指輪を同じ指に填めておいて他の女性に色目を使うことはないのに。
 季節外れの大雪は、イザワ村滞在の間にようやく収束したようだ。久しぶりに見る感もある青空の下、周囲にうず高く積まれた雪を横目に集落を抜け、国道451号線に出る。これを東に走ると、新オオクス自動車道に出る。ナビを見ても、今回は大半が高速道路での移動だと分かる。およそ3時間。割と短く感じる。

「-A県は、先の謎の爆発事故で全戸損壊したオオジン村について、土地の損壊状況と県の財政状況から復旧は非常に困難との見解を発表しました。不起訴処分になった住民には周辺自治体への移住を推進する他、移住までの間、仮設住宅を建設して収容する方針です。-」

 ラジオから流れるオオジン村の末路は、職人が残した歴史の一部が消えたことでもある。ご神体に刻まれた模様は、矢別さんから完全版と言える情報を受け取った。だけど、神社そのものは跡形もなく破壊され、復旧の見込みは限りなく低い。職人も、こんな形で子孫が堕落して歴史の真相を伝える枝の1つが潰えるとは予想しなかっただろう。予想できるくらいなら、引きずってでも一団を避難させただろう。
 この晴れ間は、オオクス地方全域に及んでいるという。シャルが守ったご神体は、今も神社の残骸の中で雪に埋もれながら佇んでいるんだろうか。約1200年の時を経て、外界に放り出されたご神体は、自ら滅びの道を辿った守護者と集落をどう見ているんだろうか…。