丁度戸座野神社の対面に位置する展望台に向かう。誰も来ないと思っているか手が回らないかで駐車場は除雪されていない。シャル本体なら十分移動できると言うから任せてみると、雪をかき分けながら移動していく。除雪車の機能を実現したそうだ。他に人や車がいないのを利用して、遠慮なく雪をかき分けるから、すんなり駐車場の一角に止めることが出来る。
展望台までは頑張って雪を自力でかき分けながら進む。積もった雪は氷の塊だと再認識させられる。かなりの運動量だから展望台に到着したころには熱いくらいだ。息が切れるのを感じながら、一応庇があることで積雪からかなり守られている階段を上って最上階へ。展望台自体が周囲より高い位置にあるのと、周囲に高い建物がないことで、見晴らしは良好だ。
「湖は…流石に凍ってないね。」
「冬の寒い時期は凍ることもあるそうですが、季節外れの大雪とは言え、そこまで冷え込んでいないので、凍るには至っていないようです。」
『不気味に感じるのは、私も同じです。人がいなさすぎます。』
『だよね。僕とシャルが泊っているホテルだけならまだしも、他にもホテルや旅館はいっぱいあるし、その客が全部一気にキャンセルって確率はそんなに高いとは思えない。』
『シャル。国道544号線と国道113号線の、トザノ湖の外側と、今のホテルの状況を調べて。』
『分かりました。航空部隊を派遣します。どうしたんですか?』
『もしかすると…罠にはまったかもしれない。』
『え?』
『国道544号線と国道113号線の状況が判明しました。国道113号線は自衛隊に、国道544号線はAo県警に両方向封鎖されています。』
『嫌な予想が当たったか…。』
『私とヒロキさんが泊まるホテルは自衛隊が占拠しています。周囲も自衛隊が包囲しています。』
『ホテルに戻って籠城する方法も封じられたね…。』
『この地域に誘い込まれたのは予想外でしたが、包囲されても特に問題はありません。』
『まさか、正面突破するとか?』
『ヒロキさんの許可が出ていないのと、ヒロキさんの生命の危機には至っていないので、正面突破はしません。この程度の数なら、両方同時に秒の単位で殲滅できますが。』
『安心してください。この程度の兵力の軍隊相手に全力を出す必要はありません。全力を出したらそれこそ秒単位で全滅に追い込むことになります。』
『じゃあ、どうやって?』
『こういうことは、私に任せてください。』
展望台から降りて、湖面を別アングルで広く含めるように写真を撮る。遠くに銃声が不規則に聞こえる。戦闘が始まっている?でも後ろを向いても警察や自衛隊が接近している様子はない。イザワ村での交戦?距離がありすぎるか。
『見せてください。…うんうん、良い写真がたくさん撮れましたね。』
『カメラの専門知識がなくても、今のスマートフォンはそれなりの写真が撮れるからね。それはそれとして、銃声が聞こえて来るけど、こっちに近づいてる?』
『いえ、ヒロキさんと私の方には近づいていません。それどころじゃありませんよ。』
「この程度の雪はすぐに溶かせます。」
シャル本体に乗り込んだところで、バンパーの雪が一瞬で溶けて蒸発する。システムを起動していないのにと一瞬思ったけど、この車はシャル本体だから、シャルの意向次第でどうにでも出来るんだった。「国道を塞ぐ2種類の野犬集団には、それぞれの野犬のホログラフィを見せています。」
「警察には自衛隊の、自衛隊には警察のホログラフィをぶつけたってこと?」
「はい。どちらの野犬も幻影相手に懸命に銃撃しています。単なる映像ですから効くはずもありませんし、銃弾と末端の野犬の体力と精神を消耗するだけです。」
その驚異的なホログラフィ技術を、警察には自衛隊の、自衛隊には警察の大軍として適用している。警告射撃で止まる筈もなし、ついに応戦を開始した。だけど、元が映像だから効くはずがない。しかもホログラフィから当たらないように銃弾が飛んでくるから、警察も自衛隊も必死に銃撃を続けている。このままだと弾薬切れは時間の問題だ。
「しかも、天候が雪であることが、ホログラフィと看破することを余計に困難にしています。勿論、人物や車両への積雪や、風向きによる積雪の変化も精密に表現しています。」
「気づきそうな様子はない?」
「まったくないですね。ゾンビか幽霊でも相手にしている気分じゃないでしょうか。」
「国道を封鎖している警察と自衛隊は、このままだと弾薬が尽きるだろうけど、そこを突破する?」
「いえ、どちらも兵站や増援の確率があります。特に自衛隊はその点が充実していますから、一時的に後退などはするとしても、撤退の確率は低いと見ています。ですから、足止めを兼ねて暫く雪の中で射撃訓練をしてもらいます。」
「足止めするってことは、国道451号線の西側からイザワ村に入るつもり?」
「はい。」
銃撃戦でも砲撃戦でも、シャル本体に留まっている限りやられる確率はゼロ。だけど、交戦状態の中を掻い潜って移動するのはまず無理だ。恐らく、否、かなりの確率で、警察と自衛隊は僕とシャルを狙っている。警察と自衛隊の銃口が僕とシャルの方を向いた時、周辺住民が巻き込まれない保証はない。
「無線を傍受したところ、警察と自衛隊双方の目的は、ヒロキさんと私の追跡や捕縛ではないようです。」
「道路を封鎖して出られなくしているし、僕とシャルが滞在しているホテルも自衛隊が占拠してるのに?」
「警察と自衛隊は、どちらもイザワ村を目指していて、双方が牽制や威嚇をしている結果、ヒロキさんと私がこの地域に誘い込まれたようになった格好のようです。」
Ao県警としては、先に国道451号線に入れば、東西から自衛隊を挟撃できる格好になる。周囲に逃げ道がない地形だからAo県警がかなり有利になる。自衛隊はそうはさせまいと、先に国道451号線に入って戦力を増強したい考え。援軍の動きをヘリやドローンで双方が知ることになり、どうやって交戦を避けて国道451号線の西側に入るか、あるいは相手が先に入るのを妨害するかで心理戦のような状態になって、それを周囲に知られないように大雪を名目に封鎖している。元々この大雪で交通量は極端に減っているし、警察や自衛隊が大雪対策を理由に封鎖していても不思議はない。だから警察と自衛隊の不審な行動は外部に知られていない。
僕とシャルが滞在しているホテルを自衛隊が占拠しているのも、結果的にそう見える状況。自衛隊が勢力圏内とするイザワ村東部から見て、収容人数と距離の両面で最適という判断で、隊員の休息・宿泊に使用することにした。無論、これは正規の手続きを経ている。季節外れの大雪で閑古鳥が鳴いていたホテルにとっては、開いた客室を埋める上に役所だから金払いは確実と福音そのもの。ホテル側は全面的に受け入れている。
地理的にホテルがイザワ村の東側に近く、国道451号線にも近いことから、自衛隊はAo県警が東からイザワ村に乗り込んでくるのを阻止するため、交代で警備を行っている。銃を携行した隊員がホテル内外を跋扈する格好になったことから、少なからず宿泊していた客は、僕とシャルを除いて宿泊を切り上げて出て行っている。僕とシャル朝ご飯を食べていた時間帯に、他の客は急いでチェックアウトの準備を進めていたようだ。
「-ようやく理解できたよ。警察と自衛隊が、イザワ村の東を目指して双方を牽制しているのと、僕とシャルが滞在しているホテルが自衛隊の拠点になったから、不穏な空気を感じた他の客は早々に出て行ったってことなんだね。」
「はい。ホテル側としては、大半が空室だった客室が埋まり、しかも退去後1,2か月で確実に料金が入るので自衛隊を受け入れましたが、銃を携行した状態で内外を跋扈するところまでは想像が及ばなかったようです。その客室も自衛隊が使うので、ホテル側としては大した問題ではないと受け止めているようです。」
「ホテルの経営方針として自衛隊を受け入れたのは関与しないとして、銃を携行した自衛隊が埋め尽くすホテルは、あんまり居心地がよくなさそうだね。」
「既にSNSでホテルを脱出した客と見られるアカウントから、自衛隊が銃を持ってホテルを徘徊しているなどと写真と共に批判的な声が出ています。自衛隊側も、ホテル内では銃をホルダーに収納するなど、市民を威嚇しないよう通達を出していますが、時すでに遅しです。」
警察や自衛隊の包囲は僕の思い過ごしで、全面衝突は当面回避できた。だけど問題は解決したわけじゃない。先送りと言うか次の問題に移行したというか、そんなところだ。むしろ、滞在先が自衛隊に囲まれたことで、出入りが困難になった。自衛隊は確実に検問を設けて、ホテルの出入りを厳しく制限するだろう。ましてや国道451号線へ向かうことは確実に禁止される。
「検問を設けようが戦車で包囲しようが、好きにすれば良いことです。光学迷彩も光学兵器もないレシプロ軍隊風情なんて、秒で殲滅できます。」
「正面突破の方針は変わらない?」
「交戦状況や車両と人員の配備・移動状況はすべて把握済みですが、ヒヒイロカネやトライ岳など現地に行かないと分からないことは多々あります。」
シャルの能力をもってすれば、イザワ村や滞在先のホテルの自衛隊を秒単位で殲滅するのは容易だろう。だけど、政権中枢に食い込んでいることが濃厚なXに、より僕とシャルの存在を知られてしまう。それもさることながら、シャルに殺人へのハードルを越えさせることになる。
「殲滅イコール殺人ではありませんよ。突破するだけなら、別にこの世から去らせる必要はありません。」
「そんなこと出来るの?」
「武力に武力をぶつけること以外にも方策はあります。ヒロキさんから教わったことです。」
「別に検問したければすれば良いですし、軟禁したければすれば良いことです。ヒロキさんに危害が及ばない限りは、という条件付きですが。」
「その辺もシャルに任せるとして、ホテルに戻る?」
「イザワ村にはホテルや旅館がありませんし、あったとしても期待できません。ホテルに戻りましょう。」
「分かった。警戒は頼むね。」
「任せてください。」
「分担の一環です。私が及ばない、至らないことをヒロキさんが担当して、ヒロキさんでは不可能なことは私が担当する。それは恥でも何でもありませんよ。」
「ん…。」
「たとえ全方位から銃口を向けられても、ヒロキさんにはかすり傷1つつけません。もっとも、ヒロキさんにかすり傷が1つでもついたら、あの手の連中が大好きな連帯責任を負ってもらいますよ。」