謎町紀行 第119章

自衛隊と警察の交戦と攪乱

written by Moonstone

 トザノ湖周辺の観光と散策に戻る。トザノ湖周辺でめぼしいスポットは、此処戸座野神社くらいで、他はホテルや旅館、そして小規模な集落が点在する程度。建物の規模からホテルや旅館の方が多いと錯覚するほどだ。夏は避暑地として賑わう土地だけど、高所でアクセスは限られていて、生活には不便な点が多い。
 丁度戸座野神社の対面に位置する展望台に向かう。誰も来ないと思っているか手が回らないかで駐車場は除雪されていない。シャル本体なら十分移動できると言うから任せてみると、雪をかき分けながら移動していく。除雪車の機能を実現したそうだ。他に人や車がいないのを利用して、遠慮なく雪をかき分けるから、すんなり駐車場の一角に止めることが出来る。
 展望台までは頑張って雪を自力でかき分けながら進む。積もった雪は氷の塊だと再認識させられる。かなりの運動量だから展望台に到着したころには熱いくらいだ。息が切れるのを感じながら、一応庇があることで積雪からかなり守られている階段を上って最上階へ。展望台自体が周囲より高い位置にあるのと、周囲に高い建物がないことで、見晴らしは良好だ。

「湖は…流石に凍ってないね。」
「冬の寒い時期は凍ることもあるそうですが、季節外れの大雪とは言え、そこまで冷え込んでいないので、凍るには至っていないようです。」

 こういう場所だと何時でもそれなりに人が良そうなものだけど、本当に誰もいないし、誰も来ない。雪深いのは事実だけど、速度規制はあってもトザノ湖に通じる国道544号線と国道113号線は通じているし、雪国の常備品であるチェーンや冬用タイヤがあれば行けないことはない。予想外の大雪で客がキャンセルするのは特に不自然じゃないけど、ここまで人がいないと不気味にすら感じる。

『不気味に感じるのは、私も同じです。人がいなさすぎます。』
『だよね。僕とシャルが泊っているホテルだけならまだしも、他にもホテルや旅館はいっぱいあるし、その客が全部一気にキャンセルって確率はそんなに高いとは思えない。』

 シャルが感じた、僕とシャルが泊まるホテルもそうだけど、他の客がいなくなることがまるで人払いのような…!

『シャル。国道544号線と国道113号線の、トザノ湖の外側と、今のホテルの状況を調べて。』
『分かりました。航空部隊を派遣します。どうしたんですか?』
『もしかすると…罠にはまったかもしれない。』
『え?』

 限られた道路でしか行き来できない、ホテルや旅館と小さな集落にある少数の飲食店以外は食事は不可能で、日用品の購入もままならない住環境。そんな場所に入り込んで出入口の国道を封鎖されたら?その答えは1つ。

『国道544号線と国道113号線の状況が判明しました。国道113号線は自衛隊に、国道544号線はAo県警に両方向封鎖されています。』
『嫌な予想が当たったか…。』

 僕とシャルは「袋のネズミ」だ。トザノ湖に出入りできる2本の国道が、警察と自衛隊に封鎖された。勿論、国道451号線のトザノ湖側は自衛隊が封鎖中。僕とシャルはイザワ村への出入りが出来そうなルートであるトザノ湖周辺に誘い込まれた。

『私とヒロキさんが泊まるホテルは自衛隊が占拠しています。周囲も自衛隊が包囲しています。』
『ホテルに戻って籠城する方法も封じられたね…。』

 トザノ湖周辺に誘い込まれ、滞在中のホテルが自衛隊に抑えられたということは、戻って籠城する方法も取れないということ。未だ雪がしんしんと降り続けるホテルの外に追いやられた。幸い燃料の水素は十分あるし、ホテルに置いてある荷物は服と日用品だから押収されても困らないけど、このままだと自衛隊か警察に追い詰められる。封鎖された国道以外に脱出ルートになる道路はないから、脱出したければ警察か自衛隊と全面衝突することになる。

『この地域に誘い込まれたのは予想外でしたが、包囲されても特に問題はありません。』
『まさか、正面突破するとか?』
『ヒロキさんの許可が出ていないのと、ヒロキさんの生命の危機には至っていないので、正面突破はしません。この程度の数なら、両方同時に秒の単位で殲滅できますが。』

 さらっと凄い、予想どおりのことを言う。それは一先ず置いておいて、すべての道路が封鎖されている状況を、正面突破なしでどうやって突破するつもりなんだろう?そもそも、展望台は逃げ場がない。早くシャル本体まで戻らないと…。

『安心してください。この程度の兵力の軍隊相手に全力を出す必要はありません。全力を出したらそれこそ秒単位で全滅に追い込むことになります。』
『じゃあ、どうやって?』
『こういうことは、私に任せてください。』

 シャルは退避を促すでもなく、逃げ道を確保するでもなく、僕にスマートフォンを出して写真を撮るよう求める。出先で写真を撮るのが恒例になっているし、トザノ湖自体は観光名所。しかも人が全くいないから、他の人が写り込むことを懸念しなくて良い。警察と自衛隊の対処はシャルに任せるしかないのは事実だから、写真を撮ることにする。湖面をバックにシャル単独と、シャルと一緒の写真を撮る。
 展望台から降りて、湖面を別アングルで広く含めるように写真を撮る。遠くに銃声が不規則に聞こえる。戦闘が始まっている?でも後ろを向いても警察や自衛隊が接近している様子はない。イザワ村での交戦?距離がありすぎるか。

『見せてください。…うんうん、良い写真がたくさん撮れましたね。』
『カメラの専門知識がなくても、今のスマートフォンはそれなりの写真が撮れるからね。それはそれとして、銃声が聞こえて来るけど、こっちに近づいてる?』
『いえ、ヒロキさんと私の方には近づいていません。それどころじゃありませんよ。』

 シャルは何かしたようだ。僕としては、警察や自衛隊と直接対峙して相手が全員無残な死体と鉄屑の山にならなければ良いんだけど。写真はたくさん撮ったから、シャル本体に戻る。1時間どころか30分にも満たない時間なのに、シャル本体には数cmの雪が積もっている。

「この程度の雪はすぐに溶かせます。」

 シャル本体に乗り込んだところで、バンパーの雪が一瞬で溶けて蒸発する。システムを起動していないのにと一瞬思ったけど、この車はシャル本体だから、シャルの意向次第でどうにでも出来るんだった。

「国道を塞ぐ2種類の野犬集団には、それぞれの野犬のホログラフィを見せています。」
「警察には自衛隊の、自衛隊には警察のホログラフィをぶつけたってこと?」
「はい。どちらの野犬も幻影相手に懸命に銃撃しています。単なる映像ですから効くはずもありませんし、銃弾と末端の野犬の体力と精神を消耗するだけです。」

 シャルのホログラフィは、ナチウラ市のクロヌシ捕縛で大きな力を発揮した。リアルタイム演算で正確に表現される影や足音、髪の動きや瞬きは、実際に触れないと映像だと識別できない。クロヌシは見事に騙されて姿を現し、棲み処となっていたヒョウシ理工科大学に追い詰められ、ついには捕縛された。
 その驚異的なホログラフィ技術を、警察には自衛隊の、自衛隊には警察の大軍として適用している。警告射撃で止まる筈もなし、ついに応戦を開始した。だけど、元が映像だから効くはずがない。しかもホログラフィから当たらないように銃弾が飛んでくるから、警察も自衛隊も必死に銃撃を続けている。このままだと弾薬切れは時間の問題だ。

「しかも、天候が雪であることが、ホログラフィと看破することを余計に困難にしています。勿論、人物や車両への積雪や、風向きによる積雪の変化も精密に表現しています。」
「気づきそうな様子はない?」
「まったくないですね。ゾンビか幽霊でも相手にしている気分じゃないでしょうか。」

 遠雷のように聞こえてくる銃声でしか分からないけど、警察も自衛隊も、一定距離を保ちつつ銃撃してくる「敵」に恐怖しながら、必死に銃撃しているんだろう。だけど、全く効果がない。銃弾が切れたら補充はするだろうけど、その間に攻め込まれたらどうするのか、とか恐怖が増すばかりだろう。戦わずして敵の戦力を消耗させられる。これがシャルのホログラフィの威力だと実感すると同時に、戦力と戦力の真っ向勝負なのは戦争のごく一部だとも実感する。

「国道を封鎖している警察と自衛隊は、このままだと弾薬が尽きるだろうけど、そこを突破する?」
「いえ、どちらも兵站や増援の確率があります。特に自衛隊はその点が充実していますから、一時的に後退などはするとしても、撤退の確率は低いと見ています。ですから、足止めを兼ねて暫く雪の中で射撃訓練をしてもらいます。」
「足止めするってことは、国道451号線の西側からイザワ村に入るつもり?」
「はい。」

 シャルが一気に攻勢に出る構えだ。でも、現状を考えると、それが一番最適解だと思う。警察と自衛隊はシャルのホログラフィに翻弄されているけど、強行突破を図った結果、ホログラフィとまでは分からないにしても映像だと分かったら、一気に進軍してくるだろう。国道544号線と国道113号線は、丁度僕とシャルがいる展望台の近くで合流する。そこで警察と自衛隊が邂逅すれば、ほぼ間違いなく交戦状態に陥るだろう。
 銃撃戦でも砲撃戦でも、シャル本体に留まっている限りやられる確率はゼロ。だけど、交戦状態の中を掻い潜って移動するのはまず無理だ。恐らく、否、かなりの確率で、警察と自衛隊は僕とシャルを狙っている。警察と自衛隊の銃口が僕とシャルの方を向いた時、周辺住民が巻き込まれない保証はない。

「無線を傍受したところ、警察と自衛隊双方の目的は、ヒロキさんと私の追跡や捕縛ではないようです。」
「道路を封鎖して出られなくしているし、僕とシャルが滞在しているホテルも自衛隊が占拠してるのに?」
「警察と自衛隊は、どちらもイザワ村を目指していて、双方が牽制や威嚇をしている結果、ヒロキさんと私がこの地域に誘い込まれたようになった格好のようです。」

 少々事態が読みづらい。シャルに解説してもらう。Ao県警と自衛隊がイザワ村を横断する国道451号線で交戦状態なのは既知のとおり。膠着状態を脱して相手-警察から見れば自衛隊、自衛隊から見れば警察を追い出すため、双方が援軍を呼んだ。Ao県警の援軍は国道544号線、自衛隊の援軍は国道133号線からトザノ湖経由で国道451号線に入ろうとしている。
 Ao県警としては、先に国道451号線に入れば、東西から自衛隊を挟撃できる格好になる。周囲に逃げ道がない地形だからAo県警がかなり有利になる。自衛隊はそうはさせまいと、先に国道451号線に入って戦力を増強したい考え。援軍の動きをヘリやドローンで双方が知ることになり、どうやって交戦を避けて国道451号線の西側に入るか、あるいは相手が先に入るのを妨害するかで心理戦のような状態になって、それを周囲に知られないように大雪を名目に封鎖している。元々この大雪で交通量は極端に減っているし、警察や自衛隊が大雪対策を理由に封鎖していても不思議はない。だから警察と自衛隊の不審な行動は外部に知られていない。
 僕とシャルが滞在しているホテルを自衛隊が占拠しているのも、結果的にそう見える状況。自衛隊が勢力圏内とするイザワ村東部から見て、収容人数と距離の両面で最適という判断で、隊員の休息・宿泊に使用することにした。無論、これは正規の手続きを経ている。季節外れの大雪で閑古鳥が鳴いていたホテルにとっては、開いた客室を埋める上に役所だから金払いは確実と福音そのもの。ホテル側は全面的に受け入れている。
 地理的にホテルがイザワ村の東側に近く、国道451号線にも近いことから、自衛隊はAo県警が東からイザワ村に乗り込んでくるのを阻止するため、交代で警備を行っている。銃を携行した隊員がホテル内外を跋扈する格好になったことから、少なからず宿泊していた客は、僕とシャルを除いて宿泊を切り上げて出て行っている。僕とシャル朝ご飯を食べていた時間帯に、他の客は急いでチェックアウトの準備を進めていたようだ。

「-ようやく理解できたよ。警察と自衛隊が、イザワ村の東を目指して双方を牽制しているのと、僕とシャルが滞在しているホテルが自衛隊の拠点になったから、不穏な空気を感じた他の客は早々に出て行ったってことなんだね。」
「はい。ホテル側としては、大半が空室だった客室が埋まり、しかも退去後1,2か月で確実に料金が入るので自衛隊を受け入れましたが、銃を携行した状態で内外を跋扈するところまでは想像が及ばなかったようです。その客室も自衛隊が使うので、ホテル側としては大した問題ではないと受け止めているようです。」
「ホテルの経営方針として自衛隊を受け入れたのは関与しないとして、銃を携行した自衛隊が埋め尽くすホテルは、あんまり居心地がよくなさそうだね。」
「既にSNSでホテルを脱出した客と見られるアカウントから、自衛隊が銃を持ってホテルを徘徊しているなどと写真と共に批判的な声が出ています。自衛隊側も、ホテル内では銃をホルダーに収納するなど、市民を威嚇しないよう通達を出していますが、時すでに遅しです。」

 自衛隊も、隣の村で警察と交戦しているなんてことは口が裂けても言えないし、Ao県警がトザノ湖にかなり接近しているから、援軍より先にトザノ湖に入られた時を考えて臨戦態勢を取っておくのは悪い選択肢じゃない。だけど、一般市民が休暇なりで宿泊しているところに銃を持って大挙して乗り込んで来たら、威嚇やそこからの排除と感じ取られても不思議じゃない。軍事行動や容疑者確保と銘打てば何をしても許されると考える警察や自衛隊といった、武器を持つ組織の思い上がりや認識の甘さが出た格好だ。
 警察や自衛隊の包囲は僕の思い過ごしで、全面衝突は当面回避できた。だけど問題は解決したわけじゃない。先送りと言うか次の問題に移行したというか、そんなところだ。むしろ、滞在先が自衛隊に囲まれたことで、出入りが困難になった。自衛隊は確実に検問を設けて、ホテルの出入りを厳しく制限するだろう。ましてや国道451号線へ向かうことは確実に禁止される。

「検問を設けようが戦車で包囲しようが、好きにすれば良いことです。光学迷彩も光学兵器もないレシプロ軍隊風情なんて、秒で殲滅できます。」
「正面突破の方針は変わらない?」
「交戦状況や車両と人員の配備・移動状況はすべて把握済みですが、ヒヒイロカネやトライ岳など現地に行かないと分からないことは多々あります。」

 トライ岳はジャミングがあるから、シャルの航空部隊でも全容把握は相当な時間がかかる見通しだ。加えて双方が武器を持ち、援軍もある武力組織が交戦中で、収束の見通しは全く立たない。このまま時が過ぎるのを待ったところで状況が劇的に変わると思う方が楽観的過ぎる、否、空想の世界に浸っていると言うべきところだろう。
 シャルの能力をもってすれば、イザワ村や滞在先のホテルの自衛隊を秒単位で殲滅するのは容易だろう。だけど、政権中枢に食い込んでいることが濃厚なXに、より僕とシャルの存在を知られてしまう。それもさることながら、シャルに殺人へのハードルを越えさせることになる。

「殲滅イコール殺人ではありませんよ。突破するだけなら、別にこの世から去らせる必要はありません。」
「そんなこと出来るの?」
「武力に武力をぶつけること以外にも方策はあります。ヒロキさんから教わったことです。」

 自衛隊を相手にするなんて、僕じゃなくても不可能だ。シャルに任せるしかない。僕にとっては緊張感マックスの選択肢を進むことになったけど、ホテルはどうするか?自衛隊だから警察同様、盗聴システムを使っているだろうし、他の客が事実上逃亡した中で1組だけ滞在しているのは、自衛隊の疑念を招く危険が高い。かと言って、検問が設けられているから怪しまれるだろう。一旦入ったら警備や安全保障の名目で事実上ホテルに軟禁されると思った方が良い。

「別に検問したければすれば良いですし、軟禁したければすれば良いことです。ヒロキさんに危害が及ばない限りは、という条件付きですが。」
「その辺もシャルに任せるとして、ホテルに戻る?」
「イザワ村にはホテルや旅館がありませんし、あったとしても期待できません。ホテルに戻りましょう。」
「分かった。警戒は頼むね。」
「任せてください。」

 自衛隊と至近距離で対面するのは確実。緊張が増してくるけど、下手に挙動不審になったり、逆に威嚇したりしたらかえって面倒なことになるだろう。平常心を保つようにしないと…。いざとなればシャルがいる、という考えでいれば良いんだろうけど、何だかみっともなく思うのも事実だ。

「分担の一環です。私が及ばない、至らないことをヒロキさんが担当して、ヒロキさんでは不可能なことは私が担当する。それは恥でも何でもありませんよ。」
「ん…。」
「たとえ全方位から銃口を向けられても、ヒロキさんにはかすり傷1つつけません。もっとも、ヒロキさんにかすり傷が1つでもついたら、あの手の連中が大好きな連帯責任を負ってもらいますよ。」

 …自衛隊の方を心配した方が良いのかな。兎も角、ホテルに戻ろう。少し早いけど、飲食店を探すのを兼ねてトザノ湖の残りの岸辺を回る形で。