教祖は逃げる機会を探りながら頻りに何やら呼び出そうとするけど、悲しいかな、全く応答はない。外に居た偵察機とかはシャルの航空部隊が撃墜しているし、製造工場もネットワークごとシャルの地上部隊が制圧した。教祖がいくら呼びかけたところで、応答する相手が居ない。
一方、本部から逃げ出した信者は、SMSAの警備と、シャルの航空部隊の威嚇射撃で、神祖黎明会がイズミ町に造成した住宅地へ移動させられる。イズミ町の本来の住民にとっては、忌々しい悪の巣窟と言える場所。そこに信者を押し込んで何をするつもりなんだろう?
急いで現場に入りたいところだけど、片側1車線の県道しかないのが痛い。県を跨ぐせいなのか、蛇行が割と少なくて運転しやすいのが救いか。この手の道の特徴として、信号は滅多にない。一定のスピードで安定した運転が出来る。周辺の景色は相変わらず山と木と空、そして偶に畑と民家。
道端の標識に「H県」「イズミ町」と記載されている。県境と自治体の境を同時に跨いだ。この旅に出てから、こういう場面に出くわすことが多くなった。ただ、イズミ町も山の面積が多いから、景色が一変することはない。下り坂が多くなってきたところに、町が近いことを感じる。
「あれが…神祖黎明会の本部?」
「はい。天使やらを召喚できない無能教祖のせいで、どんどん崩壊が進んでいます。」
「見ていますよ。そのために信者を巣に追い込んだんです。」
HUDにマーカーが表示される。本部に向かって左奥に表示されたマーカーが、信者のための住宅地か。本部と同じくらいか若干高い位置にあるようだ。遠目に自分達の信仰の証とされているであろう本部が、煙を上げて崩壊へのカウントダウンをしているさまを見せつけられるのか。「自分達が時間も金も、人間関係もすべて差し出して建設された神殿が、なす術もなく崩壊する様を見るのは、さぞかし絶望的な気分でしょう。」
「もしかして、信者を住宅地に追い込んだのは、そのため?」
「そのとおりです。神殿と共に死ぬことになれば、この手の宗教では殉教と位置付けられます。」
「勿論、ただ指を咥えて見るだけではありません。目を覚まさせます。」
「どうするの?」
「教祖とやらがいかに虚構と欺瞞の塊だったかを、つぶさに見せつけます。」
到着ポイントは、なんと学校。イズミ町立の唯一の中学校だという。HUDに従って校舎東側の駐車場に入る。武装したSMSAが点在している。此処までの経路にも、南北を走る県道388号線沿いを中心にSMSAが待機していた。シャルが本来の住民の保護と信者の隔離を要請していたことがよく分かる。
「シャル様。要請どおり、イズミ町の住民を安全な場所に避難誘導し、神祖黎明会の信者を神地(しんち)地区に誘導・隔離完了しました。」
「ご苦労様です。神祖黎明会の教祖や幹部は?」
「いずれも本部に事実上監禁中です。シャル様の攻撃により出入口がすべて破壊或いは機能しなくなったためです。警備員は銃を捨てて逃亡したところを身柄確保しました。」
「分かりました。引き続き住民の保護と信者の隔離を続けてください。」
「承知しました。」
「シャル。教祖の身柄を確保するんだよね?」
「勿論です。信者を巣に追い込んだのも、このためです。」
「神を語る詐欺師よ。私の声が聞こえますか?」
「!!な、何者だ!!」
「貴女が騙る神という存在。人を騙し欺き、金銭を収奪し、人々の生活を脅かす者に、これ以上私の名を騙らせるわけにはいきません。」
「み、見よ!我が召喚に応えて天使が姿を現したのだ!」
「神を騙る愚か者に遣わしたのは天使ではない。悪魔だ。」
「あ、悪魔を遣わすなど、神の所業ではない!」
「信者から金を毟り取って作り上げた、虚飾に塗れた神殿で何をしていた。欲に塗れた詐欺師めが。」
「な、何だと?!」
「神により近づく儀式と称して、睡眠薬を混ぜた酒をしこたま飲ませていますからね。所謂ヤリサーそのものです。」
「それって、準強制性交なんじゃ。」
「そのとおりです。教祖や幹部は、その立場を悪用して神殿で乱痴気騒ぎに明け暮れていました。映像はすべて、神殿に設置された監視カメラの映像記録から抜き取ったものです。」
「このスクリーンの映像は、信者の巣でも同時上映しています。」
「これを見て信者がどう思うかだね…。」
「これだけなら羨ましいと思う不届き者もいるでしょう。これならどうでしょうね。」
「シャル。これは…?」
「乱交で生まれた子どもや、製造されたクローンの養育施設です。」
「!!そ、そんなものが?!」
「神殿地下のヒヒイロカネ関連施設を制圧した際、その奥に空間を発見したので、突入したところ、この施設でした。施設の目的は研究員を尋問して吐かせました。」
「一定数は臓器の密売に転用されています。」
「ええ?!臓器密売まで?!」
「乱交で生まれた子どもやクローンは、出生届が出されていません。臓器密売の商品にすれば、簡単に数百数千万の金が入ります。人間を使った錬金術ですね。」
「作った人間や生ませた子どもを、臓器密売に転用している。これが悪魔の所業でなくて何だというのか?」
「で、出鱈目だ!こんな映像は出鱈目だ!!」
「まだ言い逃れしようとするのか。ならばこの場に晒してやろう。お前達の人外の所業を!」
「信者は明らかに動揺しています。神そのものの筈の教祖やその側近である幹部の乱痴気騒ぎ、SFさながらのクローン製造や臓器密売の事実、その資金に自分達が身を削ってまで捧げた献金が湯水のように使われていると知って、平然としているならもう救いようがありません。」
「O県の博物館の学芸員も、此処で製造された?」
「はい。履歴を調べたところ、クローン製造が軌道に乗った時期に製造された1人だとありました。」
「軌道に乗った時期ってことは、かなり前からクローン製造に手を出していたってこと?」
「はい。潤沢な資金を得て神殿奥に現在の施設を得るまでは、廃工場などを利用して製造していたとあります。その頃は製造条件が不十分で、すべて廃棄もしくは臓器密売に転用されていました。臓器密売で巨額の資金を得られたことから、現在の神殿など豪華絢爛な施設を比較的短期間で構築できて、信者の求心力を高めた面があります。」
「臓器密売にどっぷり浸かってたのか…。」
「神祖黎明会が臓器密売に手を染めていたってことは、例の国会議員にこの資金が流れていたってことだよね?」
「はい。金の出所で仕分けなどしていませんから。それに加えて、国会議員は臓器密売に関与していたと見られます。」
「!?ええ?!」
「臓器密売で得をするのは、移植を実施した医療機関と斡旋者です。此処にも歪んだ同盟関係があります。」
国会議員はダミー企業を設けて、臓器移植を求める患者や家族と、臓器密売先を求める神祖黎明会、そして非公認の臓器移植で多額の報酬を求める病院や医師を繋ぐコンサルタント事業を始めた。国会議員は移植完了を受けて、患者や家族と病院や医師から仲介手数料を得ていた。
勿論、臓器売買自体が違法だし、密売された臓器を扱うことも違法だ。移植手術をした病院や医師は指定や免許の取り消しが確実。それでも巨額の報酬-ものによっては億の単位-に目がくらみ、違法行為に手を染める病院や医師が少なからずいる。そして、生命の危機や生活の窮状につけこみ、生命や臓器を商品として高額で売りつける国会議員と宗教団体がいる。
「…何てことだ…。」
「武力行使一辺倒の作戦を変更したことで、ネットワークやデータが破壊される前にサーバや保管場所に侵入できました。その結果、予想しなかった暗部が露呈しました。」
「絶対終わらせないといけない。こんな腐った関係や事実は。」
「勿論です。絶対容赦しません。」
「神の名を騙る罪深き愚か者よ。十字架に打ち付けられるが良い。」
会場にアナウンスが流れると、教祖の足元から巨大な十字架がせり上がる。その時、教祖の両腕両脚を捉えて十字架に磔にする。更に首や胴体に鎖が回り、教祖は身動きが取れない。磔にされて悪魔に取り囲まれる教祖は、まさしく罪人だ。「や、止めろー!降ろせー!」
「降ろして欲しくば、自身の悪行を吐け。」
「悪行ではない!すべては救いを求めて迷う衆生に神の啓示と救いを齎すため…」
「その啓示と救いとやらが、多額の献金を集めて巨大な神殿を建築することか?その神殿で、若い女性信者を選別して酩酊させ、幹部と共に強制性交の上、産ませた子どもを地下の施設で養育し、臓器密売に利用することか?」
「何を言うか…は、はが…。」
「拷問するのも面倒なので、体内のヒヒイロカネに作用して記憶中枢にリンクして声帯を操作します。」
「強制的に記憶を吐き出させるってことか。」
「はい。勿論、この様子は巣に追い込んだ信者も見聞きしています。」
加えて、イズミ町に住宅地を造成したのは、信者のためではなく、より教団の財政を潤沢にするため。遠くから神殿に通うより、より神殿に近い場所に信者を多く集め、生活と時間と金銭をより教団に集約するため。住宅の購入も教団傘下の企業だから、結果的に教団には1件で千万単位の金が入る。
兎に角、教祖の行動原理は「自分のため」。そのために多くの信者を搾取し、若い女性信者は性的にも搾取した。その結果生まれた子どもは、出生届を出されることなく、存在しないことにされたままクローン養育設備で一定期間養育されて、新鮮な臓器を供給源として秘密裏に処理された。
「…警察は呼んだ?」
「まだです。手配犯の身柄を回収してからです。行きましょう。」
階段を上って行き来するしかないと思っていた神殿に、こんな形で入れるとは思わなかった。麓に関係者以外進入禁止の大扉があって、そこから大型エレベーターが神殿脇まで一直線で運んでくれる構造になっていた。これはシャルの地上部隊が発見したもので、当初は突入経路の1つとされていたそうだ。
教祖や幹部の脱出経路を完全に破壊した上で、神殿ごと一網打尽にするのが当初のシャルの作戦だったけど、それを変更したことで、教祖や幹部の逃走は阻止しつつ、シャル本体やSMSAの突入経路が確保できたという。結果オーライと言うべきところか。
ダンプカー数台が余裕で昇降できる大型エレベーターで辿り着いた神殿は、遺跡の方が綺麗に残っているというレベル。床や壁は穴だらけ。天井は彼方此方崩落して、今にも崩壊しそうだ。ヒヒイロカネの悪魔に拘束されていた幹部は、SMSAが替わって拘束して連行していく。
焦点は磔にされている教祖こと手配犯。シャルが十字架経由で声帯を操作しているから、教祖こと手配犯は声を出そうにも出せない状況だ。シャルは前に進み出て言う。
「手配犯CH1007690125D。磔にされてこう言われるのはどんな気分ですか?」
「…!お、お前、まさか人格OSか?!ということは、さっきの武装集団はSMSAで、お前は『王』の差し金か?!」
「『王』とはマスターのことですか?そこまで理解が早いなら、私が何をしに来たか分かりますね?」
「!や、止めろ!止めてくれ!」
「お断りしまーす。」
「うぎゃあーっ!!」
教祖の絶叫が響く。教祖は背面から激しい血を噴き上げる。体内に隠していたヒヒイロカネを強引に剥ぎ取った結果か。教祖はそのまま凸凹になった床に叩きつけられる。教祖の背面は皮が剥がれて肉も一部もがれて骨が少し見えている部分もある。十字架から無数の触手が伸びて教祖を捕らえ、強引に十字架に引き戻す。「あ、あがが…。おおぁ…。」
床に叩きつけられた教祖は、顔面血だらけ。纏っていた牧師のような純白の服装は見る影もなくボロボロ。本当に容赦ない。「S級物質取締法違反、S級物質取扱地域管理法違反、時空転送管理法違反、銃砲刀剣類取締法違反、殺人などの容疑で、SMSAに護送しまーす。その前に幾つか聞かせていただきまーす。」
首を鎖のような形状のヒヒイロカネで十字架に括りつけられた教祖の頭に、多数の細い触手が突き刺さる。シャルお得意(?)の、脳みそへのダイレクト尋問だ。教祖は頭を引っ掻き回されているように、頻繁に首を上下左右に振る、否、振り回される。その都度、カエルを締め上げたような悲鳴を上げる。かなりえぐい光景だ。「…よく分かりましたー。」
一頻り脳みその中を引っ掻き回して記憶を引きずり出して満足したのか、シャルは抑揚のない声で終了を宣言する。教祖の頭に突き立てられていた触手は、十字架と同時に一瞬で消える。一切の支えを失った教祖は、瓦礫が散らばる床に落下する。背面は止血処理など応急処置がなされたようだけど。「神殿や施設のヒヒイロカネは殆どがプレーンだと判明しました。順次回収していきます。」
「教祖はどうするの?」
「SMSAに連行を要請しています。」
「シャル様。地下の養育施設から生存者を救出・保護しました。」
「ご苦労様。健康状態のチェックの後、保護施設に収容してください。その後の指示は追って通知します。」
「了解しました。」
「此処にあるヒヒイロカネは、殆どがプレーンでした。それらの集約はSMSAの特殊部隊に任せます。」
「あと、信者に埋め込まれたヒヒイロカネの回収もあるね。」
「はい。数は多いですが、一気に片付けます。すべてのヒヒイロカネ回収後に警察に通報します。」
残るはほぼ、信者に埋め込まれたヒヒイロカネの回収。埋め込まれたままだと人体に悪影響が出るし、何よりこの世界にあってはならないものがヒヒイロカネ。欠片も残すことなく回収しないといけない。信者を多く抱える宗教団体相手だからか、これまで以上に大規模な回収作業になりそうだ…。