謎町紀行 第66章

邪教最大の祭礼と崩壊(後編)

written by Moonstone

 駐車場でシャル本体に乗り込み、いざ出発。と言っても、HUDの左上に映される現地の映像は、シャルの攻勢になす術もなくやられ、逃げ惑う神祖黎明会のものだ。警備員の拳銃は銃弾が尽きたものも出て来て、絶望的状況に戦意を喪失したのか、拳銃を捨てて逃げ出す者もいる。
 教祖は逃げる機会を探りながら頻りに何やら呼び出そうとするけど、悲しいかな、全く応答はない。外に居た偵察機とかはシャルの航空部隊が撃墜しているし、製造工場もネットワークごとシャルの地上部隊が制圧した。教祖がいくら呼びかけたところで、応答する相手が居ない。
 一方、本部から逃げ出した信者は、SMSAの警備と、シャルの航空部隊の威嚇射撃で、神祖黎明会がイズミ町に造成した住宅地へ移動させられる。イズミ町の本来の住民にとっては、忌々しい悪の巣窟と言える場所。そこに信者を押し込んで何をするつもりなんだろう?
 急いで現場に入りたいところだけど、片側1車線の県道しかないのが痛い。県を跨ぐせいなのか、蛇行が割と少なくて運転しやすいのが救いか。この手の道の特徴として、信号は滅多にない。一定のスピードで安定した運転が出来る。周辺の景色は相変わらず山と木と空、そして偶に畑と民家。
 道端の標識に「H県」「イズミ町」と記載されている。県境と自治体の境を同時に跨いだ。この旅に出てから、こういう場面に出くわすことが多くなった。ただ、イズミ町も山の面積が多いから、景色が一変することはない。下り坂が多くなってきたところに、町が近いことを感じる。

「あれが…神祖黎明会の本部?」
「はい。天使やらを召喚できない無能教祖のせいで、どんどん崩壊が進んでいます。」

 下り坂の途中で、真正面に白い建物が見える。あれが神祖黎明会の本部。中でシャルが想像した人形が暴れまわっているけど、その影響がインフラにまで及んできたようだ。神殿こと本部の彼方此方から煙が上がっている。多くの信者を集め、そこから金銭を搾取して作り上げた神殿が、崩壊の危機に直面している。これを信者は見ているんだろうか?

「見ていますよ。そのために信者を巣に追い込んだんです。」

 HUDにマーカーが表示される。本部に向かって左奥に表示されたマーカーが、信者のための住宅地か。本部と同じくらいか若干高い位置にあるようだ。遠目に自分達の信仰の証とされているであろう本部が、煙を上げて崩壊へのカウントダウンをしているさまを見せつけられるのか。

「自分達が時間も金も、人間関係もすべて差し出して建設された神殿が、なす術もなく崩壊する様を見るのは、さぞかし絶望的な気分でしょう。」
「もしかして、信者を住宅地に追い込んだのは、そのため?」
「そのとおりです。神殿と共に死ぬことになれば、この手の宗教では殉教と位置付けられます。」

 殉教は、信仰心が強い信者にとっては何よりも尊い名誉とされる。黎明期のキリスト教でも多くの信者が迫害され、処刑されたが、それは殉教者として今も崇められている。信者が本部を守るために人形に殺されたり、瓦礫の下敷きになったら、それこそ殉教者として崇められ、信者の求心力を高めたかもしれない。

「勿論、ただ指を咥えて見るだけではありません。目を覚まさせます。」
「どうするの?」
「教祖とやらがいかに虚構と欺瞞の塊だったかを、つぶさに見せつけます。」

 シャルが企図するものは分からない。今、僕に出来ることはHUDとナビが示す到着ポイントへ向かうこと。下り坂の上に急カーブもある厄介なタイプの道を走り、到着ポイントへ急ぐ。次第に民家が増えてくる。民家の数は、道の傾斜が緩やかになるにつれて増えていく。ほとんどの住宅は南北に走るH県の県道沿いにあるようだ。
 到着ポイントは、なんと学校。イズミ町立の唯一の中学校だという。HUDに従って校舎東側の駐車場に入る。武装したSMSAが点在している。此処までの経路にも、南北を走る県道388号線沿いを中心にSMSAが待機していた。シャルが本来の住民の保護と信者の隔離を要請していたことがよく分かる。

「シャル様。要請どおり、イズミ町の住民を安全な場所に避難誘導し、神祖黎明会の信者を神地(しんち)地区に誘導・隔離完了しました。」
「ご苦労様です。神祖黎明会の教祖や幹部は?」
「いずれも本部に事実上監禁中です。シャル様の攻撃により出入口がすべて破壊或いは機能しなくなったためです。警備員は銃を捨てて逃亡したところを身柄確保しました。」
「分かりました。引き続き住民の保護と信者の隔離を続けてください。」
「承知しました。」

 SMSAの敬礼を受けて、僕とシャルはシャル本体に戻る。真正面やや上方に見える神祖黎明会の本部は、煙が上がる箇所が増えて、遠目にも崩壊が近いことを感じさせる。

「シャル。教祖の身柄を確保するんだよね?」
「勿論です。信者を巣に追い込んだのも、このためです。」

 HUDに無残な姿となった本部内部の様子が映し出される。シャルが送り込んだ人形は、本部の床や壁はもう滅茶苦茶。更に人間サイズの人形も加わり、幹部の身柄を拘束したり、出入口を封鎖したりしている。教祖は…何とかして逃げ出そうと周囲を見回し、走り回っている。そこに教祖の威厳は欠片もない。

「神を語る詐欺師よ。私の声が聞こえますか?」
「!!な、何者だ!!」
「貴女が騙る神という存在。人を騙し欺き、金銭を収奪し、人々の生活を脅かす者に、これ以上私の名を騙らせるわけにはいきません。」

 シャルの声は無線通信で現地に伝達されているようだ。神を名乗って教祖に改心を促すつもりだろうか?無残な姿を晒す本部の天井付近に、複数の天使が現れる。

「み、見よ!我が召喚に応えて天使が姿を現したのだ!」
「神を騙る愚か者に遣わしたのは天使ではない。悪魔だ。」

 天使の口には牙が生え、翼は蝙蝠のそれに、ラッパが槍に変わる。おぞましい姿の悪魔が、けたたましい笑い声を上げながら教祖の頭上を旋回する。何時崩壊してもおかしくない本部の惨状と相まって、教祖を地獄に連行しに来た悪魔が現れたという説明がしっくりくる。

「あ、悪魔を遣わすなど、神の所業ではない!」
「信者から金を毟り取って作り上げた、虚飾に塗れた神殿で何をしていた。欲に塗れた詐欺師めが。」
「な、何だと?!」

 悪魔が甲高い笑い声を上げながら、教祖の斜め上空に巨大なスクリーンを作り出す。そこに映し出されたものは、祭壇で教祖が若い女性相手にセックスに溺れる様子だ。教祖だけじゃない。祭壇の周囲では幹部らしい数人の男が、若い女性とセックスしている。女性は全員ぐったりしている。

「神により近づく儀式と称して、睡眠薬を混ぜた酒をしこたま飲ませていますからね。所謂ヤリサーそのものです。」
「それって、準強制性交なんじゃ。」
「そのとおりです。教祖や幹部は、その立場を悪用して神殿で乱痴気騒ぎに明け暮れていました。映像はすべて、神殿に設置された監視カメラの映像記録から抜き取ったものです。」

 宗教の幹部が強制性交や児童虐待に手を染めるのは、新旧問わず彼方此方で起こっている。宗教の権威が幹部を狂わせるのか、信者が救いや利益を求めて盲信するからか、療法かもしれないけど、神祖黎明会でも同じことが行われていた。これでも宗教を名乗れば税金や各種法律の制限をかわせるんだから、宗教法人が林立するわけだ。

「このスクリーンの映像は、信者の巣でも同時上映しています。」
「これを見て信者がどう思うかだね…。」
「これだけなら羨ましいと思う不届き者もいるでしょう。これならどうでしょうね。」

 スクリーンに映し出された光景を見て、僕は言葉が出ない。縦に置かれたカプセルのようなものに液体が充填されて、そこに…人間が浮かんでいる。生きているのか死んでいるのか分からない。微かに胸や腹が周期的に動いているところからして、生きてはいるらしい。子どもが多いのが特徴か。

「シャル。これは…?」
「乱交で生まれた子どもや、製造されたクローンの養育施設です。」
「!!そ、そんなものが?!」
「神殿地下のヒヒイロカネ関連施設を制圧した際、その奥に空間を発見したので、突入したところ、この施設でした。施設の目的は研究員を尋問して吐かせました。」

 O県の博物館の学芸員が教祖のクローンである確率が濃厚だけど、1人だけじゃなかった。見たところ、体育館くらいの広さがある部屋に、一定の間隔で並べられたカプセルは2,30はあるだろう。それだけでも驚きだけど、養育という雰囲気じゃない。培養か何かのような…。

「一定数は臓器の密売に転用されています。」
「ええ?!臓器密売まで?!」
「乱交で生まれた子どもやクローンは、出生届が出されていません。臓器密売の商品にすれば、簡単に数百数千万の金が入ります。人間を使った錬金術ですね。」

 教祖と幹部の準強制性交の確率濃厚な乱痴気騒ぎに加えて、クローンや生まれた子どもを臓器密売のための商品にしていたなんて、暴力団やマフィアも真っ青な悪党ぶりだ。H県の山奥の町でこんな犯罪行為を平然と繰り返していた宗教団体の支援を受けた現職国会議員。腐っているの一言だ。

「作った人間や生ませた子どもを、臓器密売に転用している。これが悪魔の所業でなくて何だというのか?」
「で、出鱈目だ!こんな映像は出鱈目だ!!」
「まだ言い逃れしようとするのか。ならばこの場に晒してやろう。お前達の人外の所業を!」

 映像に、神殿を破壊していた人形の1体が現れる。そして人が浮かんでいるカプセルを丸ごと強引に抜き取る。映像はカプセルを抱えた人形を追う形になり、神殿に辿り着いた人形が、カプセルを抱えて現れる。実際に養育施設からカプセルを運んできたとなれば、これ以上ない証拠だ。

「信者は明らかに動揺しています。神そのものの筈の教祖やその側近である幹部の乱痴気騒ぎ、SFさながらのクローン製造や臓器密売の事実、その資金に自分達が身を削ってまで捧げた献金が湯水のように使われていると知って、平然としているならもう救いようがありません。」
「O県の博物館の学芸員も、此処で製造された?」
「はい。履歴を調べたところ、クローン製造が軌道に乗った時期に製造された1人だとありました。」
「軌道に乗った時期ってことは、かなり前からクローン製造に手を出していたってこと?」
「はい。潤沢な資金を得て神殿奥に現在の施設を得るまでは、廃工場などを利用して製造していたとあります。その頃は製造条件が不十分で、すべて廃棄もしくは臓器密売に転用されていました。臓器密売で巨額の資金を得られたことから、現在の神殿など豪華絢爛な施設を比較的短期間で構築できて、信者の求心力を高めた面があります。」
「臓器密売にどっぷり浸かってたのか…。」

 宗教団体というより、暴力団かマフィアと言った方がしっくりくる。人を人とも思わないことを平然と実行するばかりか、金儲けの道具、商品とさえしている。ナチウラ市とヒョウシ市を混乱と疲弊に陥れた元財務相もそうだったけど、人を道具か金儲けの商品として扱う感覚がないと政治家はやってられないのか?

「神祖黎明会が臓器密売に手を染めていたってことは、例の国会議員にこの資金が流れていたってことだよね?」
「はい。金の出所で仕分けなどしていませんから。それに加えて、国会議員は臓器密売に関与していたと見られます。」
「!?ええ?!」
「臓器密売で得をするのは、移植を実施した医療機関と斡旋者です。此処にも歪んだ同盟関係があります。」

 シャルがHUDに別ウィンドウを表示して説明する。臓器移植を求める患者や家族は多い。国会議員は選挙区の病院のうち、臓器移植が可能な病院と医師にコンタクトを取り、多額の報酬と引き換えに臓器移植を行うことを持ちかけた。多くは勤務先である病院ですぐにばれる、重大な犯罪であることなどを理由に拒否されたが、一部応じた病院や医師がいた。
 国会議員はダミー企業を設けて、臓器移植を求める患者や家族と、臓器密売先を求める神祖黎明会、そして非公認の臓器移植で多額の報酬を求める病院や医師を繋ぐコンサルタント事業を始めた。国会議員は移植完了を受けて、患者や家族と病院や医師から仲介手数料を得ていた。
 勿論、臓器売買自体が違法だし、密売された臓器を扱うことも違法だ。移植手術をした病院や医師は指定や免許の取り消しが確実。それでも巨額の報酬-ものによっては億の単位-に目がくらみ、違法行為に手を染める病院や医師が少なからずいる。そして、生命の危機や生活の窮状につけこみ、生命や臓器を商品として高額で売りつける国会議員と宗教団体がいる。

「…何てことだ…。」
「武力行使一辺倒の作戦を変更したことで、ネットワークやデータが破壊される前にサーバや保管場所に侵入できました。その結果、予想しなかった暗部が露呈しました。」
「絶対終わらせないといけない。こんな腐った関係や事実は。」
「勿論です。絶対容赦しません。」

 続々と悪魔が現れ、幹部や警備員に襲い掛かる。素早い動きと空からの襲撃の前に、何も出来ずに捕縛される。更に教祖を包囲する。天使を召喚するどころか槍を構えた多数の悪魔に包囲される教祖。どう見ても神や救世主じゃない。地獄で責め苦を受ける罪人という図式だ。

「神の名を騙る罪深き愚か者よ。十字架に打ち付けられるが良い。」

 会場にアナウンスが流れると、教祖の足元から巨大な十字架がせり上がる。その時、教祖の両腕両脚を捉えて十字架に磔にする。更に首や胴体に鎖が回り、教祖は身動きが取れない。磔にされて悪魔に取り囲まれる教祖は、まさしく罪人だ。

「や、止めろー!降ろせー!」
「降ろして欲しくば、自身の悪行を吐け。」
「悪行ではない!すべては救いを求めて迷う衆生に神の啓示と救いを齎すため…」
「その啓示と救いとやらが、多額の献金を集めて巨大な神殿を建築することか?その神殿で、若い女性信者を選別して酩酊させ、幹部と共に強制性交の上、産ませた子どもを地下の施設で養育し、臓器密売に利用することか?」
「何を言うか…は、はが…。」
「拷問するのも面倒なので、体内のヒヒイロカネに作用して記憶中枢にリンクして声帯を操作します。」
「強制的に記憶を吐き出させるってことか。」
「はい。勿論、この様子は巣に追い込んだ信者も見聞きしています。」

 シャルが強制的に吐かせる内容は、これまでに判明した事実を補強するものだ。教祖の口から次々暴露される、信者の生活と金銭を食い物にした財政。信者や信仰のためではなく、教祖の威厳の誇示と若い女性信者を好きにするための場として、更にはクローン養育施設を隠蔽するために作られた神殿。
 加えて、イズミ町に住宅地を造成したのは、信者のためではなく、より教団の財政を潤沢にするため。遠くから神殿に通うより、より神殿に近い場所に信者を多く集め、生活と時間と金銭をより教団に集約するため。住宅の購入も教団傘下の企業だから、結果的に教団には1件で千万単位の金が入る。
 兎に角、教祖の行動原理は「自分のため」。そのために多くの信者を搾取し、若い女性信者は性的にも搾取した。その結果生まれた子どもは、出生届を出されることなく、存在しないことにされたままクローン養育設備で一定期間養育されて、新鮮な臓器を供給源として秘密裏に処理された。

「…警察は呼んだ?」
「まだです。手配犯の身柄を回収してからです。行きましょう。」

 HUDに神祖黎明会の本部への道案内が表示される。教祖こと手配犯は体内にヒヒイロカネを埋め込んでいるし、現地にはかなりの量のヒヒイロカネがある。ヒヒイロカネの回収には現地に赴く必要がある。現地に行って、この腐りきった事実を終わらせないといけない…。
 階段を上って行き来するしかないと思っていた神殿に、こんな形で入れるとは思わなかった。麓に関係者以外進入禁止の大扉があって、そこから大型エレベーターが神殿脇まで一直線で運んでくれる構造になっていた。これはシャルの地上部隊が発見したもので、当初は突入経路の1つとされていたそうだ。
 教祖や幹部の脱出経路を完全に破壊した上で、神殿ごと一網打尽にするのが当初のシャルの作戦だったけど、それを変更したことで、教祖や幹部の逃走は阻止しつつ、シャル本体やSMSAの突入経路が確保できたという。結果オーライと言うべきところか。
 ダンプカー数台が余裕で昇降できる大型エレベーターで辿り着いた神殿は、遺跡の方が綺麗に残っているというレベル。床や壁は穴だらけ。天井は彼方此方崩落して、今にも崩壊しそうだ。ヒヒイロカネの悪魔に拘束されていた幹部は、SMSAが替わって拘束して連行していく。
 焦点は磔にされている教祖こと手配犯。シャルが十字架経由で声帯を操作しているから、教祖こと手配犯は声を出そうにも出せない状況だ。シャルは前に進み出て言う。

「手配犯CH1007690125D。磔にされてこう言われるのはどんな気分ですか?」
「…!お、お前、まさか人格OSか?!ということは、さっきの武装集団はSMSAで、お前は『王』の差し金か?!」
「『王』とはマスターのことですか?そこまで理解が早いなら、私が何をしに来たか分かりますね?」
「!や、止めろ!止めてくれ!」
「お断りしまーす。」

 シャルの声のトーンが2オクターブくらい下がって抑揚の乏しい口調に変わった次の瞬間、教祖の身体が十字架から引き剥がされる。

「うぎゃあーっ!!」

 教祖の絶叫が響く。教祖は背面から激しい血を噴き上げる。体内に隠していたヒヒイロカネを強引に剥ぎ取った結果か。教祖はそのまま凸凹になった床に叩きつけられる。教祖の背面は皮が剥がれて肉も一部もがれて骨が少し見えている部分もある。十字架から無数の触手が伸びて教祖を捕らえ、強引に十字架に引き戻す。

「あ、あがが…。おおぁ…。」

 床に叩きつけられた教祖は、顔面血だらけ。纏っていた牧師のような純白の服装は見る影もなくボロボロ。本当に容赦ない。

「S級物質取締法違反、S級物質取扱地域管理法違反、時空転送管理法違反、銃砲刀剣類取締法違反、殺人などの容疑で、SMSAに護送しまーす。その前に幾つか聞かせていただきまーす。」

 首を鎖のような形状のヒヒイロカネで十字架に括りつけられた教祖の頭に、多数の細い触手が突き刺さる。シャルお得意(?)の、脳みそへのダイレクト尋問だ。教祖は頭を引っ掻き回されているように、頻繁に首を上下左右に振る、否、振り回される。その都度、カエルを締め上げたような悲鳴を上げる。かなりえぐい光景だ。

「…よく分かりましたー。」

 一頻り脳みその中を引っ掻き回して記憶を引きずり出して満足したのか、シャルは抑揚のない声で終了を宣言する。教祖の頭に突き立てられていた触手は、十字架と同時に一瞬で消える。一切の支えを失った教祖は、瓦礫が散らばる床に落下する。背面は止血処理など応急処置がなされたようだけど。

「神殿や施設のヒヒイロカネは殆どがプレーンだと判明しました。順次回収していきます。」
「教祖はどうするの?」
「SMSAに連行を要請しています。」

 大型エレベーターからSMSAが大勢乗り込んで来る。相手が大人数だからか、相当数の派遣を要請したようだ。瓦礫に突っ伏した教祖は、SMSAに両腕を抱えられて引きずられるように連行されていく。推定信者数10万人以上。1つの町を事実上乗っ取るまで至った教団は、たった1日で崩壊の坂道を転がり落ちている。

「シャル様。地下の養育施設から生存者を救出・保護しました。」
「ご苦労様。健康状態のチェックの後、保護施設に収容してください。その後の指示は追って通知します。」
「了解しました。」

 SMSA職員は一斉に敬礼して、一部は教祖を連行して大型エレベーターで降りていく。此処で残るは、宝物として安置されているものを含めたヒヒイロカネの回収か。つい数時間前まで鮨詰めになった信者の前で大々的な生誕祭を開催していた場所とは思えない、荒れ果てた風景だけが広がっている。

「此処にあるヒヒイロカネは、殆どがプレーンでした。それらの集約はSMSAの特殊部隊に任せます。」
「あと、信者に埋め込まれたヒヒイロカネの回収もあるね。」
「はい。数は多いですが、一気に片付けます。すべてのヒヒイロカネ回収後に警察に通報します。」

 警察が全容を見るのは、ヒヒイロカネに関することがすべて終わってからになる。警察は国会議員の要請という名の圧力を受けて、イズミ町の住民からの通報に取り合わなかったそうだ。駐在所はあるにはあるけど、全く役に立たなかったというし、警察がするのは後始末だけで良いというのがシャルの判断だろう。
 残るはほぼ、信者に埋め込まれたヒヒイロカネの回収。埋め込まれたままだと人体に悪影響が出るし、何よりこの世界にあってはならないものがヒヒイロカネ。欠片も残すことなく回収しないといけない。信者を多く抱える宗教団体相手だからか、これまで以上に大規模な回収作業になりそうだ…。