謎町紀行 第64章

開祖桜蘭の別の顔、邪が巣食う「聖地」

written by Moonstone

 着替えてから出発。巡礼コースはあと2つでH県に入る。H県にある札所は、神祖黎明会から割と近いところにある。もっとも、山越えがあるから徒歩での移動は容易じゃない。全般的に、巡礼コースは後半になるほど厳しさが増してくるように思う。車がある現代でも道が蛇行するところばかりだからなかなか大変だ。
 拠点の温泉旅館から遠ざかる方向だから、今日最初の札所への移動にも時間がかかる。県道とは言うけど「片側1車線あるから良いでしょ」と言わんばかりの蛇行の連続。巡礼の正装という位置づけの白装束姿の人がごくたまに歩いているのを見かける。新道教の開祖桜蘭上人も、この道を通ったんだろうか。

「この巡礼コース、意図的なものを感じます。」
「弥勒菩薩の梵字を描いていたり、四幻獣が配置されているのは前に分ったけど、それとは違う?」
「はい。道が蛇行しているのは旧来の道の名残でしょうけど、それとは別です。」

 不意に何かに気づいたらしいシャルは、ポツンと佇んでいた休憩所に立ち寄ると、HUDに巡礼コースを表示して考え込む。僕は飲み物を買って戻って、シャルと一緒に考える。弥勒菩薩が本尊の札所が、新道教が崇拝する弥勒菩薩の梵字を描いていたりする、巨大な地上絵ともいえるトリックには驚いたけど、他にも何かあるんだろうか?
 細かい蛇行は無視した方が良さそうだ。となると、巡礼コース全体が描く形状とか…。そういえば、何かの形に似ているような気がする。どこかで見たような形だな。思い過ごしか何かかな?うーん。どうも思い込みとかじゃなさそうだ。何処で見たかな…。

「…何だったかな…。えっと…星座だったかな…。」
「!!それです!!」

 シャルは札所のマーカーを円に換えて際立たせる。そして、ルートの一部を抽出して色を変える。更に最後の3か所の札所へのルートを、最後から4番目の札所から放射状に伸びる形にする。これって確か…蠍座の形。

「どうして蠍座?」
「この蠍座を描くマーカーは、新道教の原点回帰派の札所です。そして蠍座は、開祖桜蘭上人の誕生日が含まれる黄道十二星座の1つです。」
「!そんな巧妙な隠し方をするなんて…。」

 意図的にこんな巨大な地上絵を作るなんて、超人的だ。…あれ?桜蘭上人が生きた時代は、今から1000年以上前だった筈。その当時の日本に、蠍座なんて認識があったんだろうか?今の88の星座が決められたのは割と最近だと聞いたことがある。1000年以上前の、せいぜい中国と朝鮮しか交流がなかった日本に、今の星座の認識があったとは思えない。

「もしかして…、桜蘭上人は手配犯なんじゃない?今いる手配犯とは別だろうけど。」
「!そんなことが…。」
「この世界の1000年以上前の日本で、今よりはるかに整備されてない道を通りながら、これだけ精密な測量をこなしたなんて、まず考えられない。手配犯は桜蘭上人として、後に自分か自分の子孫、あるいは別の手配犯が秘密裏にヒヒイロカネを見つけ出せるように、色々なトリックを盛り込んだ寺院の配置を、新道教の巡礼コースにした-こう考えると筋が通る。」
「た、確かに…。」

 あまり考えたくない予想だけど、このあまりにも巧妙な隠し方、しかも険しい地理的条件の中で精密なことこの上ない測量と、当時の重機やインフラでは困難な物資の輸送や整地、建設をこなしていくなんて、尋常じゃない知識と技術を持っていたことの裏返し。それは、桜蘭上人がこの世界よりはるかに高度な文明を持つ、シャルが創られた世界からの来訪者、すなわち手配犯と考えることが出来る。
 かなり古代の日本に逃げ込んだことで、SMSAの追撃をかわすことは出来たらしいけど、代償としてそれを行使したり整備拡張する設備や環境が殆どなかった。そこで、手配犯は知識や技術を行使して札所となる寺を配置して、新道教を興した。1000年以上前の日本なら、手配犯が持つ知識や技術はまさに神仏の領域に映った筈だ。
 そして、持っていたヒヒイロカネを信仰の対象とする弥勒菩薩の本尊に隠した。この世界に持ち込んだヒヒイロカネの量が少なかっただろうから、何かに偽装して隠すのには都合が良かっただろう。それが、厳生寺の本尊に隠された不可思議な金属で出来た本尊だろう。
 この世界の時は流れて、この時代に逃げ込んだ手配犯が神祖黎明会の教祖になる前に、この近隣に隠されていたヒヒイロカネの存在を知った。そしてそれを探し当てて秘宝と位置付け、自らの身体に埋め込んで信者を洗脳する道具にして、勢力を拡大した。信者が齎す潤沢な資金を利用してヒヒイロカネ関連の設備を構築した。
 -こんな筋書きが考えられる。これがすべて正しいとは限らない。だけど、由緒に残される桜蘭上人の超人的な能力や精密な測量に裏打ちされた札所の設置、1000年前の日本にはなかった知識や認識の存在は、この世界の当時の存在ではありえない何者か、すなわち手配犯の存在を感じずにはいられない。

「新道教の巡礼コースに不可思議な点や、時代を超越したような測量技術を感じたのは、僕とシャルだけじゃない。神祖黎明会の教祖もだろうし、O県の博物館の学芸員もそうだろう。1000年以上前の日本に逃げ込んだ手配犯が隠したヒヒイロカネを、知らず知らずのうちに争ってたんだ。」
「…手配犯がヒヒイロカネを持ち出してこの世界に逃げ込む際に、時空転送装置を使用しました。SMSAの厳しい追撃から逃げることを最優先したようで、転送先の時代設定がバラバラになっていました。」

 シャルはやや言い難そうに切り出す。多分、時空転送装置はシャルの創られた世界の中で機密のレベルが高いんだろう。それを僕に話して良いのか判断に迷ったか、何処かに照会するとかしたんだろう。何しろ文明レベルが桁違いだ。迂闊に情報や技術が漏れたらどうなるかは、ヒヒイロカネを見れば分かる。
 時空転送装置を使って本来ならこの世界の、文明レベルが一定水準以上の時代に逃げ込もうとしたんだろう。だけど、SMSAの追撃で時代設定が間に合わなくて-多分、集団での干渉を避けるために1人ずつなんだろう-、散り散りに違う時代に逃げ込まざるを得なかった。結果の1つがこの桜蘭上人や神祖黎明会の教祖という、1000年以上の時代の開きとなってしまったわけだ。
 この世界とシャルが創られた世界では時間の流れが違うらしい。どうもこの世界の方が時間の流れが相対的に遅いようだ。だけどこの世界で、数百年とかの時間スケールで寿命が続くかどうかは怪しいところ。1000年以上前の日本に逃げ込んだ手配犯は桜蘭上人として崇められ、現代に逃げ込んだ手配犯は、神祖黎明会の教祖として政界中枢を狙っている。

「神祖黎明会の教祖が、桜蘭上人こと1000年以上前の時代に逃げ込んだ手配犯が創立した新道教の巡礼コースにヒヒイロカネの存在を感じて、製造したクローンであるO県の博物館の学芸員に調べさせている…。これまで以上に事情が複雑だね。」
「はい。」
「ヒヒイロカネを洗脳の道具に悪用してるのも重大だけど、クローン製造に手を染めてるのも重大だよ。人間のクローンは、この世界では少なくとも公式には禁止されてるし、そこまで研究が進んでないんだ。」
「そのとおりです。クローン製造が1名で収まるとは思えません。」

 シャルの言うとおり、クローンがO県の博物館の学芸員だけで終わるとは思えない。要望がほぼ完全に同一になるクローンは、影武者には絶好。権力と金が集まるところには、それを狙う欲や嫉妬も集まる。神祖黎明会の教祖が身を守るためにクローンを複数製造している確率も否定できない。

「…もしかして、信者のクローンを作ろうとしてる、或いは作ってるんじゃない?」
「!!そ、その確率は十分考えられます。」

 クローンを作れるなら、自分のだけじゃないことは十分あり得る。その対象は信者。信者の数が増えれば、その分献金=財政はより潤沢になる。クローンを大量製造して何処かの町に集団で移住させれば、町そのものを乗っ取ることも出来る。地方自治体の議員は候補者が減少しているし、過疎に喘いでいるところに集団移住すれば、一気に議会の多数を占めることも出来る。

「シャル。神祖黎明会の本部がある町や議会の状況を調べてくれる?」
「分かりました。直ちに調査します。」

 あれだけの土地を使って巨大な本部を建設して、神祖降臨祭とやらで近隣の道路を埋め尽くす大行進をするくらいだ。地元自治体との軋轢はあると見て良い。そこが切り口になるかもしれない。ヒヒイロカネを悪用する上に人間のクローン製造にも手を染める宗教団体を突き崩す手段は、多い方が良い…。
 遅い昼食を、山間のカフェで摂っていると、シャルから新たな事実が報告された。勿論ダイレクト通話だけど、何度も思わず声を出しそうになった。
 神祖黎明会の本部があるH県のイズミ町は、ご多分に漏れず山間の過疎の町。そこに突然神祖黎明会が山林を買い占め、巨大な本部を建設した。業者はすべてH県だったけど地元の業者じゃなかった。それ以降、今回のような神祖降臨祭などのイベントごとに信者が行列をなすようになった。
 その途中で近くの商店で買い物をしたり、食事を食べたり泊まったりすれば、地元が潤うからある程度は折り合いをつけようとするだろう。色々な寺社仏閣の地元町はそうしてある意味互いを利用して成り立っている側面がある。だけど、神祖黎明会ではそんなことは一切ない。ひたすら行列をなして神殿と言われる本部に赴き、帰るだけ。
 気味が悪いし地元に何も齎さないばかりか、渋滞を飛び越えて通行止めを作り出し、大迷惑ですらある神祖黎明会への不満を、イズミ町の人々は日々募らせていた。3年ほど前、再び神祖黎明会が山林を買い占め、巨大な住宅地を造成した。
 この時の業者もH県のナンバーはつけていたものの、地元の業者には声がかかるどころかまったく知らされてなかった。造成された住宅地には、続々と人が移り住んできた。住民の数は元々のイズミ町の人口に匹敵するほど。住宅地にはスーパーや学校も作られ、移り住んできた住民はすべてその学校に通学を始めた。
 スーパーも学校もすべて神祖黎明会が経営するもの。つまり、神祖黎明会は信者を大量移住させて、イズミ町に大規模な信者の拠点を作ったわけだ。イズミ町の元々の住民は恐怖と怒りが限界に達して住民訴訟を起こしたけど、数にものを言わせた嫌がらせで痛み分けのような和解で済まさざるを得なかった。
 更に、去年の町議会選挙で神祖黎明会信者が大量立候補した。宗教団体が絡む選挙は、教祖や教団が言うことが絶対だから、高い投票率と忠実な票配分が両立される。結果、町議会は神祖黎明会が過半数を占めて、次々と神祖黎明会が有利な条例を制定してしまった。
 例えば、神祖黎明会のイベント時には、町民は協力すること。協力できない場合は奉賛金を用意すること。その額5万円。労力か金の提供を条例で義務化するなんてどうかしてるけど、町議会で神祖黎明会が過半数を占めているし、町長も明に暗に協力を迫られて拒否できない。
 本部周辺や信者用の住宅地の道路や下水道を優先して整備するなど、神祖黎明会にイズミ町の財政も町民も食い物にされている。どうにもならない閉塞感が町全体を覆い、続々とイズミ町から逃げ出している。先祖代々の土地が逆に足枷となって留まざるを得ない人々との軋轢も生じて、更に町の雰囲気は悪化している。

「-主なものだけでこのような内容です。実態はもっと陰惨なものでしょう。これが神祖の齎す救済だとしたら、疫病神以外の何物でもありません。」
「…こんな酷い状況なのに、報道されたことは僕が知る限り一度もないよ。」
「調べたところ、H県を中心とするローカル紙などでも報道されたことは殆どありません。本部が建設された時くらいで、住民訴訟はじの字も出て来ません。」
「あの国会議員の圧力もあるのかな。」
「その推測で間違いありません。これを見てください。」

 シャルがスマートフォンにH県の地図を表示する。それは面積がかなり違う20程度の色分けがなされている。

「これはH県の小選挙区の区割りです。」
「かなり面積に差があるね。」
「人口と政権党の都合で区割りがなされるのが小選挙区です。このうち、神祖黎明会の本部があるのは此処、第18選挙区です。例の国会議員の選挙区です。」
「分かりやすいと言うか何と言うか…。」
「癒着関係にある神祖黎明会に疑惑の目が届かないよう、ローカル紙に圧力をかけていることが新聞社などのメールサーバで見つかりました。選挙区でのスキャンダルは、小選挙区では特に致命傷になりかねませんから、予防策としてはありですね。善し悪しは兎も角。」

 神祖黎明会と国会議員の癒着の構図が露骨にイズミ町に悪影響を齎していることが確実になった。ヒヒイロカネが邪悪を呼び寄せやすいのか、邪悪がヒヒイロカネの存在に気づきやすいのか、鶏が先か卵が先かみたいな疑問だけど、金銭欲と権力欲が強くないと国会議員になれないのかと思ってしまう。
 信者のための住宅地まで造成して献金集めに執心する新興宗教と、パーティー券や献金の金額で党の要職や大臣の椅子に座れるかどうかが決まる国会議員は、非常に相性が良いようだ。共通項は金。金のためなら何でもするし、他人の金は自分のものという感覚がないと、こういうことに手を染めることは出来ないだろう。

「このまま神祖黎明会と戦争すると、国会議員と関連企業も制圧しないと面倒なことになるね。」
「そのとおりですね。勿論、見逃すことはしません。まとめて地獄に行ってもらいます。」
「強襲するの?」
「それは最後のカードにしておきます。」

 イズミ町を実質使役してまで行われている神祖降臨祭は、明後日に終わるそうだ。つまり、明後日が神祖黎明会との戦争開始の日になると思って良い。ヒヒイロカネが武器に使われた例はカマヤ市であった。あの時は「既存の設備をマニュアルどおりに使ったら兵器だった」という話だけど、今回は使用者の意図で兵器として運用されているものが相手になる。
 今のところ、神祖黎明会側は局所気象制御機の他、偵察機や警戒機といった防御面重視の装備だけど、戦闘機や攻撃機を整備してないと考えるのはあまりにも浅はかだ。それに、この手の組織は、自分達の危機には物凄く敏感だ。徹底的に攻撃してくると考えた方が良い。
 今までシャルの軍隊は強力無比なところをこれでもかと示してきた。カマヤ市での攻防でも、シャル本体1台で戦車と戦闘機とミサイル基地を融合したような攻撃力を示した。今度は、ヒヒイロカネの整備工場まで備えている。シャルが圧倒的優位とはならないかもしれない。
 短時間で決着をつけないと、イズミ町に被害が及ぶ恐れが高まる。ただでさえ神祖黎明会に食い物にされて疲弊しているところに、全面戦争の舞台にされたら住民の心にとどめを刺しかねない。かなり難しい状況だ。でも、これを突破しないことにはヒヒイロカネは回収できない。

「本来の住民には被害や犠牲が出ないようにしますが、信者は対象としていません。」
「ヒヒイロカネで洗脳されているのに?」
「それに至るまでに、自らの意思で神祖黎明会に入会し、骨の髄まで教祖崇拝に浸り、イズミ町の住民を踏み躙って信仰に明け暮れています。教祖こと手配犯の祝福と言う名の洗脳は、その末路です。」
「それはそうだけど、信者の中には子どももいるみたいだよ。」
「残念ですが、子どもであるがゆえに信仰と言う名の洗脳は大人より深刻です。言葉は悪いですが、狂信者の幼虫です。幼虫を放置すれば、やがて狂信者と言う名の成虫が再生産されます。」
「…。」
「神祖黎明会は、ヒヒイロカネを悪用し、イズミ町に甚大な被害と負担を及ぼしている害悪であることを念頭においてください。」

 あれだけの群衆が居る中で戦争になれば、信者から被害や犠牲が出るのを避けるのは至難の業だ。神祖黎明会も、信者を人間の盾にして防衛を図ることも考えられる。シャルが言うとおり、イズミ町を事実上乗っ取って食い物にしているのは事実。だけど、何も知らずに親の信仰に同調させられている子どもはどうにか助けたい。
 特段子どもが好きでも嫌いでもない僕だけど、子どもは親を選べないというのが僕の持論だ。大人はシャルの言うとおり、何らかの経緯で自分の意思で入会してのめり込んだから、自業自得と言える。だけど、子どもはそうじゃない。親の言うとおりにしているか、親に逆らえないか。
 僕自身、無理解で自分の理想を押し付けるばかりの親に心底辟易したのが、この旅に出る要因の1つだ。他人を踏み躙ってまでの信仰の呪縛から逃れることが出来れば、子どもはまだ立ち直れると思うし、思いたい。だけど、全面戦争となったら、子どもだけを選別して安全地帯に退避させるのは不可能だろう。

「…出来るだけ短時間で決着をつけよう。」
「勿論です。」

 人的被害を極力少なく出来る道があるとすれば、極力短時間で本部を制圧することだ。時間がかかれば信者総動員で迎撃反撃に打って出るだろうし、その分犠牲者が増える。一般信者の時間稼ぎの間に、教祖と幹部は安全地帯に脱出を図るだろう。旧日本軍が国民にメディアを介して「一億総火の玉」「鬼畜米英打倒」を喧伝する一方で、長野の山奥に穴を掘らせて逃げ込もうとしていたように。
 神祖降臨祭が終わる明後日は、僕とシャルの巡礼コースを辿る行程の最終日でもある。シャルが算出したシミュレーションの結果だ。O県とH県をまたにかけた、ヒヒイロカネを介して欲に溺れた輩の邪悪な企てに終止符を打つ時だ。これ以上犠牲者を出さないために…。
 翌日の夜、予定どおりに参拝とサンプル採取を済ませて少し遅くに旅館に戻った。街灯もない暗い夜道をライトとHUDを頼りに運転するのは、異世界に来たような気分になる。すれ違う車が1台もないと、道を間違えたんじゃないかと不安になる。この行程も明日で終わる。終わらせないといけない。

「敵本部の全容が判明しました。」

 夕食を食べ終えて食膳が片づけられたところで、シャルが言う。TV画面にあの神殿そのものの神祖黎明会本部の3Dモデルが表示される。

「ヒヒイロカネ関連施設は、複数のカタパルトと連結して、戦闘機や攻撃機の存在も確認しました。」
「軍隊と軍事施設そのものだね…。」
「爆撃機がないので広範囲の目標殲滅は想定していないようです。とは言え、戦闘機や攻撃機を有する時点で、戦争の意思は十分あります。」
「この戦闘機や攻撃機で、反対する住民を攻撃していた?」
「いえ、反対派住民の弾圧は信者によるものです。戦闘機や攻撃機は今後のためでしょう。H県の1自治体に留まらず、日本、ひいては世界制圧のため。」

 シャルの軍隊も、サイズはミニチュアながら攻撃力は普通の軍隊と何ら変わらない。光学迷彩もあるし、何時の間にか設備を破壊することも可能だ。シャルの軍隊は専らヒヒイロカネを無力化するためとか、僕やシャルに危害を加えようとする輩の迎撃にのみ使用するけど、神祖黎明会の軍隊は外に向けられるだろう。
 シャルが言うとおり、神祖黎明会の制圧の野望は恐らく日本に留まらない。世界も十分視野に入っているだろう。完全な光学迷彩と比類なき攻撃力は、理想の軍隊と言える。この手の宗教は世界進出が常套手段だ。それは財力を強化するのもあるし、教祖の存在感を高めるためでもある。つまりは際限なき欲の表れだ。

「信者は、ヒヒイロカネ関連施設で働かされているの?」
「いえ、完全に無人です。ヒヒイロカネで造られたロボットが生産や整備をしています。」
「完全無人工場か…。」
「関連施設へのログを見たところ、ヒヒイロカネの存在は、教祖こと手配犯しか知らないようです。光学迷彩を使っての芸当は、信者に奇跡を見せるには十分でしょう。」
「幹部が知ったら、最悪奪われたり、それでクーデターを起こされることもあるからかな。」
「恐らくそうでしょう。独裁者はえてして臆病なものです。その座を奪われたら真っ先に粛清される立場だと分かっていますから。」

 教祖に取り入ろうと幹部が内紛を起こしているのは、教祖がヒヒイロカネで見せる超自然的な力を手に入れたいがためだろう。教祖として絶大な権力と金を手に入れて、思うがままに使うことがこの手の輩の目標だし、それらを手にしたら教祖を追い落とすつもりなのもよくある話。だから教祖はヒヒイロカネを独占して…。

「もしかして…、アヤマ市の不可解な現象は、神祖黎明会の教祖が絡んでいるんじゃ?」
「!それは考えられますね。メカニズムはやはり思い当たりませんが。」
「O県最大の都市のアヤマ市で実験するか、ヒヒイロカネの本尊を移動させたことで偶然発動した結果を悪用して、教祖が宣伝材料にするには十分だと思う。」
「神祖黎明会が、O県とH県に跨る諸悪の根源なのは、より濃厚になりましたね。」

 アヤマ市に始まる謎や疑惑は、神祖黎明会に集約される確率が高まった。その財力と動員力を悪用して、政権党の中枢を狙う国会議員の存在も忘れてはならない。闇サイトを通じて神祖黎明会や国会議員の走狗としてヒヒイロカネの捜索と回収、否、強奪に勤しむO県の博物館の学芸員が可愛く見える。

「恐らく当人は自覚も何もないだろうけど、O県の博物館の学芸員も押さえておかないといけないね。」
「そちらは、O県県警に強盗と文化財保護法違反で通報する準備を固めました。」
「準備が出来たってことは、国会議員も含めて一気に攻める?」
「そのとおりです。逃亡や証拠隠滅の隙を与えるつもりはありません。」

 流石と言うか、シャルは歪んだ同盟関係を一網打尽にする計画を立案済みだった。シャルの負担が大きくなるのは否めないけど、水素の補給もしたし、今も部屋風呂で製造中。僕に出来ることはかなり限られているけど、2つの県に跨る邪悪な企てを粉砕することが、この地域のヒヒイロカネ回収への唯一の道だ…。