謎町紀行 第52章

未来へ歩む辺境の村、永遠の責め苦に喘ぐ2つの追手

written by Moonstone

 翌朝。シャルを抱きしめて寝ていた僕は目を覚ましてびっくり。シャルは慌てる僕に続いてゆっくり目を覚ました。僕が抱きしめたのもあるんだろうけど、シャルの浴衣の乱れで二度びっくり。シャルは至ってのんびりとしたものだったりする。
 どうにか着替えて朝食を迎える。外は快晴。微かに聞こえるのは鳥の囀りと、ごく稀に通り過ぎる車のロードノイズ。実にゆったりした朝食の時間だ。大企業や警察のスパイが暗躍し、シャルと情報戦争を展開した-相当一方的だけど-村とは思えない。

「この村を徘徊していたスパイは全員捕縛して、コウザン寺の社務所に収容しました。」

 半分ほど食事が進んだところで、シャルが言う。シャルが監視網を完全に掌握したからか、普通に音声を伴う。僕は食べながらシャルの話を聞く。
 2人目の村役場に潜伏していたスパイがコウザン寺に到着したのは23時過ぎ。弁護士のスパイはそれより1時間遅れた深夜0時過ぎ。何れも1人目の村役場のスパイ同様、這う這うの体で社務所に辿り着いて、ヒヒイロカネに取り込まれて、そのまま収容された。
 ホーデン社お抱えの弁護士スパイは、シャルが脳神経に直接アクセスして情報を抜き出した。当然ながら、脳みそにヒヒイロカネの針を差し込んで縦横無尽に引っ掻き回すスタイル。だけど、残念ながら顧問弁護士事務所や顧問先のホーデン社の経営状況や法務対策は豊富でも、ヒヒイロカネに関する情報は何1つなかった。
 シャルの情報抽出の対象は、ホーデン社とA県県警の収容者に移行した。やっぱり一切の容赦はなし。絶食の上強制覚醒が続く中で、脳みそにダイレクトアクセス。それも、他の面々が見ている前で。得られた情報を集約した結果、少々予想外の背景が明らかになった。
 ホーデン社の渉外担当室は、経営陣からハネ村のトヨトミ市への吸収合併の際にオウカ神社のご神体を奪取せよ、と指示を受けているが、それがヒヒイロカネだとは知らされていない。ただ「産業革命を我が社(ホーデン社)が起こす可能性を秘めたもの」とだけ説明されている。
 考えてみれば、「主様」との衝突がもはや戦争そのものの様相を呈したカマヤ市でも、「主様」は工場跡に設置されていたものがヒヒイロカネだと知らなかった。ホーデン社の渉外対策室員の1人だった「主様」も「そこにあったものを説明書どおりに使ってみたら凄い兵器だった」という感覚でしかなかった。
 言い換えれば、渉外対策室はただ経営陣の命令どおりに暗躍して、ヒヒイロカネを奪取するために動かされているに過ぎない。だけど、命令の遂行のためにスパイ活動は勿論、事故の揉み消しや労働運動の弾圧など、あらゆる違法脱法行為に手を染めていた。それがホーデン社においては出世頭とされるんだから、悪魔の世界そのものだ。
 A県県警も漏れなくダイレクトアクセスで情報抽出。こちらは公安の業務である、反体制派≒労働運動や市民運動の弾圧を円滑に進めるため、上層部、つまりA県県警本部からの指示や申し送りで、ホーデン社社員の受け入れや金銭授受など、骨の髄まで癒着していたけど、ヒヒイロカネは知らないし、ホーデン社からも聞かされていない。
 結局のところ、ホーデン社経営陣の命令遂行とA県県警公安部の業務遂行の方向性が一致して、ヒヒイロカネの存在を知らないまま癒着という名の共同戦線が構築されていたというわけだ。勿論そのために多くの税金がホーデン社に違法に流れ、ホーデン社とA県県警に泣かされた人々が大勢いる事実は変わらない。

「拿捕したドブネズミを解放したところで、ハムスターになるわけではありません。所詮ドブネズミはドブネズミです。」
「もう1日飲まず食わずで寝させない拷問を加えるとして、その後どうするの?」
「後のお楽しみということで。先に、ヒヒイロカネの回収を遂行したいと思います。」

 ハネ村でヒヒイロカネを狙う勢力を一掃できたから、目的に立ち返ればヒヒイロカネ回収に着手するのが先決だ。これまでどおり、SMSAをオウカ神社周辺に展開して、シャルがヒヒイロカネを無力化すれば回収できる。状況が読みづらいから、出来るだけ短時間で実行した方が良いだろう。

「SMSAには支援を要請しました。こちらが連絡すればすぐ展開できます。」
「事態が急変しないうちに、回収した方が良いね。ヒヒイロカネは他にないんだよね?」
「はい。それも確認済みです。コウザン寺に収容したドブネズミにも埋め込まれたりしていないことも含めて。」
「朝食を終えたら、早速実行しよう。」
「分かりました。SMSAに通知します。」

 ご神体はそんな巨大なサイズじゃないだろうし-そうじゃなかったら宮司が持ち出したりできない-、今はシャルが情報操作で「外部」と通常の通信を偽装しているけど、何時「外部」から調査の手が入るか分からない。その時はヒヒイロカネを回収した状態で、村に情報提供するなりして迎撃するのが良い。
 ヒヒイロカネは、シャル本体に積んである回収ボックスに収納される。あっという間に同化したヒヒイロカネの量は全くと言って良いほど増えていない。ご神体とされていたヒヒイロカネは片手で持てるくらいの、野球のボールくらいのサイズだったけど、ここまでの経緯を思うと呆気ないと思ってしまう。

「これも記録デバイスとしての機能を持っていました。」

 修復を完了したシャルが言う。無力化作業ではやっぱり激しい火花が飛び散ったけど、ごく短時間。シャルは倒れたり跪いたりすることなく、胸元から黒煙を上げる程度だった。そこから、ご神体だったヒヒイロカネは意思を持たないタイプのものだろうとは思っていたけど、記録デバイスだったとは。

「何か記録されていた?」
「ナチウラ市に安置されていたヒヒイロカネと同じで、私が創られた世界で最も機密レベルが高い情報です。人格OSの生成方法やヒヒイロカネへの転送方法といったものです。」
「もしかすると、こういう記録デバイスを辿っていくことで、手配犯の軌跡が見えてくるかもしれないね。」
「!それは確かに。」

 記憶デバイスが1つじゃないってことは、もし1つが手配犯から見て失われたとしても、他の場所に行けば情報を取り出せるってことだ。この世界に持ち込まれたヒヒイロカネは、本来人格OSを搭載しないプレーンの状態だったという。それが一定の人格や知能を有する状態だったり、記憶デバイスだったりすることは、何処かでヒヒイロカネにアクセスする手段を手に入れたのは確実。その過程で一定量増殖させても不思議じゃない。
 つまり、記憶デバイスは複数あって、それは手配犯の逃走や拠点の軌跡である可能性がある。それを辿って分析すれば、手配犯が炙り出せるかもしれない。手配犯がバラバラになっても後に落ちあえるように、あるいは子孫が見つけ出せるように、何らかの暗号を残す可能性もある。
 オウカ神社に辿り着く鍵になったレンカ神社にも、境内の摂社を使った大型の暗号があった。何も暗号は不可解な文字列だけじゃない。地形や建造物を使った暗号は、パッと見てそこにあることが分かりづらいこともある。灯台下暗しだ。

「ヒヒイロカネが回収できたから、もうこの村にいる理由はなくなったね。」
「はい。この村のことは、この村の人たちが考え、実現していくことです。」

 隣の市と大企業、そして警察と県行政に長年対峙して、今新しい道を切り開いているハネ村の行く末は分からない。法律の壁もあるだろうし、何よりA県も国も独立は認めないだろう。だけど、本当の意味での自治を模索して、新旧の住民が折り合いをつけながら新しい村を作っていくことは、決して諦めないで欲しいと思う。
 今回は、村の規模やヒヒイロカネのサイズに対して、群がっていた醜悪な連中が多すぎた。世界有数の大企業に、その傀儡の隣町、果ては村が所属する県の警察。それぞれの思惑や利害があったことで、醜悪なスクラムを組んでこの小さな村に総出で襲い掛かった。まともに報道しなかったマスコミも共犯と言って良い。
 特に今回、ホーデン社が関与していたことは重大な事実だ。実働部隊の渉外担当室は直接ヒヒイロカネの存在を知らなかったけど、経営陣はヒヒイロカネの存在を知っていることが判明した。この事実は、世界的にホーデン社がヒヒイロカネ捜索で暗躍していることを十分臭わせるものだ。
 ホーデン社の経営陣が知っているということは、経団連という組織で繋がりがある大企業の経営陣も、そして経団連から献金という名の賄賂を受け取る政権も、ヒヒイロカネを知っている確率がある。何しろいかに国民という乾いたタオルを絞って利益や税金を得るかで意思統一されている集団だ。ヒヒイロカネを手中にして、自分達の支配を盤石にしようと考えていて何ら不思議じゃない。

「手配犯が食い込んだか、唆されたか、何からの方法や経緯で関与していることも考えられます。」
「うん。これからヒヒイロカネをめぐる攻防戦が激しくなってくると考えた方が良いね。」
「愚者が道具を持つと凶器になります。自滅なら自由にさせておけば良いですが、往々にして無関係の他者を巻き込むものです。」
「この世界はヒヒイロカネを使いこなせない。凶器にしかならない。回収を進めていかないと大変なことになるね。」

 強欲が充満しているこの世界では、ヒヒイロカネは凶器にしかならない。これまでの回収でも多くの人達が犠牲になった。1人でも犠牲者を減らすため、これ以上犠牲者を出さないために、ヒヒイロカネを回収していくだけだ。シャルと一緒に。

「そういえば、コウザン寺に収容した連中はどうするの?」
「面白いものをお見せします。行きましょう。」

 展開していたSMSA職員に敬礼で見送られながら、僕はシャルの案内でコウザン寺へ向かう。飲まず食わずに寝させずの強烈な拷問は終わる頃だろうけど、どうやって解放するんだろう?解放したらしたで逆恨みは確実だし、ヒヒイロカネの存在を認識されることになってしまうし…。

「…!」

 本堂に入って薄暗さに目が慣れた僕は、驚きで声が出ない。本堂の壁と天井一面に、絵巻物のタッチで描かれた地獄絵図がある。地獄の鬼に追い立てられ、釜茹でにされたり血の池に沈められたりしている。剣の山で串刺しになったり、鉈でぶつ切りにされたりと、かなりえぐい描写もある。
 だけど、この時刻絵図は、前にコウザン寺を訪れた時はなかった。古びた木製の壁と天井が広がっていた。これがシャルの下した制裁だとしたら…!

『流石に察しが良いですね。地獄絵図で責め苦を受けているのは、例のドブネズミ達です。』
『ど、どうやって絵と一体化してるの?!』
『タカオ市で元副市長が岩石と一体化していたのを憶えていますか?あれと同じことを施しました。』

 タカオ市の元副市長は、市長がヒヒイロカネを埋め込まれていることを知ってしまったことで、背後にいた手配犯によって肝臓にヒヒイロカネを埋め込まれた。肝臓にヒヒイロカネを埋め込まれると身体が岩石のようになって、土があるところしか移動できない不思議な体質になった。あれと同じことが、シャルに拿捕されたA県県警の公安やホーデン社の渉外対策室員に施されたのか。

『ちなみに、絵の世界は、一体化したドブネズミにとっては実世界です。』
『ということは、痛覚とか熱い冷たいとかもそのまま…。』
『はい。しかも絵の一部ですから避けることも逃げることも出来ません。同じ状況で永遠に苦痛に苛まれ続けます。』

 ご、拷問が生温いと思える。まさに地獄絵図そのものだ。道理で罪人ことA県県警の公安やホーデン社の渉外対策室員が物凄く顔を歪めているけど、絵の世界が実体験できるなら、生きながら茹でられたりぶつ切りにされたり、磨り潰されたりしているわけだから、当然ではある。
 シャルが彼らに与えた制裁は、途轍もないものだ。ヒヒイロカネを狙い、僕とシャルを妨害したことで、文字どおりの地獄絵図で永遠の責め苦を受けることになった。この世界から隔絶され、永遠に続く激しい苦痛に苛まれながら、此処を訪れる人々に届かない助けを求めるんだろうか。

『絵と一体化したと言っても生きてはいるんだよね?呼吸とか食事とかはどうなってるの?』
『ヒヒイロカネで絵と一体化したことで、周囲に酸素があれば生きながらえるようになっています。カイカク理念の究極の姿ですね。』
『絵と一体化させたのは、カイカク理念を推し進めているホーデン社と関係者だからってことか…。』
『はい。会社の資源消費をゼロにして、この絵画の中で生き続けることで、地獄の恐ろしさとカイカク理念を半永久的に体現するんですから、本望かつ光栄でしょう。』

 絵と一体化したことで、半永久的に地獄の責め苦に苛まれ続ける。しかも死のうにも死ねない無間地獄そのもの。これほどの拷問はない。恐らくシャルがここまで苛烈な制裁を下したのは、ホーデン社のSUVに乗った渉外対策室員に、シャルでなければ確実に事故する危険な目に遭わされたこと、A県県警の公安は、初めてコウザン寺を訪れた際に、シャルを拘束するのに便乗してわいせつ行為を目論んだことだろう。シャルは敵と認識した相手には一切容赦しない。

『…そういえば、住職は?』
『勿論生きていますよ。社務所に移動しましょう。』

 本堂を出て社務所に向かう。社務所は少しだけど行列が出来ている。シャルに言われて行列の外から社務所の中を覗き見ると、作務衣姿で朱印を書いている住職が見える。こちらは制裁なしか?否、ホーデン社とA県県警に買収されて拠点として本堂を提供していたんだから、制裁なしでは済まないだろう。

『住職は悔い改め、修行以外に関心を持たない生活に入りました。』
『洗脳したってこと?』
『洗脳はしていません。脳神経系を操作して、修行と寺の運営以外には関心を持たずに生きる。それだけです。』

 脳神経系の操作で特定のことしか関心を持たない。本来のゾンビも確か、特殊なゾンビパウダーで仮死状態にされて、脳神経系が破壊されることで意思を奪われると聞いたことがある。金と女で堕落して仏道から外れた住職は、修行と寺の運営にだけ邁進する生きる屍になり果てたわけか。

『即身仏になろうとさせなかっただけ、仏道を外れた破戒僧には温い制裁だと思ってほしいですね。』
『即身仏って、確か生きながらミイラになっていくっていう…。』
『よくご存じですね。即身仏になることで悔い改めてもらおうとも思いましたが、適切な場所がないのでこうしました。』

 つまりは、即身仏になる環境が揃っていたら、住職は即身仏になるように脳神経系を操作されたってことか。生きながらミイラになっていくのと、一生修行と寺の運営にのみ邁進するのと、どちらがましか。生きられるだけ後者の方がまし…なんだろうか。僕には答えを出せない。

『本堂に設置されていたサーバは、「外部」に最後の通信を配信してから、完全に破壊しました。勿論、「外部」への贈り物も忘れてはいません。』
『何?』
『ウィルスですよ。これまでの秘密の通信は勿論、感染した端末から根こそぎ情報を抽出して外部に拡散する、強力なタイプです。』

 シャルはサーバの破壊にとどまらず、A県県警を破壊する策を選んだ。元々警察は自分達の裁量で物事を隠蔽する傾向が強い。公安はその存在すらほとんどの国民には知られていない。そこからあらゆる情報が筒抜けになって拡散したら、これまで警察と治安維持の看板を使って行ってきた違法脱法の数々が公開されることになる。
 そうなったら、A県県警は本部長の更迭だけじゃすまないだろう。全都道府県に波及して情報公開請求の嵐が吹き荒れるだろう。野党は当然激しく追及するだろうし、先の元財務相の国際的な不祥事で少なからぬダメージを受けているから、政権にとっては致命傷になるかもしれない。
 その成り行きを見届けることはしない。僕とシャルの旅は世直しが目的じゃなくて、ヒヒイロカネの捜索と回収。その過程でヒヒイロカネに纏わりつく黒い影を排除した結果、腐った膿が溢れだしたに過ぎない。この先どうするかは、有権者の判断だ。

「そういえば、壁画にホーデン社の社員やA県県警の公安を一体化させたけど、そこで使ったヒヒイロカネはそのままで良いの?」

 賑わいを見せ始めたコウザン寺の駐車場に待機していたシャル本体に乗り込んだところで、僕はふと疑問を口にする。ヒヒイロカネを回収するのが目的なのに、今のコウザン寺の壁画は、そのヒヒイロカネを置いていくことと同じだ。それは本筋と正反対の方向だと思うんだけど。

「聡明ですね。勿論、ヒヒイロカネは一定期間後にSMSAが回収します。」
「その時、ホーデン社の渉外対策室員とかも解放するの?」
「そんな筈がありません。ヒヒイロカネの代替物質に置き換えるだけです。」

 やっぱり解放はしないか。シャルの説明によると、ヒヒイロカネは確かに万能だけど、製造・保管・販売・使用すべてに厳格な決まりがあって、大量使用には向かない。そこで、例えば建設材料なら堅牢で防火断熱などの機能を抽出した、代替物質がそれぞれ用意されている。
 ホーデン社の渉外対策室員などを一体化しているヒヒイロカネも、耐環境性-壁画は温度湿度や光で傷みやすい-に優れて色彩が劣化しにくい代替材料がある。実際、シャルが創られた世界では壁画の修復などに使われているそうだ。一定期間待機するのは、この世界の文明水準でいうと「定着する」までの期間だという。

「『業務に疑問を感じた。我々は撤退し、すべての情報を解放し、闇に潜る。』-ホーデン社本社とA県県警本部への最後の通信です。彼らは文字どおり裏切り者。特に公安警察の裏切りは体制への反逆と捉えられます。結局彼らに行く場所はありません。壁画の中が彼らの安息の地なんです。」
「地獄の責め苦の苦痛が安息、か…。究極の二者択一だね。」

 仮に解放されたとしても、シャルが流した偽の通信で、ホーデン社と公安警察からは裏切り者と見なされるのは確実。どちらも闇の組織である以上、まっとうな手段で処分するとは思えない。シャルの言うとおり、この世界に彼らの居場所はない。一生息を潜めながら生きていくしかない。追う側から追われる側への転換は、プライドの面でも耐えられないだろう。
 ホーデン社とその傀儡に干渉され続け、A県県警に相手にされなかった、小さな過疎の村は、自立に向けて進んでいる。その未来がどうなるかも僕とシャルは見届けることはない。ただ、模索しながらそれぞれの未来を切り開こうとする人々を、応援したいと思う。
 量としては、前回のナチウラ市とは比較にならない少量だったヒヒイロカネは、ナチウラ市と同じくらいのどす黒い欲望と醜悪さを纏わりつかせていた。この村と人々がヒヒイロカネを知らないまま、秘かな名所としてのオウカ神社と共に歩んでいくのは、むしろ幸運だと言うべきだろう。

「次の候補地は…8時間。これまた結構遠いね。」
「日の光を浴びながら、ゆっくり行きましょう。」

 アクセルをゆっくり踏んで、コウザン寺の駐車場を後にする。「辺境の村のリアルな地獄絵図、ハネ村のコウザン寺で今日から一般公開」-HUDにそう表示される。やけに賑わっていたのはそのためか。方や壁画に封印され、方や自由意志を奪われた権力と破戒の成れの果てが有名になるなんて、皮肉な話だな…。